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2020年1月

2020年1月21日 (火)

『資本論』第5篇第24章「利子生み資本の形態での剰余価値および資本関係一般の外面化」の草稿の段落ごとの解読(24-5)

『資本論』第5篇第24章「利子生み資本の形態での剰余価値および資本関係一般の外面化」の草稿の段落ごとの解読(続き)

 

【12】

 〈/314上/①②③114)資本とは,永続し116)増大する価値としてのその生来の質--スコラ学の隠れた質--によって自分自身を再生産する価値である,という観念は,錬金術師たちの空想も遠く及ばない作り話的なドクター・プライスの思いつきを生みださせたが,その思いつきをピットは本気で信用して,減債基金に関する彼の法律のなかで彼の120)財政の支柱にした。

 ①〔注解〕ここから,草稿315ページの終わり〔本書本巻357ページ1行目〕までは,変更を加えて,カール・マルクス『経済学批判(1861-1863年草稿)』(MEGA II/3.5,S.1746.12-1749.39)から取られている。
 ②〔注解〕複利についてのプライスの見解の以下の評価はすでに『経済学批判要綱』のなかにある(MEGA II/1.2,S.707.3-35を見よ)。マルクスはそこからこの部分を『1861-1863年草稿』のノートXVIIIに取った(MEGA II/3 .5,S,1746-1747を見よ)。
  ③〔注解〕国家の負債の増大に対応するために,イギリスの首相ウィリアム・ピット(小ピット)は,1786年にいわゆる国債償却基金(sinking fund)を導入した。年々の国家収入の一定額が国債証書の償還に充てられた。しかし,フランスとの戦争(1793-1802年)のあいだに,国債は,さまざまな国に支出される補助金や貸付のためにさらに増加した。それは銀行の為替相場を悪化させ,1797年には,イングランド銀行を銀行券回収義務から解除する法律が制定された。--マルクスは,ピットの国債償却基金について『ニューヨーク・デイリ・トリビュン』,1856年5月7日付の5318号に掲載された論文『ディズレイリ氏の予算』のなかで詳細に論じている。

  114)ここから,本書本巻357ページ1行目までは,『1861-1863年草稿』のノートXVIIIの最初のところに書かれた部分(草稿1066-1068ページ,MEGA II/3.5,S.1746-1749。編集者によって「複利」という表題がつけられている)とほぼ一致している。以下の注記ではその部分との相違も記載しておく。この部分の最初にあるプライスについての記述に,MEGAは次のような「注解」をつけている。「マルクスは,ノートXIVで複利を論じたさいに,「プライスの幻想には,収入とその諸源泉とに関する項目〔Abschnitt〕のなかで立ち返ること」と書いている(〔MEGA II/3.4,〕1372ページを見よ)。ここではじめて,彼はそれに立ち返っており,『要綱』(MEGA II/1.2,S.707)から,わずかな言葉上の変更を加えて,複利についてのプライスの見解の自分の評価を取り入れている。」(MEGA II/3.4,S,3026.)じっさい,本書本巻347ページ16行目までは,『要綱』のその箇所に,ほとんどそのままのかたちで見ることができる。なお『1861-1863年草稿』では,冒頭に「複利に関する事柄についてはさらに次のことを--」と書かれている。
  116)『1861-1863年草稿』ではここに「年々」と書かれている。
  120)「財政〔Finanzwirthschaft〕」--『要綱』でも,『1861-1863年草稿』でも,「財政の知恵〔Finanzweisheit〕」となっていた。もしかすると,本草稿に転記するさい,『1861-1863年草稿』のweisheitをwirthschaftと読み誤ったのかもしれない。〉 (342-343頁)

 〈資本とは、永続し増大する価値としてのその生来の質--つまりスコラ学者のいう隠れた質--によって自分自身を再生産する価値である、という観念は、錬金術師たちの空想も遠く及ばない作り話的なドクター・プライスの思いつきを生み出させましたが、その思いつきをピットは本気で信用して、減債基金に関する彼の法律のなかで彼の財政の支柱にしたのでした。〉

 【ルターに変わって、ここからは、自己増殖する価値という資本の幻想から、複利計算によって天文学的な増殖をもらたすと主張したドクター・プライスの思いつきが取り上げられている。ここに出てくる〈減債基金〉というのは、後にピットの減債基金が具体的に問題にされるなかで、その詳細については紹介するが、ここではまずは一般的な説明を紹介しておこう。インターネットでは次のような説明があった。

  〈債券の償還にそなえて,債券を発行しているうちから一定の金額を積立てるもの。……一般には公債を毎年確実に償還するための基金としての国債整理基金特別会計がある。毎年度一般会計および特別会計からこの特別会計へ一定額の資金を繰入れ,それをもとにして国債の償還,利払い,その他経費をまかなっている。 〉 (ブリタニカ国際大百科事典)

  つまり国債の発行額から一定額を将来の償還のために積み立てる基金ということらしい。マルクスは後に紹介するニューヨーク・デイリー・トリビューンの記事「ディズレーリ氏の予算」のなかで〈ディズレーリ氏の予算の重大な特徴は、人為的な減債基金の操作を中止することにある。この減債基金は、ロシアとの戦争のとき生じた負債にさいして、サー・コーンウォル・ルイスがふたたび採用したたいへんな財政上のごまかしである。生粋のイギリスの減債基金は、一世代全体の知力を朦朧(モウロウ)とさせ、また次の世代でもその核心を見ぬくことができないような奇怪なまやかしのひとつである。1771年にリチャード・プライス博士は『据置支払についての考察』のなかで、複利と減債基金との秘密をはじめて世間に明らかにした〉(全集第12巻425-426頁)と述べている。ディズレーリ自身は、財政上のごまかしである減債基金を中止したらしいのだが、この記事のなかでマルクスはプライスの幻想について紹介しているのである。これはマルクス自身がこの草稿のなかでも引用しているものなので、後に紹介するが、そのプライスからの紹介に続けて、マルクスは次のようにそれを批判している。

  〈この空想的な計画は、公債支払の資金をつくるために二週間だけ飲食を控えることをスペイン全国民に提案したという、セルバンテスの小説のひとつに出てくるばか者の財政計画よりはどちらかといえばまずいものだが、それでもピットの空想力を魅了した。彼が、1786年に500万ポンドという一定額を割り当てて、毎年「まちがいなく」この目的に支払われるべき減債基金をつくったのは、明らかにこれ〔プライスの計画〕を基礎とするものであった。この制度は、1825年に下院で国の真正の〔bons fide〕歳入剰余金だけを国債の支払に充当するという決議が通過した時まで維持された。この奇妙な減債基金のために公債制度全体が大混乱に陥ってしまった。必要からなされた借入れと気ばらしのためになされた借入れ、負債を増大させることになる借入れと負債の支払にあてる借入れとの区別は、まったくごちゃごちゃになってしまった。利子と複利、負債と償還がはてしなくつづいて、人々の目の前を通りすぎ、コンソル公債と公債証書、債券と国庫証券、利子のない資本と資本のない利子と、走馬灯のようにつぎからつぎと出てくるので、どんなに理解力の確かな人間でも、まごついてしまうほどだった。プライス博士の原理は、国家は金を単利で借りて複利でふやせ、ということにあった。連合王国は、実際には10億ポンドの負債をつくったが、名目上はそのうちおよそ6億ポンドを受け取っただけで、右の額のうち3億9000万ポンドは、負債の支払にではなく減債基金の維持にあてられた。証券業者と投機業者の黄金時代を画するこのすばらしい制度を、パーマストン内閣の大蔵大臣は、もう一度ジョン・プルの肩に背負わせようと企てたが、ディズレーリ氏はそれにとどめの一撃〔coup de giâce〕をあたえたのだ。〉 (同426-427頁)

  ここでマルクスは〈1786年に500万ポンドという一定額を割り当てて、毎年「まちがいなく」この目的に支払われるべき減債基金をつくった〉と述べているのであるが、しかしこれは必ずしも正確ではないようである。例えば『イギリス減債基金制度の研究』(仙田佐千夫、法律文化社1998.3.10)には次のような説明がある。

 〈1786年5月に設立された減債基金いわゆる「ピットの減債基金」は,年々100万ポンドの繰入金を経常収入から捻出し,これを公債償還委員会に委ねるものである。委員会はこの資金をもって,適切と判断した市場価格で公債を買い戻す。これによって節約される利子すなわち解放利子は,都度,償還原資に加えられ,複利での累積が予定される。この原資には,さらに各種年金の解放資金や管理費の節約分も繰入れられる。しかし,原資の膨張には一定の制限が付けられる。原資が400万ポンドの水準に達したとき,この操作は終了する。〉(100頁)

  だから毎年500万ポンドを減債基金に割り当てたというのは事実ではないように思える。プライスの減債基金のプランについても、具体的数値を入れたものについて、仙田氏は次のように紹介している。

  〈年々20万ポンドを繰入れる定額制減債基金を想定する。償還対象を5%債とする。第1の方法によれば,第1年目には20万ポンドの公債が償還され,1万ポンドの利子が解放される。この解放利子1万ポンドは償還原資に加算され,第2年目の原資は21万ポンドとなる。これによって解放される利子は10,500ポンドとなり,両年を通じては20,500ポンドとなる。これが第3年目の原資に加えられて220,500ポンドとなり,これによって解放される利子は11,O25ポンドとなる。ここまでの解放利子合計は31,525ポンド。第4年目にはこれが加算されて原資は231,525ポンドとなり,これによる解放利子は11,576ポンド5シリング。解放利子合計は43,105ポンド5シリングとなる。
  このように償還原資は解放利子合計と合体されて年々加速度的に増大する。第14年目の始め,原資はすでに395,986ポンドとなり,解放利子合計は195,986ポンドとなる。さらに,第86年目のはじめには,償還原資はじつに13,283,414ポンドとなり,この年度までの解放利子合計は13,083,414ポンドとなる。両々あいまってこの年度だけでも26,366,828ポンドの償還が可能となる。そして,この年度までに総計約2億6,200万ポンドの償還を完了することになる。それゆえ,もし初年度以降,年々300万ポンドの新規債が同時的に発行されたとしても,第86年目の総計は2億5,800万ポンドであるから,償還能力の方が明らかに上回っている。〉(76-77頁)

  ここに〈解放利子〉なる用語が出てくるが、それは次のようなものである。

  〈解放利子とは,償還によって本来ならば財政負担の軽減に資する利子部分のことであるが,財政負担はそのままに継続して,原資に加算するものである。この解放利子には当該公債に係わる管理費の解放分も付加されている。たとえば,1788年の「解放利子・管理費」31,959ポンドは,前年度の購入・償還高662,750ポンドの3%解放利子19,882ポンドと解放管理費12,077ポンドの合計である。同じく1789年度の74,340ポンドは,前年度までの償還高合計2,119,650ポンドに係わる解放利子63,589ポンドと解放管理費10,751ポンドの合計である。
  数字でみるかぎり,償還原資は年々増加の傾向をたどり,残高削減の明瞭な成果を看取することができる。〉(116-117頁)

  償還された国債は廃棄されるのではなく、公債償還委員会が保有することになる。だからその利子は委員会に支払われることになり、それを基金の原資に追加するということである。

  いずれにせよ、ピットの減債基金については、後にも論じる必要があると思うので、ここではマルクスが40年ほど続いたピットの減債基金によってイギリスの公債制度全体が大混乱に陥ったと指摘していることを確認するだけにとどめよう。

  ところで、MEGAの注解①によれば、これ以下の部分(われわれのパラグラフ番号では【30】パラグラフまで)は、61-63草稿からそのまま採用されたもののようである。また大谷氏も訳注114)で、同様の指摘を行い、61-63草稿にあるMEGAの注解の内容を紹介している。そこには〈「マルクスは,ノートXIVで複利を論じたさいに,「プライスの幻想には,収入とその諸源泉とに関する項目〔Abschnitt〕のなかで立ち返ること」と書いている(〔MEGA II/3.4,〕1372ページを見よ)。〉とのことである。そこでその部分を見てみると次のようなものになっている。

  〈資本の量が増加する場合に、もし資本の価値--すなわち資本の利子、すなわち資本が支配し取得する剰余労働が減少しないならば、複利は--幾何級数的に増加するであろう。そして、これは、貨幣で計算すれば(プライスを見よ)不可能な蓄積(蓄積の率)を前提するのとまったく同様に、その真の要索に分解されれば、労働を、単に剰余労働だけではなく、必要労働をも、資本に「帰属するべき」ものとして飲みこむことになるであろう。(プライスの幻想には収入とその諸源泉とに関する篇(アプシュニット)のなかで立ち返ること。)〉 (草稿集⑦291頁)

  マルクスは『経済学批判要綱』の段階から、プライスの複利の幻想について注目しているが、それは資本が自己増殖する価値としての特質をそれ自身のなかに持っている(生え込んでいる)という幻想をもっとも典型的に示すものだと考えたからであろう。と同時に、それが労働者の剰余労働のみならず必要労働までをも資本に「帰属する」ものとして飲み込もうという資本の飽くなき本性をも示すものだと考えたからのようである。ここで〈で立ち返る〉としたのを、注解は、〈ここではじめて,彼はそれに立ち返っており,『要綱』(MEGA II/1.2,S.707)から,わずかな言葉上の変更を加えて,複利についてのプライスの見解の自分の評価を取り入れている。」(MEGA II/3.4,S,3026.)〉と指摘している。つまり61-63草稿にあるものも、実は『要綱』にあるものをそのまま採用したものだというのである。だからわれわれはまず『要綱』にある該当部分から見ていくことにしよう。

 〈資本とは、自己自身を再生産するような本質--生来の質によって永続し[自己]増殖するような価値--であるという観念は、プライス博士の、もろもろの途方もない思いつきをもたらしたのだが、これらの思いつきは錬金術師たちの幻想をはるかに凌駕するものであって、ピットはそれらを本気で信じ込み、減償基金に関する彼の諸法律(ローダデイルを見よ)のなかで彼の財政的知恵の支柱としたのであった。以下は、この男〔プライス〕からの若干の適切な抜粋である。〉  (草稿集②734頁)

  これが61-63草稿では次のようになる。

  〈資本とは--多年存続し年々増大する価値としてのその固有の資質によって--自分自身を再生産する存在であるという観念は、錬金術師たちの空想も遠く及ばない作り話的なドクター・プライスの思いつきまで生みだしてきた。その思いつきをピットは本気で信用して、国債償却基金〔sinking fund〕に関する彼の諸法律のなかで彼の財政論の支柱にしたのである。〉  (草稿集⑧329頁)

  そしてそれが今回の『資本論』の草稿の本文になったわけである。ほぼ内容的には変わらないものになっている。しかしほぼ同じような文言を何度も書き写したところに、マルクスのピットの空想に対する思い入れが現われているのかも知れない。
  なお『要綱』では〈ローダデイル〉について、次のような注解をつけている。

  〈マルクスは、1845年のブリュッセル抜粋ノートの一冊で、ローダデイルの著書『公共的富の性質と起源……に関する研究』、パリ、1808年、の仏訳から、詳細な抜粋を行なった。とくに詳しい抜粋(抜粋ノートの13ページ)がなされているのは、同書の173-205ページ、であって、そこでは、イギリスの首相ウィリアム・ピット(小ピット)の国債償還基金の形成のための措置(1786年および1792年)が批判的に扱われている。この措置は、このあとの本文で取り上げられている、リチャド・プライス博士の複利計算を基礎としているものである。〉  (草稿集②734頁)

  なお今回のMEGAの注解③はほぼ61-63草稿にある注解(1)(草稿集⑧329頁)をそのまま書き写したものであるが(若干違うところもある)、草稿集の注解には〈マルクスは,ピットの国債償却基金について『ニューヨーク・デイリ・トリビュン』,1856年5月7日付の5318号に掲載された論文『ディズレイリ氏の予算』のなかで詳細に論じている。〉という部分には、この記事が掲載されている〈〔『全集』第12巻、445-449ページ〕〉という補足説明がつけ加わっている。】


【13】

 「複利を生む貨幣ははじめはゆっくり増えていく。しかし,増える率はだんだん速くなっていくので,ある期間がたてば,どんな想像力でもあざ笑うような速さになる。われわれの救世主が生まれたときに5%の複利で貸し出された1ペニーは,いままでに,すべて純金から成っている1億5千万個の地球に含まれているよりももっと大きな額に増大しているであろう。しかし,単利で貸し出されたとすれば,同じ期間にたった7シリング4[1/4]ペンスにしか増えていないであろう。今日までわが国の政府は,これらの方法のうちの前者よりも後者によって貨幣を利用する〔improve money〕ことを選んできたのである。」b)/

  ①〔注解〕「含まれている」--草稿では「得られている〔obtained〕」と書かれているが,プライスでは「含まれている〔contained〕」となっている。〔『要綱』でも『1861-1863年草稿』でもcontainedとなっている。明らかにマルクスの誤記なので,テキストを訂正しておく。エンゲルス版も「含まれている〔enthalten〕」としている。〕〉 (343-344頁)

 【これ自体はプライスの著書からの抜粋だけなので、平易な書き下しは省略した。計算上だけなら、複利にすれば天文学的な数値にまで加速度的に増加するということである。61-63草稿も引用文としてはまったく同じであるが、原注で触れている内容が少し加わっている。『要綱』もプライスの著書からの引用部分はまったく同じである。そして61-63草稿にも引き継がれるものがすでに『要綱』においても書かれている。61-63草稿ではそれにさらに書き加えが追加され、それが今回の『資本論』の草稿では、そのまま引き継がれているわけである。われわれはとりあえず、後のパラグラフ(【15】、【16】、【17】、【18】)で取り上げられている部分も含めて、『要綱』の関連する部分をすべて抜粋しておくことにしよう。そうすれば、それが61-63草稿ではどのように引き継がれ、またそれが今回の『資本論』の草稿ではどうなっているか、その推移が分かるであろう。

  〈「復利を生む貨幣ははじめはゆっくりと増大する。しかし、増大の率が継続的に加速されるので、それはいつかはあらゆる想像力をもあざ笑うような速さになる。1ペニーが、われわれの救世主が生まれたときに5%の複利で貸し出されていたなら、それはいままでに、すぺて純金から成っている1億5000万個の地球に含まれているよりも大きな額に増大していたことであろう。しかし、単利で貸し出されていたのなら、それは同じ期間に、7シリング4[1/2]ペンスにしかなっていなかったであろう。今日までわが国の政府は、これらの方法のうちの前者よりも後者のしかたで貨幣を利用することを選んできたのである。」(リチャド・プライス『国債問題について公衆に訴える』、第2版、ロンドン、1772年、18、19〔ぺージ〕。)(彼の機知はこうである。--政府は単利で借り、借りた貨幣を複利で貸し出すべきだ。)その著『生残年金……に関する考察』、ロンドン、1772年、のなかで、彼はもっと空高く飛んでいる。--「われわれの救世主が生まれたときに6%の複利で貸し出された1シリングは、……太陽系全体を、土星の軌道がもつのと同じ直径をもつ一つの球にした場合に包含できるであろうよりも、もっと多くの金額に増大していたであろう。」(同前、XIII-XIVページ、注。)「だから国家がどんな困難に陥る必要もないのである。というのは、国家は、最小の貯蓄で最大の債務を、国家の利益が要求しうるかぎりのわずかの期間で皆済できるのだからである。」(XIII-XIVぺージ。)けなげなプライスは、幾何級数から生じる巨大な量に簡単に眩惑されてしまった。彼は資本を、労働の再生産の諸条件を顧慮することなく、自動的に動くもの、自分自身を増大させるたんなる数とみなしたので、資本の増大の法則を、かの(上述を見よ)定式のなかに発見したと信じることができたのである。ピットは、1792年に、減債基金にあてる金額の増額を提案した演説のなかで、プライス博士のまやかし(S=C(1+i)n乗)をすっかり真に受けている。〉  (草稿集②734-735頁)

  同じ部分の引用は、先に紹介した『ニューヨーク・デイリ・トリビューン』,1856年5月7日付の5318号に掲載された論文「ディズレイリ氏の予算」のなかも出てくる。記事ではそれ以外にも引用が続けられているので、それもついでに紹介しておこう。

  〈彼(プライス--引用者)は言う。
  「複利を生む貨幣は、はじめは徐々に増加する。だが、その増加率はたえず加速されるから、ある期間後にはあらゆる想像を絶するほどの速度に達する。キリスト降誕のとき1ペニーが5分の複利で貸し出されたとすれば、それは今日ではすでに、金無垢でできた1億5000万個の地球のなかにふくまれるよりも大きな金額にまで増加しているだろう。だが、この1ペニーが単利で貸し出されたとすれば、同じ期間に7シリング4ペンス半にしかなっていないであろう。今日までわが政府は、第一の方法よりむしろ第二の方法を選んで、金を活用してきた。」「国家はけっして困ることはない。というのは、国家は、貯蓄がどんなに少額でも、国家の利益が要求する短期間内にどんな多額の負債でも支払うことができるからである。この計画によれば、国家が払わなければならない利子がどれほどかということはとるにたりないことである。なぜなら、利子が高ければ高いほど、それだけ早くかような基金によって元金を支払うことができるからである。」
  そこで、プライスは次のような提案をした。すなわち、「毎年ある金額を積み立て、それを、これによって償還されるすべての金額の利子といっしょにして、公債の返済に必ず充当すること、言いかえれば、減債基金を設定すること。」〉 (全集第12巻426頁)

  この後に、先に紹介したマルクスの批判が続くのである。】


【14】

 /314下/〔原注〕b)リチャド・プライス国債問題について公衆に訴える』,ロンドン,1772年,第2版122)彼の素朴な機知はこうである,--「要は,貨幣を単利で借りて,複利で利用することだ。〔It is borrowing money at simple interest,in order to improve it at compound interest.〕」(R.ハミルトン大ブリテンの国債の起源と発達云々に関する研究』,第2版,エディンバラ,1814年,133ページ。)これによれば,およそ借金は私人にとっても最も確実な致富手段であろう。しかし,もし私がたとえば100ポンド・スターリングを年利5%で借りるとすれば,私は年末には5%を支払わなければならないのであって,かりにこの借りが1億年続くとしても,そのあいだ私は毎年末にはいつでもただ100ポンド・スターリングだけしか貸すことができないのであり,やはり毎年末には5%を支払わなければならないのである。このやり方では,私はいつまでたっても100ポンド・スターリングを借りることによって105ポンド・スターリングを貸すことができるようにはならない。しかも,いったいなにからこの5%を支払うのか? 借金によってであり,あるいはもし国家なら,租税によってである。しかし,産業資本家が借りる場合には,彼は,利潤がたとえば15%ならば,5%を利子として支払い,5%を食い尽くし--といっても彼の食い物の質は収入につれて成長するのであるが--,5%を資本化しなければならない。だから,つねに5%の利子を支払っていくためにも,すでに15%の利潤が前提されているのである。もしこの過程が続けば,可変資本が不変資本に対立して減少し,したがって利潤が下落するがゆえに,利潤率は,たとえば15%から10%に下がる。ところが,プライスは,5%の利子が15%の利潤率を前提することをすっかり忘れてしまって,この利潤率が資本の蓄積といっしょに続くものとしているのである。貨幣が複利で還流するためには,彼は現実の蓄積過程にはまったくなんの関係もないのであって,ただ貨幣を貸し出すことにだけ関係があるのである。どこから,ということは,彼にとってはまったくどうでもよい。というのは,このことは利子生み資本の生来の質なのだからである。〔原注b)終わり〕/

  ①〔異文〕「の利子」--書き加えられている。

  122)「彼の素朴な機知はこうである」--、『1861-1863年草稿』では,「(彼の機知〔は次の通り〕--政府は,単利で借りて,借りた貨幣を複利で投下すべきだというのだ。)」となっている。このうちの「投下する〔auslegen〕」は,『要綱』では「貸し出す〔ausborgen〕」となっていた。なお,本注のこれ以下の部分は『要綱』にも『1861-1863年草稿』にもない。〉 (344-345頁)

 〈プライスの素朴な機知は次のようなものです。
 「要は,貨幣を単利で借りて,複利で利用することだ。」(R.ハミルトン『大ブリテンの国債の起源と発達云々に関する研究』,第2版,エディンバラ,1814年,133ページ。)
  これによれば、およそ借金は私人にとって最も確実な致富の手段でしょう。しかし、もし私が例えば100ポンド・スターリングを年利5%で借りるとすれば、私は年末には5%を支払わなければならないのであって、かりにこの借りが1億年続くとしても、そのあいだは私は毎年末にはいつでもただ100ポンド・スターリングだけしか貸すことができないのであり、やはり毎年末には5%を支払わなければならないのです。このやり方では、私はいつまでたっても100ポンド・スターリングを借りることによって105ポンド・スターリングを貸すことができるようになりません。しかも、いったいなにからこの5%を支払うのか? 借金によってであり、あるいはもし国家なら、租税によってです。しかし、産業資本家が借りる場合には、彼は、利潤がたとえば15%ならば、5%を利子として支払い、5%を食いつくし--といっても彼の食い物の質は収入につれて成長しますが--、5%を資本化しなければなりません。だから、つねに5%の利子を支払っていくためにも、すでに15%の利潤が前提されているのです。もしこの過程が続けば、可変資本が不変資本に対立して減少し、したがって利潤が下落するが故に、利潤率は、たとえば15%から10%に下がります。ところが、プライスは、5%の利子が15%の利潤率を前提することをすっかり忘れてしまって、この利潤率が資本の蓄積といっしょに続くものとしているのです。貨幣が複利で還流するためには、彼は現実の蓄積過程にはまったくなんの関係もないのであって、ただ貨幣を貸し出すことだけに関係があるのです。どこから、ということは、彼にとってはまったくどでもよいことです。というのは、このことは利子の生来の質なのですから。〉

 【これは先の本文での引用に対する原注であり、プライスの抜粋の典拠を示すものである。そのあとのプライスの素朴な機知について述べている部分は、先に紹介した『要綱』にすでにあったものである。ただ『要綱』には、それがハミルトンの著書からの紹介であることは述べていなかったが、今回はその典拠も示している。 それに続く、マルクスによるプライスの機知に対する批判部分は、大谷氏の訳注122)によれば、〈本注のこれ以下の部分は『要綱』にも『1861-1863年草稿』にもない〉とのことである。だからこの部分は、この草稿ではじめて書き加えられたものであろう。
  ではこのマルクスの批判は果たして的を射たものといえるであろうか。利子には利潤が前提され、そのためには資本の蓄積が前提されること、こうしたことがプライスにはまったく分かっておらず、ただ彼は利子の生来の質にもとづいて、そうしたことには頓着せず、ただ表面的な机上の計算だけをやっているだけだ、というのがマルクスの批判の要点であろうが、しかしそれを論証するために最初に論じている部分は、果たしてうまく説得的に説かれていると言えるかということである。
  マルクスは、〈しかし,もし私がたとえば100ポンド・スターリングを年利5%で借りるとすれば,私は年末には5%を支払わなければならないのであって,かりにこの借りが1億年続くとしても,そのあいだ私は毎年末にはいつでもただ100ポンド・スターリングだけしか貸すことができないのであり,やはり毎年末には5%を支払わなければならないのである。このやり方では,私はいつまでたっても100ポンド・スターリングを借りることによって105ポンド・スターリングを貸すことができるようにはならない〉という。しかし今、マルクスの例と同じ100ポンド・スターリングを単利で借りて、複利で貸す場合を考えてみよう。マルクスは借りた100ポンド・スターリングの返済だけを問題にするが、それを複利で貸し出すことについては何も論じていない。100ポンド・スターリングを複利で貸すなら年末にはそれは105ポンド・スターリングになる。彼はそれを返済してもらうわけではなく、複利で貸すということはそのまま貸し続けることを前提する。だから彼は第二年度には105を5%の利率で貸すわけである。しかし彼は他方で借りた100に対して、年末には5を利子として支払う必要がある。彼はやはり借りた100を返済せずに借り続けるということでは同じである。ただ利子の5を何から支払うかは確かに問題だが、これも単利で借りるとしよう。複利で貸した105ポンドは第2の年末には105+105×0.05になる。しかし彼は他方で105を単利で借りたことになるから同じ年末には引き続き100を単利で借りると同時に、105の利子105×0.05もやはり単利で借りる必要がある。ということは彼はこの時点で、彼の借り額と貸し額との差額として5ポンドのプラスになっているのではないだろうか(〔105+105×0.05〕-〔100+105×0.05〕=5)。つまりあくまで計算上ではあるが、この限りでは致富が成就しているわけである。しかしいうまでもなく、複利で貸してそれが累進的に増大していくためには、貸し続ける必要があり、貸し続けるかぎりは彼には一銭も入ってこない。つまり彼が得たとする富もただの机上の計算上のものでしかない。しかし一年目に彼が貸した金額と借りた金額に5ポンドの差額が生じ、さらに第2年目以降にはその差額そのものが加速度的に増大していくとするなら、例えば10年に限って複利で貸し、その間に必要な運用費用(100と利子分)をすべて単利で借り受けることができたとするなら、彼は最終的には、例え計算上のものでしかなく、よって空想上のものでしかないとしても、かなりの致富をなし遂げることであろう。しかし彼に単利で貸し続ける人があるとも思えないし、複利で10年ものあいだ借り続ける人もまたないであろう。また例えあったとしても、借受人が10年後に返済に応じられるなんの補償もない。むしろ返済の時点で破産するのが落ちであろう。いずれにせよ利子を返済するためにはそれ以上の利潤が生産されていることが前提されているのだからである。
  しかしマルクスの議論では複利で貸すということについてはまったく無視している。それがやや疑問である。マルクスは〈このやり方では,私はいつまでたっても100ポンド・スターリングを借りることによって105ポンド・スターリングを貸すことができるようにはならない〉というのだが、それはマルクスが単利で借りた100ポンド・スターリングの返済だけを問題にしているからである。そもそも彼が単利で100ポンド・スターリングを借りたのは、それを複利で貸し付けて運用するためであることが忘れられている。なぜなら、彼が複利でそれを貸し付けたのなら、第二年度には彼は105ポンドを貸し付けることになるのだからである。だから〈105ポンド・スターリングを貸すことができるようにはならない〉とは言えないのである。ただ100ポンド・スターリングの返済をせずに、ただ単利の利子だけを支払い同じ100ポンド・スターリングを単利で借り続けられるということが前提されている(もちろん利子を支払うといってもその利子分もまた別に単利で借りることが前提されているのだが)。だからマルクスのこの論証はその限りではそれほど成功しているようには見えない。

  マルクスはこの〈要は,貨幣を単利で借りて,複利で利用することだ〉という文言をハミルトンの著書から引用している。ハミルトンのプライス批判は先の仙田氏によれば、次のようなものだったようである。まず最初はハミルトンのプライスの主張の要約について紹介してよう。

  〈ハミルトンはプライスの文章をきわめて放縦(in a very intemperate style)かつ難解と嘆じながらも,その主張の骨子をつぎのごとく要約している。
  1)減債基金の償還原資は,収入余剰の有無はさておき,年々,一般会計からの「定額繰入」による。収入余剰に依存しえない場合は新規借入によっても構わない。この場合の利子はより高くても大事ない。既存債よりも高利な新規借入金で償還するというのは,私的取引では不合理とみなされようが,国のレベルでは最も健全なポリシーの一つである。複利で活用して大いに利用効果をあげるべき貨幣を,単利で借入れするというだけのことである。この部分の利払財源についても懸念するに及ばない。この分に限り追加課税すればこと足りる。
  2)償還原資は市場価格での公債購入に充てられる。これによる解放利子は償還原資に加算され複利で増大する。
  3)減債基金は平時・戦時を問わず,恒常的に稼働するものとする。戦時において,たとえば,繰入金の調達困難の理由で基金の作動を中断するごときは狂気の沙汰である。戦時においてこそ,基金の威力はより急速かつ鮮明に発揮される。
  4)減債基金の運用は「公債償還委員会」に委ねる。この委員会は下院の監督下におかれる。〉云々(137頁)

  ここに出てくる〈複利で活用して大いに利用効果をあげるべき貨幣を,単利で借入れするというだけのことである。〉というのが、マルクスが引用している〈要は,貨幣を単利で借りて,複利で利用することだ〉ということのようである。

  そしてハミルトンのプライス批判とは次のようなものである。

  〈年々繰入れる基礎基金を新規借入により,またその利子をも新規借入によるとすれば,それは複利で累積せざるをえない。その結果,複利累積による基金の滅債効果を完全に相殺することになる。プライスはかかるケースに関心を示していないようにみえる。
  ハミルトンは言う。
  「公債償還のために単利で借りて複利で活用するというプライス博士の計画は全く紛らわしいものである。かれは私的レベルにおけるこのような手法の不条理性を認めている。この不条理性は国家レベルの場合においても全く同じことである。金額の大小と時間の長短に差があるだけである。いま,減債のため100万ポンドの貨幣を年利5%で借入れて公債償還委員会に委ねるとする。これは複利で作動するであろう。借入貨幣の利子5万ポンドは節約によるか追加課税によるか,或は追加借入によらねばならない。……このような借入は複利で累積するであろう。あたかもそれは償還委員会の手中に委ねられた貨幣が複利で累積するのと同じである。この公債累積に重大な関心を払わないプライス博士の主張は支持することができない」。〉(138-139頁)

  つまりハミルトンによれば、プライスは複利での減債基金の加速度的な増大を論じているが、しかしその原資を借り入れ、その借り入れた利子をも借り入れるなら、その借り入れそのものが複利的に累積して、原資の増大を相殺するであろうということのようである。その点、マルクスの批判とはやや違ったものといえる。

  しかしいずれにせよ、マルクスの批判の要点はその後半部分にあるといえる。つまり5%の利子を支払うためには15%の利潤が前提されるということである。しかしプライスは〈5%の利子が15%の利潤率を前提することをすっかり忘れてしまって〉いるということ。〈貨幣が複利で還流するためには,彼は現実の蓄積過程にはまったくなんの関係もないのであって,ただ貨幣を貸し出すことにだけ関係がある〉と考えているということ。そして彼がこういった関係をどうでもよいものとして扱っているのは、確かにその限りでは〈利子生み資本の生来の質なのだ〉ということである。】


【15】

 [465]/314上/彼はその著『生残年金についての考察,云々』,ロンドン,144)①1782年,のなかではもっと空高く飛んでいる。「われわれの救世主が生まれた年に〔」〕145)(というのだから,たぶんエルサレムの聖堂のなかで)〔「〕6%の複利で貸された1シリングは,全太陽系を土星の軌道の直径に等しい直径をもつ一つの球にした場合に包含できるであろうよりも,もっと大きい金額に増大しているであろう。」c)「だからといって国家が財政困難の状態にある必要はけっしてない。というのは国家は,最小の貯蓄で最大の負債を,国家の利益が要求しうるかぎりの短い期間で皆済できるのだからである。」d)146)なんというけっこうな,イギリス国債への理論的手引きであろう!/

  ①〔注解〕「1782年」--1782年の版は見つからなかった。マルクスが使ったのは明らかに1772年刊行の第2版であり,この第2版からの抜粋が「ロンドン・ノート1850-1853年」のなかに見られる。マルクスは,すでにこのなかで,誤って1782年の版を指示している。1783年に第4版が刊行された。

  144)「1782年」--エンゲルスの1894年版でもこうなっていたが,現行版では「1772年」に訂正されている。この誤りは,『要綱』から『1861-1863年草稿』に書き写すさいに生じたものだった。
  145)「(というのだから,たぶんエルサレムの聖堂のなかで)」--これは『要綱』にも『1861-1863年草稿』にもない。
  146)「なんというけっこうな,イギリス国債への理論的手引きであろう!」--『1861-1863年草稿』では,「ここから,なんというけっこうな諸原理が信心深いピットにとって明らかになったことであろう!」となっている。『要綱』にはこの部分はない。〉 (345-346頁)

 〈彼はその著『生残年金についての考察、云々』では、もっと空高く飛んでいます。「6%の複利で貸された1シリングは,全太陽系を土星の軌道の直径に等しい直径をもつ一つの球にした場合に包含できるであろうよりも,もっと大きい金額に増大しているであろう。」「だからといって国家が財政困難の状態にある必要はけっしてない。というのは国家は,最小の貯蓄で最大の負債を,国家の利益が要求しうるかぎりの短い期間で皆済できるのだからである。」なんというけっこうな、イギリス国債への理論的手引きでしょう! 〉

 【このパラグラフもほぼ抜粋からなっており、特に解読も必要はないであろう。
  大谷訳注146)でも指摘されているように、『要綱』では、〈なんというけっこうな,イギリス国債への理論的手引きであろう!〉という部分はなく、すぐに次の【17】パラグラフが続いている。
   しかしそれにしても、こうした空想的な複利による運用で、国債の償還基金(減債基金)を形成しようというピットの計画が、40年近くも続いたということ自体が驚きである。そのために公債制度がむちゃくちゃになってしまったというのが先に紹介したマルクスの『ニューヨーク・デイリ・トリビューン』の記事における指摘であるが。】


【16】

 〈/314下/〔原注〕C)同前。[XIII注。]  -+
                          | ①148)ノートで確かめること。
   〔原注〕d)同前,[XIII/XIV,]136ページ。-+    〔原注c)およびd)終わり〕/

  ①〔注解〕「ノートで確かめること。」--マルクスが考えているのは「ロンドン・ノート1850-1853年」のノートXVIのことで,彼はこのノートから抜粋を取り入れた。MEGA II/42,S.464.21-465.20への注解〔本書本巻343ページの注解② 〕を見よ。

  148)「ノートで確かめること〔Nachzusehen im Hefte〕。」--MEGAのテキストでは,編集者が,注c)にあたるところに「XIII,Note」(これはプライスの原典ページの正しい指示である),注d)にあたるところに「XIII/XIV」(プライスの原典では,『1861-1863年草稿』でのマルクスの記載のとおり,xivページである)とページを補っているが,手稿では,注d)にあたるところに「p.136」とあるだけである。おそらくマルクスは,このc)とd)との原典ページを,彼がプライスから最初に抜粋した「ロンドン・ノート」のノートXVI(MEGA IV/10に所収予定)によって確かめたうえで,ここに書き込む必要があると考えたのであろう。なお,『要綱』以来の「p.136」(『要綱』のテキストでの「p.XIII-XIV」は手稿での「XIV,p.136」を編集者が訂正したものである)というページ番号がなにのページ番号なのか,不明である(『要綱』の編集者がこれを削ったのも,現行版で削っているのもそのためであろう)。ひょっとすると,ハミルトンの『大ブリテンの国債の起源と発達云々に関する研究』のページ番号だったのかもしれない。〉 (346-347頁)

 【これは原注のc) 、d)についていずれも〈同前〉とあるということは、b)と同じということだから〈リチャド・プライス国債問題について公衆に訴える』,ロンドン,1772年,第2版〉からの抜粋だということであろう。〈[XIII注。] 〉、〈[XIII/XIV,]136ページ〉については、大谷氏の訳注が参考になる。そこでは『要綱』との相違も説明されている。これ自体は抜粋の典拠を示すものだから、特に解読が必要なものでもない。 】


【17】

 /314上/プライスは,幾何級数から生じる150)巨大な数に簡単に眩惑されてしまったのである。彼は資本を,151)再生産と労働との諸条件を顧慮することなく,152)自動的に動く自動機構〔a self acting automaton〕とみなし,たんなる自己増殖する数とみなした(マルサスが人間を幾何級数的に増えるものとみなしたのとまったく同様に)ので,資本の増大の諸法則をS=c(1+i)(n乗)という定式において発見したと妄想することができたのである。このSは資本・プラス・複利の合計,cは前貸資本,iは利子率(100の可除部分),nはこの過程が続く年数である。

  ①〔注解〕「マルサスが人間を幾何級数的に増えるものとみなした」--[トマス・ロバト・]マルサス『人口の原理に関する一論……』,ロンドン,1798年,25-26ページ〔高野岩三郎・大内兵衛訳『初版人口の原理』,岩波文庫,1935年,37ページ〕。

  150)「巨大な数〔the enormous numbers〕」→ 「数の巨大さ」--『要綱』および『1861-1863年草稿』では,「数」は「量〔quantities〕」となっている。
  151)「再生産と労働との諸条件〔the conditions of reproduction and labour〕」--『要綱』でも『1861-1863年草稿』でも,「労働の再生産の諸条件〔the conditions of reproduction of labour〕」となっている。
  152)「自動的に動く自動機構〔a self acting automaton〕」--『要綱』でも『1861-1863年草稿』でも,「自動的に動くもの〔a self-acting thing〕」となっている。〉 (347頁)

 〈プライスは、幾何級数から生じる巨大な数に簡単に幻惑されてしまったのです。彼は資本を、再生産と労働との諸条件を顧慮することなく、自動的に動く自動機構とみなし、たんなる自己増殖する数とみなしたのです。マルサスが人間を幾何級数的に増えるものとみなしたのとまったく同様に。だから資本の増大の諸法則をS=c(1+i)(n乗)という定式において発見したと妄想することができたのです。このSは資本・プラス・複利の合計,cは前貸資本,iは利子率(100の可除部分),nはこの過程が続く年数です。〉

 【この部分はほぼ先に紹介した『要綱』の抜粋部分と一致している。マルサスの部分が書き加えられ、S=c(1+i)(n乗)という定式の説明も加えられている。

  因みにインターネットでは複利計算について、次のような例題を紹介していた。

  〈複利計算の公式 b=a(1+r)n乗 を使って年利率 r を計算。
例題  100万円を10年間運用して150万円にしたい。運用利率は年利何%にすればよいか。
解答  100(1+r)10乗=150を解けばよい。これを r について解くと,
r=(150/100 )1/10乗−1≃0.041
つまり,年利 4.1%で運用すればよい。〉

  これだと100万円は複利で年率4%ぐらいで運用すれば、10年で1.5倍になるということのようである。】


【18】

 〈①ピットは,1792年に,減債基金に充てる金額の増額を提案した演説のなかで,ドクター・プライスのごまかしをすっかり真に受けている。

  ①〔注解〕「……ウィリアム・ピット閣下の演説」,ロンドン,1792年。--ピットの演説は,ジェイムズ・メイトランド・ローダデイルの著書『公の富の性質と起源……』,パリ,1808年,176-178ページに,その要点が収録されている。--減債基金(sinking fund)を設けるというピットの計画は,政府の収入超過から資金を得ることを見込んでいた。この計画は,その諸源泉と総額の高さとを確定していた。1786年にこの計画は法律として成立した。減債基金は「整理基金〔consolidated fund〕」と呼ばれた。〉 (347-348頁)

 〈ピットは、1792年に,減債基金に充てる金額の増額を提案した演説のなかで,ドクター・プライスのごまかしをすっかり真に受けています。〉

 【この一文も先に紹介した『要綱』の抜粋文のなかに含まれている。
  『要綱』にはもう一つ次のようなプライスとピットに言及したものがある。

  〈40ターレルに対象化された9労働時間と12時間の生きた労働時間との交換によって新利得がつくりだされるのではなく、つまりこの12時間という部分にたいして25%の剰余価値がつくりだされるのではなく、総資本が一様に10%増加したのだ--60の10%は6、40の10%は4である--という錯覚にもとづいたものが、悪名高いプライス博士の複利計算であり、これが天賦の才をもつ〔heaven bron〕ピットにその減債基金制度〔sinking fund〕というばかげたことをやらせる機縁となった。剰余利得と--絶対的かつ相対的な--剰余労働時間との同一性によって、資本の蓄積〔Accumulation〕にとっての質的限界が措定される。その質的限界とは、労働日〔Arbeitstag〕、すなわち24時間のなかで労働者の労働力能が働くことのできる時間--生産力発展の度合い--と、同時的労働日〔gleichzeitige Arbeitstage〕の数などを表わす人口である。ところが、剰余利得がたんに利子として--すなわち、資本がなにか絵空事の手品〔sleight of hand〕でも使って増加する割合としてだけとらえられるならば、この限界は量的なものでしかなく、そのばあい、なぜ資本は利子を1日ごとにふたたび資本として自分自身に組み入れて、無限幾何級数的に自分の利子から利子をつくりだしていかないのかということは、どうにもわかりようがないのである。経済学者たちはプライスのいうような利子増加は不可能だということを経験から知ったが、そこに含まれている大失策を発見しはしなかった。〉 (草稿集①479頁)

  ここではプライスへの批判として、利子がそこから分割される利潤、つまりのその原資とする剰余労働時間(剰余価値)には、労働日(生産力の発展度合い)と人口数という質的限界が存在すること、しかし、それが利子生み資本の質にとらわれると、利子が利子を生むという、ただ量的割合としてだけでみることになり、そこには限界がなくなるのだ、それがプライスの幻想だと指摘しているように思われる。
  なお上記の一文のなかの〈悪名高いプライス博士の複利計算〉の部分にMEGAの注解(3)がついているのでそれも紹介しておこう。

  〈(3)〔注解〕1851年の抜粋ノート第16冊のなかで抜粋されている、リチャード・プライスの以下の著作のことが、念頭におかれている。
  『国債問題について、公衆に訴える』(第2版、ロンドン、1772年)および『生残年金、寡婦および老齢者年金案、生命保険価額算定法ならびに国債についての考察』(第2版、ロンドン、1772年)。
  マルクスは、1851年の抜粋ノート第6冊のなかで、ロバト・ハミルトンの著書『グレイト・ブリテンの国債の発生および発達、国債の償却および現状、それの管理に関する研究』(第2版、エディンバラ、1814年)から抜粋をつくった。この技粋ノートの36ページで、マルクスは、ハミルトンの書物から次の要約を引用した。
  「偉大なプライス博士の知恵とは、きわめてたわいないものだ、それは、つまり、貨幣を単利で借りて、それを複利で増やすということなのだ(133ページ)。」〉 (同479-480頁)】


  (次回に続く)

 

2020年1月12日 (日)

『資本論』第5篇第24章「利子生み資本の形態での剰余価値および資本関係一般の外面化」の草稿の段落ごとの解読(24-4)

『資本論』第5篇第24章「利子生み資本の形態での剰余価値および資本関係一般の外面化」の草稿の段落ごとの解読(続き)

 

【10】

 〈99)このように,利子が物としての貨幣資本に生え込んでいること(ここでは資本による剰余価値の産出がこういうものとして現われる),これこそが,ルターを忙しく,高利にたいして素朴にがみがみ言わせているものである。ルターは,定めた期日に返済されないために,自分でも支払いをしなければならない貸し手にとって出費が生じる場合とか,あるいは(かりに貨幣が適時に返済されたとすれば)買うこと(たとえば畑などを)によって貸し手があげることができたはずの利潤が借り手の咎(トガ)によって失われたような場合には,利子を要求してもよいということを述べたあとで,次のように続けている。--⑥109)「私があなたにそれ(100グルデン)を貸したとき,あなたは,110)私がこちらでは支払いができず,あちらでは買うことができず,したがって両方で損をしなければならないという双子の損害Schadewacht〕を私に与えている。これが,111)生じた損害と逃げた利得damni emergentis et lucri cessantisという二重の差損duplex interesse〕と呼ばれるのである。……ハンスが100グルデンを貸して損害を受けたのでその損害の正当な賠償を求めるということを聞くと,彼らは飛び込んできて,どの100グルデンにもこのような二重の損害zween Schadewacht〕,すなわち支払いのための出費としそこなった畑の購入という損害をかぶせるのである。それは,ちょうど,100[464]グルデンには自然にこのような二重の損失zween Schadewachtが生え込んでいるかのようである。こうして,100グルデンがあれば,彼らはこれを貸して,それにたいして,彼らがこうむってもいないこの二重の損害zween Schadewachtを計算するのである。……それゆえ,だれがあなたに加えたのでもなく,したがって証明も計算もできないあなたの偽りの損害を隣人の貨幣で償うあなたこそは,高利貸なのである。このような損害を法律家たちは,真実のではない架空の損害non verum,sed fantasticum interesse〕と呼んでいる。各人が自分に加えられたと想像する損害……。それゆえ,私が支払うことも買うこともできなかったという損害が||314上|生じるかもしれない,と言ってもむだである。それは,偶然事を必然事にしEx contingente necessarium〕,存在しないものを存在しなければならないものにし,不確実なものをまったく確実にすることである。このような高利はわずかな年月で世界を食い尽くすのではないだろうか? ……貸し手の意志によらないで彼をおそった偶然の不幸ならば,彼はその償いをうけなければならない。しかし,商業では逆であり正反対であって,そこでは,貧しい隣人を相手に損害をでっちあげ,こうしてなんの心配も危険も損害もなしに他の人びとの労働によって,生活し,金持になり,自分はなにもしないでぜいたくをしようとする。私が炉辺に座していて私の100グルデンに国中で私のために稼がせ,しかもそれが貸した貨幣であるために,なんの危険も心配もなしにそれを財布のなかに確保するとすれば,友よ,だれかこれを望まない人があるだろうか?」a)/

  ①〔異文〕「物としての」--書き加えられている。
  ②〔訂正〕「生え込んでいることEingewachsensein〕」--草稿では「生え込むこと〔Eingewachsen〕」と書かれている。1894年のエンゲルス版にならって訂正した。
  ③〔異文〕「非常に」という書きかけが消されている。
  ④〔異文〕「(たとえば畑などを)」--書き加えられている。
  ⑤〔異文〕「利子を要求しても」← 「利子が支払われても」
  ⑥〔注解〕マルクスは,ルターから抜粋するさい,つねにルターの表記法を使うことはしないで,高地ドイツ語の正書法も使っている。--『経済学批判(1861-1863年草稿)』(MEGA II/3.4.S.1534.28-1535.16)から取られている。
  ⑦〔注解〕「(100グルデン)」--この挿入はマルクスによるもの。
  ⑧〔注解〕「Schadewacht」--高利を意味する古い呼称。
  ⑨〔注解〕以下の部分は,ルターの原文では,次のようになっている。--「私が支払うことも買うこともできないので損害が生じるかもしれない。むしろ言い換えれば,損害が生じているであろう,と言ってもだめであろう。」

  99)1861-1863年草稿』には次の記述がある。--「このように利子がじかに資本に生え込んでいることに反対する,ルターの素朴な論争。」(MEGA II/3.4,S.1522.)
  109)以下の引用は,マルティン・ルターの『牧師諸氏へ,高利に反対して……』,ヴィッテンベルク,1540年,からのものであるが,『1861-1863年草稿』のノートXVの「収入とその諸源泉」のなかに,「損害賠償としての利子〔Zins als Schadenersatz〕」という表題のもとに同書からのかなり長い引用(MEGA II/3.4,S.1534-1537)があり,その前半に,ここで引用されている部分が含まれている。なお,ルターからの後出の引用(本書本巻353-354ページ)も,その後半から取られている。
  110)「私がこちらでは支払ができず,あちらでは買うことができず,したがって両方で損をしなければならないという双子の損害〔einen Zwilling aus dem Schadewacht〕」--「支払ができない」ことから生じる損害については,これより前のところでマルクスが「借り手自身が支払ができなかったために生じた裁判費用等々のこと」という説明を与えている。「買うことができない」ことから生じる損害とは,買いたいものを買うことを断念しなければならないことから損害が生じるということである。貨幣を貸した結果,貸し手にこのような二重の損害が生じたというのである。   
  ここで,『1861-1863年草稿』の『資本論草稿集』での訳語にならって「損害」としたSchadewachtは,GrimmのDeutsches Wörterbuchでは,Schade(Schade(=Schaden)にはかつては「利子」という意味もあった)のWacht(監視)というところからきた,「ある高利貸の名として」使われた語だ,とされている。ルターのここでの用法は,その原義を完全には失わないながらも,もっと一般的な概念として,だから普通名詞として使われている。このあとで二度,solche zween Schadewacht(そのような二重の損害)と言い換えているこの「双子の損害」を,ルターがそのあとでさらに二度zween Schadenと呼んでいることからもわかるように,ここでは事実上,SchadewachtはSchadeとほとんど同じ意味で使われているのである。
  111)「生じた損害と逃げた利得damni emergentis et lucri cessantisという二重の差損duplex interesse〕」--ルターはこの前のところで,「あなたが元金もSchade〔前注に述べたように,Schadeには「損害」の意味のほかに「利子」の意味があったが,ここではその両者の意味が込められている〕もいっさいを私に返済するのが,理性からも自然の法からも正当である。……このようなSchadewachtを法律書はラテン語でInteresseと呼んでいる。」と書いていた。このlnteresseおよび「生じた損害と逃げた利得damni emergentise et lucri cessantis〕」については,次の記述を参照されたい。--「ローマの法律家やその考えを継承した初期の教会法学者たちは,差額という意味をもつinteresseをusura(利子)とは質的に異なるものと考えていた。usuraは貸付金に対する特別な支払いとして禁止されたが,interesseのほうは,何らかの契約で被害を受けた側の損害賠償(金)という意味で許された。すなわち,なにか補償的なものとされたのである。今日理解されている意味での,すなわち,貸付金に対して当然に支払われるべきものとしてのinteresse(利子)は,14世紀の若干の教会法学者や神学者たちによって,きわめて徐々にdamnum emergens(蒙った損害の賠償)とか,lucrum cessans(失われた利益)という名前で弁護されるようになった。この新しい変化は,主としてイタリアの諸都市で営まれた金融業務を正当化する必要から起こった。interest正式認可への第一歩は1516年,ラテラノ公会議における教皇レオ10世の大教書であった。この大教書はmontes pietatis(敬虔の山)という公共の質屋を認可し,そこにおいて低利の利子が課せられることを容認した。」(ルター『商業と高利』,魚住昌良訳,『世界の名著』第18巻「ルター」,中央公論社,1969年,所収。同書369ページの訳者による注。)〉 (339-342頁)

 〈このように、利子が物としての貨幣資本に生え込んでいます(つまりここでは資本による剰余価値の産出がこういうものとして現われるのです)。これこそが、ルターを忙しく、高利に対して素朴にがみがみ言わせているものなのです。ルターは、定めた期日に返済されないために、自分でも支払をしなければならない貸し手にとって出費が生じる場合とか、あるいは(かりに貨幣が適時に返済されたとすれば)買うこと(例えば畑などを)によって貸し手があげることができたはずの利潤が借り手の咎によって失われたような場合には、利子を要求してもよいということを述べたあとで、次のように続けています。--「私があなたにそれ(100グルデン)を貸したとき,あなたは,私がこちらでは支払いができず,あちらでは買うことができず,したがって両方で損をしなければならないという双子の損害を私に与えている。これが,生じた損害と逃げた利得という二重の差損と呼ばれるのである。……ハンスが100グルデンを貸して損害を受けたのでその損害の正当な賠償を求めるということを聞くと,彼らは飛び込んできて,どの100グルデンにもこのような二重の損害,すなわち支払いのための出費としそこなった畑の購入という損害をかぶせるのである。それは,ちょうど,100グルデンには自然にこのような二重の損失が生え込んでいるかのようである。こうして,100グルデンがあれば,彼らはこれを貸して,それにたいして,彼らがこうむってもいないこの二重の損害を計算するのである。……それゆえ,だれがあなたに加えたのでもなく,したがって証明も計算もできないあなたの偽りの損害を隣人の貨幣で償うあなたこそは,高利貸なのである。このような損害を法律家たちは,真実のではない架空の損害と呼んでいる。各人が自分に加えられたと想像する損害……。それゆえ,私が支払うことも買うこともできなかったという損害が生じるかもしれない,と言ってもむだである。それは,偶然事を必然事にし,存在しないものを存在しなければならないものにし,不確実なものをまったく確実にすることである。このような高利はわずかな年月で世界を食い尽くすのではないだろうか? ……貸し手の意志によらないで彼をおそった偶然の不幸ならば,彼はその償いをうけなければならない。しかし,商業では逆であり正反対であって,そこでは,貧しい隣人を相手に損害をでっちあげ,こうしてなんの心配も危険も損害もなしに他の人びとの労働によって,生活し,金持になり,自分はなにもしないでぜいたくをしようとする。私が炉辺に座していて私の100グルデンに国中で私のために稼がせ,しかもそれが貸した貨幣であるために,なんの危険も心配もなしにそれを財布のなかに確保するとすれば,友よ,だれかこれを望まない人があるだろうか?」〉

 【ここからは、資本物神のまばゆいばかりの神秘化がどのような形で反映しているかを紹介することに話は転じているようである。そしてその最初はルターの高利批判である。このパラグラフはほぼルターからの引用が占めているので、引用部分はそのまま紹介するだけにした。
  ルターは貨幣資本に利子が生え込んでいる現実を批判する。但し彼も貸し手が期日通りに返済されないことによって生じた損失や、あるいは期日通りに返済されたなら得られたであろう儲けが、返済が遅れたことによって失われた場合に限り、その補償として利子の支払を認めるわけである。
  ここでルターの主張していることはそのままではなかなか分かりづらい。大谷氏は訳注で解説をしてくれているので、それを参照しながら、ルターのいわんとすることを解釈してみよう。まずルターが〈私があなたにそれ(100グルデン)を貸したとき,あなたは,110)私がこちらでは支払いができず,あちらでは買うことができず,したがって両方で損をしなければならないという双子の損害を私に与えている〉という部分について、大谷氏は訳注で次のように解説している。

  〈110)「私がこちらでは支払ができず,あちらでは買うことができず,したがって両方で損をしなければならないという双子の損害〔einen Zwilling aus dem Schadewacht〕」--「支払ができない」ことから生じる損害については,これより前のところでマルクスが「借り手自身が支払ができなかったために生じた裁判費用等々のこと」という説明を与えている。「買うことができない」ことから生じる損害とは,買いたいものを買うことを断念しなければならないことから損害が生じるということである。貨幣を貸した結果,貸し手にこのような二重の損害が生じたというのである。   
  ここで,『1861-1863年草稿』の『資本論草稿集』での訳語にならって「損害」としたSchadewachtは,GrimmのDeutsches Wörterbuchでは,Schade(Schade(=Schaden)にはかつては「利子」という意味もあった)のWacht(監視)というところからきた,「ある高利貸の名として」使われた語だ,とされている。ルターのここでの用法は,その原義を完全には失わないながらも,もっと一般的な概念として,だから普通名詞として使われている。このあとで二度,solche zween Schadewacht(そのような二重の損害)と言い換えているこの「双子の損害」を,ルターがそのあとでさらに二度zween Schadenと呼んでいることからもわかるように,ここでは事実上,SchadewachtはSchadeとほとんど同じ意味で使われているのである。〉 (340頁)

  要するに、100グルデンを貸した場合、それが期日どおりに返済されなかったために、本来はその100グルデンで支払ができたのにそれが出来なかったために裁判費用がかかったとか、あるいはその100グルデンがあれば買えたであろう畑で上げる利潤が得られなかったという二重の損害が生じているということのようである。

  次の一文〈これが,111)生じた損害と逃げた利得damni emergentis et lucri cessantisという二重の差損duplex interesse〕と呼ばれるのである〉にも訳注があるので、それを見よう。

  〈111)「生じた損害と逃げた利得damni emergentis et lucri cessantisという二重の差損duplex interesse〕」--ルターはこの前のところで,「あなたが元金もSchade〔前注に述べたように,Schadeには「損害」の意味のほかに「利子」の意味があったが,ここではその両者の意味が込められている〕もいっさいを私に返済するのが,理性からも自然の法からも正当である。……このようなSchadewachtを法律書はラテン語でInteresseと呼んでいる。」と書いていた。このlnteresseおよび「生じた損害と逃げた利得damni emergentise et lucri cessantis〕」については,次の記述を参照されたい。--「ローマの法律家やその考えを継承した初期の教会法学者たちは,差額という意味をもつinteresseをusura(利子)とは質的に異なるものと考えていた。usuraは貸付金に対する特別な支払いとして禁止されたが,interesseのほうは,何らかの契約で被害を受けた側の損害賠償(金)という意味で許された。すなわち,なにか補償的なものとされたのである。今日理解されている意味での,すなわち,貸付金に対して当然に支払われるべきものとしてのinteresse(利子)は,14世紀の若干の教会法学者や神学者たちによって,きわめて徐々にdamnum emergens(蒙った損害の賠償)とか,lucrum cessans(失われた利益)という名前で弁護されるようになった。この新しい変化は,主としてイタリアの諸都市で営まれた金融業務を正当化する必要から起こった。interest正式認可への第一歩は1516年,ラテラノ公会議における教皇レオ10世の大教書であった。この大教書はmontes pietatis(敬虔の山)という公共の質屋を認可し,そこにおいて低利の利子が課せられることを容認した。」(ルター『商業と高利』,魚住昌良訳,『世界の名著』第18巻「ルター」,中央公論社,1969年,所収。同書369ページの訳者による注。)〉 (340-341頁)

 要するに、キリスト教の宗教的な教義が支配していた中世では、高利は「罪悪」であって、「教会法によって」禁止されていたが(だから高利貸しはユダヤ教徒がもっぱら担った)、しかし商業の発達と金融業の発達に応じて、利子を認めざるを得なくなってくる現実がある。そこで利子を生じた損害に対する補償として認めるという口実を考え出して容認するようになっていったということである。ルターも一方では生じた損害と逃げた利得という二重の差損は認めながら、しかしそれを口実として、生じてもいないのに差損をでっち上げている現実を批判しているわけである。そしてその内容は、〈ハンスが100グルデンを貸して損害を受けたのでその損害の正当な賠償を求めるということを聞くと,彼らは飛び込んできて,どの100グルデンにもこのような二重の損害,すなわち支払いのための出費としそこなった畑の購入という損害をかぶせるのである。それは,ちょうど,100グルデンには自然にこのような二重の損失が生え込んでいるかのようである〉と述べているように、まさにマルクスが〈利子が物としての貨幣資本に生え込んでいる〉と資本物神の最高の完成形態として述べていることを、ルターはそのまま直接的に表現しているわけである。そうした点でマルクスはルターを評価し紹介している。ルターが〈貧しい隣人を相手に損害をでっちあげ,こうしてなんの心配も危険も損害もなしに他の人びとの労働によって,生活し,金持になり,自分はなにもしないでぜいたくをしようとする。私が炉辺に座していて私の100グルデンに国中で私のために稼がせ,しかもそれが貸した貨幣であるために,なんの危険も心配もなしにそれを財布のなかに確保する〉と述べるとき、それはマルクスが〈貨幣はいまでは胸に恋を抱いている。貨幣が貸し付けられさえすれば,または再生産過程のなかにありさえすれば(それが,産業利潤とは別に,所有者としての機能資本家のために利子をもたらすかぎりでは),それが寝ていようと起きていようと,家にいようと旅をしていようと,夜であろうと昼であろうと,それには利子が生える〉と指摘していたことと重なる。

 それ以外の訳者注も見ておこう。

  〈99)1861-1863年草稿』には次の記述がある。--「このように利子がじかに資本に生え込んでいることに反対する,ルターの素朴な論争。」(MEGA II/3.4,S.1522.)〉 (339頁)

  これは独立したパラグラフをそのまま紹介したものである。このパラグラフの冒頭にMEGAの注解があり、〈ルターの論争についての立ち入った詳論は、本書、1527-1537ページ〔本訳書、524-537ページ〕を見よ〉という指示がある。該当個所では1540年のルターの著書『牧師諸氏へ、高利に反して、戒め』、1555年の『富者と貧者ラザロについての福音書にたいする説教』からの抜粋とマルクスのそれに対する考察がある。ルターの著書からの抜粋文まで含めてすべて紹介すると膨大になるために、マルクスがそれぞれの抜粋のあとに書いている一文だけを、抜き出してみよう(MEGAによる注解等もすべて省略する。それだけでもかなりの分量になる。しかし興味深い内容ではある)。

  高利利子生み資本(マルクスのつけた表題--引用者)
  (ルターからの抜粋--略)
  II、『富者と貧者ラザロについての福音書にたいする説教』、ヴィッテンべルク1555年(マルクスのつけた表題--引用者)
 (ルターからの抜粋--略)
 ルターがここでわれわれに言っているのは、なにによって高利資本が成立するか、ということである。すなわち、市民(小市民および農民)、騎土、貴族、君主の破滅によって成立するということである。一方では、城外市民や農民や同職組合員の剰余労働とさらに労働条件とが高利資本の手に流れてくる。これらの者は、簡単に言えば、小商品生産者であって、たとえば自分の商品を貨幣に転化させる前に支払をするために貨幣を必要としたり、自分の労働条件のあるものをすでに自分で買っていたりするのである。他方では、高利資本が取り上げる地代の所有者から、である。つまり、浪費的で享楽的な富者から、である。高利が二つのことをひき起こすかぎりでは、すなわち、第一には一般に独立な貨幣財産を形成するということを、第二には労働条件をわがものにする、すなわち古い労働条件の所有者たちを破滅させるということを、ひき起こすかぎりでは、高利は、産業資本のための諸前提の形成における強力な一手段--生産者からの生産手段の分離における強力な一能因--である。商人とまったく同様に。そして、この両者に共通なのは、独立な貨幣財産を形成するということである。すなわち、年々の剰余労働の、また労働条件の、さらにまた年間労働の蓄積の、一部分を、貨幣請求権の形で自分の手のなかに蓄積するということである。現実に彼らの手のなかに存在する貨幣は、一部は年間の蓄積貨幣および年々蓄積される蓄蔵貨幣の、一部は流通中の資本の、一小部分をなしているにすぎない。彼らが貨幣財産を形成するということは、一部は年間生産の、一部は年間収入の、一大部分が彼らの手にはいって、しかも現物でではなくて転化した貨幣形態で支払われているということである。それゆえ、貨幣が現実に通貨として流通しておらず、運動していないかぎりでは、それは彼らの手のなかに蓄積されているのである。一部は彼らの手のなかには流通貨幣の貯蔵器もあるのであるが、さらにより多く彼らの手のなかにあって蓄積されているのは、生産にたいする請求権、といっても貨幣に転化した商品にたいする請求権としての、つまり貨幣請求権としてのそれである。一方では封建的な富と所有との破壊者としての高利。他方では小市民的、小農民的生産の、要するに生産者がなお彼の生産手段の所有者として現われているようなあらゆる形態の、破壊者としての高利。
  資本主義的生産にあっては労働者は諸生産条件の非所有者である。彼が耕作する畑の所有者でもなければ、彼が労働するのに用いる用具の所有者でもない。しかし、このような諸生産条件の疎外には、ここでは生産様式そのものにおける現実の変化が対応している。用具は機械になる、労働者は工場で労働する、等々。この生産様式そのものは、もはや、このような、小所有と結びついた諸生産用具の分散を許さないのであって、それは、労働者そのものの分散を許さないのと同じである。資本主議的生産では、高利はもはや諸生産条件を労働者から、生産者から、分離することはできない。なぜならば、それらはすでに分離されているからである。
  高利が財産を、特に貨幣財産の形態で、集中するのは、ただ、生産手段が分散している場合、したがって労働者が多かれ少なかれ独立に、小農民や同職組合員(小商人)などとして、生産を行なっている場合である。農民または手工業者としては、この農民は農奴であることも農奴でないこともあろうし、この手工業者は同職組合員であることも非組合員であることもあろう。彼はこの場合には剰余労働中の隷農でさえ勝手に処分できる部分を取得するだけではなく、あるいはまた自由な農民などの場合のように全剰余労働を取得するだけではなく、生産用具をも自分のものにするのであって、この生産用具の名目上の所有者もやはり農民、等々であり、これにたいして彼は生産そのものにおいて所有者としてふるまうのである。この高利は、この基礎に、この生産様式に基づいているのであって、高利はこれを改変するのではなく、寄生虫としてこれに食いつき、これを悲惨にするのである。高利はこの生産様式から吸い取り、これを衰弱させて、再生産がますますひどい条件のもとで行なわれるようにする。それだからこそ、まさに古代の諸関係のもとでは高利にたいする民衆の憎悪が広がっていたのであって、そこではこのような生産規定性--自分の生産条件にたいする生産者の所有、が同時に政治的諸関係や市民の独立性の基礎だったのである。労働者がもはや生産条件をもたなくなれば、そうではなくなる。それと同時に高利の力はなくなる。他方、奴隷制が行なわれるかぎり、または剰余労働が封建領主やその家臣に食い尽くされて、これらが高利に従属する〔かぎり〕、生産様式は同じままで、ただいっそう苛酷になるだけである。債務を負った奴隷保有者や封建領主は、彼自身が吸い取られるので、いっそう多くを吸い取る。または、彼はついに高利貸に席を譲り、高利貸自身が土地所有者などになったりする。ちょうど古代ローマの騎士〔eques〕などの場合のように。搾取を多かれ少なかれ政治的な権力手段としていた古い搾取者に代わって、金銭に貪欲な粗野な成り上がり者が現われる。だが、生産様式そのものは改変されないのである。
  すべての前資本主義的生産様式において高利貸はただ政治的にのみ革命的に作用する。というのは、高利貸は、政治的編制の強固な基礎、すなわち同じ形態でのその不断の再生産の基礎をなしている諸所有形態を破壊し没落させるからである。集中的にも、といってもただ古い生産様式の基礎の上でのことであるが、集中的にも高利貸は作用し、これによって社会は、奴隷や農奴などや彼らの新たな主人のほかに、民衆に分解する。アジア的諸形態にあっては、高利は、経済的退廃と政治的腐朽以外のものをひき起こすことなしに、だがまた現実に分解することもなしに、長く存続することができる。資本主義的生産のための他の諸条件--自由な労働、世界市場、古い社会関係の分解、ある段階への労働の発展、諸科学の発展、等々--が存在する時代にはじめて高利は新たな生産様式の形成手段の一つとして現われる。同時に、封建領主の、すなわち反ブルジョア的要素の支柱の、没落。また、小工業や小農業などの没落。要するに、資本としての労働条件の集中の手段。
  高利貸や商人などが「貨幣財産」をもつということは、商品および貨幣として現われるかぎりでの国民の財産が彼らの手のなかに集積されるということにほかならない。
  資本主義的生産は、高利貸自身が生産者にならないかぎり、最初は高利と戦わなければならない。資本主義的生産が確立されれば、古い生産様式の存続に結びついていた、剰余労働にたいする高利の支配は、すでになくなっている。産業資本家は直接に剰余を利潤として収得する。彼はまたすでに生産条件をも一部分は自分のものにしていて、年々の蓄積の一部分は直接に彼によって取得される。この瞬間から、ことに産業的および商業的財産が発展するようになると、高利貸すなわち金貸業者は、単に、分業によって産業資本家から分離されているとはいえ産業資本に従属する人となる。

  III、『牧師諸氏へ、高利に反対して、戒め』、ヴィッテンベルク154O年(ぺージづけなし)
  取引(売買)と貸付。(ルターはプルドンのようにこの形態の相違にだまされてはいない!)
  (ルターからの抜粋--略)
  {前述のことからは、ルターの時代には高利が非常に増加していたと同時にすでに「サーヴィス」(セー・バスティア)として弁護されていた、ということがわかる。すでに、「各人は互いに役だち合う」という競争の表現または調和の表現が現われている。
  古代世界では、より良い時代には、高利は禁止されていた。(すなわち利子は許されていなかった。)もっとのちには法律によって。非常に優勢に。理論的にはつねに(アリストテレスにおけるように)、利子はそれ自体として悪い、という見解。
  キリスト教的中世には「罪悪」であって「教会法によって」禁止されていた。
  近代ルター。なおカトリック的・異教的表現。非常に広がりつつある。(一部は政府に貨幣が必要なため。商工業の発達、生産物の貨幣化の必要。)しかし、すでに利子のブルジョア的正当化が主張される。
  オランダ、最初の高利弁護論。そこではまた高利がはじめて近代化され、生産資本または商業資本に従属させられる。
  イングランド。17世紀。攻撃はもはや高利そのものにではなく、利子の大きさに、信用にたいする利子の圧倒的な割合に、向けられる。信用形態を創造することの衝動。強制的な諸規定。
  18世紀べンサム。自由な高利が資本主義的生産の要素として承認される。}

損害賠償としての利子(恐らくMEGAの編集者のつけた表題--引用者)
(ルターからの長い抜粋--略)
  最高にみごとで、同時に一方では古風な高利の、他方では資本一般の性格を適切に表現している言葉、「架空の損害〔Interesse Phantasticum〕」、貨幣や商品に「自然に根づいた損害」、一般的な有益な文句、「他の人々と同じ」ではない高利貸の「信心深」そうな様子、奪われるのに与えるかのような外観、引き入れられるのに出て行かせるかのような外観、等々!〉】  (草稿集⑦524-537頁)


【11】

 〈|314下|〔原注〕a) M.ルター牧師諸氏へ,高利に反対して,云々』,ヴィッテンベルク,1540年。〔原注a)終わり〕/〉 (342頁)

  【これは上記のルターからの引用の出典を示すだけであり、特に解説も不要であろう。なおこの『牧師諸氏へ,高利に反対して,戒め』からの抜粋は61-63草稿(s.1532-1536)に見ることができる(草稿集⑦529-536頁)。先に紹介した抜粋文では省略したのであるが、今度は、引用されているルターの一文を61-63草稿から抜粋してみよう。

  〈私はあなたにそれを貸した。そのために、あなたは、私がこちらでは支払ができずあちらでは買うことができず、したがって両方で損をしなければならないという二重の損害を私に与えている。つまり、起きた損害と逃げた利得という二重の損失というものである。……ハンスが100グルデンを貸して損害を受けたのでその損害の正当な賠償を要求する、ということを聞くと、彼らはとびこんできて、どの100グルデンについてもこのような二重の損失、すなわち支払のための失費と買いそこなった庭という損失の賠償を要求する。それは、ちょうど、100グルデンには自然にこのような二重の損失が根づいているかのようであるこうして、100グルデンがあれば、彼らはそれを貸して、それにたいして、彼らが受けてもいないこのような二重の損害を計算するのである。……それゆえ、だれがあなたに加えたのでもなく、したがって証明も計算もできないあなたの虚構の損害を隣人の貨幣で償うあなたこそは、高利貸なのである。このような、損害を法律家たちは、真実のではない架空の損害と呼んでいる。各人が自分に加えられたと想像する損害……。それゆえ私が支払うことも買うこともできなかったので損害が生ずるかもしれない、と言ってもだめであろう。それは、偶然事を必然事にし、存在しないものを存在しなければならないものにし、不確実なものを確実なものにすることである。このような高利は短い年月のあいだに世界を食い尽くすのではないだろうか〔?〕……貸し主の意志によらないで彼を襲った偶然の不幸ならば、彼はその償いを受けなければならない。しかし、商業では逆であり正反対であって、そこでは、貧しい隣人を相手に損害をでっちあげ、こうして、なんの心配も危険も損害もなしに他の人々の労働によって生活し、金持ちになり、自分はなにもしないでぜいたくをしようとする。私が炉辺に坐していて私の100グルデンに国じゅうで私のために稼がせ、しかも、それが貸した貨幣であるために、なんの危険も心配もなしにそれを財布のなかに確保するとすれば、愛する友よ、だれかこれを望まない人があるだろうか? 〉 (草稿集⑦533-534頁)】

  (以下、続く。)

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