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2022年3月15日 (火)

『資本論』第5篇 第28章の草稿の段落ごとの解読(28-15)

『資本論』第5篇 第28章の草稿の段落ごとの解読(28-15)



【49】

   〈546)「あるおりに,ある握り屋の老銀行家がその私室で,自分が向かっていた机のふたをあけて,友人に幾束かの銀行券を示しながら,非常にうれしそうに言った。ここに60万ポンド・スターリングがあるが,これは金融を逼迫させるためにしまっておいたもので,今日の3時以後にはみな出してしまうのだ,と。この話は,……1839年の最低のCirculationの月に実際にあったことなのである。」(〔へンリー・ロイ〕『為替の理論』,ロンドン,1864年,81ページ。)

  546) へンリー・ロイ『為替相場の理論』からのこの引用は,最後の文を除いて,第1部第3章第3節 b「支払手段」のなかで,「このような瞬間が「商業の友(amis du commerce)」によって,どのように利用されるか」,という例として引用されている (MEGA II/5,S.95.27-32;MEW23,S.152-153)。〉 (143頁)

  【これも引用だけなので平易な書き下し文は省略する。このパラグラフは、原注a)の続きであるが、その前の(【48】)パラグラフのマルクスの追加文のなかで投機を目的に人為的に銀行券の欠乏を作り出すとの指摘があったが、それを論証する一つの例として引用されていると考えることができる。
  訳注546)によれば、この〈へンリー・ロイ『為替相場の理論』からのこの引用は,最後の文を除いて,第1部第3章第3節 b「支払手段」のなかで,「このような瞬間が「商業の友(amis du commerce)」によって,どのように利用されるか」,という例として引用されている〉ということなので、それを見ておくことにしよう。

  〈支払手段としての貨幣の機能は、一つの媒介されない〔直接的〕矛盾を含んでいる。諸支払が相殺される限り、貨幣はただ観念的に、計算貨幣または価値尺度として機能するだけである。現実の支払いが行われなければならない限りでは、貨幣は、流通手段として、すなわち、素材変換のただ一時的媒介的な形態として登場するのではなく、社会的労働の個別的な化身、交換価値の自立した定在、絶対的商品として登場する。この矛盾は、生産恐慌・商業恐慌中の貨幣恐慌と呼ばれる時点で爆発する(99)。貨幣恐慌が起きるのは、諸支払いの過程的な連鎖と諸支払いの相殺の人為的制度とが十分に発達している場合だけである。この機構の比較的全般的な撹乱が起きれば、それがどこから生じようとも、貨幣は、突然かつ媒介なしに、計算貨幣というただ観念的なだけの姿態から硬い貨幣に急変する。それは、卑俗な商品によっては代わりえないものになる。商品の使用価値は無価値になり、商品の価値はそれ自身の価値形態をまえにして姿を消す。つい先ほどまで、ブルジョアは、繁栄に酔いしれ、蒙を啓くとばかりにうぬぼれて、貨幣などは空虚な妄想だと宣言していた。商品だけが貨幣だ、と。ところが今や世界市場には、貨幣だけが商品だ! という声が響きわたる。鹿が清水を慕いあえぐように〔旧約聖書、詩篇、42・2、日本聖書協会訳では42・1〕、ブルジョアの魂も貨幣を、この唯一の富を求めて慕いあえぐ(100)。恐慌においては、商品とその価値姿態である貨幣との対立は絶対的矛盾にまで高められる。それゆえまた、この場合には貨幣の現象形態は何であろうとかまわない。支払いに用いられるのが、金であろうと、銀行券などのような信用貨幣であろうと、貨幣飢饉は貨幣飢饉である(101)。

 (99) 本文ですべての全般的生産・商業恐慌の特殊な局面として規定された貨幣恐慌は、特別な種類の恐慌とは、はっきり区別されなければならない。人は同じように貨幣恐慌と呼ぶが、後者は独力で発生しえ、したがって商工業には反作用的にのみ作用する。後者は、貨幣資本を運動の中心とし、したがって銀行、取引所、金融界をその直接の領域とする恐慌である(第3版へのマルクスの注)。
 (100) 「信用主義から重金主義へのこの突然の転化は、実際のパニックに理論上の恐怖をつけ加える。そして、流通当事者たちは、彼ら自身の諸関係の見すかしえない神秘の前に震えあがるのである」(カール・マルクス、前出、126頁〔『全集』、第13巻、124~125頁〕)。「貧乏人に仕事がないのは、金持ちが、食物や衣類を生産させるための土地と人手は前と同じだけもっているけれども、貧乏人を雇うための貨幣はもたないからである。だが、食物や衣類こそ国民の真の富であり、貨幣がそうなのではない」(ジョン・ベラーズ『産業高等専門学校設立の提案』、ロンドン、1696年、3、4ページ)。
 (101) このような瞬間が「“商業の友 amis du commerce ”」によってどのように利用されるかは、次の通り。「ある時」(1839年)「一人の欲深い老銀行家」(シティー〔ロンドンの金融街〕の)「が、彼の私室で、座っていた机のふたをあけて、友人に銀行券の束を見せながら、ひどくうれしそうに言った。ここに60万ポンド・スターリングがある。金融をひっ迫させるためにしまっておいたのだが、きょうの3時以後には全部出してしまうさ、と」(〔H・ロイ〕『取引所の理論。1844年の銀行特許法』、ロンドン、1864年、81ページ)。なかば政府機関紙である『ジ・オブザーヴァー』紙は1864年4月24日にこう書いている。「銀行券の欠乏を生じさせるためにとられた手段について、いくつかのきわめて妙なうわさが流れている。・・・・何かこの種のトリックが用いられたと想像することは疑問の余地ありと思われるにしても、風聞があまねく行きわたっているから、たしかに言及する値うちがある」。〉  (新日本新書版233-234頁、全集版第23a巻180-181頁)】


【50】

  〈①資本〔」〕 (!) 〔「〕の供給は増加し,融通への需要は減少した。あらゆる非常事態に備えようといういつもの欲求--そしてこれが先週の終りに調査を促したものであったが--の結果,いつものように公衆は,実際に彼らが不足のために必要としているよりも大きな金額を確保しようと努力した。そして,自分自身の補充が十分になったにもかかわらず,彼らは喜んで預金から彼らの残高を引き出し,これを払い出すべき好機に賭けたのである。……547)銀行券の欠乏を生じさせるために取られた手段について,ひどく奇妙なうわさがいくつか流れている。……なにかこの種のトリックが用いられたと想像することはどうかと思われるにしても,うわさは相当に広まっており,たしかに言及に値するものである。」(『ジ・オブザーバー』,4月24日) (1864年)

  ①〔注解〕「ファンド-シティ-,4月23日,土曜日」。所収:『ジ・オブザーバー』,ロンドン,第3806号,1864年4月24日,4ページ第1欄。--マルクスがこの引用を,このまえに挙げられている書物『為替相場の理論。……』,236ページから取ったことは明らかである。

  547) 以下の部分は,前注でふれた『為替相場の理論』からの引用のあとに,「半ば政府機関紙である『ジ・オブザーパー』紙の1864年4月24日号は,次のように述べている」,として引用されている。(MEGA II/5,S.95,32-36;MEW 23,S.153)。〉 (143-144頁)

  【これも引用だけなので書き下し文は省略する。このパラグラフも原注a)の続きであり、先の【49】パラグラフと同様投機目的に銀行券の人為的欠乏をつくりだすことに関連したものである。やはりすでに参照した『資本論』第1部第3章第3節b「支払手段」の注101の後半部分に一部引用されている。先の【49】パラグラフの話は1839年の恐慌時の話であったが、今回のものは1864年の恐慌時の話のようである。そして言われていることは、基本的に同じで恐慌がパニックに陥ると、公衆による金やイングランド銀行券の一般的な退蔵が生じること、またそれと結びついて投機目的に人為的に銀行券欠乏状態をつくり出そうとする策動が行われるといったものである。】


【51】

  第1653号548)(S.ガーニ。ロンドンのピル・ブローカー)「昨年〔」〕(1847年)〔「〕10月に地方の仲間たちがわれわれの手に預金した貨幣を求めて,国のあらゆる地域から,われわれにたいする全般的な需要があった。」〔原注a)終り〕|

  ①〔注解〕『商業的窮境……に関する秘密委員会第1次報告書』,1848年6月8日。「ロンドン・ノート,1850-1853年」のノートⅦから取られている。(MEGA Ⅳ/8,S.263,23-25.)

  548)質問者は議長ベアリング。〉 (144頁)

  【これも引用だけなので、平易な書き下し文は省略する。これも基本的には同じ趣旨の引用と考えられる。なおこの引用で原注a)は終わっている。
  1847年の10月というのは恐慌のピークであり、政府は10月23日にイングランド銀行に対して、1844年のピール条例を停止する法案を出す用意があると非公式に打診し、2日後に公式に最低利率8%を以て割引と貸付の増加とを許可する書面を出している。この大蔵大臣の書面の公表は絶大な効力を発揮し、「貨幣がえられることが確実になると、これを得ようとする総ての願望を消滅させてしまった」という(アンドレァデス前掲書398頁)。
 ここで紹介されているのは、それ以前の話であり、やはり退蔵のために預金の引き出しの全般的な需要があったことを示すものであろう。
 以上で、原注a)は終わっているが、この原注a) 全体は基本的には恐慌時には、それまでの信用主義から重金主義へ転換が余儀なくされること、特にパニックが起こった時点では、金やイングランド銀行の一般的な退蔵が生じることが指摘されていた。さらにそうした時を利用した投機目的の貨幣需要も生じることが指摘されている。そしてこれらの内容は基本的に次の本文に直接繋がるものでもある。】


【52】

  〈/334上/支払の連鎖が中断されたときに,貨幣がそれのたんに観念的な形態から,諸商品に対立する,物的で同時に絶対的な形態に転回することは,すでに貨幣を考察したところで(支払手段の項目のもとで)[519]論じておいた。この中断そのものは,信用の動揺やそれに伴う諸事情,すなわち供給過剰の市場や商品の減価や生産の中断等々の,一部は結果であり,一部は原因である。

  ①〔注解〕「すでに貨幣を考察したところで」--カール・マルクス『経済学批判。第1分冊』,ベルリン,1859年,125-126ページ (MEGA II/2,S.207/208)。〉 (144頁)

  ここから再び本文がはじまりこの第28章該当部分の纏めと言える部分が続く。ほとんど書き下す必要がないが、一応、書き下し文を書いておこう。

 〈諸支払の連鎖が中断されたときに,貨幣がそれのたんに観念的な形態から,諸商品に対立する,物的で同時に絶対的な形態に転回すること、すなわちクレジットシステム(信用主義)からモネタールシステム(重金主義)に転換することは,すでに第1部の貨幣の流通を考察したところで(支払手段において)論じておきました。この諸支払の連鎖の中断そのものは,信用の動揺やそれに伴う諸事情,すなわち供給過剰状態の市場や商品の減価や生産の中断等々の,一部は結果であり,一部は原因なのです。〉

  【このパラグラフ自体は理解困難なものは何もないであろう。先に紹介しておいた。『資本論』の第1部第3章第3節b「支払手段」の一文も参考になるが、MEGAの注解は『経済学批判』を紹介しているので、それを今度は紹介しておこう。

  〈諸支払いが正負の大きさとして相殺されるかぎり、現実の貨幣の介入はまったく生じない。この場合には、貨幣はただ、価値の尺度としてのその形態で、一方では商品の価格において、他方では相互の債務の大きさにおいて、展開するだけである。だからここでは、交換価値はその観念的な定在のほかには、なんら自立的な定在をもたず、価値章標としての定在さえもたない。言い換えるならば、貨幣はただ観念的な計算貨幣となるにすぎない。だから支払手段としての貨幣の機能は、次のような矛盾を含んでいる。すなわち、貨幣は一方では諸支払いが相殺されるかぎり、ただ観念的に尺度として作用し、他方では支払いが現実に行なわれなければならないかぎりでは、瞬過的な流通手段としてではなく、一般的等価物の静止的な定在として、絶対的商品として、ひとことで言えば貨幣として流通に入る、という矛盾がこれである。だから諸支払いの連鎖とそれらを相殺する人為的制度がすでに発達しているところでは、諸支払いの流れを強力的に中断して、それらの相殺の機構を撹乱する激動が生じると、貨幣は突然に価値の尺度としてのそのガスのような幻の姿から、硬貨すなわち支払手段に急変する。だから商品占有者がずっとまえから資本家になっており、彼のアダム・スミスを知っており、金銭だけが貨幣であるとか、貨幣は一般に他の諸商品とは違って絶対的商品であるとかいう迷信を見くだして嘲笑している、そういう発達したブルジョア的生産の状態のもとでは、貨幣は突然に、流通の媒介者としてではなく、交換価値の唯一の適合的な形態として、貨幣蓄蔵者が理解しているのとまったく同様な唯一の富として再現する。貨幣が富のこのような排他的定在としてその姿を現わすのは、たとえば重金主義の場合のように、すべての素材的富が単に表象のなかで価値を減少し、価値を喪失する場合ではなく、それらの富が現実に価値を減少し、価値を喪失する場合である。これが貨幣恐慌と呼ばれる、世界市場恐慌の特殊な契機である。こういう瞬間に唯一の富として叫び求められる最高善〔summum bonum〕は貨幣、現金であって、これとならんでは、他のすべての商品は、それらが使用価値であるというまさにその理由から、無用なものとして、くだらないもの、がらくたとして、またはわがマルティーン・ルター博士の言うように、単なる華美と飽食として現われる。信用主義から重金主義へのこの突然の転化は、実際のパニックに理論上の恐怖をつけ加える。そして流通当事者たちは、彼ら自身の諸関係の奥底しれぬ神秘のまえにふるえあがるのである。*。

  * ブルジョア的生産諸関係がブルジョアたち自身にさからうのを阻止しようとしたボアギュベールは、とくに好んで、貨幣がただ観念的にか、またはただ瞬過的に現われるにすぎない場合の諸形態をつかまえる。まえには流通手段をそうした。こんどは支払手段をそうする。彼がまたもや見おとすのは、貨幣の観念的形態から外面的な現実性への無媒介的な急変であり、ただ考えられただけの価値尺度のなかにすでに硬貨が潜在的に含まれているということである。彼は言う。貨幣が諸商品それ自体の単なる形態であるということは、「諸商品の値段が決められて」〔les marchandises sont appréciées〕しまえば、交換が貨幣の介在なしに行なわれる卸売取引にさいして現われる、と。『フランス詳説』、前掲書、210ページ。〉 (草稿集③371-372頁)】


【53】

  〈フラ一トン等々が購買手段」としての貨幣と「支払手段」としての貨幣との区別を,「通貨〔currency〕」と「資本」との間違った区別に転化させていることはまったく明白である。その根底にはまたしても「Circulation」についての銀行業者の偏狭な観念があるのである。|〉 (144-145頁)

  これも先のパラグラフに続くcの分析の結論ということができる。とりあえず内容的には何も問題ないが、大谷氏が英文のままにしてある部分の翻訳を示すために書き下し文を書いておこう。

  〈フラートン等々が、「購買手段」としての貨幣と「支払手段」としての貨幣との区別を、「通貨」と「資本」とのまちがった区別に転化させていることはまったく明白です。その根底にはまたしても「流通」についての銀行業者の偏狭な観念があるのです。〉

  【ここで銀行学派のまちがった区別の根底にあるものとしてマルクスが〈またしても「Circulation」についての銀行業者的な観念がある〉としているが、このCirculationは何と訳すべきであろうか? 長谷部訳では「流通手段」と訳しており、全集版は「流通」と訳している。
 これまで検討してきた銀行学派の主張を見ると、彼らは流通をスミスに倣って「収入の流通」と「資本の流通」に分けて、前者の流通を媒介するものを「通貨」とし、後者の流通を媒介するものを「資本」としたのであった。だから彼らは「収入の流通」では貨幣は主に購買手段として機能し、「資本の流通」では支払手段として機能するところから、購買手段を「通貨」とし、支払手段を「資本」とするという誤った区別に陥っているのである。だからこの場合のCirculationは、やはり全集版のように「流通」と訳すのが適当ではないかと思う。

  しかし小林賢齋氏は〈さらにトゥックやフラートン等が誤って,購買手段としての貨幣を「通貨」,支払手段としての貨幣を「資本」に転化させる「基礎」には,「通貨(Circulation)」についての「発券銀行業者の立場」があると批判していく。〉(382頁)と述べており、Circulationを「通貨」と訳している。ここで小林氏がマルクスが〈銀行業者の偏狭な観念〉があると述べているものを敢えて〈「発券銀行業者の立場」がある〉と言い換えているのは、【7】パラグラフでマルクスが〈収入のCirculation〔流通--引用者〕としてのCirculation〔流通銀行券--同〕と資本のCirculation〔流通--同〕としてのCirculation〔流通銀行券--同〕との区別を,Circulation〔通貨--同〕資本との区別にしてしまうのは,愚にもつかないことである。このたわごとは,トゥックがまさに,銀行券を発行する発券銀行業者の立場に立っていることからきているものである〉と批判していたことが頭にあるのであろう。この是非については何とも言えない。そのように理解したからと言って間違いとはいえないからである。ただマルクスがその前に述べていることは,〈「購買手段」としての貨幣と「支払手段」としての貨幣との区別を,「通貨〔currency〕」と「資本」との間違った区別に転化させている〉ということであり、これ自体は発券銀行業者に固有のものとは言えないのではないだろうか。】


◎最後の【54】~【56】パラグラフに移る前に


 【53】パラグラフで基本的にこれまで考察してきたcの分析は終わるのだが、それにしてはやや“しり切れとんぼ”の感が否めない。そもそもマルクスはこの第28章該当部分の冒頭で次のように述べていた。

 〈トゥック、ウィルソン、等々がしている、Circulation〔通貨――引用者〕資本との区別は(そしてこの区別をするにさいに、鋳貨としての流通手段と、貨幣と、貨幣資本と、利子生み資本(英語の意味での moneyed Capital)とのあいだの区別が、乱雑に混同されるのであるが〔)〕,次の二つのことに帰着する。--〉

 すでに説明したように、マルクスはここで銀行学派の混乱した通貨と資本との区別に対して、マルクス自身の概念として〈鋳貨としての流通手段と、貨幣と、貨幣資本と、利子生み資本(英語の意味でのmoneyed capital〉という諸概念の区別の必要を対置しているのである。ところがこれまで見て来たかぎりでは、マルクスは「利子生み資本」という言葉を一度も使っていない。私はレジュメの進展に応じてどうしても説明する必要から「利子生み資本」という言葉を使って説明してきたが、マルクス自身はこの言葉をこの最初のパラグラフで使って以降、まだ一回も使っていないのである。これは奇妙なことといわなければならない。つまり今回のパラグラフがcの結論の最後のパラグラフであるならば、マルクスは最初に銀行学派の混乱した概念に対置して自ら呈示した科学的な概念をまったく使わずに終わってしまうことになるのである。しかしこれは不合理であろう。
 その理由についてはすでに以前、少しだけ示唆したように、マルクスは実はエンゲルス版の第29章に該当する部分(「Ⅱ)」)に第28章該当部分(「Ⅰ)」)の結論部分を挿入させているのである。
 すなわちマルクスが、「Ⅱ)」の冒頭〈[519]|335上| II.今度は,銀行業者の資本〔d.banker's Capital〕がなにから成っているかをもっと詳しく考察することが必要である〉(大谷新本第3巻159頁)と一旦述べながら、続くパラグラフでは、銀行業者の資本がなにから成っているかの具体的な内容の分析を行うのではなく(それはわれわれのパラグラフ番号では【9】パラグラフからはじまる)、「Ⅰ)」の結論的部分の続きを書いているのである。そしてそのあとで、大谷氏のテキストやエンゲルス版では第28章の最後に入れられている〈 I )については,さらに次のような疑問も起こるであろう〉云々というパラグラフが続いているのである。
  このように一旦、次の問題に移りながら、しかし前の問題でいい足りないことがあるので、結局は、それに続けてその前の問題の続きを書くという叙述の特徴は、ある意味ではマルクスの草稿に特徴的なことなのである。類似した叙述は、マルクスの草稿の至るところで見ることができる。
 実際、われわれはこの「Ⅰ)」のなかでも例えば【37】パラグラフで〈さて,われわれは地金の流出を度外視しよう〉と一旦書きながら、それに続けて括弧に入れてではあるが、〈地金の流出についてはいっさいの知恵が次のことに帰着する〉云々と依然として、地金流出の問題を論じているといった具合のようにである。あるいは『61-63草稿』でも気づいたものを紹介しておくと、剰余価値学説史のなかで、マルクスは〔年々の利潤と賃金とが、利潤と賃金とのほかに不変資本をも含む年々の商品を買うということは、どうして可能であるか、の研究〕をながながと続けながら、それをひとまず打ち切り〈われわれは、こんどは、彼〔スミス〕について考察するべき最後の論点--生産的労働と不生産的労働との区別--に移る〉(草稿集⑤170頁)と書きながら、すぐには生産的労働と不生産的労働の区別の考察には移らず、〈{あらかじめ、前述のことについてもう一つ〉と述べて、それまでの論述の続きを行っているのである。これらを見ても、次の問題に一旦移ると宣言したあとも、それまでの考察の続きを引きずって書くというのは、マルクスの草稿での一つの特徴とも言えるようなものなのである。
   すでに指摘したが、このあと大谷氏の著書では、エンゲルス版に倣って、第29章該当部分の草稿にある部分をここに持ってきて、【54】~【56】パラグラフにしている。その理由について、大谷氏は【54】パラグラフに付けられた訳注563)で次のようにのべている。

  〈563)〔E〕草稿の334ページ上半の末尾の前パラグラフに続く草稿の335ページの上半では,「II. 今度は、銀行業者の資本がなにから成っているかをもっと詳しく考察することが必要である」,として,エンゲルス版の第29章に利用された部分が始まる。しかしマルクスは,そのあと三つのパラグラフを書いたのち,「Ⅰ)については〔ad Ⅰ)〕,……」として,挿入的な3パラグラフを書いている。この3パラグラフの左側には,インクで上下をやや右に折り曲げた縦線が引かれて,この3パラグラフがひとまとまりのものであることを明示している。ここで言う「Ⅰ」 は,エンゲルス版の第28章に利用された,草稿の328ページから始まる部分の第2パラグラフの最初に書かれている「Ⅰ)」を指すものと考えられる。そこでエンゲルスは,この記述を第28章の末尾に移したのである。本章でも同じく,エンゲルス版の第28章の末尾にあたるこの箇所に収めておくことにする。〉 (145頁)

  このように大谷氏は〈「II. 今度は、銀行業者の資本がなにから成っているかをもっと詳しく考察することが必要である」〉としたパラグラフのあと〈そのあと三つのパラグラフを書いたのち〉と書いているが、実はこの三つのパラグラフもこの第28章該当部分(「Ⅰ)」とマルクスが項目番号を打った部分)に属するのであり、しかもその結論部分の続きと考えるべきなのである。この点、小林氏の理解は違っている。同氏の著書の第11章の最後に付けられた〈〔補遺〕現行版第28章の末尾部分について〉のなかで同じ問題を取り扱っているが、その視点は基本的には私の理解と同じである。次のように述べている。

  〈ところが手稿によると,第5章第5節の「Ⅰ)」(現行版第28章)が,実質的にどこで終わり,「II)」(現行版第29章)がどこで始まるかは,若干複雑である。即ちマルクスは,手稿334ページ末尾に,「しかしフラートン等(Full.etc)が『購買手段』としての貨幣と『支払手段』としての貨幣の区別を『通貨(currency)』と『資本』との誤った区別に転化したことは明らかである。しかしそこには再び"circulation"についての銀行業者の狭い表象が基礎になっている」と記し,手稿335ページに移ったところに,「II)」と記入し,「今度は銀行業者の資本(das banker's Capita1)は何から成り立っているかを立ち入って吟味することが必要である」と認めている2)。
 したがってマルクスは,「しかしフラートン等が… 云々」のパラグラフで「Ⅰ)」を終え,「今度は銀行業者の資本… 云々」のパラグラフから「Ⅱ)」を書き始めようとした3)とみることができる。
 しかしこれに続けてマルクスは,次の3つのパラグラフを認めていく。即ち,……〔以下、著者は「Ⅱ)」の第2~4パラグラフを引用しているが省略〕……
 問題はこれら第2~第4のパラグラフについてである。これら3つのパラグラフも,「銀行業者の経済学」についての「論評」であり,したがって内容的には「Ⅰ)」についての捕捉と見ることができる。〉 (404-405頁)

  このように小林氏は大谷氏やエンゲルスとは違い、「Ⅱ)」の第2~4パラグラフ(われわれのパラグラフ番号では【3】~【5】)も「Ⅰ)」に含まれるものと考えている。ただ私がそれらを「Ⅰ)」の結論的部分の最後の部分としたのに対して、小林氏はただ〈捕捉と見る〉だけの違いである。もっとも結論的部分の「補足」ということなら私の見解と一致する。
  なお小林氏は〈Ⅰ)について……〉という一文からはじまる第5~7パラグラフ(同【6】~【8】)についても次のように述べている。

  〈ところで,これら3つのパラグラフ(小林氏のパラグラフ番号で第5~7パラグラフのこと--引用者)は「係争点」に係わる「ひとまとまり」ではある。しかしこのひとまとまりの最初のパラグラフ,つまり第5のパラグラフの,エンゲルスが削除した「Ⅰ)について」という言葉を補って読み直すならば,エンゲルスが残した「なお」の前後の関係が異なってくる。即ち,第2~第4のパラグラフで「Ⅰ)について」の補足を書き記したが,それでも「1についてなお」補足しておくことがあり,それが「通貨主義者」との「係争点」である,という意味となるであろう。〉 (406頁)

  つまり小林氏も同氏の考える第5パラグラフの「Ⅰ)について」と書き出しているものは、その前に第2~4パラグラフも「Ⅰ)」の結論的部分の最後の部分を書いたものだから、本来はそれで「Ⅰ)」が終わったのだが、しかしさらにマルクスは補足して第5~7パラグラフを書き足したのだと考えていることが分かる。ただ小林氏はではひとまとまりの第4~7パラグラフを「Ⅰ)」のどこに入れるべきかというところまでは追求せずに、エンゲルスや大谷氏と同様に〈第2~ 第7の6つのパラグラフ全体を,「Ⅰ)」の末尾に移すのが妥当であろう〉(406頁)と書いているだけである。この点では私の考えとは異なる。私の考えは後に述べることにする。

  さて、以上の理由から、この解読文では、【53】パラグラフのあと、【53-1】、【53-2】、【53-3】として「Ⅱ)」の第【3】~【5】パラグラフの解読を続けることにしたい。


【53-1】

 〈いま見たように、フラートンその他は、「流通手段」としての貨幣と「支払手段」としての貨幣との{地金の流出が関わるかぎりでは、また「世界貨幣」としての貨幣との}区別を、「Circulation」(通貨currency〕)と「資本」との区別に転化させる。〉  (159頁)

  【これは内容的にはそれほど難しくはないので、平易な書き下し文は省略する。

  ここで〈いま見たように〉というのは、第28章全体を指しているとも捉えることも出来るが、第28章の最後のパラグラフを直接引き継いでいると考えるのが正しいように思える。
その最後のパラグラフ(【53】)というのは、次のようなものである。

 〈フラ一トン等々が,「購買手段」としての貨幣と「支払手段」としての貨幣との区別を,「 通貨〔currency〕」と「資本」とのまちがった区別に転化させていることはまったく明白である。その根底にはまたしても「Circulation」についての銀行業者の偏狭な観念があるのである。〉

 この最後で〈その根底にはまたしても「Circulation」についての銀行業者の偏狭な観念がある〉とマルクスが述べているが、「Circulation」が翻訳されずに、そのままになっている。この場合は、すでに指摘したが、「流通」と訳すのが適当であろうと考える。つまり銀行学派はスミスに倣って、流通を「収入の流通」と「資本の流通」とに分けるのだが、しかしマルクスが批判しているように、こうした分け方はやはり間違っているのである。というのは労働者が彼らの収入を支出して生活手段を購入する場合を「収入の流通」だと言っても、しかしそれは労働者に生活手段を販売する小売業者(彼らも資本家である)にとっては、その同じ過程は彼らの商品資本を貨幣資本に転化する過程であり、銀行学派の主張に倣うならば「資本の移転」でもあり、その意味では「資本の流通」とも言いうるからである。だから流通をこのように分けて考えるのは、スミスに影響された偏狭な観念だとマルクスは言っているわけである。
 銀行学派たちは、粗雑な観察によって、流通のこの二つの面での貨幣の直接的な違いに注目する。つまり「収入の流通」の場面では、もっぱら鋳貨や少額の銀行券が使われており、それらは主に「購買手段」として機能する。他方、「資本の流通」の場面では、そのほとんどが信用によって取引が行われて、手形や小切手等々が流通し、貨幣はただそれらの相殺の帳尻を最終的に決済するために流通に出てくる。つまり「支払手段」としてである。だから彼らは「通貨」と「資本」との区別を、流通のこうした粗雑な観察にもとづいて、一方の「購買手段」としての貨幣を「通貨」とし、他方の「支払手段」としての貨幣を「資本」としたわけなのである。マルクスが言っているのはこのことである。
 またマルクスは〈地金の流出が関わるかぎりでは,また「世界貨幣」としての貨幣との)区別を〉とも述べているが、これもすでに【33】パラグラフ以下で言及されていたが、地金の流出の場合も、融通された銀行券は地金との交換のためにすぐに銀行に還流してくるのであるが、それを銀行学派はそれは「資本」の貸し付けだからそうなるのだと主張したわけである。それに対して、マルクスは確かに地金を輸出する場合は、それは「資本」として出てゆくのであるが、しかし逼迫期の地金の輸出は、資本を海外に投下するために輸出されるのではなく、むしろ輸出した商品が海外の市場で売れずに在庫として積まれ、そのために国内の輸出産業が資金繰りに困り、銀行からの融通を受けて、それを地金に換えて、支払いを迫られている海外の原材料の輸出業者に支払うために輸出するのであり、そういう場合は、その地金は国際的な決済手段として出てゆくのである。だから、その限りではそれは「資本」の問題ではなく、やはり国際的支払手段という「貨幣」の問題なのだ、と批判していた問題のことである。そうした問題をここで結論的に述べているわけである。】


【53-2】

 〈「資本」がここで演じる役割が奇妙なものであるために、この銀行業者経済学者は、かつて啓蒙経済学が、「貨幣」は資本ではないのだ、と念入りに教え込もうとしたのと同じ入念さで、じつは貨幣は「とりわけすぐれた意味での」資本〔das Capital.“κατ'εξoχην”〕なのだ、と教え込むことになっている。

  ①〔注解〕「啓蒙経済学〔aufgeklärte Ökonomie〕」という語でマルクスが考えていたのは,金銀の姿態での貨幣を,重金主義者とは違ってもはや唯一の富かつ絶対的商品とは見なさず,せいぜい「最もどうでもよくて最も無用な資本形態」(〔MEGA II/4,2,の〕625ページ31行-626ページ1行〔本書第4巻282ページ8-9行〕)と見なしていたブルジョア経済学者たちのことである。マルクスが啓蒙経済学者としてとくに強調したのはアダム・スミスである。スミスは金銀貨幣を社会の純生産物を減少させるような高価な流通車輪と見なし,この流通車輪はより廉価な流通手段によって置き換えられることができるし,置き換えられなければならないとした。--MEGA IV/2,S.345,および,「地金。完成した貨幣制度」,MEGA IV/8,S,7,を見よ。--重金主義者たちと区別しての啓蒙経済学者たちについては,マルクスは『経済学批判。第1分冊』でも自分の見解を述べた(MEGA II/2,S.208を見よ)。そこでマルクスがはっきりと強調したのは,計算貨幣および価値章標としての貨幣が,それとともにまた,さらに進んで信用によって金属貨幣が排除されることが,資本主義的システムの展開とともに金銀は社会的富の絶対的代表者であることをやめる,という幻想に役立つ,ということである。
  ②〔注解〕κατ'εξoχην--とりわけすぐれて〔vorzugsweise〕。17)もしかするとマルクスが考えていたのは,アリストテレスの次の一命題であったかもしれない。--Aristoteles I,9 1256 b 40-1257 a 1=Ⅰ,3,10 Stahr.「ところが,生計術には第2の種類があって,それはとくに〔vorzugsweise〕,また当然,貨殖術と呼ばれ,これによれば富や財産の限界は存在しないように見える。」〔山本光雄訳『政治学』,『アリストテレス全集』15,1969年,23ページ。〕一『資本論』,第1巻をも見よ。(MEGA II/5,S.107.30-45 und 108.22-32.〔現行版対応箇所:MEW 23,S.167〕)

  17) ここにアリストテレスからの引用がギリシア語原文で掲げられているが,この引用のなかにはκατ'εξoχηνという語はない。そのあとのドイツ語訳文にvorzugsweiseという語があるだけである。マルクスはκατ'εξoχηνというこの語を,『資本論』の諸草稿のなかでしばしば使っており,MEGAではそのたびに注解でそれのドイツ語訳を挙げている。けれども,ここでのようにアリストテレスからの引用を含む説明がつけられている注解はほかにはない。おそらく,ここではマルクスがこの語に引用符をつけているので,編集担当者はこの「引用」の出所を説明しなければならない,と考えたのであろう。このκατ'εξoχηνというギリシア語をマルクスがどのような文脈で,どのような意味で使っているのかについては章末の「補注」で述べる。〉  (159-160頁)

  【このパラグラフも平易な書き下し文は省略しよう。
 このパラグラフについては、MEGAの二つの「注解」とその注解につけた大谷氏の訳注がある。大谷氏の訳注のなかで〈このκατ'εξoχηνというギリシア語をマルクスがどのような文脈で,どのような意味で使っているのかについては章末の「補注」で述べる〉と書いているが、それは「とりわけすぐれた」という用語の使用例を網羅したものであり、それ自体としては、当面の問題とはあまり関係せず、あまりわれわれの関心を引くものではない。ただその引用例の一番最後のものは、大谷氏も指摘するように、〈内容上,いま見ている当該のパラグラフでの,啓蒙経済学についての記述に完全に対応するものであろう〉(大谷新本第3巻196頁)と書いているから十分参照する必要があるであろうから、紹介しておこう。

  〈「啓蒙経済学は,職掌上で〔exprofesso〕資本を取り扱っているあいだは,金銀を,事実上最もどうでもよくて最も無用な資本形態として,最大の軽蔑をもって見くだしている。この経済学が銀行制度を取り扱う段になると様相が一変して〔the aspect of things turns〕,金銀は,資本と労働との他のどんな形態を犠牲にしても維持されなければならない,とりわけすぐれた意味での資本〔Capital par excellence〕となる。」(MEGA II/4.2,S.625-626;本書第4巻282ページ。)〉 (196頁)

  また大谷氏は新本第4巻の「第12章 「貴金属と為替相場」に使われたマルクスの草稿」の中で〈5. 理論上の二元論と「信用主義から重金主義への転回」〉と題して、次のように述べている。

 〈資本主義的生産が未発展の段階に対応する重金主義の思想では,一般商品から区別される金銀だけが貨幣であり絶対的商品であったのにたいして,発展してきた資本主義的生産に対応する「啓蒙経済学」では,流通手段としての金銀を高価な無駄なものとみなして,これを信用で置き換えることを主張するようになる。こうして,「啓蒙経済学は「貨幣」は資本ではないのだ,と念入りに教え込もうとし」(MEGA II/4.2,S.519;本書第3巻159ページ),「発達したブルジョア的生産では,商品の持ち手はずっとまえから資本家になっており,彼のアダム・スミスを知っており,金銀だけが貨幣であるとかそもそも貨幣は他の商品とは違って絶対的商品であるとかいう迷信を見くだして嘲笑している」(MEGA II/2,208;『資本論草稿集』③,372ページ)。
  ところが,「この経済学が銀行制度を取り扱うことになると様相は一変して,金銀は,資本と労働との他のどんな形態を犠牲にしても維持されなければならない,とりわけすぐれた意味での資本(Capital par excellence)となる」(MEGA II/4.2,S.626;本書本巻282ページ)のである。〉 (大谷本第4巻215-216頁)

 要するに金銀は、資本主義が未発達の段階では、それだけが貨幣であり、富であり、絶対的商品だと思われているのであるが、資本主義が発展してくると、金銀は、高価な浪費とされ、それを代用する価値章標に置き換えられ、金銀は無駄なものとされる。ところが、信用制度が発展してくると、金銀は、信用制度の軸点になり、それが少なくなると信用制度全体が揺らぐことなり、何を犠牲にしてでも、その流出を抑える必要が出てくるわけである。そうした意味で、再び金銀は何物にも換えがたい、とりわけすぐれた意味での資本として扱われるというわけである。

 また大谷氏は同じところで〈「資本」がここで演じる役割が奇妙なものであるために〉とマルクスが述べていることを説明して、次のように解説している。

  〈「「資本」がここで演じる役割」と言われているのは,moneyed Capitalという資本が果たす独自の「奇妙な」役割であり,これこそがこのあとの考察の中心課題であることを示唆しているものである。〉 (同216頁)

 ここで大谷氏が〈このあとの考察〉と述べているのは、第29章(「II」と番号を打ったところ)該当個所を指している。
  しかしこの一文が大谷氏が理解するように第29章該当部分に属するものではなく、第28章該当部分(「Ⅰ)」)の結論的な部分をなしているという位置づけに立つなら、こうした大谷氏の解説では十分とは言い難いことになる。というのはこれまでの「Ⅰ)」の一連の考察を考えてみれば、銀行学派たちは銀行から「貨幣融通として借り出された」銀行券がすぐに銀行に還流して、銀行資本の持ち出しに帰結することから、その銀行券は「通貨」としてすでに流通に必要なもの以上であったから、すぐに還流して「資本の貸付」に転化したのだと主張していたからである。つまり銀行券、すなわち〈貨幣は「とりわけすぐれた意味での」資本なのだ〉からだと主張したのである。つまり銀行学派たちは貸し出された銀行券が逼迫期には支払手段という貨幣の一機能を果たすために貸し出されたから、だから支払が済めばすぐに還流するという事実を見誤り、それは「資本」だからすぐに還流したのだと主張したのである。だからここで〈「資本」がここで演じる役割が奇妙なものであるために〉というのは、利子生み資本として貸し出された銀行券がすぐに還流して、銀行券の流通高に影響しないばかりか、むしろ減少することさえあるという現象のことを、〈奇妙なもの〉だと述べていると考えるべきであろう。そうした奇妙な現象を説明するために、彼らは銀行券は〈「とりわけすぐれた意味での」資本なのだ〉と主張したということではないだろうか。

 大谷氏は〈じつは貨幣は「とりわけすぐれた意味での」資本〔das Capita1“κατ'εξoχην”〕なのだ、と教え込むことになっている〉と述べていることについても、次のように解説している。

 〈ここでマルクスが「とりわけすぐれた意味での資本」と言っているのは,トゥックでたとえば次のような表現をとっているものである。

 「第3107号。(トゥック)利子率の上昇はイングランドの有価証券への(海外からの)投資を生じさせます。外国の有価証券はわが国から,海外で実現されるべく,送られます。同じ原因が,わが国の商人によって海外の商人に与えられた商人信用の縮小を引き起こします。それはまた,そうでなかったら輸出されなかった諸商品の譲渡を引き起こします。すなわち,それらの商品は,そのような場合には,価格にさえおかまいなしに,債務の決済の手段として送られます。そしてそれが輸入を妨げます。要するに……それは,それのより簡明ですぐに使える形態でのすなわち金での資本を,出て行くのにまかせるのではなく,わが国にはいるように強いるのです。」(MEGA II/4.2,S.614-615;本書本巻140ページ。)〉 (大谷本第4巻216-217頁、太字は大谷氏よる強調)

 利子率の上昇は海外からの有価証券への投資を呼び起こして、金地金の国内への流入を強制するとトゥックは主張しているようだが、その場合の金を〈より簡明ですぐに使える形態での、……資本〉と述べているわけである。つまりこの意味ではこの金はGeld capitalとしての貨幣資本なのだが、それをトゥックはmoneyed Capitalとしての貨幣資本と混同して、「資本」と述べているように思える。
  しかし上記の説明でも分かるように、こうした大谷氏の解説は的を外したものといわざるを得ない。】


【53-3】

  ところが、もっとあとの研究で明らかにするように、そのようにして「貨幣資本〔Geldcapital〕」が「利子生み資本」の意味での「moneyed Capital」と混同されるのであって、前者の意味では資本はつねに、それ自身がとる「商品資本」および「生産資本」という形態とは区別されたものとしての「貨幣資本〔Geldcapital〕」なのである。

  ① 〔注解〕「もっとあとの研究で明らかにするように」--〔MEGA II/4.2の〕601/602ページ〔本書第4巻113-114ページ〕,592-595ページ〔本書本巻533-541ページ〕および625/626ページ〔本書第4巻281-284ページ〕を見よ。〉 (160-161頁)

  【これも平易な書き下し文は省略する。
 ここでマルクスが述べていることは、先に大谷氏が紹介していたトゥックの議会証言の例がもっともよく示しているといえる。この第28章該当部分におけるこれまでの展開のなかでは必ずしも、この点での銀行学派の「混同」は展開されてきたとは言い難いが、このパラグラフで、つまり最後の最後になって、〈もっとあとの研究で明らかにするように〉という断りをつけてであるが、そうした混同が指摘されているのである。
 この二つの貨幣資本の区別の重要性については、第28章該当部分の旧稿の解読の冒頭部分でも強調しておいたが、一方は主に『資本論』第2部で資本の循環の一形態としての貨幣資本であり、生産資本や商品資本と区別されるものである。これは社会の再生産過程内で物質代謝を媒介する貨幣資本である。その意味では、他方の貨幣資本(moneyed Capital)は『資本論』第3部で問題になる、つまり再生産過程外での--だから剰余価値の分け前を巡る争いに関わる--貨幣資本であるという点で、本質的な区別があるわけである。
  ここでようやく、マルクスが冒頭のパラグラフで述べていた〈貨幣資本と、利子生み資本(英語の意味での moneyed Capital)とのあいだの区別が、乱雑に混同される〉ということを直接的な形で述べていることになる。

 以上で、「 I ) 」と番号を打った部分の草稿の検討は終わったわけだが、しかしマルクスはさらに〈 I )については,さらに次のような疑問も起こるであろう〉と「Ⅰ)」についての補足を書き加えている。それがわれわれのパラグラフ番号では【54】~【56】になる。だからその検討を最後に行うことにしよう。】

  (しかしその検討は次回に回します。)

 

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