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2019年7月21日 (日)

第3部第5篇第22章「 利潤の分割 利子率 利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(22-2)

第3部第5篇第22章「 利潤の分割  利子率  利子率の「自然的な」率」の草稿の段落ごとの解読(続き)

 

  前回の続き第【10】パラグラフからである。


【10】

 〈/296上/とにかく,利潤の平均率は,利子を窮極的に調整する限界ultimate regulating limit〕とみなされるべきである。〉 (224頁)

 〈以上のように、とにかく利潤の平均率は、利子を究極的に調整する限界と見なされるべきです。〉

 【これはこれまでのすなわち【7】~【9】パラグラフのいわば結論である。現実には利子は機能資本家にとっては、一つの所与であり、前提として現れるが、しかし本質的には利子は総利潤の分割されたものなのだから、それは利潤によって規制される、あるいは限界づけられているわけである。】


【11】

 〈利子は平均利潤に関連づけて説明すべきだという事情は,すぐあとでもっと詳しく考察するであろう。|〉 (224頁)

 〈利子は平均利潤に関連づけて説明すべきだという事情は、すぐあとでもっと詳しく考察します。〉

 【利子は平均利潤に関連づけて説明すべきだという事情とは何を指すのであろうか。実際の産業循環の過程をみると、必ずしもそういう関連はみられない。中位の活気、繁栄、過熱、恐慌、停滞、中位の活気という循環の過程でみるなら、中位の活気の場合は、利潤率は高いが信用はまだまだ安定しており、その分、利子生み資本への需要はそれほど高くないから、利子もまだ低いままである。繁栄の状態では、利潤率は傾向的に低下しつつあるが、資本は利潤量の絶対的拡大のために蓄積を旺盛に行い、それだけ利子生み資本への需要も活発になる。そして突然の崩壊、恐慌においては利潤率は突然低下するが、しかし支払手段への需要から利子率はむしろ高騰する。停滞、利潤率は低く低調であり、利子生み資本への需要も停滞して利子率は低い状態であろう。このように利潤率と利子率とは必ずしも一方が高ければ高いなどという関係にないことは明らかなのである。しかしもちろん、ここでのマルクスの考察はこうした具体的な運動の背後にある関係であり、もっと本質的な関係なのである。そしてそうした関係としては利潤の平均率は、利子を究極的に限界づけるとみなされるべきなのである。】


【12】

 {一つの全体--利潤のような--が二人のあいだに分割されなければならない場合には,もちろんまず問題になるのは,この分割されるべきものの大きさであり,そしてこの①利潤の大きさは,利潤の平均率によって規定されているのである。}

  ①〔異文〕「利潤の大きさ」← 「利潤」〉 (224頁)

 〈一つの全体が二人のあいだに分割されなければならない場合、問題になるのは、この分割されるべきものの大きさです。そして、われわれが今問題にしている分割されるべき全体というのは利潤ですが、利潤の大きさは、利潤の平均率によって規定されているのです。〉

 【このパラグラフは全体が{ }に括られている。つまり上記の記述に関連して、論じられているが、しかし本論とはやや外れるものと考えるべきであろう。ここでは一つの全体を二人に分割しなければならないときに問題なるのは、というようにかなり一般的な問題の立て方をしている。全体を二人で分けようとするなら、その全体の大きさがまず問題になるというある意味では当たり前のことが確認されて、利潤の場合その全体は利潤の平均率によって規定されているということが確認されているわけである。これがどんな意味があるのかはもう少し展開をみてから考えるべきであろう。】


【13】

 一般的利潤率,つまりたとえば100という与えられた大きさの資本にとっての利潤の大きさを,不変なものとして,与えられたものとして前提すれば,利子の変動は,明らかに,利潤のうちの①機能資本家の手に残る部分に反比例する。彼が借入資本で仕事をするかぎりは,そうである。言い換えれば,これら二つの種類の資本家が剰余価値または剰余生産物(不払労働が物質化している生産物)を自分たちのあいだで分割する比率に反比例する。そして,分割されるべき利潤の大きさを規定する事情は,この二つの種類の資本家のあいだへの利潤の分割を規定する事情とは非常に違うのであって,しばしばまったく反対の方向に作用するのである。

  ① 〔異文〕「産[業]〔indus[triellen]〕」という書きかけが消されている。〉 (224-225頁)

 〈一般的利潤率を不変なものとして、与えられたものとして前提しましょう。例えば100という与えられた資本にとっての利潤の大きさを、不変なもの、与えられたものと前提すれば、利子の変動は、明らかに、利潤のうちの機能資本家の手に残る部分に反比例します。彼が借入資本で仕事をするかぎりではそうでしょう。言い換えれば、これらの二つの種類の資本家が剰余価値または剰余生産物(不払労働が物質化している生産物)を自分たちのあいだで分割する比率に反比例します。そして分割されるべき利潤の大きさを規定する事情は、この二つの種類の資本家のあいだへの利潤の分割を規定する事情とは非常に違うのです。むしろそれはしばしばまったく反対の方向に作用するのです。〉

 【ここでは分割されるべき総利潤の大きさを規定する事情と、それを二つの種類の資本家--機能資本家と貨幣資本家へに分割する事情とは非常に違うことが確認されている。あるいはそれはまったく反対の方向に作用するとも述べられている。つまり総利潤が高くなる事情、つまり繁栄期において、では利子率は高いかというと必ずしもそうではない。むしろそうした場合は資本の循環は順調であり、貨幣資本の還流も安定しているから、機能資本家は追加的な貨幣資本の必要をそれほど感じないために、利子生み資本への需要もそれほど増大しないので利子率はむしろ低いのである。この場合、分割されるべき全体である総利潤は高いが、しかしそれは利子として分割されるものを高くするとは必ずしもいえず、反対に作用するといえるだろう。】


【14】

 〈①Nb.この2)が進むなかで明らかになってくるのは,やはり,利潤の分割の諸法則を研究する前にまずもって,この量的な分割が質的な分割になる次第を展開したほうがいい,ということだ。§1からこの点に〔dazu〕移行するために必要なのは,--以前に行なった展開のあとでは平均利潤率と平均利潤とが与えられているのだから〔--〕さしあたり利子を,この〔平均〕利潤のうちの任意の, それ以上詳しくは規定されていない部分と等しいと置くこと,等しいと前提することだけである。〔「Nb」として書かれた部分終わり〕

  ①〔異文〕このパラグラフは,左の欄外につけられた弓括弧〔{〕によって特別に強調されている。
  ②〔異文〕「そのさい」という書きかけが消されている。
  ③〔異文〕「等しいと」--書き加えられている。〉 (225-226頁)

 〈ここで、この叙述の展開で気づいたことをメモ書きしておくと、この2)が進むなかで明らかになってくるのは、やはり、利潤の分割の諸法則を研究する前にまずもって、この量的な分割が質的な分割になる次第を展開したほうがいいということです。1)からこの点に移行するために必要なのは、以前行った展開のあとでは平均利潤率と平均利潤とは与えられているのですから、さしあたり利子を、この平均利潤のうちの任意の、それ以上は詳しく規定されていない部分と等しいと置くこと、等しいと前提することだけです。〉

 【このパラグラフは「Nb.」という記号から始まっているが、この「Nb.」については、大谷氏は訳者注で次のように書いている。

 〈この「Nb.」で始まる1パラグラフは,エンゲルス版では,「原稿にはここに次のような覚え書がある。--」という前置きとともに,脚注に収められている。
 なお草稿では,「Nb.」を除いてこのパラグラフは二つの文から成っているが,第1の文の左側に,インクでやや弓なりの縦線が引かれており,さらにそれに追加するように,第2の文の左側にも同様の縦線がつけられている。「Nb.」という文字は,前者の縦線の左側の上部に書かれている。こうして,このパラグラフの全体が前後から区別される「Nb.」の部分となっていることが示されている。この縦線の状態から見ると,「Nb.」として第1の文を書いたのち,すぐにそれに第2の文をつけ加えたのかもしれない。〉 (225頁)

 こうした原稿の状況からみても、このパラグラフが全体の続きとは区別されるものであり、マルクス自身の叙述上の覚書のようなものであろう。
 つまりマルクスは、これまでの展開から明らかなように、まず〈利潤の分割の諸法則を研究する〉という意図のもとに叙述を進めてきたわけである。しかしここにきて、その前に、〈この量的な分割が質的な分割になる次第を展開したほうがいい〉と思ったということであろう。
 もう一つの覚書としては、前の「1)」(21章該当部分)から、この点--これははっきりとはしないが、恐らく〈量的な分割が質的な分割になる次第を展開〉する点ということであろうか--に移行するために必要なのは、利子を平均利潤のうちの任意の部分として前提することだけだと述べている。つまり利子をそうした平均利潤の任意の部分として前提するだけで、そうした量的分割が質的分割になる次第を展開したうえで、利潤の分割の諸法則を次ぎに研究するという順序の方がよいだろうというのが、ここでのマルクスの覚書の内容ではないかと思える。】


【15】

 現代産業がそのなかで運動する回転循環--沈静状態,活気増大,繁栄,過剰生産,恐慌,停滞,沈静,等々〔state of quiescence,growing animation,prosperity,overproduction,crisis,stagnation,quiescence etc〕--(この循環の詳しい分析はわれわれの考察の圏外にある)を考察してみれば,そこで見いだされることは,利子の低い状態はたいていは繁栄または特別利潤の時期に対応し,①利子の上昇は②繁栄とその転換との分かれ目に対応するが,極度の高[434]利にもなる利子の最高限は恐慌に対応するということであろう。b)③「1843年の夏からは明瞭な繁栄が始まった。1842年の春には4[1/4]%だった利子率が,1843年の||297上|春と夏には2%に下がり」a),9月には1[1/2]%にさえ下がった。b)やがて④1847年の恐慌中には8%,そしてそれ以上に上がった。/

  ①〔異文〕「他方で〔während〕」という書きかけが消されている。
  ②〔異文〕「〔……の〕瀬戸際で〔auf der Kippe〕」という書きかけが消されている。
  ③〔注解〕この引用は,トゥクでは次のようになっている。--「同様に,1842年の春には4[1/2]%だった利子率が1843年の春と夏にはほぼ2%にまで急速に下がり……」
  ④〔注解〕「1847年の恐慌」--40年代半ばに不作が生じたのち,イギリスの食糧輸入は増大し,イングランド銀行からの金流出が始まった。1847年4月には貨幣市場でのパニックが生じた。同時に,穀物市場の充溢が貨幣と信用とへの大きな需要を引き起こした。1847年〔MEGAは「1846年」と誤記〕10月には恐慌は頂点に達した。1844年のピール銀行法の停止によって,イングランド銀行は行動のための新たな余地を得たので,恐慌の本来の原因である過剰生産は残されたままだったが,貨幣恐慌は急速に克服されることができた。〉 (226-227頁)

 〈現代の産業がそのなかで運動する回転循環--沈静状態、活気増大、繁栄、過剰生産、恐慌、停滞、沈静、等々(この循環の詳しい分析は、すでに述べましたが、私たちの考察の圏外にあります)--を考えてみますと、そこで見いだされることは、利子の低い状態はたいてい繁栄または特別利潤の時期に対応し、利子の上昇は繁栄とその転換との分かれ目に対応しますが、極度の高利になる利子の最高限は恐慌に対応するということです。「1843年の夏からは明瞭な繁栄が始まった。1842年の春には4[1/4]%だった利子率が,1843年の春と夏には2%に下がり」、9月には1[1/2]にさえ下がりましたし、やがて1847年の恐慌中には8%、そしてそれ以上に上がりました。〉

 【ここでは突然、産業循環の詳しい考察は圏外にあるとしながらも、産業循環と利子率の対応が考察されている。利子の低い状態は繁栄または特別利潤の時期としている。繁栄はよいとしても「特別利潤の時期」とは何であろうか。これはあたらしい生産力を導入した資本が、その新技術が一般化するまでの間に手にする特別な利潤のことであろう。つまり新しい生産方法がどんどん導入されて社会的な生産が発展していくような状況を意味している。そうした時代には資本の循環も順調で、貸付資本への需要も低いということである。利子が上昇してくるのは、繁栄とその転換との分かれ目に対応するとされている。こうした生産力の発展と拡大は他方で利潤率を傾向的に低下させ、やがて過剰生産へと導く、しかし資本は利潤率の低下を利潤量の絶対的拡大によって補うために、一層の蓄積と拡大を推し進める、それは一方では貨幣資本への需要を増大させ、利子率の上昇を招く、他方で労働力を生産過程に吸収して、その枯渇を招くまでに死に物狂いの拡大を行うように競争の笞が打たれる、そしてその行き着く先が奈落の底であり、恐慌なのである。恐慌時には信用も動揺あるいは崩壊し支払手段への需要が極度に高まり、利子も最高限まで高騰する、等々である。マルクスは1847年の恐慌への過程がそれを示しているとして、トゥクから引用している。こうした恐慌時の支払手段への激しい需要については、1847年恐慌ではないが1825年恐慌時の状況について第28章の解読のなかで詳しい紹介をしたことがある。】


【16】

 /296下/〔原注〕b)「不況〔Pressure〕直後の第1の時期には,投機がなくて貨幣は豊富である。第2の時期には貨幣は豊富で投機も盛んである。第3の時期には投機は衰え始めて貨幣が求められる。第4の時期には貨幣が払底して不況が始まる。」(W.ギルバト〔『銀行実務論』,第5版,ロンドン,1849年〕,第1巻,149ページ。)〔原注b)終わり〕|

  ① 〔注解〕この引用は,「ロンドン・ノート1850-1853年」のノートIII(MEGAIV/7,S.137.6-10)から取られている。
  ② 〔訂正〕「ギルバト」--草稿では「ギルバト,同前」と書かれている。〉 (227頁)

 【これは先のパラグラフにおいて、産業循環と利子の関連を見たあとに付けられた原注である。ギルバトからの抜粋だけなので平易な書き直しは省略した。ギルバトは産業循環を四つの時期に区分している。それをマルクスの産業循環と対応させてみると、第1の時期--活気増大、第2の時期--繁栄、過剰生産、第3の時期--恐慌、第4の時期--沈静状態、であろうか。】


【17】

 |297下|〔原注〕a)トゥクはこの低落を「その前の数年間は有利な投資部面がなかったということの必然的な随伴現象としての過剰資本の蓄積によって,蓄蔵貨幣の放出によって,また商業上の見通しにおける信頼の回復によって」説明している。(①『物価史,1839年から1847年まで』,ロンドン,1848年,54ページ〔藤塚知義訳『物価史』,第4巻,東洋経済新報社,1981年,64ページ〕。)〔原注a)終わり〕/

  ①〔注解〕トマス・トゥクの『物価史』は,1838年から1857年にかけて刊行された六つの巻からなっている。第1巻と第2巻は,『1793年から1837年にいたる物価および通貨流通状態の歴史… …』,全2巻,ロンドン,1838年,である。第3巻のタイトルは『1838年および1839年における物価および通貨流通状態の歴史,あわせて,穀物法についての,およびわが国の銀行制度にかんして提起されている改革案の若干についての,評言を付す。1793年から1837年に至る物価の歴史の続編をなす』,ロンドン,1840年,である。第4巻は『1839年から1847年に至る(両年を含む)物価および通貨流通状態の歴史,通貨問題の一般的論評およびヴィクトリア治世第7・8年法律第32号の作用についての評言を付す。1793年から1839年にいたる物価の歴史の続編をなす』,ロンドン,1848年,となっている。最後に,1857年に第5巻および第6巻が,『1848年から1856年に至る9年間における物価および通貨流通状態の歴史… … 』,全2巻,というタイトルのもとで刊行されたが,この2巻の著者は,トマス・トゥクとウィリアム・ニューマーチである。〉 (227頁)

 〈トゥクは1847年の春と夏の利子の2%への低下を「その前の数年間は有利な投資部面がなかったということの必然的な随伴現象としての過剰資本の蓄積によって,蓄蔵貨幣の放出によって,また商業上の見通しにおける信頼の回復によって」と説明しています。〉

 【これも原注であるが、トゥクが1847年の春と夏の利子の低下を何によって説明しているかをただ紹介しているだけである。それに対するマルクスの評価は何もない。ここでトゥクが〈有利な投資部面がなかったということの必然的な随伴現象としての過剰資本の蓄積〉と言っているのは、恐らくいわゆるプレトラを指しているのであろう。だからこの春から夏の時期というのは産業循環でいえば繁栄と過剰生産の時期である。利潤率の傾向的低下が一定程度進むことによってもはや小資本や新芽の資本がその低下した利潤率では生産を維持できず、破綻するか、投資先を失う。だからそれらはただの貨幣資本として遊休し、その一部は投機に走り、あるいは大資本への融通という形で吸収されるのだが、しかし過剰な貨幣資本(いわゆるプレトラ)の存在は、利子率を押し下げることになる。だからこの時点では、まだ過剰生産そのものは潜在化しており、崩落は一部の小資本や新芽の資本に留まっていて、信用はむしろしっかりしているように見えるし、利潤率の低下を利潤量の増大によって補おうとする大資本による強蓄積が激しい競争によって行われる時期でもある。だから〈商業上の見通しにおける信頼の回復〉も依然としてしっかりしているように見える時期でもあるのである。】


【18】

 /297下/〔原注〕b)①ギルバト,同前,第1巻,166ページ。〔原注b)終わり〕/

  ①〔注解〕ジェイムズ・ウィリアム・ギルバト『銀行実務論』,第5版,全2巻,第1巻,ロンドン,1849年。〉  (227-228頁)

【この原注はマルクスが〈9月には1[1/2]%にさえ下がった〉と書いた部分に付けられたものである。つまりその数字の根拠としてギルバトの著書の叙述をあげているだけである。】


【19】

 〈/297上/(もちろん,他面では,低い利子が停滞といっしょになり,利子の上昇(適度ではあるが)が活気の増大〔growing animation〕といっしょになるということもありうる。〉 (228頁)

 〈もちろん、他面では、低い利子が停滞といっしょになり、利子の適度の上昇が活気の増大といっしょになるということもありえます。〉

 【このパラグラフと次のパラグラフは全体が丸カッコに括られている。どちらも【15】パラグラフに関連して述べられているものであろう。つまり【15】パラグラフでは〈利子の低い状態はたいていは繁栄または特別利潤の時期に対応〉すると指摘されていたが、しかし低い利子ということだけなら、それは停滞時においてもそうであることを補足しているわけである。また〈利子の上昇は繁栄とその転換との分かれ目に対応する〉と書いているが、しかし利子の適度の上昇の兆しはすでに活気増大の時期からはじまると述べているわけである。】


【20】

 (利子の平均率を見いだすためには,1)①回転循環のなかでの利子率の諸変動をつうじてその平均を②計算しなければならない。2)資本がかなり長い期間にわたって前貸される投資での利子率を計算しなければならない。)

  ①〔異文〕「この時期〔Periode〕全体のなかでの」という書きかけが消されている。
  ②〔異文〕「計算し〔berechnen〕」← 「考察し〔betrachten〕」〉 (228頁)

 〈利子の平均率を見いだすためには、1)回転循環(産業循環)のなかでの利子率の諸変動をつうじてその平均を計算しなければなりません。また2)資本がかなり長い期間にわたって前貸しされる投資での利子率を計算しなければなりません。〉

 【ここでは利子率の平均率を計算するという場合は、産業循環に応じて変動する利子率の変動をつうじてその平均を計算すべきということ、またもう一つはかなり長い期間にわたって前貸しされる投資(例えば鉄道投資)での利子率を計算すべきとしている。産業循環の一回転期間(それはほぼ10年とされているが)の平均利子率というのは、ある意味では資本主義的生産の発展程度による利子率の変化とでもいうべきものかもしれない。産業循環はただ同じサイクルを繰り返すのではなく、一循環ごとに資本の生産力を高度化し発展させる。次の循環はその発展したものをベースに開始されるわけである。だから一つの産業循環の平均の利子率と次の産業循環の平均の利子率は資本主義的発展による利子率の変化を示すと考えられるわけである。もう一つの平均利子率はある意味では現実的なものである。長い期間を要する前貸資本の場合の利子率は平均利子率を示しているとマルクスは考えているわけである。これも全体が丸カッコに括られていることは、いわばついでに関連して論じたという程度の問題なのであろう。】


【21】

 〈利子率が極度の高さに達するのは恐慌中のことであって,そのときには支払いをするためにはどんなに高くついても〔coúte que coúte〕借りなければならない。(この形態についてはもっとあとで。)c)/〉 (228頁)

 〈利子率が極度の高さに達するのは恐慌中のことです。そのときには支払をするためにはどんなに高くついても借りなければならなくなるからです。しかしこの形態についてはもっとあとで詳しく見ます(第28章該当個所で論じられています)。〉

 【このパラグラフも【15】パラグラフの叙述の延長のようなものである。つまり利子率が高騰するのは恐慌時だということである。そしてその理由は支払手段の枯渇によるということである。諸支払の時期(満期)が迫ってきているのに、前貸し資本は還流せず(商品は売れず、商品資本の実現は停滞するから、それは貨幣資本としても還流してこない)、よって支払手段に窮する諸資本は、ただ清水を求めて鳴く鹿のごとく、銀行に貸付を求めるわけである。それがために利子は極端まで高くなるわけである。当時のイングランド銀行はそうした貸付に応じるには銀行法による足枷を取っ払う必要があり、銀行法は一時的に停止されて、ようやく貨幣恐慌は乗り切られたわけである。こうした事態は第28章該当個所でフラートン批判のなかで展開されている。】


【22】

 /297下/〔原注〕c)これは同時に,というのは利子の上昇は有価証券価格の下落に対応するからであるが,①そのような利子生み証券を捨て値で手に入れる絶好の機会なのであって,このような証券は,通例の経過では,利子率がふたたび下がればすぐにまたその平均の高さ(およびそれ以上)に達するに違いないのである。これらの恐慌は,銀行業者たちが,「自分たちの私的証券を減価させて利子率を最小限にまで縮小する崩落を先取りして,自分たちの資本を減価した株式に再投下する」ことを可能にする(②『為替の理論1844年の銀行特許法,云々』,ロンドン,1864年,100ページ)。1847年の恐慌のあいだに,「ある銀行家の古くからの顧客が,20万ポンド・スターリングの価値ある証券を担保にした貸付を拒絶された。彼が自分の支払停止を通告するために立ち去ろうとしたとき,銀行家は彼に,そんな処置をとる必要はない,このさいのことだからその証券を15万ポンド・スターリングで買ってもよい,と言った。」(同前,80ページ。)〔原注c)終わり〕/

  ①〔異文〕「安値で」という書きかけが消されている。
  ②〔注解〕この書の著者はヘンリー・ロイである。〉 (228-229頁)

 〈こうした恐慌時の利子率の上昇は、有価証券の価格の下落をもたらすから、そのような利子生み証券を捨て値で手に入れる絶好の機会なのであって、このような証券は、通例の経過では、利子率が再び下がればまたその平均の高さに、あるいはそれ以上に達するに違いないのです。だからこれらの恐慌は、銀行業者たちが「自分たちの私的証券を減価させて利子率を最小限にまで縮小する崩落を先取りして,自分たちの資本を減価した株式に再投下する」ことを可能にします。1847年の恐慌のあいだに、「ある銀行家の古くからの顧客が,20万ポンド・スターリングの価値ある証券を担保にした貸付を拒絶された。彼が自分の支払停止を通告するために立ち去ろうとしたとき,銀行家は彼に,そんな処置をとる必要はない,このさいのことだからその証券を15万ポンド・スターリングで買ってもよい,と言った」のだそうです。〉

 【このパラグラフは【21】パラグラフの恐慌中に利子率が高騰するのは、支払手段への需要が高まるからだという一文につけられた原注である。ここではそうした利子率の高騰は、他方で有価証券の価格の下落を招くので、それらを捨て値で買い取る絶好の機会になるということ、そのことによって銀行業者は大儲けをすることが指摘されている。ただマルクスが引用している『為替の理論。1844年の銀行特許法、云々』からの抜粋はよくわからない。まず〈自分たちの私的証券を減価させて利子率を最小限にまで縮小する崩落を先取りして〉という一文が不可解である。何をいいたいのかよくわからないし、果たして正しいことを言っているのかもわからない。そもそも崩落時には利子率が高騰するのであって、利子率を最小限にまで縮小するなどというのはおかしいし、私的証券を減価させてそれを行うなどということも一体何をいいたいのかもわからない。マルクスの引用が正確でないのか、あるいはその著書の記述そのものが間違っているのか、よく分からない。MEGAも、大谷氏も何も注記していない。だがエンゲルスはこの一文を編集段階で削除したことが訳者注では書かれている。恐らくエンゲルスも意味不明ということで、編集ではこの原注の前半部分を本文にしたのだが、この引用部分そのものは削除したのであろう。その後半部分の引用はよく分かるのであるが。】

  (続く)

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