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2021年2月

2021年2月14日 (日)

現代貨幣論研究(15)

銀行券流通に関するマルクスの矛盾する二つの主張

 

 【まえがき】

 実はこの小論は、大分前に書き始めたものである(2016年9月の日付がある)。しかし最後まで書かずに、中断してそのままになっていた。しかし『資本論』第5篇の草稿の解読が、エンゲルス版第25章該当個所にさしかかってきて、以前、取り組んだ問題が関連することになってきた。だからやはりこの問題は最後まで書いて決着をつけておこうと思っていたところなのである。そういうわけで、とりあえず、第5篇の草稿の解読が第27章該当部分が終わって一段落がついたので、昔書いたものを引き出して、最後まで何とか格好をつけて、ここに発表することにしたわけである。

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◎貨幣の流通法則は銀行券流通にも妥当する

 

  今回も大谷禎之介氏の新著(『マルクスの利子生み資本論』)の批評を通して、今日的な問題を考えてみようという試みである。

 現代貨幣論研究(9~11)で紹介した第30-32章の解説の中の〈4 マルクスは「III)」でなにを明らかにしているか〉の〈(6)信用による貨幣の節約 預金の貨幣機能〉の次の項目、〈(7)流通貨幣量の法則は銀行券流通の場合にも支配する〉を取り上げてみたい。
 今回の(7)はその前の(6)に対して比較的短いものとなっている。大谷氏はマルクスの次の一文をまず紹介している。

 〈「すでに単純な貨幣流通を考察したところで論証したように,現実に流通する貨幣の量は,流通の速度と諸支払いの節約とを所与として前提すれば,単純に,諸商品の価格と取引の量,等々〔によって〕規定されている。同じ法則は銀行券流通の場合にも支配する。」(MEGA II/42,S.551;本書本巻482ページ。)〉 (大谷同書363頁)

 この一文に対して、大谷氏は次のように指摘している。

 〈この最後のところで,「同じ法則は銀行券流通の場合にも支配する」と言っているのは重要である。というのも,マルクスが刊行できた『資本論』第1部と第2部草稿および第3部草稿の全体を通じて,このことをこのような言い方で明言している箇所はほとんどここだけだからである。〉 (同363頁)

 ただ大谷氏は、だからといってマルクスがこうした理解に到達したのが、第3部草稿のこの「III)」の部分を書いている時だということではないとして、1853年9月に『ニューヨーク・デイリ・トリビュン』に掲載されたマルクスの論説「ヴィーン覚え書き--合衆国とヨーロッパ--シュムラからの書簡--ロバト・ピールの銀行法」の中の一文を紹介している。その内容も重要と思えるので、少し長くなるが、重引・紹介しておこう(大谷氏による傍点による強調箇所は下線で示した)。

 〈「さて,これらの前提は,そのどの一つをとっても完全に間違いでないものはなく,事実に矛盾していないものはない。純粋な金属流通を考えてみてさえ,通貨の量が物価を決定しえないのは,それが商工業の取引量を決定しえないのと同じであろう。その反対に,物価が流通にある通貨の量を決定するであろう。為替の逆調と地金の流出は,純粋な金属流通すらも収縮させないであろう。なぜなら,それらは流通にある通貨の量に影響を与えるものではなく,預金として銀行で,あるいは個人のところで眠っている準備の通貨の量に影響を与えるものだからである。他方,為替の順調とそれにともなう地金の流入も,流通中の通貨を増大させずに,銀行業者に預金されていたり,私的個人が退蔵する通貨を増大させる。だから純粋な金属流通についての間違った考え方から出発しているピール条例が,紙幣流通に間違った仕方で金属流通を模倣させる結果となったのは当然である。発券銀行がその銀行券の流通量にたいして統制力をもっているという考えそのものが,まったく途方もないものなのである。兌換銀行券を発行し,また一般に商業証券を見返りに銀行券を前貸する銀行は,1枚でも,流通量の自然の水準を高める力もなければ,それを1枚でも減らす力もない。たしかに銀行は,その顧客が受け取ろうとすれば,どれだけの量でも銀行券を発行することができる。しかし流通にとって必要がなければ,銀行券は預金のかたちでか,債務の返済としてか,あるいは金属と引き替えにか,銀行に戻されるであろう。他方,もし銀行がその発行高を強制的に収縮しようとすれば,流通に生じた空隙vacuum〕を埋めるに必要な量だけ,銀行の預金が引き出されることになろう。こうして,銀行は他人の資本を濫用するうえでどれだけの力をもっているにしても,通貨の量にたいしてはなんの力ももっていないのである。」(MEGA I/12,S.321-322:MEW9,S.307.)〉 (同363-264頁)

 ところが大谷氏はこの引用文に続けて、次のように書いてこの項目(7)を終えているのである。

 〈これが書かれたのは,『経済学批判要綱』に着筆するよりもはるか以前である。第3部草稿第5章について見ても,「I)」すなわちエンゲルス版第28章部分でのフラートン批判が流通貨幣量の法則が銀行券流通についても妥当することを自明としてなされていたことは確実である。マルクスは「III)」のここで,諸種の銀行券の流通量に触れる前に,彼にとって自明であったこのことをひとことつけ加えておいたということだったのであろう。〉 (同364頁)

 確かに大谷氏が問題にしているのは〈マルクスは「III)」でなにを明らかにしているか〉だからこれでよいといえばよいのかも知れないが、しかし、大谷氏は本書ではさまざまなところで関連する問題をも論じているのであり、そうした大谷氏の姿勢からするとわれわれは首をかしげざるを得ないのである。なぜなら、大谷氏は極めて重要な理論問題をスルーしているからである。

 しかしその問題を論じる前に、少し補足しておくと、大谷氏はマルクスが貨幣流通の法則が銀行券流通にも妥当するということを明確に述べているのは、ここだけであるというのであるが、しかし、マルクス自身はそれ以外の多くの個所で、銀行券を「現金」として、すなわち貨幣、つまり金鋳貨(あるいは補助鋳貨)と同じ機能を果たすものとして論じているのであり、その意味では、銀行券が貨幣の流通法則の支配の下にあることを当然のものとして論じてきているのである。今、その幾つかの例を紹介してみよう。

 まず大谷氏自身も〈第3部草稿第5章について見ても,「I)」すなわちエンゲルス版第28章部分でのフラートン批判が流通貨幣量の法則が銀行券流通についても妥当することを自明としてなされていたことは確実である〉と述べているが、まず「Ⅰ)」の部分から見ていくことにしよう。

 〈収入の実現のためであろうと資本の移転のためであろうと,貨幣がどちらかの機能で役立つかぎり,貨幣は売買または支払いにおいて,購買手段または支払手段として,そして広義では流通手段として機能するのである。貨幣がその支出者たちまたは受領者たちの計算のなかでもっているそれより進んだ規定,すなわちそれが彼らにとって資本を表わすか収入を表わすかという規定は,この点では絶対になにも変えない。そして,このこともまた二重に現われる。二つの部面で流通する貨幣の種類は違うとはいえ,同じ貨幣片,たとえば1枚の5ポンド銀行券は,一方の部面から他方の部面に移っていって両方の機能をかわるがわる行なう。これは,小売商人が自分の資本に貨幣形態を与えるには,彼が自分の買い手から受け取る鋳貨の形態によるほかはないということだけからも必要なことである。本来の補助鋳貨は絶えず小売商人〔Epicier〕の手のなかにあるとみなすことができる。彼は釣り銭の支払いのために絶えずそれを必要とし,また自分の客から絶えずそれを取り戻す。しかし彼はまた貨幣をも受け取る,すなわち価値尺度たる金属で造った鋳貨,つまりイギリスでならば半ソヴリン貨やソヴリン貨,および銀行券,ことに小額の種類の銀行券,たとえば5ポンド券や10ポンド券をも受け取るのである。この金や銀行券を,彼は毎日,取引銀行に預金し,これをもって(自分の銀行預金への指図によって)自分の手形の支払いをする。しかし,同様に絶えずこの同じソヴリン貨や半ソヴリン貨や銀行券が,消費者としての全公衆によって,彼らの収入の貨幣形態として銀行からふたたび(直接または間接に)引き出され,こうして絶えず小売商人の手に還流し,このようにして彼のために彼の,資本・プラス・収入,の新たな一部分を実現するのである。〉 (大谷本3巻101-102頁)

 このようにここではマルクスは、銀行券を、特に少額銀行券を、貨幣として、すなわち金鋳貨と同じものとして扱っている。だからここでは銀行券は補助鋳貨はもちろん、金鋳貨とも同じように、流通手段および支払手段として、広義では流通手段として機能するものとして取り扱っていることが分かるのである。
 なおこの一文はマルクスが「Ⅰ)」と番号を打った部分の冒頭のパラグラフに出てくるのであるが、それ以降、マルクスはこの「Ⅰ)」全体を通して、銀行券を「通貨」として取り扱って論じているのである。そして「通貨」はここではマルクスが「貨幣」と述べているものとほぼ同義に扱っていることは、次の一文からも明らかであろう。

 〈貨幣の流通する総量の量については,以前に単純な商品流通を考察したときに展開した諸法則があてはまる。流通速度,つまりある一定の期間に同じ貨幣片が購買手段および支払手段として行なう同じ諸機能の反復の回数,同時に行なわれる売買,支払いの総量,流通する商品の価格総額,最後に同じ時に決済されるべき支払差額,これらのものが,どちらの場合にも,流通する貨幣の総量,通貨currencyの総量を規定している。このような機能をする貨幣がそれの支払者または受領者にとって資本を表わしているか収入を表わしているかは,ここでは事柄をまったく変えない。流通する貨幣の総量は購買手段および支払手段としての貨幣の機能によって規定されて〔いる〕のである。〉 (同105-106頁)

 このようにここではマルクスは『資本論』の冒頭における単純流通の考察において解明された貨幣の流通法則は、貨幣により具体的な形態規定性が付け加えられようと、事柄を変えることなく貫いていることを指摘するとともに、〈流通する貨幣の総量〉を言い換えて〈通貨〔currency〕の総量〉とも述べて、単純流通における貨幣の流通法則は、すなわち通貨の流通法則でもあり、だからそれは当然、通貨の一つである銀行券にも妥当することを当然として、この「Ⅰ)」全体を論じているのである。

 次にマルクスが「II)」と番号を打った部分(現行版では第29章に該当)を見てみよう。

 〈銀行業者の資本〔d,Bankerscapital〕は,1)現金(金または銀行券),2)有価証券,から成っている。〉 (同162頁)

 このようにここではマルクスは〈現金(金または銀行券)〉と書き、現金には金と同様に銀行券も含まれることを明らかにしている。この一文は、「II)」の冒頭のパラグラフで〈今度は,銀行業者の資本〔d.banker's Capital〕がなにから成っているかをもっと詳しく考察することが必要である〉(同159頁)と述べたあとに、内容的には直接続くものである(というのは、実際にこの一文に直接続くのは、その部分の私の解読のなかでも指摘したが、マルクスが「Ⅰ)」と項目番号を打った部分の結論的部分を続けて論じているのであり、そのあとにここで紹介した一文が、実際の「II)」の具体的な検討内容として始まっているのだからである)。つまりこの「II)」でも、マルクスは銀行券を現金として取り扱うことをまず最初に述べているといえるのである。だからこの「II)」全体を通しても同じ観点から書かれている。例えば次のように述べている。

 〈預金はつねに貨幣(金または銀行券)でなされる。〉 (同180頁)

 ここでは「現金」ではなく、「貨幣」を説明して、それが「金または銀行券」であることを指摘している。

 同じことは「III)」とマルクスが番号を打った部分(エンゲルス版では第30-32章に該当)でもいえるのである。気づいたものを紹介しておこう。

 〈monied Capitalの過剰供給は,どの程度まで,停滞しているもろもろの貨幣量(鋳貨\ 地金または銀行券)と同時に生じ,したがって貨幣の量の増大で表現されるのか?〉 (412頁)

 これも「III)」の冒頭のパラグラフにあるものであるが、貨幣量を説明して、〈(鋳貨\ 地金または銀行券)〉と書いている。この〈鋳貨\ 地金〉という記述は、マルクスが「鋳貨」を消さずに、その上に「地金」と書いているということである。つまりここでもマルクスは鋳貨、地金、銀行券を貨幣の量を構成するものとして取り扱っていることが分かるのである。

 〈a)貸付可能な資本loanable capital〕の大きさは通貨Circulationの量とはまったく異なるものであること{この量の一部分は,銀行業者の準備であり,この準備は変動している。ここで通貨Circulation〕の量と言うのは,すべての銀行券と地金のことである,等々}〉 (488頁)

 ここでは通貨の量を説明して、すべての銀行券と地金のことだと述べており、銀行券も地金と同じく通貨として取り扱っていることが明言されている。

 〈利子率の変動{比較的長い期間に生じる変動,あるいは国の相違による利子率の相違は度外視するが,前者は一般的利潤率の変動によって,後者は利潤率と信用制度の発展とにおける相違によって〔制約されている〕}は,moneyed Capitalの量の状況に左右される{信頼等々のようなそのほかのすべての事情が同じままだとすれば}。すなわち,それ自体として商業信用に媒介されて再生産的当事者たち自身のあいだで貸し付けられる生産的資本とは区別される,鋳貨や銀行券という貨幣の形態で貸し付けられる資本の量の状況に左右される。〉 (494頁) 

 ここでは「貨幣の形態」として「鋳貨」と「銀行券」が挙げられている。

 〈いま述べた例外を別とすれば,moneyed Capita1の蓄積は,たとえば1852年と1853年に,オーストラリアとカリフォルニアの〔金鉱の〕発見の結果として生じたような,異常な地金流入によって〔生じる〕こともありうる。〔それらは〕イングランド銀行に預金された。〔この預金は引き出されて〕その代わりに銀行券が受け取られたが,金の所有者であった人びとは,この銀行券をすぐに銀行業者のもとに預金することをしなかった。そのために異常な通貨〔Circulation〕〔量が生じた〕。〉 (498-499頁)

 ここでは預金された地金が銀行券で引き出され、すぐに再び預金されることが無かったので、異常な通貨の量が生じたことが指摘されている。つまり銀行券の増加が通貨の増加として述べられている。

 このように「III)」全体においても、マルクスは銀行券を貨幣として、あるいは通貨として、地金や金鋳貨や補助鋳貨と同じものとして取り扱っていることが分かるのである。

 

◎一見すると矛盾しているとしか思えないマルクスの叙述

 

 しかし、このように、マルクスが銀行券を現金や貨幣として取り扱い、その流通が貨幣の流通法則の支配の下にあるという主張を見ると、どうしてもわれわれは一つの疑問に突き当たるのである。それが先に述べた、大谷氏が重要な理論問題をスルーしているということと関連している。だから今度はその問題について考えてみよう。

 マルクスはエンゲルス版第25章該当部分の草稿では次のように書いていた。

 〈私は前に,どのようにして単純な商品流通から支払手段としての貨幣の機能が形成され,それとともにまた商品生産者や商品取扱業者のあいだに債権者と債務者との関係が形成されるか,を明らかにした。商業が発展し,ただ流通だけを考えて生産を行なう資本主義的生産様式が発展するにつれて,信用システムのこの自然発生的な基礎Grundlage〕は拡大され,一般化され,仕上げられていく。だいたいにおいて貨幣はここではただ支払手段としてのみ機能する。すなわち,商品は,貨幣と引き換えにではなく,書面での一定期日の支払約束と引き換えに売られるのであって,この支払約束をわれわれは手形という一般的範疇のもとに包括することができる。これらの手形は,その支払満期にいたるまで,それ自身,支払手段として流通するのであり,またそれらが本来の商業貨幣をなしている。およびそれらは,最終的に債権債務の相殺によって決済されるかぎりでは,絶対的に貨幣として機能する。というのは,この場合には貨幣へのそれらの最終的転化が生じないからである。生産者や商人のあいだで行なわれるこれらの相互的な前貸が信用制度の本来の基礎〔Grundlage〕をなしているように,彼らの流通用具である手形が本来の信用貨幣,銀行券流通等々の基礎をなしているのであって,これらのものの土台〔Basis〕は,貨幣流通(金属貨幣であろうと国家紙幣であろうと)ではなくて,手形流通なのである。〉 (大谷新著第2巻159-160頁)

 つまりここではマルクスは銀行券流通の基礎は手形流通であって、貨幣流通ではないと明言しているのである。ところが「Ⅰ)」以下で、利子生み資本の信用制度のもとでの具体的な運動形態を考察するなかでは、マルクスは一転して、貨幣流通の法則は銀行券流通の場合にも支配することを前提として論じているのである。それをもっとも明示的に書いているのが、「III)」の大谷氏が先に引用・紹介している一文なのである。
 しかしここには明らかに整合しないものがあると思うのは私だけではないであろう。一方は銀行券流通は手形流通に立脚し、貨幣流通(マルクスはわざわざ金属貨幣であろうと国家紙幣であろうとと断っている)ではないといい、他方は銀行券流通は貨幣流通の法則に支配されるという。一体、どっちやねん、と私でなくても疑問に思うであろう。つまり大谷氏はこうした重要な理論問題を不問にしているのである。大谷氏がこうしたマルクスの一見すると矛盾しているとしか思えない叙述に気づいていない筈はないと思うのだが、それを問題にしていない、うがった見方をすると“避けている”のである。

 しかしこの問題は、現代の通貨、すなわち円札やドル札などの不換銀行券を如何に理解するかという理論問題とも深く関わってくる重大な問題なのである。だからこの問題を私なりに少し考えてみようと思うのである。

 この問題を考える上でヒントになるのは上記に紹介した一文と同じエンゲルス版第25章該当部分の草稿の次の一文である。

 〈ところで,銀行業者が与える信用はさまざまな形態で,たとえば,銀行業者手形,銀行信用,小切手,等々で,最後に銀行券で,与えられることができる。銀行券は,持参人払いの,また銀行業者が個人手形と置き換える,その銀行業者あての手形にほかならない。この最後の信用形態はしろうとには,とくに目につく重要なものとして現われる。なぜならば,信用貨幣のこの形態はたんなる商業流通から出て一般的流通にはいり,ここで貨幣として機能しており,また,たいていの国では銀行券を発行する主要銀行は,国立銀行〔Nationalbank〕と私立銀行との奇妙な混合物として事実上その背後に国家信用〔Nationalcredit〕をもっていて,その銀行券は多かれ少なかれ法貨でもあるからである。なぜならば,銀行券は流通する信用章標にすぎないので,ここでは,銀行業者が取り扱うものが信用そのものであることが目に見えるようになるからである。しかし,銀行業者はそのほかのあらゆる形態での信用でも取引するのであって,彼が自分に預金された貨幣を現金で前貸する場合でさえもそうである,等々。実際には,銀行券はただ卸売業の鋳貨をなしているだけであって,銀行で主要な問題となるのはつねに預金である。たとえば,スコットランドの諸銀行を見よ。〉 (同第2巻177-178頁)

 ここでもマルクスは銀行券を説明して、〈銀行券は,持参人払いの,また銀行業者が個人手形と置き換える,その銀行業者あての手形にほかならない〉と述べている。つまりそれは本来は手形流通に立脚して、銀行業者が産業資本家や商業資本家に与える信用の一形態だと説明している。すなわちそれは手形流通に立脚し、商業流通内で流通するものだとしているのである。しかし同時に、マルクスは銀行券という信用形態は、素人目には重要なものとして現れるとして、その理由の一つとして〈なぜならば,信用貨幣のこの形態はたんなる商業流通から出て一般的流通にはいり,ここで貨幣として機能しており,また,たいていの国では銀行券を発行する主要銀行は,国立銀行〔Nationalbank〕と私立銀行との奇妙な混合物として事実上その背後に国家信用〔Nationalcredit〕をもっていて,その銀行券は多かれ少なかれ法貨でもあるからである〉と述べている。つまり銀行券は、とくにイングランド銀行券のように国家によって法貨として規定されているものは、商業流通から出て、貨幣として機能していると述べている。どうして銀行券はこのように商業流通から出て貨幣として機能するようになるのかについては何もマルクスは言及していないが、一つの事実としてこう述べているのである。
 そしてまさにこうした一般流通に出て貨幣として機能している銀行券こそ、これまでわれわれが草稿の「5)信用。架空資本」のⅠ)~III)で見てきたような、銀行券を現金として地金や鋳貨と同じものとして、貨幣流通の法則に支配されるものとしてマルクスは論じているものなのである。
   一般的に手形流通に立脚して、手形に代わって流通する銀行券の額面は大きく、イギリスでは100ポンドというような額の銀行券が多い(日本でも明治・大正・昭和の初期のころには、額面が数円から数百円という大きな額面の銀行券が流通していた)。それに対して、一般流通で流通する銀行券は少額の銀行券である(マルクスは5ポンドや10ポンドと述べている)。もともと銀行券そのものは今日のように定額のものとは限らず、ごく初期のものは手形と同じような端数のあるものだったのである。ただ発行主体が商業信用のように再生産的資本家(産業資本家や商業資本家)ではなく、銀行であるという点が異なるだけのものであった。しかし発行主体が異なるということは決して、どうでもよいものではない。なぜなら、前者は商業信用として再生産過程内の信用であるのに対して、後者は銀行が貨幣信用にもとづいて発行するものであり、利子生み資本の運動の一形態だからである。だからこれらは再生産過程外の信用にもとづいているのである。この信用の二つのものの相違は、以前、第28章該当部分の草稿を解読するなかでもその区別の重要性について説明したことがあるので、それを参照してもらいたい。

 

◎銀行券が一般流通に出て、貨幣として通用する根拠

 

 では本来は商業信用にもとづく手形に代行して(手形割引等によって)、貨幣信用にもとづいて発行され、商業流通内に留まっていた銀行券が、どうして一般流通に出て、そこで貨幣として通用するようになるのであろうか。
 しかしその事情は、手形流通やそれにもとづく銀行券流通そのものにあるのではない。つまり銀行券という信用形態そのものに、そうした一般流通に出て行く根拠が存するわけではないのである。というのは、それが一般流通に出て貨幣として通用するのは、一つの歴史的な過程であり、事実だからである。それは貨幣形態が最終的には金商品に固着するのがそうであるのとある意味では同じである。だからそれは何か理論的にどうこうというような問題ではないのである。
  つまり、少額の銀行券が一般流通に出て、貨幣として通用する根拠は、貨幣流通そのものにある。われわれは貨幣の流通手段としての機能が、金鋳貨を象徴化させ、やがて金鋳貨に代わる代理物、例えば補助鋳貨や紙幣を流通させることを『資本論』の第1巻第3章で学んだ。まさにこうした流通手段としての貨幣の機能こそ、銀行券を一般流通にとりこみ、金鋳貨を代理するものとして流通させる根拠なのである。だから当然、こうした銀行券が貨幣の流通法則に支配されるのは言うまでもない。
  つまり銀行券が貨幣として、あるいは現金として流通している根拠は、紙幣がそうであるのとまったく同じものなのである。これは銀行券が兌換券であるか否か、つまり不換銀行券かどうかということとはまったく関係がない。人によっては、現在の銀行券が不換券であるから、それはますます紙幣に近づいている等々と評価しているが、しかしこうした主張は、一般流通で流通している銀行券の流通根拠を正しく理解していないことをむしろ暴露しているのである。
  つまり銀行券が貨幣として通用するのは、貨幣の流通手段としての機能、特にその象徴性と瞬過性にもとづいている。こうした流通手段としての貨幣の機能は、金貨幣に代わって紙幣を流通させることに帰着するのであるが、同じように、流通手段としての貨幣の機能は、歴史的にはさまざまなものをこうした貨幣の代理物として通用させてきたのである。そして何がそうした機能を果たす代理物になるのかは、社会的な慣習や歴史的な事情や過程、その産物であって、何か理論的に解明できるようなものではないのである。マルクスはやはり『経済学批判』のなかで次のように説明している。

 〈ロシアは価値章標の原生的成立の適切な実例を見せてくれる。獣皮と毛皮製品がロシアで貨幣として役だっていた時代に、このいたみやすく取扱いに不便な材料と流通手段としてのその機能との矛盾は、極印をおした革の小片をその代わりに使う習慣を生みだし、こうしてこの革の小片が、獣皮や毛皮製品で支払われる指図証券となった。その後、この革の小片は、コペイカという名称で銀ルーブリの一部分にたいするただの章標となり、ところによっては、ピョートル大帝がそれを国家の発行した小銅貨と引き換えに回収するように命じた1700年まで、そのままつづいて使用されていた。〉 (全集第13巻96頁)

  つまり流通手段として貨幣の役割を果たしていた獣皮や毛皮に代わって、革の小片がコペイカという名称でそれらの代理物として通用していたのが、それがそのまま銀ルーブリの章標として通用していたというのである。そしてその小片はピョートル大帝の時代には小銅貨と引き換えに回収され、同じコペイカとして今度は小銅貨が銀ルーブリの補助鋳貨として流通したということである。それ以外にも、マルクスは同じ文脈のなかで、古代ローマでもすでに金銀鋳貨がすでに象徴または価値章標として把握されていたことや、中国では強制通用力をもつ紙幣がはやくからあったこと、等と述べている。このように、われわれは歴史的にさまざまなものが貨幣の代理物として通用していた事実を知ることができるのである。

 このように銀行券の一般流通における流通根拠を正しく指摘しているのは、私の知る限りでは下平尾勲氏である。氏は「不換通貨ドルと世界貨幣(3)--不換通貨ドルの国際通貨としての流通をめぐる問題によせて--」(『商学論叢』第60巻第3号1992年1月)のなかで次のように論じている。

  〈商業手形が銀行券に換えられ,債務請求権が幅広く流通し,さらに商業流通から出て,一般流通のなかに入りこんでいく。商品生産が発展すればするほど,商業流通では手形や小切手が流通し,債務請求権が相殺されればされるほど,銀行券は大口取引の支払差額の決済と一般流通の中に追いやられる。銀行券は,商業手形の流通によって基礎づけられているにもかかわらず,商業手形の流通とは別の一般流通に支配されることとなる。「銀行券は貨幣流通……の上に立つのではなく,手形流通の上にたつ」(K.III,S.436〔413〕)という章句は、商品流通の発達にともない商業手形が流通しており,その商業手形の割引きによって銀行券が発生してきたという歴史的な位置について述べたものである。歴史的には,銀行券の流通は商業手形の運動に規定されるというのである。ところで,銀行券の流通は商業流通においてよりも,一般流通において決定的な意義を獲得した瞬間,それは,貨幣流通の法則に支配されることとなった。「げんじつに流通する貨幣の量は,……諸商品の価格と諸取引の量とによって決定される……。おなじ法則は銀行券の流通にも支配的に行われる」(K.III,S.567〔538〕)。「流通銀行券の量は,取引上の必要に対応するのであって……」(K.III,S.569〔540〕),「銀行券の流通はイングランド銀行の意志から独立しているのと同様に,この銀行券の兌換性を保証する同銀行地下室の金準備の状態からも独立している」(K.III,S.571〔541〕)。
 商業手形という支払約束証書が流通していなければ,いつでも持参人にたいして貨幣を支払うという保証つきの支払約束証書(銀行券)は流通えなえったであろう。しかし商業流通の中から形成された銀行券も,その中では大きな地位を占めず,ほとんど一般流通の中で用いられるならば.銀行券は主に流通手段の運動に規制されることとなる。つまり,商品流通がいかなる状況にあるかによって,銀行券の運動が規定されるということである。そこで次の二つの問題に注目すべきである。
 第一には,兌換銀行券の流通根拠は金との交換性にあるのではなく,商品流通,とくに一般的商品流通,つまり流通手段としての貨幣によって規定されるということである。商品の流通がいかように行われているかが銀行券の性格を規定するのであって,金との交換は銀行券の流通の保証条件であるにすぎない。現実資本の還流が円滑に行われるならば,金と銀行券との交換ということは現実問題とはなりえない。発券銀行は,銀行券の発行を統制できないし,公衆の手にある銀行券の額を増加させることもできない。銀行券の流通は金属準備量の増減とは全く独立しているように,一般流通においては,金との交換性とは独立に運動しており,商品の流通によってのみ規定される。
 第二に,銀行券は兌換されても兌換されなくても,銀行券の流通の根拠は商品流通にほかならないということである。兌換銀行券が流通過程の中では全くといってよいほど兌換されないで流通していたからこそ,兌換を停止された銀行券が流通することとなるのである。このことは,兌換銀行券から不換銀行券への転化の条件は兌換銀貨券の流通それ自体の中にあって,兌換銀行券そのものには含まれていないということである。それは銀行券を運動させる商品の流通のありようによって規定されているからである。〉(113-114頁)

  また同氏が引用・紹介しているアダム・スミスの『国富論』の一文も紹介しておこう。

 「ロンドンの場合のように.10ポンド以下の価値の銀行券が流通していないところでは、紙券は,商人のあいだの流通面にもっぱら限定される。10ポンドの銀行券が消費者の手に渡ると、ふつうは小さくならないと困るので、5シリングの価値の財貨を買う必要があれば、まずその店で買って小さくしてもらう。だから,この銀行券は,消費者がその40分の1も使わないうちに,商人の手にもどってくる場合が多い。ところがスコットランドの場合のように,20シリングという少額の銀行券が発行されているところでは、紙券の流通は商人たちと消費者とのあいだのかなりな部分にまで拡大する。議会の法令によって、10シリング券と5シリング券の流通が停止されるまでは、紙券はこの流通面のいっそう大きい部分を満たしていた。北アメリカの通貨の場合は、紙券は1シリングというような少額について発行されるのが普通であって、商人と消費者のあいだの流通のほとんど全体を満たしていた。ヨ一クシャーのある種の紙券の場合には,6ペンスという少額のものさえ発行されたのである」(『諸国民の富(二)』岩波文庫321-322頁)

 これを見ても、スミスが生きていた当時は、高額の銀行券は「商人のあいでの流通にもっぱら限定され」ていたことがわかる。スコットランドや北アメリカのような少額の銀行券が発行されていたところでは、それが一般流通に入っていって貨幣として通用していたこともわかる(イングランドでも当初は少額銀行券が流通していたが、イングランドやウェールズではイングランド銀行の覇権が強く、株式銀行の発達が制限されたために、恐慌時に多くの小規模発券銀行が倒産して、それらの倒産した発券銀行の少額の銀行券を保持していた労働者が紙屑になった銀行券で大きな被害を受けたので、それ以降、5ポンド以下の支払は鋳貨で行うことが法律で決まった経緯があるのである。スコットランドでは早くから株式銀行が発達し、恐慌時の倒産も少なかったために、少額銀行券が発行され続けたと言われている。マルクスもスコットランドでは金貨は流通していないと指摘している)。

 

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 だいたい、以上が昔書いたもので、そのまま中断した状態になっていたものである。そのあと、同じ問題を別のブログ(『資本論』学習資料室)に先に書いてしまったので、重複する内容を書くのも気が引けるので、やや木に竹を繋ぐ感が否めないが、その別のブログに書いた関連する部分を、以下、そのまま掲載しておくことにする。なんとも無様な次第だがご容赦ねがいたい。

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◎『資本論』学習資料室における説明

 

  しかしもっとややこしいのは銀行券です。現在の日銀券は明らかに流通貨幣として通用しています。つまりそれは「現金」なのです。しかし日銀券も戦前の一時期は信用貨幣として大口の取引で利用されていた時期もあったのです(明治17年の「兌換銀行券条例」によって当時1円、5円、10円、20円、50円、100円、200円の7種の銀行券が発行されていました。明治の1円は現在のほぼ2万円ぐらいの重みがあったと言われています)。そうしたものがやがて少額の銀行券が発行されるようになって、小口取引でも利用されるようになると、それは補助鋳貨や紙幣と同じ流通根拠で(つまり貨幣の流通手段としての機能である象徴性や瞬過性によって)通貨として流通するようになるのです。だから銀行券は歴史的にはその性格が変わってきたという認識が重要なのです。しかしこの点は『資本論』でもそれほど明確に展開されているわけではありません。だから多くの人たちを混乱させてきたのです。

  マルクスは第3部第25章該当部分では、最初は〈生産者や商人のあいだで行なわれるこれらの相互的な前貸が信用制度の本来の基礎〔Grundlage〕をなしているように,彼らの流通用具である手形が本来の信用貨幣,銀行券流通等々の基礎をなしているのであって,これらのものの土台〔Basis〕は,貨幣流通(金属貨幣であろうと国家紙幣であろうと)ではなくて,手形流通なのである〉(大谷前掲書160頁)と述べながら、別のところでは〈銀行券は,持参人払いの,また銀行業者が個人手形と置き換える,その銀行業者あての手形にほかならない。……信用貨幣のこの形態はたんなる商業流通から出て一般的流通にはいり,ここで貨幣として機能しており,また,たいていの国では銀行券を発行する主要銀行は,国立銀行〔Nationalbank〕と私立銀行との奇妙な混合物として事実上その背後に国家信用〔Nationalcreditを〕もっていて,その銀行券は多かれ少なかれ法貨でもあるからである〉(同178頁)と述べています。さらには〈すでに単純な貨幣流通を考察したところで論証したように,現実に流通する貨幣の量は,流通の速度と諸支払いの節約とを所与として前提すれば,単純に,諸商品の価格と取引の量,等々〔によって〕規定されている。同じ法則は銀行券流通の場合にも支配する〉(大谷本第3巻482頁)などと述べています。つまり一方では銀行券の流通は手形流通に立脚するのであって、貨幣流通に立脚するのではないといいながら、他方では銀行券流通は貨幣の流通法則に支配されると述べているのです。だから一見すると一方で否定したことを他方では肯定しているように見えるのです。だからその理解に多くの混乱が生じているのです。しかしマルクス自身はすでに『資本論』第1巻で次のように述べています。

  〈イングランド銀行は、この銀行券を用いて手形を割り引くこと、商品担保貸付をすること、貴金属を買い入れることを許された。まもなく、この銀行自身によって製造されたこの信用貨幣は鋳貨となり、この鋳貨でイングランド銀行は国への貸付をし、国の計算で公債の利子を支払った。〉  (全集第23b巻985頁)

  このように、イングランド銀行券は、〈まもなく〉〈信用貨幣〉から〈鋳貨〉になったと述べています。つまり手形を割り引いて手形流通に立脚して流通する信用貨幣から、歴史的に貨幣の流通法則に規制される鋳貨(通貨)になったと述べているのです。また『経済学批判』では、〈諸商品の交換価値がそれらの交換過程をつうじて金貨幣に結晶するのと同じように、金貨幣は通流のなかでそれ自身の象徴に昇華する。はじめは摩滅した金鋳貨の形態をとり、次には補助金属鋳貨の形態をとり、そして最後には無価値な表章の、紙券の、単なる価値章標の形態をとって昇華するのである〉(草稿集③330頁)と述べています。つまり金鋳貨が補助鋳貨になったり、無価値な表章、紙券になるのは、貨幣形態が交換過程を通じて諸商品のなかからやがては金に固着したように、一つの歴史的な過程なのだと述べています。だから銀行券も最初は額面の大きなときは大口の商業流通の内部で、手形流通に立脚して流通していたものが、やがて少額の銀行券が発行され、小口取引にそれらが出て行くようになると貨幣流通に立脚する紙券や補助鋳貨と同じものとして流通するように歴史的になっていったのだということです。そして今日の銀行券は後者のものだけが流通していると言えるでしょう。
  だからある論者は、銀行券は信用貨幣だが、兌換が停止されることによってますます限りなく紙幣に近づいたものになったのだとか何とか、わけの分からない理屈を並べていますが、ようするに何も分からないことを知ったかぶって分かったように折衷して誤魔化しているだけなのです。兌換券か不換券かといったことはここでは何ら本質的な問題ではないということが分かっていないのです。

  ところで現在の日本銀行券はいうまでもなく日本銀行によって発行されています。後に注103)のなかで紹介する日銀のバランスシートを見ると、日銀券は日銀がその信用だけで発行している債務証書という形をとっています(負債の部に記帳されている)。ではどの段階で、それは通貨になるのでしょうか。まず日銀は銀行券の印刷(生産)を独立行政法人国立印刷局(以前は財務省印刷局、大蔵省印刷局)に発注します。印刷局は製品として生産した銀行券を日銀に納入します。この段階では銀行券はまだ単なる商品資本という形態規定性をもっているだけです。素材的には確かにそれはすでに「お札」の姿形をしていますが、まだ貨幣ですらないのです。日銀に当座預金をもっている市中銀行は、常に準備としてもっている一定額の現金(日銀券と硬貨)が少なくなってきたので、日銀にある自身の当座預金から、現金を引き出します。こうして日銀券は初めて日本銀行の外に出て行きます。しかしこの段階でも、日銀券はまだ通貨ではなく、日銀にとっては利子生み資本(monied capital)であり、市中銀行にとってもやはり利子生み資本(monied capital)でしかないのです。次に一般の企業が労働者に賃金を支払うために、市中銀行にある自身の預金から日銀券を引き出したとします。しかしこの段階でもまだ日銀券は利子生み資本であって通貨ではないのです。企業がそれを労働者に支払った時点で、それは初めて通貨になるのです。それは労働力という商品を企業が購入したことによって支払手段として流通したのです。あるいは労働者が受け取った日銀券で生活手段を購入した場合、それは流通手段として流通します。だから銀行券は確かに日銀が発行しますが、現実に流通する日銀券、つまり「通貨」という規定性をもっている日銀券は、労働力や諸商品が流通する現実に規定されて、流通するに過ぎません。だから日銀には通貨を恣意的に増減させるどんな力もないのです。それは商品市場に規定されてただ受動的に流通するに過ぎないからです。さまざまな御仁があたかも日本銀行は輪転機を回せばいくらでもお金を生み出せる、ジャブジャブと通貨を供給せよなどと言ったりしていますが、これなどはまったく「通貨」の何たるかが分かっていない人の妄想の類でしかないのです。

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  以上が、『資本論』学習資料室に書いた内容です。

 

(とりあえず、この問題はこれで終わります。この問題にはまだ残された課題がいくつかあり、別の機会にまた論じるかも知れませんが……)

 

2021年2月 6日 (土)

「所有」とは何か

「所有」とは何か

 

【はじめに】

 この「マルクス研究会通信」では、一定のテーマにもとづいて系統的に研究したノートを紹介してきたのであるが、ここではそうした分類以外のものを紹介していきたいと考えている。これはいろいろな機会に作成したノートを読み返した時にたまたま見つけ出したものや、どこかのセミナーで報告するために書いたレジュメ類や、あるいは毎日書いている日誌にその時々に思いついたことや気づいたものを書きつけたもの、あるいは友人や仲間とのメーリングリストのなかで議論になったものなど、いろいろな機会に論じた理論的な問題を、それぞれの内容にあった表題をつけて紹介していくものである。もちろん、公開するにはそれなりの意義があると私自身が判断したものであることは言うまでもない。

 

§§「所有とは何か」§§

 (最初に紹介するものは、友人のT氏へのメールに添付したものである。これを書いた当時、私は白内障を患い、ほとんど文字が読めず、さまざまな拡大鏡を使って、何とかぼんやり読めるという状態だった。その後、白内障の手術を行い、今は老眼鏡をかけるだけで読めるようになっている。)

 TさんからA氏の大学院時代の論文が送られてきた。所有法則の回転を論じたものだが、さすがに学者になるだけのものだと思うものである。ただ、今は無理をして読むのは止めて、モニターに拡大して少しずつ読んでいるので、すぐには評価を下すことは出来ない。有井氏の所有論に大きく影響されたものと言える。所有を単に法的関係としてだけで理解することが果たして正しいのかは少し疑問がある。というのはマルクスが「諸形態」で論じている限りでは、必ずしもそういう風には読めないからである。ただ『批判』序言では、マルクスは所有諸関係を生産諸関係の法的表現と説明しており、その限りでは確かに所有諸関係というのは生産諸関係の法的表現なのであり、イデオロギー的諸関係の一つと考えることが出来るのである。しかしここでは諸形態などに依拠して(と言っても諸形態を今は読み返すことも出来ず、ただ以前読んだ記憶にもとづいてなのだが)、そもそも所有とは何かについて少し論じておきたい。

 所有というのは、そもそも何かと言えば、それは個人が対象に対して自分のものとして関わることをいうのである。しかしそれは個人が社会的存在であることを前提している。というのは、例えばロビンソンクルーソのように、孤島に一人だけいるような人間なら、そもそも彼を取り巻く島の自然に対して、いちいち「自分のもの」として関係する必要はないからである。彼が島の自然に対して「自分のもの」として関わる必要があるのは、彼以外に島の自然に対して「自分のもの」として関わる人がある場合にのみ言いうることなのである。彼以外にそうした人物がいないなら、彼はそうしたことを意識せずとも、彼が手を伸ばした自然は彼のものであり、彼のものとして関わることになるであろう。彼がそれが彼のもの、つまり彼の所有するものとして意識するのは、彼以外にそれを自分のものとして関わる他の人があって始めて言いうることなのである。
 ところがそもそも人間というのは、孤島に流れ着いたクルーソーは論外として、社会的な存在である。ある個人がこの世界に存在するためには、彼が神でない限りは、彼を生み出した二人の人間(男女)を前提しなければならない。つまり彼は生まれながら一定の人間集団を前提してこの世に生を得るのである。だから彼が自然に対して「自分のもの」として関わるということは、彼が所属する社会組織がそれを承認することを前提する。彼の所属する社会組織が彼iに対象にたいして「自分のもの」として関わることを認め、他の人が同じものを「自分のもの」としてかかわり、彼を排除しないことを認めることを前提にしているのである。あるいは彼の所属する社会組織そのものが、自然を我が物として関わっているが故に、彼もその自然に対して「自分のもの」として関わることができ、同時に、同じ組織に所属する他の人々もそれらに対して「自分もの」として関わることを互いに承認し合っている関係なのかも知れない。つまり「共有」である。その場合は彼は個人的にだけでなく、同時に社会的にも自然に関係し合っており、その場合は彼等自身の関係が直接社会的な関係なのである。(原始的な共同体社会)

 人間は社会的存在であるからと言って、人間の社会的関係が、彼ら自身の関係であるとは限らない。むしろ人間の社会的関係が、個々の構成員自身の関係として彼らの自覚的な統制のもとに置かれている場合というのは、極めて限られた人間社会の初期の歴史段階に過ぎない。それ以降は、彼らの社会的関係は、彼ら自身の関係でありながら、彼らの関係ではないようなものへと、彼らから疎外された、一つの自立した関係として立ち現れてくる。そうすると個々人は私的な存在になり、彼ら自身の社会的関係は、一つの公的・政治的関係として彼らから切り離され、特定の諸個人や集団によって代表され、むしろ彼らを抑圧・支配する関係として、すなわち敵対的な関係として立ち現われてくる。そうした公的関係を人格的に代表するものが、すなわち支配者として立ち現れ、彼らは被支配者として位置づけられることになる。こうした私人と公人とへの社会的関係の分裂こそ、私的所有発生の根拠なのである。つまり私人と公人とへの分裂がなく、両者が統一している段階では、所有も統一して現われる。それは個人的であると同時に社会的でもある所有として現われるのである。しかし私人と公人とへの分裂とともに、所有も分裂し、私的所有と公的所有とに分裂する。もっとも最初の私的所有は、ただ単に彼らが公的所有から疎外されているという形で現われ、公的なものを公人としての立場で占有する者にのみ、それを私有するという意味での私的所有が現われるのみであろう。個々人は公的所有から疎外されて、ただ疎外された(つまりすでにかれらのものではない)、ただ共同で占有するだけの存在になっている。だからこの場合は彼らはむしろ所有一般から疎外され、ただ占有しうるのみとも言える(アジア的生産様式)。

 人間は彼らの生活を維持し再生産するために、自然に働きかけて有用物を生産し取得しなければならず、その彼らの生産において社会的関係を取り結ぶ。彼らの社会的関係が直接的である場合、彼らはそれらを彼ら自身の意識的な統制のもとにおき、彼ら自身の関係として取り結ぶことが出来る。しかしこれは限られた初期の歴史的段階のみである。彼らの社会的関係が彼ら自身から切り離されていくならば、彼ら自身の社会的関係は彼ら自身の関係でありながら、彼ら自身のものではなく、彼らから切り離され、彼らから自立した関係として、彼らに敵対し支配する関係として立ち現れてくる。
 この人格的に依存した関係、支配・被支配の直接的な関係が、同時に彼らの生産関係としても現れる。

 彼らが生産における社会的関係を直接取り結ぶことが出来ないなら、彼らは彼らが生産した物を互いに交換することによって、彼らの社会的関係を物の関係として取り結ぶことになる。こうして物に備わる新しい社会的属性が、すなわち物象的関係なのである。生産物はそれ自体としては一つの加工された自然物でしかない。金は一つの金属の固まりに過ぎない。それは一定の社会的属性を帯びることによって、貨幣になる。金貨をロビンソンの島や月の世界にもっていくと、たんなる金属の固まりになる。つまり貨幣という社会的属性は、一定の社会を前提して始めて物に備わる属性なのである。
 だから商品や貨幣という物に備わっている社会的属性は、人間の社会的関係が物の関係として現われているものである。「人格の物化(物象化)」。それを物象関係という。そしてこうした商品や貨幣の物象の運動に規定されて、人間自身に備わる属性がまた出てくる。すなわち商品所持者(あるいは商人)や貨幣所持者(高利貸し)等々である。こうした物象的関係に規定された人格的規定性やその諸関係(資本家と賃労働者など)を「物(物象)の人格化」という。

 A氏(ということは有井氏もということだが)は、「所有」を単なる「意思関係」と見るのだが、果たしてそれは正しいであろうか。すでに述べたように、それは決してある個人の意思だけが問題なのではない。個人が対象に対して「自分のもの」として関わる限りにおいて、それは確かにその個人の対象に対する意思関係には違いない。しかしそれだけで「所有」関係が成立するわけではないのである。彼の対象に対する「自分のもの」として関わる関係が彼が所属する社会組織において承認されて始めてそれは「所有」関係になるのである。だからそれは決して単に個人の「意思関係」だけではなく、社会的規範関係において承認された意思関係なのである。だから彼の所有が「どういう」所有であるかは、彼が所属する社会組織がどういうものであり、彼がその社会組織のなかでどういう位置関係にあるかによって決まってくる。
 所有というのは、対象に対して「自分のもの」として関わることであるが、しかしそのことはその対象を排他的に「自分のもの」にすることを意味するわけではない。彼が対象に対して「自分のもの」として関わると同時に、他の人に対して排他的に関わるためには、彼自身が、つまり「自分」が他の人と排他的関係にあることを前提する。つまり他の人々とすでに排他的な関係にあるからこそ、その個人が対象に対して「自分のもの」として関わると、その関係が同時に排他的関係ともなるのである。
 もし彼が社会組織の他の構成員と直接的な社会的関係を取り結ぶ関係にあるなら、彼は対象に対して「自分もの」として関係しながら、同時にその自分自身が関係する他の人々とその対象を彼が取り結ぶ社会的関係のもとで「自分のもの」として彼が関わっていることを自覚しており、だから「自分もの」であると同時に、「他の人々のもの」でもあることを自覚している。
 「自分のもの」として関わる対象が、個人的に消費する対象の場合は、それはあくまで個人が消費するのであって、それを同時に他の人も消費するなどということは、消費する対象にもよるが、物理的には不可能な場合もある(衣食住のうち食などはそうであろう)。だからそうした場合は「個人的であると同時に社会的である」などということはそれこそデューリング流の「朦朧」概念であるかに見える。しかしそうではない。個人的消費は確かに個人的行為ではあるが、しかしそのことはその行為が排他的であることを決して意味するわけではない。というのは彼の個人的消費そのものが決して排他的な個人的行為ではなく、個人的行為であるとともに同時に一つの社会的行為でもあるからである。なぜなら、それは社会的な彼自身を再生産する行為であり、ひいては彼が所属する社会組織そのものを維持し再生産する社会的行為そのものだからである。だから彼は個人的に対象を消費する場合でも決して社会的であることを止めるわけではない。彼の個人的消費や享楽や欲望そのものもそれらは社会的であることを決して止めないのである。彼は対象を自分の欲望を満たすために自分のものにし消費するが、しかしそれは社会的な彼自身を維持し再生産することでもあることを自覚しており、だからその行為そのものを社会的な物質代謝の法則に則ったもっとも合理的な形で自覚的に行うのである(このブルジョア社会における排他的な個人的消費がさまざまな浪費や無駄をともなっていることを想起せよ!)。

 A氏は、「所有関係」を単に商品所有者間の関係としてのみ抽象し、だから所有関係は商品という物象の運動に規定された人格の意思関係に他ならないという。しかしこれは所有の極めて限定された規定であろう。所有一般の規定としては不十分ではないだろうか。(2017年10月20日起筆)

 

 

2021年2月 4日 (木)

『資本論』第5篇 第27章の草稿の段落ごとの解読(27-5)

『資本論』第5篇 第27章の草稿の段落ごとの解読(最終回)

 


【11】

 [504]/327上/これまでわれわれは主として信用制度の発展{そして[505]それに含まれている資本所有の潜在的な1atent〕止揚}を,主として生産的資本に関連して考察してきた。138)いまわれわれは,利子生み資本そのもの{信用制度による利子生み資本への影響,ならびに利子生み資本がとる形態}の考察に移るが,そのさい総じて,なお若干のとくに経済学的な論評を行なわなければならない。

 138)〔E〕「いまわれわれは,利子生み資本そのもの{信用制度〔Creditwesen〕による利子生み資本への影響,ならびに利子生み資本がとる形態}の考察に移る〔Wir gehn jetzt über auf Betrachtung d.Zinstragenden Capital als solchen {d.Effekts auf es durch d.Creditwesens,wie d.Form,die es annimmt.},〕」(Creditwesensは明らかにCreditwesenの誤記である。)→ 「以下の諸章でわれわれは,信用を利子生み資本そのものとの関連のなかで考察する,すなわち信用が利子生み資本に及ぼす影響,ならびにそのさい信用がとる形態を考察する(Wir betrachten in den folgenden Kapiteln den Kredit mit Bezug auf das zinstragende Kapital als solches,sowohl seinen Effekt auf dieses wie die Form,die er hierbei annimmt;〕」 〉 (299-300頁)

 〈これまで私たちは、主として信用制度の発展、そしてそこに含まれている資本所有の潜在的な止揚を,主として生産的資本に関連して考察してきました。いま私たちは、利子生み資本そのもの、すなわち信用制度による利子生み資本への影響,ならびに利子生み資本がとる形態の考察に移りますが,そのさい総じて,なお若干のとくに経済学的な論評を行なわなければなりません。〉

 【ここでマルクスが〈これまで〉と述べているのは、エンゲルス版の第25章と第27章、つまり大谷氏の第5章(篇)全体の構成(新本第1巻20頁参照)から見た場合に〔A 信用制度〕とされている部分を指している。この部分は第25章の冒頭部分にほぼ当たる〔Ⅰ 信用制度の概要〕と第27章に該当する〔Ⅱ 信用制度の役割〕とからなっている。この全体を指すと考えられる。つまりこの一文はこの全体を締めくくり、次のエンゲルス版の第28章以下の課題を明らかにするものであり、大谷氏によって重要な一文として度々引用・紹介されてきたものである。
  つまり大谷氏の構成で〔B 信用制度下の利子生み資本(moneyed capital〕〔C 地金と為替相場。貨幣システムによる信用システムの被制約性〕とされている部分(現行版の第28章から第35章までを含む)では、これまでの多くのマルクス経済学者たちは、そこではマルクスは「信用」を論じているのだとしていたのであるが、それに対して大谷氏は、マルクス自身は〈利子生み資本そのもの〉を考察するのだと述べているのだというのである。そしてその考察の内容とは〈信用制度による利子生み資本への影響,ならびに利子生み資本がとる形態〉だというのである。
  そして〈そのさい総じて,なお若干のとくに経済学的な論評を行なわなければならない〉と述べているのは、草稿では「Ⅰ)」と項目番号が打たれている部分(現行版では第28章)であり、銀行学派の通貨と資本との区別における諸概念の混乱が批判されているわけである。
  このようにこの一文は、これまでのマルクス経済学者たちにとって常識と化していた『資本論』解釈の間違いを指摘するものとして、大谷氏によって重視され、何度も紹介されてきたわけである。そしてこうした間違った理解が一般化した一つの原因として、エンゲルスによるこの部分の勝手な書き換えにあると大谷氏は指摘している。訳者注138)はそのエンゲルスの書き換えを紹介しているが、大谷新本第1巻では次のように論じている。

  〈草稿の第5節「信用。架空資本」のうち,エンゲルス版で第27章の末尾近くのところで,マルクスは,これからなにを考察するのか,ということについて,次のように書いています。--「いまわれわれは,利子生み資本そのものの考察に移る。」
  そして,「利子生み資本そのもの」というところに,角括弧でくくって,「信用制度による利子生み資本への影響,ならびに利子生み資本がとる形態」と書いています。
  ここで,マルクスが,「利子生み資本そのものの考察に移る」という部分を,エンゲルスは,「以下の諸章でわれわれは,信用を利子生み資本そのものとの関連のなかで考察する」と書き換えました。なにを考察するのか。マルクスにあっては「利子生み資本そのもの」ですが,エンゲルスの文章では「信用」です。また,マルクスの文章では括弧にはいっている,「利子生み資本が信用制度によって受ける影響,ならびに利子生み資本がとる形態」という箇所を,エンゲルスは,「信用が利子生み資本に及ぼす影響,ならびにそのさい信用がとる形態」,と変更しました。つまり,マルクスが考察の対象を「利子生み資本」としていたのに,エンゲルスはそれを「信用」に変えたのです。エンゲルスの手入れによって,これ以降では,「利子生み資本そのもの」を信用制度との関連のなかで考察する,と言っていたマルクスの言明が,「信用」つまり信用制度を利子生み資本そのものとの関連のなかで考察する,というように,信用制度と利子生み資本との位置が完全に逆転させられてしまいました。そしてこの文章も,多くの論者によって,マルクス自身がこれ以降のところで信用制度を考察するのだと明言している箇所として,繰り返して引用されてきたのです。
  エンゲルスは,なぜ,このような文意を変えるような乱暴な手入れを行なったのでしょうか。それは,この二つのどちらの場合も,彼が,第25章以下は信用ないし信用制度を対象としているのだ,と思い込んでいて,これに合うように手を加えたのだ,ということからしか説明できないと思います。〉 (新本第1巻51-52頁、下線は大谷氏による傍点による強調)

  この抜粋は〈序章A マルクスの利子生み資本論〉から取ってきたものだが、これは大谷氏が2004年12月10日に法政大学で行った最終講義の内容である。同じ序章のなかで関連する部分を紹介しておこう。

  〈エンゲルス版の第27章にあたる部分で,ここでは,信用制度が,資本主義的生産の内部で,この生産にとってどのような役割を果たすのか,ということが明らかにされています。それは,資本主義的生産様式が信用制度を必然的に生み出すことになるさいのもろもろの契機,とりわけ,利潤率の均等化をもたらす諸資本の競争を媒介する必要と,流通時間と流通費とをどこまでも減らそうとする資本の傾向とを含んでいますが,それにとどまるものではありません。いったん成立した信用制度は,資本の蓄積と集中とを推し進めて株式資本を成立させ,資本主義的生産様式の止揚,すなわち新しい生産様式への前進を準備します。これによって,信用制度が,資本主義的生産という独自の生産様式のなかで,この生産様式にとってもっている意義が明らかにされました。……
  なお,さきほども申しましたように,エンゲルスは,マルクスのこの言明のなかの,利子生み資本と信用制度という二つのものの位置を逆転させてしまいました。信用=銀行制度は,資本の運動,つまり生産的資本や利子生み資本の運動によって,さまざまに発展させられ,あるいは形態を変えていきますが,信用=銀行制度は,それ自体として運動し,発展するような主体ではありえません。運動する主体はあくまでも資本であって,資本の運動こそが信用=銀行制度を変化させ,発展させるのです。エンゲルスの書き換えは,あたかもマルクスが,信用制度を運動する主体だと見ていたかのように,人を誤らせることになっていた,と言わなければなりません。〉 (同64-66頁)

  またこの第27章該当部分のあとに取り上げる部分(草稿では、Ⅰ)、II)、III)という項目番号が打たれている)についても次のよう述べている。

  〈ここでやらなければならないのは,さきほども言いましたように,信用制度のもとでのmonied capita1のもろもろの具体的な姿から,それらの奥に潜んでいる本質的な内的関連をつかみだして,monied capitalを「多くの規定と関連とからなる豊かな総体」として脳中に再生産することです。monied capitalのとるさまざまの姿は,生産的資本の運動から自立化し,さらに架空化して,内的関連をすっかり覆って見えないものにし,その結果,いたるところで,貨幣市場の当事者たちと経済学者たちの頭脳のなかに転倒した観念を,したがってまた概念上のありとあらゆる「混乱」を生み出しているのですから,ここでの分析は,同時にこのような転倒や混乱を徹底的に批判することでもあるわけです。monied capita1を必然的に生み出して,それを自分の運動の媒介形態にするのは,生産的資本,最も根底的には,産業資本なのですから,monied capitalの分析とは,具体的には,この資本の運動が,この資本を生み出した産業資本の運動から離れてどのように自立化し,逆に生産的資本の運動にどのように反作用するのか,そしてこのような自立化にもかかわらず,生産的資本の運動によってどのように規定され,制約されているのか,ということを明らかにすることです。産業資本の運動というのは,資本の再生産過程の進行ですし,この進行の具体的な形態は産業循環,景気循環にほかなりませんから,この分析は,monied capita1の運動を,再生産過程からこの資本が自立化しながら再生産過程によって最終的に制約される過程としてとらえることですし,それはまた同時に,産業循環の局面転換のなかでの,monied capitalの運動と生産的資本の運動との内的関連を明らかにすることでもあります。〉 (66頁)

  ただ若干の補足をすると、このようにエンゲルスがそこで「信用」が論じられていると思い込んだ責任の一旦はマルクス自身にもあると大谷氏は指摘している。マルクスはエンゲルスとの往復書簡のなかでは「あの信用の問題」等々という形で、あたかもその部分では「信用」が主題であるかのように述べていたからだというのである。

 ついでに、このエンゲルスの編集については、小林賢齋氏も違った観点から異議を唱えているので、それも紹介しておこう。

 〈現行版では,この「考察プラン」の後段の部分は,手稿とは異なって,次のように改められている。「以下の諸章では,利子生み資本そのものとの関連で信用を,即ち,その[信用の]これ[利子生み資本]への影響,並びに,それ[信用]がこの場合に受け取る形態(den Kredit mit Bezug auf das zinstragende Kapital als solches,sowohl seinen Effekt auf dieses wie die Form,die er hierbei annimt)を考察する」(MEW,Bd.25,S.457:訳,627ページ),と。したがってエンゲルスの解釈では,以下での考察の対象が,信用ないし信用制度との関連での利子生み資本そのものについてではなく,「利子生み資本との関連での信用」ないし信用制度ということとなる。またwie die Formを,sowohl…wieと改めるために,信用制度の利子生み資本への影響と信用が受け取る形態という2つの事柄を考察するものと解さなければならないこととなるであろう。しかし,そもそもマルクスは手稿の第1項の「冒頭部分」で,最初に「信用制度およびそれが創りだす信用貨幣等々のような諸用具の分析はわれわれの計画の外にある」(MEGA,S.469;MEW,S.413:訳,568ページ)と断った上で,近代的信用=銀行制度の本質を2つの側面から規定し,さらに「銀行の特殊な形態のような特殊な信用諸施設(Creditinstrumente)は,われわれの目的にとっては,これ以上考察する必要はない」(MEGA,S.475;MEW,S.417:訳,574ページ)という文言でこの「冒頭部分」を締めくくっている。だからマルクスが,この手稿「信用。架空資本」の第3項で,その第4項「Ⅰ)」以下で,「利子生み資本との関連での信用ないし信用制度」を考察するという「考察プラン」を記すことはありえないはずなのである。〉 (前掲『マルクスの「信用論」解明』377-378頁)】


【12】

 〈その前になお次のことを。--
  信用制度が過剰生産と商業での過剰取引・過度投機との主要な槓桿として現われるとすれば,それは,ただ,その性質上弾力的な再生産過程がここでは極限まで強行されるからであり,しかも,そこまで強行されるのは,社会的資本の大きな部分がその非所有者たちによって充用され,したがってこれらの人びとが,所有者自身が機能するかぎりでは自分の私的資本の制限を小心に考えながらやるのとはまったく違ったやりかたで,賭けをするriskiren〕からである。このことによって明らかとなるのは,資本主義的生産の対立的性格にもとづいて行なわれる資本の価値増殖は生産諸力の現実の自由な発展をある点までしか許さず,したがって実際には生産諸力の内在的な束縛,制限をなしているが,この束縛,制限は信用制度によって絶えず破られる,ということにほかならない。2) それゆえ信用制度は生産諸力の物質的発展と世界市場の形成とを促進するのであるが,これらのものを||328上|ある程度にまで--新たな生産様式の物質的土台として--つくりあげることは,資本主義的生産様式の歴史的任務である。同時に信用制度は,この矛盾の強力的爆発である諸恐慌を促進し,したがってまた古い生産様式の解体の諸要素を促進するのである。/

  ①〔異文〕「充用され,」← 「充用される。」
  ②〔異文〕「現実の自由な発展」← 「現実の発展」← 「発展」
  ③〔異文〕「するのであるが,」← 「する。」〉 (300-301頁)

 〈その経済学的な論評に移る前に、なお次のことを指摘しておきましょう。
  信用制度が過剰生産と商業での過剰取引・過度投機との主要な槓桿として現われるということです。というのは,その性質上弾力的な再生産過程が、信用制度においてはその弾力性の極限まで拡張され強行されるからです。しかも,そこまで強行されるのは,社会的資本の大きな部分がその非所有者たちによって充用され,したがってこれらの人びとが,所有者自身が機能するかぎりでは自分の私的資本の制限を小心に考えながらやるのとはまったく違ったやりかたで,冒険的な賭けに乗り出すからです。
  このことによって明らかとなるのは,資本主義的生産の対立的性格にもとついて行なわれる資本の価値増殖は、生産諸力の現実の自由な発展をある点までしか許さず,したがって実際には資本そのものは生産諸力の内在的な束縛,制限をなしているのですが,この束縛,制限は信用制度によって絶えず破られる,ということにほかならないのです。
  だから信用制度は生産諸力の物質的発展と世界市場の形成とを促進するのですが,これらのものをある程度にまで、つまり新たな生産様式の物質的土台として、つくりあげるまだに促進させるのです。そしてそのことこそ資本主義的生産様式の歴史的任務なのです。それはまた同時に信用制度は,この矛盾の強力的爆発である諸恐慌を促進し,したがってまた古い生産様式の解体の諸要素をも促進するのです。〉

 【ここでは信用制度の締めくくりとして、その資本主義的生産様式における意義と歴史的役割が総括的に論じられている。
  信用制度は過剰生産や過剰取引・過剰信用や投機の槓杆となるが、それは信用制度によって本質上弾力的である再生産過程が、極限まで拡張され・引き伸ばされるからである。そうしたことを可能にするのは、信用によって社会的資本がその非所有者によって充用されるからであり、彼らは自分の所有資本の場合はそうであるように小心翼々とではなく、大胆で冒険的な賭に走るからだと指摘されている。
  しかしこうしたことから明らかになるのは、資本主義的生産の制限は資本そのものであるが、信用はこうした制限を常に突破することを可能にし、より大きなより巨大な制限へと拡大していくことを意味している。
  だから信用制度は、資本主義的生産様式がそうした諸制限を乗り越えながら、ますます物質的生産諸力の発展と世界市場の形成、つまり資本主義が地球上をますます覆うように拡張していくことを促進するのであるが、そうした過程を通して、将来の新たな生産様式の物質的土台を作り出していくのである。そしてそれこそが資本主義的生産様式の歴史的任務なのである。しかし同時に、信用制度は、生産諸力と生産諸関係との矛盾の強力的爆発である諸恐慌を促し、よってまたそれによって古い生産様式の解体の諸要素を促進することでもあるのである。】


【13】

 /327下/〔原註〕2)Th.チャーマズ。〔原註「2) 」終わり〕/

  ①〔注解〕トマス・チャーマズ『経済学について……』,(MEGA IV/8,S.572ff.を見よ。)〉 (301頁)

 【これは〈資本主義的生産の対立的性格にもとづいて行なわれる資本の価値増殖は生産諸力の現実の自由な発展をある点までしか許さず,したがって実際には生産諸力の内在的な束縛,制限をなしているが,この束縛,制限は信用制度によって絶えず破られる〉という本文の一文に付けられた原注であるが、参照文献を示すだけなので、書き下しは省略した。

  注解は〈MEGA IV/8,S.572ff.を見よ〉と書かれているが、これは現在ではまだ翻訳もないし、実際上は不可能なので、他の文献を当たってみた。

 草稿集⑤では不生産階級を擁護するチャーマズの主張を次のように論じている。

  〈T・チャーマズ師は、最も狂信的なマルサス主義者の一人である。彼によれば、すべての社会的弊害にたいしては、労働階級の宗教教育以外にはなんの対策もない(彼が宗教教育と言っているのは、マルサス的人口論の、キリスト教的に美化された、坊主臭い教化的な、押しつけのことである)。同時に、彼は、国家のあらゆる濫費や浪費的支出、膨大な僧禄、および富者のばかげた浪費の、一大弁護人である。彼は、「厳格で飢餓に近い倹約」という時代精神を嘆き(〔彼の著書『経済学について』〕260ページ以下)、「高尚」で不生産的な労働者たる僧侶などが飽食するための高額の課税を欲している(同前)。もちろん彼は、スミスの区別に反対して騒ぎたてている。このことに彼はまる1章(第11章)をあてているが、それは、節約等々が「生産的労働者」を害するだけだということ以外には、なにも新しいものを含んでいない。しかも、こうした傾向は特徴的には、次の文章に要約されている。すなわち、この「区別は無価値であり、かつまた、それを適用すると害を与えるように思われる。」(同前、344頁。)〉 (草稿集⑤460頁)

  また同じような主旨にもとづいて論じている、次のような一文も重要であるので、紹介しておこう。

  〈{われわれは、使用価値が労働能力の生産費を規定する場合とか固定資本の場合のように資本の性質を規定する場合を別として、どこでも使用価値を考察していない--なぜならば、われわれは資本一般を考察しているのであって、諸資本の現実の運動すなわち競争を考察しているのではないからである。しかし、ここではついでに次のことを言っておくことができる。すなわち、剰余価値率の上昇と利潤率の減少とを伴うこのような大規模の生産は--巨大な生産を、つまり諸使用価値の消費を前提しており、したがって周期的に絶えず過剰生産に陥るのであって、この過剰生産は市場の拡大によって周期的に解消される、ということである。〔それが起こるのは、〕需要が不足するからではなく、支払能力が不足するからである。というのは、この同じ過程は、絶えずより大きな規模でのプロレタリアートを前提するのだから、必要生活手段を越えてふえてゆく需要をいちじるしくかつ累進的に制限するし、他方それと同時にこの過程は需要の範囲の不断の拡大を制約するからである。マルサスが正しく述べているように、資本家にとっては労働者の需要で十分だということはけっしてありえないのである。資本家の利潤は、まさに労働者の供給がその需要を越える超過分のうちにある。また、どんな資本家もこのことを自分自身の労働者については理解しているのであり、ただ、自分の商品を買う他の資本家の労働者について理解していないだけである。対外貿易、奢侈品生産、国家の濫費(国家支出の増大等々)--固定資本の大量の消費等々は、この〔過剰生産の〕過程を抑制する。(それだからこそ、マルサスやチャーマズ等によって冗職(ジョウショク)や国家と不生産階級との浪費が万能薬として推奨されたのである。) 依然として奇妙なのは、同じ経済学者たちが周期的な資本の過剰生産を認めながら(周期的な資本の過多は現代のすべての経済学者たちによって認められている)、周期的な商品の過剰生産を否定しているということである。まるでどんな簡単な分析であっても、この二つの現象は同じ二律背反をただ別々の形態で表現しているだけであるということを証明してはならないかのようである。}〉 (草稿集⑧159-160頁)

  これらの抜粋から推測するに、マルクスがこの原注でチャーマズを紹介しているのは、資本主義的な制限が信用によって絶えず破られるということと同じように、チャーマズのようなマルサス主義者の坊主どもは、不生産階級を擁護し、浪費や国家の濫費が資本の制限を打ち破るために必要だという主張と類似させて考えているということではないかと思われる。】


【14】

 /328上/信用制度に内在しており,また二面的である性格,すなわち,一面では,資本主義的生産様式の衝動である,他人の労働の搾取による致富を,最も純粋かつ最も巨大な詐欺システムおよび賭博システムにまで発展させるという性格,および少数者による社会的富の搾取,他面では,新たな生産様式への過渡形態をなすという性格,これらの性格は,ローからイザーク・ペレールまでの,信用制度の主要な告知者に,山師かつ予言者というこの愉快な混合性格を与えるのである。/

  ① 〔異文〕「衝動」← 「性格」
  ② 〔異文〕「過渡形態」← 「形態」〉 (301頁)

 〈信用制度には内在している二面的な性格があります。すなわち,一面では,資本主義的生産様式の衝動である,他人の労働の搾取による致富を,最も純粋かつ最も巨大な詐欺システムおよび賭博システムにまで発展させるという性格です。すなわち、少数者による社会的富の搾取です。他面では,新たな生産様式への過渡形態をなすという性格です。これらの二つの性格は,ローからイザーク・ペレールまでの,信用制度の主要な告知者に,山師かつ予言者というこの愉快な混合性格を与えるのです。〉

 【これまでにも信用制度の二面的性格については指摘されてきたが、それはより具体的な内容としてであった。例えばまずは〈株式制度を度外視〉した〈信用〉については次のように指摘されていた。

  〈生産手段は,社会的生産の発展につれて,私的生産手段であることをも私的産業の生産物であることをもやめ,それはもはや,それがアソーシエイトした生産者たちの社会的生産物であるのと同様,アソーシエイトした生産者たちの手にある生産手段,したがって彼らの社会的所有物にほかならない。ところがこの収奪は,資本主義的システムそのものの内部では,対立的に,少数者による社会的所有の取得として現われるのであり,また信用は,これらの少数者にますます純粋な山師の性格を与えるのである。〉

  そして〈株式会社〉については次のように述べていた。

  〈株式会社では機能と資本所有とが,したがってまた労働と生産手段および剰余労働の所有とが,まったく分離されている。これは資本主義的生産が最高に発展してもたらした結果であり,資本が生産者たちの所有に,といっても,もはや個々別々の生産者たちの私的所有としての所有ではなく,アソーシエイトした生産者としての生産者による所有としての所有に,直接的な社会所有としての所有に,再転化するための必然的な通過点である。それは他面では,資本所有と結びついた再生産過程上のいっさいの機能の,アソーシエイトした生産者たちのたんなる諸機能への転化,社会的諸機能への転化である。……これは,資本主義的生産様式の内部での資本主義的生産様式の止揚であり,したがってまた自分自身を止揚するような矛盾であって,この矛盾は,一見して明らかに,生産様式の新たな形態へのたんなる通過点として現われるのである。それはさらに,現象においても,このような矛盾として現われる。それはある種の諸部面では独占を成立させ,したがってまた国家の干渉を誘い出す。それは,新しい金融貴族を再生産し,企業企画屋や重役(たんなる名目だけのマネジャー)やの姿をとった新しい寄生虫一味を再生産し,株式取引や株式発行等々についての思惑と詐欺との全システムを再生産する。〉

  そして今度は第27章該当部分の草稿の締めくくりとして、〈信用制度〉全体の問題としてその二面性が論じられていると言えるであろう。

  ところでその最後の部分で

  〈これらの性格は,ローからイザーク・ペレールまでの,信用制度の主要な告知者に,山師かつ予言者というこの愉快な混合性格を与える〉

  というのであるが、ここには原注がまったく付いていない。だから調べるしかないが、ロー(1671-1729)とイザーク・ペレール(1806-1880)という二人に共通するのは、フランスで銀行を設立した銀行家であり、投機と詐欺によって破綻したということである。

  ローはその主著『貨幣および商業に関する考察 Money and Trade Considered』で〈一国の富裕のためには貨幣量を増加すべきであるが,貨幣はその職能のゆえに貨幣となるのであるから,銀よりもむしろ紙幣を流通せしめながら,兌換要求を回避しうるような体制をつくるベし〉(『資本論辞典』581-582頁))と主張し、フランスで摂政オルレアン公に用いられ,まずは1716年に個人銀行を設立、1718年には、それを国立銀行に改組し、「銀行券を発行して信用の増大と経済の活発化に一応の成功を収めた。さらに累積した国家債務(財政赤字)を解消するために,銀行と貿易会社と国家財政とを統合するシステムを案出した(これをローのシステムという)。つまり,銀行の発行した15億リーブルの銀行券をインド会社という独占的貿易会社が引き受けてこれを国家に貸し付け,政府はそれを債務の償還に当て,他方でインド会社は15億リーブルの増資新株を募集して,償還金として流出した銀行券を吸収する,という案である。19年に開始されたこのシステムは,たちまち銀行券の過剰発行によるインフレーションとインド会社株の株式投機とを招き,20年に失敗に終わったため,同年末にフランスを出奔,のちベネチアで死去した。」(『世界大百科事典』)とある。

  他方、イザーク・ペレールは、サン・シモン主義者で、フランスで兄と共同で株式投資銀行のクレディ・モビリエを創設した。ルイ・ボナパルトの庇護を受けたこともあり、マルクスは「皇帝社会主義」などと呼んでいる。「1850年代に急成長をとげ,フランス国内のみならず,スペインから東欧,ロシアに及ぶヨーロッパ大陸の広域で,鉄道および銀行を中心とする多様な業種の企業の発起に従事した。しかし,60年代に入って,ロスチャイルド商会を中心とするパリの国際的な個人銀行グループとの競争が激化するにしたがって,企業活動は投機的性向を強め,経営内容も次第に悪化した。66年恐慌で致命的な打撃を受け,翌67年には経営危機に追い込まれた。」(『世界大百科事典』)とある。

  マルクスは『ニューヨーク・デイリー・トリビューン』に、「フランスのクレディ・モビリエ」と題する1~3の論説(1856.6.21、同6.24、同7.11、全集第12巻20-30頁)と「クレディ・モビリエ」と題する2回の論説(1857.5.30、同6.1、同190-197頁)を発表している。そのなかで次のように論じている。

  〈われわれはイサーク・ペレールから次のことを教えられた。すなわち、クレディ・モビリエの秘密のひとつは、できるだけ多様な各種の企業に投資し、できるだけ短期間にそれらの企業から資本を引き揚げることによって、クレディ・モビリエの活動を多面化し、その危険を少なくするという原則である、と。そこでいま、ここからサン-シモン主義の華麗な修辞をはぎとるとすれば、この原則はなにを意味するであろうか? それは、できるだけ広範に、しかも、できるだけ多くの投機的事業の株式に応募し、プレミアムを手に入れ、できるだけ早くそれらの株式を手放すことを意味している。つまり、株式取引が産業発展の基礎になるべきであり、もっと正確にいえば、いっさいの産業企業は株式取引のたんなる口実になるべきである。ところで、クレディ・モビリエのこのような目的は、どのような手段によって達成されることになろうか? クレディ・モビリエがこのように「その活動を多面化し」、「その危険を少なくする」ことができるようにするため、どのような手段が提案されているのであろうか? それはローが用いた手段にほかならない。クレディ・モビリエは政府の保護をうけた特権会社であり、巨額の資本と信用とを自由にしているので、クレディ・モビリエによって設立された企業であればどんな新しい企業でも、その株式は最初に発行されたときから市場でプレミアムがつくことは、確実である。こうして、クレディ・モビリエは、自分の株主たちに、彼らがもっている母会社の株式の数に比例して新しい〔企業の〕株式を額面価格で割り当てるという方法を、ローから学んだ。このようにして株主に保証された利潤は、まず第一に、クレディ・モビリエ自体の株価に影響を及ぼし、他方では第二に、クレディ・モビリエの株式のこの高い相場が、発行されるべき新しい株式の高値を保証する。このような方法によって、クレディ・モピリエは産業企業への投資にあてられる貸付資本の大部分にたいする支配を手に入れたのである。〉 (全集第12巻32頁)
  〈ペレール氏が得意になってならべたてている業務にざっと目をとおしただけでも、クレディ・モビリエの投機の駆引きが必ず詐欺行為とからみあっていることが、わかってくるはずである。一方では、証券取引所の保護者としての公共的機能では、会社は公衆から金を借りて、国の株式と証券との相場をつり上げるために、その金を証券会社と個人とに貸し付ける。他方では、私企業として、会社はたえず自分の利益のために同じ有価証券の変動、つまりその騰落をあてこんで投機をしているのである。このような目的のくいちがいを表面上調整するために、詐欺と瞞着にうったえなければならない。〉 (同197頁)

  さらにそのなかでマルクスは株式会社についても次のようにも述べている。

  〈ところで、産業への株式会社の適用が現代諸国民の経済生活に新しい時代を画していることを、否定することはできない。この株式会社の適用は、一方では、それ以前には予想もされなかった結合という生産力を明るみに出し、個々の資本家の努力によってはとうてい達成しえないような規模で産業企業の創業をもたらした。そして、他方では、株式会社において結合されるのは諸個人ではなくて諸資本であるということを忘れてはならない。このようなからくりで、所有者は株主つまり投機家にされたのである。資本の集積は加速化され、その当然の帰結として、小規模な中間階級の没落が促進された。一種の産業王ともいうべきものがつくりだされるが、彼らの権力はその責任と逆比例している。--彼らは自分の保持する株式の額にたいしてだけ責任をもち、しかも会社の全資本を支配する。多数の株主は不断に構成を変え更新されているが、産業王たちはある程度恒久的な集団を構成し、会社の集合的な力と富とを自由に利用することによって、個々の反抗的な株主たちを買収することができる。この寡頭的な取締役会の下に、会社の実際の支配人や代理人からなる官僚的な機関が設けられ、その下に、なんらの中間項もなしに、膨大で日に日に増大してゆく普通の賃金労働者が存在する。--彼ら労働者の隷属と無力さとは、彼らを雇用する資本の規模が大きくなるにつれて増大するが、しかしまた彼らは、この資本の代表者の数の減少と正比例して、ますます危険になってくる。〉 (同33-34頁)

  以上、これらは紹介だけにとどめることにする。】


  さて、このあと大谷氏の著書では【補注】としてエンゲルスが、われわれのパラグラフ番号では【7】の、便宜的に8つに分けた、〔/(ⅳ)〕の最後に、エンゲルスであることを明記しながら挿入した一つのパラグラフが紹介されているが、しかし〈以上のことをマルクスが書いてから,周知のように,株式会社の二乗三乗を表わすような新たな産業経営形態が発展してきた〉云々という歴史的な事実の叙述であり、特に理論的な検討に値するものとは思えないので、その詳細な検討はやめておく。


 § 「第27章  資本主義的生産における信用の役割」の草稿の解読を終えるにあたって

  エンゲルス版「第27章 資本主義的生産における信用の役割」に相当する草稿は、全体として極めて簡潔に書かれたものである。だから全体を見渡しても、ただ内容を項目的に羅列するぐらいのことしかできない。だから最後のまとめとしては、われわれがこれまで平易な書き下しとして書いてきたものをもう一度われわれの便宜的なパラグラフ番号ごとに並べてみようと思う。それをもって全体のまとめに代えたい。

 【1】表題 〔II 信用制度の役割〕

 【2】〈信用制度について、これまで私たちが一般的に述べてきた内容は、次のようなものでした。--〉

 【3】〈(Ⅰ) 信用制度について、まず第一に指摘しなければならないのは、全資本主義的生産の基礎をなす諸資本の競争による利潤率の均等化(一般的利潤率の形成)を媒介するために,信用制度が必然的に形成されたことです。〉

 【4】〈(II) 流通費の節減。

  A) 一つの主要流通費として考えられるのは,自己価値であるかぎりでの貨幣そのものです。

  これは信用によって三つの仕方で節約されます。
   a) 商業信用が発展しますと取引の大きな部分では貨幣が全然用いられなくなります。
   b) 金属通貨または紙券通貨(銀行券)の流通が加速されることによって節約されます。
    (これは部分的には,c)で述べるべきことと一致します。すなわち,一面では加速は技術的technisch〕なものです。つまり実体的なreal〕商品流通が,あるいは事業取引の量そのものは変わらないのに,より少ない総量の銀行券が同じ役だちをするからです。このことは銀行制度の技術と関連しています。他面では,信用は商品変態の速度を速め,したがってまた貨幣流通の速度を速めます。
   c) 金貨幣が紙券で置き換えられることによって貨幣そのものが節約されます。

  B) 信用によって,流通または商品変態の,さらには資本の商品変態のさまざまの段階が速められます(したがって再生産過程一般が速められます)。{しかし他面では信用は,購買と販売という行為をかなり長いあいだ分離しておくことを許し,したがってまた投機の基礎としても役立ちます。}

  C)準備ファンドの縮小。これは二つの面から考察することができます。A)では,通貨の減少として,B)では,資本のうちの絶えず貨幣形態で存在しなければならない部分の削減としてです。〉

 【5】原注(『通貨理論論評……』から三つの抜粋)

 【6】原注(『エコノミスト』誌からの抜粋)

 【7】(ⅰ) 〈(III)信用制度について最後に述べておくべきことは、株式会社の形成についてです。これによって--

   第1に,生産規模のすさまじい拡張が生じます。そして私的諸資本では不可能なような大規模な諸企業が生まれてきます。
  同時に,従来は政府企業だったような諸企業が社会的企業会社的企業〕〔gesellschafthche Unternehmungen〕になるようになります。
   第2に,資本主義的生産そのものは、潜在的には社会的生産様式を基礎とし,生産手段や労働力の社会的集中を前提しています。それが株式会社では直接に,私的資本に対立する会社資本社会資本〕〔Gesellschaftscapital〕の形態を与えられています。
  つまり資本自身が、直接にアソーシエイトした諸個人の資本の形態を与えられているのです。
  だから,株式会社は,私企業に対立する会社企業〔社会企業〕として現われるのです。
  それは,資本主義的生産様式そのものの諸限界の内部での,私的所有としての資本の止揚なのです。
  第3に,現実に機能する資本家が(他人の資本の)たんなるマネジャーmanager〕に転化します。
  資本の所有者はたんなる所有者,たんなる貨幣資本家moneyed capitalists〕に転化します。〉

 (ⅱ) 〈株式の所有者たちが受けとる配当が、利子と企業利得とに,すなわち総利潤に等しい場合でもこの総利潤は,もはや利子の形態で,すなわち資本所有のたんなる報酬Vergütung〕として,受け取られるにすぎないのです。
 この資本所有が現実の再生産過程での機能から分離されることは,マネジャーの機能が資本所有から分離されるのとまったく同様なのです。
 ここで配当が総利潤に等しいというのは、本来的には総利潤のうち利子を越える超過分として観念される企業利得が、自立化してマネジャーの賃金となると、それは一種の熟練労働のたんなる賃金であるか,またはそうなるはずのものであって,どの種類の労働とも同様に,労働市場でしかるべき水準に落ちつくからです。だから配当(利子)はこの場合、総利潤に等しいものになるのです。
 こうして,配当として総利潤が資本所有のたんる報酬として受け取られるようになると、もともと貨幣資本家が機能資本家に剰余価値を得るという機能的な使用価値を持つ、貨幣資本を貸し出し、委ねる見返りとして、正当に取得していた利子という形態も、いまではその機能資本家そのものが、単なるマネージャーという一労働者となり、よって彼らの利潤の取り分であった企業利得も、労働監督賃金という単なる賃金になってしまったので、株主たちの取得する配当は、純粋に他人の剰余労働の取得というむき出しの姿をとり、その正当化の一片も消えてしまうことになるのです。
 そしてこうした"不正義な"取得を生み出しているのは、生産手段が資本に転化することから,すなわち,生産手段が,マネジャーから最下級の賃労働者にいたるまでのすべてを含む現実の生産者にたいして、他人の所有として疎外され,対立することから生じていることが明らかになるのです。
 だから必要なのはその資本所有をやめさせ、すでに社会的生産になっているものをそのものとして承認するだけであることが簡単明瞭になっているのです。〉

 (ⅲ) 〈株式会社では利子生み資本において生まれてくる資本の機能と所有とがまったく分離されて現われてきます。だからまた現実の生産過程における労働と生産手段と剰余労働の所有とが,まったく分離されているのです。
 これは資本主義的生産が最高に発展してもたらした結果であり,資本が生産者たちの所有に,といっても,もはや個々別々の生産者たちの私的所有としての所有ではなく,アソーシエイトした生産者としての生産者による所有としての所有に,つまり直接的な社会所有としての所有に,再転化するための必然的な通過点なのです。
 それは他面では,資本所有と結びついた再生産過程上のいっさいの機能の,アソーシエイトした生産者たちのたんなる諸機能への転化,社会的諸機能への転化でもあるのです。〉

 (ⅳ) 〈--さらに先に進む前に,次のような経済学的に重要な点を注意しておかなければなりません。すなわち,利潤はここでは純粋に利子という形態をとるのですから,このような株式会社企業は,それらがたんなる利子しかもたらさないような場合にも生産が可能になるということです。
 そしてこれは,一般的利潤率の低下を阻止する原因の一つなのです。というのは,社会的に結合した資本である株式会社では、不変資本が可変資本にたいしておそろしく大きな割合をなしているので、これらの企業は,必ずしも一般的利潤率の均等化に参加しないからです。--〉

  (ⅴ) 〈株式会社では、資本所有と結びついた再生産過程上のいっさいの機能が、アソシエートした生産者たちのたんなる諸機能、社会的諸機能に転化しています。
 このことは、資本主義的生産様式の内部では資本主義的生産様式が止揚されているということです。
 だからまたそれは資本主義的生産様式が自分自身を止揚するような矛盾であって,この矛盾は,一見して明らかに,生産様式の新たな形態へのたんなる通過点として現われるのです。
 そしてそれはさらに現象においてもこのような矛盾として現われます。
 それはある種の諸部面では独占を成立させ,したがってまた国家の干渉を誘い出します。
 それは,新しい金融貴族を再生産し,企業企画屋や重役、つまりたんなる名目だけのマネジャーやの姿をとった新しい寄生虫一味を再生産し,株式取引や株式発行等々についての思惑と詐欺との全システムを再生産するのです。
 それはまさに私的所有によるコントロールのない私的生産から生み出てくる矛盾なのです。〉

 (ⅵ) 〈株式制度は資本主義的システムそのものの基礎の上での資本主義的私的産業の一つの止揚であって,それが拡大してますます新たな生産部面をとらえていくのにつれて私的産業をなくして行きます。
 しかしこのような株式制度を度外視しても、信用は,個々の資本家または資本家とみなされている人たちに,他人の資本他人の所有の、よってまた他人の労働の、相対的にではあるが、絶対的な処分権を与えるのです。自分の資本のではなくて社会的な資本の処分権は,彼に社会的労働の処分権を与えるのです。
 資本そのものまたは、「資本とみなされているもの」は,もはや信用という上部建築のための土台になるだけになります。そしてこのことは,国富の大部分がその手を通る卸売業にはとくによくあてはまります。
 「労働こそが所有をもらたす」とか「節約は美徳である」というようないっさいの規範が,また,多少とも資本主義的生産様式の内部でまだ正当とされてきたもろもろの弁明理由が,ここではなくなってしまいます。彼が一儲けするために賭けるものは,彼の所有ではなく、社会的所有なのです。
 だからまた同様に,節約という文句もばかげたものになります。というのは,他人が彼のために節約しなければならないのだからです。また彼の贅沢三昧が節欲という文句をあざ笑います。資本主義的生産のより未発展な段階ではまだなにか意味のある諸観念が,ここではまったく無意味になるのです。
 成功も失敗も,ここでは同時に集中に帰し,したがってまた法外きわまりない規模での収奪に帰します。収奪はここでは直接生産者だけではなく、小中の資本家そのものにまで及びます。
 この収奪は資本主義的生産様式の出発点であり,この収奪の実行はこの生産様式の目標であり,まさに最後には,すべての個々人からの生産手段の収奪に終わるし、終わらなければならないものです。
 生産手段は,社会的生産の発展につれて,私的生産手段であることをも私的産業の生産物であることをもやめ,それはもはや,それがアソーシエイトした生産者たちの社会的生産物であるのと同様,アソーシエイトした生産者たちの手にある生産手段,したがって彼らの社会的所有物にほかならないことを示しています。
 しかしこの収奪は,資本主義的システムそのものの内部では,対立的に,少数者による社会的所有の独占として現われるのであり,また信用は,これらの少数者にますます純粋な山師の性格を与えるのです。〉

  (ⅶ) 〈そして株式会社では、所有は株式のかたちで存在するのですから,株式の運動そのもの,つまりその移転は取引所投機のまったくの結果となるのです。だからそこでは小魚は鮫に呑み込まれ,羊は狼男に呑み込まれてしまいます。
 株式制度のうちには,すでに,この形態にたいする対立物がありますが,しかし株式制度それ自身は,資本主義的な制限の内部で,社会的な富と私的な富という富の性格のあいだの対立を新たにつくりあげるのです。〉

  (ⅷ) 〈労働者たち自身の協同組合工場は,資本主義的生産様式の内部では,資本主義的生産様式の最初の突破といえます。
 といっても,もちろん,それはどこでもその現実の組織では資本主義的生産のあらゆる欠陥を再生産しているし,また再生産せざるをえないのですが。
  しかし,資本と労働との対立は少なくともこの協同組合工場の内部では止揚されています。たとえ,はじめはただ,アソシエーションとしては労働者たちがただ自分たち自身の資本家であるという形態を,だから生産手段を自分たち自身の労働の価値増殖のために用いるという形態によってでしかないのですが。
 しかし労働者の協同組合工場が示しているのは,資本主義的生産様式は,その物質的生産諸力とそれに対応する社会的生産諸形態とのある発展段階では,将来の新たな社会的生産様式の萌芽を,自分自身の内部に自然的に形成させてくるのだ,ということです。
  協同組合工場は,資本主義的生産様式から生まれる工場システムがなければ発展できなかったし,また資本主義的生産様式から生じてくる信用システムがなくてもやはり発展できなかったのです。
 信用システムは,資本主義的私的企業がだんだん資本主義的株式会社に転化していくための主要な土台をなしているのですが,それはまた,多かれ少なかれ国民的な規模で協同組合企業がだんだん拡張していくための手段をも提供するのです。
  資本主義的株式企業も,協同組合工場と同様に,資本主義的生産様式からアソーシエイトした生産様式への過渡形態とみなしてよいのであって,ただ,一方では対立が消極的に,他方では積極的に止揚されているのです。〉

 【8】原注1)(『タイムズ』紙上の破産リスト参照指示)

 【9】原注1)の続き(トゥク『通貨原理の研究』からの二つの抜粋)

 【10】原注1)の最後の部分(『エコノミスト』誌からの抜粋)

 【11】〈これまで私たちは、主として信用制度の発展、そしてそこに含まれている資本所有の潜在的な止揚を,主として生産的資本に関連して考察してきました。いま私たちは、利子生み資本そのもの、すなわち信用制度による利子生み資本への影響,ならびに利子生み資本がとる形態の考察に移りますが,そのさい総じて,なお若干のとくに経済学的な論評を行なわなければなりません。〉

 【12】〈その経済学的な論評に移る前に、なお次のことを指摘しておきましょう。
  信用制度が過剰生産と商業での過剰取引・過度投機との主要な槓桿として現われるということです。というのは,その性質上弾力的な再生産過程が、信用制度においてはその弾力性の極限まで拡張され強行されるからです。しかも,そこまで強行されるのは,社会的資本の大きな部分がその非所有者たちによって充用され,したがってこれらの人びとが,所有者自身が機能するかぎりでは自分の私的資本の制限を小心に考えながらやるのとはまったく違ったやりかたで,冒険的な賭けに乗り出すからです。
  このことによって明らかとなるのは,資本主義的生産の対立的性格にもとづいて行なわれる資本の価値増殖は、生産諸力の現実の自由な発展をある点までしか許さず,したがって実際には資本そのものは生産諸力の内在的な束縛,制限をなしているのですが,この束縛,制限は信用制度によって絶えず破られる,ということにほかならないのです。
  だから信用制度は生産諸力の物質的発展と世界市場の形成とを促進するのですが,これらのものをある程度にまで、つまり新たな生産様式の物質的土台として、つくりあげるまでに促進させるということです。そしてそのことこそ資本主義的生産様式の歴史的任務なのです。
 それはまた同時に信用制度は,この矛盾の強力的爆発である諸恐慌を促進し,したがってまた古い生産様式の解体の諸要素をも促進するのです。〉

 【13】原注2)(チャーマズ)

 【14】〈信用制度には内在している二面的な性格があります。
 すなわち,一面では,資本主義的生産様式の衝動である,他人の労働の搾取による致富を,最も純粋かつ最も巨大な詐欺システムおよび賭博システムにまで発展させるという性格です。すなわち、少数者による社会的富の搾取です。
 他面では,新たな生産様式への過渡形態をなすという性格です。
 これらの二つの性格は,ローからイザーク・ペレールまでの,信用制度の主要な告知者に,山師かつ予言者というこの愉快な混合性格を与えるのです。〉

 以上である。

 

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 【お断り】

  この「第5篇(章)草稿の段落ごとの解読」は、一旦、ここで打ち切りたいと思います。

  というのは、大谷禎之介著『マルクスの利子生み資本論』第3巻の私のノートがどうした手違いか、失われてしまったからです(2016年の6月初めごろ私のパソコンが壊れ、買い換えるというアクシデントがありましたが、それが原因かは分かりません)。第4巻のノートは残っていますから、それを先にやるということも考えましたが、やはり第5篇(章)の中心的内容をなす、現行版の第30-32章部分の草稿の解読を飛ばすことは無念なので、とにかく何年かかるか分かりませんが、もう一度、第3巻のノートを一から取り直すことにしました。それが終わった段階で、まだそれをやる体力と気力が残っていれば、エンゲルス版第28章の草稿の解読から--これはすでに一度やっていますが--再開したいと思っています。悪しからずご了承ください。

 

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