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2015年10月

2015年10月15日 (木)

『資本論』第3部草稿(現行版第5篇)の研究(28-28)

  現行版第5編第28章該当箇所の草稿の解読

(2) 各パラグラフごとの解読(続き)

《むすびにかえて》

 残念ながら、この第28章について、十分なまとめを行うことは出来ない。よって、この第28章の解説を試みて、むしろ深まったいくつかの疑問や今後の課題について、私自身のメモの中から紹介して、「むすび」にかえることにしよう。

§第28章の解説を終えて

 ここでは第28章の解説は終えたのだが、しかし特にマルクスの第28章の草稿の最後の部分を巡って、もう一つ納得がいかない面があることと、全体として第28章の課題は何か、マルクスはそれを十二分に果たしているのかどうか、といった面について、若干の考察を行いたい。

 まず、本来は「まとめ」として考察するべきテーマについて最初に列記しておこう(つまり本来はこうしたものを「まとめ」として展開したかったわけである)。

①全体として、第28章のマルクスの展開を跡づけて、マルクスが如何に問題を整然と論理的に展開しているかを明らかにすること。

②マルクスは最後の最後に、銀行学派は貨幣資本(Geldcapital)と利子生み資本(moneyed capital)とを混同しているのだとしてその草稿を終えているが、そもそも銀行学派が貨幣資本と利子生み資本とを混同しているというのは、それまでの銀行学派批判のどういう事実にもとづいて言いうるのかということ(これが今一つよく分からないのである)。

③マルクスは「利子生み資本(moneyed capital)」という用語を冒頭のパラグラフと一番最後のパラグラフのたった2回だけ使っている。なぜ、こうした使い方をしたのであろうか? そもそもこの第28章は貨幣資本(moneyedcapital)論の本論の最初に置かれている。だから当然、貨幣資本(moneyedcapital)について多くの言及があってしかるべきなのに、それがたった2回だけ、しかも冒頭と最後という極端な使い方をしている。それはどうしてなのか、という問題。これも一応自分なりの回答は出した積もりだが、まだ十分納得しているとは言い難い。

④マルクスは銀行学派が銀行が発行する銀行券が支払手段として流通する限りは、すぐに銀行に還流してくる事実に注目し、だからそれは「資本の流通」を担うもので、それは「通貨」ではなく、「資本」なのだ、だからそうした銀行券がいくら発行されても「通貨」の増発にはならないのだ、と説明したことに注目する。
 マルクスか注目したのは、一つは彼らは銀行による銀行券の貸付を「資本の貸付」と捉えたことにあるように思える。これは銀行の貸付資本を「利子生み資本」であることを概念的に明確にしたマルクスにとって見逃せないところである。果たして銀行学派は銀行の貸付資本を利子生み資本という意味で「資本の貸付」といっているのかどうか、それが究明されなければならないとマルクスは考えたのではないか。
 しかし実際は、そうではなく、この第28章での考察で、彼らが「資本」という言葉で何を言っているのかが明らかになったわけである。だから彼らは通貨学派に対して「資本の貸付」を強調するが、それを「利子生み資本」として明確に概念的に捉えて言っているのではないこと。そればかりか銀行学派は経済実務家として経済の現実を経験的に知ってはいるが、しかしその経験的事実をただ現象的に叙述するだけであることが分かったのである。だからマルクスは銀行学派の批判を通じて利子生み資本の概念の重要性、その意義を再確認する意味でも、貨幣資本(moneyed capital)論の本論の最初に、銀行学派批判を持ってきたのではないかと思えるのである。

⑤マルクスは銀行学派が「資本の貸付」と言っているのは、実は銀行業者資本にとっての「資本」であることを暴露している。つまりそれは「元帳の立場」から見て、彼ら自身の資本の持ち出しになる場合に彼らはそれを「資本の貸付」になると言っているに過ぎないのである。つまり単なる信用による貸付を彼らはやるのだが、しかし結局、その単なる信用による貸付、つまり単なる支払約束(銀行券)だけで貸付を行っても、その銀行券が預金として還流してくると、彼らにとってはそれは単なる信用による貸付から借入資本の貸付に帳簿上転換することを、彼らは「次の交換日には銀行券は帰って来て、資本の貸付になる」と言っているのである。マルクスはこうした銀行学派の「資本の貸付」なるものが銀行業者的な利害にたった主張に過ぎないことを暴露している。ただそれは実際はどんなことを意味しているのかを必ずしも明確には指摘していない。
 マルクスが指摘しているのは、その銀行券がすぐに還流するのは、それが「資本」だからではなく、それが支払手段として機能するからだ(そしてその限りではそれは「資本の問題」ではなく「貨幣の問題」だ)というだけである。
 銀行業者にとって「資本の貸付」になるというのは、経済的には如何なる意味があるのか、それが今一つよく分からないのである。というのはこうしたマルクスの銀行業者的立場から見ての「資本の貸付」を、何かマルクス自身の理論であるかに捉えている学者もあるからである(例えば小西一雄氏)。だからこうした銀行業者的立場からの「資本の貸付」とはいったい何を意味するのかをもっと究明していく必要があるように思えるのである。

 以上が、だいたいこれまでで考えたことだが、まだもう少しあるかも知れないが、とりあえず、こうした課題を、本来は展開したいと考えていたのだが、しかし出来なかったわけである。

§冒頭のパラグラフの解明との関連で

 結局、上記の問題提起だけの課題は果たされずに、終わってしまったが、その後、全体の構成とも関連することで、思いついたことがあったので、日誌に書いた、それをここに転載しておくことにする。

〈●2004.1.7(水)晴れ

・……昨夜のウォーキングで考えたのだが、マルクスが第28章の冒頭で銀行学派のいう通貨と資本との区別は、結局は次の二つのことに帰着すると述べながら、その二つが何と何かについて明確に述べていない。そこで考えたのだが、私は一つはマルクスがⅠ)と番号を打った部分、つまりエンゲルス版では第28章に該当する部分を指し、もう一つはマルクスがⅡ)と番号を打った部分、つまり第29章に該当するのではないかとフト思ったのである。マルクスはⅠ)という番号をこの冒頭のパラグラフではなく、第二パラグラフに打っている。これを大谷氏はマルクスは後から番号を打ったために、本当は第一パラグラフに打つはずが間違って第二パラグラフの左端に打ってしまったのではないかと推測していた。しかし実はマルクスは間違って番号を打ったのではなく、この冒頭のパラグラフは、実はⅠ)とⅡ)とを併せた、つまりエンゲルス版の第28章と第29章を併せた部分に対する導入部分であると考えるなら、マルクスが第二パラグラフにⅠ)と番号を打ったのは納得が行くのである。そしてマルクスがこのⅠ)とⅡ)との導入部分と考えられるところで、銀行学派がいうところの通貨と資本との区別は、結局は、次の二つに帰着すると述べたのは、一つはⅠ)の部分であり、もう一つはⅡ)の部分だと考えたら、どうであろうか?
 このように考えるなら、Ⅱ)の部分、つまり銀行資本の架空性について述べていると大谷氏が解釈している部分も実は銀行学派の通貨と資本との区別を批判的に検討する部分の一部であると考えられないかと思うのである。つまり銀行学派の主張を批判しながら、「鋳貨としての流通手段と、貨幣と、貨幣資本と、利子生み資本という意味でのmoneyed Capitalとの区別」を展開しているのではないかと思うのである。だからそうした観点から、もう一度第29章を読み直して見る必要があるのではないかとも思う。〉

 実際、このように考えてみると、冒頭のパラグラフで「鋳貨としての流通手段と、貨幣と、貨幣資本と、利子生み資本という意味でのmoneyedCapitalとの区別」と述べながら、「利子生み資本」という概念を最後の最後(しかもエンゲルス版では第29章に該当する部分の中で)に述べているという奇妙なマルクスの第28章の展開の意味も分かるのである。つまりマルクスは「利子生み資本」についは主に第29章で論じており、だから第28章と第29章を併せて全体として見れば、ここでマルクスが述べている「鋳貨としての流通手段」や「貨幣」「貨幣資本」「利子生み資本」のそれぞれが分析されていると考えることも出来るのではないかと思うのである。第28章だけを見ているから、マルクスは冒頭のパラグラフで「利子生み資本」について述べながら、実際の第28章の本文では利子生み資本について一言も触れていないというまったく奇妙な展開になってしまうわけである。

 だから私は第29章に該当する部分で最初の数パラグラフは実は第28章の最後のあたりにくっつけるべきではないかと指摘したのだが、もし第28章と第29章が一体になっていると考えるならば、こうしたことも再考が必要になるだろう。つまりマルクスは別に前後してこの数パラグラフを間違ってⅡ)の中に入れてしまったという訳ではないのかも知れないからである。

 Ⅱ)の最初にマルクスが〈こんどは、銀行業者の資本がなにからなっているかをもっと詳しく考察することが必要である〉と書いたあと、再び〈いま見たように、フラートンその他は「流通手段」としての貨幣と「支払い手段」としての貨幣との{地金の流出が関わるかぎりでは、また「世界貨幣」としての貨幣との)区別を「通貨」と「資本」との区別に転化させる〉〈 「資本」がここで演じる役割が奇妙なものであるために、この銀行業者学派は、……貨幣は「とりわけすぐれた意味での」資本なのだと、教え込む〉〈……そのようにして「貨幣資本(GeldCapital)」が「利子生み資本」の意味でのmoneyed Capitalと混同されるのであって、前者の意味では資本はつねに、それ自身がとる「商品資本」および「生産資本」という形態とは区別されたものとしての「貨幣資本(GeldCapital)」なのである〉と銀行学派の主張を取り上げている。このマルクスが最後に言っていることを考えると、銀行学派は本当はGeld Capitalなのに、それをmoneyed Capitalだと思い込んでいるということであろうか? この点ではマルクスは〈もっとあとでの研究で明らかにするように〉と述べるだけでここでは問題を深く追求していない。
 ところでこの銀行学派について触れた部分は、マルクスが〈銀行業の資本がなにからなっているか〉といった問題とは明らかに横道にずれている。なぜマルクスはⅡ)の冒頭〈こんどは、銀行業者の資本がなにからなっているかをもっと詳しく考察する〉と言いながら銀行学派について再び触れる必要があると考えたのかが問題なのである。つまりこの銀行学派に触れた部分は、むしろⅡ)で主に論じる問題も銀行学派の批判と関連があることを示すための導入部分ではないのかと思えるのである。だからこのⅡ)の第二パラグラフ以下の銀行学派への言及は、決してⅠで論じるべきものがⅡ)にずれ込んでいるというのではないと考えることもできるわけである。
 マルクスはこの導入部分で、これから問題にするのは銀行学派の「Geld Capital」と「moneyed Capital」との混同であることを示唆している。ただそれは〈もっとあとの研究で明らかにする〉のであり、とりあえずはそれを明らかにする前提として〈銀行業者の資本がなにからなっているか〉を前もって分析しておく必要があるのだと考えているように思えるのである。
 ただその次にマルクスが〈Ⅰ)については、…… 〉として続けている三つのパラグラフについては、恐らく、マルクスはⅡ)の導入としてⅠ)で論じたフラートンらの混乱をまとめた際に、突然、Ⅰ)でさらに論じるべき問題が思い浮かんだのであろう。たから〈 Ⅰ)については、さらに次のような疑問も起こるであろう。…… 〉と書き足したのである。そしてそれは再びⅠ)の適当なところでその問題を展開する必要があると考えたので、その左横に縦線で括って印をつけたのであろう。

 果たしてこの第29章も銀行学派の批判の一環として、彼らが通貨と資本との区別として論じている混乱を批判し、鋳貨としての流通手段と貨幣と貨幣資本と利子生み資本との諸区別を明確にするというマルクスの意図のもとに書かれていると言えるのかどうか。しかし、結論から言えば、実際、第29章をそうした観点から読み直しても、残念ながら、そうした感触は得られなかったのである。
 確かに最初のあたりは銀行学派の批判が続いているが、しかしやはり全体としてここで分析されているのは、銀行業資本は何から構成されているかを明らかにすることであり、その分析を通じて銀行業資本のほとんどは架空なものであることを明らかにすること、そしてそれを通じていわゆる貨幣資産の多くは貨幣請求権の蓄積に過ぎず、また預金も実際の流通貨幣からみて何倍も何十倍ものものが形成されること、そうした信用制度の架空性とそれらが一人歩きして、現実の資本や生産から遊離していく実際的な内容が暴露されているように思える。だから第29章は全体として見れば、やはりどう見ても銀行学派批判と見ることはできないように思えるのである。ただ言えることは、第29章も未完成であり、その終わり方はかなり中途半端な感じで終わっており、まだまだ分析としては続くような印象はある。しかし少なくとも現行の第29章は銀行学派批判とは必ずしも言えない。その最初の一部分を除いて、銀行学派の批判そのものはまったく現れないからである。しかしまあ、第29章に該当する部分については、その部分の解説のところでもう一度考えてみることにしよう。
 というわけで、私の一つの思いつきはやはり思いつきに過ぎなかったと、今の時点では結論づけておくことにする。(というのは、まだ第30~32章の検討の中で再び、この思いつきが復活する可能性はないとは言えないからである)。

                                                                                                                 《完》

 (一応、以上で第28章の解説は終えることにする。最後は、なかなかうまく纏めることができなかったが、ご容赦ねがいたい。この後、引き続き、第29章の解読に移る予定であるが、少しの間、時間をとって、これまでの第28章の解説の電子書籍化を試みたいと思っている。だからそれが終わった時点の適当な時に、第29章の解説を開始することにしたい。)

2015年10月13日 (火)

林理論批判(22)

 《第9期(2012年)「通信No.18」で明らかにされた林見解の批判的検討》

 当初は、「社会主義における分配問題」は前回で終り、今回からは「有用労働による価値移転問題」を取り上げる予定であったが、ノート類を調べていると、分配問題に関連して、第9期(2012年)の「通信No.18」で発表された林紘義氏の「見解」なるものに対する批判的コメントを書いたものがみつかったので、それもついでに紹介しておこうと思うようになった。これもいうまでもないが、支部会議に「通信」を検討するための資料として提出したものである。
 この「通信No.18」については、前回、林理論批判(21)でも、その一部を紹介して論じていたものでもある。恐らくその部分は、この通信を見ていないものには、何のことかよく分からなかったのではないかと思う。例えば、次のように私が批判しているところは恐らく何を言いたいのかよく分からなかったのではないかと思う。

 〈一時期、林氏はこの論文の誤りを認めたのであった。そのときには、次のように書いていた。

 〈林の陥っていた勘違いとは、第二部門の「生きた労働」と第一部門の「過去の労働」との相互補填において、第二部門の消費手段と交換される第一部門の生産手段を、第一部門の生産手段のすべてと思い込んでいた--第二部門の生産物(消費手段)と交換される第一部門の生産物(生産手段)は、当然に第一部門の「生きた労働」が生産する生産手段のすべてだと無反省に思い込んでいた--ため、混乱した迷路に迷い込んでしまった〉 (通信No.18〔第9期〕)

 当初、この〈勘違い〉なるものは不可解だったのであるが、どうやらそれもうっすらと分かりかけてきた。つまり林氏は、第一部門の生産手段もすべて第二部門の消費手段の生産のためにあるのだから、ある年度の総生産を考えたら、それらはすべて均衡条件のもとで同時並行して行われ、第二部門の生産物である個人的消費手段に最終的に還元できる(v+mに還元できる)と考えたのである。だから林氏は第一部門の生産物のすべてと第二部門の消費手段と交換されると〈思い込んでいた〉というわけである。

 今回の主張はまさにそうした主張、つまり以前〈勘違い〉だったと自己批判した主張に戻っている。仁田氏が退会したから、もう誰からも批判されても大丈夫などとタカをくくったからかどうかしならないが、要するに、以前〈勘違い〉や〈混乱した迷路に迷い込んでしまった〉と総括したものの、もう一つハッキリしなかったが、要するに、それは林氏自身がハッキリと問題点を掴んでおらず、依然として〈混乱した迷路〉の中にあり続けたということなのであろう。〉

 このように前回の《 「マルクス主義同志会第10回大会報告」を読んで 》では書いたのであるが、〈仁田氏が退会したから、もう誰からも批判されても大丈夫などとタカをくくったからかどうかしならないが〉などというような一文は、恐らく何のことかサッパリ分からなかったのではないかと思う。しかしそこらあたりも今回の「通信No.18」の関連部分を読んでいただければよく分かると思うのである。
 そういうわけで、今回も、しつこいようでもあるが、もう一度、「社会主義における分配問題」を論じることにしよう。

§§§通信No.18の林氏の見解なるものについて§§§

【はじめに】

 第9期(2012)の通信No.18(17とあるが18の間違いらしい)に、代表委員会のセミナーの報告についての議論の紹介という形で、林氏の「誤解」なるものが紹介されている。一見すると、何を言いたいのかよく分からない。これまでの自らの見解の誤りを認めているようにも読めるが、そうでないような感じもするという奇妙な文章なのである。これは1163号掲載の論文〔この論文の批判的検討も後に提示する機会があるであろう〕について、書かれていた、以前の通信No.8の文章とも共通したものであり(この時も、一方では何か画期的なものであるかに自賛すると思うと、自信の無いような書き方をしていた)、慎重に検討する必要がありそうである。なおこの通信には、代表委員会で検討した林氏のレジュメが「別掲文書」として付いているが、それについては、別途検討することにしたい。

◎通信の当該部分

 通信の当該部分は、次のような一文である。

 〈代表委員会は3日(土)、平岡にも上京してもらい、報告文書の根底について、林の提出のレジュメを中心に議論、セミナーに向けて意思一致を勝ち取り、あと1月、セミナーの意義と重要性を再度確認、全員で成功のために一致して奮闘する決意も固めました。
 林の今回のレジュメの意義は、林の勘違いを修正したうえでのものです。林の陥っていた勘違いとは、第二部門の「生きた労働」と第一部門の「過去の労働」との相互補填において、第二部門の消費手段と交換される第一部門の生産手段を、第一部門の生産手段のすべてと思い込んでいた--第二部門の生産物(消費手段)と交換される第一部門の生産物(生産手段)は、当然に第一部門の「生きた労働」が生産する生産手段のすべてだと無反省に思い込んでいた--ため、混乱した迷路に迷い込んでしまったことを総括し、その点を修正したものでした。林は仁田の見解を反省してその正しさを確認し、他の代表委員その他に注意を促したのですが、田口らは「読んでない」などと無視していました。ただ問題を「価値」として論じている限りは社会主義における分配の原則--その根底の概念は『海つばめ』で論じたとおりですが--は正当であり、今回のレジュメでは自動車だけでなく米も入れて、社会的な形で補っています。この二番目の表の第一部門の6という数字は、第二部門の消費手段と相互補填される第一部門の生産手段の価値部分を表現しています。
 実際、『資本論』の理論の大体の重要な内容は理解しているつもりでも、社会主義の分配を考えようとするだけで、こんな落とし穴が、知識の欠損部分があることを確認することになりました。そして欠損部分に気がつかないと、色々マルクス主義からそれて混乱した闇夜にさまよい込むことがあるということも反省しました。そんなわけであれこれ紆余曲折がありましたが、それを克服して、代表委員会としては、社会主義の概念をより明白にして報告文書を作成し、セミナーの課題に答えて臨むことができると確信します。
 また『海つばめ』の今号の田口の原稿は、問題の所在も重要性さえ理解しないで--セミナーの課題など「重要でない」などと主張し--、さらにまた新しいドグマを並べながら--最後のパラグラフの「生産手段を作った労働はいつ支払われたのか。それは前提すればよい」といった、わけのわからない“神話”を持ち出したり、「価値規定による分配」の議論をしているときに、使用価値にかかわる問題である「高度に発展した生産力」といった的外れの議論に走り、セミナーを盛り上げ、多くの人を結集しようとしている努力に、客観的に言って水をかけるようなものとなっており--代表委員会は田口に、前向きに、課題の解決に接近するようなものを書くべきであり、書いてほしいと十分要請しておいたのですが--、『海つばめ』掲載はよくなかったと思いましたが、前号でも予告していることであり、また代表委員が山田の事情--つれ合いの緊急の大手術--で、この時期の会議や活動に2、3日全く参加できなかったこともあって、柔軟に、具体的に対応できませんでした(林と田口だけの会議だと動きがとれません)。弁解にもなりますが、事実として報告しておきます。
 林のレジュメは基本的に了承され、この観点で労働者セミナーに臨むことに意思が一致しました。セミナーの報告文書が遅れることもあり、会の内部で議論も進んでいることを考えて、このレジュメを全会員に配布しますので、基本的に、これを中心に議論、検討を進めてください。また、林と田口が(剰余価値)の生産の所を違った観点から報告することになっていましたが、田口が報告する必要がなくなったということで報告者から降りると意思表示、林だけの3つの報告でやることになりました。林は、もう一つ、最初に「労働価値説と価値規定」といったテーマを設定、四つのテーマを三人でやるといいと提案しましたが、支持が少なく、また誰もこれこれのテーマでやるという代表委員もおらず退けられました。3つの報告でやり、議論の運営をどう行うかは、もう少し後で明らかにします。〉

 ここで触れている〈林の提出のレジュメ〉なるものは、別紙として「通信」に付けられているが、これについては別途検討することにする。よって、その別紙に関連して言及している部分も、その別紙とともに考えることにしたい。

◎〈林の勘違い〉なるものについて

 以下、個条書き的に問題ごとに検討してみる。

(1)さて、林氏の〈勘違い〉なるものは、次のようなものだと書かれている。

  〈林の陥っていた勘違いとは、第二部門の「生きた労働」と第一部門の「過去の労働」との相互補填において、第二部門の消費手段と交換される第一部門の生産手段を、第一部門の生産手段のすべてと思い込んでいた--第二部門の生産物(消費手段)と交換される第一部門の生産物(生産手段)は、当然に第一部門の「生きた労働」が生産する生産手段のすべてだと無反省に思い込んでいた--ため、混乱した迷路に迷い込んでしまった〉

 しかしこれはおかしな話である。まず林氏は何の反省もなく、〈 「生きた労働」 〉とか〈 「過去の労働」 〉などと述べているが、そもそも林氏はこうしたカテゴリーそのものはブルジョア的な観念にもとづくものだと言ってこなかったであろうか。林氏は、かつては次のように述べていたのである。

 〈一見して、自動車生産のためには、機械や鉄鋼に支出された労働日が前提とされ、その労働日は「過去の」労働日として、つまり「移転されてきた」労働日として現象するのであって、何か前年度の労働の結果であるかに見える、しかし実際には、この労働日は生産手段を生産する労働として、現実的であり、“同時並行的”である、つまり総労働日の三分の二を占める生産手段を生産する労働日の中に含まれている、つまり年々の総労働日の一部であり、一環であるにすぎない。このことの認識こそ決定的であり、「有用的労働による価値移転論」等々の空虚なことを明らかにしているのである。この労働日について価値移転論者のように“二重計算”することは――つまり一方で「過去の労働」として、他方で新しい生産的労働として――ナンセンスであり、社会主義における生産と分配の観念をどこかに追いやってしまうのである。〉
 〈田口は「過去の労働」なくして、現在の我々の生活も生存もないと強調するが、実際には、現在の労働なくして、現在の我々の生活の再生産も我々の生命の存続もないのであって、「過去の労働」なるものが、生産手段等々が自動的に、それをもたらしてくれるわけではない。
 そしてこのブルジョア社会では、「過去の労働」が資本として、不変資本として存在する限り、田口は資本なくして、労働者の、人類の生存も生活もないと叫んでいるのと同じではないのか。これはまさに資本に対する「物神崇拝」であり、資本を神として祭り上げることではないのか、資本への崇拝と、したがってまた永遠の屈従を説くことと同じではないのか。〉
(1163号)

 このように林氏は〈 「過去の労働」 〉など考える必要はない。そんなものを問題にするのはナンセンスであり、資本に対する物神崇拝だなどと言ってきたのである。そうした自分のこれまでの主張について何の反省も無く、〈 「過去の労働」 〉と〈 「生きた労働」 〉について語り、価値の「移転」を平気で論じる精神が分からないのである。
 林氏は、上記の『海つばめ』からの引用文のなかで述べている〈このことの認識こそ決定的〉だとする主張を、一体、どうするつもりなのであろうか。それは〈勘違い〉によって〈闇夜にさまよい込んだ〉混乱として取り下げるのか、それともそれはいまだに〈決定的〉に正しいものとして考えているのか、ハッキリさせるべきではないのか。

 しかも、この一文の中にもすでに〈勘違い〉がある。〈第二部門の「生きた労働」と第一部門の「過去の労働」との相互補填において〉と述べているが、これは正しくは〈第一部門の「生きた労働」と第二部門の「過去の労働」との相互補填において〉であろう。

 しかしそれにしても、〈第二部門の消費手段と交換される第一部門の生産手段を、第一部門の生産手段のすべてと思い込んでいた〉というのは一体どういうことであろうか。単純再生産の表式を考えてみよう。

 I 4000c+1000v+1000m=6000
 II 2000c+ 500v+ 500m=3000

 さて、ここで林氏は〈第二部門の消費手段〉、つまり2000cと交換される〈第一部門の生産手段を、第一部門の生産手段のすべてと思い込んでいた〉というのであるが、それだと、2000と6000とが交換されるなどと〈思い込んでいた〉ということにならないか。こんな数字的に見ても明らかにありえないことを〈思い込んでいた〉というようなことがありうるのだろうか。〈勘違い〉などと言っても、これでは俄かには信じられないのである。

 そして林氏はその〈思い込んでいた〉内容を補足して、〈--第二部門の生産物(消費手段)と交換される第一部門の生産物(生産手段)は、当然に第一部門の「生きた労働」が生産する生産手段のすべてだと無反省に思い込んでいた--〉とも述べている。ここで〈第一部門の「生きた労働」が生産する生産手段のすべて〉というのが曲者である。というのは、第一部門の「生きた労働」が生産するのは、6000の価値ある生産手段のすべて、つまりその使用価値のそのすべてを生産することは、明らかだからである。しかし、その「生きた労働」の抽象的人間労働の属性によって形成される生産手段の価値は、6000のうち2000=(1000v+1000m)だけであり、残りの4000はその「生きた労働」の具体的有用労働の属性によって、「過去の労働」によって形成されたものが、新たな生産物(生産手段)へと移転されたものだからである。
 しかも林氏は第二部門の消費手段と交換されるのは、第一部門の生産手段のすべてだと理解していたというが、もしそれが〈 「生きた労働」 〉によって形成された価値部分だと理解していたというのなら、それ自体は何も〈勘違い〉でもなんでもないであろう。というのは、第一部門の「生きた労働」によって形成された価値部分というのは「1000v+1000m」であり、それが第二部門の「2000c」と交換されると理解していたのなら、何も間違ってはいないからである。
 そうではなくて、第一部門の生産手段のすべてだというのが、第一部門の6000の価値ある生産手段のすべてだと理解していたというのなら、そもそも第一部門で生産される生産手段のすべてが第二部門の消費手段の生産のための生産手段であるという前提に立つことになるが、そんなことはありえないことである。なぜなら、生産手段の生産のためにもやはり生産手段が必要だからである。林氏はそんなことも分からなかったというのであろうか。こんな馬鹿げた話があるだろうか。
 だから林氏が〈誤解〉だということの内容は、どう考えても納得の行くようなものではないのである。林氏の理解だと、どう考えても、2000と6000とが交換されると〈思い込んでいた〉ことになってしまうが、これでは数字的にどう考えても〈勘違い〉するような話ではない。だから林氏が自身の誤りを〈勘違いだ〉などというのは眉唾物としか言いようがないのである。ここには明らかに何らかの誤魔化しがあるとしか考えようがないのである。

(2)次に林氏は仁田氏の見解なるものを持ち出し、次のように述べている。

 〈林は仁田の見解を反省してその正しさを確認し、他の代表委員その他に注意を促したのですが、田口らは「読んでない」などと無視していました。〉

 ここで〈仁田の見解〉と述べているものは、通信No.15の「各組織からの報告」の兵庫の欄に書かれている次の一文を指すと考えられる(しかし明らかに誤植と思えるところは訂正してある)。

 〈兵庫(仁田の林批判。「4000の生産手段と2000の生きた労働とが結びつき、6000の価値を形成し、その4000の生産手段の使用価値と生きた労働が結びつき、6000の生産手段の使用価値を形成していると言って何らおかしくはない」。…(中略)…--仁田の意見はある意味でその通りとして、林はその理論で社会主義の分配が「価値規定にもとづいておこなわれる」ということがいかに説明されるか、ということです・林)〉

 この仁田氏の林批判としてカギ括弧で紹介されている部分は、正確に仁田氏の報告で述べていることなのかはハッキリしないが、とりあえず、仁田氏の主張と前提して、まずこの一文を検討しておこう。
 まず最初に仁田氏が言っていること--「4000の生産手段と2000の生きた労働とが結びつき、6000の価値を形成」する--は、明らかにおかしい。「4000の生産手段」というのは、「4000の過去の労働が対象化されている生産手段」と理解するなら、それと「2000の生きた労働」とが結びついて、「6000の価値を形成する」のではないからである。2000の生きた労働は2000の価値しか形成できない。2000の生きた労働は、その抽象的人間労働の契機で、2000の価値を形成し、その具体的有用労働の契機で、4000の生産手段の価値を新たな生産物に「移転」し、「保存」するのであって、この価値部分は「移転」され、「保存」されたとは言えても、決して「形成」されたものとは言えないからである。
 そして仁田氏は、その一文に続き「その4000の生産手段の使用価値と」と述べている。とするなら、最初の「4000の生産手段と」というのは、「4000の生産手段の使用価値」について述べていないことになる。しかし生きた労働と結合するのは、生産手段の使用価値であって、決して価値ではない。生きた労働は生産手段の価値に働きかけるのではないからである。「結びつき」というなら、生きた労働はあくまでも生産手段の使用価値に作用すると理解すべきである。マルクスも、具体的な有用労働は、生産手段の価値には作用しないと述べている。ただ生産手段の使用価値を実現して(生産手段を生産的に消費して)新たな使用価値を産み出すが故に、消費された生産手段の価値は、保存されて、新たな生産物に移転されるのだ、と述べているのである。生きた労働は生産手段の持っている価値に直接何らかの作用を及ぼした結果、その生産手段の価値が新たな生産物の価値として再形成されるのではないのである。生産手段の価値が新たな生産物に移転して、追加された価値と合算されるのは、過去の労働と生きた労働が「結びつ」くからだなどという理解は必ずしも正しいとはいえないのである(但し、過去の具体的有用労働が生産手段の使用価値として対象化されて存在していると理解するなら、そうした言い方そのものは決して間違いではないのだが)。
 次に仁田氏が述べていること、すなわち「その4000の生産手段の使用価値と生きた労働が結びつき、6000の生産手段の使用価値を形成している」というのはどうであろうか。これはもし厳密な形で書き直して、「4000の価値をもつ生産手段の使用価値と2000の生きた労働とが結びつき、6000の価値ある生産手段の使用価値を形成した」ということなら、何も問題はない。しかし、こうした一文と、先の一文がどうして平行して言われる必要があるのか、いま一つよく分からないのである。
 この通信では林氏は〈仁田の意見はある意味でその通り〉と仁田氏の意見を受け入れているようである。しかし、仁田氏の意見は、上記のようにやや曖昧な点は残るが、こうした主張は、これまで田口氏や森氏などが繰り返し、林氏を批判して論じてきたことではないのか(そんなことは私自身も何度も指摘してきた)。そうしたこれまでの批判に対しては一貫して、たわごとであり、ナンセンスと言っていながら、仁田氏の意見だけを是認するというのもよく分からないのである。
 例えば最近の田口氏の林批判の『海つばめ』の記事を見ると、次のような批判が展開されている。

 *〈労働者に分配されるのは、労働者がその年に新たに付け加えた労働分である。再生産表式でいえば、生産手段生産部門の1000v+1000mと消費手段生産部門の500v+500mの合計3000である(先にのべたように社会主義では必要労働vと剰余労働mの区別はなくなるが、話を分かりやすくするために資本主義の再生産表式を利用した)。生産手段生産部門の4000cと消費手段生産部門の2000cの部分は翌年の生産手段として再生産される。社会的生産物に支出された労働量は全体では9000(資本主義的にいえば生産物価値)であり、このうち移転された労働量は両部門の生産手段の6000、新たに付け加えられた労働は3000(同、価値生産物)である。〉

 こうした主張には何も間違ったことはない。もし林氏が自身の〈誤解〉なるものを自覚し、是正したというのなら、こうした田口氏の主張を正しいと認めるべきであろう。しかし、こうした田口氏の批判を受けても、何の反省もしなかった林氏が、仁田氏の先の見解には〈その通り〉などと応じているのは、どうしたことであろうか。果たして、林氏は自己のこれまでの主張の誤りを本当に理解し、それを訂正しているのであろうか、それが問題である。

(3)次に林氏は、〈ただ問題を「価値」として論じている限りは社会主義における分配の原則--その根底の概念は『海つばめ』で論じたとおりですが--は正当であり、今回のレジュメでは自動車だけでなく米も入れて、社会的な形で補っています。この二番目の表の第一部門の6という数字は、第二部門の消費手段と相互補填される第一部門の生産手段の価値部分を表現しています〉と書いているが、これについては、〈別掲文書〉に関連するので、そこで検討することにしよう。

(4)その次には、次のように書かれている。

 〈実際、『資本論』の理論の大体の重要な内容は理解しているつもりでも、社会主義の分配を考えようとするだけで、こんな落とし穴が、知識の欠損部分があることを確認することになりました。そして欠損部分に気がつかないと、色々マルクス主義からそれて混乱した闇夜にさまよい込むことがあるということも反省しました。そんなわけであれこれ紆余曲折がありましたが、それを克服して、代表委員会としては、社会主義の概念をより明白にして報告文書を作成し、セミナーの課題に答えて臨むことができると確信します。〉

 もちろん、人が自分のことをどう思おうと、それは勝手というものであるが、しかし客観的に見て、林氏のこれまでの主張を見る限り〈 『資本論』の理論の大体の重要な内容は理解している〉どころか、もっとも基本的な理解さえ持っていないことが暴露されているのではないか。それに林氏が〈社会主義の分配を考えようとするだけで、こんな落とし穴が、知識の欠損部分があることを確認〉したというのはウソであろう。なぜなら、そもそもの出発点は「有用労働による価値移転」問題であり、「社会主義の分配」などを問題にしだしたのは、最近のことだからである。そして林氏がまさに有用労働による価値移転を否定した自己の間違った主張を正当化するために、アレコレ持ち出してきた屁理屈のなかに、再生産論に対する無理解や、社会主義の概念の根底として称して、社会主義の分配を問題して、同じような混乱に陥っているだけではないのか。社会主義の分配を考えたから間違いに気付いたとかいうのは取ってつけたような誤魔化しであり、自身の最初からの間違いを認めようとせずに、居直ろうとするためのカモフラージュでしかないであろう。
 しかしそれにしても問題なのは、こんなもっとも基本的な認識の欠如が明らかになっていながら、いまだに自分は、会員や一般参加者を前にして、何か立派な報告をやって有意義なセミナーを行うことができるのだと考えていることである。その面の皮の厚いのには驚くしかない。“傲岸無恥”というのはこういうことを言うのであろう。

(5)林氏は一方で、自身の間違いを単なる〈誤解〉や〈勘違い〉といったちょっとしたミスのように装いながら、他方で、相変わらず田口氏に対しては批判する資格があるとどうやら考えているようなのである。しかし、林氏が自身の間違いを認めるということは、すなわち田口氏の批判をも受け入れることでなければならないのではないか。一体、こうした田口攻撃は、ただ自分の決定的な間違いに対する会員の批判を逸らすための、姑息なやり方ではないのか。時の権力者は自身の政治的失敗に対する国民の批判をかわすために外国などに敵を作り、排外主義を煽って、自分に対する批判の矢が集中するのを防ごうとするが、林氏の田口攻撃は、まさにこの類の“汚い手”なのである。林氏の田口攻撃が果たして正当なものか検討してみることにしよう。

 〈また『海つばめ』の今号の田口の原稿は、問題の所在も重要性さえ理解しないで--セミナーの課題など「重要でない」などと主張し--、さらにまた新しいドグマを並べながら--最後のパラグラフの「生産手段を作った労働はいつ支払われたのか。それは前提すればよい」といった、わけのわからない“神話”を持ち出したり、「価値規定による分配」の議論をしているときに、使用価値にかかわる問題である「高度に発展した生産力」といった的外れの議論に走り、セミナーを盛り上げ、多くの人を結集しようとしている努力に、客観的に言って水をかけるようなものとなっており--代表委員会は田口に、前向きに、課題の解決に接近するようなものを書くべきであり、書いてほしいと十分要請しておいたのですが--、『海つばめ』掲載はよくなかったと思いましたが、前号でも予告していることであり、また代表委員が山田の事情--つれ合いの緊急の大手術--で、この時期の会議や活動に2、3日全く参加できなかったこともあって、柔軟に、具体的に対応できませんでした(林と田口だけの会議だと動きがとれません)。弁解にもなりますが、事実として報告しておきます。〉

 しかしそれにしても、同じ会員に対する批判とも思えないような書きぶりである(これはすでに「批判」というより「攻撃」、「口撃」と言った方が相応しい)。一体、田口氏は論文のどこで〈セミナーの課題など「重要でない」などと主張し〉ているというのであろうか(田口氏の論文を「重要」という文字で検索してもまったくヒットしない。つまり〈 「重要でない」 〉などと如何にもかぎ括弧を使って、田口氏の論文から引用しているかのように装っているが、田口氏の論文には「重要」という文字さえ一つも含まれていないのである。だからこれは明らかにでっち上げ以外の何物でもない! こんな汚いやり方が果たして許されるのだろうか!)。なんという醜いいやらしい人間であろうか。こんな攻撃を同じ会員に対してするような人が、革命党派の一員といえるだろうか。人間としてもただ軽蔑するだけである。田口氏相手なら何もやっても構わないとでも、林氏は思っているのであろうか。

 林氏によると、田口氏は〈また新しいドグマを並べ〉ているのだという。その内容は、田口氏の論文の最後で述べていることだということなので、その論文を見てみよう。ただ最後のパラグラフだけを引用しても分かり憎いので、その内容を理解するためにはもう少し前から読むべきであろう。実は、先に紹介した田口氏の一文(を記した引用文)は、今回、紹介する最後のパラグラフの一つ前に来るものなのである。だから重複を恐れず引用すると、それは次のようになっている。

 〈次に分配の問題に移ろう。
 労働者に分配されるのは、労働者がその年に新たに付け加えた労働分である。再生産表式でいえば、生産手段生産部門の1000v+1000mと消費手段生産部門の500v+500mの合計3000である(先にのべたように社会主義では必要労働vと剰余労働mの区別はなくなるが、話を分かりやすくするために資本主義の再生産表式を利用した)。生産手段生産部門の4000cと消費手段生産部門の2000cの部分は翌年の生産手段として再生産される。社会的生産物に支出された労働量は全体では9000(資本主義的にいえば生産物価値)であり、このうち移転された労働量は両部門の生産手段の6000、新たに付け加えられた労働は3000(同、価値生産物)である。
 この新たに付け加えられた労働量(生産物価値)3000が労働者に分配されるのであり、「労働に応じた配分」となんら矛盾しない。林氏は価値移転論に従えば、生産手段の部分(9000)も分配の対象となるなどと言うが、まったく理解に苦しむ。
 生産手段をつくった労働6000は何時支払われたのか。それは前提すればよいのである。社会主義は資本主義のもとでの高度に発展した生産力を基礎として可能である。また資本主義を打倒した社会主義は、資本主義から生産手段(これも結局は労働者による労働の成果であるが)を受けつぐ。また、社会主義における拡大再生を考えれば、生産規模拡大のために新たに生産される生産手段に支出された労働分は分配されないのである。分配されなくても決して困らない。搾取のない社会主義は物質的に資本主義よりはるかに豊かなのだから。〉

 これを見ると、先に紹介したときには細かな詮索は省略したのであるが、詳しく見ると、田口氏の理解にはかなり曖昧な部分があることは否めない。しかし、それを〈 “神話” 〉であるなどと言っても何も批判したことにはならないであろう。林氏は、田口氏のあいまな部分を的確に批判することは恐らくできないし、あんな基本的なことさえ分かっていない林氏に、それができるはずもないのである。
 田口氏の理解が曖昧なのは、〈労働者に分配されるのは、労働者がその年に新たに付け加えた労働分である〉としたことである。確かに労働者はその年に彼らが新たに追加した労働分と同じだけの労働が対象化されている消費手段(つまり消費手段生産部門の生産物3000)の配分を受けるのだが、しかしそれはその年に労働者が新たにつけ加えた労働が対象化されている生産物そのものではないということが曖昧なのである。なぜなら、〈生産手段生産部門の1000v+1000m〉は、物質的に生産手段だからである。また同じ曖昧さがあるのは、〈生産手段生産部門の4000cと消費手段生産部門の2000cの部分は翌年の生産手段として再生産される〉としていることである。この二つの部門の不変資本部分、つまり生産手段は、生産手段生産部門の総生産物6000として再生産されているのである。だから〈消費手段生産部門の2000cの部分は翌年の生産手段として再生産される〉などというと訳が分からなくなるのである。そもそも〈この新たに付け加えられた労働量(生産物価値)3000が労働者に分配される〉などというが、労働量が配分されても、労働者は労働量を消費するわけではない、新たにつけ加えられた労働量と同じだけの労働が対象化されている消費手段生産部門の全生産物3000が分配されるのである(その全生産物は、「過去の労働2000」と「生きた労働1000」とが合算されたもので、決して新たに追加された労働だけの産物ではない!)。しかしいずれにせよ、田口氏がいうように、〈林氏は価値移転論に従えば、生産手段の部分(9000)も分配の対象となるなどと言うが、まったく理解に苦しむ〉というのはまったく正当な疑問ではないだろうか。これはまさに今回、林氏が〈第二部門の消費手段と交換される第一部門の生産手段を、第一部門の生産手段のすべてと思い込んでいた〉という〈勘違い〉にもとづく主張ではないのか。とするなら、こうした田口氏の批判は、まったく林氏の混乱を突いた正当なものではないか。
 田口氏の理解が曖昧なのは、〈生産手段をつくった労働6000は何時支払われたのかそれは前提すればよいのである〉などと述べていることである。生産手段6000のうち、今年度に新たに対象化された労働は2000であり、だからその労働部分は、消費手段生産部門の生産物3000のうち2000によって「支払われ」るのであり、残りの4000は前年度の「過去の労働」の生産物(生産手段)が今年度の生きた労働によって消費されて加算された部分だから、今年度の労働分ではないのである。だから当然、それは「支払われ」る必要はない。だからまた「前提すればよい」というようなものでもないのである。
 また田口氏が、最後につけ加えている文章は、その前の文章とどういう繋がりがあるのか不明な部分があるが、しかし言っていることは別に間違ったことを言っているわけではない。拡大再生産を前提すれば、資本主義的生産では剰余労働に相当する労働が必要であり、だからその労働部分は、社会的には控除の対象であり、労働者には配分されないというのは正しいであろう。

 とにかく田口氏の論文は、その意味では曖昧な点を含んでいるが、しかしだからといって、その論文が林氏がいうような〈セミナーを盛り上げ、多くの人を結集しようとしている努力に、客観的に言って水をかけるようなものとなってお〉るというようなものでは決してないであろう。林氏は自分を批判するものは、セミナーを台無しにすると言い募るのであるが、林氏の混乱したものをただ翼賛すれば、セミナーの課題なるものを果たすことになるのであろうか。林氏の主張を批判的に検討することも、またセミナーの課題に答えることではないのか。それどころが林氏の主張が〈誤解〉や〈勘違い〉にもとづいたものだと林氏自身が認めるのなら、その不備を指摘し、批判するものこそ、セミナーの課題に答えようとするものといえるのではないだろうか。林氏は、〈セミナーの課題〉などを振り上げて田口氏を攻撃しているが、要するに、自分の間違いが決定的になったことに狼狽して(というのは、林氏は通信No.8で自分の主張が〈もし正当な理論だとするなら、同志会にとって決定的に重要であり、我々の歴史的な“存在理由”をきわめて鮮明に明らかにしたものといえます。正当でないということになると大変です〉などと述べていたからである。つまりそれが〈正当でない〉ということが今や決定的に明らかになり、〈大変〉だとの思いが、林氏にはあるわけだからである)、ただ田口氏を“生贄の羊”に仕立て上げ、自分の恥知らずな間違いを誤魔化そうとしているだけではないか。林氏には〈セミナーの課題〉など眼中にないことは明らかである。もしそれが重要なら、すぐにセミナーを中止すべきではないのか。こんな基本的な間違いをしている人物が報告するようなセミナーなどいうものは、到底、その課題を果たすことは期待できないからである。
 さらに見過ごすことができないのは、林氏は田口氏の論文を握りつぶして、『海つばめ』への掲載を押しとどめようとしたと書いていることである。掲載してしまったことについてアレコレ言い訳をしているが、掲載したことが問題なのではなく、むしろその掲載を押しとどめようとしたことの方が問題なのではないか。林氏にはそうした自覚すらないのである。田口氏の論文は確かに曖昧な点もあるが、しかし林氏のこれまでの記事の混乱に比べれば、はるかにましなものである。林氏はこれまで自分自身の混乱した記事を掲載した責任については何の反省もしないくせに、少々の曖昧さのある田口論文を載せたことが大問題であるかに言い募っているのである。一体、どこまでずうずうしいのであろうか。それより、林氏は『海つばめ』にこれまで混乱した記事を掲載したことを総括し、読者に謝罪する反省文を掲載すべきではないのか。過去の間違った、混乱した記事を書き散らしたことについて、何の反省もないままに誤魔化そうとするのか。一体、同志会の会員は、こうした林氏の傲岸不遜な振る舞いを許してよいのであろうか。『海つばめ』の理論的権威を地に貶めたその大罪は、贖いきれないほど重く、深いものであり、もはや取り返しはできないであろうが。

(6) 〈林のレジュメは基本的に了承され、この観点で労働者セミナーに臨むことに意思が一致しました。セミナーの報告文書が遅れることもあり、会の内部で議論も進んでいることを考えて、このレジュメを全会員に配布しますので、基本的に、これを中心に議論、検討を進めてください〉とあるので、次に、レジュメなるものを検討することにしよう。

   しかしその前に、それにしても、林氏のこれまでの混乱は、果たして〈勘違い〉などと言って済ませることができるのであろうか。これまで「正しい」マルクスの理論を、「スターリニズム」呼ばわりして批判してきたことは、一体、どうなるのであろうか。しかもそうした〈勘違い〉して間違った主張を、何かマルクスの理論をも超える〈画期的なもの〉であるかに天まで高く持ち上げてきた、京都の会員などの立場は、一体、どうなるのであろうか。彼らは林氏の主張が、マルクスの理論とは異なるものであることは十分承知の上で、しかしなおかつ、それはマルクスの理論をも超える〈画期的なもの〉だと主張して来なかったであろうか。彼らが自分たちの主張が正しいと確信するのなら、例え林氏がこれまでの自己の主張を〈勘違い〉の一言で、修正しようとも、断固として、林氏のそれまでの〈勘違い〉した主張を擁護して、それこそが正しいのだと、それを徹底し、さらには発展させるべきではないのか。それとも君たちは、ただ林氏に盲従してきただけの愚者なのか(林氏に追随してきたのは何も京都の会員だけではない、東京の西北と北を除くすべての支部、茨城や神奈川、静岡、名古屋、大阪北、同中、などほぼすべての全国の支部がそうであり、長野のS、Obという同志会の理論的支柱と見做されてきた会員でさえ、「林は正しい」などと持ち上げてきたのだ)。彼らは自身の盲従ぶり、およそ革命組織にとって相応しくない自覚と自主性の無さを反省すべきではないのか。自分の頭で考えることを忘れ、ただ独りの人間の言うことに盲目的に追随し、黒も白と言いくるめるような人物を信じるような人間に果たして革命を語る資格があるだろうか(それこそスターリンの言動に絶対的に服従した「スターリニズム」の名に相応しいものではないのか!)。そんな人間がほぼ大半を占めるような組織が、およそ革命組織などといえるだろうか。それがすなわち、今回の林氏の〈勘違い〉なるものが明らかにした“マルクス主義”同志会の現実の姿なのである。一体、この林氏の世迷い事に追随せずに、断固としてその誤りを指摘して、自己の革命家としての信念を貫いたのは、同志会の会員のなかに何人いたというのであろうか。十指にも満たない有り様である(今回の林氏の主張を批判してきたのは、田口代表委員、東京西北のMo、Ma、同北のMt、三河のSu、兵庫のNt、Ng、そして大阪南の私だけであり、すでにその理論的混乱に呆れ、それを是認する同志会の現実に絶望して退会した人--埼玉のNs夫妻、静岡のTg--を除けば、今やたった8人しかいない!〔注:上記の一文は、この批判的コメントを書いていた時点の同志会の現状であり、その後、私を含め、東京西北のMa、同北のMtと兵庫のNtとNgはすでに退会している〕)。つまり同志会は、いまでは完全に革命組織としての実体をなしていないということである(革命組織は、いうまでもないが、自覚的・自主的に集まった集団であった筈である)。そうした同志会の腐り果てた現実を暴露し、明るみに出してくれたという点で、今回の林氏の〈勘違い〉なるものの大騒動の、それこそ「歴史的な意義」というものではないだろうか。同志会は、この間の自分たちの恥を、恥として自覚するなら、さっさと解散すべきではないか。これ以上、この問題を誤魔化して、アレコレと屁理屈をつけて、自己を正当化して居直るなら、それは日本の革命運動にとって不幸なことでしかないだろう(もっとも今の同志会には客観的には何の影響力もないのではあるが)。

◎別掲文書

 まずその文書をスキャナーでとって、ここに掲げておこう。ただし、林氏が手書きで点線を入れている部分は、パソコンではうまく図示できないので、省略してある。

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レジュメ 「社会主義の分配」について    2012/03/03   林提案

 マルクスのいわゆる「再生産表式」から出発する。ただし、以下のように修正する。
  (P……過去の労働(past) A……生きた労働(alive))

 I   4000 (P)十2000 (A)=6000
 II  2000 (P)+1000 (A)=3000

 以下テーゼ風に。
① I の労働(者)は、素材的にはその前提からして生産手段を再生産するが、しかし「価値」についていえば、4000を移転し、2000を対象化する。
② IIの労働(者)はその前提からして、消費手段を再生産するが、しかし「価値」としては2000を移転し、1000を対象化する。
③ 全体としてみるなら、素材的には、6000の生産手段を生産する2000の労働者と、3000の消費手段を生産する1000の労働者がいるということ、そして全消費手段は前提に基づき3000の労働者に分配されるということ、そしてその分配は「価値規定に基づいて」であり、それはまた個々の労働者にとっては、「社会に与えただけのものをそっくり取り戻す」という内容においてである、ということである。
 ロビンソンの場合や、「単純な商品生産社会」と根底の原則において同じである。

★特に問題となるのは以下のことである。("技術的な"有機的構成と関連して)。(「生きた労働による分配」の意味の反省)。

I         6 (IIのP部分と相互補填される生産手段の価値)
         P   A
II C(自動車)    4 +  2 = 6

    R(コメ   )  2+    4 = 6
(点線はこうした間違った観念が生じやすいということ)

 つまりRがCに対して自分の1に対して2を要求できるのではないこと(1は1しか要求できない)、又Cは自分の1に対して1/2のRしか要求できないということではないこと(1を要求できる)ということである。
 ブルジョア社会では「生きた労働による生産物の分配」といった場合、「生きた労働」はIIのCの2とRの4としてしか、現象には現れてこないのであって、それが多くの間違った観念をもたらしている。

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◎別掲文書の検討

(1)まず林氏は、このレジュメについて、次のように述べていた。

〈ただ問題を「価値」として論じている限りは社会主義における分配の原則--その根底の概念は『海つばめ』で論じたとおりですが--は正当であり、今回のレジュメでは自動車だけでなく米も入れて、社会的な形で補っています。この二番目の表の第一部門の6という数字は、第二部門の消費手段と相互補填される第一部門の生産手段の価値部分を表現しています。〉

 林氏は社会主義でも「価値の規定の内容」、あるいは「価値の本質的規定」が重要な意味を持つとマルクスが述べていることを「誤解」している。マルクスがこのように述べているのは、社会主義でも労働生産物に「価値」という社会的属性が残るということでは決してないのである。マルクスが言いたいのは、商品の価値として、物の社会的自然属性として現れているものの本質的な内容は、あらゆる社会生産諸形態からも独立した、それらに共通な一般的条件そのものであり、「価値」というのは、労働が直接には私的労働としてしか存在していない商品社会に固有のものであり、そうした一般的条件が現われている歴史的に特殊な現象形態なのだということである。だからそうした一般的条件が(マルクスはクーゲルマンへの手紙では「自然法則」とも述べている)、社会主義でも貫徹しているということを、マルクスは「価値規定の内容」(価値の本質的規定)が、そこでも再現していると言っているだけなのである。だから「価値」という商品社会に固有のものが、すなわち労働生産物という物的対象にまとわりつく社会的属性が、社会主義でも依然として残っていると考えることは、間違いであり、むしろそれは、「価値」についてさえ林氏は、ほとんど理解していないことを暴露しているのである。
 それに林氏はマルクスが社会主義でも価値規定の内容が重要な意味をもつということを一面的にしか理解していない。というのは、マルクスはこのように述べているのは、決して〈社会主義における分配の原則〉として述べているだけではないからである。もう少し厳密にいえば、林氏が理解するような〈分配の原則〉としてマルクスは述べているのではないのである。林氏は〈分配の原則〉として理解しているのは、消費手段の労働者への〈分配〉であろう。しかし、マルクスはそうした消費手段の分配の前に生産手段の分配がまず必要であり、それはすなわち生産そのものを問うことだと述べているのである(『ゴータ綱領批判』参照)。つまり生産こそが分配を規定するという関係を、林氏はまったく理解していないのである。マルクスは労働時間によって規制されるのは、消費手段の分配だけではなく、生産手段の分配においてもそうであり、総労働を必要な生産分野に配分する場合もそうだと述べているのである。こうした理解が林氏には欠けており、だから林氏の社会主義の概念は、一面的であり、貧弱なものでしかないことが分かるのである。だから林氏が『海つばめ』で論じたものが〈正当〉などということは決してできないのである。
 次に林氏が述べていることは、実際のレジュメの内容を検討するなかで問題にして行こう。

(2)さて、そのレジュメの中身であるが、まず林氏は〈マルクスのいわゆる「再生産表式」から出発する〉と述べている。しかし、ちょっと待て! 林氏は通信No.14で次のように言ってこなかったか。

 〈林はいわゆる「再生産表式」というものはない、そう言われているものは日和見主義者やスターリン主義者たちが言いはやしてきたものに過ぎない……、と田口に繰り返し言うのですが、田口は決していうことに耳を傾けず、それは「再生産表式」だと言い張ってやみません。問題の出発点からずれていて、まともなことを言えるはずもありません。〉

 だから林氏がちょっとした〈勘違い〉や〈誤解〉などと言って誤魔化していることは、そんな簡単な問題ではないのである。こうした以前の言明について、林氏は一体どんな反省のもとに、今回のレジュメを書いているのであろうか。何時から林氏は自分も〈日和見主義者やスターリ主義者〉になったというのであろうか。ようもいけしゃあしゃあと言えたものである。開いた口が塞がらないというのはこうしたことではないか。

(3)林氏は、マルクスの再生産表式から出発するとしながら、〈以下のように修正する〉として、〈P……過去の労働(past) A……生きた労働(alive) 〉と書いている。しかし、林氏は以前には、次のようにも言ってこなかったであろうか。

 〈しかし現実には、生産手段は(生活手段さえも)、その期間(一年)の始めに前提されている、というのは、そのことなくしては総再生産は始まることができないからであるだが、これは概念のどんな変更も要請するものではない、というのは、前年の総生産の最後に存在する生産手段等々は、今年の総生産と同じものだからである。
 そしてこの事情が、ブルジョア的生産様式のもとでは、生産手段を「資本」として、つまり「過去の労働」として登場させるのであり、労働者に敵対し、労働者を搾取する社会的存在に転化するのである。生産手段に“対象化”される労働は、「生きた労働」、つまり現実の労働者に敵対する「過去の労働」として現象する。
〉(1138号)

 つまり林氏は〈 「過去の労働」 〉や〈 「生きた労働」 〉というのは、ブルジョア的な観念に過ぎないと言っていたのである。さらには次のようにも述べている。

 〈しかし社会主義においては、第一部門(生産手段生産部門)、第二部門(消費手段生産部門)という区別は全くどうでもいい区別として現われるにすぎない。ここで問題になるのは、生産手段の種類であり、また生産されるべき消費手段の種類であり、その生産にどれだけの労働が必要か、ということであるにすぎない。〉 (1138号)

 このように、林氏は以前には、社会主義では「第一部門」と「第二部門」との区別そのものが無意味になるなどとも述べていたのである。
 林氏は、こうした以前に述べていたことをすべて〈誤解〉や〈勘違い〉の一言で、葬り去ることができると思っているのであろうか。本当に呆れた心臓の持ち主である。

(4)林氏はマルクスの再生産表式を猿まねして(というのは、形だけは似せているが、内容を理解していないから)、それを修正したものを提示しているが、それが一体何を表しているのかが、果たしてどれだけ分かって提示しているのであろうか。というのは、そうした説明が一切ないからである。例えば〈4000 (P)十2000 (A) 〉とあるが、この4000は何を表すのか、 (P)と書いているところを見ると、これは〈 「過去の労働」 〉だから、労働時間を表すのかと思うと、しかしその説明では〈 「価値」についていえば〉などと述べているのである。どうして「価値」なのか。林氏は「価値」とカギ括弧を付けていると言いたいのかも知れないが、なぜ、「価値」にこだわる必要があるのか。労働時間で直接、労働生産物に支出された労働の量を計ることをなぜしないのか。皆目、意味不明である。まずマルクスの再生再生産表式を承認するなら、表式は、資本主義的生産のそれとしては総商品資本を表すが、しかし、社会主義では総生産物を表していること、そして4000や2000の数値は、価値ではなく、生産物に支出された労働量(すなわち労働時間)を表すことを説明する必要がある。
 だからまた部門 I の労働者は〈4000を移転し、2000を対象化する〉というのも正しくないのである。なぜなら、直接、生産物に対象化された労働時間で生産や分配を規制する社会主義社会では、対象化された労働を「移転」する必要などないからである。これは以前にも紹介したが、自動車工場でエンジンやシャーシやライト等々の自動車のすべての部品を一つの工場で生産している場合、エンジンの生産に費やした労働時間を「移転」するというような観念自体が不要であることを考えれば、明らかである。それぞれの部品の生産に費やした労働時間は、すべて合算されて、最終生産物である自動車の生産に必要な労働時間として計算されるだけであって、それはそれぞれの部品の生産に支出された労働が「移転」されたものとして計算される必要などないのである。それらは最初から社会的に結びつけられたものだからである。
 そもそも林氏は社会主義では労働時間によって、生産や分配が直接規制されるということは知ってはいるが(もっともこの点でも林氏の理解はあいまいであり、一方で労働時間を直接問題にしているが、しかしそれは価値を論じるためにそうしている節もあるからである)、どうして社会主義では、そうした労働時間によって直接、生産や分配が規制され得るのかということについては何も分かっていないし、そうしたことをまず述べる必要があることも分かっていない。社会主義の概念を語るなら、労働者が自覚的に自分たちの労働を直接社会的なものとして支出し合い、自分たちの社会的な物質代謝を意識的・合理的に統制するのだという根本的なことをまず論じるべきことが分かっていないのである。

 林氏は〈そしてその分配は「価値規定に基づいて」であり、それはまた個々の労働者にとっては、「社会に与えただけのものをそっくり取り戻す」という内容においてである〉などとも述べているが、しかし、マルクスは次のように述べているのである。

 〈したがって、個々の生産者は、彼が社会にあたえたのと正確に同じだけのものを――控除をしたうえで――返してもらう。個々の生産者が社会にあたえたものは、彼の個人的労働量である。たとえば、社会的労働日は個人的労働時間の総和からなり、個々の生産者の個人的労働時間は、社会的労働日のうちの彼の給付部分、すなわち社会的労働日のうちの彼の持分である。個々の生産者はこれこれの労働(共同の元本のための彼の労働分を控除したうえで)を給付したという証明書を社会から受け取り、この証明書をもって消費手段の社会的貯蔵のうちから等しい量の労働が費やされた消費手段を引きだす。個々の生産者は自分が一つのかたちで社会にあたえたのと同じ労働量を別のかたちで返してもらうのである。
 ここでは明らかに、商品交換が等価物の交換であるかぎりでこの交換を規制するのと同じ原則が支配している。内容も形式も変化している。なぜなら、変化した事情のもとではだれも自分の労働のほかにはなにもあたえることができないし、また他方、個人的消費手段のほかにはなにも個人の所有に移りえないからである。しかし、個人的消費手段が個々の生産者のあいだに分配されるさいには、商品等価物の交換の場合と同じ原則が支配し、一つのかたちの労働が別のかたちの等しい量の労働と交換されるのである。〉(『ゴータ綱領批判』)

 つまりマルクスの場合、〈控除をしたうえで〉というただし書きが入っている。また〈商品交換が等価物の交換であるかぎりでこの交換を規制するのと同じ原則が支配している〉〈商品等価物の交換の場合と同じ原則が支配し、一つのかたちの労働が別のかたちの等しい量の労働と交換される〉としている。つまり「価値」そのものではなく、資本主義社会では価値として現れている〈同じ原則が支配し〉ているのである。だから社会主義における分配を語る場合に、わざわざ〈 「価値」としては〉などと述べる必要はまったくないのであり、労働の量、すなわち労働時間を直接問題にすればよいのである。また林氏は以前の論文と同じように〈 「単純な商品生産社会」 〉などとも述べているが、そんな「社会」が歴史的にどこにあったというのであろうか。そんなものは林氏や大塚などの頭のなかにしかないのである。

(4)★部分を検討しよう。まず言葉のおかしなところを指摘してみる。

 〈 "技術的な"有機的構成と関連して〉--林氏は資本の「有機的構成」というのは、「技術的構成」に規定された資本の「価値構成」であることを知らない。すでに何度も紹介したが、もう一度、『資本論』から引用しておこう。

 〈資本の構成は、二重の意味に解されなければならない。価値の面から見れば、それは資本が不変資本または生産手段の価値と、可変資本または労働力の価値すなわち労賃の総額とに分かれる割合によって、規定される。生産過程で機能する素材の面から見れば、それぞれの資本は生産手段と生きている労働力とに分かれる。この構成は、一方における充用される生産手段の量と、他方におけるその充用のために必要な労働量との割合によって規定される。私は第一の構成を資本の価値構成と呼び、第二の構成を資本の技術的構成と呼ぶことにする。二つの構成のあいだには密接な相互関係がある。この関係を表わすために、私は資本の価値構成を、それが資本の技術的構成によって規定されその諸変化を反映するかぎりで、資本の有機的構成と呼ぶことにする。〉(23a799頁)

 だからマルクスが「資本の構成」と述べているように、これらは資本主義的生産を前提にしたカテゴリーである。ただマルクスが〈生産過程で機能する素材の面から見れば、それぞれの資本は生産手段と生きている労働力とに分かれる。この構成は、一方における充用される生産手段の量と、他方におけるその充用のために必要な労働量との割合によって規定される〉という部分については、物質的生産に関連するものであり、だから〈技術的構成〉については、社会主義社会の生産においても、やはり重要な意味をもつものであろう。林氏には、こうした用語の明確な概念がない。

 〈 「生きた労働による分配」の意味の反省〉--〈生きた労働による分配〉とはなんであろうか。林氏は社会主義の概念として、個人的消費手段の分配しか眼中にないから、こんなことを言っているのである。しかし、社会主義では生産手段の分配や総労働の分配も必要である。生産手段の分配は、その客観的な物質同士の関係のなかにある法則にもとづいて、配分されるのであるが、しかしそれらが同時に、そこに支出されている労働にももとづいて必要な量が生産されており、だから「過去の労働」も、こうした分配にとって決してどうでもよいことではないであろう。〔この部分の記述も、最終的な私の到達した立場からは問題がある。〕どれだけの生産手段と労働量が結合されるべきかは、それぞれの生産力にもとづいて決まってくる。そして生産された生産物にどれだけの労働が対象化されたかは、やはり生産手段にどれだけのすでに労働が支出されていたかを知って初めて分かることでもあるだろう。だから「過去の労働」も社会主義の生産を組織する上で、重要な契機である。〔このあたりの記述も、最終的に私の到達した立場からは若干問題があるが、そのまま紹介しておく。〕

(5)さて、林氏は表式まがいのものを書いて、それについて次のように説明している。

 〈つまりRがCに対して自分の1に対して2を要求できるのではないこと(1は1しか要求できない)、又Cは自分の1に対して1/2のRしか要求できないということではないこと(1を要求できる)ということである。
 ブルジョア社会では「生きた労働による生産物の分配」といった場合、「生きた労働」はIIのCの2とRの4としてしか、現象には現れてこないのであって、それが多くの間違った観念をもたらしている。〉

 ここで何の規定もせずに使っている「 R 」や「 C 」が何を表しているのかいま一つ曖昧であるが(それは自動車やコメを表しているかと思うと、必ずしもそうではなく、「自動車を生産する労働者」や「コメを生産する労働者」のようでもある)、林氏の想定に従えば、自動車生産の労働者は社会に2労働時間を与え、コメ生産労働者は社会に4労働時間を与えたことになっている。とするなら、自動車生産労働者は、社会からやはり2労働時間に相当する消費手段、例えばコメを要求できるのではないのか。林氏は、先の通信No.18で、〈社会的な形で補っています〉とも書いていたが、社会的に見るなら、そうした想定に立っているとしか考えられない。もちろん、だからといって、自動車生産労働者もコメ生産労働者も自身が社会与えた1労働時間に対しては、やはり1労働時間が対象化された消費手段を要求できるだけだというのはその限りではその通りである。しかし、こんなことを訳のわからない例を持ち出して、語ったからといって何か社会主義の概念が語られたことになるのであろうか。

 林氏は〈ブルジョア社会では「生きた労働による生産物の分配」といった場合、「生きた労働」はIIのCの2とRの4としてしか、現象には現れてこない〉などと述べているが、何を言いたいのか皆目分からない。社会に与えた労働時間を問うなら、すでに指摘したように、別にブルジョア社会でなくても、社会主義社会でも、それぞれの生産部門の労働者が社会に与えた労働は、「 C 」では2であり、「 R 」では4ではないのか。
 要するに、こんな例を持ち出しても、「社会主義の概念」なと何一つ具体的には明らかにならないということである。

◎「社会主義の具体的な概念」とは何か

 そもそも林氏は自動車やコメという具体的な例をあげれば、社会主義の具体的な概念をを与えることができるなどと考えているのだが、これはとんでもないことである。こうした考えは、そもそも概念とは何かということを知らない人のいうことであり、まあ、言わば、幼稚な考え方である。例え具体的な例を上げても、それによって象徴させているものの内容が明確でないなら、一つも問題は具体的には理解できないからである。例えば「天皇は日本国の象徴であり日本国民の統合の象徴であって」などと言われても、天皇という具体的な人間が象徴として例に上げられているからといって、「日本国」について、あるいは「日本国民の統合」なるものについて何か具体的な概念が得られたと誰が考えるであろうか。しかしながら、林氏のやっていることはこうしたことと“五十歩百歩”である。
 「社会主義の具体的な概念」というのは何であろうか。もしわれわれが現実の社会主義社会を目の前に前提することかできるなら、現実の社会主義社会をその細部まで分析し、その内的関連を探り出して、全体を単純な諸契機から、より複雑なものへと展開して、諸規定の総体としての具体的な社会主義の概念を提示することが可能かもしれない。というのは、ヘーゲルやマルクスも指摘するように、人間の対象に対する概念的な認識というものは、対象が歴史に登場して十分成熟した後に、初めて開始されるものだからである(ミネルバの梟は夕暮れとともに飛び立つ)。しかし、現実には社会主義社会というものは、いまだ歴史に登場していない。そうしたときに社会主義の具体的な概念を問うことはそもそも可能なのか、ということをわれわれは反省すべきなのである。だからこうした時に、すなわち社会主義社会が未だ歴史に登場していないという限界のなかで、なおかつ、「社会主義の概念」を問おうというのであれば、それは現実に存在している資本主義的生産様式そのものの内在的諸法則を解明して、それが歴史的に限界のあるものであり、故に、不可避にそれ自身の内的諸法則にもとづいて、社会主義的生産様式へと発展せざるを得ないという、その必然性を明らかにすることで無ければならないのである。つまりマルクスが『資本論』で明らかにしているようにである。マルクスが「社会主義論」などというものを書かなかったのは、こうした歴史的な制限を考えれば当然であろう。また『資本論』のなかでこそ、今、われわれが論じられる限りでの「社会主義の概念」を論じていると考えていたからでもある。だからわれわれが、今の限られた歴史的時点おいて、社会主義の概念を知りたいというのなら、『資本論』をしっかり研究し理解することである。『資本論』を投げ捨てて、省みない林氏には、社会主義の概念など永遠に分かろうはずがないのである。

 (続く。次回からは「有用労働による価値移転」問題を取り上げる予定である。)

2015年10月 8日 (木)

『資本論』第3部草稿(現行版第5篇)の研究(28-27)

         現行版第5編第28章該当箇所の草稿の解読

(2) 各パラグラフごとの解読(続き)

【50】 (ここから再び本文である。この本文は【44】から直接続くものである)

 〈/334上/支払の連鎖が中断されたときに,貨幣がそれのたんに観念的な形態から,諸商品に対立する物的で同時に絶対的な形態に転変することは,すでに貨幣を考察したところで(支払手段の項目のもとで)[519]論じておいた。この中断そのものは,信用の動揺やそれに伴う諸事情,すなわち供給過剰の市場や商品の減価や生産の中断等々の,一部は結果であり,一部は原因である。

 ① 〔注解〕カール・マルクス『経済学批判。第1分冊』,ベルリン,1859年,125-126ページ (MEGA,II/2,8.207/208)。 (大谷訳271頁)

 このパラグラフもそれほど理解困難な内容ではない。だから特に平易な解読は不要であろう。もしまだよく分からないという人には、先に【47】パラグラフの解説のなかで、〈この第28章のこの部分を理解する上で、参考になる〉として、『資本論』第1部第3章第3節 「b 支払手段」からの一文を紹介しておいたが、それをもう一度読まれることをお勧めする。
 ここでは先の『資本論』の一文とほぼ同様の内容を論しているに過ぎないが注解で指示している『経済学批判』の当該箇所を紹介しておこう。

 〈諾支払いが正負の大きさとして相殺されるかぎり、現実の貨幣の介入はまったく生じない。この場合には、貨幣はただ、価値の尺度としてのその形態で、一方では商品の価格において、他方では相互の債務の大きさにおいて、展開するだけである。だからここでは、交換価値はその観念的な定在のほかには、なんら自立的な定在をもたず、価値章標としての定在さえもたない。言い換えるならば、貨幣はただ観念的な計算貨幣となるにすぎない。だから支払手段としての貨幣の機能は、次のような矛盾を含んでいる。すなわち、貨幣は一方では諸支払いが相殺されるかぎり、ただ観念的に尺度として作用し、他方では支払いが現実に行なわれなければならないかぎりでは、瞬過的な流通手段としてではなく、一般的等価物の静止的な定在として、絶対的商品として、ひとことで言えば貨幣として流通に入る、という矛盾がこれである。だから諸支払いの連鎖とそれら加を相殺する人為的制度がすでに||126|発達しているところでは、諸支払いの流れを強力的に中断して、それらの相殺の機構を撹乱する激動が生じると、貨幣は突然に価値の尺度としてのそのガスのような幻の姿から、硬貨すなわち支払手段に急変する。だから商品占有者がずっとまえから資本家になっており、彼のアダム・スミスを知っており、金銀だけが貨幣であるとか、貨幣は一般に他の諸商品とは違って絶対的商品であるとかいう迷信を見くだして嘲笑している、そういう発達したブルジョア的生産の状態のもとでは、貨幣は突然に、流通の媒介者としてではなく、交換価値の唯一の適合的な形態として、貨幣蓄蔵者が理解しているのとまったく同様な唯一の富として再現する。貨幣が富のこのような排他的定在としてその姿を現わすのは、たとえば重金主義の場合のように、すべての素材的富が単に表象のなかで価値を減少し、価値を喪失する場合ではなく、それらの富が現実に価値を減少し、価値を喪失する場合である。これが貨幣恐慌と呼ばれる、世界市場恐慌の特殊な契機である。こういう瞬間に唯一の富として叫ぴ求められる最高善〔summum bonum〕は貨幣、現金であって、これとならんでは、他のすべての商品は、それらが使用価値であるというまさにその理由から、無用なものとして、くだらないもの、がらくたとして、またはわがマルティーン・ルター博士の言うように、単なる華美と飽食として現われる。信用主義から重金主義へ のこの突然の転化は、実際のパニックに理論上の恐怖をつけ加える。そして流通当事者たちは、彼ら自身の諸関係の奥底しれぬ神秘のまえにふるえあがるのである。*
 * ブルジョア的生産諸関係がブルジョアたち自身にさからうのを阻止しようとしたボアギユベールは、とくに好んで、貨幣がただ観念的にか、またはただ瞬過的に現われるにすぎない場合の諸形態をつかまえる。まえには流通手段をそうした。こんどは支払手段をそうする。彼がまたもや見おとすのは、貨幣の観念的形態から外面的な現実性への無媒介的な急変であり、ただ考えられただけの価値尺度のなかにすでに硬貨が潜在的に含まれているということである。彼は言う。貨幣が諸商品それ自体の単なる形態であるということは、「諸商品の値段が決められて」〔les marchandises sont appréciées〕しまえば、交換が貨幣の介在なしに行なわれる卸売取引にさいして現われる、と。『フランス詳説』、前掲書、201ページ。〉(『資本論』草稿集③371-373)

【51】 (これもこれまでの分析のまとめであり、銀行学派の混乱のcの結論的部分の一部である)

 〈フラ一トン等々が, 「購買手段」としての貨幣と「支払手段」としての貨幣との区別を,通貨 〔currency〕」と「資本」とのまちがった区別に転化させていることはまったく明白である。その根底にはまたしても「Circulation」についての銀行業者の偏狭な観念があるのである。|〉 (大谷訳271-272頁)

 ここでノートの334頁が終わっているが、これがこれまでのcの分析の結論ということができる。このパラグラフも内容的にはさして問題にはならないであろう。それほど必要はないかも知れないが、原文で出てくる「Circulation」の解釈を含めて書き下し、その解釈の根拠を示しておく。

 〈フラートン等々が、「購買手段」としての貨幣と「支払手段」としての貨幣との区別を、「通貨」と「資本」とのまちがった区別に転化させていることはまったく明白である。その根底にはまたしても「流通」についての銀行業者の偏狭な観念があるのである。〉

 ここで銀行学派のまちがった区別の根底にあるものとしてマルクスが〈またしても「Circulation」についての銀行業者の偏狭な観念がある〉としているが、この〈 「Circulation」 〉は何と訳すべきであろうか? 長谷部訳では「流通手段」と訳しており、全集版は「流通」と訳している。
 これまで検討してきた銀行学派の主張を見ると、彼らは流通を「収入の流通」と「資本の流通」に分けて、前者の流通を媒介するものを「通貨」とし、後者の流通を媒介するものを「資本」としたのであった。だから彼らは「収入の流通」では貨幣は主に購買手段として機能し、「資本の流通」では支払手段として機能するところから、購買手段を「通貨」とし、支払手段を「資本」とするという誤った区別に陥っているのである。だからこの場合の〈 「Circulation」 〉は、やはり全集版のように「流通」と訳すのが適当ではないかと思う。
 ところで、このパラグラフで基本的にこれまで考察してきたcの分析は終わるのだが、それにしてはやや“しり切れとんぼ”の感が否めない。そもそもマルクスはこの28章の最初に次のように述べていた。

 〈トゥック,ウィルソン,等々がしている,Circulation〔通貨――引用者〕と資本との区別は,そしてこの区別をするにさいに,鋳貨としての流通手段と,貨幣と,貨幣資本と,利子生み資本(英語の意味での moneyed Capital)とのあいだの諸区別が,乱雑に混同される。次の二つのことに帰着する。--〉 (大谷訳212頁)

 すでにこれまでにも説明したように、マルクスはここで銀行学派の混乱した概念に対して、マルクス自身の概念として〈鋳貨としての流通手段と、貨幣と、貨幣資本と、利子生み資本(英語の意味での moneyed Capital)〉という諸概念を対置しているのである。ところがこれまで見て来たかぎりでは、マルクスは「利子生み資本」という用語を一度も使っていない。私はレジュメの進展に応じてどうしても説明する必要から「利子生み資本」という用語を使って説明してきたが、マルクス自身はこの言葉をこの最初のパラグラフで使って以降、まだ一回も使っていないのである。これは奇妙なことといわなければならない。つまりこのパラグラフがcの結論の最後のパラグラフであるならば、マルクスは最初に銀行学派の混乱した概念に対置して自ら呈示した科学的な概念をまったく使わずに終わってしまうことになるのである。しかしこれは不合理であろう。
 その理由についてはすでに以前、少しだけ示唆したように、マルクスは実はエンゲルス版の第29章に該当する部分にも、第28章の分析を挿入させているのである。以下のパラグラフ( 【52】【54】 )も実はそうしたものなのだが、それについて若干、項を改めて検討しておくことにしよう。

《【52】~【54】の三つのパラグラフのあるべき位置の問題について》

 【52】のパラグラフは〈 I )については、さらに次のような疑問も起こるであろう。…… 〉という書き出しで始まる。つまりこのパラグラフ以下の3つのパラグラフはマルクスがその草稿にI)と番号を打った部分、つまりエンゲルスの編集では第28章に該当する部分--本当はマルクスは第28章の第2パラグラフにI)と番号を打ったのであるが--に追加補足するものとして述べたものであることが分かる。
 しかしこの部分は、この28章に該当する部分にはなく、実はエンゲルスの編集の第29章に該当する部分--だからマルクスの草稿ではⅡ)と番号が打たれた部分--の中に含まれているのである。それをエンゲルスはマルクスのこの最初の書き出しにもとづいて、それを第28章の最後の部分に持ってきたのである(だからエンゲルスは第28章の最後に持ってくるにあたり、「I)ついては」という部分を削除している)。
 大谷氏もこの草稿の終りに、この三つのパラグラフを持ってきた理由について、注2)のなかで次のように説明している。

 〈 2) 草稿の334ページ上半の末尾の前パラグラフに続く草稿の335ページの上半では「Ⅱ.こんどは、銀行業者の資本がなにから成っているかをもっと詳しく考察することが必要である」、として、エンゲルス版の第29章に利用された部分が始まる。しかしマルクスは、そのあと3つのパラグラフを書いたのち、「I)については……」として、挿入的な3パラグラフを書いている。この3パラグラフの左側には、インクで上下やや右に折り曲げた縦線が引かれて、この3パラグラフがひとまとまりのものであることを明示している。ここで言う「I」は、エンゲルス版の第28章に利用された、草稿の328ページから始まる部分の第2パラグラフの最初に書かれている「I)」を指すものと考えられる。……そこでエンゲルスは、この記述を第28章の末尾に移したのである。本稿でも同じく、エンゲルス版の第28章の末尾にあたるこの箇所に収めておくことにする。 〉(大谷論文172-3頁)

 もちろん大谷氏のこの措置は、以下の3つのパラグラフが内容から言っても、この第28章に関連したものなのだから、適切なものであることは言うまでもない。
 ところが実際、エンゲルス版の第29章に該当する草稿を見てみると、大谷氏が〈 しかしマルクスは、そのあと3つのパラグラフを書いたのち、「I)については……」として、挿入的な3パラグラフを書いている〉と述べている〈そのあと3つのパラグラフ〉も実は、この第28章の続きの部分と考えられるのである。だからもし〈 「 I )については……」 〉と書き出している部分以下の3パラグラフを第28章の末尾に持ってくるのであれば、その前の3パラグラフも本当はこの第28章の末尾に持ってくるべきであったと考えられるのである。
 大谷氏によれば、マルクスは〈 「 I )について……」 〉以下の3つのパラグラフについては、縦線でひとまとまりのものであることを明示しているということである(だから大谷氏もエンゲルスの編集にならって恐らくこの第28章の末尾に持ってきたのであろう)。しかしその縦線は、恐らく第28章の--マルクスの草稿ではI)と番号が打たれた部分--の最後に、この3パラグラフが来るのは適切ではないとマルクスは考えており、もっと前の部分に挿入されるべきだと考えていたからではないのかと思えるのである(そのための縦線による印ではなかったかと思える)。
 だからマルクス自身は、第28章に該当する部分--マルクスがI)と番号を打った部分--の結論の締めくくりと考えていたのは、実は第29章にある〈 「 I )ついては……」 〉と書き出している部分の直前のパラグラフまでであったと考えられるのである。

 実際、第29章の書き出しの冒頭のパラグラフの後の六つのパラグラフを除いた部分を繋げてみると次のように、うまく繋がることが分かる。

 〈 [519]|335上| Ⅱ.こんどは,銀行業者の資本〔d.banker's Capital〕がなにから成っているかをもっと詳しく考察することが必要である。 〉(第29章の冒頭のパラグラフ、大谷訳9頁)
 〈銀行資本〔Bankcapital〕は,1) 現金(金または銀行券),2) 有価証券,から成っている。有価証券は、さらに二つの部分に分けることができる。〔一つは〕…… 〉(第29章の第8パラグラフ,大谷訳15頁)

 このようにエンゲルス版の第29章の最初の数パラグラフから、第28章に関連する6つのパラグラフを除くと、冒頭のパラグラフと第8パラグラフとが直接繋がっていることが良く分かるであろう。こうしたことからも、第29章の冒頭パラグラフに続く、第2パラグラフ以下、3つのパラグラフもやはり第28章に該当する部分--マルクスがI)と番号を打った部分--に移すのが適当だと思えるのである。

 第29章の第2パラグラフ以下3パラグラフが第28章の末尾を占めるということは良いとしても、それではマルクス自身はそのあとに続く〈「I)ついては……」〉と書き出している3つのパラグラフを何処に挿入しようと考えていたのであろうか?
 それはただこの3つのパラグラフの内容とこれまでの第28章の展開とを見比べて類推するしかないのであるが、私自身は、 【44】の本文のあとに挿入されるべきだと類推している。つまりわれわれのパラグラフの番号付けでは、 【45】【49】の原注が終わった、 【50】の前に挿入されるのが適当だろうと考えられるのである。だから今、検討した【51】の後には、すぐに第29章の第2パラグラフ以下3パラグラフが続いており、それによって第28章--マルクスがI)と番号を打った部分--の考察が終わると考えるのが適当ではないかと思うのである。

 しかしとりあえず、われわれは大谷氏の編集どおりにこのレジュメでは検討していくことにしよう。そして第29章の第2パラグラフ以下については、このレジュメの一番最後に紹介して、検討を加えることにしよう。

【52】 (これはすでに述べたように、 【44】の〈フラ一トン等々は,支払手段としての銀行券のCirculation〔流通--引用者〕がこのような圧迫の時期の特徴だということを示さない〉という指摘に関連したマルクスの言及ではないかと思える部分である)

 このパラグラフの内容そのものは難しくはないので、そのまま転記しておこう。

 〈 [519]/335上/ I)については,さらに次のような疑問も起こるであろう。いったいこのような《逼迫の》時期に足りないものはなにか,「資本」なのか,それとも「支払手段」としての規定性にある「貨幣」なのか? そして周知のように,これは1つの論争である。〉 (大谷訳272頁)

 マルクスは、これは当時の〈1つの論争〉であり、それは〈周知〉のことであると述べている。これは恐らくエンゲルス版の第26章に該当する部分で、マルクスが通貨学派のオウヴァストーンの議会証言を引用しながら批判して取り上げている問題と同じなのであろう。そこではオウヴァストーンは議会で「資本」や「貨幣」という言葉であなたは何を実際に考えているのか、用語を混同しているのではないかと追求されている。それに対して、オウヴァストーンは〈 「私は用語をけっして混同していません。」 〉と答えているが、それに対して、マルクスは( )を挿入して〈 (つまり貨幣と資本とを混同していないというのであるが、それは、彼がこの二つを決して区別していないという理由からである) 〉と批判している(大谷訳《「貨幣資本の蓄積」 (『資本論』第3部第26章)の草稿について--第3部第1稿の第5章から--》188頁)。しかしその詳しい紹介と検討は、当該箇所を解読するなかで行うことにしよう。

【53】 【52】で言及されている〈1つの論争〉についてのマルクスの分析である)

 ただ、このパラグラフで書かれていることも、これまでこのレジュメを読んでこられた人には、そのかぎりでは難しいものは何もない。だからそのまま書き写しておく。

 〈まず第1に,逼迫が「地金の流出」に現われるかぎりでは,要求されるものが国際的支払手段だということは明らかである。ところが、国際的支払手段としての規定性にある貨幣は,金属的現実性にある金,それ自身価値のある実体 (価値のかたまり) 》としての金である。それは同時に「資本」であるが,しかし商品資本としてのではなく,貨幣資本としての「資本」であり,商品の形態にあるのではなく貨幣{しかもこの言葉のすぐれた意味での貨幣であって,この意味では貨幣は一般的な世界市場商品のかたちで存在する}の形態にある資本である。ここでは,貨幣(支払手段としての)にたいする需要と資本にたいする需要とのあいだには対立は存在しない。対立は,貨幣という形態にある資本と商品という[520]形態にある資本とのあいだにある。そして,資本がここで取ることを求められている,そしてそれが機能するために取らなければならない形態は,資本の貨幣形態なのである。〉 (大谷訳273頁)

 このようにここではマルクスは銀行学派の用語てはなく、マルクス自身の用語、概念を使って論じている。ここで〈貨幣資本〉と言われているのは、Geldcapitalであることは明らかである。つまり『資本論』第2巻で出てくる生産資本や商品資本と区別された資本の循環過程で貨幣形態をとる資本のことである。つまり地金は資本の貨幣形態として、すなわち貨幣資本として流出するのだが、しかしその資本としての性格が問われているのではなく、国際的支払手段としての、つまり世界貨幣としての機能が問われているのだ、というのがマルクスの述べていることである。だからここで「貨幣」と言われているものも「本来の貨幣」のことであり、「貨幣としての貨幣」であることは明らかである。これもマルクスがこの第28章の冒頭のパラグラフで呈示していた科学的な概念の一つである( 【51】の解説を参照)。

【54】 (このパラグラフも【53】に直接続くものである)
 
 このパラグラフもテキストをそのまま転記しておき、若干の解説を加えておこう。

 〈こうした地金の需要を度外視すれば,そのような逼迫期にはなんらかの仕方で「資本」が不足している,と言うことはできない。{穀物騰貴,綿花飢饉,等々のような異常な事情のもとではそういうこともありうる。しかしそれは,けっしてこういう逼迫期の必然的な,または通例の付随現象ではない。それゆえにまた,貨幣融通〔monetary accommodation〕にたいする圧迫が存在することからこのような資本欠乏の存在を結論することは,一見しただけでもできないのである。}反対である。市場は供給過剰になっている。「商品資本」は市場にあふれている。だから,逼迫の原因は,とにかく「商品資本の欠乏」ではないのである。この問題には他の諸点を片付けたのちに立ち返る。〉 (大谷訳274頁)

 ここでは、マルクスは〈こうした地金の需要を度外視すれば〉と述べ、その前のパラグラフで検討した〈地金の需〉の場合は、その限りではそれは貨幣「資本」に対する需要でもあるとしている点に注意が必要である。だからそうした国際的支払手段に対する需要(だからそれは貨幣「資本」に対する需要である)を「度外視すれば」と述べている。つまり国際的支払手段に対する需要を度外視すれば、逼迫期に「資本」が不足しているといったことはないというのである。つまり支払手段としての貨幣資本以外の商品資本や生産資本は過剰になっているということである。ただ穀物や綿花の不作で、穀物騰貴や綿花飢饉が生じるような異常な事情のもとでは、確かに穀物や綿花というその限りでは商品「資本」の不足が生じることになるのだが、そうした農作物の不作と逼迫期が重なるというのは偶然であって、決して逼迫期の必然的な付随現象ではないとも指摘している。だから支払手段に対する貨幣融通に対する圧迫から、一般的に逼迫期ににおいて「資本の欠乏」をいうのは間違いである。むしろ「資本」(商品資本)は市場に溢れているのだというのが、マルクスの言いたいことである。

 マルクスは『経済学批判』では次のように述べている。

 〈つまり、国際的交換手段としての金の役割は、資本としてのその形態規定性から生じるのではなく、貨幣としての金の特有な機能から生じるのである。同様に金が、またはそのかわりの銀行券が、国内商業で支払手段として機能するときにも、それらは同時に資本でもある。しかし、商品の形態での資本は、たとえば恐慌が明白に示すように、金または銀行券のかわりをすることはできないであろう。だから、金が支払手段になるのは、やはり貨幣としての金と商品との区別によるのであって、資本としてのそれの定在によるのではない。〉 (草稿集第3巻428頁)

 このようにマルクスは国際商業と同様に、国内商業でも支払手段として機能する貨幣は、同時に資本でもあると指摘している。しかし、商品の形態での資本は、逼迫期に明確になるように、金または銀行券の代わりをすることは出来ないのであり、だから貨幣が支払手段になるのは、その資本としての定在によるのではなく、商品と区別された貨幣としての定在においてなのである。このような意味で、それは支払手段なのであり、だからそれは「資本の問題」ではなく「貨幣の問題」だと言い得るのである。

 《エンゲルス版第29章の第2パラグラフ以下の3つのパラグラフについて》

 さて問題は、 【51】に直接続き、第28章の結論の最後の部分と考えられる、第29章の第2パラグラフ以下の3つのパラグラフについてである。これはテキストにはないので、以下、便宜的に【51-1】【51-3】と番号を打ち、第29章の大谷論文(「銀行資本の諸成分」〔『資本論』第3部第29章〕の草稿について」『経済志林』63巻1号)のテキストをそのまま書き写して、そのあと若干の考察を加えるという形で紹介しておくことにしよう。

【51-1】

  〈いま見たように,フラートンその他は,「流通手段」としての貨幣と「支払手段」としての貨幣との{地金の流出が関わるかぎりでは,また「世界貨幣」としての貨幣との}区別を、「Circulation」《(currency)》と「資本」との区別に転化させる。〉 (大谷訳9頁)

【51-2】

  〈「資本」がここで演じる役割が奇妙なものであるために,この銀行業者経済学者は,かつて啓蒙経済学が,「貨幣」は資本ではないのだ,と念入りに教え込もうとしたのと同じ入念さで,じつは貨幣は「とりわけすぐれた意味での」資本〔das Capital“*”〕なのだ、と教え込むことになっている。〉 (同)

* ギリシャ語で書かれているが文字が出ないので省略する。大谷氏は、この用語について、それが使われているマルクスの諸文献から抜粋紹介して解説しているのであるが、あまりにも長くなり、今論じようとしている論点ともズレるので割愛する。

【51-3】

  〈ところが,もっとあとの研究で明らかにするように,そのようにして「貨幣資本〔Geldcapital〕」が「利子生み資本」の意味での「moneyed Capital」と混同されるのであって,前者の意味では資本はつねに,それ自身がとる「商品資本」および「生産資本」という形態とは区別されたものとしての「貨幣資本〔Geldcapital〕」なのである。〉 (大谷訳14頁)

 ここに書かれている内容はそれほど難しいものではない。 【51-2】の部分も、これまでの銀行学派の主張を思い浮かべれば容易に理解できる。銀行学派は通貨学派を批判して、資本の流通をになう貨幣は「通貨」ではなく、「資本」なのだ、だから資本の流通を媒介する銀行券がいくら増発されても、それは通貨の増発にはならない、発券銀行は、イングランド銀行も含めて、通貨としての銀行券の流通高を左右することはできないのだ、それは社会の需要によって決まるのであって、だからそれ以上の銀行券の発行は、すべて銀行に還流して「資本の貸付」になるしかないのだ、と主張したのであった。つまり彼らは紙券の過剰発行を非難する通貨学派に対して、貨幣は「とりわけすぐれた意味での」資本だと「教え込む」ことによって、その批判を交わそうとしたのである。
 またマルクスは 【51-3】において、つまり第28章の--マルクスの草稿ではⅠ)と番号が打たれた部分の--最後の最後になって、初めてマルクスは〈利子生み資本」の意味での「moneyed Capital 〉という用語を使っている。つまり冒頭のパラグラフで使って以降、ここまで「利子生み資本」という言葉を一度も使わず、それを避けてきたのである。それは銀行学派の概念の混乱の最後の結論として彼らのGeldcapitalとmoneyed Capitalとの混同を指摘するためだったと考えることができるのである。そしてそれは〈もっとあとの研究で〉さらに展開されると言われている。だからそれはわれわれももっとあとの諸章(恐らくエンゲルス版の第30~32章)の当該部分のところで検討することにしよう。

 (続く。今回でこの第28章該当部分の草稿の検討は終わることになる。だから次回は、簡単に、このレジュメを作成してきた感想のようなものを書いて締めくくろう。)

2015年10月 6日 (火)

林理論批判(21)

   「マルクス主義同志会 第10回大会報告」の批判的検討

 今回はこれまでにも何度も言及した〈マルクス主義同志会第10回大会報告〉を取り上げる。これも大会報告が配布されたあと、すぐに支部の仲間にその批判的検討の資料として提出したものである。

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〈「マルクス主義同志会第10回大会報告」を読んで〉 (2012.11.6)


◎はじめに

 大会報告を読んで感じたことは色々とあるが、ここではセミナーの内容に関連した問題だけを取り上げて、少し気づいたことを書いておきたい。というのは、これは理論問題に関連するからである。だからそれ以外の政治的・組織的問題での意見は、差し控えることにする(ただしここで論じる理論的な問題のテーマは、必ずしも報告の順序に対応していない。)

◎「価値規定による分配」と「労働時間による分配」について

 報告の11頁の第1パラグラフで林氏は次のように述べている。

 〈坂井の疑問については、関西でのセミナーでは、仁田の見解に対する批判の中で、厳密に言うなら価値規定による分配という方がいいが、実際には違いがない--分かりやすく言うなら、労働時間による分配という方がいい場合もある--ということである。〉

 これは9頁で〈「価値規定」と「労働時間による規定」の違いや区別についての坂井の質問〉と紹介されているものに、答えたもののようである。しかし、果たしてこれで回答になっているのであろうか。
 まず両者の違いについて、〈実際には違いはない〉ということのようである。しかし他方で〈厳密に言うなら価値規定による分配という方がいい〉とも述べており、それに対して〈労働時間による分配〉については、〈分かりやすく言うなら〉、それの〈方がいい場合もある〉と言うだけである。また5頁1パラでは、〈価値規定の問題として理解しないと、一貫した認識に行かないのではないか〉とも述べている(これ自体何を言いたいのかはその文面を読むだけではハッキリしたことは分からないのであるが、ただ〈価値規定の問題〉に林氏が拘っていることだけは分かるような気がするのである)。
 どうやら〈価値規定による分配〉は厳密な言い方で、〈労働時間による分配〉は、やや平易に言い替えたものだというような程度の曖昧な理解のようなのである。要するに林氏にはただ漠然としたニュアンスの違いとして論じているだけで、何か明確な理由のもとに区別して論じ分けているわけではなさそうなのである。
 林氏の議論のなかには、こうした漠然としたものが余りにも多いのが特徴でもあるが(例えば“ ”をやらたに付けて、それで何となく色々なニュアンスを醸しだして論じる場合が多いのだが、読む方は皆目分からないわけである)、こうした漠然とした論じ方は、ある意味では、無責任であり、むしろ責任逃れとでも言えるものである。なぜなら、間違いを指摘されたり、批判された時に、その漠然とした曖昧さを理由に、その批判をかわす狙いもなきしもあらずと言えるからである(思い出したが、以前の関西でのセミナーの時に、〈「国際通貨」〉という言葉を無批判に使っているので、国家間で、〈通貨〉と言えるようなものが流通していると考えているのか、と質問したことがあったが、その時も「通貨」がカギ括弧に入っている、などと主張して、肝心の問題には何一つ答えずに、その批判をかわしたのであった)。
 しかしいずれにせよ、問題は、社会主義の概念としてどちらが相応しいのかということではないのか。社会主義でも生産物に物象的な規定性としての〈価値〉が残るというのなら、〈価値規定による分配〉というのも納得できるが、果たして林氏はそのように考えているのであろうか。社会主義は資本主義から誕生した直後の共産主義の低い段階であり、まだまだ資本主義の残滓やその母斑が残っているから、だから〈価値規定〉という商品生産に固有の規定性もまだ残っているのだと林氏は言いたいのであろうか。もしそういうことなら、そのように説明すべきであって、林氏の回答なるものは、曖昧模糊としてハッキリしないのである。要するに、林氏本人にとってもハッキリしたことは分からないというのが、一番、ハッキリしていることではないだろうか。
 こうした林氏の無理解は、同氏が個人的な消費手段の分配がどうなるかという極めて俗物的な問題意識から社会主義に接近し、それを社会主義の概念の根底に置いていることと無関係ではない。要するに林氏には社会主義の概念が明確に理解できていないのである。だからこそ、こうした曖昧模糊としてしか問題を論じることができないし、あっちの規定からこっちの規定にフラフラと漂うしかないわけである。

 そこでこの問題を少し考えてみたい。
 まず、社会主義の概念の根底を言うなら、やはり社会的生産における人間の社会的な関係が直接的なものになるということであろう。つまり生産における人間の互いの関係が、各人の自覚と自主的・意識的な参加によるものになるということである。それはすなわち社会的な物質代謝を人間が意志的に統制し管理する、それが出来るということでもある。これがまた労働が直接社会化されるということの内容でもある。だからこそ、人間は自分たちの社会的関係を自分たち自身から疎外された形態で持つことはなくなり、だからまた人間による人間の支配や隷属の関係もなくなり、人間は自分たちの社会的行為そのものを、何か外的な第三者や物的関係によって支配され統制されるようなこともまた無くなるということでもある(だから社会は彼ら自身のもの、彼らが自覚的に取り結ぶものになるわけだから、彼らの社会的関係は、私的なものと公的なものにも分裂せず、物象的関係としての生産諸関係と、政治的諸関係としても分裂せず、だからまた、当然、国家も無くなる)。こうして人間は初めて彼らが生産において手にする生産手段を、単なる諸道具としてそれらの主人公になり、生産手段に隷属させられるということもなくなるのである。そして労働は依然として必然の領域にあるとはいえ、それ自体が人間の本質力を発現するものとなり、自身の個性を豊かにし全面的な発達を促すものとなり、自己実現の過程になるのである。かくして人間は、その前史を終え、自分たちの歴史を意識的に歩む、その本史を開始するようになるのである。社会主義とはその端著をなすものである。

 林氏に、社会主義者なら当然持っているであろう、こうした社会主義の概念が欠けていることは、それをこの段階で知らされることは、ある意味、驚きであり、ショックでもある。そんな理解で、その程度の認識で、この半世紀以上も社会主義運動に関わり、今も関わっていると考えているのか、しかもそれに対して私自身も、一時期とは言え、大きな幻想を抱き、追随してきたのか、という暗澹たる思いと、悔悟の念がある。(思わず「一時期とは言え」と書いてしまったが、しかしそれは「一時期」などと表現するには憚れるほど、余りにも膨大な時間と労力の取り返しの付かない浪費であったことか!)。しかし、それは今さら言ってもしょうがない、それは自分自身の責任でもあるのだから、話をもとに戻そう。

 そもそも社会的な生産や分配が、直接労働時間をもとに組織され得るということは、このように、人間の労働が直接社会化されたものとして支出されるからに他ならないのである。人間は前もって自分たちの労働を社会の総労働の一部分として自覚的且つ意識的に支出し、社会の総労働の一部分を担うのであり、だからこそ、彼らの労働はその支出される前にすでに彼ら自身の一定の計画のもとに直接社会的に結びつけられており、彼がどの時間になにをするかということは前もってハッキリしているのである。まさに社会的な生産がこうしたものになるからこそ、社会的な分配も意識的に労働時間にもとづいて行うことが出来るようになるのである。だから社会的な生産の様式が如何なるものになるかということを不問にしたままの個人的消費手段の分配如何を問題にする、どのような社会主義論も、ただの俗物的なあれやこれやのお話以上にはなり得ないのである。

 このように社会主義の概念の正しい理解に立って、もう一度、最初の問題に帰って考えてみよう。すなわち〈価値規定による分配〉と〈労働時間による分配〉の問題である。〈価値規定による分配〉という場合、それは対象化された労働時間を問題にしていることが分かる。というのは価値の実体というのは生産物の生産のために支出され、生産物に対象化され、それに凝結し積み重ねられた抽象的な人間労働だからである。またそれは量的には与えられた生産力のもとで、その使用価値を生産するに必要な労働時間であり、社会的に平均化された労働として評価された労働の継続時間でもある(だからそれは、社会の総労働のうち、ある特定の生産分野に社会が分割できる、あるいはしなければならない労働の量を表している)。
 それに対して、〈労働時間による分配〉の場合、それは必ずしも生産物に対象化された労働を問題にしているわけではない。なぜなら、その労働は前もって社会的に支出する条件が意識的に決められており、社会的に結びつけられているからである。これは例えば、工場内の労働を考えればよく分かる。工場における生産を意識的に計画する場合、一定の使用価値量を生産するために必要なさまざまな生産分野とそれらに必要な労働力を前もって計画的に配分する必要があるが、しかし、それは前もって行われるということから考えても、その労働は必ずしも生産物に対象化されたものを想定する必要はない。ただ生産手段として使う機械や原材料をどれだけ使うかということや、またそれらに対象化されている労働が最終生産物の生産に必要な労働の一部分を構成するという限りにおいて、対象化された労働が問題になるだけであろう。だから将来の社会においても、前年に生産された総生産物が全体としてどれだけの労働の支出された生産物であるかは、前もって知らなければならないが、その限りではそれらは対象化された労働なのである。そしてそれらの生産手段を使って社会が必要とする使用価値量を生産するために、どういう生産手段をどれだけ、どういう生産分野に配分し、且つ、総労働のどれだけの労働を、だから労働力を、そこに配置するかを前もって決める必要がある。そしてその結果、そこで生産された生産物にはどれだけの労働量が支出されたかを社会は知ることになるであろう。こうして社会はさまざまな生産物に社会的にどれだけの労働が対象化されているかを知るのであり、だからこそ、各人が社会に与えた労働に応じて、一定の控除のもとに、同じ労働時間が対象化されている個人的消費手段を受け取ることも出来るのである。
 だから個人的消費手段の分配には、まず各人が支出する労働そのものは、必ずしも対象化された労働を基準にする必要はないが、しかし、各人が受け取る消費手段にはどれだけの労働が対象化されているかを社会は知らなければならず、だからやはりこうした分配には、生きた労働とともに、対象化された労働もまた必要であることは明らかである。もし両者の関係をいうなら、われわれはそのように理解すべきではないかと思う。しかし、もちろん、このことは、〈価値規定による分配〉と〈労働時間による分配〉との区別と関連ということではない。問題にされているのは、労働時間による生産や分配を問題にする場合でも、その労働は、対象化された労働と生きた労働との両方が考慮される必要があるということである。〔上記の考察には、後に私が到達した地平からは、若干、問題のある箇所もあるが、そのまま紹介しておく。〕

 マルクスはクーゲルマンへの手紙の中で、如何なる社会も社会が必要とする使用価値を生産するためには、社会が自由にできる労働を分割して、配分する必要があるが、商品の価値というのは、その自然法則が貫く一つの歴史的な形態なのだと述べている。すなわち次のように述べている。

 〈どんな国民でも、一年はおろか、二、三週間でも労働を停止しようものなら、くたばってしまうことは、どんな子供でも知っています。どんな子供でも知っていると言えば、次のことにしてもそうです、すなわち、それぞれの欲望の量に応じる生産物の量には、社会的総労働のそれぞれ一定の量が必要だ、ということです。社会的労働をこのように一定の割合に配分することの必要性は、社会的生産の確定された形態によってなくなるものではなく、ただその現われ方を変えるだけのことというのも、自明のところです。自然の諸法則というのはなくすことができないものです。歴史的にさまざまな状態のなかで変わり得るものは、それらの法則が貫徹されていく形態だけなのです。そして社会的労働の連関が個々人の労働生産物の私的交換をその特微としているような社会状態で、この労働,の一定の割合での配分が貫徹される形態こそが、これらの生産物の交換価値にほかならないのです。〉(全集32巻454-5頁、下線はマルクスによる強調)

 だからマルクスが〈価値規定の内容〉が将来の社会でも重要な意義をもつと言っているのは(あるいは〈等価交換の原理〉とも述べたりしているが)、まさにこうしたあらゆる社会に共通の自然法則が社会主義でも貫徹するということであって、それ以上でも以下でもない。ただそれは将来の社会では、人間の意識的な統制と管理にもとづいて行われるのであるから、人間は、その与えられた生産諸条件のもとで貫徹する法則を認識し、それにもとづいて、意識的に合理的に自分たちの労働を社会的に関連づけ、配分することになるわけである。

 林氏は、〈価値規定による分配〉を強調するのであるが、それによって自分が何を言っているのかをほとんど自覚していない。〈価値規定の内容〉(単なる〈価値規定〉とは違うことに注意)とは、ブルジョア社会で商品の価値として現れているものの社会的な本質、その内容のことであり、社会の欲望を満たすためには、ある一定の生産物に、社会的に結びつけられた形で、一定の人間労働が支出されなければならないという、マルクスがクーゲルマンへの手紙で述べている〈自然法則〉のことである。それに対して〈価値規定〉(〈内容>がないことに注意)というのは、ブルジョア社会で価値として現れているものの内容を明らかにして、それを説明したものである。つまり「価値とは何か」を示したものである。だからこれは、労働の社会的な結びつきが、生産物の交換によって事後的に行われるような社会に固有のものであり、そうした自然法則が生産物そのものの社会的な関係として反映したもの、つまり生産物の物象的な属性として現れているものを説明したものである。林氏は〈価値規定による分配〉を強調するのであるが、そのことによって、自分が、ブルジョア社会に固有のものに固執していることが分かっていないのである。それは彼が社会主義の何たるかを理解していないからに他ならない。彼はその内容を知らずに、それを何か絶対的な基準として論じているのであるが、これはまさに〈価値規定による分配〉を物神崇拝しているに等しいのである。

◎空想によって再生産過程の現実的諸条件を飛び越えることは出来ない

 大会報告の9~10頁で、林氏は〈森から出された問題〉なるものを取り上げている。その内容は、なかなか報告を読む限りでは分からない。だからその内容について詳しく言及することはほとんど不可能であるが、しかし、そこで林氏が展開している自身の“理論”なるものの奇妙さは、その限りでは論じることは可能であろうと思う。それを少し検討してみよう。まず林氏が関連して述べている部分をすべて書き出してみよう。

 (1)林は、小幡図表や、森の「用いる」と言う概念は当然必要ではないかという見解(岩瀬の観念にも、どこかで関係するかもしれないが)に対して、社会的総生産の中で分配も考えなくては合理的な解決に到達できないが、両部門の関係は、第一部門の生産手段を第二部門に「移す」とか「用いる」とかいった問題とは無関係だ、両部門はいわば「均衡状態」として(概念的に)設定されている、両部門が「同時並行的に」行われていると考えたら分かりやすい、だからこそ、消費手段の価値規定の問題、「計算」の問題に抽象化し、還元できると述べた。
 
(2)森の見解は分かりにくいものだったが、例えば、第一部門で鉄鋼石を生産する場合の「生きた労働」は、価値規定の場合、どうなるのか、鉄鋼を生産する場合に持ち越され、あるいは含まれて、つまり鉄鋼を通して、第二部門と関係するのか、媒介的、間接的に消費手段の「価値規定」に関係するのか、といったような問題意識であったろうか。森は「分からないのは、第一部門の生産手段のための『現在完了の労働』は、消費手段の価値規定の中にどうやって入って行くのか」と発言しているが、こうした問題意識がそもそもずれているということである。
 
(3)この問題では林は当初混乱し、その場では考えが整理できなかったが、第二日目の冒頭に発言し、整理して次のように説明した。
 森は生きた労働による価値規定という課題と、労働者が消費手段をいかに分配されるかということを混同している。鉄鋼石を生産する労働者の生きた労働は消費手段の価値規定には何の影響も持たないが、それは鉄鋼石が消費手段の生産部門に直接に関係しないからである、つまり鉄鋼石を生産する生きた労働は、ただ第一部門のための生産手段を生産するにすぎず、第二部門の生産手段とは関係ないという単純な理由からである。他方、鉄鋼石を生産する労働者もまた、その労働時間によって、消費手段の分配を受け取るのは当然であって、この二つのことの間にはどんな「矛盾」も「格差」もないのである。第一部門で鉄鋼を生産する生きた労働は、生産手段部門で機能する鉄鋼も、第二部門で機能する鉄鋼もともに生産するのだが、他方では、鉄鋼石を生産する労働者は、ただ第一部門の生産手段となる鉄鋼石という使用価値を生産するということだけが違うのだが、そんなことにどんな「困難」--消費手段の価値規定をどう考えるかという問題において--も生じないし、生じようがない(森は事実上,何か過去の労働--あるいは生きた労働の?--移転といった、“悪無限論”に後戻りしていないか)。〉 
〔(1)~(3)は引用者が追加〕

 とりあえず、この林氏の主張を詳細に吟味するために、三つの部分、(1)~(3)にわけてみた。それぞれについて検討していくことにしよう。

 まず(1)であるが、ここで〈小幡図表〉なるものは無視する。もしこれも検討する必要があるというなら、以前それが紹介されていたという通信に戻ってやる必要があるが、どうしてもやらなければならないなら、また別個にやることにしよう。
 〈森の「用いる」と言う概念〉なるものも、ハッキリとは分からないが、恐らく考えられるのは、第Ⅰ部門の生産物(生産手段)を「用いて」、第II部門は生産をする、と森氏は主張しているのではないかと思う。これはある意味では当然なのだが、林氏はこれも否定している。林氏は〈社会的総生産の中で分配も考えなくては合理的な解決に到達できない〉ことはどうやら認めているようである。しかし問題は、次に書いていることである。林氏はいう。

 〈両部門の関係は、第一部門の生産手段を第二部門に「移す」とか「用いる」とかいった問題とは無関係だ、両部門はいわば「均衡状態」として(概念的に)設定されている、両部門が「同時並行的に」行われていると考えたら分かりやすい、だからこそ、消費手段の価値規定の問題、「計算」の問題に抽象化し、還元できると述べた。〉

 どうやら以前、林氏は自らその誤りを認めた(しかし何が誤りかはいま一つ明確ではなかったことは確かであるが)論文(1163号)に祖先帰りしているようである。だからわれわれは、以前の論文や通信で述べていたことも引っ張りださなければならない。まず『海つばめ』1163号で次のように述べていた。

 〈一見して、自動車生産のためには、機械や鉄鋼に支出された労働日が前提とされ、その労働日は「過去の」労働日として、つまり「移転されてきた」労働日として現象するのであって、何か前年度の労働の結果であるかに見える、しかし実際には、この労働日は生産手段を生産する労働として、現実的であり、“同時並行的”である、つまり総労働日の三分の二を占める生産手段を生産する労働日の中に含まれている、つまり年々の総労働日の一部であり、一環であるにすぎない。このことの認識こそ決定的であり、「有用的労働による価値移転論」等々の空虚なことを明らかにしているのである。この労働日について価値移転論者のように“二重計算”することは――つまり一方で「過去の労働」として、他方で新しい生産的労働として――ナンセンスであり、社会主義における生産と分配の観念をどこかに追いやってしまうのである。〉

 つまり年間の労働は、すべて均衡したものとして配置されており、同時並行的に行われるのだから、われわれは年間の生産物としては最終生産物である個人的消費手段だけを考えればよいというのである(なぜなら、その年度に生産された生産手段は、すべて個人的消費手段の生産のための手段であり、個人的消費手段に、あるいはその価値規定に、さらにはその「計算」の問題に抽象化し、還元できる)。これはつまるところ、スミスのv+mのドグマを言い替えたものに過ぎないのである。
 一時期、林氏はこの論文の誤りを認めたのであった。そのときには、次のように書いていた。

 〈林の陥っていた勘違いとは、第二部門の「生きた労働」と第一部門の「過去の労働」との相互補填において、第二部門の消費手段と交換される第一部門の生産手段を、第一部門の生産手段のすべてと思い込んでいた--第二部門の生産物(消費手段)と交換される第一部門の生産物(生産手段)は、当然に第一部門の「生きた労働」が生産する生産手段のすべてだと無反省に思い込んでいた--ため、混乱した迷路に迷い込んでしまった〉 (通信No.18〔第9期〕)

 当初、この〈勘違い〉なるものは不可解だったのであるが、どうやらそれもうっすらと分かりかけてきた。つまり林氏は、第一部門の生産手段もすべて第二部門の消費手段の生産のためにあるのだから、ある年度の総生産を考えたら、それらはすべて均衡条件のもとで同時並行して行われ、第二部門の生産物である個人的消費手段に最終的に還元できる(v+mに還元できる)と考えたのである。だから林氏は第一部門の生産物のすべてと第二部門の消費手段と交換されると〈思い込んでいた〉というわけである。

 今回の主張はまさにそうした主張、つまり以前〈勘違い〉だったと自己批判した主張に戻っている。仁田氏が退会したから、もう誰からも批判されても大丈夫などとタカをくくったからかどうかしならないが、要するに、以前〈勘違い〉や〈混乱した迷路に迷い込んでしまった〉と総括したものの、もう一つハッキリしなかったが、要するに、それは林氏自身がハッキリと問題点を掴んでおらず、依然として〈混乱した迷路〉の中にあり続けたということなのであろう。

 では、林氏が空想するようなことが果たして可能かどうかをわれわれは考えてみよう。そうすれば、その馬鹿げた考えが、ただ林氏の頭の中だけで描かれた“餅”に過ぎないことが分かるであろう。

 まず〈両部門はいわば「均衡状態」として(概念的に)設定されている〉という前提はよいとしよう。われわれもそう設定する。〈両部門が「同時並行的に」行われていると考え〉るのも、まあ、良しとしよう。しかし、だからと言って年間の生産物を消費手段の生産に還元し、その価値規定の問題に還元できるなどいうのは、まったく馬鹿げた話である。
 なぜなら、その年度に生産された生産手段は同時並行的にすべてその年度に生産的に消費され、最終生産物である個人的消費手段に還元されると考えているのであるが、しかし、果たしてそんな想定が可能かどうかを考えてみれば忽ちその馬鹿さ加減が明らかになるからである。林氏は今年度の生産がどのように開始されるのかを「具体的に」(林氏の好きな言葉だ!)考えてみるべきであろう。社会がその生産を開始するためには、少なくとも生産手段(労働手段と労働対象)と労働力が与えられていなければならないことは、林氏も認めるであろう。しかし、林氏の想定では、少なくとも労働力は、前年度の総生産の結果として、今年度に引き継がれていると考えられるから、まあよいとしても、生産手段は一体、どうするのか、林氏の想定では、今年度の生産に必要な生産手段はすべて今年度中に同時並行的に生産され、かつ、同時並行的に生産的に消費されることになっている。だからある年度の総生産物は、すべてその年度中に生産的にも個人的にも消費されてしまうと想定されているのである。つまり次年度に引き継ぐ生産物は一切ないのである。とするなら、林氏は、どうして次の年度の生産を開始するのであろうか。まったく不可解である。林氏の想定でもそれが可能であるかに思われた労働力にしても、林氏が想定できるのは、いわば“生の”の労働力でしかない。彼らには衣食住のすべてが失われている。なぜなら、彼らは前年度中に生産された個人的消費手段はすべて前年度中に同時並行的に個人的に消費してしまった存在として前提されているからである。だから彼らはそれこそ文字通り“身一つで”今年度の労働を開始しなければならない。すなわち彼らは少なくとも年度の初日は、素っ裸で、何も食べずに労働しなければならない。というのは、彼らは、前年度の個人的消費手段を一つも引き継いでおらず、そして今年度に彼らが着る服も、食べる物もまだ生産されていないからである。彼らは一日の労働をやったあとには、その労働力を再生産するために毎日、食わねばならないが、ここでも林氏は絶望的な困難に突き当たる。というのは、彼らが主食とする今年度の穀物は、いまだ一粒も生産されていないからである。なぜなら、今年度の穀物は、実りの秋を迎えないと、その生産物は社会に供給されないからである。パンやうどんならば、時々刻々生産されるではないかというのか。しかし、パンやうどんを生産するための今年度の材料である穀物はやはり秋まで待たねばならず、だからパン製造工場も製麺工場も、その原材料が入る秋まで開店休業状態なのである(だからそこで働く労働者も働けない)。要するに社会は、今年度の生産に必要な生産手段や労働力(彼らが毎日労働力を再生産しなければならない個人的消費手段)もまったく前年度から引き継いでいないのである。だから林氏がいくら〈両部門はいわば「均衡状態」として(概念的に)設定されている〉と考えても、生産は決して開始されないし、均衡状態にはならないのである。林氏は何か漠然と、社会はうまく釣り合いをとって、生産をやれるだろうと考えているのであるが、しかし、社会的な再生産の現実的諸条件というものは、資本主義社会であろうが、将来の社会であろうが、物質的条件として厳として客観的に存在しており、誰もそれを無視することも観念で飛び越えることもできないのである。マルクスは、資本の回転の基準は一年としているが、それは社会を物質的に支えるもっとも中心的な生産物である穀物の生産が年一回転するからであり、だからすべての生産部門の回転も年一回転すると前提して、社会的な総再生産過程を考察しているのである。つまり同時並行的に例え生産されたとしても、すべての生産物が年一回転すると想定するなら、今年度に生産的に消費される生産手段も個人的に消費される手段も、すべて今年度の生産物ではなく、前年度の生産物でなければならないのである。だからこそマルクスはW’-G’-W…P…W’という商品資本の循環として社会の総再生産過程を考察しているのである。つまりある年度の社会の再生産の出発点であるW’は、前年度の社会の総生産物であり、その中に今年度一年間に生産的に消費される生産手段も、個人的に消費される消費財も含まれているのである。だから今年度の生産が例え同時並行的に行われても、それは可能なのである。林氏の想定では、そもそも社会は同時並行的に生産を行うことすらできないのである。ただ林氏が漠然としてそれはうまく釣り合いをとってできると空想しているだけに過ぎないのである。しかし労働者が毎日の労働力を再生産するために必要な穀物がその年度の秋にしか生産物として社会に供給されないという一事を考えても(これは誰にもどうしようもできない客観的・物質的条件である!)、そうした林氏の想定はまったく空想物語でしかないことは分かるであろう。そもそも、林氏が例として上げている製鉄や自動車生産を考えても、それらが互いに生産手段を供給し合いながら同時並行的に行われるなどいうことが可能かどうかが分かる筈である。自動車の生産は、その原材料である鉄が生産されるまで生産が開始できないことは、子供でも分かることである。しかし観念論者である林氏は、容易にそうした条件もうまくクリアできると空想する。しかし製鉄のためには溶鉱炉やコークス、鉄鉱石が必要だが、それらが同時並行的に例え生産されると想定しても、今年度の製鉄の開始には間に合わないことは明らかである。鉄鉱石→製鉄(製鉄には鉄鉱石が前提される)という関係は、客観的な物質的な関係、条件であって、誰にもどうしようもできないものである。鉄鉱石の生産と製鉄が同時並行して開始することができるなどというのは林氏の幼児以下の観念の世界の話である。
 また林氏は〈両部門が「同時並行的に」行われていると考えたら分かりやすい、だからこそ、消費手段の価値規定の問題、「計算」の問題に抽象化し、還元できる〉というのであるが、これは社会の総生産物を個人的消費手段に還元するということである。つまり第二部門の総生産物、II(c+v+m)=II(c)+II(v+m)、ここでII(c)=Ⅰ(v+m)だから、よって、II(c)+II(v+m)=Ⅰ(v+m)+II(v+m)=Ⅰ・II(v+m)であり、要するに社会のある年間の総生産物の価値構成をv+mに還元するということであり、スミスとまったく同じ誤りに陥っているのである。

 次に(2)の部分を検討しよう。ここでは森氏の問題意識が紹介されているわけだが、それはどうやら生産手段(例えば鉄鋼)の生産のための生産手段(例えば鉄鉱石)の価値は、どうなるのか、それは最終的に消費手段の価値規定に関係するのか、という問題意識のようである。森氏の問題意識は、その限りでは全く正当である。この問題については、すでに私は以前、再生産表式を使って解決しておいた、以前にも一度、紹介したことがあるが、再びそれを紹介しておくことにしよう。

 【生産手段の生産のための生産手段を生産する部門を部門 I '、消費手段の生産のための生産手段を生産する部門を部門 I ”としよう。すると部門 I 'の総生産物の価値は4000、部門 I ”の総生産物の価値は2000である。それぞれがc+v+mに分割すると次のようになる。

I ' 2666[2/3]c+666[2/3]v+666[2/3]m=4000
I ”1333[1/3]c+333[1/3]v+333[1/3]m=2000

II     2000c+500v+500m      =3000

 だから I '(v+m)は I ”cと補填関係にあることが分かる。つまり部門 I 'のv+mは部門 I ”の不変資本を現物補填するわけである。しかしでは I ”cが部門 I 'に販売されるかというとそうではないのである。 I 'のv+mはIIcから補填されるのである。 I ”の全生産物はIIcを補填するのだからである。だから次のような関係にある。

I '(666[2/3]v+666[2/3]m)+ I ”(333[1/3]v+333[1/3]m)= I ”の全生産物(2000)=2000IIc

 だからここから極めて重要なことが分かってくる。つまり I 'のv+m部分は、(1)今年度は I ”の不変資本を補填し、それは消費手段の生産手段を生産する過程で生産的に消費されて、その価値を消費手段の生産手段に移転させる。そして(2)それは来年度には、部門IIの不変資本を現物補填して、部門IIにおいて消費手段の生産過程で生産的に消費され、その生産物、すなわち消費手段に価値を移転する。そしてその消費手段は、(3)再来年度には I 、II両部門のv+mを現物補填して、最終的には価値としても消滅するのである。だから部門 I 'の生産物(生産手段の生産手段)の価値も最終的には消費手段の価値に移転されて、消費手段の消費(実現)とともにその価値は消滅することが分かるのである。それは複雑な媒介過程(3年にわたる、といっても年一回転という前提だからだが)を経てではあるが、しかし最終的には社会的に消滅しているわけである。
 しかしこれは考えてみれば、明らかなようにも思える。というのは部門 I 'も部門 I ”も、究極には部門IIにおける消費手段の生産のためにあるわけだからである。もしそれらがそうでないなら、そもそも部門 I 'や部門 I ”で働く労働者は(そして資本家も)食べていくことはできないであろう。それらが最終的には消費手段の生産のためにあるからこそ、それらの生産に従事している労働者や彼らから剰余価値を搾り取っている資本家たちも食べて行けるわけである。だからこうした原理から考えるなら、やはり部門 I 'の生産物(生産手段の生産手段)の価値も最終的には消費手段へと移転させられて、消費手段の消費(実現)とともにそれらの価値は消滅していることが分かるのである。

 その後、マルクスは第2稿では、生産手段生産部門も消費手段生産部門もそれぞれ二つの部門に分けて考察していることを知った。もちろん、第2稿では、生産手段生産部門と消費手段生産部門は第8稿(現行版)と逆になっているが、われわれは第2稿のマルクスの考察を部門の順序だけを入れ換えて、再現してみよう。それは次のようなものである。

   生産手段a(消費手段の生産のための生産手段の生産部門)
      a) 200c+50v+50m  (必需品の生産のための生産手段生産部門)
  aa)  200c+50v+50m  (奢侈品の生産のための生産手段生産部門)
I )
     生産手段b(生産手段の生産のための生産手段の生産部門)
      b)   200c+50v+50m   (必需品の生産手段の生産のための生産手段生産部門)
  bb)   200c+50v+50m   (奢侈品の生産手段の生産のための生産手段生産部門)

   消費手段
    a)   200c+50v+50m   (必需品の生産部門)
II)
   b)   200c+50v+50m   (奢侈品の生産部門)

 これは一般には「6亜部門構成の再生産表式」と言われているものであり、エンゲルスは編集段階で、これらのマルクスの考察をすべて無視している。この場合はわれわれの先の考察より複雑であるが、問題はマルクス自身も生産手段生産部門を消費手段の生産手段の生産部門と生産手段の生産手段の生産部門との二つに分けて考察していることである。だからマルクス自身にもそうした問題意識があったということである。ここでは可変資本部分をvで表したが、マルクス自身はそれを「50£G」と貨幣形態で示している。】

 このように森氏の疑問は当然であり、むしろ再生産表式に対する森氏の問題意識の深まりを表しているのであるが、林氏には森氏が何を問題にしているのか皆目分からず、〈こうした問題意識がそもそもずれているということである〉と述べて、批判したつもりになっているわけである。しかし、何がどのように〈ずれている〉のか、それを明らかにしてこそ批判というものではないだろうか。林氏の批判は批判にもなっていないと言わざるを得ない。
 
 次は(3)の部分である。この部分は、森氏の問題意識に答えたもののようである。まず林氏は特徴的な主張を展開している。

 〈森は生きた労働による価値規定という課題と、労働者が消費手段をいかに分配されるかということを混同している。〉

 ここで林氏は〈生きた労働による価値規定〉などと述べているが、これは特徴的である。ある年度の総生産物の価値構成をv+mに還元した林氏であるから、それらはすべて〈生きた労働〉、つまりその年度に支出された労働からなっていると考えるわけである。しかし、殘念ながら、商品の価値として対象化された労働を、「生きた労働」と考えるのは間違っているのである。マルクスは商品の価値について次のように述べている。

 〈そこで今度はこれらの労働生産物に残っているものを考察してみよう。それらに残っているものは、同じまぼろしのような対象性のほかにはなにもなく、無差劉な人間労働の、すなわちその支出の形態にはかかわりのない人間労働力の支出の、ただの凝固物のほかにはなにもない。これらの物が表わしているのは、ただ、その生産に人間労働力が支出されており、人間労働が積み上げられているということだけである。このようなそれらに共通な社会的実体の結晶として、これらのものは価値--商品価値なのである。〉(全集23a52頁)

 このようにマルクスは商品の価値を〈人間労働が積み上げられている〉と述べている。つまり商品に対象化された労働というのは、何もそれを直接生産した生きた労働だけではなく、それを生産するに必要な生産手段に支出された過去のすべての労働が含まれているのであり、だからこそそれらは〈積み上げられ〉たものなのである。
 林氏は、森氏が〈価値規定という課題と、労働者が消費手段をいかに分配されるかということを混同している〉というのであるが、林氏も〈社会的総生産の中で分配も考えなくては合理的な解決に到達できない〉ことを認めたのではないのか。とするなら、そもそも労働者に消費手段が分配されるためには、それらの消費手段の〈価値規定という課題〉が問われるのではないか。それが明らかになって、初めて、労働者は社会に与えた彼の労働時間に等しい労働が対象化されている消費手段の分配を受けることが出来るのではないのか。
 林氏がそれに対置している考えなるものを検討してみよう。

 〈鉄鋼石を生産する労働者の生きた労働は消費手段の価値規定には何の影響も持たないが、それは鉄鋼石が消費手段の生産部門に直接に関係しないからである、つまり鉄鋼石を生産する生きた労働は、ただ第一部門のための生産手段を生産するにすぎず、第二部門の生産手段とは関係ないという単純な理由からである。〉              

 鉄鉱石が消費手段の生産部門に直接関係しないからと言って、間接的に関係しないことはない。鉄鋼が鉄鉱石から作られ、その鉄鋼を使って自動車を作るなら、鉄鉱石は自動車の生産に間接的に関係している。そして自動車の価値に鉄鋼の価値が含まれると考えるなら、その鉄鋼の価値に鉄鉱石の価値が含まれることは明らかであり、だから自動車の価値には鉄鉱石の価値も含まれることは明らかである。マルクスが商品の価値について〈人間労働が積み上げられている〉と述べているのは、自動車の価値には、鉄鋼を生産する労働が含まれ、さらには鉄鋼を生産するために必要な鉄鉱石を生産するために支出された人間労働も積み重なって含まれていると考えるからである。
 林氏が〈鉄鋼石を生産する生きた労働は、ただ第一部門のための生産手段を生産するにすぎず、第二部門の生産手段とは関係ない〉と言えるのは、ある年度の生産だけを考えているからに他ならない。われわれがすでに見たように、〈鉄鉱石を生産する生きた労働〉(つまりⅠ’のv+mの価値構成部分に対象化された労働)は、鉄鋼を生産するために必要な生産手段となり、次年度に生産される鉄鋼の価値として積み重なるのである。だから林氏のように〈第二部門の生産手段とは関係ない〉などとは言えないのである。それは確かに今年度の生産を考えるなら、そうではあるが、しかし、今年度の第二部門の生産手段の生産手段を生産するためには、前年度の生産手段の生産手段として生産されたものが関係しているのである。林氏は社会的な総再生産過程の実在的諸条件、すなわち物質的な関係をまったく無視して、ただ価値の補填関係だけを抽象的に見ているだけなのである。しかし何度も言うが、社会的生産の実在的諸条件を考えずして、社会の総再生産過程を考察することは出来ないのである。

他方、鉄鋼石を生産する労働者もまた、その労働時間によって、消費手段の分配を受け取るのは当然であって、この二つのことの間にはどんな「矛盾」も「格差」もないのである。第一部門で鉄鋼を生産する生きた労働は、生産手段部門で機能する鉄鋼も、第二部門で機能する鉄鋼もともに生産するのだが、他方では、鉄鋼石を生産する労働者は、ただ第一部門の生産手段となる鉄鋼石という使用価値を生産するということだけが違うのだが、そんなことにどんな「困難」--消費手段の価値規定をどう考えるかという問題において--も生じないし、生じようがない〉と林氏は言う。

 しかし、鉄鉱石を生産する労働者が受け取る消費手段がどのように社会的な補填関係によって行われるのかということは、決して〈当然〉などという言葉で済ませられるようなものではない。林氏に較べるなら、森氏の方が遥かに社会的総再生産過程に対する理解が深いと言えるだろう。林氏は現実の社会的な総再生産過程の実在的な諸条件をまったく無視して、ただ価値(だからまた彼にいわせればそれが労働時間になるのだが)の計算的な均衡だけを問題にしているのである。しかし、こんな“分析”で社会的総再生産過程が理解できたなどいうのは噴飯ものなのである。林氏がどんなに〈どんな「矛盾」も「格差」もない〉とか〈どんな「困難」--消費手段の価値規定をどう考えるかという問題において--も生じないし、生じようがない〉と断言しても、現実の困難や矛盾を取り除くことは出来ないのである。林氏は〈消費手段の価値規定をどう考えるかという問題において〉〈どんな「困難」-…-も生じないし、生じようがない〉というのであるが、しかし自動車の価値規定を考えた場合、そこに積み重ねられた労働には、鉄鉱石を生産するために支出された労働や、鉄鋼を生産するために支出された労働が含まれるのであり、ただそれらは価値として結実した抽象的人間労働として考えるなら、それらがどの段階でどの時点で支出されたかはまったく問われない(なぜなら、それらは抽象的人間労働としては、質的に同等であり、量的に異なるに過ぎないから)というに過ぎない。しかし、われわれが、単に一つの商品の価値の規定を問題にするだけではなく、現実の社会的な総再生産過程を考える場合には、そうした抽象だけでは決して問題の解決が出来ないということが林氏には分かっていないのである。マルクスが、第2部第3章(現行版では「篇」)の表題を「流通過程および再生産過程の現実的諸条件」(第2草稿の表紙に書かれた目次)としたように、そのためには、「現実的諸条件」(物質的諸条件)が問題にされなければならないのである。よって、われわれはマルクスが第3篇の再生産表式で何を一番重要な問題として考えていたのかを考えなければならない。

●再生産表式を使って、マルクスは何を解明しようとしているのか?

 この問題は当初は私自身あまり自覚していなかった問題であった。しかし、谷野勝明氏の《再生産論の形成をめぐる諸問題について(上)--第2 稿・第8 稿断絶説批判--》という論文を読んで、その重要性に気づかされた。その論文の詳しい内容の紹介はやめるが(興味のある人は関東学院大学『経済系』第246集で公開されているので検討してほしい)、そこで私が気づかされた問題を紹介しよう。
 まず第2稿の表紙に書かれた目次のうち第3章(現行版では「篇」)の部分を全文紹介しておこう。

 〈第3章 流通過程および再生産過程の現実的諸条件

  (1) 社会的に考察された不変資本、可変資本、および剰余価値

   (A) 単純な規模での再生産
     (a) 貨幣流通による媒介なしの叙述
          (b) 貨幣流通による媒介を入れた叙述

     (B) 拡大された規模での再生産、蓄積
     (a) 貨幣流通なしの叙述
      (b) 貨幣流通による媒介を入れた叙述

   (2)                                                  

     〉(水谷・名和共著《『資本論』第2部第2草稿(「第3章」)の未公開部分について》から引用)

 私が見落としていたというか、深く考えなかったのは、マルクスが第3章を(1)と(2)の二つにわけて、(1)の表題を〈社会的に考察された不変資本、可変資本、および剰余価値〉としていることである((2)については表題もなにも書かれていない)。
 この問題は、現行版の「第20章 単純再生産」の「第4節 部門IIのなかでの転換 必要生活手段と奢侈手段」(これらの表題はすべてエンゲルスによるものである)の冒頭、次のように述べていることと関連しているのである。

 〈次には部門IIの商品生産物の価値のうちその成分 v+m を研究しなければならない。その考察は、ここでわれわれが取り扱う最も重要な問題、すなわち、各個の資本主義的生産物の価値の c+v+m への分解は、たとえさまざまな現象形態によって媒介されるにしても、どこまで年間総生産物の価値にも同様にあてはまるかという問題には、少しも関係がない。この問題は、一方では Ⅰ(v+m) 対 IIc という転換によって解決され、他方では年間商品生産物ⅠのなかのⅠcの再生産についてのあとに残されてある研究によって解決される。〉(全集24巻495頁)

 マルクスが〈ここで(つまり第3篇で--引用者)われわれが取り扱う最も重要な問題〉と述べているものこそ、第2草稿の(1)の表題にある「社会的に考察された不変資本、可変資本、および剰余価値」の問題なのである。
 つまりこういうことである。社会のすべての生産は、その年度の生きた労働によって担われる。だからすべての生産物の価値構成を考えると、それらはすべてc+v+mに分解するわけである。だから鉄鉱石のような、その商品の素材的条件からみて(これがすなわちマルクスが第2草稿の第3章の表題で述べている「現実的諸条件」である)、生産手段のための生産手段としてしか利用できないような生産物も、やはりc+v+mに分解する。だからそうした生産物も社会的には消費手段と何らかの補填関係になければならないが、それは一体どのように形で行われているのか、これがマルクスが第3章(原稿版では第3篇)で「取り扱う最も重要な問題」と考えているものである。
 だから森氏の鉄鉱石のような第Ⅰ部門のなかで補填関係にあるだけのようなものは、第II部門の消費手段の価値とどんな関係にあるのか、という問題意識は極めて正当であり、彼の社会的な総再生産過程への、だから再生産表式への認識の深まりを示すものなのである。しかし、林氏には、こうした問題意識は皆無であり、何が問題になっているのかも分かっていないことが分かる。
 実際、鉄鉱石を生産する労働者は、あるいはそれに寄生する資本家は、その生産物を第II部門にはまったく売らないのに、しかし彼らの消費手段を第II部門から買わなければならないのであるが、それがどのようにして可能なのであろうか。社会的にはそれらはどのような形で補填されているのか、それがマルクスが〈社会的に考察された不変資本、可変資本、および剰余価値〉の補填関係として考察しようとしている問題なのである。それが解明されなければ、社会的な総再生産過程が如何に行われているのかということが分からないからである。
 マルクスは、それは〈一方では Ⅰ(v+m) 対 IIc という転換によって解決され、他方では年間商品生産物ⅠのなかのⅠcの再生産についてのあとに残されてある研究によって解決される〉としている。この最初の部分(Ⅰ(v+m) 対 IIc という転換)については、現行版でもある程度解明しているのであるが、後半で述べている部分(年間商品生産物ⅠのなかのⅠcの再生産についてのあとに残されてある研究)については、結局、第8稿でもほとんど果たされていないのである(それを追求したのが、現行版の第20章第10節であるが、現行版を見れば分かるように、肝心の問題にまで行く前に中断しているのである)。だからこのマルクスが〈最も重要な問題〉としている課題は残された草稿を見る限りでは(しかし邦訳されていて私が読める範囲であるが)、十全には解決しているとは言い難い問題なのである。
 しかし、時間の関係もあり、ここでは、とりあえず、問題提起だけをして、ひとまず切り上げることにする。時間的余裕があれば、もっとこの問題についても論じてみたいと考えている。

 (続く。ただ次回以降は何を取り上げるかまだ未定だが、「社会主義における分配問題」での林氏の理論的混乱とも密接に関連していると思われる、「有用労働による価値移転問題」を取り上げるのがよいかも知れない。)

2015年10月 1日 (木)

『資本論』第3部草稿(現行版第5篇)の研究(28-26)

現行版第5編第28章該当箇所の草稿の解読

(2) 各パラグラフごとの解読(続き)

【43】 (ここからはこれまで論じてきた銀行学派の混乱の c の「まとめ」であるように思える。だからマルクス自身の概念もここから徐々に登場するのである)

 〈ところで,われわれは銀行の有価証券の増大(あるいは貨幣融通を求める圧迫の増大)と,それと同時に生じる通貨〔currency〕の総量の減少ないし停滞とを,二重の仕方で説明した。すなわち,1) 地金の流出によって,2) たんなる支払手段としての貨幣の需要によって。この第2の場合には,その発行がただ一時的であるか,または帳簿信用のゆえに取引がまったく銀行券の発行なしに行なわれるのであり,したがって,《たんなる》信用取引が諸支払を媒介するのであって,またこれらの支払の媒介がこの貨幣取引の唯一の目的なのである。貨幣がただ諸支払の決済のためにのみ機能する場合には(そしてそのような恐慌のときに借りるのは,支払うためであって買うためではなく,過去の諸取引を終わらせるためであって新たな諸取引を開始するためではない),その貨幣のCirculationはただ瞬過的〔verschwindend〕でしかないのであって,この決済がまったく貨幣の介入なしにたんなる信用操作によって行なわれるのではない場合〔でさえも〕そうだということ,したがって巨大な額のこのような取引と貨幣融通にたいする大きな圧迫とが,Circulationを拡大することなしに生じうるということ,これは貨幣の特性である。しかしフラ一トン,トゥック等々が持ち出している事実,すなわち,イングランド銀行が有価証券の膨張によって示されるような大きな貨幣融通をしているのに,それと一緒に同行のCirculationが停滞したままであるかまたは減少--低位の通貨〔a low currency〕--しさえもするというたんなる事実は,一見して明らかに,けっして,彼らが彼らの誤った「資本の問題」のために主張しているのとは違って,支払手段としての機能における貨幣《(銀行券)》のCirculationは増加も膨張もしないということを証明するものではないのである。購買手段としての銀行券のCirculationは減少するのだから,支払手段としての銀行券のCirculationは増加しうるし,また, Circulationの総額,すなわち購買手段プラス支払[418]手段として機能する銀行券の合計は,停滞したままでありうるし,あるいは減少することさえもありうる。支払手段としてのCirculationは,彼らにとっては,Circulationではないのである。〉(大谷訳265-266頁)

 以下、このパラグラフそのものはこれまでこのレジュメを読んできた人であれば、それほど理解困難なものではない。だから平易な書き下しも、大谷訳では〈Circulation〉と原文のままになっているものをどのように理解し訳すべきかを示す程度の最小限のものにした。

 〈ところで、われわれは銀行の有価証券の増大(あるいは貨幣融通を求める圧迫の増大)と、それと同時に生じる通貨の総量の減少ないし停滞とを、二重の仕方で説明した。すなわち、1) 地金の流出によって、2) たんなる支払手段としての貨幣の需要によって、この第2の場合には、その発行がただ一時的であるか、または帳簿信用のゆえに取引がまったく銀行券の発行なしに行われるのであり、したがって、たんなる信用取引が諸支払を媒介するのであって、またこれらの支払の媒介がこの貨幣取引〔貨幣の貸借〕の唯一の目的なのである。
 貨幣がただ諸支払の決済のためにのみ機能する場合には(そしてそのような恐慌のときに借りるのは、支払うためであって買うためではなく、過去の諸取引を終わらせるためであって、新たな諸取引を開始するためではない)、その貨幣の流通はただ瞬過的でしかないのであって、この決済がまったく貨幣の介入なしにたんなる信用操作によって行われるのでない場合でさえもそうだということ、したがって巨大な額のこのような取引と貨幣融通にたいする大きな圧迫とが〔銀行券の〕流通高を拡大することなしに生じうるということ、これは貨幣の特性である。〔だから銀行学派のいうような「資本の問題」ではないのだ。〕
 しかし、フラートン、トゥック等々が持ち出している事実、すなわち、イングランド銀行が有価証券の膨張によって示されるような大きな貨幣融通をしているのに、それと一緒に同行の流通高が停滞したままであるか、または減少--低位の通貨--しさえもするというたんなる事実は、一見して明らかに、けっして、彼らが彼らの誤った「資本の問題」のために主張しているのとは違って、支払手段としての機能における貨幣(銀行券)の流通高は増加も膨張もしないということを証明するものではないのである。それはただ、購買手段としての銀行券の流通高が減少するから〔なぜならすでに【31】で検討したように、逼迫期には収入の流通--そこでは貨幣は主に購買手段として機能する--を媒介する通貨は収縮するから〕、支払手段としての銀行券の流通高が増加しても、通貨の総額、すなわち購買手段プラス支払手段として機能する銀行券の合計額が、停滞したままでありうるか、あるいは減少することさえもありうるということを示すだけなのである。結局、彼らにとっては、支払手段としての通貨は、資本を媒介するということから「資本」として捉えられ、通貨ではないのである。〉

【44】 (このパラグラフは先の【43】と内容的にも連続している)

〈購買手段としてのCirculationが減少するよりも高い程度で支払手段としてのCirculationが増加するとすれば,たとえ購買手段としての機能における貨幣が量から見てかなり減少したとしても,総Circulationは増大するであろう。そしてこのことは,恐慌中のある諸時点で現実に起こるのである。フラ一トン等々は,支払手段としての銀行券のCirculationがこのような圧迫の時期の特徴だということを示さないので,この現象を偶然的なものとして取り扱うのである。「銀行券を手に入れようとする激しい競争はパニックの時期を特徴づけるものであり,また,ときには,1825年の終りのように,地金の流出がまだ続いている時にさえも,一時的でしかないとはいえ突然の発券増加をひき起こすこともあるのであるが,ふたたびこのような競争の実例について言えば,私の考えるところでは,このような実例は低い為替相場の自然的な,あるいは必然的な付きものとみなすべきではない。このような場合の需要は,Circulation〔」〕 (購買手段としてのCirculationと言うべきであろう)〔「〕のための需要ではなく,蓄蔵のための需要であり,流出が長く続いたあとに恐慌の終幕で一般的に生じる狼狽した銀行家や資本家の側からの需要であり,また,金の流出がやむことの前兆である。」a) /

① 〔注解〕この引用で・の強調はマルクスによるもの。〉 (大谷訳267-268頁)

 このパラグラフもそれほど理解困難なものではない。だから今回も原文の〈Circulation〉の解釈を示して、ほぼマルクスの文書をそのまま掲げておく。なお理解を補足するための若干の資料を紹介しておこう。後半部分はフラートンの著書からの引用になっているが、それもそのまま転記しておく。

 〈購買手段としての通貨が減少するよりも高い程度で支払手段としての通貨が増加するとすれば、たとえ購買手段としての機能における貨幣が量から見てかなり減少したとしても、総流通高は増大するであろう。そしてこのことは、恐慌中のある諸時点では現実に起こるのである〔これは例えば1825年恐慌時に実際に生じたのである。図1-3は金井雄一著『イングランド銀行金融政策の形成』からとってきたものだが、銀行券の発行高も手形割引高もどちらも25年恐慌のピークである12月に向かって異常に急増していることが分かる〕。フラートン等々は、支払手段としての銀行券の流通がこのような圧迫の時期の特徴だということを示さないので、この現象を偶然的なものとして取り扱うのである。
 「銀行券を手に入れようとする激しい競争はパニックの時期を特徴づけるものであり、また、ときには、1825年の終わりのように、地金の流出がまだ続いている時にさえも、一時的でしかないとはいえ突然の発券増加を引き起こすこともあるのであるが、ふたたびこのような競争の実例について言えば、私の考えるところでは、このような実例は低い為替相場の自然的な、あるいは必然的な付きものとみなすべきではない。このような場合の需要は、通貨(購買手段としての通貨と言うべきであろう)のための需要ではなく、蓄蔵のための需要であり、流出が長く続いたあとに恐慌の終幕で一般的に生じる狼狽した銀行家や資本家の側からの需要であり、また、金の流出がやむことの前兆である。」a)〉

Photo
 このフラートンからの引用文を見てもわかるように、フラートンは1825年の終わりに急激に起こった発券の増加を〈突然の〉ことと理解して、つまり〈偶然的なものとして取り扱〉っている。確かにそれは図1-3を見ても分かるように、〈一時的でしかない〉が、しかしそれが急激な支払手段に対する需要から生じたものであり、それが購買手段としての通貨の減少をはるかに上回る程度で生じたために、発券が急激に拡大したことを示しているのである。そしてこれは〈恐慌中のある諸時点で現実に起こる〉ことを図1-3は示している。フラートン等はこうした発券が支払手段に対する需要から生じるものであることを見ることができないのである。
 このフラートンが取り上げている1825年恐慌とはどんなものだったのかを知るために、アンドレァデス著『イングランド銀行史』から、その恐慌を描いた部分を参考のために紹介しておこう。

 〈避けることのできない反動が現れた。夏の初めに物価の下落が始まり、有価証券の崩落がこれに続いて起ったので、もはやその後の払込みが行われなくなった11月の末には、棉花の投機を行った若干の大商社が破産し、これが一般的恐慌を惹起した。イングランド銀行は、1797年の政策を放棄し、発行額を自由に引上げなければならないと考えた。同行の準備は1824年1月の1350万ポンドから1824年10月の1140万ポンドに減少した。同行は為替相場が不利であったにも拘らず、この措置を固執した。そして1825年4月には準備額は665万ポンドしかなかったが、この時発行額は1824年1月を上回っていた。イングランド銀行は恐慌の最も激しい時になって、漸くその誤謬を悟った。そして12月31日に、その割引歩合を5%に引き上げたのである。これも同行準備の減少を防止することができず、11月の300万ポンド余から、126万890ポンド(12月31日)に減少し、そして流通界に未曾有の混乱を持込んだのである。
 夜に日についで造幣局に鋳造させた政府の努力にも拘らず、鋳造貨幣の不足はますます甚だしくなった。この不足は最も有力な信用機関の一つであった「ロンドン銀行」London Bankの破産の後、本当に大払底をきたした。そしてこの破産に続いて60の金融会社が倒産に陥った。鋳貨の流出があまりに多かったので、イングランド銀行は、1ポンド紙幣を60万ポンド流通させなければならなかった。この紙幣は実際は「制限条例」の出た時に造られていたのであるが、その後長い問同行の金庫の中に忘れられていたのであった。この措置はノーリッチ銀行を救うことはできたが、この未曾有の事態を大して変えることはできなかった。
 誰もその所有する鋳貨を手離そうとはしなかった。そして下院におけるハスキスンの供述によれば、12月の大部分を通じて、国債や、イングランド銀行株や、インド会社の株というような最良の有価証券さえ現金化することができなかった。
 事態の逼迫は、イングランド銀行が適時に助けることのできなかった36の地方銀行の破産をもたらした。そしてロンドンの若干の大商社も同じ運命に脅かされた。イングランド銀行は政府の圧力によって、遂に紙幣発行の増加を決意し、40万ポンドを限度とする新規の貸付に応じたのである。このことは充分事態に対処することのできる堅実な商社に対しては有力な助けとなった。そしてその他の商社が全部消去ると情勢は少しずつ改善され、2年後に資金は4%で貸出されるようになった。
 以上は1825年の大恐慌の梗概である。この恐慌の全責任を、イングランド銀行と地方銀行との過剰発券に帰そうとしたこともあったし、また今でもそう考えている人々もある。〉(294-6頁)

【45】 (これは【44】パラグラフのフラートンの引用文のあとに付けられた原注a)である。この原注ではフラートンからの引用頁数を示すたけではなく、幾つかの文献から関連する部分の引用がなされており、【49】まで続いている)

 この引用文はフラートンの著書『通貨調節論』の第7章から取ってきている(邦訳では160頁である)。これはそのまま転記しておく。

 〈【原注】/334下/a) フラ一トン,130ページ。〉 (大谷訳269頁)


【46】
(これも【45】に続く原注の一部であり、「商業的窮境、1847-1848年」からの証言の引用である。しかし引用の終わりにマルクスの文章が付け加えられている)

 証言の引用部分はそのまま転記し、マルクスの挿入文もあわせて若干の解説を行っておこう。

 〈第4605号。「(イングランド)銀行がその利子率をさらち引き上げざるをえなくなったので、だれもが不安になっているようでした。地方銀行業者は手持ちの地金の額を増やし、また銀行券の保有額を増やしました。そして、平素はおそらく数百万ポンド・スターリングの金および銀行券を手持ちしているのを常としていた私たちの多くが、たちまち数千万ポンド・スターリングを金庫や引き出しのなかにしまいこみました。というのは、割引についても、われわれの手形が市場で流通できるかどうかについても、不安が広がっていたからで、これに続いて一般的な退蔵が起こったのです。」(商業的窮境、1847-1848年。)このようなときに国立銀行にとってCirculationとして現われるものは、中央から周辺への蓄蔵貨幣の拡散なのである。ロンドンの金貸し業者のうちの少しばかりの投機的頭脳は、このような時期に銀行券の人為的な欠乏をつくりだすのを常としている。〉 (大谷訳269頁)

 まず、〈国立銀行にとってCirculationとして現われるもの〉の部分は、〈国立銀行にとって流通高として現われるもの〉と翻訳・理解されるべきものと思われる。先のフラートンの引用では1825年の恐慌であったが、今回は1847年の恐慌の話である。恐慌時にはそれまでのクレジット・システム(信用主義)がモネタール・システム(重金主義)に転化すること、そしてパニックになると、誰もが金あるいはイングランド銀行券の退蔵に走ることが示されている。恐慌のピーク時には、こうした退蔵が一般的に生じることがフラートンの引用文でも(また私が紹介したアンドレァデス著『イングランド銀行史』の一文でも)、そしてまた今回の議会証言を見ても分かるのである。
 それにマルクスは、こうしたパニック時の異常に高まる銀行券の流通高というのは、中央銀行から地方銀行への蓄蔵貨幣の拡散であるとも説明している。またこうした時期には一部の銀行業者は投機を目的に人為的に銀行券の欠乏をつくりだすことも指摘している。

【47】 (このパラグラフも原注の続きであるが、【46】のマルクスの追加文のなかで投機を目的に人為的に銀行券の欠乏をつくりだすとの指摘を論証するものとして、引用されていると考えることができる)

 これも引用文なので、そのまま転記しておく。

 〈「あるおりに、ある握り屋の老銀行家がその私室で、自分が向かっていた机のふたをあけて、一人の友人に幾束かの銀行券を示しながら、非常にうれしそうに言った。ここに60万ポンド・スターリングがあるが、これは金融を逼迫させるためにしまっておいたもので、今日の3時以後にはみな出してしまうのだ、と。この話は……1839年の最低位のCirculationの月に実際にあったことなのである。」(〔ヘンリー・ロイ〕『為替相場の理論』、ロンドン、1864年、81ページ。)〉 (大谷訳269-270頁)

 この場合の〈Circulation〉も〈流通高〉と訳すべきであろう。なお、この引用文は訳者である大谷氏の注1)によれば、『資本論』第1部第3章第3節b「支払手段」のなかで、紹介されているということである。その部分の本文と注をもう一度読み直すことは、ちょうど、この第28章のこの部分を理解する上で、参考になると思うので、紹介しておこう。

 〈支払手段としての貨幣の機能は、一つの媒介されない〔直接的〕矛盾を含んでいる。諸支払が相殺される限り、貨幣はただ観念的に、計算貨幣または価値尺度として機能するだけである。現実の支払いが行われなければならない限りでは、貨幣は、流通手段として、すなわち、素材変換のただ一時的媒介的な形態として登場するのではなく、社会的労働の個別的な化身、交換価値の自立した定在、絶対的商品として登場する。この矛盾は、生産恐慌・商業恐慌中の貨幣恐慌と呼ばれる時点で爆発する(99)。貨幣恐慌が起きるのは、諸支払いの過程的な連鎖と諸支払いの相殺の人為的制度とが十分に発達している場合だけである。この機構の比較的全般的な撹乱が起きれば、それがどこから生じようとも、貨幣は、突然かつ媒介なしに、計算貨幣というただ観念的なだけの姿態から硬い貨幣に急変する。それは、卑俗な商品によっては代わりえないものになる。商品の使用価値は無価値になり、商品の価値はそれ自身の価値形態をまえにして姿を消す。つい先ほどまで、ブルジョアは、繁栄に酔いしれ、蒙を啓くとばかりにうぬぼれて、貨幣などは空虚な妄想だと宣言していた。商品だけが貨幣だ、と。ところが今や世界市場には、貨幣だけが商品だ! という声が響きわたる。鹿が清水を慕いあえぐように〔旧約聖書、詩篇、四二・二、日本聖書協会訳では四二・一〕、ブルジョアの魂も貨幣を、この唯一の富を求めて慕いあえぐ(100)。恐慌においては、商品とその価値姿態である貨幣との対立は絶対的矛盾にまで高められる。それゆえまた、この場合には貨幣の現象形態は何であろうとかまわない。支払いに用いられるのが、金であろうと、銀行券などのような信用貨幣であろうと、貨幣飢饉は貨幣飢饉である(101)。
 (99) 本文ですべての全般的生産・商業恐慌の特殊な局面として規定された貨幣恐慌は、特別な種類の恐慌とは、はっきり区別されなければならない。人は同じように貨幣恐慌と呼ぶが、後者は独力で発生しえ、したがって商工業には反作用的にのみ作用する。後者は、貨幣資本を運動の中心とし、したがって銀行、取引所、金融界をその直接の領域とする恐慌である(第3版へのマルクスの注)。
 (100) 「信用主義から重金主義へのこの突然の転化は、実際のパニックに理論上の恐怖をつけ加える。そして、流通当事者たちは、彼ら自身の諸関係の見すかしえない神秘の前に震えあがるのである」(カール・マルクス、『経済学批判』、126頁〔『全集』、第13巻、124~125頁〕)。「貧乏人に仕事がないのは、金持ちが、食物や衣類を生産させるための土地と人手は前と同じだけもっているけれども、貧乏人を雇うための貨幣はもたないからである。だが、食物や衣類こそ国民の真の富であり、貨幣がそうなのではない。」(ジョン・ベラーズ『産業高等専門学校設立の提案』、ロンドン、1696年、3、4頁)。
 (101) このような瞬間が「“商業の友 amis du commerce ”」によってどのように利用されるかは、次の通り。「ある時」(1839年)「一人の欲深い老銀行家」(シティー〔ロンドンの金融街〕の)「が、彼の私室で、座っていた机のふたをあけて、友人に銀行券の束を見せながら、ひどくうれしそうに言った。ここに60万ポンド・スターリングがある。金融をひっ迫させるためにしまっておいたのだが、きょうの3時以後には全部出してしまうさ、と」(〔H・ロイ〕『取引所の理論。1844年の銀行特許法』、ロンドン、1864年、81頁)。なかば政府機関紙である『ジ・オブザーヴァー』紙は1864年4月24日にこう書いている。「銀行券の欠乏を生じさせるためにとられた手段について、いくつかのきわめて妙なうわさが流れている。……何かこの種のトリックが用いられたと想像することは疑問の余地ありと思われるにしても、風聞があまねく行きわたっているから、たしかに言及する値うちがある」。〉(全集23a180-181頁)

【48】 (このパラグラフも原注の続きであり、先の【47】と同じく投機目的に銀行券の人為的欠乏をつくりだすことに関連したものである。やはりすでに参照した『資本論』第1部第3章第3節b「支払手段」の注101の後半部分に一部引用されている)

 この部分もただの引用だけなので、そのまま転記するだけにすまそう。

 〈①②資本〔」〕(!)〔「〕の供給は増加し、融通への需要は減少した。あらゆる非常事態に備えようといういつもの欲求--そしてこれが先週の終わりに調査を促したものであったが--の結果、いつものように公衆は、実際に彼らが不足のために必要としているよりも大きな金額を確保しようと努力した。そして、自分自身の補充が十分になったにもかかわらず、彼らは喜んで預金から彼らの残高を引き出し、これを払い出すべき好機に賭けたのである。……銀行券の欠乏を生じさせるために取られた手段について、ひどく奇妙なうわさがいくつか流れている。……なにかこの種のトリックが用いられたと想像することはどうかと思われるにしても、うわさは相当に広まっており、たしかに言及に値するものである。」(『ジ・オブザーバー』、4月24日)(1864年)

 ① 〔注解)「ファンド--シティ--, 4月23日,土曜日」。所収:『ジ・オブザーパー』,ロンドン,第3806号, 1864年4月24日, 4ページ第1欄。--マルクスがこの引用を,このまえに挙げられている書物『為替相場の理論。……』236ページから取ったことは明らかである。
 ② 〔注解〕この引用での強調はマルクスによるもの。〉
(大谷訳270頁)

 先の【47】の話は1839年の恐慌時の話であったが、今回のものは1864年の恐慌時の話のようである。そして言われていることは、基本的に同じで恐慌のピーク時のパニックに陥ると、公衆による金やイングランド銀行券の一般的な退蔵が生じること、またそれと結びついて投機目的に人為的に銀行券欠乏状態をつくり出そうとする策動が行われるといったものである。

【49】 (これも基本的には同じ主旨の引用だと思われる)

 これも『商業的窮境……にかんする委員会第一次報告書』からの引用だけなので、そのまま転記しておく。

 第1653号。(S.ガーニ。ロンドンのビル・ブローカー)「昨年〔」〕(1847年)〔「〕10月に地方の仲間たちがわれわれの手に預金した貨幣を求めて、国のあらゆる地域から、われわれにたいする全般的な需要があった。」【原注終り】|

 ① 〔注解〕『商業的窮境……にかんする秘密委員会第1次報告書』,1848年6月8日。「ロンドン・ノート, 1850-1853年J,第7冊,から取られている。(MEGA,IV/8,S.263,Z.23-25.) (大谷訳271頁)

 1847年の10月というのは恐慌のピークであり、政府は10月23日にイングランド銀行に対して、1844年のピール条例を停止する法案を出す用意があると非公式に打診し、二日後に公式に最低利率8%を以て割引と貸付の増加とを許可する書面を出している。この大蔵大臣の書面の公表は絶大な効力を発揮し、「貨幣がえられることが確実になると、これを得ようとする總ての願望を消滅させてしまった」という(アンドレァデス前掲書398頁)。
 ここで紹介されているのは、それ以前の話であり、やはり退蔵のために預金の引き出しの全般的な需要があったことを示すものであろう。
 なお以上で、原注は終わっている。この原注は基本的には恐慌時には、それまでの信用主義から重金主義へ転換が余儀なくされること、特にパニックが起こった時点では、金やイングランド銀行の一般的な退蔵が生じることが指摘されていた。そしてこの内容は基本的に次の本文に直接繋がるものでもある。

 (続く)

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