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2021年12月

2021年12月29日 (水)

『資本論』第5篇 第28章の草稿の段落ごとの解読(28-5)

『資本論』第5篇 第28章の草稿の段落ごとの解読(28-5)


【9】

  bについて。貨幣が流通しているかぎりでは,購買手段としてであろうと支払手段としてであろうと--また,二つの部面のどちらでであろうと,またその機能が収入の,それとも資本の金化ないし銀化であるのかにまったくかかわりなく--,貨幣の流通する総量の量については,以前に単純な商品流通を考察したときに展開した諸法則があてはまる。流通速度,つまりある一定の期間に同じ貨幣片が購買手段および支払手段として行なう同じ諸機能の反復の回数,同時に行なわれる売買,支払の総量,流通する商品の価格総額,最後に同じ時に決済されるべき支払差額,これらのものが,どちらの場合にも,流通する貨幣の総量通貨currencyの総量を規定している。このような機能をする貨幣がそれの支払者または受領者にとって資本を表わしているか収入を表わしているかは,ここでは事柄をまったく変えない。流通する貨幣の総量は②購買手段および支払手段としての貨幣の機能によって規定されて〔いる〕のである。

  ①〔注解〕「以前に」--カール・マルクス『経済学批判。第1分冊』,ベルリン,1859年,81-85ページ, 124-125ページ,127-128ページ (MEGA II/2,S.170-174,206/207 und 209)。
  ②〔異文〕「購買」← 「貨幣」〉 (105-106頁)

   ここでは冒頭に〈bについて〉とあるように、【4】パラグラフの〈[/(3)]〉で示された三つのことの二つ目、すなわち〈b)この二つの異なった機能における流通する貨幣の量に関する問題の混入によって〉生じる〈混乱〉の検討に当てられている。ここで二つの異なった機能とは、収入の実現という機能と資本の移転という機能である。この二つの異なった機能で流通する貨幣の量に関する問題での銀行学派の混乱した主張が検討されると思われる。しかしここでは銀行学派の混乱の内容にはほとんど触れていない。とりあえず、書き下し文を以前のものを再掲しておくことにする。

 〈次はb)についてです。貨幣が流通している限りでは、購買手段としてであろうと支払手段としてであろうと、あるいは二つの部面、すなわち商人と消費者との間であろうと、商人と商人との間であろうと、さらにはその機能が収入の支出を担うか、あるいは資本の補塡、つまり商品資本を貨幣資本に転換すること、要するに商品を売って金や銀の金属貨幣に変えることであろうと、そうしたより進んだ貨幣のさまざまな諸機能や諸規定が加わろうとも、もし貨幣の流通する総量を問題にするのでしたら、それは以前に単純な商品流通を考察した時に展開した諸法則が当てはまるのです。
 それは次のようなものでした。流通速度(つまりそれはある一定の期間に同じ貨幣片が購買手段および支払手段として行う同じ諸機能の反復の回数のことです)、同時に行われる売買、支払の総量、流通する商品の価格総額、そして最後に同じ時に決済されるべき支払の差額、これらのものが、単純な商品流通の場合はもちろん、資本の流通においても、どちらの場合にも、流通する貨幣の総量、つまり通貨の総量を規定しているのです。
 だから、このような機能をする貨幣がそれの支払者または受領者にとって資本を表しているか収入を表しているかは、ここでは事柄をまったく変えないのです。流通する貨幣の総量は購買手段および支払手段という単純な商品流通における貨幣の機能によって規定されているのです。〉

  【このようにここでは、貨幣の流通量については、それが商人と消費者との間の流通であろうが、商人と商人のあいだ(資本家間)の流通であろうが、あるいはそれが支払う者やそれを受け取る者にとって、収入を現しているか、それとも資本を表しているか、といったこともまったく関係なく、とにかく貨幣が流通するなら、その流通量については、『資本論』の第1部第1篇第3章(ただしマルクスがこれを書いていた時には『経済学批判』しか刊行されていなかったのだが)で明らかにした貨幣の流通量の法則が当てはまるのだという原則が述べられているだけである。
  つまり貨幣の流通量は、流通する商品の価格総額、流通速度、諸支払の価格総額、相殺額、等々によって規定されるわけである。すでに述べたように、マルクスがこの草稿を書いていたときには『経済学批判』しか刊行されていなかったので、MEGAの注解では同書の三つの参照箇所が紹介されている。しかし最初のものはかなり長いもので、ここで紹介するのは無理である。ここでは三つ目についてだけ紹介しておくことにする。

 〈単純な貨幣通流の考察から生じた、流通する貨幣量についての法則は、支払手段の通流によって本質的に修正される。流通手段としてにせよ、支払手段としてにせよ、貨幣の通流速度が与えられていれば、ある与えられた期間内に流通する貨幣の総額は、実現されるべき商品価格の総額プラスその同じ期間中に満期となる諸支払いの総額マイナス相殺によって相互に消去しあう諸支払いの総額によって規定されている。流通する貨幣の量は商品価格によって決まるという一般的法則は、これによってすこしも動かされない。なぜなら、諸支払いの額自体は、契約上決められた価格によって規定されているからである。だが通流の速度と支払いの節約とが同じままであると前提しても、一定の期間、たとえば1日のうちに流通する商品総量の価格総額と、同じ日に流通する貨幣の量とが、けっして一致しないことは、まったく明らかである。というのは、その価格が将来はじめて貨幣で実現される多数の商品が流通しているし、それに対応する商品がずっと以前に流通から脱落してしまっている多数の貨幣が流通しているからである。この後者の数量自体は、契約されたのはまったく違った時期でも同じ日に満期となる諸支払いの価値総額の大きさによって決まるであろう。〉 (草稿集③374頁)

  大谷氏は「貨幣の機能Ⅰ」(『経済志林』第61巻第4号、1994年、227頁)で上記の内容を次のように図示しているので参考のために紹介しておこう。

26


  ところで以前の解読では、この〈b)〉では肝心の銀行学派の混乱について何も触れていないのであるが、それについて次のような推測を述べたのであった。

 《このようにここでは、マルクスは銀行学派の「混乱」した主張がどういうものかについては、ほとんど紹介していない。ただこの一文から想像できるのは、銀行学派は貨幣の総量をそれが収入を実現するか、資本の移転を担うかというより進んだ規定にとらわれて、それを間違って計算しているということだけである。それがどのように間違っているのかについては何も述べていない。それにこのb)はa)やc)比べて不釣り合いに思えるほど簡単である。
 これはどうしてなのであろうか? もちろん、それはこれがノートだからではあるのだが、実は、この銀行学派の貨幣の流通量の混乱した主張の批判は、マルクスはすでに第2巻でやっているのである。マルクスがこの第3部の第1草稿のこの部分を書いている時には、すでに第2部の第1草稿が書かれていたと想像される(マルクスは第3部第1草稿を書いたとき、第2部より第3部を先に書きはじめており、途中から第2部に移り、再び第3部を書くという複雑な書き方をしているのであるが、大谷氏は第3部の第4章[篇]の手前で第2部第1草稿の執筆に移ったと推測している)。
 またこの問題を、マルクスは1861~3年の草稿でも取り上げており、マルクスにとってはすでに解決済みの問題であったことはいうまでもない。だから恐らくマルクスにとってはすでに何度も取り上げた問題でもあり、ノートということもあって、それを再び詳しく繰り返す愚を避けたのであろう。
 では、それはどういう誤りだったのか、簡単に紹介しておこう。

 マルクスは第2巻の第17章「剰余価値の流通」のところ(われわれは第2部の第1草稿ではなく、現行版を参考にする)で、トゥックら銀行学派が、彼らの論敵(通貨学派)から問いかけられながら答えていない問題、すなわち「如何にして資本家は、流通に投げ入れるよりも多くの貨幣をたえず流通から引き上げうるのか」という問題を取り上げている。結局、その回答は例え剰余価値分が含まれその分だけ価値が増大した商品資本を流通に投げ入れたとしても、貨幣流通の分量については単純な商品流通の法則が支配するのであって、その商品が資本制的に生産されたかどうかは、流通に必要な貨幣額の分量を絶対に変化させないのだ。だから問題そのものが最初から存在しない、と答えている。もしどうしても商品流通に必要な貨幣量を問うなら、それは一国の商品流通に必要な貨幣はどこから来るかという一般問題になるのだ、とも。

 またマルクスは第2巻の第20章「単純再生産」においても、次のように述べている。

 〈われわれが見たように、アダム・スミスでは、社会的総生産物価値が収入 v+m に分解し、したがって、不変資本価値はゼロとみなされる。そこで、必然的に、年間収入の流通のために必要な貨幣は、年間総生産物の流通のためにも十分だということになり、したがって、われわれの場合に、3000という価値のある消費手段の流通のために必要な貨幣が、9000 という価値のある年間総生産物の流通のためにも十分だということになる。これが実際にA・スミスの見解なのであって、それがまたT・トゥックによって繰り返されるのである。収入の換金のために必要な貨幣量と社会的総生産物を流通させる貨幣量との関係についてのこのまちがった見解は、年間総生産物全体のいろいろな素材的要素と価値的要素とが再生産され年々補塡される仕方が理解されないで無理解に考えられたことの必然的な結果である。だからそれはすでに反駁されているのである。〉 (全集第24巻586頁)

 そしてマルクスはスミスとトゥックの著書から彼らの誤った主張を引用しているが、その紹介は割愛する(もし興味があれば、各自、第2巻全集版586-7頁を見てもらいたい)。ようするに、それはどういうことかというと、スミスは例のマルクスが名付けた「v+mのドグマ」から、不変資本の流通を見ずに、社会の総生産物の流通を、収入の流通に解消する、つまり社会の総生産物の流通に必要な貨幣量を収入の流通に必要な貨幣量とするのだが、それをトゥックは資本の流通では信用が媒介されて、実際上は貨幣は流通しない、だから結局は商人と商人との取引の総額(実際に貨幣が譲渡される額)は、商人と消費者間の取引総額によって決定され限定されると主張して、スミスの主張を引き継ぐのである。つまりこの場合も、彼らはこういう現実の流通の素材的な面だけに注目して、スミスの誤りを繰り返すのだ。(なお大月書店刊『資本の流通過程』[『資本論』第2部第1草稿]222-3頁、同書店刊『資本論草稿集』8)「経済学批判(1961-1863年草稿)V」313-318頁も参照)》

  このように、以前の解読では参照箇所を示すだけで紹介を省略している。そこで今回は、その省略した部分を追加的に紹介しておくことにする。まず『資本論』第2巻のスミスとトゥックの一文を紹介している部分である。

  〈スミスとトゥック自身の言うところを聞いてみよう。
  スミスは第2篇第2章〔岩波文庫版、(2)、320-321ページ〕で次のように述べている。
  「各国の流通は二つの部分に分けられる。すなわち、商人どうしのあいだの流通と、商人と消費者とのあいだの流通とである。紙幣であろうと金属であろうと同じ個々の貨幣があるときは一方の、またあるときは他方の流通に使用されることがあるにしても、両方の流通は絶えず同時に相並んで行なわれるのであり、したがって、両方の流通のそれぞれが進行を続けるためには、どの種類かの貨幣の一定量が必要である。いろいろな商人のあいだで流通する商品の価値は、けっして商人と消費者とのあいだで流通する商品の価値を越えることはできない。なぜならば、商人がなにを買うにしても、結局それは消費者に売られなければならないからである。商人間の流通は卸し売りだから、一般に一つ一つ取引ごとにかなり大きい額が必要である。ところが、商人と消費者とのあいだの流通はたいてい小売りであって、ごくわずかな額の貨幣しか必要でないことも多い。1シリング貨でも、半ペニー貨でさえも、用が足りることもある。ところが、小さい額は大きい額よりもずっと速く流通する。……それだから、消費者全体の年間購買量は価値においては商人全体のそれと少なくとも」{この「少なくとも」はおもしろい}「等しいのであるが、しかも前者は通例ずっと少ない貨幣量でかたづけられるのである」云々。
  アダムのこの箇所についてT・トゥックは次のように言っている。(『通貨原理の研究』、ロンドン、1844年、34-36ページの所々。〔世界古典交庫版、77-79ページ。〕)
  「ここでなされたこの区別が事実上正しいということには、疑問の余地はない。…… 商人と消費者とのあいだの交換には、消費者の主要な収入(the principal means) をなしている労賃の支払も含まれる。……商人と商人とのあいだのすべての取引、すなわち生産者や輸入業者から製造工業などの中間過程のあらゆる段階を経て小売商人や輸出商人に至るまでのすべての販売は、資本移転の運動に分解できるものである。しかし、資本移転は、大多数の取引では、移転のさいの銀行券や鋳貨の現実の譲渡--これは実質的な譲渡であって擬制的な譲渡ではない--を必ずしも前提しないし、また実際にもそれを伴ってはいない。……商人と商人とのあいだの取引の総額は、結局は、商人と消費者とのあいだの取引の額によって決定され限定されるよりほかはないのである。」
  もし最後の一句だけが単独に述べられているならば、トゥックは、ただ、商人間の取引と商人対消費者の取引とのあいだには、つまり年間総収入の価値とそれを生産する資本の価値とのあいだには、ある割合があるということを確認しているだけだ、とも考えられるであろう。ところが、じつはそうではない。彼はアダム・スミスの見解をはっきりと承認している。だから、彼の流通理論の特別な批判は余計である。〉 (全集第24巻586-587頁)

 次は大月書店刊『資本の流通過程』[『資本論』第2部第1草稿]からであるが、少し前の方から紹介しておこう。

  消費者として--すなわち、収入の支出者として--みるならば、AおよびBの資本家および労働者の全体が、Bの不変資本部分のうちのどの部分にも支払わないし、どの部分をも買わない。それゆえA・スミスが、消費者は、結局は、生産に年々前貸しされる資本と彼らによって年々生産される商品資本との全部の価値を支払うのであり、彼らの貨幣流通は貨幣流通全体を補塡する、言いかえれば、商品資本全体(すなわち、前貸しされた生産資本に等しい部分を含む商品資本) にその貨幣形態を与え、回復させる、と言っているのは、途方もない誤りである*。彼の誤解は、資本と収入との関係の誤った理解から、また、われわれが述べてきたような再生産過程での商品資本全体の現実的素材変換の誤った分析から生じている。のちにみるように、その他のもろもろの途方もない誤りがこの点に結びついているのである。(第3部第6章を見よ。)その後の全経済学は、流通についてのスミスのこの誤りやそのほかのもろもろの誤った前提(たとえば、一商品の価格の全分析の諸前提)をおうむのように口まねし、また現実的分析をするかわりに、一方の人々にとっての収入は他方の人々にとっては資本である、等々といったきまり文句で心を静めるのであるが、こうしたことで満足してきたそのおきまりの無思想ぶりは、このいわゆる科学なるものの無批判的な怠惰を証明している。
  *「一国の流通は、二つの異なった部門に分かれているものと考えることができる。すなわち、商人(dealers)のあいだでだけ行なわれる流通」(ガルニエの説明では、スミスがここでdealersと言っているのは、商人ばかりでなく、製造業者等々の、一言でいえば、一国の商業および工業のすべての当事者のことである) 「と、商人と消費者とのあいだで行なわれる流通とである。紙幣であれ金属貨幣であれ、同じ貨幣片が、流通のこの二つの部門のうち、あるときはその一方で用いられ、あるときは他方で用いられうるとはいえ、この二つの部門はつねに同時に進んでいるのだから、両部門のそれぞれを進めるためには、それぞれの部門が、どちらかの種類の貨幣の一定の貯えを必要とする。さまざまな商人のあいだで流通する商品の価値は、商人と消費者のあいだで流通する商品の価値をけっして越えることができない。というのは、商人が買うものすべてが、結局は、消費者に売られることになっているのだからである。」(〔アダム.スミス『諸国民の富の性質と諸原因とに関する研究』、ジェルマン・ガルニエの注・所見つき新仏訳本、パリ、1802年、〕第2巻第2篇第2章、292、293ページ〔邦訳、『--』、大内兵衛・松川七郎訳、岩波文庫、(2)、320-321ページ〕。)
  商人と消費者とのあいだの取引は、商人と商人とのあいだの取引と等しくなければならず、つまるところ後者の取引をすっかり清算しなければならない、というA・スミスの命題(消費者とは、スミス自身が商入とみなしている産業的消費者ではなくて、個人的消費者のことでなければならない) は、根本的に誤っている。この命題は、全生産物は収入に分解するという彼の誤った命題にもとづいており、それが実際に意味するのは、商品交換のうち資本と収入とのあいだの交換の部分が商品の総交換に等しい、ということにほかならない。この命題が誤っているのと同様に、トゥックが行なったこの命題の貨幣流通への応用もまた誤っている。〉 (221-223頁)

  次は『61-63草稿』からである。

  〈したがって、A・スミスが次のように言っているのもまちがっている。その前になお次のことを述べておかなければならない。すなわち、スミスが商人〔dealer〕と言っているのは生産過程と流通過程とに関与するすべての資本家のことであり、消費者〔consumers〕と言っているのは、労働者と資本家、地主などと彼らの召使たち--彼らが収入を消費するかぎりでの--とのことだ、ということである。
  彼はこう述べている。
  「すべての国の流通は二つの違った部門に分かれているものと考えることができる--商人たち〔dealers〕相互の流通と商人と消費者とのあいだの流通とがそれである。紙幣であろうと金属貨幣であろうと、同一の貨幣片があるときには一方の流通に使用され、あるときには他方のそれに使用される、のであるが、しかもこの両方の流通は絶えず同時に進行しているのであるから、それぞれ、その流通が行なわれるためには、どちらかの種類の貨幣の一定の種類が必要である。さまざまな商人のあいだを流通する財貨の価値は、商人と消費者とのあいだを流通する財貨の価値をけっして越えることはありえないというのは商人の買うものがどのようなものであろうとそれは究極的には消費者に売られるものだからである。」(『諸国民の富』、マカァロク版、141ページ〔岩波文庫版、大内・松川訳、320-321ページ〕。)これは、スミスの、賃金と利潤と地代とによる商品価値のまちがった分析に対応している。この点に関しては以前に述べたことを見よ。また、このまちがった見解は、それ自身また次のことに基づいている。すなわち、資本主義的生産様式では、蓄積された資本は--不変資本も--もともとは剰余労働から生じるのであり、言い換えれば、利潤が資本に転化させられるのだ、ということがそれである。だが、このことからの結果として、ひとたび資本に転化された利潤が「利潤」から成っているということにはけっしてならない。さまざまな商人のあいだを流通する財貨の価値は、商人と消費者とのあいだを流通する財貨の価値よりもつねに大きい。なぜならば、前者の流通は不変資本のうちのいろいろな現物成分の交換を含み、この交換は、資本のうち消費者がけっしてその代価を支払わない価値部分を補塡するからである。運動がかいっしょに並んで進行し--変態や再生産の継続的なそれぞれの契機が--いっしょに並んで進行するものとして同時に現われる--ということのために、スミスは運動そのものの観察を妨げられたのである。もしそうでなかったら、彼は、自然価格のまちがった分析から得た自分の命題が資本の貨幣流通によって裏書きされるのではなく反駁されていることに気づいていたであろう。「商人〔dealer〕」と「消費者〔consumer〕」という言い方も妨げになっている。というのは、商人--生産資本家--は、前述の交換では、たとえ個人的消費者ではなく産業的消費者であっても、最終の「消費者」として同時に現われるからである。〉 (草稿集⑧313-315頁)
  トゥックは、彼の貨幣理論の根本原則の一つにしているA・スミスの前記の文章について次のように述べている。
  「商人と商人とのあいだのすべての取引というのは生産者または輸入業者から製造業その他の中間過程のあらゆる段階を経て小売商人または輸出商人に至るすべての売買と解されるべきであって、このような商人と商人とのあいだのすべての取引は資本の運動または移転に帰着する。ところで、資本の移転は、大多数の取引にあっては、移転のさいに、貨幣すなわち銀行券や鋳貨の授受--私は具体的に考えているのであって想像によって考えているのではない--を必ずしも想定していないし、また実際のところ現実にそれを必要とするものでもない。資本の運動はすべて、鋳貨または銀行券--すなわち一方の手で発行されて他方の手で受けもどされる、あるいはもっと適切に言えば、帳簿の一方の側に記帳されると問時に他方の側に反対記帳される想像上の銀行券ではなくて、現実の、目に見え手に触れることのできる銀行券--による現実の支払の介在なしに、銀行業務と信用との操作によっておそらく実現されるであろうし、また大多数はこのようにして実現されるのである。そしてさらに重要な考慮すべき事柄としては、商人と商人のあいだの取引の総額は、終極的には商人と消費者とのあいだの取引の額によって決定され、制限されるにちがいない、ということがある。」〈Th・トゥック『通貨原理の研究』、ロンドン、1844年、35、36ページ〔日本評論社、世界古典文庫版、玉野井芳郎訳『--』、78、79ページ〕。)
  結びの文章でトゥックが実務家としての彼に独自な生硬さでA・スミスの命題を繰り返しているのは、彼がスミスには理論的に歯がたたないからである。「商人と商人とのあいだの取引」の「総額」は「終極的には」商人と消費者とのあいだの取引の額によって決定されるにちがいないということは、全然疑問の余地のないことであるが、取るに足りないことである。一般に生産に使用される全部類の資本は、「終極」的には、生産者が売ることのできる生産物の量によって左右され、それゆえ、その量によって決定される。なぜならば、彼は、ただ自分の売る生産物からのみ自分の利潤をあげるのだからである。だが、このことをA・スミスは論じなかったし、トゥックはA・スミスの命題を繰り返しているつもりなのである。彼〔スミス〕はこう語っていた、すなわち、「商人と商人とのあいだを流通する財貨の価値」は「商人と消費者とのあいだを流通する財貨の価値」に等しい、と。トゥックは、前述の著書では、もっぱら通貨原理との論争に夢中になっている。商人と商人とのあいだの流通は「資本の運動または移転」に帰着するという言い方は{ここで彼が関心をもっているのは、彼の反対者たちとは反対に、ただ、再生産過程における諸資本の流通から発生する相互の債務がどのように決済されるかという問題、つまり、理論的にはまったく副次的な問題にすぎない。}、考察方法全体の生硬さを示している。「資本の運動」。まさにこの運動を規定し分析することこそが肝要だったのである。〔彼の考察方法の〕基礎にあるものは、資本の運動を彼が流通部面のなかで考えており、そのために彼がここで資本と言っているのはつねに貨幣〔資本〕または商品資本のことだ、ということである。「資本の移転」は、これも運動ではあるが、資本の運動とは非常に違っている。資本の移転というのは、実際にはただ商業資本と関係があるだけであって、実際には、資本が種々な局面を経てある買い手の手から他の買い手の手に渡るということ、すなわち実際はただ資本自身の流通運動にすぎないということ、のほかにはなにも意味しない。しかし、資本の「運動」というのは、再生産過程の質的に違った諸局面である。資本の「移転」は、可変資本が労賃として労働者の手に移りそれが「通貨」に転化させられる場合にも、生じる。話の仔細は、要するに、資本そのものの運動では--商品としての資本と消費者との最終的な交換よりも前には--貨幣はただ支払手段としてのみ流通し、それゆえ一部はただ計算貨幣としてのみ機能し、一部は、もしなんらかの差額があれば、ただ差額としてのみ機能する、というだけのことである。このことからトゥックは、このような貨幣の二つの機能の相違が「資本」と「通貨」との相違なのだと推論するのである。そもそも彼は最初に、貨幣や商品を、資本の存在様式としての貨幣や商品と、つまり貨幣〔資本〕や商品資本と混同しており、そして第二に、彼は、資本が流通するさいの一定の貨幣形態を、「資本」と「鋳貨〔Münze〕」との相違として考察しているのである。〉 (草稿集⑧315-317頁)
 〈トゥックの次の文章はよい。
 「銀行業者の業務は、要求払の約束手形の発行を別にすれば、商人と商人とのあいだの取引と、商人と消費者とのあいだの取引というスミス博士の指摘した区別に対応する二つの部門に分けることができよう。この銀行業者の業務のうちの一部門は、資本を直接に使用しない人々から集めて、それを使用する人々に分配または移転することである。他の部門は、その得意先の所得から預金を受け入れて、彼らが消費対象への支出として必要とするだけの額を彼らに払い出すことである。前者は帳場のうしろの業務とみなすことができるであろうし、後者は帳場の前の業務ないし帳場での業務とみなすことができるであろう。というのは、前者は資本の流通であり、後者は通貨の流通だからである。」(通貨の流通と言うのは貨幣資本の第一の流通のことである。これは本来の流通ではなく、移転である。現実の流通はつねに資本の再生産過程の客観的な一契機を含んでいる。移転は、商業資本の場合にそうであるように、一方の人と他方の人との位置を取り替える。しかし、資本はまだ以前と同じ局面にある。それはいつでも貨幣の--または所有名義の--(あるいはまた商品の)一方から他方への移行であって、この貨幣が変態を経てきたということではない。そのほかになお、こうしたことは銀行業者の仲介によって行なわれる貨幣資本の貸付などによる移転についてもあてはまる。同様に、この移転は、資本家が彼の現金化した剰余価値を一部は利子生活者に、一部は地主に分配する場合にもあてはまる。この最後の場合は収入の分配であり、前述の場合は資本の分配である。ただ商業資本の一方の種類の商人から他方の種類のそれへの移転だけが、商品資本そのものを貨幣への転化に近づけるのである。) 「銀行業のうち一方では資本の集中と関係をもち、他方ではその分配と関係をもつその部門を、その地方の地域的な諸目的のための流通を管理するのに使用されるその部門から理論上区別したり分離したりすることは、非常に重要である……。」〈同前、36、37ページ〔玉野井訳、79ページ〕。)〉 (草稿集⑧318頁)

  ところで大谷氏はマルクスがここで〈このような機能をする貨幣がそれの支払者または受領者にとって資本を表わしているか収入を表わしているかは,ここでは事柄をまったく変えない。流通する貨幣の総量は購買手段および支払手段としての貨幣の機能によって規定されて〔いる〕のである〉と述べていることについて、次のように論じている。

 〈見過ごしてならないのは,マルクスがここで,「貨幣が資本を表わしているか収入を表わしているか」にまったくかかわりなく,と言っていることである.この問題を考えるときには,「支払者」であるか「受領者」にとってであるかにはかかわりのない,社会的再生産のなかでの貨幣の規定性だけが意味をもつのである。〉 (大谷第3巻29頁)

  このように大谷氏はあいかわらず〈社会的再生産のなかでの貨幣の規定性だけが意味をもつ〉などと述べている。しかしここで重要なのはマルクスは〈「貨幣の流通する総量については,以前に単純な商品流通を考察したときに展開した諸法則があてはまる」〉と述べていることなのである。つまりそれは単純流通という流通のより抽象的な契機における問題なのだということである。そもそも通貨と資本との区別というのは、通貨は単純流通という抽象的な規定性の問題であるのに対して、資本というのはより具体的な形態規定性の問題だということの違いである。銀行学派たちはこうした貨幣の抽象的規定性についてまったく正しく捉えることができていないとマルクスは指摘しているのである。だからここでマルクスが収入を表すか資本を表すかということで問うているのは、より具体的な形態規定性においてそれがどのようなものであろうと、その抽象的な規定性には何の影響も与えないのだということなのである。こうした肝心要のところを大谷氏は理解されていないのである。
  さらに大谷氏はこの第2の問題と関連させて、〈この注意が重要な意味をもっているのは,第28章部分のこのさきの考察では,繁栄期と反転期のそれぞれにおける流通貨幣量を規定する諸要因--とりわけ購買手段として必要な貨幣量と支払手段として要求される貨幣量--の明確な把握が要求されることになるのだからである。〉(同29頁)と述べているのもまったく勘違いもはなはだしい。恐らく大谷氏はマルクスがb)の冒頭〈この二つの異なった機能における流通する貨幣の量に関する問題の混入によって〉と書いている〈この二つの機能〉を購買手段と支払手段の二つの機能のことと考えたのであろう。しかしそれだとマルクスがb)の解説の最後に〈流通する貨幣の総量は購買手段および支払手段としての貨幣の機能によって規定されているのである〉と述べている意味が分からなくなる。大谷氏は購買手段として機能する貨幣の量と支払手段として機能する貨幣の量が繁栄期と反転期とで異なることを持ち出しているが、そんなことをマルクスはここではまったく問題にせず、流通する貨幣の総量というのは購買手段や支払手段という貨幣の抽象的な機能の中で明らかにされた諸法則が当てはまるのであって、それが収入を表すか資本を表すかなどというより具体的規定性によって左右されるようなものではないのだ、と述べているのである。大谷氏がどれほどとんちんかんな理解しか持っていないかが分かるであろう。】


【10】

  cについて。二つの流通部面には内的な関連がある(というのは,一方では支出されうる収入の総量が消費の総量を表現しており,商業および生産で流通する資本総量の規模が事業一般の景況,再生産過程の規模と速度とを表現しているからである)にもかかわらず,同じ事情が,二つの機能で,または二つの部面で流通する貨幣総量に,またはイギリス人が通貨〔currency〕を銀行用語化して言うところによれば,Circulationの量に,違った作用をするのであり,また反対の方向にさえも作用する。そしてこのことが,トゥックによるCirculation資本とのばかげた区別に新たなきっかけを与えているのである。(通貨説〔currency theory〕の奴らが二つのまったく別の事柄を混同しているという事情は,これらの事柄を概念の区別として示すのに足りるだけの十分な理由ではけっしてない。)

  ①〔注解〕「通貨説」(「通貨原理」) は,1825年の恐慌で始まった,必然的に周期的に反復される恐慌循環にたいするブルジョア経済学の一つの反応であった。「通貨説」の代表者たちは,リカードウの貨幣数量説を直接に引き継ぎ,これを一種の貨幣的景気理論に仕立てあげた。彼らは,ある大きさの基本額を除いて銀行券の発行を,イングランド銀行の貨幣金属準備の額に,したがって本位金属の国際的流出入に結合することを要求したのであって,この要求は,1844年のイギリスの銀行立法で実際に押し通された。このようにすることでそれぞれの銀行券がその額面の言い表しているのと同量の貨幣金属をつねに代表しているということが達成されるのだ,と主張されただけではなかった。実際に銀行券流通は,リカードウが採用した純粋金属流通の諸法則に従わせられたのである。リカードウは,本位金属の輸出入を,貨幣価値と物価とをつねに繰り返して急速にそれらの正常な水準に引き戻す経済的過程だとみなしていた。循環的発展と結びついた物価の騰落は,通貨理論の代表者たちにとっては,恐慌を引き起こす決定的原因そのものであって,彼らは自分たちの貨幣・金融政策を恐慌回避のための有効な手段として採用するよう勧めたのである。「通貨説」の代表者たちは,銀行券の信用貨幣としての性格を否定し,そのことによって,銀行券の発行によって条件づけられた還流を--それが過剰な銀行券発行を妨げ,高い程度で銀行券の価値の安定性を保証するものであるのに--否定した。「通貨説」の実践的適用は,銀行券流通の人為的な制限をもたらし,恐慌を激化させるように作用した。
  「通貨説」は,貨幣を窮屈にして金利を高くするという政策によって産業資本家の負担で高い利潤を達成しようとした保守的な貨幣資本家の利益に相応しいものであった。〉 (106-107頁)

  ここから【4】パラグラフの〈[/(3)]〉で示された三つの項目の最後のもの、すなわち〈c)二つの機能で流通する,したがってまた再生産過程の二つの部面で流通する通貨(Currencies)の分量の相互間の相対的な割合に関する問題〉から生じる〈混乱〉の検討に当てられている。まずわれわれは、平易な書き下し文を前回解読した時のものを再掲しておくことにする。

  〈次は最後のc)です。アダム・スミスが指摘し、銀行学派がそれを受け継いでこだわっている二つの流通部面、すなわち商人と消費者との間の流通と、商人と商人との間の流通、あるいは彼らの言う「収入の実現」と「資本の移転」という二つの流通部面のことですが、この二つの間には内的な関連があるのは当然です。一方では支出されうる収入の総量が消費の総量を表しており、他方の商業や生産部面で流通する資本総量の規模が事業一般の景況、再生産過程の規模と速度とを表現しているからです。消費が活発になるのはやはり景気のよい時で、それが落ち込むのは不景気の時だというのは誰でもわかる道理でしょう。
 しかし両部門で流通する貨幣の総量が同じような動き方をするかというと必ずしもそうではありません。同じ事情(例えば好景気や不況という事情)が、二つの部面で、あるいは二つの機能で流通する貨幣総量に、違った作用をするのです。それはイギリス人が通貨(カレンシー)を銀行用語化して言うところの、いわゆる「通貨」(サーキュレイション)の量に、違った作用をするのであり、むしろ反対の方向にさえも作用するのです。
 そしてこのことが、トゥックによる「通貨」と「資本」とのばかげた区別に新たなきっかけを与えているのです。
 (通貨説の奴ら--通貨学派--は、金貨幣と銀行券というある意味では二つのまったく別の事柄--なぜなら一方は単純な商品流通における貨幣なのに対して、他方は発達した資本主義を前提とする信用制度のもとで流通する本来の信用貨幣であり、それは手形流通に立脚しているのですから--を混同しているのですが、しかしそれを批判する彼ら--銀行学派--自身も、これらの事柄を正しく概念的に区別しうるかというと、まったくそうではないのです。だから彼らが通貨説の奴らの間違いを批判したからといって、それだけで彼らが正しい回答を引き出せると思ったら大間違いなのです。)〉

  【前回解読した時にも指摘したが、この「c) は「a)」や「b)」と較べて不釣り合いなほど長い。なぜなら、それはほぼこのあと最後までカバーするのではないかと考えられるからである。その理由について考えたものを、以前書いたので、それをもう一度紹介しておこう。
  《このc)については、最初の二つに比較して、不釣り合いとも思えるほどに長い検討が加えられている(c)の分析は結局、第28章の最後まで続いていると考えることもできる)。これはどうしてであろうか?
 それはこの第28章が貨幣資本(moneyed capital)論の本論の最初に置かれていると最初に指摘したが、それと関連があると想像できる。というのはこれまでの銀行学派の混乱は確かに収入や資本というより進んだ具体的な規定と貨幣の抽象的な規定や機能との混同によって生じるものであったが、今度は本論で問題にする「利子生み資本」、すなわち貨幣資本(moneyed capital)の具体的な諸形態や運動に直接関わる銀行学派の混乱だといえるからである。だからマルクスはこのc)の分析に不釣り合いと思えるほど多くの分析を費やしているのだと考えられる。》

  ここでは銀行学派たちが区別する二つの流通部面は、互いに内的に関連しているのであるが、しかしそれらの二つの流通部面で流通する通貨の相対的な量については、景気の状況によって違った運動をする。そして、それがトゥックなどの銀行学派たちの通貨と資本との馬鹿げた区別に新たなきっかけを与えることになっているのだと指摘している。しかし実際の彼らの混同の具体的な内容についてはまったく触れていない。そしてこのあともマルクスは繁栄期と逼迫期とに分けて、二つの流通部面で流通する通貨の量にそれらがどのように作用するのかを考察しているが、その間も、やはり銀行学派の主張については具体的にはまったく論じていない。その検討を開始するのは、われわれのパラグラフ番号では【18】から逼迫期において、流通Ⅰでは通貨の総量は減少するが、流通IIではそれは増加するということが、フラートンらが言い立てている命題とどこまで一致するかどうかを詳しく研究しなければならないとするところからである。だからフラートンらの主張の批判的検討は、何か「c)」と違った問題の検討であるかに論じている人も多いが、しかしフラートン批判もやはり「c)」の混同の範囲内の問題であることは明らかなのである。

  ところで〈通貨説〔currency theory〕の奴ら〉にはMEGAの注解が付いているが、その内容はやや分かりにくい。そこで前回の解読のときは別途補足説明をしたのであるが、それをもう一度紹介しておこう。また追加補足としてマルクスからエンゲルスへの書簡も紹介したのであるが、それもやはり再掲しておくことにする。

  《まず通貨説(通貨原理)、あるいは通貨学派とは、1825年の恐慌をきっかけに、周期的に起こる恐慌を如何に防ぐか、防げなくてもその影響を如何にやわらげるかというブルジョア経済学としての一つの対応であった。彼らは〈リカードウの貨幣数量説を直接に引き継ぎ、これを一種の貨幣的景気理論に仕立て上げた〉とあるが、これはどういうことであろうか? 
 リカードは貨幣数量説的立場に立って国際的な貨幣自動調整論を主張した。彼は一国にある金をすべて流通手段と考え、そして金貨幣をあたかも紙幣と同じように、その流通量によって価値が決まると考えたのである。一国の金が増加してその流通必要量を超えれば、金の価値は減り(だから物価は上昇し)、金の量が減少して必要量を下回れば、価値は増える(物価は下落する)というのである。そしてリカードはもしイギリスの金が流出するということは他の国の金が増えることだが、イギリスから金が流出してその量が減少すると金の価値は高くなり(物価は低くなる)、外国では逆に安くなる(物価は高くなる)、だから金は安い外国から高いイギリスに輸入されてくる(商品は逆に安いイギリスから盛んに輸出され、高い外国商品は輸入しにくくなる)。反対にイギリスの金がその流通適正量よりも多くなると金の価値は安くなり(だから諸物価は上る)、今度は金は流出する(外国商品の輸入が増える)。こうして金は、その量が流通適正量よりもより多いか少ないかによって価値を増減させ、国際的な金の流出入によって国内での流通に必要な適当な量に調節される作用をもっていると考えたのである。(リカードの貨幣数量説については『経済学批判』も参照〔全集13巻147頁以下〕)
 通貨学派はこのリカードの貨幣理論を信奉し、これを金鋳貨と紙券(彼らは不換紙幣も兌換銀行券も区別せずに、この言葉で呼ぶと銀行学派は批判している)とが混合して流通する場合にも通用するようにしなければならないと信念する。つまり金の調節機能を働かせるために、紙券の量を金の量にリンクさせ制限すべきだというのが通貨学派の主張なのである。だから彼らは金の輸出入に応じて銀行券の発行も調節する必要があると主張した。そうでないと銀行券だけが増えて、通貨総量とその一部を占めるに過ぎなくなった金の量との関連がなくなれば、金のそうした国際的な調節機能が働かなくなると考えたのである。そして過剰に増発された銀行券が通貨の極端な減価をもたらし、金の流出と、恐慌を誘発したり激化させることになると考えたのである。だから銀行券の発行をイングランド銀行にある準備金の量に応じて調節せよというのが彼らの主張であり、それが具体的な政策となったのがピール銀行条例なのである(ピール条例やそれ以後のイングランド銀行についてまた説明する機会があるだろう)。
 〔注解〕で以下説明していることはほぼ上記の内容である。彼らは銀行券が信用貨幣であり、国家紙幣とは異なることをが分からず、兌換銀行券も不換紙幣もいっしょくたに「紙券」と呼んで、銀行券が過剰発行されることが問題だと主張し、それが通貨の極端な減価をもたらし恐慌を激発させると主張したのである。
 だからマルクスが言っている「2つのまったく別の事柄」というのは、本来の信用貨幣としての銀行券の流通と金属貨幣の流通という「まったく別の二つの事柄」を同じものとして見たということであろう。

  《追加補足》【マルクスは1851年2月3日付けエンゲルスへの手紙で、このリカードの学説とロイド(オーバーストーン)などの通貨学派の通貨理論について次のように説明している。(マルクスの強調箇所の傍点は下線に変えてある)

 〈リカードをはじめロイド氏やその他もろもろの連中の理論とは次のようなものだ。
 この国に純粋金属流通が行なわれていると仮定しよう。もしそれがこの国で過剰になれば、物価は上昇し、したがって商品輸出は減少するだろう。外国からこの国への商品輸入は増加するだろう。こうして輸入は輸出を超過するだろう。つまり貿易収支は逆になる。為替相場も逆。正貨は輸出され、通貨は収縮し、商品価格は下落し、輸入は減少し、輸出は増加し、貨幣は再び流入し、要するに事態はもとどおりの均衡に復するだろう。
 必要な変更を加えれば、逆の場合も同様だろう。
 このことからの教訓。紙幣は金属通貨の運動に倣わなければならないのだから、つまり、他の場合には自然的な法則であるものに代わって紙幣の場合には人為的な調節が行なわれなければならないのだから、イングランド銀行は、地金が流入するときには発券高をふやさなければならない(たとえば国債や大蔵省証券などの買い入れによって)、地金が減少するときには手形割引の縮小や政府証券の売却によって発券高を減らさなければならない。そこで、僕が言いたいのは、イングランド銀行はこれとは反対に行動しなければならないということ、すなわち、地金が減少するときには手形割引をふやし、地金が増加するときには手形割引を普通の調子でやっていかなければならないということだ。そうしないと、近づきつつある商業恐慌を不必要に激しくすることになる。だが、これについてはまた別の機会に。
 ここで僕が論じたいのは、問題の根本に関することだ。つまり、僕は次のように言いたいのだ。純粋な金属流通の場合にも、その数量やその膨張収縮は、貴金属の流出入や貿易収皮の順逆や為替相場の順逆とはなんの関係もない。といっても、実際にはけっして現われないが理論的には規定できる極端な場合は別としてのことであるが。トゥックも同じことを主張しているが、彼の1843~1847年についての『物価史』のなかには証明は見つからなかった。
 ごらんのとおり問題は重要だ。第一には、全通貨理論がその根底において否定される。第二には、信用制度が恐慌の一条件だとはいえ、恐慌の経過が通貨と関係をもつのは、ただ、1847年のように通貨調節への国家権力の気違いじみた干渉が当面の恐慌を激化させることがありうるというかぎりでのことだ。〉 (国民文庫『資本論書簡』(1)83-85頁、全集第27巻154頁)》

 以上、やや長すぎたが、このパラグラフについてはこれぐらいにしておく。】

  (以下、続く)

2021年12月21日 (火)

『資本論』第5篇 第28章の草稿の段落ごとの解読(28-4)

『資本論』第5篇 第28章の草稿の段落ごとの解読(28-4)

【5】

  〈|329上| (最後の事実は重要なのであって,トゥックがまったく見落としているものである。貨幣が貨幣資本として投下されるときにのみ,すなわち過程の発端でのみ,資本価値は資本価値として存在する。商品には,資本・プラス・剰余〔Surplus〕〔が含まれており〕,したがって,それに合体された収入源泉を伴っているのである。)〉 (102-103頁)

  このパラグラフは全体が括弧に入っており、【4】パラグラフの最後の部分--〈しかし,同様にたえずこの同じソヴリン貨や半ソヴリン貨や銀行券が,消費者としての全公衆によって,彼らの収入の貨幣形態として銀行からふたたび(直接または間接に)引き出され,こうしてたえず小売商人の手に還流し,このようにして彼のために彼の,資本・プラス・収入,の新たな一部分を実現するのである〉--に関連して言及されたものであろう。つまり〈このようにして彼のために彼の,資本・プラス・収入,の新たな一部分を実現する〉という事実である。まず平易な書き下し文を以前の解読したものを再掲しておく。

  〈最後の事実は重要なのであって、トゥックがそこに「通貨」だけを見て、まったく見落としているものです。同じ貨幣でも貨幣資本として投下される時に、初めてそれが資本になるということ、すなわち過程の発端でのみ、資本価値は資本価値として存在するのです。だから小売商人が売る商品、つまりそれは小売商人が最初に貨幣資本を投じて卸売商人から仕入れたものであり、だから彼の商品資本なのですが、そこには資本プラス剰余が、つまり商人の収入になる源泉が、すでに合体され伴っているのです。〉

  【トゥックたち銀行学派は貨幣をただその素材的側面でしか把握しないから、個人的消費者たちが小売商人に支払う貨幣が、素材的には鋳貨や少額銀行券だから「通貨」とするのであるが、しかし形態規定性において捉えるなら、それらを受け取る小売商人からすれば彼の商品資本の実現形態なのだから、彼の貨幣資本なのである。銀行学派はこうした同じ鋳貨が資本という形態規定性を他方では持つことを見落とすのである。小売商人が個人的消費者に販売する商品は、彼の商品資本であり、だからそこには資本・プラス・剰余価値が含まれている。つまり小売資本の収入源泉(剰余価値)を伴っているのである。
  〈貨幣が貨幣資本として投下されるときにのみ,すなわち過程の発端でのみ,資本価値は資本価値として存在する〉という一文でマルクスは何を言いたいのであろうか。一部の論者は、これを間違って解釈し、蓄積において投じられる貨幣こそが貨幣資本だなどと理解しているものも見られる。しかしここでマルクスが述べていることは簡単なことである。つまり貨幣は資本家の手のなかでは、まだ潜在的に(可能的に)資本であるに過ぎない。彼がそれを利潤の獲得を目的に実際に投下した時点で、〈すなわち過程の発端でのみ〉、それは資本という形態規定性を帯び、資本価値として存在することになるのだということである。マルクスは〈投下されるときにのみ〉と〈投下〉に下線を引いて強調しているが、実際に投下される時にのみ資本価値は資本価値として存在していると言いたいのである。】


【6】

  〈しかし第2に,小売商人〔Epicier〕自身にとっては,通貨〔currency〕はもちろん彼の資本を補塡するのであり,彼の資本の貨幣形態を表わすのである。〉 (103頁)

 〈第2に、小売商人自身にとっては、個人的消費者から受け取る通貨は、もちろん彼の資本を補塡するもの、つまり彼の商品資本の価値が実現したものであり、彼の資本の貨幣形態を表しています。〉

  【この〈しかし第2に〉に対応する「第1に」はテキストには見当たらない。だから最初にも述べたように、【4】パラグラフの五つに分けた最後の部分([/(5)])の冒頭にある〈そして,このこともまた二重に現われる〉の〈二重〉の最初のものが、すぐにそれに続くものであり、それが「第1に」に該当すると考えられ、だから以前は次のように解読しておいた。

  《それが〈二重に現われる〉という。つまり混乱の一つは彼らが「収入の実現」を媒介するという場面において現われ、もう一つは「資本の移転」を媒介するという部面で現われるというのであろう。そしてそれに続くものが、まず最初の部面の問題である。なお〈二重に現われる〉という場合のもう一つの問題については、それは【6】パラグラフの冒頭〈しかし第2に〉とあるように、そこで語られるものと考えられる。》

 ただもう一つの解釈についてもすでに述べたが、同じ【4】パラグラフの〈[(1)]〉に出てくる〈鋳貨(貨幣)のCirculation〉、これは「流通Ⅰ」と理解可能だが、その「Ⅰ」に対応する「II」として、〈しかし第2に〉と理解することも可能である。いずれに解釈するにしても、要するに銀行学派がスミスに倣って流通を二つに分けているものの第二の流通(資本の移転を媒介する流通)を意味すると考えることが出来る。

  しかし実際には、ここでは上記のように極めて簡単に触れられているだけでほとんど展開されていない。以前の解読では次のように書いたのだが、今回もそれを再掲しておくだけにする。

  《このパラグラフは、このように書くだけで、それ以上の展開はないのである。ここらあたりがノートである所以であろうか? ここでは恐らく資本の移転という貨幣の機能における貨幣の具体的な形態--そこでは取り引きは主に信用に媒介されるのだが--、あるいはその素材的な面(例えば預金の振り替えによって、また手形や小切手などの信用貨幣の流通で、貨幣そのものはほとんど流通しないという現象)に銀行学派がしがみつき、そこで貨幣が果たしている抽象的な機能や規定性を見落としていることを暴露するつもりだったのではないかと想像するのだが、しかしそれはただ想像することしかできない。》】


【7】

 収入のCirculationとしてのCirculationと資本のCirculationとしてのCirculationとの区別を,Circulation資本との区別にしてしまうのは,愚にもつかないことである。このたわごとは,トゥックがまさに,銀行券を発行する発券銀行業者の立場に立っていることからきているものである。銀行業者の銀行券のうち,(いつでも別の銀行券〔である〕とはいえ)たえず公衆の金庫やポケットのなかにあり,流通手段として機能している部分は,彼にとって紙と印刷とのほかにはなんの費用もかからない。それは,彼あての流通する債務証券(手形)であるが,それが彼の手に貨幣をもたらし,したがって彼の資本の増殖の93)手段として役立つ。しかしそれは,彼の資本(彼自身の資本または借り入れた資本)とは異なるものである。そこから,銀行業者にとってはCirculation資本との区別が生じるのであって,この区別は諸概念規定とはなんの関係もないのであり,当のトゥック自身によってなされた概念規定とは98)まったく関係がないのである。

  93)「手段として役立つ」--この部分は,als ein Mittel……bildenとなっているが,エンゲルス版でのように,alsをそのままにして,bildenをdienenに変える(「手段として役立つ」)か,あるいは,alsを取り去る(「手段をなす」)か,どちらかでなければならない。(MEGAでは,alsを削除しその旨を訂正目録に記載している。)
  98) 「まったく……ない」--am wenigstenとあるべきところが,誤ってam wenigstensとなっている。〉 (221-222頁)

  このパラグラフは一見すると【6】パラグラフに続くもののように思えるが、内容をみると必ずしもそうとはいえないような気がする。まず平易な書き下し文を以前のものを一部書き換えて再掲しておく。

 〈流通を収入の流通と資本の流通とに分けて、その区別を「通貨」と「資本」との区別にしてしまうのは馬鹿げたことです。このたわごとはトゥックが発券銀行業者の立場に立っていることから来ています。彼が発行する銀行券のうちたえず公衆の金庫やポケットのなかにあり、流通手段として機能している部分、つまり収入の流通を媒介している部分は、彼にとっては紙と印刷のほかには何の費用もかかりません。だから彼はこれを「通貨」とするのです。
 銀行券というのは、銀行が与える信用の一形態であり、自行の信用にもとづいて自分あてに振り出す手形です。だから銀行の債務証書なのです。銀行は銀行券をもってきた人には無条件で、その額面に値する金を支払わなければなりませんが、銀行券を手にするすべての人が銀行にそれを求めるわけではありません。銀行券を持っている人々は、特別なことがないかぎり、その銀行券そのものを金貨幣の代用物として、支払手段や流通手段として使います。だから銀行は銀行券を発行すれば、紙と印刷費のほかには何の費用もかからないまま、貨幣を手に入れたことになるのです。しかも、彼がそれを「利子生み資本」として貸し出せば(例えば手形割引で)、彼の資本の増殖の手段としても役立ちます。
 銀行券は、発券業者にとっては紙と印刷費以外には何の費用もかかっていません。だから彼の本来の資本、つまり彼自身が投下した資本やあるいは預金のように借り入れた資本とは異なるものとして彼には意識されます。なぜなら後者のうち自己資本は配当を必要とし、預金には利子が必要ですから、それらは費用のかかるものなのです。だから発券銀行業者は、「銀行券」と「自分の資本」とを区別するようになるのです。
 そして最初にも確認したように、銀行券は一部分は「収入」の流通に使われ、彼のいう「自分の資本」はさまざまな資本家に貸し出されて、「資本」の流通を担います。
 そこから彼--つまりこの場合は発券銀行業者=トゥックのことですが--にとって、また新たな「通貨」と「資本」との区別が生じてくるのです。もちろんそれはやはり「収入」と「資本」という二つの流通を担う〈機能上の諸規定の混同によって〉生じているのですが、それは流通にとどまっている「銀行券」を「通貨」と見て、帳簿上「自分の資本」からの貸し出しに帰着するものを彼らは「資本」と見るという区別なのです。
 しかしこの区別は、諸概念規定とはもちろんまったく何の関係もないのはいうまでもないですし、当のトゥック自身が先にやっていた概念規定、つまり貨幣が一方は「収入」を媒介するから、他方は「資本」の移転に役立つからということで、前者を「通貨」とし、後者を「資本」とするというような区別ともまったく関係がないのです。それはあくまでも発券銀行業者の立場による彼らの帳簿上の区別なのです。〉

  【最初の〈収入のCirculationとしてのCirculationと資本のCirculationとしてのCirculationとの区別を,Circulation資本との区別にしてしまうのは,愚にもつかないことである〉という部分は、それぞれの〈Circulation〉を如何に訳すかも含めて分かりにくい文章であるが、参考のために小林氏の訳を紹介しておこう。

  〈「所得の流通としての通貨(Circulation als Circulation von Revenue)と資本の流通としての通貨([Circulation] als Circulation des Capitals)との区別を,通貨(circulation)と資本との区別に転化する」という,この「ナンセンス(Unsinn)」な「たわごと(Jargon)」は,彼らが「全く銀行券を発行する発券銀行業者(issuing banker)の立場に立っていることに由来する」〉 (前掲383頁)

  小林氏は、〈Circulation als Circulation〉を〈流通としての通貨〉と理解して、このように翻訳しているのであるが、私は〈Circulation als Circulation〉を「流通としての流通」と理解したのである。つまり〈収入のCirculationとしてのCirculationと資本のCirculationとしてのCirculationとの区別〉というのを、「収入の流通という流通と資本の流通という流通との区別」と理解したので、〈流通を収入の流通と資本の流通とに分けて、その区別を「通貨」と「資本」との区別にしてしまう〉と解読したのである。ここらあたりは、なかなか解釈が難しいところがある。
  しかしそれに続くところでマルクスは〈このたわごとは,トゥックがまさに,銀行券を発行する発券銀行業者の立場に立っていることからきているものである〉と述べている。というのは収入の流通を媒介する銀行券は、流通にどまり続けることが多く、それに比して資本の流通を媒介する銀行券は、すぐに還流してきて資本の貸付に転化するからである。
だから彼らは収入の流通を媒介する銀行券(通貨)を通貨とし、資本の流通を媒介する銀行券(通貨)を資本とするわけである。だから小林氏のように〈所得の流通としての通貨と資本の流通としての通貨との区別を,通貨と資本との区別に転化する〉と理解するのもありなのである。
  銀行券はマルクスが第25章該当部分で〈ところで,銀行業者が与える信用はさまざまな形態で,たとえば,銀行業者手形,銀行信用,小切手,等々で,最後に銀行券で,与えられることができる〉(大谷第2巻177頁)と述べていたように、それは銀行が自行の信用にもとづいて創造した貸付形態なのである。だからそれは〈銀行が自由に処分できる貸付可能な資本〉(同171頁)とは区別されるものである。後者は銀行が生産的資本家たちの出納係として、彼らの準備ファンドを保有しているものであったり、貨幣資本家たちの預金やすべての階級の少額の貨幣貯蓄であったり、あるいは少しずつ消費しようとする収入からも預金として銀行に集中されたものを貸付可能な貨幣資本として運用するものである。これ以外にも銀行には自己資本があるが、これは株式銀行なら株式の払い込み金などからなっている。これらは現実の貨幣からなっており、貸付可能な貨幣資本として銀行の貸付業務に使われることになる。
  それに対して銀行券は現実の貨幣ではなく、ただ銀行が自行の信用だけで発行する債務証書なのである。つまり単なる紙切れである。だからそれを発行するためには紙と印刷費ぐらいしか費用のかからないものである。しかしこうした銀行券も、現実の流通過程では、特に小口取引の流通(個人的消費者と小売資本との流通)にとどまっているものは、現金として通用し、金鋳貨を代理して紙券として通用するのである。他方、発券銀行は、手形の割引をこうした自行の発行する銀行券で行うのであるが、この場合は銀行券は利子生み資本として貸し付けられることになり、利子を銀行にもたらすことになる。
  だから発券銀行は、収入の流通を媒介して流通にとどまり続けている銀行券は、ほとんど費用のかからないものとして、現実の金鋳貨の代理として通用していることからも、それを「通貨」とし、資本の貸付に利用される銀行券(高額の場合が多い)は信用貨幣としてすぐに銀行に還流してきて、帳簿上、資本の貸付に転化することから、それを「資本」として区別するようになるのである。マルクスがここで論じているものはそうしたものである。
  この発券銀行業者に独特な「通貨」と「資本」との区別は、後にフラートン批判のなかで彼らが「資本」と述べているのはどういう意味でなのかを明らかにして、それは帳簿上、自己資本や借入資本の持ち出しに帰結するものを「資本の貸出」と述べているものだと暴露することと結びついている。だから以前の解読でも《なお、この発券銀行業者の「混乱」はまたあとでも、彼らが「資本」という言葉で何を考えているかをマルクスが暴露するところで出てくるので、何度も、このパラグラフに帰って、その内容を理解することが重要であろう》と指摘しておいたのである。

 ところで小林氏はマルクスが引用したギルバートの著書『銀行業の歴史と原理』を跡づけているが、そのなかで「発券銀行」と書いている部分につけた注9)のなかで次のギルバートの次の一文を紹介している。

  〈「どの銀行であれ銀行が流通で(in circulation)保持している銀行券(notes)の額が,通常銀行業者によって"the circulation"と呼ばれる」(『銀行業の歴史と原理』p.132)〉 (小林前掲書332頁)

  これによれば、銀行は通流のなかにある銀行券のことを「circulation」と呼んでいるというのである。とするなら、最初の〈収入のCirculationとしてのCirculationと資本のCirculationとしてのCirculationとの区別を,Circulation資本との区別にしてしまうのは,愚にもつかないことである〉という一文は、〈収入の流通を担う銀行券と資本の流通を担う銀行券との区別を、通貨と資本との区別にしてしまうのは、愚にもつかないことである〉ということになり、そのあとの〈このたわごとは,トゥックがまさに,銀行券を発行する発券銀行業者の立場に立っていることからきているものである〉というマルクスの指摘やそのあとさらに展開されている内容ともぴったり一致するように思えるのであるが、どうであろうか。ただし、これは小林氏の注にヒントを得た一つの思いつきでしかないが、一つの解釈として紹介しておく。

   さて、このパラグラフの冒頭部分の検討はとりあえず、以上にして、それに続く一文の検討であるが、これについても小林氏は同書第11章第2節で次のように紹介している。

  〈「彼の銀行券(たとえ他の銀行券であるとしても)の,……流通手段(circulationsmittel)として機能している部分は,彼にとっては紙と印刷以外には何の費用もかからない。それは彼宛の流通している債務証書(Schuldschein)(手形)[兌換銀行券]であるが,しかしそれらは彼に貨幣をもたらし,そして彼の資本の価値増殖の手段をなしている。しかしそれら[債務証書]は,彼の資本(seines Capital)(彼自身の資本であれ,あるいは借入資本であれ(seines eignes oder gepumptes)とは異なっている。だから彼[トゥック]にとっては,諸概念規定とは何の関係もない,他ならぬトゥックによって作り出された諸概念規定とは全く関係のない,通貨(Circulation)と資本の区別が[生じるのである]5)」,と。〉 (384頁)

  これは大谷氏の訳とは若干違っている。特に〈(たとえ他の銀行券であるとしても)〉という括弧に入った一文が小林氏の訳では〈彼の銀行券〉の説明になっているが、大谷氏の訳では〈銀行業者の銀行券のうち,(いつでも別の銀行券〔である〕とはいえ)たえず公衆の金庫やポケットのなかにあり,〉となっていて、〈(いつでも別の銀行券〔である〕とはいえ)〉という部分はそのあとの〈たえず公衆の金庫やポケットのなかにあり〉の部分の説明になっている。小林氏の訳では〈彼の銀行券〉ではあるが〈たとえ他の銀行券であるとしても〉ということになり、彼が所持する銀行券であるが、それは他の銀行の発行したものであるがという理解になる。しかしそう理解すると、そのあとに述べていることと整合しない。なぜならそれらが〈たえず公衆の金庫やポケットのなかにあり〉とマルクスは述べているのだからである。だから恐らく、小林氏はマルクスの一文を引用するときにその部分を省略して……で示したのであろう。
  確かにこの部分は少し分かりにくいが、要するにここでは、マルクスは、発券銀行業者の銀行券のうち常に公衆の金庫やポケットのなかにあるものについて述べているのであるが、そのなかには他の銀行業者が持っているものもそこには入るということを言いたいのではないかと思う。つまり彼の発行した銀行券のうち他の銀行業者の手にあるものも、公衆の金庫やポケットのうちにあるものと同じで、発券銀行業者にとっては、〈流通手段として機能している部分〉に入り、費用のかかっていないものだということである。だから小林氏の訳だとそうしたマルクスの意図が分からないものになっている。

  次に小林氏がそれに続けて次のように書いているのも疑問を禁じ得ない。

  〈しかしこの場合,次の点に留意しておくことが必要である。即ち,トゥックによる「通貨と資本の区別」の「由来」,その「基礎」が「発券銀行業者の立場」にあることをマルクスに推論させたのは,実は,「紙と印刷」の費用以外に必要としない銀行券と,銀行業者の「資本」(「資産」)の一部の売却によって買い戻された銀行券とを,「通貨」と「資本」として「区別」するフラートンなのであるが,そのフラートンは「紙と印刷」の費用以外に必要としない銀行券が発券銀行業者の「資本の価値増殖の手段」として,だから「彼の資本」として機能するとしているのである(後述)。ところがマルクスは,「彼の資本」,つまり 「発券銀行業者の資本」に,わざわざ括弧(  )に入れて,「彼自身の資本であれ,あるいは借入資本であれ」との注解を加えることによって,発券銀行業者が発行し流通している銀行券を,「彼の資本とは異なった」ものとして説明しているのである6)。〉 (384頁)

  これはあとで出てくるフラートンの批判と関連しているので、ここで検討するのは、先回りしすぎるが、小林氏がどうやらマルクスを批判しているようなので、看過することはできない。箇条書き的におかしなところを指摘しておこう。
  (1)〈トゥックによる「通貨と資本の区別」の「由来」,その「基礎」が「発券銀行業者の立場」にあることをマルクスに推論させた〉とあるが、マルクスがこのパラグラフで述べているトゥックの通貨と資本との区別は〈当のトゥック自身によってなされた概念規定とはまったく関係がない〉とマルクス自身は述べているのである。ここで〈当のトゥック自身によってなされた概念規定〉というのは、その前の一連のパラグラフで論じられていたもので、収入の流通を媒介するものを「通貨」とし、資本の移転を媒介するものを「資本」とするトゥックの〈概念規定〉のことである。しかしこの概念規定は、発券銀行業者であるかどうかとは何の関係もない。マルクスがこのパラグラフで問題にしているのは発券銀行業者の立場から出てくる区別のことであり、だから対象は銀行券である。つまり収入の流通を媒介する銀行券は、銀行にとって費用のかからないものであるが、それを彼らは「通貨」とするのである。それに対して資本の移転を媒介する銀行券はすぐに還流してしてきて、帳簿上、彼らの資本(自己資本や借入資本)の貸付に転化することから、彼らはそれを「資本」としたのである。
  それをマルクスに「推論」させたなどと小林氏はいうのであるが、なにを根拠にそのように「推論」するのであろうか。ただ後に批判されているフラートンの主張と基本的には同じであるということから、恐らくマルクスはフラートンの主張からトゥックも同じ立場から論じているのだろうと「推論」したと小林氏は言いたいのであろうが、それは小林自身のただの「推論」ではないのか。
  (2)〈実は,「紙と印刷」の費用以外に必要としない銀行券と,銀行業者の「資本」(「資産」)の一部の売却によって買い戻された銀行券とを,「通貨」と「資本」として「区別」するフラートンなのである〉とあるが、しかしこれは後に問題になることなので、あまり深入りはしないが、フラートンは、〈「紙と印刷」の費用以外に必要としない銀行券〉と〈買い戻された銀行券とを,「通貨」と「資本」として「区別」〉しているのではない。フラートンが問題にしているのは、貸付によって発行された銀行券の量が増えているのに(これは銀行が保有する有価証券の増大によって示される)、流通銀行券の量が増えないかむしろ減っているのは、銀行券が流通に必要なものとしてすでに適合しているからであり、だからそれ以上に発行されたものはすぐに還流してきて「資本の貸付」に転化するからだ、というのである。だから通貨として流通する銀行券の量を調整するためには、銀行の貸付を左右する彼らの準備金である金地金の増減に合わせてその発行量を規制すべきと主張した通貨学派たちの主張に対して、通貨は流通の必要に応じて流通に出て行くのであって、それ以上の銀行券はすぐに銀行に還流して「資本の貸付」に転化するのだと主張したのである。だからフラートンは流通にある銀行券と銀行に回収された銀行券とを通貨と資本として区別しているわけではない。回収された銀行券は銀行にとってはプラス・マイナス・ゼロでそれ自体としてはもともとないのと同じである。そうではなく、その回収(還流)のために持ち出される自分の資本(自己資本または借入資本)が、彼らにそれを「資本」の貸付と意識させるのである。
  (3)〈そのフラートンは「紙と印刷」の費用以外に必要としない銀行券が発券銀行業者の「資本の価値増殖の手段」として,だから「彼の資本」として機能するとしているのである(後述)。ところがマルクスは,「彼の資本」,つまり 「発券銀行業者の資本」に,わざわざ括弧(  )に入れて,「彼自身の資本であれ,あるいは借入資本であれ」との注解を加えることによって,発券銀行業者が発行し流通している銀行券を,「彼の資本とは異なった」ものとして説明しているのである〉。
  これは小林氏がマルクスが第25章該当部分で展開している内容を十分に理解していないことを暴露している(これは大谷氏も同じであったが)。マルクスが銀行券は〈彼の資本の増殖の手段として役立つ。しかしそれは,彼の資本(彼自身の資本または借り入れた資本)とは異なるものである〉と銀行券を利子生み資本として貸し付ける場合と彼の資本(自己資本または借入資本)を利子生み資本として貸し付ける場合とを区別しているのは、すでに述べたように、銀行がさまざまな方法で流入してくる貨幣を貸し付けるものと(これは現実の貨幣を利子生み資本として貸し付けるのである)、自行の信用だけで創造された貸付形態である銀行券による貸付(これはただの紙切れ=債務証書で貸し付けている)とを区別しているからである。それが小林氏には分かっていない。
  つまりここでは小林氏はあきらかにマルクスにクレームをつけているのであるが、それは自身の無理解から来ているものなのである。
  この一文に付けられている注6)も紹介しておこう。

  〈6)銀行業者がその運用に当てる資本が「銀行営業資本」(banking capita1)であるが,それは発券銀行業者の場合と預金銀行業者の場合とでは必ずしも同一ではない。なぜかここでは,マルクスはその区別を行っていない。なお次節の注19),注20)も併せ参照されたい。〉 (385頁)

  銀行の営業資本が発券銀行の場合と預金銀行の場合とでは、必ずしも同一ではない、ということで著者が言いたいのは、発券銀行の場合は、自行の発行する銀行券も銀行営業資本に入るが、預金銀行の場合はそれが入らないということであろう。
  〈なぜかここでは,マルクスはその区別を行っていない〉と著者は言うのであるが、しかしこのパラグラフでマルクスが問題にしているのは、マルクス自身が〈トゥックがまさに,銀行券を発行する発券銀行業者の立場に立っていることからきているものである〉と述べていることから分かるように、発券銀行業者の問題を論じているからである。第25章でもマルクスは預金銀行であるか、発券銀行であるかを問題にせずに、ただ銀行の業務の一般的な内容を問題にしており、だからそこには発券銀行も含めたものとして、〈銀行業者が与える信用〉のさまざまな形態のなかに銀行券も入れているのである。マルクスはそれ以外にも〈たとえば,銀行業者手形,銀行信用,小切手,等々で〉と述べているが、これらは預金銀行においてもなされる信用による貸付の一形態であろう。だからこのパラグラフでそうした区別を持ち出す必要はないし、それを問題にする小林氏の方が何らかの間違った理解を持っていることを示しているのである。
  小林氏は銀行学派の諸文献を直接検討していることは敬服に値するが、逆にそれに取り込まれている嫌いがあることは残念である。例えば、先の注6)のなかで〈なお次節の注19),注20)も併せ参照されたい〉とつけ加えているが、その注20)というのは次のようなものである。

  〈20)「銀行の資本(the trading capital of a bank)は2つの部分に,即ち,投下資本と銀行営業資本(the banking capital)とに,分けられると言ってよい。投下資本は事業を営む目的で出資者によって払い込まれた貨幣であり,これは真の資本(the real capital)と呼ばれえよう。銀行営業資本は[銀行]資本のうちの,その事業の過程で銀行自身によって創造(create)される部分であり,そして借入資本(borrowed capital)と呼ばれえよう。」そして「銀行営業資本の調達(raise)には3つの仕方がある。第1に預金の受け入れによって,第2に銀行券の発行によって,第3に為替手形の振出しによって」(J.W.Gilbart,the History and Principles Banking,1834,p.117),と。因みにギルバートの著書からこの2つの部分を,マルクスはこの手稿の第1項に当たる「冒頭部分」では引用しているのであるが,手稿の第4項であるここ「Ⅰ)」では,第2の引用部分が置き去りにされている。なお第9章第3節を参照されたい。〉 (同上392-393頁)
 
  これはギルバトの『銀行の歴史と理論』からの引用であるが、著者は後半部分がこの「Ⅰ)」の部分、つまり第28章該当部分の草稿では〈置き去りにされている〉などと述べている。しかし著者はギルバトの主張の間違いに気づいていないからこんなことを言っているのである。著者が〈手稿の第1項に当たる「冒頭部分」〉というのは第25章該当部分の冒頭部分のことである。本文への〈〔原注〕{注1)へ(318および319ページ)〉(大谷第2巻184頁)として、つまり原注1)への追加の原注として上記の一文が引用されている。そしてその本文というのは、すでに紹介したが〈ところで、銀行業者が与える信用はさまざまな形態で、例えば、……云々〉(大谷第2巻177頁)というものである。つまり銀行が与える信用の諸形態について述べている部分なのである。ギルバトの〈第2の引用部分〉というのは、銀行の営業資本の調達を、①預金の受け入れによって、②銀行券の発行によって、③手形の振り出しによって、と三つを上げているが、これらはマルクスが第25章冒頭部分で論じているものと比べると大雑把であり、間違ったものであることが小林氏には分かっていないのである。小林氏自身がこの点であいまいだから、というよりほぼギルバトと同じような捉え方をしているから、マルクスにクレームをつけることになっているのである。
  ギルバトは、〈銀行営業資本は[銀行]資本のうちの,その事業の過程で銀行自身によって創造(create)される部分であり,そして借入資本(borrowed capital)と呼ばれえよう〉と述べ〈銀行営業資本の調達(raise)には3つの仕方がある。第1に預金の受け入れによって,第2に銀行券の発行によって,第3に為替手形の振出しによって」〉と述べている。つまりギルバトは銀行券の発行や銀行業者手形の振り出しも〈借入資本〉のなかに入れており、それは〈銀行自身によって創造(create)される部分〉だと考えている。しかしマルクスは〈借入資本〉に該当するのは預金のみで、銀行券や銀行業者手形は、銀行があたえる信用の一形態だと考えているのである。だから〈銀行自身によって創造(create)される〉のは、銀行券や銀行業者手形には妥当しても、預金には妥当しないのである。預金は決して銀行が信用によって創造する産物ではないからである。こうした区別をギルバトはまったく出来ていないし、だからまた小林氏にも出来ていないのである。そうした銀行学派と同じ混乱した立場に立って、氏はマルクスを批判している、批判できると考えているのである。何たる思い上がりであろうか!

  さて、以下はついでに指摘しておくことであるが、小林氏は『マルクス信用論の解明』の「第1部 『エコノミスト』紙とJ・ウィルソン」の〈第1章 「通貨と銀行業」の「根本原理」〉の〈第4節 「通貨の機能を遂行する」貨幣と「資本を代表する」貨幣〉と題してウィルソンの見解を次のように批判している。

  〈ただし彼は,「通貨としての貨幣または鋳貨」と「資本としての貨幣または鋳貨」とを,上述のように,「通貨の機能を遂行するものとしての貨幣または鋳貨と,資本を代表するものとしての貨幣または鋳貨」という基準で「区別」する。そしてさらに彼は,流出入する「地金」を,「商品の国内流通のための媒介物」としての「通貨」から「区別」して「資本」と規定し,「資本」としての「金地金」の流出入と,「通貨」としての金鋳貨の増減とは直接的な因果関係にはないとすることによって,この「一般的な見解」つまり「通貨理論」を批判しようとする。〉 (75頁)

  しかしこれまで小林氏が紹介していたウィルソンの主張を見てくると、彼は鋳貨あるいは流通手段を素材的に捉えて、形態規定性において捉えていない。また「資本」を事実上、利子生み資本のみを「資本」として捉えている。しかしもちろんその概念はない。だから彼は流通する鋳貨も、実は貨幣資本(Geldcapital)という形態規定性を持っている場合もあることには考えも及ばないのである。例えば小売商が消費者から受け取る鋳貨は、彼の商品資本の実現形態である貨幣資本でもあるのであるが、こうした形態規定性における把握は彼らには欠けている。しかし、小林氏は正しくそれを指摘していない。そればかりか小林氏自身がそうしたことにあいまいなのである。次のような批判もそうである。

  〈しかしこの場合「通貨の機能を遂行する」とは,日常の商品取引で鋳貨(購買手段)としての貨幣の機能を果たすことを事実上意味しているのであるから,ウィルソンの「通貨と資本との区別」も,実は彼が「区別が明らかである」としたトゥックの場合と同様に,「実際には,所得の貨幣形態と資本の貨幣形態との区別」に「帰着」していることとなるであろう。だからまたトゥックによる「通貨と資本との区別」についての,次のようなマルクスによる批判も,そのままウィルソンにも妥当することとなるであろう。即ち,「商人と商人との間の取引」で「資本の移転」のために使用される貨幣も,「商人と消費者との間の取引」で「所得の実現」のために使用される貨幣も,貨幣としては「本来的流通手段」である鋳貨(購買手段)あるいは支払手段として機能するのであるから,貨幣が所得を表すか資本を表すかということと,貨幣が購買手段あるいは支払手段として機能するかということとは全く別のことであり,また対外的に流出入する「地金」は,「国内流通のための媒介物」から「区別」されるが故に「資本」なのではなく,それは「1つの独自の機能における貨幣」である,等々,と。〉 (76頁)

  しかし少なくとも、小林氏が紹介するかぎりでのことだが、ウィルソンの主張をこれまで見てきたところでは、彼は購買手段と支払手段とを通貨と資本との区別として見ていたということはないのである。そもそも彼は所得の流通と資本の移転とを区別して、前者を通貨、後者を資本と区別しているわけではない。そうではなく、彼は現実に商品流通を媒介している貨幣を通貨とし、銀行の準備金として投資の機会を待っている「鋳貨」を資本としていたのである。つまり彼の場合は資本というのは利子生み資本を意味していたのである。ここらあたり小林氏にはやや強引な誤魔化しがある。それはその間に挟まっている〔補注〕をみればよりハッキリする。

  〈 〔補注〕
 「所得の流通(circulation)としての通貨(circulation)と資本の流通(circulation)としての通貨(circulation)との区別を,通貨(circulation)と資本との区別に転化することは馬鹿げたことである2)。」そしてこのことをむしろトゥック以上に徹底させたのがキニーアであり,逆に徹底させていないのがウィルソンである。だからウィルソンの場合には,概念のあいまいさが残る。例えば,「貨幣のうちでいつでも公衆の手中にあって商品の交換を行うことに用いられる部分だけが通貨」であるとされ,また商品の「日常的交換(daily exchanges)」とか貨幣の「日常的使用(daily uses)」といった表現も見られるのではあるが,しかし「商人と消費者との間の取引」に用いられる貨幣という規定は見当たらない。しかもその貨幣(「流通手段」)には,支払手段も含くまれているとも解し得る。
 同様に,「資本の機能を遂行する貨幣」が「商人(dealer)と商人との間の取引」で使用される貨幣と明示的に規定されていないのみでなく,「銀行業者〔あるいは貿易商(merchant)〕の手中に横たわっていて,利益ある投資機会を求めている鋳貨または貨幣〔または地金〕」と規定されるのであるから,ウィルソンの場合には,生産者(産業資本家)の保持している・「準備金」を除く・貨幣は,「商品の移転を……行う媒介物」であるのか,それとも「資本の移転」を媒介する手段であるのかが,曖昧となる。〉 (75頁)

  この引用文の冒頭に引用されているのは【7】パラグラフの冒頭の一文である。しかしそれならそれはマルクスが発券銀行業者のケースとして論じているものであり、ここで持ち出すことは適切とはいえないように思える。
  さきに見たように、彼はウィルソンもトゥックとは事実上同じだとしていたのであるが、補注では、このようにウィルソンが通貨のなかに購買手段だけでなく支払手段をも含めているということ、購買手段と支払手段とを通貨と資本との区別として見たトゥックとの違いを述べているのである。著者が最後の方で述べていることはウィルソンが資本としているのは、利子生み資本であることを意味しており、しかしそれについて小林氏は何も指摘していない。】


【8】

  規定性の相違--収入の貨幣形態として機能するのか,それとも資本の貨幣形態として機能するのか,という相違--は,さしあたり,流通手段としての貨幣の性格を少しも変えるものではない,--貨幣がどちらの機能を果たそうと。たしかにこの相違は,貨幣は一方の規定ではより多く本来の流通手段(鋳貨,購買手段)として機能する,という違いをもたらすと言える。なぜなら,この売買は分散して行なわれるからであり,また収入を支出する人々の多数を占める労働者は相対的にわずかしか信用で買うことがで[508]きないからである。他方,商業界では,一部は集中によって,一部は優勢な信用制度によって,貨幣はおもに支払手段として機能する。しかし,支払手段としての貨幣と購買手段(流通手段)としての貨幣との区別は,貨幣に属する区別であって,貨幣資本との区別ではない。小売商業では〔im kleinen Retail〕より多く銅や銀が流通し,卸売商業では〔im grossen〕より多く金が流通しているからといって,一方での金と他方での銀や銅との区別は,Circulation資本との区別ではないのである。

  ①〔異文〕「貨幣は〔……〕代表する」という書きかけが消されている。〉 (104-105頁)

  このパラグラフも【7】とはまた別の問題が論じられており、むしろa)の締めくくりのように思える。まず最初に平易な書き下し文として以前解読したものを再掲しておく。

  〈収入の貨幣形態として機能するか、それとも資本の貨幣形態として機能するか、という規定性の(機能上の)相違は、さしあたり、(広い意味での)流通手段としての貨幣の性格を少しも変えません。ただ貨幣がどちらの機能を果たすかによって、一方は、本来の(狭い意味の)流通手段(鋳貨、購買手段)として機能しますが、他方は、支払手段として機能するといえます。なぜなら、収入の貨幣形態として機能する場合は、売買は分散して行われ、収入を支出する人々の多数を占める労働者は相対的にわずかしか信用では買うことが出来ないからです。しかし他方の商業界では、一部は集中によって、一部は発展した信用制度によって、取り引きは信用を介して行われ、だから貨幣はおもに差額の決済として、支払手段として機能するのです。
 しかし支払手段としての貨幣と購買手段(流通手段)としての貨幣という、貨幣の二つの機能上の区別は、抽象的な貨幣に属する区別であって、つまり単純な商品流通上の貨幣の区別にすぎず、貨幣と資本との区別ではないのです。
 素材的にみれば、小売業ではより多く銅や銀が流通し、卸売商業では、より多く金が流通しているからといって、一方での金と他方での銅や銀との区別が、通貨と資本との区別にならないのはあたりまえでしょう。種類は違っても、どちらも単純な商品流通の観点から見れば、広い味での流通手段、すなわち通貨なのですから。〉

  【収入や資本などの具体的な形態規定性そのものは、貨幣の抽象的な機能規定である流通手段としての性格を少しも変えないのである。だから収入を実現する場合には流通手段として機能し、資本の移転を媒介するから流通手段として機能しないなどということはできない。通貨(流通手段や支払手段)は、貨幣の抽象的な機能の問題であるのに対して、収入や資本は、そうした貨幣を使う人たちの計算のなかで持っているより具体的な規定性なのである。だから通貨と資本との区別を論じることは、こうした貨幣の抽象的な機能規定と具体的な機能規定との区別を問題しているのであるが、多くの人たち(単に銀行学派にとどまらず、今日の自称マルクス経済学者たちも)それが分かっていない人があまりにも多いのである。
  ただ収入を媒介する部面と資本の移転(資本自身の運動)を媒介する部面とでは、確かに貨幣の抽象的な機能規定においても相違がないわけではない。なぜなら、収入の実現を媒介する場面では、貨幣は流通手段として機能する場合が多いからである。というのは、個人的消費者は貨幣を購買手段として支出するのであり、信用による購入はあまりしないからである。他方で、資本家たちの間の流通では、信用取引が優勢で、だから貨幣は支払手段として機能するのがもっぱらだからである。
  しかしいうまでもないが、流通手段(購買手段)としての貨幣の機能も支払手段としての貨幣の機能も、貨幣の抽象的な機能規定の相違にすぎず、通貨と資本との区別ではない。これは例えてみれば、小売業では銅や銀が多く使われ、卸売業では金が多く使われるからといって、だから銅や銀は通貨であり、金は資本だということにはならないのと同じである。しかし貨幣の素材的な面しか見ていない銀行学派たちが言っているのは、実質上こうしたことと同じなのである。】

  (以下、続く)

2021年12月 8日 (水)

『資本論』第5篇 第28章の草稿の段落ごとの解読(28-3)

『資本論』第5篇 第28章の草稿の段落ごとの解読(28-3)

 

     (以下は第【4】パラグラフの解読の途中からである。前回(28-2)を参照。)

   [/(2)]この区別に従えば,この貨幣を鋳貨から区別するものは,購買手段としての機能でもなければ支払手段としての機能でもない。というのは,商人と商人とのあいだでも,彼らが互いに現金で買い合うかぎりでは貨幣は購買手段として機能することができるし,また商人たちと消費者たちとのあいだでも,信用が与えられて収入がまず消費されてからあとで支払が行なわれるかぎりでは,支払手段として働くことができるからである。だから区別は,第2の場合にはこの貨幣が一方の側(売り手)のために資本を補塡するだけではなく,他方の側(買い手)によっても資本として支出されるという区別である。つまり区別は,実際には,収入の貨幣形態と資本の貨幣形態との区別であって,Circulation資本とのあいだの区別ではない。というのは,貨幣の一定の部分が,第lの機能においてとまったく同様に,商人どうしのあいだの媒介物として流通しているのだからである。〉

   ここで〈この区別に従えば〉という〈区別〉というのは、銀行学派の主張する区別であり、個人的消費者と小売り商人とのあいだで流通し、収入の実現を媒介するものは「通貨」であり、資本の間で流通して「資本を移転する」ものは「資本」だという区別である。またここで〈この貨幣〉というのは、その前に述べている〈資本の移転を媒介するかぎりでは,この貨幣は資本である〉と述べている〈この貨幣〉である。つまり銀行学派たちの区別にもとづいて「資本」とされた貨幣のことであるが、しかし例え彼らの区別に従ったとしても、彼らが「資本」とする貨幣を鋳貨から区別するのは、購買手段や支払手段という貨幣の抽象的な機能によるものではない。なぜなら、こうした抽象的な貨幣の機能というのは、〈商人と商人とのあいだでも〉、つまり資本家相互の流通においても、通常、彼らは信用で売買しそこで流通するのは素材的には手形や小切手等々であるが、しかし現金がまったく使われないわけではなく、もし彼らが互いに現金で買い合うならば、その貨幣は購買手段として機能するし、あるいは信用による売買の決済に貨幣を使うなら、それは支払手段として機能するのである。しかしながら、それらはより具体的な形態規定性ではやはり貨幣「資本」でもあったであろう。また彼らが注目しているこの流通における貨幣は、素材的には手形や小切手等であるが、しかしそれらは抽象的には貨幣の支払手段としての機能にもとづいたものなのである。
   また商人たちと消費者たちのあいだでも、貨幣は購買手段としてだけではなく、支払手段としても流通する。なぜなら、昔はコメは消費者は米屋から付け買いしたものであるが、そうした場合の支払いは月末などに行なわれ、貨幣は支払手段として機能するからである。
   だから銀行学派の区別というのは、第1の場合(小売商人と個人的消費者のあいだの流通)では、個人的消費者にとっては彼らの収入の支出ではあるが、小売商人にとっては彼らの商品資本の貨幣資本への転化であり、第2の場合(資本家相互の流通)では、売り手にとっては彼の商品資本の貨幣資本への転化であり、買い手にとっても彼の貨幣資本の商品資本への転化である。つまりどちらも資本という形態規定性を帯びたものだということである。
   だから彼らが言うところの区別というのは、実際には、収入の貨幣形態(これは個人的消費者からみて)と資本の貨幣形態(これは資本相互の流通と小売資本からみたもの)の相違であって、それ自体は通貨と資本とのあいだの区別ではないのである。何度もいうが、「通貨」と「資本」との区別を言うなら、それらが抽象度の異なるカテゴリーであることが意識されていなければならないということである。「通貨」は貨幣の抽象的な機能規定であるのに対して、「資本」は貨幣のより具体的な形態規定性にもとづいたものだということである。
   そして実際、貨幣の一定の部分は、第1の機能(収入を媒介)においてだけではなく、第2の機能(資本の流通を媒介)においても、彼らが現金取引をするなら、同じように流通媒介物として流通しているのである。

  マルクスのトゥック批判から紹介しておこう。

   〈話の仔細は、要するに、資本そのものの運動では--商品としての資本と消費者との最終的な交換よりも前には--貨幣はただ支払手段としてのみ流通し、それゆえ一部はただ計算貨幣としてのみ機能し、一部は、もしなんらかの差額があれば、ただ差額としてのみ機能する、というだけのことである。このことからトゥックは、このような貨幣の二つの機能の相違が「資本」と「通貨」との相違なのだと推論するのである。そもそも彼は最初に、貨幣や商品を、資本の存在様式としての貨幣や商品と、つまり貨幣〔資本〕や商品資本と混同しており、そして第二に、彼は、資本が流通するさいの一定の貨幣形態を、「資本」と「鋳貨〔Münze〕」との相違として考察しているのである。〉 (草稿集⑧317頁)

   大谷氏はこの[/(2)]部分の前半を次のように解説している。分かりやすくするために、もう一度、大谷氏が引用しているものをそのまま紹介しておこう。

   〈「この区別に従えば,この貨幣を鋳貨から区別するものは,購買手段としての機能でもなければ支払手段としての機能でもない。というのは,商人と商人とのあいだでも,彼らが互いに現金で買い合うかぎりでは貨幣は購買手段として機能することができるし,また商人たちと消費者たちとのあいだでも,信用が与えられて収入がまず消費されてからあとで支払いが行なわれるかぎりでは,支払手段として働くことができるからである。」(MEGA II/4.2,S.506;本巻99-100ページ。)〉 (21頁)

  これが大谷氏が引用している部分である。そしてこれに次のような説明を加えている。

 〈「Ⅰ)」のあとのほうの部分でマルクスが見ているように,繁栄期と反転期における流通する貨幣の量を見るときこの二つの規定性における貨幣の区別が決定的に重要になる。このことからも明らかなように,この注意は,社会的再生産過程を考察する場合には購買手段と支払手段との区別は重要ではない,と言おうとしているものではまったくない。そうではなくて,むしろ,トゥクによる「資本の流通」と「通貨の流通」との区別では,貨幣の機能のこの区別は問題にされていない,問題になりようがない,ということをあらかじめ確認しているものなのである。
   だから,ここでマルクスが,流通する貨幣を見るときに購買手段として流通する貨幣と支払手段として流通する貨幣との区別に注意を促しているのは,第28章部分の全体をとおして,流通する貨幣についてのこの区別が明確に把握されていないために銀行学派のもろもろの誤った区別が生じていることを明らかにしていくための伏線だったと見ることができる。先取りして,このエンゲルス版第28章部分の最末尾でのマルクスの言明を見れば,それは次のとおりなのである。
  「フラートン等々が,「購買手段」としての貨幣と「支払手段」としての貨幣との区別を,「通貨〔currency〕」と「資本」との間違った区別に転化させていることはまったく明白である。その根底にはまたしても「Circulation」についての銀行業者の偏狭な観念があるのである。」(MEGA II/4.2,S.519;本書本巻144-145ページ。)〉 (22頁、下線は大谷氏による傍点箇所)

   しかし果たしてこれはマルクスのこのパラグラフの一文を正しく理解させるものと言えるであろうか。大谷氏が〈この二つの規定性における貨幣の区別〉と述べているのは、購買手段と支払手段という区別であろう。大谷氏は〈トゥクによる「資本の流通」と「通貨の流通」との区別では,貨幣の機能のこの区別は問題にされていない,問題になりようがない,ということをあらかじめ確認しているものなのである〉というのであるが、そもそも銀行学派は貨幣を抽象的な機能において捉えることができなかったのであって、こうした区別ができないことは当たり前なのである。にも関わらず、彼らはもっぱら購買手段として機能するものを「通貨」とし、支払手段として機能するものを「資本」としているのである。これは銀行学派が貨幣をただ素材的に捉えていることから来ている。彼らは商人と消費者の間での流通ではもっぱら鋳貨(や少額銀行券)が使われていることを見る。だから彼らはその鋳貨の素材的な面だけを見て、それを通貨というのである。しかし商人と商人の間の流通では、素材的は鋳貨は顔を出さず、ただ手形や銀行券などが流通するだけで、部分的に差額の決済のために貨幣が登場するだけである。だから彼らはこうした流通媒介物の素材的な側面を見て、それを資本の流通と述べているのである。しかしこうした二つの流通部面における貨幣を形態規定性でみれば、商人と消費者の間の流通では、貨幣は流通手段(鋳貨としての流通手段)としてあるいは購買手段として機能し、商人と商人との間の流通においては貨幣はもっぱら支払手段の機能において流通するのである。だからマルクスは銀行学派は〈フラートン等々が,「購買手段」としての貨幣と「支払手段」としての貨幣との区別を,「通貨〔currency〕」と「資本」との間違った区別に転化させていることはまったく明白である〉と述べているのである。

   さらにここに出てくる〈収入の貨幣形態と資本の貨幣形態との区別〉に関連して大谷氏は次のような説明も加えている。

 〈しかし,マルクスはこの草稿では,このあとのところで,「同じソヴリン貨……が彼のために彼の,資本・プラス・収入,の新たな一部分を実現する」と言い,さらに,「貨幣が貨幣資本として投下されるときにのみ,すなわち過程の発端でのみ,資本価値は資本価値として存在する。商品には,資本・プラス・剰余〔が含まれており〕,したがって,それに合体された収入源泉を伴っている」と書いているところからわかるように,「資本価値が資本価値として存在する」のは,投下される発端の貨幣資本のときだけだと言い,商品資本を,資本・プラス・剰余すなわち資本家の収入源泉,と見なしている。この取り扱いによれば,商品資本のうちの剰余価値を含む部分は,すでに資本家の収入の商品形態であって,この部分の貨幣への転化は収入の貨幣形態への転化だ,ということになる。第28章のこの部分でも,マルクスは「収入の貨幣形態」という語をそのような意味で使い,剰余価値の商品形態から貨幣形態への転化を収入の商品形態から貨幣形態への転化と見なしているのであろう。〉 (24頁、下線は同前)

   しかしこれは勘違いも甚だしい。大谷氏はマルクスが〈「貨幣が貨幣資本として投下されるときにのみ,すなわち過程の発端でのみ,資本価値は資本価値として存在する。」〉と述べている意味を正確に理解できていない。この言葉でマルクスが述べているのは、貨幣がそれが貨幣である限りでは、例え資本家の手にあったとしても、それはまだ潜在的に貨幣資本であるに過ぎず、まだ厳密には貨幣資本ではない、それが資本価値(すなわち自己増殖する価値)となるのは、それが実際に資本として投下される時点(発端)においてだという意味なのである。だから大谷氏が〈この取り扱いによれば,商品資本のうちの剰余価値を含む部分は,すでに資本家の収入の商品形態であって〉というのもまったく間違っている。確かに商品資本のうちの剰余価値部分が資本家の収入源泉だというのはその通りだが、しかしそれがいまだ商品資本の形態にある時点で、その商品資本のうちの剰余価値部分を収入の商品形態だというのは間違っているのである。資本家の収入の商品形態というのは、剰余価値を実現して入手した貨幣を資本家が収入として支出して入手した商品(消費手段)のことを指すのである。だからまた当然、〈この部分(商品資本のうちの剰余価値部分--引用者)の貨幣への転化は収入の貨幣形態への転化だ,ということになる〉というのも間違っているのである。それは剰余価値部分の貨幣形態への転化ではあるが、しかしそれはその時点ではまだ収入という形態規定性は持っていない。だから商品資本の剰余価値部分の貨幣形態への転化とはいいうるが、収入の貨幣形態への転化とはいえないのである。だからまた〈第28章のこの部分でも,マルクスは「収入の貨幣形態」という語をそのような意味で使い,剰余価値の商品形態から貨幣形態への転化を収入の商品形態から貨幣形態への転化と見なしているのであろう〉という憶測もまったく間違ったものである。マルクスが「収入の貨幣形態」と述べているのは、個人的消費者(労働者あるいは資本家)が自身の生活手段として商品を購入する場合の貨幣について述べているのである。ついでに「資本の貨幣形態」というのは、資本家が彼の保持する貨幣を資本として投下し、労働者から労働力を他の資本家から必要な生産手段を購入する場合の貨幣を資本の貨幣形態と述べているのである。もちろん、これ以外に生産した商品資本を実現して入手した貨幣も、資本の貨幣形態ともいいうる。

   こうした間違いから、大谷氏が25頁で展開している再生産要素のそれぞれの変態についても、次のような部分(下線で示した)は間違っている。

 〈① 第II部門の資本家相互間の補填のさいの変態
資本家W(Km)_G(収入の貨幣形態)・G(収入の貨幣形態)_W(Km)〉 (25頁)

 〈②第II部門の資本家と第Ⅰ部門の資本家とのあいだの補填のさいの変態
  ……
(b)Ⅰ資本家W(Pm)_G(収入の貨幣形態)・G(収入の貨幣形態)_W(Km)〉 (25頁)

   つまり上記の下線は私が引いたのだが、その部分で大谷氏が〈(収入の貨幣形態)〉と述べている部分は正しくは「剰余価値の貨幣形態」でなければならない。

   マルクスがトゥクを批判しているのは、彼らは二つの流通で流通する貨幣の素材的な違いに目を奪われて、形態規定性を明確に捉えることができていないことを批判しているのである。例えば小売り商人と消費者の間の流通を媒介するのは鋳貨であるが、しかしそれは消費者からみればその鋳貨は彼の収入の貨幣形態だが、しかし小売り商人からみれば、彼の商品資本の貨幣形態であり、貨幣資本であること、あるいはこの場合でも、貨幣は購買手段としてだけではなくて、支払手段としても機能しうること、だからこの場合を通貨の流通として資本の流通から区別するのはその形態規定性を見ていないことなのだ、というのである。また商人どうしの間の流通にしても、確かにこの流通では貨幣は支払手段として機能し、手形や小切手が流通するのであるが、しかしそれでも稀なケースとしては現金が流通する場合もあり、少額の銀行券などはどちらの流通でも流通すること、等、直接的な矛盾点を突いているのである。

   最後に大谷氏は次の一文で締めくくっているが、ここでマルクスが論じている内容をほとんど理解していないとしか言いようがない。

   〈以上のマルクスの記述を見るときに決定的に重要であるのは,これまでのところ,銀行はまったく登場していないということ,トゥクの「資本の流通」と「通貨の流通」も,ほんらい,銀行とはかかわりのないところで立てられていた,社会的再生産の見地からの区別だったということである。〉 (27頁)

   確かにエンゲルスが勝手に挿入した注からの関連で言えば、銀行とのかかわりなしにマルクスは論じているということを指摘することは無駄ではないが、しかしマルクスがすぐに銀行や銀行券についても論じているのだから、それをあまりに強調しすぎるのも間違いの元になろう。マルクス自身は銀行を介在させるかさせないか、社会的再生産過程内だけの問題か、その外にある銀行を関連させて論じるか論じないか、などということにほとんど拘っていないのであり、大谷氏はマルクスがほとんど問題にしていない問題に読者の注意を逸らしているのである。その限りではミスリードというしかない。いずれにせよマルクスがここで何を論じているのか、ということに関しては、これだけではまったく不十分としかいいようがない。私が本の横に書いたメモをここに移しておこう。

   《「通貨」と「資本」との区別でもっとも重要なのは、「通貨」というのは単純流通における貨幣の形態規定性であり、「資本」というのはより具体的な関係における貨幣の形態規定性であるということである。大谷氏はそれを指摘していない。》

 おなついでに紹介しておくと、第35章に該当する草稿との関連で抜粋しているのであるが、マルクスは〈資本の移転のための貨幣と所得の実現のための貨幣〉という表題を付けてキニアから次の二つの引用を行っている。

   〈「貨幣は本質的に異なる二つの働きを遂行するために使用される。商人と商人とのあいだの交換の手段としては,貨幣は,資本の移転を行なうのに,すなわち貨幣での一定額の資本と商品での同額の資本との交換を行なうのに役立つ道具である。しかし,賃金の支払いや商人と消費者とのあいだの売買に使用される貨幣は,資本ではなく所得であり,社会の所得のうちの日常の支出にあてられる部分である。それは不断の日常的使用のなかで流通しているのであり,厳密に正しく言えば,通貨Currency〕と呼ぶことができるのはただこれだけである。資本の前貸は銀行およびその他の資本所有者の意志に完全に依存している。--なぜなら借り手はいつでも見つけることができるからである。だが,通貨の額は社会の必要に依存しているのであって,貨幣は社会のなかで日常的な支出の目的で流通しているのである。」(J.G.キニア恐慌と通貨』,ロンドン,1847年。3,4ページ〔藤塚知義・竹内洋訳,日本経済評論社,1989年,27ページ〕。)〉 (大谷『マルクスの利子生み資本論』第4巻338-339頁)

  〈「1846年9月18日にはイングランド銀行の〔銀行券〕流通額は20,900,000ポンド・スターリングで,同行の地金は16,273,000ポンド・スターリングだった。1847年4月5日には流通高は20,815,000ポンド・スターリングで,地金は10,246,000ポンド・スターリングだった。だから,600万の地金の輸出があったにもかかわらず,わが国の通貨の収縮は生じなかったのである。」(同前,5ページ〔同前訳,28-29ページ〕。)〉 (同339頁)

   ただしこれは紹介のみ。

   [/(3)]ところが,次のことによってさまざまな種類の混乱がはいってくる。--a) 機能上の諸規定の混同によって, b) この二つの異なった機能における流通する貨幣の量に関する問題の混入によって,c) 二つの機能で流通する,したがってまた再生産過程の二つの部面で流通する通貨(Currencies)の分量の相互間の相対的な割合に関する問題。〉

   同じ部分を小林氏は次のように翻訳している。小林氏による補足もあり、こちらの方がやや分かりやすい面もあるので、参考のために紹介しておこう。

   〈「a) 機能的諸規定の取り違え(Verwechselung)[購買手段と支払手段という貨幣の機能と,それが所得あるいは資本を表しているかというより進んだ規定との混同]による,b) 2つの異なった機能で流通している貨幣の量についての問題の混入(Einmischung)による, c) 両機能において,だから再生産過程の両分野で流通している通貨(Circulation)(currency)の量(Quantis von currencies)の相互の相対的比率についての問題[の混入による],種々な混乱(Confusion)」(MEGA,S.506;MEW,S.459-460:訳,631ページ)〉 (前掲385頁)

   さて、スミスに倣って流通を二つの部分に分けて、そこで流通している貨幣の素材的な違いに目を向けて、一方を「通貨」、他方を「資本」とするのが、銀行学派の通貨と資本の区別であった。彼らは「通貨」が貨幣の抽象的機能であること、「資本」がそれに対してより具体的な関係のなかで見たものであることを知らない。ただ二つの流通において流通している貨幣の素材的な違いに注目してこのように述べているだけなのである。
   それに対して、マルクスは彼らの区別をそのまま認めたとしても、第1の流通(小売商人と個人的消費者のあいだの収入を媒介する流通)においても、個人的消費者は確かに彼の収入の貨幣形態を通貨として(購買手段)として投じるが、しかしそれを受け取る小売商人にとってはその鋳貨は彼の商品資本の貨幣資本への転化を媒介するものであり、彼の商品資本を実現するものである。つまり彼らがいうところの「資本の移転」である。だから彼らが「通貨」と述べているものは、実は彼らが「資本」と述べているものでもあるのである。
   さらにまた、彼らが「資本の移転」を媒介しているという商人と商人のあいだの流通(資本家相互間の流通)を媒介する貨幣についても、彼らが現金で売り買いするならば、その時にはその貨幣は抽象的には購買手段として機能するのであり、彼らの理屈からするならば「通貨」として流通するのである。つまり彼らが「資本」と述べているものも、実はまたやはり「通貨」でもあるということになる。
  このようにこの最初の部分((1)と(2)の部分)は、銀行学派たちの主張が例え彼らの区別を踏まえたとしても、それ自身、自己撞着していることを暴露している。これは銀行学派たちの通貨と資本との区別の直接的な批判ということができる。

   しかしここでマルクスは〈ところが,次のことによってさまざまな種類の混乱がはいってくる〉と a、b、c に分けてさらに銀行学派たちの混乱を明らかにしていくのである。
   ここで〈a) 機能上の諸規定の混同によって〉というのはすぐに続いて論じられているが、〈b) この二つの異なった機能における流通する貨幣の量に関する問題の混入によって〉というのは、われわれのパラグラフ番号では【9】から始まり、〈c) 二つの機能で流通する,したがってまた再生産過程の二つの部面で流通する通貨(Currencies)の分量の相互間の相対的な割合に関する問題〉というのは、【10】パラグラフから始まっている。それぞれの内容については、該当する箇所で検討することにして、今は詳しく論じる必要はないであろう。

   [/(4)]aについては,貨幣は一方の形態にあればCirculation(currency)で他方の形態にあれば資本だ,というトゥックの表現のなかにすでに混乱がある。収入の実現のためであろうと資本の移転のためであろうと,貨幣がどちらかの機能で役立つかぎり,貨幣は売買または支払において,購買手段または支払手段として,そして広義では流通手段として機能するのである。貨幣がその支出者たちまたは受領者たちの計算のなかでもっているそれより進んだ規定,すなわちそれが彼らにとって資本を表わすか収入を表わすかという規定は,この点では絶対になにも変えない。〉

   これは〈機能上の諸規定の混同によって〉〈さまざまな種類の混乱がはいってくる〉ということの最初の部分である。〈機能上の諸規定の混同〉というのは、彼らが「通貨」というときは、本来は貨幣の抽象的な諸機能を問題にしているのであり、彼らが「資本」という場合は、本来は貨幣をより具体的な関係のなかで、つまりそれを支出する人にとってその貨幣が彼の収入を現すか、それとも資本を現すかを問題にしているのであるが、銀行学派たちはこうした貨幣の機能上の区別、すなわち抽象的なものと具体的なものとの関連について無頓着であり、だからさまざまな混乱を生じているのだということである。
   マルクスは『経済学批判』では、〈総じてこれらの著述家たち(銀行学派たち--引用者)は、まず最初に抽象的な姿で、すなわち、単純な商品流通の内部で展開されるような、そして、過程を経過する諸商品の連関自体から生じてくる姿で、貨幣を考察することをしない。だから彼らは、貨幣が商品との対立のなかで受け取るもろもろの抽象的な形態規定性と、資本や収入などのような、もっと具体的な諸関係をうちに隠している貨幣のもろもろの規定性とのあいだを、たえずあちらこちらと動揺するのである〉(草稿集第3巻427-8)と指摘している。
   〈貨幣は一方の形態にあればCirculation(currency)で〉の〈一方の形態〉というのは、そのあとすぐに出てくる〈収入の実現〉の形態のことである。つまり貨幣は収入を実現する形態にあれば「通貨」であり、資本の移転を媒介する形態にあれば「資本」だ、という〈トゥックの表現のなかにすでに混乱がある〉と述べている。つまり収入を実現するとか、資本を移転するというのは、貨幣のより具体的な機能規定の問題であり、それが通貨であるかどうかという抽象的な形態規定性とは別問題だとマルクスは言いたいのである。マルクスは『61-63草稿』では次のように述べている。

  〈だが、さしあたり明らかなように、もしトゥックが貨幣のさまざまな形態規定性と、これらが資本や収入を表わすかどうかということとを直接に同一視するならば、これ以上にまちがったことはありえない。つまり、貨幣は、たとえば流通手段として収入ではあっても、それが収入として支出されない場合には資本(である)。〉 (資本論草稿集⑧247-248頁)

   だから収入を実現するから「通貨」であるのではなく、通貨というのは、貨幣の抽象的な機能である鋳貨としての流通手段や支払手段として、すなわち広義の流通手段として機能するものをいうのである。確かに小売商人から商品を買う個人的消費者の支出する貨幣は流通手段(購買手段)として機能するが、それは収入を実現するからそう言いうるのではない。なぜなら、資本家が彼の生産に必要な生産手段を現金で調達するなら、その貨幣は彼の貨幣資本の商品資本への転化を媒介するが、しかし現実の流通過程における抽象的な機能としては、ただ流通手段(購買手段)として機能するだけだからである。
   だからまた他方で、「資本の移転」を媒介するから資本なのではないのである。確かにこの場合も、より具体的な資本関係のなかでみれば、彼が投じる貨幣は貨幣資本という形態規定性を帯びており、その限りでは「資本」であるが、しかし現実の流通における機能規定としては単なる購買手段(流通手段)として機能するだけなのである。

   ところでここではトゥックの通貨と資本との区別の誤りを指摘しているが、マルクスは冒頭では〈トゥック,ウィルスン,等々がしている,Circulation(通貨--引用者)資本との区別は〉と述べていた。ではウィルソンの通貨と資本との区別とはどのような主張なのであろうか。それは大谷氏が〈第25章および第26章の冒頭部分の草稿〉とされたものであるが、その部分の解読のなかでも指摘したが、それはそれに続くノーマンやオゥヴァストンの批判の冒頭に置かれたもので、次のようなものであった。

   /321/(9)【MEGAII/4.2,S.482,30-41】194)通貨Circulatlon〕,貨幣,資本①②「鋳貨または貨幣のうちで,公衆の手のなかにあって,商品の交換を成し遂げることに充用されている部分だけが通貨Circulation〕の名に値いすることは明らかであり,それにたいして,銀行業者または商人の手のなかに眠っていて,有利な投資の機会を求めているすべての鋳貨または地金資本である。--資本,それは,節約原理の導入によって永久にか,あるいは,通貨〔circulation〕の必要が減少する,1年のうちの特殊な諸時期に,一時的にか,流通から引き揚げられることがありうる。」(『エコノミスト』,1845年度,238ページ。)) (大谷新本第2巻212頁)

    これに対する以前の解説も紹介しておこう。

   【この抜き書きにはマルクスによって〈通貨Circulatlon〕,貨幣,資本〉という表題が付けられている。これは明らかにマルクスが「通貨」と「貨幣」と「資本」とのそれぞれの概念の区別に注目して抜粋したものであり、極めて重要である(しかし訳者注194)によればエンゲルスはこのパラグラフ全体を削除しているのだという)。〈鋳貨または貨幣のうちで,公衆の手のなかにあって,商品の交換を成し遂げることに充用されている部分だけが通貨Circulation〕の名に値いする〉というのは特に重要である。ここで〈鋳貨または貨幣〉と述べているものは、マルクスが〈貨幣〉と述べているもので、これは抽象的な貨幣の規定性にもとづいたものである。そして〈公衆の手のなかにあって,商品の交換を成し遂げることに充用されている部分だけが通貨Circulation〕の名に値いする〉と述べているのは、「通貨」を極めて厳密に規定したものとして注目に値するわけである。つまり貨幣の流通手段と支払手段とを併せた機能をもつもの(広い意味での流通手段)こそが「通貨」と呼ばれるべきものだとしているのである。
   そしてそれに対して〈銀行業者または商人の手のなかに眠っていて,有利な投資の機会を求めているすべての鋳貨または地金資本である〉というのは、これは利子生み資本(moneyed capital)を事実上言い表しているという点でも、マルクスは注目しているといえる。つまり同じ鋳貨や地金でも公衆のなかにあって、商品流通を媒介しているものだけが「通貨」といいうるのであって、それが預金されて銀行にあって、有利な投資先の機会を求めているようなものは、「通貨」ではなく、利子生み資本という意味での貨幣資本(moneyed capital)なのだ、ということである。これを見ても、マルクスが大谷氏が主張するようように「預金通貨」なる概念を肯定的に扱っているなどということは決して言えないことが分かるのである。
   ただここで注意が必要なのは、『エコノミスト』の発行者であるウィルソン自身は貨幣を素材的にしか考えておらず、銀行業者や商人の手のなかで眠っているようなものは、すでに鋳貨ではないという認識がない。彼にとっては銀行業者の手にあるものもやはり素材的に見るかぎりでは鋳貨(コイン)でしかないし地金でしかないわけである。彼は資本をほぼ利子生み資本として捉えているが、しかし利子生み資本という概念が明確にあるわけではない。むしろ資本を、利子生み資本としてのみ理解して、利子生み資本と資本一般とを同一視するという誤りに陥っているのである。】

  〈ウィルソンによる「通貨と資本の区別」〉については小林氏はその著書の第1章の第1節、第2節で論じている。
   ウィルソンは通貨学派たちの主張を批判する観点として次のように述べているのだという。

  〈ウィルソンによると,「R.ピール卿の銀行業法案(banking measure)並びにこの法案が明らかに……その上に打ち立てられている通貨の制度ないしは原理の根本的誤謬は,まさに,通貨の機能を遂行するものとしての貨幣または鋳貨と,資本を代表するものとしての貨幣または鋳貨との,ある適切な区別の欠如にまで明らかに遡り得る」のである。実際「ロイド[オーヴァーストーン],ノーマン,トレンズ氏等」は,「地金の輸入は,通貨(circulation)を増大し,物価を引上げ,輸入を刺激し,為替相場を是正するという効果[--「通貨原理(the doctrine of currency)」--]に絶対的な信頼を置いている。」それに対しウィルソンは,「実は地金の輸入や輸出は,通貨(circulation)(初めから純粋金属通貨について語っているのだが)にはどんな直接の効果も持たないということを信じて」おり,また「地金が輸出されたり輸入されたりする通常の場合は,すべて,輸出または輸入を促した同じ諸原因が,当初は,流通にある鋳貨の量に,ロバート・ピール卿の法案並びにロイド氏の理論によって示されたのとは反対の方向に作用するであろうということが,疑いもなく証明され得ることを信じている。」
   と言うのは,彼によると,「鋳貨あるいは貨幣のうちで,いつでも公衆の手中にあって諸商品の交換を行うことに用いられている部分だけが通貨(circulation)と見なされるに値する,が他方,銀行業者あるいは貿易商(merchant)の手中に横たわっていて,利益ある投資機会を求めている鋳貨または貨幣または地金はみな,資本--即ち,恐らくは,流通から,永久に,つまり節約する原理の導入によって引き上げられたか,あるいは一時的に,つまりその年のうちでごく僅かの通貨が必用とされる特定の時期に引き上げられた資本--である,ということは明らかである」からである。そして他方,この流通から「引き上げられ」「資本」となる鋳貨,貨幣,地金は預金銀行制度の下では銀行に預けられる(後述)が,その「預金は短期間であっても,そしてそれが常に預金者たちの支配下にあっても,いかなる点でも事態(the matter)に変わりはない。なぜなら,それら[預金]はある人によって引出されても,他の人によって補塡されるからであり,そして一般的平均は大きくは変わらないからである」4),と。〉 (65-66頁) 

   小林氏はウィルソンの主張についてその混乱を何も指摘していないが、ここでも明らかにウィルソンは貨幣や鋳貨や地金や資本をその形態規定性で見ているのではなく、ただ素材的にしか見ていないことが分かるのである。公衆のなかで通貨として通用している鋳貨が、銀行に預金されて銀行に横たわっていれば、すでに形態規定性としての鋳貨ではなく、利子生み資本だという理解はウィルソンには思いも寄らないことなのである。
   ただウィルソンは、ここでマルクスが批判しているトゥックのようにスミスに倣って、流通を二つにわけて、収入の流通を媒介するものを通貨とし、資本の移転を媒介するものを資本とするというような区別をしているようには見えない。彼は資本をほぼ利子生み資本としてのみ理解しており、だからマルクスはウィルソンは利子生み資本と資本一般とを混同していると批判しているのであろう。

   [/(5)]そして,このこともまた二重に現われる。二つの部面で流通する貨幣の種類は違うとはいえ,同じ貨幣片,たとえば1枚の5ポンド銀行券は,一方の部面から[507]他方の部面に移って行って両方の機能をかわるがわる行なう。これは,小売商人が自分の資本に貨幣形態を与えるには,彼が自分の買い手から受け取る鋳貨の形態によるほかはないということだけからも必要なことである。本来の補助鋳貨はたえず小売商人〔Epicier〕の手のなかにあるとみなすことができる。彼は釣り銭の支払のためにたえずそれを必要とし,また自分の客からたえずそれを取り戻す。しかし彼はまた貨幣をも受け取る,すなわち価値尺度たる金属で造った鋳貨,つまりイギリスでならば半ソヴリン貨やソヴリン貨,および銀行券,ことに小額の種類の銀行券,たとえば5ポンド券や10ポンド券をも受け取るのである。これらの金や銀行券を,彼は毎日,取引銀行に預金し,これをもって(自分の銀行預金への指図によって)自分の手形の支払をする。しかし,同様にたえずこの同じソヴリン貨や半ソヴリン貨や銀行券が,消費者としての全公衆によって,彼らの収入の貨幣形態として銀行からふたたび(直接または間接に)引き出され,こうしてたえず小売商人の手に還流し,このようにして彼のために彼の,資本・プラス・収入,の新たな一部分を実現するのである。〉

   ここで〈このこと〉というのは、銀行学派が「収入」や「資本」という貨幣のより具体的に果たす役割と、「通貨」という貨幣の抽象的な機能規定とを区別できずに同一視して混同して論じていることである。しかし貨幣の抽象的な機能に、より具体的な形態規定性が加わったとしても、抽象的機能そのものは絶対になにも変わらないということである。
  それが〈二重に現われる〉という。つまり混乱の一つは彼らが「収入の実現」を媒介するという場面において現われ、もう一つは「資本の移転」を媒介するという部面で現われるというのであろう。そしてそれに続くものが、まず最初の部面の問題である。なお〈二重に現われる〉という場合のもう一つの問題については、それは【6】パラグラフの冒頭〈しかし第2に〉とあるように、そこで語られるものと考えられる。

   確かに二つの部面(小売商人と個人的消費者の間の流通部面と資本間相互の流通の部面)で流通する貨幣の種類は違う。前者は鋳貨や少額銀行券が使われ、後者では手形や小切手が主に使われて、貨幣はただ差額支払のために使われるだけである。
  しかし同じ貨幣片、例えば1枚の5ポンド銀行券は、小売商人と個人的消費者との間でも流通しているし、他方では資本の間の流通でもその差額決済のための手段として流通するのであり、だから1枚の5ポンド銀行券は、個人的消費者から小売商人に手渡され、その小売商人から卸売商人に渡り、さらには生産資本家に渡るというように、両方の部面で流通することができる。小売商人も資本家であり、彼が個人的消費者に売る商品は、彼にとっては商品資本であり、その実現形態である個人的消費者が支払う貨幣は、彼にとっては貨幣資本であり、彼が商品の仕入れに投じた貨幣資本に利潤が付け加わったものである。
   5ポンド銀行券の場合はそのように両方の部面で流通するが、本来の補助通貨の場合は、絶えず小売商人の手のなかにあると考えられる。それは小売商人が釣り銭の支払いのために保管しておく必要があるからである。そして彼はそれを支払うととにも絶えず個人的消費者から取り戻す。
   しかし彼は補助通貨だけではなく、金鋳貨、すなわち価値尺度たる金で作った鋳貨(半ソヴリン貨やソヴリン貨)も受け取る。あるいは少額の銀行券(5ポンド券や10ポンド券)も受け取るであろう。これらの金や銀行券は、毎日、銀行に預金され、その預金に対する支払指図(小切手)で、彼が仕入れた商品の支払いを行なう(彼が振り出した手形が満期になったときの決済に使う)。
   しかし同じように、こうした金貨や少額銀行券は、絶えず消費者たちに、彼らの収入の貨幣形態として再び引き出される。彼らが賃金として資本家から受け取るとき資本家が銀行からそれを引き出すし、労働者が口座をもっている場合は、直接、彼らが銀行から引き出すであろう。そしてそれらはまた収入の支出として小売商人の手に還流してくる。それは小売商人にとっては、彼の資本・プライス・収入(利潤)の新たな一部分を実現する。

 この〈このようにして彼のために彼の,資本・プラス・収入,の新たな一部分を実現する〉という部分に関連する『61-63草稿』の一文を紹介しておこう。

  〈まず第一にここでは貨幣は三つのすべての過程のなかで流通手段として登場する。資本家にとってはW-G-A'。労働者にとってはA-G-W。小売商人にとってはW-G-W'。ここではさらに同じ貨幣が資本の単なる形態変換として、収入として、資本・プラス・収入として、機能する。すなわち〔これは〕資本として自分自身に相対する資本〔である〕。
 生産資本家の総過程を考察するならば、貨幣は単に彼の資本の一形態であって、この形態を彼は貨幣と労働との交換によって変えるのである。〔これは〕内容から見れば生産条件への再転化〔である〕。同じ貨幣が労働者の手中では収入となり、また収入として流通する。同じ貨幣は食料雑貨商の手に資本・プラス・利潤として復帰し、さらに生産資本家からの再購買のために彼の手から出て行くが、このような貨幣は、再生産過程のなかの一契機であることを指し示す彼の〔生産資本家の〕資本の単なる形態変換にほかならない。だから、こうした貨幣を収入であるとか資本であるとかあるいはその種類のなにかであるというように言うのは、ばかげている。〉 (草稿集⑧248頁)

  これもまあ紹介だけでいいだろう。

  (以下、続く)

 

2021年12月 2日 (木)

『資本論』第5篇 第28章の草稿の段落ごとの解読(28-2)

『資本論』第5篇 第28章の草稿の段落ごとの解読(28-2)

 

【3】

  [506]12) Ⅰ)

   12)この「Ⅰ)」は,続くパラグラフの行頭に書かれている。片パーレンつきの数字ないし文字のうえに重ねて書かれているように見える。消されたものは,直前で言われた「次の二つのこと」のうちの第1のものを示すために書いたものだったのかもしれない。そうだとすると,この「Ⅰ)」もその意味のものである可能性を完全には否定できないが,続く第2のものを示すための「II)」がこのあとにないので,MEGAと同じく,「5)信用。架空資本」のなかの後出の見出し「II)」および「III)」に先行する「Ⅰ)」と見ておく。そこでMEGAと同じく,この「Ⅰ)」を,続くパラグラフから切り離して,見出しとしておく。〉 (98-99頁)

 【これはただマルクスが項目として打った「Ⅰ)」の番号のみだから、ひとつのパラグラフにするのは憚れるが、しかし大谷氏も訳者注12)で述べているように、その項目が打たれている位置が問題なのである。これは次のパラグラフの冒頭の一文にくっつくように打たれているらしい。実際、大谷氏が最初に『経済志林』に発表した訳文では第2パラグラフの冒頭に書かれている。しかし今回はMEGAの解釈に合わせて、この「Ⅰ)」は、引き続く「II)」や「III)」に対応したものと理解したというわけである。
  ただ大谷氏は以前、次のような説明も加えていた。

  〈この「I)」が、行の左端にあとから書き加えられたもののように見えることを考え合わせると、書き加えのさいに、第1パラグラフの前に書くべきところを、誤って第2パラグラフの前に書いてしまった、と見ることができるかも知れない。〉 (「資本主義的生産における信用の役割」(『資本論』第3部第27章)の草稿について」『経済志林』52巻3・4号347頁)

   つまりこの「Ⅰ)」が「II)」や「III)」に対応したものと理解したとしても、これで問題が解決したわけではないのである。なぜなら、ということは最初のパラグラフ(われわれのパラグラフ番号では【2】)はこの「Ⅰ)」の中に入らないことになるからである(だから大谷氏はマルクスの打ち間違いではないかと考えたわけだ)。つまり冒頭のパラグラフは「Ⅰ)」の冒頭にあるのではなく、その前にあるのだから、そうなると冒頭のパラグラフは「Ⅰ)」から「II)」、「III)」をも含めた全体に対する導入部分の意味があるかも知れないことになる。しかしそう解釈するとその最後の一文〈次の二つのことに帰着する〉をどう理解したらよいのか分からなくなってくる。この一文は明らかに引き続くパラグラフの内容に関連して、このように述べていると思えるからである。
   ただ確かにマルクスが冒頭あげている諸区別、すなわち〈鋳貨としての流通手段と,貨幣と,貨幣資本と,利子生み資本(英語の意味でのmoneyed Capita1)とのあいだの諸区別〉は、単に「Ⅰ)」だけではなくて(いやむしろすでに指摘したが「Ⅰ)」ではこうした科学的な諸カテゴリーそのものは一部を除いては使われず、当然、その諸区別そのものもほとんど取り上げられていない)、あるいはマルクスが〈5) 信用。架空資本〉と題した部分全体に係わると言っても過言ではないテーマではあるのである。実際、エンゲルス版の第33章あたりに利用されているマルクスの抜粋集のなかでは通貨とmoneyed capitalとの区別についての銀行学派や銀行実務家たちの混乱が取り上げられているからである。】


【4】

  [(1)]収入の支出を媒介し, したがって個人的消費者と小売商人--この範疇には消費者(生産的消費者すなわち生産者とは区別される個人的消費者)に売るすべての商人を含めることができる--とのあいだの15)交易を媒介する16)かぎりでの,鋳貨(貨幣)のCirculation*)ここでは貨幣は,たえず資本を補塡するとはいえ,鋳貨の機能において流通する。そして,一国の貨幣のうちの或る部分は,総流通貨幣のうちこの分量をなしている構成部分はたえず入れ替わるにせよ,いつでもこの機能にあてられている。これに反して,購買手段(流通手段)としてであろうと,支払手段としてであろうと,貨幣が資本の移転を媒介するかぎりでは,この貨幣は資本である[/(2)]この区別に従えば,この貨幣を鋳貨から区別するものは,購買手段としての機能でもなければ支払手段としての機能でもない。というのは,商人と商人とのあいだでも,彼らが互いに現金で買い合うかぎりでは貨幣は購買手段として機能することができるし,また商人たちと消費者たちとのあいだでも,信用が与えられて収入がまず消費されてからあとで支払が行なわれるかぎりでは,支払手段として働くことができるからである。だから区別は,第2の場合にはこの貨幣が一方の側(売り手)のために資本を補塡するだけではなく,他方の側(買い手)によっても資本として支出されるという区別である。つまり区別は,実際には,収入の貨幣形態と資本の貨幣形態との区別であって,Circulation資本とのあいだの区別ではない。というのは,貨幣の一定の部分が,第lの機能においてとまったく同様に,商人どうしのあいだの媒介物として流通しているのだからである[/(3)]ところが,次のことによってさまざまな種類の混乱がはいってくる。--a)機能上の諸規定の混同によって, b)この二つの異なった機能における流通する貨幣の量に関する問題の混入によって,c)二つの機能で流通する,したがってまた再生産過程の二つの部面で流通する通貨(Currencies)の分量の相互間の相対的な割合に関する問題[/(4)]aについては,貨幣は一方の形態にあればCirculation(currency)で他方の形態にあれば資本だ,というトゥックの表現のなかにすでに混乱がある。収入の実現のためであろうと資本の移転のためであろうと,貨幣がどちらかの機能で役立つかぎり,貨幣は売買または支払において,購買手段または支払手段として,そして広義では流通手段として機能するのである。貨幣がその支出者たちまたは受領者たちの計算のなかでもっているそれより進んだ規定,すなわちそれが彼らにとって資本を表わすか収入を表わすかという規定は,この点では絶対になにも変えない[/(5)]そして,このこともまた二重に現われる。二つの部面で流通する貨幣の種類は違うとはいえ,同じ貨幣片,たとえば1枚の5ポンド銀行券は,一方の部面から[507]他方の部面に移って行って両方の機能をかわるがわる行なう。これは,小売商人が自分の資本に貨幣形態を与えるには,彼が自分の買い手から受け取る鋳貨の形態によるほかはないということだけからも必要なことである。本来の補助鋳貨はたえず小売商人〔Epicier〕の手のなかにあるとみなすことができる。彼は釣り銭の支払いのためにたえずそれを必要とし,また自分の客からたえずそれを取り戻す。しかし彼はまた貨幣をも受け取る,すなわち価値尺度たる金属で造った鋳貨,つまりイギリスでならば半ソヴリン貨やソヴリン貨,および銀行券,ことに小額の種類の銀行券,たとえば5ポンド券や10ポンド券をも受け取るのである。これらの金や銀行券を,彼は毎日,取引銀行に預金し,これをもって(自分の銀行預金への指図によって)自分の手形の62)支払いをする。しかし,同様にたえずこの同じソヴリン貨や半ソヴリン貨や銀行券が,消費者としての全公衆によって,彼らの収入の貨幣形態として銀行からふたたび(直接または間接に)引き出され,こうしてたえず小売商人の手に還流し,このようにして彼のために彼の,資本・プラス・収入,の新たな一部分を実現するのである。|

  15)【E】「交易」--はじめtradeと書いたのち,commerceと変更している。エンゲルス版はVerkehrとしている。
  16)【E】「……かぎりでの,鋳貨(貨幣)のCirculationⅠ〔Circulation Ⅰ d.Münze (Geld),so weit……〕」→「流通手段は,一方では……かぎりでは,鋳貨(貨幣)として流通する。〔Das Zirkulationsmittel zirkuliert einerseits als Münze (Geld),soweit……〕」
  この「CirculationⅠ」のなかの「Ⅰ」 は,上部のセリフ(横線)が右側に大きく突き出していて,かろうじて「Ⅰ」と読めるか,というように書かれているものである。エンゲルスは,これを「第1に」と読んで,「一方では」としたのかもしれない。MEGAの解読に従っておく。
  62) 「支払いをする」--手稿ではzahleとなっているが,エンゲルス版でのようにzahltとあるべきところである。MEGAはzahltとしている。〉 (99-102頁)

   このパラグラフ全体はかなり長いものになっている。だから以前の解読のときには、大きくは三つの部分に分けて行なったのであった。平易な書き下し文は、そのときのものをそのまま紹介しておくことにするが、しかし今回は、全体を五つの部分に分けて(それをテキストに[/(1)]~[/(5)]という形で挿入した)、それぞれについて詳しい解読を加えることにしたい。まず書き下し文である。

  〈(銀行学派がいう通貨と資本との区別というのは)一つは収入の支出を媒介するもの、つまり個人的な消費者と小売商人とのあいだの売買を媒介するものは、通貨なのです(これを今流通Ⅰとします)。確かにここで流通するのは鋳貨であり、狭い意味での流通手段です。一国の貨幣のうちのある部分は、いつでもこの機能に当てられています。(確かにその限りでは銀行学派がそれを「通貨」というのには根拠があります)。
 これに反して彼らのもう一つの区別である「資本」というのは、購買手段としてであろうと、支払手段としてであろうと、資本の移転を媒介するものを、彼らは「資本」というのです。
 だから銀行学派のいう区別に従えば、貨幣が「鋳貨」と区別されて「資本」となるのは、貨幣の購買手段としての機能でもなければ支払手段としての機能でもないのです。というのは、商人と商人とのあいだでも、(貨幣は支払手段としてだけではなく)彼らが互いに現金で買い合うかぎりでは購買手段としても機能することができますし、また商人たちと消費者たちとのあいだでも、(貨幣は購買手段としてだけではなく)、信用が与えられて収入がまず消費されてからあとで支払いが行われるかぎりでは、支払手段としても働くことができるからです。つまりどちらの流通においても貨幣は購買手段としても支払手段としても機能しているのですから、だから「通貨」と「資本」とを区別するものは、この二つの機能によるものではないことになります。
 では区別はどこにあるかというと、第1の場合(商人と消費者とのあいだでは)、同じ貨幣が売り手(商人)にとっては彼の商品資本を貨幣資本に転換する(彼の資本を補塡する)のに役立つのですが、買い手(消費者)にとっては彼の収入をただ支出するのに役立つだけです。それに対して、第2の場合には(商人と商人とのあいだでは)、同じ貨幣が売り手のために資本を補塡する(彼の商品資本を貨幣資本に転換する)のに役立つだけではなく、買い手にとっても彼の貨幣資本を商品資本に転換するのに役立つ、つまり全体として彼らは互いに資本を補塡し合うという違いだけです。
 だから区別は、実際には、貨幣が一方では収入の支出として役立ち、他方では資本の移転として役立っているというだけのことです。つまりそれは結局、収入と資本との区別であって、だからこれは決して彼らがいう、「通貨」と「資本」とのあいだの区別ではないのです。
 しかしこれは当然であって、一国の貨幣のある一定の部分は、第一の機能、つまり収入の支出においてとまったく同じように、商人どうしのあいだの媒介物としても流通しているのだからです。同じ貨幣がどちらの流通にも使われているのですから、一方は通貨で他方は資本だなどといえるはずがありません。もしどうしても通貨か資本かを問うなら、第一の場合も貨幣は鋳貨(通貨)でもあれば資本でもあり、第二の場合も貨幣は資本でもあれば、やはり鋳貨(通貨)でもありうることになるのです。
 
 しかし次のことによってさまざまな種類の混乱が入ってきます。

   a)機能上の諸規定の混同によって
 b)この二つの異なった機能における流通する貨幣の量に関する問題の混同によって
 c)二つの機能で流通する、したがってまた再生産過程の二つの部面で流通する通貨(Circulation)の分量の相互間の相対的な割合に関する問題。

  a) についてですが、貨幣は収入の形態にあれば「通貨」で、資本の形態にあれば「資本」だ、というトゥックの表現のなかにすでに混乱があります。収入の実現であろうと資本の移転のためであろうと、貨幣がどちらかの機能で役立つかぎり、貨幣は売買または支払いにおいて、購買手段または支払手段として、そして広い意味では流通手段として役立つのです。こうした単純な商品流通における貨幣の抽象的な規定性に、貨幣がそれを支出する人や受け取る人の計算のなかでもっている、それよりもより進んだ規定、つまりそれが彼らにとって資本を表すか収入を表すかというより具体的な規定性が加わったからといって、こうした貨幣の抽象的な規定性や機能には何の影響も与えないし、それを変えるものでは絶対にないのです。
 しかし銀行学派はこうしたことがわかりません。彼らは、経済の表面的な関係、ただ彼らが直接経験する素材的な面しか見ないから、一つの機能、例えばより進んだ貨幣の具体的な機能に注目すれば、他の機能、抽象的な機能を忘れるのです。そして反対に抽象的な機能に注目する時は、より具体的な機能を見落とすのです。だから彼らの混乱も二重に現れています。
 まず、二つの部面、つまり収入の流通を媒介する部面と、資本の流通を媒介する部面とでは、流通する貨幣の種類は確かに違います--そして銀行学派はその素材的な違いにしがみつくのですが--。しかしまた素材的に見て同じ貨幣片、例えば1枚の5ポンド銀行券が、一方の部面から他方の部面に移っていって両方の機能を代わる代わる行うのは、見やすい道理です。
 同じ貨幣片が両方の機能を果たしうるということは、例えば小売商人が自分の資本に貨幣形態を与えるためには、つまりこれは小売商人が自分の商品資本を貨幣資本に転換することであり、その意味では銀行学派が主張する資本の移転を媒介する機能を果たすことになるのですが(しかし実は銀行学派はこの場合はそれに気づかないのです)、しかし彼はそれを自分の商品の買い手である消費者から受け取る鋳貨、--つまり銀行学派がこの場合にしがみついている貨幣の素材的な面でいうなら--という形態でやるしかないということを考えても、それが必要なことが分かるでしょう。つまりこの場合は一つの同じ鋳貨が消費者の収入を実現するという機能と同時に資本の移転という機能も果たしているのでです。
 先に二つの部面で流通する貨幣の種類は違うと言いましたが、本来の補助貨幣、つまり少額のコインは、絶えず小売商人の手のなかにあるとみなすことができます。彼は釣り銭の支払いのためにもそれが必要だし、また自分の客からたえずそれを取り戻します。しかし彼はまた金貨幣である鋳貨(イギリスなら半ソヴリン貨やソヴリン貨)や少額の銀行券(例えば5ポンド券や10ポンド券)も受け取るでしょう。これらの金貨や銀行券を、彼は毎日、取引銀行に預金し、その預金で自分が商品資本を仕入れた卸売商人などへの支払いをやるのです。その場合、彼は卸売商人に振り出した手形を、自分の預金の振り替えか、あるいは小切手で決済するのです。このように、第一の部面では主に鋳貨や補助鋳貨、少額の銀行券が流通し、第二の部面では主に手形や小切手といった信用貨幣が流通し、貨幣はその差額を決済する時にだけ使われます。銀行学派がしがみついているのは、こうした両方で流通する貨幣の経験的な違いであり、彼らはこうした素材的な面しか見ることができないのです。そしてそれらを彼らは何か別々の機能を果たしているかに勘違いするのです。
 しかしいうまでもなく、小売商人によって銀行に預金された、ソヴリン貨や半ソヴリン貨や銀行券は、消費者である全公衆によって、彼らの収入の貨幣形態として、銀行からふたたび間接的にか(つまり彼らに賃金として支払う資本家によって)、あるいは直接に消費者自身によって引き出され、彼らの収入の実現として役立ちます。しかしそのことはそれらが再び小売商人に支払われて、彼らの手に還流してくることを意味します。そしてそれは小売資本のために彼の資本を補塡してやること、つまり彼の資本の移転を媒介して、そのことによって、彼に資本・プラス・利潤、つまり彼の収入の新たな一部分を実現してやることになるのです。〉

 【このパラグラフは、当然のことながら、冒頭のパラグラフを直接受けている。冒頭のパラグラフを大谷氏がパーレンで区切った部分を抜いて書き直してみると〈卜ゥック,ウィルスン,等々がしている,Circulationと資本との区別は……次の二つのことに帰着する〉となる。つまりこのパラグラフは銀行学派の通貨と資本との区別が帰着する〈次の二つのこと〉について述べているわけである。われわれは五つに分けた部分ごとに詳しくマルクスの論述を追ってみよう。面倒ではあるが、もう一度その部分ごとに書きだしてみる。

  〈[(1)]収入の支出を媒介し, したがって個人的消費者と小売商人--この範疇には消費者(生産的消費者すなわち生産者とは区別される個人的消費者)に売るすべての商人を含めることができる--とのあいだの15)交易を媒介する16)かぎりでの,鋳貨(貨幣)のCirculation*)。ここでは貨幣は,たえず資本を補塡するとはいえ,鋳貨の機能において流通する。そして,一国の貨幣のうちの或る部分は,総流通貨幣のうちこの分量をなしている構成部分はたえず入れ替わるにせよ,いつでもこの機能にあてられている。これに反して,購買手段(流通手段)としてであろうと,支払手段としてであろうと,貨幣が資本の移転を媒介するかぎりでは,この貨幣は資本である

  【補注】テキストには〈鋳貨(貨幣)のCirculation *)〉と大谷氏のテキストにはない〈*)〉を入れておいた。この部分には旧稿(『経済志林』)では注5)が付いており、〈この「Ⅰ」 は,上部のセリフ(横線)が右側に大きく突き出していて,かろうじて「Ⅰ」と読めるか,というように書かれているものである。エンゲルスは,これを「第1に」と読んで, 「一方では」としたのかもしれない。〉(218頁)との説明があった。今回は訳注16)にその説明が見られるが、これは「流通Ⅰ」と読める。つまり銀行学派たちがスミスに倣って流通を、収入の実現を媒介する流通と資本の移転を媒介する流通とに分けているが、マルクスは前者を「流通Ⅰ」、後者を「流通II」としているように思えるのである(マルクスは【13】パラグラフでは流通を第1の部分と第2の部分とに分けて考察し、【15】パラグラフでは〈第Ⅰの流通〉と述べている)。このあと出てくる【6】パラグラフ冒頭の〈しかし第2に〉は〈二重に現われる〉ケースの第2とも考えられるが、同時に「流通II」の場合は、としても理解可能なものである。

  さて、まずこれが銀行学派が「通貨」と「資本」との区別として論じているものである。マルクスが〈次の二つのことに帰着する〉と述べているのは、彼らは小売商人と個人的消費者のあいだで流通する鋳貨を「通貨」とし、資本の間で流通する貨幣を「資本」としているということである。これが〈二つのこと〉である。
   こうした銀行学派の主張は、アダム・スミスが流通を二つの部分に分けていることにもとづいている。マルクスはそれを次のように紹介している。

  〈一国の年生産物は賃金および利潤(地代、利子などは後者に含まれる)に分かれるという同じ見解を、A・スミスは、〔『諸国民の富』第2篇第2章で、貨幣流通と信用制度を考察するさいに述べており(この点については、のちにトゥックを参照せよ)、そこでは彼は次のように言っている。
  「ある国の流通は、二つの違った部門に分けて考えることができる、すなわち、商人たち(dealers)相互間だけで行なわれる流通(ガルニエの説明では、スミスがここでdealersと言っているのは、商人、製造業者、手工業者などのすべて、一言でいえば、一国の商業および工業のすべての当事者、のことである)と、商人たちと消費者たちとのあいだの流通とである。紙幣であれ金属貨幣であれ、たとえ同じ貨幣片が、あるときはこの一方の流通に使用され、あるときには他方の流通に使用されるとしても、この二つの流通はつねに同時に行なわれるのだから、おのおのの流通が行なわれるためには、各流通は、いずれかの種類の貨幣の一定の貯えを必ず必要とする。いろいろな商人たちのあいだを流通する商品の価値は、商人たちと消費者たちとのあいだを流通する商品の価値をけっして越えることはできない。というのは、商人たちが買うものはどんなものでも、結局は、消費者たちに売られることとなるはずだからである。」(第2巻第2篇第2章、292、293ページ〔大内・怯川訳、(2)、32O-321ページ〕。)この点、ならびにトゥックについては、先に進んで立ち返ること。〉 (『マルクス資本論草稿集⑤』大月書店、136-137頁、下線はマルクスによる強調)

   この最後の部分〈いろいろな商人たちのあいだを流通する商品の価値は、商人たちと消費者たちとのあいだを流通する商品の価値をけっして越えることはできない。というのは、商人たちが買うものはどんなものでも、結局は、消費者たちに売られることとなるはずだからである〉は、いわゆるスミスのv+mのドグマ(すべての商品の価値は結局は労賃と利潤と地代〔剰余価値〕に分解する)にもとづいているとマルクスは次のように批判している。

  〈{したがって、商人〔dealers〕と商人とのあいだの取引は、商人と消費者(この消費者というのは、直接的な消費者のことであって、スミス自身が商人のうちに入れている産業的消費者のことではない)とのあいだの取引と同じでなければならないという、A・スミスの命題はまちがっている。この命題は、生産物全部が収入に分解するというスミスのまちがった命題に基づくものであって、事実上、商品交換のうち資本と収入との交換に等しい部分が諸商品の交換全体に等しい、ということにほかならない。それゆえ、この命題と同じように、トゥックが貨幣流通(特に、商人のあいだに流通する貨幣量と、商人と消費者とのあいだに流通する貨幣量との関係)についてこの命題に基づいてやっている実際的適用も、まちがっている。〉 (同⑤389頁)

   つまり銀行学派は、スミスが流通を二つの部分に分けていることに倣って、小売商人と個人的消費者の間で流通する鋳貨を「通貨」とし、商人(資本家)間相互の流通を媒介する貨幣を「資本」としているわけである。ここではマルクスは冒頭のパラグラフで言及している諸カテゴリーとその区別にもとづいて論じていないが、そもそも「通貨」というのは、広い意味での流通手段であるが、これは冒頭のパラグラフの諸カテゴリーを使って正確に言い表せば、「鋳貨としての流通手段」と「貨幣」に含まれる「支払手段」とを併せたものなのである。それに対して、「資本」というのは(これ自体、銀行学派たちが論じているものは、違った意味合いを持っているのだが)、鋳貨や流通手段などが貨幣の抽象的な機能であるのに対して、より具体的な形態規定性(マルクスはそれを流通に投じる人たちがそれを収入として投じるか資本として投じるかなどと述べている)を問うていることになる。
 それに銀行学派は貨幣の素材的な面しか見ていないから、彼らは小売商人と個人的消費者の間で流通するのは鋳貨(あるいは少額銀行券)だから、だからそれは「通貨」だというのである。だから銀行学派がいう意味での「通貨」は、マルクスが「通貨」として論じているものとは厳密に言えば意味内容が違っているのである。銀行学派はただ貨幣の素材的側面(例えば鋳貨とか少額銀行券などそこで通用している貨幣の素材的な面)しか見ていないのに対して、マルクスは貨幣の諸形態規定性(諸機能)を見ているのである。
   例えば小売商人と個人的消費者のあいだでは確かに流通しているのは鋳貨かあるいは少額の銀行券である。しかし例えば小売商人が個人的消費者に商品を売る場合、個人的消費者から見ると、その貨幣(鋳貨や少額銀行券)は、彼の収入の支出であり、貨幣もただ購買手段、あるいは流通手段として機能するだけである。しかし小売商人にとっては、彼の販売する商品は、彼の商品資本であり、その販売はそれの貨幣資本への転化、すなわちその価値の実現なのである。つまりその鋳貨や少額銀行券は、小売商人にとっは貨幣資本以外の何ものでもないのである。だからこの場合は素材的には鋳貨や少額銀行券ではあっても、小売商人からみれば形態規定性としては「資本」以外のなにものでもないことになる。銀行学派の理屈でいえば、それは小売商人(彼も資本家である)の資本の流通を媒介しているのである。
   つまり「通貨」というのは、貨幣の抽象的な機能規定であり、流通する貨幣をその抽象的な形態規定性において捉えたものである。それに対して「資本」というのは、同じ貨幣をより具体的な形態規定性において捉えたものなのである。だから同じ貨幣でも抽象的な機能としては流通手段だが、しかしそれは貨幣資本の投下でもあり、貨幣資本の商品資本への転化でもあるということもありうるのである。要は貨幣をその抽象的な形態規定性で捉えているか、それともより具体的な形態規定性で見ているかの相違なのである。しかし、こうしたことは当然ながら、銀行学派たちには分からないのである。

 なお〈資本の移転〉については、マルクスはトゥックの主張を紹介しながら次のように批判している。

   トゥックは、彼の貨幣理論の根本原則の一つにしているA・スミスの前記の文章について次のように述べている。
  「商人と商人とのあいだのすべての取引というのは生産者または輸入業者から製造業その他の中間過程のあらゆる段階を経て小売商人または輸出商人に至るすべての売買と解されるべきであって、このような商人と商人とのあいだのすべての取引は資本の運動または移転に帰着する。ところで、資本の移転は、大多数の取引にあっては、移転のさいに、貨幣すなわち銀行券や鋳貨の授受--私は具体的に考えているのであって想像によって考えているのではない--を必ずしも想定していないし、また実際のところ現実にそれを必要とするものでもない。資本の運動はすべて、鋳貨または銀行券--すなわち一方の手で発行されて他方の手で受けもどされる、あるいはもっと適切に言えば、帳簿の一方の側に記帳されると同時に他方の側に反対記帳される想像上の銀行券ではなくて、現実の、目に見え手に触れることのできる銀行券--による現実の支払の介在なしに、銀行業務と信用との操作によっておそらく実現されるであろうし、また大多数はこのようにして実現されるのである。そしてさらに重要な考慮すべき事柄としては、商人と商人のあいだの取引の総額は、終極的には商人と消費者とのあいだの取引の額によって決定され、制限されるにちがいない、ということがある。」〈Th・トゥック『通貨原理の研究』、ロンドン、1844年、35、36ページ〔日本評論社、世界古典文庫版、玉野井芳郎訳『--』、78、79ページ〕。)
   結びの文章でトゥックが実務家としての彼に独自な生硬さでA・スミスの命題を繰り返しているのは、彼がスミスには理論的に歯がたたないからである。「商人と商人とのあいだの取引」の「総額」は「終極的には」商人と消費者とのあいだの取引の額によって決定されるにちがいないということは、全然疑問の余地のないことであるが、取るに足りないことである。一般に生産に使用される全部類の資本は、「終極」的には、生産者が売ることのできる生産物の量によって左右され、それゆえ、その量によって決定される。なぜならば、彼は、ただ自分の売る生産物からのみ自分の利潤をあげるのだからである。だが、このことをA・スミスは論じなかったし、トゥックはA・スミスの命題を繰り返しているつもりなのである。彼〔スミス〕はこう語っていた、すなわち、「商人と商人とのあいだを流通する財貨の価値」は「商人と消費者とのあいだを流通する財貨の価値」に等しい、と。トゥックは、前述の著書では、もっぱら通貨原理との論争に夢中になっている。商人と商人とのあいだの流通は「資本の運動または移転」に帰着するという言い方は{ここで彼が関心をもっているのは、彼の反対者たちとは反対に、ただ、再生産過程における諸資本の流通から発生する相互の債務がどのように決済されるかという問題、つまり、理論的にはまったく副次的な問題にすぎない。}、考察方法全体の生硬さを示している。「資本の運動」。まさにこの運動を規定し分析することこそが肝要だったのである。〔彼の考察方法の〕基礎にあるものは、資本の運動を彼が流通部面のなかで考えており、そのために彼がここで資本と言っているのはつねに貨幣〔資本〕または商品資本のことだ、ということである。「資本の移転」は、これも運動ではあるが、資本の運動とは非常に違っている。資本の移転というのは、実際にはただ商業資本と関係があるだけであって、実際には、資本が種々な局面を経てある買い手の手から他の買い手の手に渡るということ、すなわち実際はただ資本自身の流通運動にすぎないということ、のほかにはなにも意味しない。しかし、資本の「運動」というのは、再生産過程の質的に違った諸局面である。資本の「移転」は、可変資本が労賃として労働者の手に移りそれが「通貨」に転化させられる場合にも、生じる。話の仔細は、要するに、資本そのものの運動では--商品としての資本と消費者との最終的な交換よりも前には--貨幣はただ支払手段としてのみ流通し、それゆえ一部はただ計算貨幣としてのみ機能し、一部は、もしなんらかの差額があれば、ただ差額としてのみ機能する、というだけのことである。このことからトゥックは、このような貨幣の二つの機能の相違が「資本」と「通貨」との相違なのだと推論するのである。そもそも彼は最初に、貨幣や商品を、資本の存在様式としての貨幣や商品と、つまり貨幣〔資本〕や商品資本と混同しており、そして第二に、彼は、資本が流通するさいの一定の貨幣形態を、「資本」と「鋳貨〔Münze〕」との相違として考察しているのである。〉 (同草稿集⑧315-317頁)

   ところで大谷氏はトゥックがスミスから受け継いでいるという「商人と商人との流通」と「商人と消費者との流通」について、ここでいう「商人」というのは文字通りの「商人」、つまり商業資本を意味するかに論じている。次のように述べている。

  〈マルクスは,トゥクがスミスから受け継いでいる「商人と商人との流通」と「商人と消費者との流通」の区別をひとまず受け入れて,ここでは生産者と消費者とのあいだに「商人」が介在するものとし,生産者にたいして消費者は,また,消費者にたいして生産者は,いずれも商人によって代表されるものとしているが,ここで「商人と商人との流通」と言われるものは,一国の社会的再生産過程について言えば,生産者である産業資本家と商業資本家たる商人との流通である。「商人と消費者との流通」とは,産業資本家が収入を支出して小売り商人から商品を買う場合の,また,賃労働者が同じく収入を支出して小売り商人から商品を買う場合の流通である。〉 (23頁)

   このように大谷氏は商人と商人との流通について、〈ここでは生産者と消費者とのあいだに「商人」が介在するものとし,生産者にたいして消費者は,また,消費者にたいして生産者は,いずれも商人によって代表されるものとしている〉と述べている。しかしこれだとスミスやトゥクたちが問題にしているのは〈生産者と消費者とのあいだ〉の流通だけだということになる。しかしそうではなく、スミスやそれを受け継いでいるトゥクが「商人」という場合はすべての資本家と解すべきである。つまり「商人と商人との流通」というのは、資本家間の流通ということであり、商人と消費者との流通というのは、小売り資本と個人的消費者との間の流通ということである。
   この点についてはすでに引用した草稿集⑤(61-63草稿)の引用のなかでもマルクスは次のように述べていた。

  〈(ガルニエの説明では、スミスがここでdealersと言っているのは、商人、製造業者、手工業者などのすべて、一言でいえば、一国の商業および工業のすべての当事者、のことである)〉 (草稿集⑤137頁)
 
  さらにはは同じ61-63草稿のあとの方でもマルクスは次のように述べている。

  〈スミスが商人〔dealer〕と言っているのは生産過程と流通過程とに関与するすべての資本家のことであり、消費者〔consumers〕と言っているのは、労働者と資本家、地主などと彼らの召使たち--彼らが収入を消費するかぎりでの--とのことだ、ということである。〉 (草稿集⑧313-314頁)

   だからここで「商人」とスミスやトゥックらが言っているのはすべての資本家のことであり、マルクスもその意味で論じていることは明らかなのである。
   大谷氏はトゥクが「商人」といっているものを文字通り「商業資本」と捉えることによって混乱している。だから商業資本が介在するケースなどを取り上げて論じているのだが、〈産業資本家どうしのあいだでの不変資本の補塡には商人は介在せず,商人は,第II部門の資本家と両部門の資本家および労働者のあいだにあって,第II部門の資本家からその商品資本である消費手段を買い,これを両部門の資本家および労働者に売るものと考えよう〉(26頁)というようなまったく恣意的な仮定を持ち込んだりしているが、しかしそれだとトゥクらが「商人と商人との間」と述べている意味が不明となる。実際、マルクス自身の文章のなかでも出てくるのは「小売り商人」と「消費者」との関係としての「商人」なのである。ここには産業資本家や商業資本家などは出てこない。だからマルクスが「商人」という言葉で資本家の意味を持たせていることは明らかなのである。だから商業資本なども持ち込んで文字通りの意味での商人だなどと理解する大谷氏が間違っているのである。実際、大谷氏自身〈だからマルクスは,トゥクが商人と消費者とのあいだの流通と商人(資本家)どうしのあいだでの流通とを区別したことそれ自体を無用なものとして退けているのではなく,この区別のもつ意味をトゥクが正確に把握せず,誤解していることを問題にしているのである〉(26-27頁)と、ここでは〈商人(資本家)〉と書いて、商人が資本家であることを認めているのである。しかしそれなら最初から商人は資本家であり、小売り商人もその限りでは資本家であることを確認して論じれば何の混乱も生じないのである。大谷氏は「商人」を文字通りに解釈して商業資本家などと理解しようとして、余計な混乱を持ち込んでいるのである。

   なお小林賢齋氏も〈次の二つのことに帰着する〉という部分を次のように説明している。

  〈そしてこの「考察プラン」に従って,手稿の第4項である「Ⅰ)」(現行版第28章)は,「トゥック,ウィルソン等々が行っている通貨(currency)と資本との間の区別4)」は,「貨幣が所得の支出を媒介する限り……[それは]鋳貨(貨幣)の流通[(Circulation通貨)]であり,……他方では……それ[貨幣]が資本の移転を媒介する限り,それは資本である5)」という「2つのことに帰着する6)」という,彼らの「混乱」批判で始められて行く。〉 (377頁)

   これはこの限りではその通りである。ただ著者は次のように述べていることは素直には頷けない。

  〈だからマルクスは,まさにウィルソンが「銀行業の実際に立ち入る前に予めまず,世上での「一般的な見解(notion)7)」,つまり通貨学派の「見解」の,基礎的「混乱」を批判しようとした8)のと全く同様に,あるいは,まさにウィルソンのこの考察方法に倣ってと言った方がよいのかもしれないが,マルクスも「それ[利子生み資本]が受け取る形態のような,信用制度によるそれ[利子生み資本]への影響の考察へ」と移って行く前に,通貨学派の概念の「混乱」を批判しているトゥックやウィルソンら銀行学派の基礎的概念の「混乱」の批判に,予め手稿の「Ⅰ)」(現行版第28章)で入って行ったものと考えられる9)。〉 (377頁)

   確かにマルクスにウィルソンの批判の仕方が頭になかったとは言い得ないが、〈ウィルソンのこの考察方法に倣って〉とは言いえないような気がする。また実際にも、第26章の通貨学派(主にオーバーストン)批判のための議会証言からの抜粋と第28章の銀行学派の批判とはやはり大きく異なっている。前者はほぼ議会証言から証言番号どおりに抜き書きしただけであるのに対して、後者は問題を整理して論理的に展開しているからである。だからこの両者を似たものとして比較するのはよいとしても、同じものとして論じるのは必ずしも正確とはいいがたく、ましてやウィルソンの方法を真似たなどとは言えないのである。

  (この【4】パラグラフは非常に長いので、すべてを一挙に掲載することには無理がある。よって二分割することにし、まだ解読の途中ではあるが、一旦、ここで中断する。残りは次回に掲載。)

 

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