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2015年6月

2015年6月30日 (火)

『資本論』第3部草稿(現行版第5篇)の研究(28-13)

(2) 各パラグラフごとの解読(続き)

【13】 (このパラグラフから、今度は、「反転期」あるいは「逼迫期」、すなわち恐慌時の分析に入る。この恐慌時の分析は基本的には最後まで続いていると思われる)

 〈 反転期には事態は反対になる。第lのCirculationは収縮する(物価は下がり,労賃〔も下がり〕,取引の総量は減少する,等々)。これに反して,信用の減退につれて,貨幣融通monetary accommodation〕にたいする要求が増大するのであるが,この件については,すぐあとでもっと詳しく述べるであろう。〉

 〈 「反転期」、つまり景気が加熱から一転して不景気に、恐慌に突入すると、事態は反対になる。
 第一の、つまり収入の流通を媒介する通貨は収縮する。なぜなら、物価は下がり、労賃も下がり、取引きの総量も減少するからである。これに反して、第二の、つまり資本の流通部面では、信用が減退するにつれて、貨幣融通、つまり貨幣を貸して欲しいという要求が増大する。なぜなら、もはや信用が収縮して、誰も危なくて手形を安易には受け取ろうとはせず、現金を要求するからである。また自分の振り出した手形の満期(支払)が近づいているのに、商品が売れなかったり、あるいは自分が受け取った他人の手形の支払がされないために、支払うことが出来ないからである。だから誰もが現金を手に入れようと必死になり、それを貸して欲しいという要請が銀行に殺到するのである。しかしこの件については、すぐあとでもっと詳しく述べるであろう。〉

 この部分はそれほど難しいことはない。最後にマルクスが「この件については、すぐあとでもっと詳しく述べる」と書いているが、以後の分析はまさに逼迫期における貨幣融通への欲求が、支払手段への欲求であることを銀行学派が理解していないことを暴露していくのである。

【14】 (【13】に対する、補足的な部分である)

 〈そのまえに,ここにもう一つ,私が前に述べたことを書いておかなければならない。--「信用が優勢な時期には,貨幣流通(Geldumlauf)の速度は商品の価格よりも急速に増大するのに,信用の減退にともなって,商品の価格はCirculationの速度よりも緩慢に下落する。」a)/
  ① 〔注解〕カール・マルクス『経済学批判。第1分冊』,ベルリン,1859年,83ページページ (MEGA,Il/2,8.172)。

 〈その前に、ここにもう一つ、私が前に『経済学批判』で述べたことを書いておかなければならない。--すなわち、「信用が優勢でしっかりしている時は、貨幣流通の速度も早くて、商品の価格が上昇する以上に早く流通する。だから景気の加熱の割りには通貨量の増大はそれほどでない。他方、信用が減退するに伴って、商品の価格は通貨の速度よりも緩慢に下落する。だから通貨の速度が遅くなり、それだけ通貨量が必要とされるのに、商品価格がそれほど下落しないから、それだけ通貨に対する欲求が増えることになる。」〉

 つまりこうした要素からも反転期には通貨の流通必要量が増大し、それだけ通貨に対する欲求が増えるということである。

【15】 (これはノート330頁下段の最初に書かれており、だから原注である)

 〈【原注】|330下| a) 『経済学批判』,83,84ページ。【原注終り】/ 〉

 ただこれは【14】の原注として『批判』の頁数が記されているだけである。
 この部分の『批判』の一文をその前後を含めて紹介しておこう(引用はMEGAから、《 》は今回引用されている部分)。

 〈しかし、価格水準の騰貴をひき起こし、同時に貨幣の流通速度の水準のそれ以上の上昇をひき起こす諸原因、さらにまたその逆の運動をひき起こす諸原因は、単純な流通の考察の範囲外にある。一例としては、《信用がひろく行なわれている時代にはとくに、貨幣通流の速度は||84|商品の価格よりも急速に上昇するのに、信用の減退にともなって、商品の価格は流通の速度よりも緩慢に低下する》ことを挙げることができる。単純な貨幣流通の表面的で形式的な性格は、まさに次のことに現われている。すなわち、流通手段の数を規定するすべての契機、たとえば流通する商品の量、価格、価絡の騰落、同時に行なわれる購買と販売の数、貨幣通流の速度のような諸契機は、商品世界の変態の過程に左右され、この過程はまたこれで、生産様式の全性格、人口数、都市と農村との関係、運輸手段の発達、分業の大小、信用等々、要するにすべて単純な貨幣流通の外部にあって、ただそれには反映するだけの諸事情に左右される、ということである。〉(『資本論草稿集第3巻319頁)

【16】 (いよいよここから逼迫期の分析の本論がはじまる)

 〈/330上/ 信用が減退するとともに--信用の減退そのものは再生産過程の停滞と結びついている--,第1のものに必要なCirculation総量は減少するが,他方,第2のものに必要なそれは増加する,ということにはまったく疑う余地がない。しかしこの命題が,フラ一トン等々のが立てている次の命題とどこまで一致するのかということを,いま詳しく研究しなければならない。--〉

 〈信用が減退する。つまり誰も信用での売買を警戒しはじめる。これは再生産過程そのものが停滞していることと結びついている。この場合、第一の部面、つまり収入の実現に必要な通貨の総量は減少するが(その理由はすでに【13】で述べた)、他方、第二の部面、つまり資本の移転に必要な通貨は増大する、ということはまったく疑う余地がない。
 しかしこの命題が、フラートン等々が立てている次の命題とどこまで一致するのかということを、いま少し詳しく検討しなければならない。〉

 この「フラートン等々が立てている命題とどこまで一致するのかという検討」というのは、【13】で「あとでもっと詳しく述べるであろう」と書いていたことである(少なくともその最初のものである)。まず「フラートン等々が立てている命題」とはどういうものか、それは次のパラグラフに引用されている。

【17】 (この部分はフラートンの『通貨調節論……』からの引用である)

 「貸付資本にたいする需要と追加のCirculationにたいする需要とはまったく別のものであって,両方がいっしょに現われることはあまりない。」(b)/
 ①〔注解〕ジョン・フラ一トン『通貨調節論……』.ロンドン.1845年。この引用は,第5章の表題から取られたものである。強調はマルクスによるもの。

 〈「貸付資本にたいする需要と追加の通貨にたいする需要とはまったく別のものであって、両方がいっしょに現れることはあまりない」〉

 これはフラートンからの引用であり、『通貨調節論』の第5章の表題から取っている。内容的にもそれほど難しくはないので、そのまま引用しておいた。ただこの引用が本文の中に書かれていることに注意が必要である。
 ここで「貸付資本」とは本来は「貸し付け可能な貨幣資本」、すなわち「利子生み資本」、あるいは「貨幣資本(moneyed Capital)」を意味する。しかし勿論、ここで彼らがこうした意味で使っているわけではない(そもそもマルクスは銀行学派にはこうした明確な概念がないこと、その点での彼らの混乱ぶりを暴露するためにこの章を設定したのである)。それは彼らが「追加の通貨」といっている場合もそうである。それらはあくまでも銀行学派の述べている意味合いで理解しておく必要がある。彼らは何を「通貨」と言い、「資本」と述べていたかは、すでにこれまでにも考察されてきたが、特に前にも指摘したが、【5】のトゥックら発券銀行業者の立場からの通貨と資本の規定と区別が重要である。フラートンが「資本」という言葉で言っていることも同じような意味合いなのだが、それもおいおい明らかにされていく。要するにこれらの言葉は、あくまでもフラートンらの言っているものとして理解しておくことが重要なのである。

【18】 (この部分はノートの330頁の下段の途中に書かれており原注である。先の【15】が原注(a)であったのに対し、この部分は同じ頁に書かれた原注(b)であり、先のフラートンの引用につけられた注である。この注は、途中マルクスの文章も入るが【21】まで続いたものになっている。なおこのフラートンからの引用には訳者による長い注4)がつけられており、それも重要なので、紹介しておくことにする。)

 〈【原注】/330下/b) フラ一トン,同前. 82ページ。貨幣融通〔pecuniary accommodation〕にたいする(すなわち資本の貸付にたいする)需要追加流通手段にたいする需要と同じだ,と考えること,あるいは両者はしばしば結びついていると考えることさえも,じっさい大きなまちがいである。」4)(同前,97ページ。)
  ① 〔注解〕この引用での強調はマルクスによるもの。
  4) エンゲルス版では,フラ一トンからのこの引用は,このあとさらに,同書の98ページまで続けられている。その終りの部分は,後出のように,草稿の次ページ(すなわち331ページ)の下半の最後のところに引用されている。したがって,エンゲルスが補ったのは,その中間にあたる次の叙述である。--「どの需要も,とくにそれに影響を及ぼす事情のもとで生じるのであって,それらの事情はそれぞれ非常に違っている。すべてが活況を呈し,賃銀は高く,物価は上がり,工場は忙しいとき,このようなときには,より大きな,より頻繁な支払をする必要と結びついた追加機能を果たすために,流通手段の追加供給が必要になるのが常である。ところが,利子が上がり,資本の前貸を求める圧迫がイングランド銀行に加わるのは,おもに,商業循環上のいっそう進んだ段階でのことであり,困難が現われはじめるとき,市場が供給過剰で還流が遅れるときのことである。イングランド銀行は通例その銀行券以外の手段では資本を前貸しないということ,したがって銀行券の発行を拒絶することは融資を拒絶することを意味するということは,ほんとうである。しかし,ひとたび融資が与えられるならば,万事は市場の必要に適合するように行なわれる。貸付はそのまま残り,流通手段は,もし使われなければ,発行者の手に帰って行く。したがって,議会報告書のほんのうわっつらを検討しただけでも納得できるように,イングランド銀行の手にある有価証券の量は,その銀行券のcirculationと同じ方向に動くよりも反対の方向に動くことのほうが多いのであり,したがって,この大銀行の実例は,けっして地方銀行家たちがあのように強調している学説の例外ではないのである。その学説によれば,どの銀行もそのcirculationがすでに銀行券流通〔abank-note currency〕の普通の目的に適合している場合には,それのcirculationを増加させることはできないのであって,この限界を超えてからはその前貸の追加はすべてその銀行の資本からなされなければならず,その保有する有価証券の一部分を売却するか,またはこのような有価証券へのそれ以上の投資をやめるかすることによって,供給されなければならないというのである。私が前のあるページで引用しておいた1833年から1840年までの期間の議会報告書から作成した表は,この真理について連続的に例証を与えているが,そのうちの二つだけをとってみても非常に特徴的なものであって,私がそれ以上になにかをつけ加えることはまったく不要なほどである。」このあとに,後出の草稿331ページの下半にあるフラー卜ンからの引用が続いている。〉

 このパラグラフは原注(b)の最初のパラグラフであり、すべてフラートンの引用である。とりあえずその内容を紹介しておこう(フラートンの文章はやや書き換えてある)。

 〈原注b)フラートン、同前、82頁「貨幣融通にたいする需要、つまり資本の貸付に対する需要は、追加流通手段にたいする需要と同じと考えること、あるいは両者はしばしば結びついていると考えることさえも、実際大きな間違いである」〉

 まずこのフラートンの引用で注意が必要なのは、フラートンは「貨幣融通にたいする需要」を「すなわち資本の貸し付けに対する需要」と言い換えている。つまりフラートンは、「貨幣融通」を「資本の貸付け」と捉えているということである(前の引用では「貸付資本に対する需要」となっていた)。また前の引用では「追加の通貨」と言われていたのが、ここでは「追加流通手段」となっている。とりあえず、これだけを確認しておこう。

 ところで、訳者注4)にあるように、原注のこのフラートンからの引用には、エンゲルスによる長い補足があり、マルクスが引用せずに省略した部分からも引用を行っている。フラートンからの引用はマルクス自身によって【29】から再び行われており(ただし【29】の中間部分にはかなり長いマルクス自身の挿入文がついている)、だからフラートンの引用されている原文は【18】のパラグラフの後にすぐに訳者注4)にあるエンゲルスの補足の引用文が続き、その後に、【29】の後半部分が続くというように一連の文章になっているのである(エンゲルスの引用文の後半部分と【29】の前半部分は重複している)。だからフラートンの文章を一括して読もうと思えば、まず最初にそのような順序で読むのがよいだろう。
 このエンゲルスの補足の引用部分も重要であるが、とりあえずわれわれは、マルクスが原注として引用している部分だけを問題にし、エンゲルスが引用している部分については、その都度参照することにしよう。

【19】 (このパラグラフは【18】に直接続いている。つまり原注b)の中のマルクスの文章である)

 〈しかし,このことから「貨幣融通にたいする需要」が金(ウィルスン, トゥックとその仲間たちが資本と呼んでいるもの〔)〕にたいする需要と一致する必要があることになるわけではまったくない,ということは,次のところからもわかる。--〉

 〈フラートンは「貨幣融通に対する需要」を「資本の貸付に対する需要」とし、それが「追加流通手段の需要」と同じではないというが、しかしこのことからフラートンがいう「貨幣融通にたいする需要」がウィルソンやトゥックやその仲間たちが「資本」と読んでいる「金」に対する需要と一致する必要があることになるわけではまったくない。それは次のウェゲリンの議会証言からも分かる。〉

 ここではフラートンがいう「資本の貸付に対する需要」が、ウィルソンやトゥックが「資本」と呼んでいる「金」に対する需要と一致する必要があるわけではないとマルクスは指摘している。つまりマルクスは、ここでフラートンが「資本の貸付に対する需要」という場合の「資本」という言葉に注目し、まずそれはウィルソンやトゥックがやはり「資本」と言っている「金」と同じではないことを指摘する。まだフラートンがいう「資本」とは何を意味するのかについては言及していないが、それが重要なキーワードであることをここでも示唆しているのである。

【20】 (これも原注b)の中の一文であり、【19】の最後に言っているウェゲリンの議会証言が引用されている)

 第241号。 (ウェゲリン《イングランド銀行総裁》が質される。)「この金額〔」〕 (すなわちの3日続けて毎日100万ずつ)〔「〕までの手形の割引は,公衆がそれ以上の額の現Circulationを求めないかぎり準備を減少させないでしょう。手形割引のさいに発行された銀行券は,銀行業者の媒介によって,また預金によって還流するでしょう。それらの取引が地金の輸出を目的としたものでないかぎり,または,国内にかなりのパニックが起こっていて,そのために公衆が銀行券をしまい込み,銀行業者に払い込もうとしないようなことがないかぎり,準備はそのような巨額な取引によっても影響されないでしょう。」(債務の形態のたんなる変化,云々。) (銀行法報告。1857年。)
 ① 〔注解〕この引用での強調はマルクスによるもの。

 これは、ウェゲリンの銀行法委員会における証言からの引用であるが、マルクスはこのウェゲリンからの引用を「混乱。続き」(この名称そのものはMEGA編集部がつけた)のなかで取り上げており、それは大谷論文「『信用制度下の流通手段』および『通貨原理と銀行制度』(『資本論』第3部第33・34章)の草稿について」(『経済志林』67巻2号)で紹介されている(同誌138-9頁)。大谷氏によれば、このウェゲリンの証言の抜粋は、まず「混乱。続き」になされ、それをもとにマルクスはこの原注を書いたのだが、しかし原注にする時に現物に当たって誤植を正していること、またこのウェゲリンからの引用は原注にあとから書き加えられたものだということである。
 しかしとりあえず、われわれはウェゲリンの証言の内容を見てみよう(内容は一部手を加えてある)。

 〈第241号。(ウェゲリン《イングランド銀行総裁》が質される。)「この金額(すなわち三日続けて毎日100万ずつ)までの手形の割引は、公衆がそれ以上の額の現流通高を求めない限りイングランド銀行の準備を減少させないでしょう。手形割引のさいに発行された銀行券は、銀行業者の媒介によって、また預金によってイングランド銀行に還流するでしょう。それらの取り引きが地金の輸出を目的としたものでないかぎり、または、国内にかなりパニックが起こっていて、そのために公衆が銀行券をしまい込み、銀行業者に払い込もうとしないようなことがない限り、準備はそのような巨額な取り引きによっても影響されないでしょう。」(債務の形態のたんなる変化、云々。)(銀行法。報告。1857年)〉

 この場合、ウェゲリンの証言ということもあり、手を加えるのを最小限にしてある。だからここで若干説明が必要と思えるものを、少し解説しておこう。
 まず「手形の割引」あるいは「手形割引」についてである。これは一般には資本家が信用で売って受け取った手形(だからこの手形は彼以外の他の資本家が振り出したものだ)を急いで現金(金属貨幣か法貨としてのイングランド銀行券)に換えたい場合、手形の満期を待って振出人から現金を回収するのを待っていられない場合、それを銀行に持ち込んで、現金に換えてもらうことを手形割引というのである。その際、銀行は手形に記載されている金額(額面の金額)から満期までの利子分を割り引いて資本家に支払う、だからこれを手形「割引」というのである。ただ銀行が資本家に貸し付ける場合、融資を受ける資本家が債務証書の代わりに手形を振り出して、それを割り引くこともある。しかしこれは「手形貸付」と呼び、「手形割引」とは根本的に違ったものである(後にこの草稿の解釈をめぐる若干の論争を紹介するが、そのなかで論者の一人がマルクスが「手形割引」としているものを「手形貸付」として理解すればうまく理解できると主張するのだが、しかしこれはこの両者を混同するものであり、間違っているのである。日本の銀行法でも銀行の貸付勘定科目として手形割引と手形貸付とは違った科目とされている)。
 ここではウェゲリンは、イングランド銀行が巨額の手形割引による貨幣融通を行っても、そのことによってはイングランド銀行の準備にはほとんど影響はないと証言している。
 このウェゲリンの証言を正確に理解するためにも、ここで少し1844年のピール銀行条例以後のイングランド銀行について、簡単に説明しておこう。
 先の通貨学派の説明のところで彼らは銀行券の発行をイングランド銀行の準備金にあわせて調節することを主張したと述べた。彼らはそのためには一つは地方銀行が発行する銀行券を抑制すること、またもう一つはイングランド銀行を発券部と銀行部の二つに分けることを提案した。彼らにいわせれば発券業務が一般の銀行業務と一緒になっていると、どうしても銀行券の発行が過剰になりがちになるというのである。だから彼らの理屈では発券業務は何物にも影響されないようにされなければならなかった。通貨学派の重鎮オーヴァーストンはいう。「宇宙における太陽のごとく一つの永劫の変わらざる力によって、それを取り囲むすべてのものを規制し、統制し、刺激し、しかも自らは何ものによっても影響されず、動かされないものにせよ」と。つまり発券業務をこのように何物にも影響されず、動かされないものにせよというのである。それを具体化したものが1844年のピール銀行法というのだ。
 この法律では一つは地方の発券銀行をそれ以上は認めず、またこれまでの実績以上の銀行券の発行を禁じた。それは最終的には銀行券の発行をイングランド銀行に集中することを目的にしたものだった。
 またイングランド銀行の発券部の無準備の(つまり金の準備の無い)銀行券の発行を国庫証券(国債)を保証として1400万ポンドまでにおさえた(これを当時の通貨の流通必要量の最低ラインとしたのである)。そしてそれ以上の発券には金貨か金地金の裏付けが必要とした(ただし1/4までは銀でも可)。つまりイングランド銀行は1400万ポンドまでは準備金の量に関係なく銀行券を発行できるが、それ以上は準備金の量によって調節されるようになったのである。
 また銀行部については、他の一般銀行と基本的には同じとして市中銀行との自由競争にまかせる建前だった。
 だからこのウェゲリンの証言で言われている「準備」とはイングランド銀行の銀行部の「準備」であり、それは発券部の発行した銀行券のうち公衆の手中(つまり流通の中)にある銀行券を超える超過分であるとマルクスは論じている(大谷論文「『銀行資本の構成部分』(『資本論』第3部第29章)の草稿について」の45-7頁参照)。ただ別の文献では、銀行部の準備にはそれだけではなく、100万ポンド程度の日常取引に要する金鋳貨の準備もあったとしている(伊藤誠・C.ラパヴィツァス『貨幣・金融の政治経済学』27頁)。だからそれはイングランド銀行の発券部(地金部)の準備金、すなわち地金とは直接同じではないことに注意が必要であろう。
 マルクスは先のフラートンの主張に対して、「貨幣融通に対する需要」がトゥックなどがいう「資本」、すなわち「金」に対する需要と一致する必要があることにはならないという自分の批判を根拠づけるものとしてこのウェゲリンの議会証言をここに引用している。
 ウェゲリンが、なぜ巨額の手形割引によるイングランド銀行の貨幣融通が準備に影響を与えないのか、その理由についても述べていることは重要である。その理由は手形割引で発行された銀行券が、すぐに銀行業者の媒介や預金によってイングランド銀行に還流してくるからだ、と述べている。ここらあたりはさらに今後詳細に検討されるのだが、ここではマルクスはただウェゲリンの証言を対置するだけで済ませているのである。
 ウェゲリンが巨額の手形割引にも関わらずイングランド銀行の準備にはなんの影響も与えないが、しかし例外も上げていることも確認しておこう。一つは、手形割引が「地金の輸出を目的としたものでないかぎり」ということである。これは手形割引がそうした目的の場合は、手形を持ち込んだ業者は銀行券ではなく、地金を要求するからである(あるいは銀行券で受け取っても、それをすぐに地金に交換するであろう)。この場合は明らかにイングランド銀行の地金準備そのものを直接減らすように作用するであろう。
 もう一つは「国内にかなりパニックが起こっていて、そのために公衆が銀行券をしまい込み、銀行業者に払い込もうとしない」場合である。この場合は、手形割引によって発行された銀行券が、すぐにイングランド銀行に還流せずに、市場にとどまるのである。だからこの場合は、イングランド銀行の銀行部の準備には直接影響するわけである。
 またマルクスはカッコで括って言っていること--〈債務の形態のたんなる変化、云々〉--はどういうことであろうか? これは「混乱。続き」の抜粋ノートにはなく、恐らくこの原注を書く時に付け加えられたものだと考えられる。
 これは銀行券について先に説明したものを思い出してもらいたい(【5】を参照)。つまりイングランド銀行が発行する銀行券は銀行にとっての債務であること、それが預金として還流してくるとウェゲリンは述べているのである。しかし預金は何かというと、これもやはりイングランド銀行にとっては預金者から預かったお金であり、銀行にとっては債務なのである。これも【5】で「預金のように借り入れた資本」と説明しておいた。つまり発行した銀行券は、銀行の債務なのだが、それが預金として還流してくるということは、ただ債務の形態が銀行券から預金に変わっただけだとマルクスは指摘しているのである。

【21】 (これも【20】と同じ原注b)の中のウェゲリンの証言である。このパラグラフで原注は終わっている)

 〈第500号。「イングランド銀行は毎日150万の割引をすることができます。そしてそれは,同行の準備にほんの僅かの程度でも影響することなしに,引き続き行なわれます。銀行券は預金として帰ってきます。そして,1つの勘定から別の勘定へのたんなる移転以外のどんな変化も起こりません。」銀行券は,この場合にはただ,信用の移転の手段として役立つだけなのである。【原注終り】|
 ① 〔注解〕この引用での強調はマルクスによるもの。

 これも「混乱。続き」に抜粋されているものだが、しかし引用のあとに書かれているマルクスの文章は抜粋にはない。これもまずウェゲリンの証言を紹介し、それについて若干の説明を加えておこう。

 〈第500号。「イングランド銀行は毎日150万ポンドの手形割引をすることが出来ます。そしてそれは、同行の準備にほんの僅かの程度でも影響することなしに、引き続き行われます。というのは銀行券は預金として帰って来ます。そして、一つの勘定から別の勘定へのたんなる移転以外にどんな変化も起こりません。」銀行券は、この場合にはただ、信用の移転の手段として役立つだけなのである。【原注終わり】〉

 ウェゲリンが言っていることは第241号の証言とそれほど違うわけではない。ようするにイングランド銀行は毎日巨額の手形割引で銀行券を発行しても、それはすぐに預金として帰ってくるので、引き続いて行うことが出来るのだ、ということである。
 この証言では、それに加えて、その結果は〈一つの勘定から別の勘定へのたんなる移転以外にどんな変化もおこりません〉と述べている。これはどういうことであろうか?
 この当時のイングランド銀行の簿記については詳しいことはわからないが、これは先の証言(【20】)の最後にマルクスが言っていること、すなわち〈債務の形態のたんなる変化〉と同じことであろう。つまり銀行の簿記に勘定科目として「銀行券」というのがあるかどうかはわからないが、それが同じ勘定科目である「預金」に変わったということである。銀行券が預金に移転した以外にどんな変化も起こらない、とウェゲリンは証言しているのである。
 ではそれに続くマルクスの文章〈銀行券は、この場合にはただ,信用の移転の手段として役立つだけなのである〉はどういうことであろうか?
 少しややこしいが、次のようなことと思われる。銀行券というのも一つの信用の形態であり、それは銀行が「受けた信用」である。しかし銀行はその銀行券を貸し出すことによって、その受領者に信用を与えるのである。その銀行券を受領したもの(今仮にAとしよう)は、Aが与えた信用(Aが銀行に持参した他人の振り出した手形)を、割引くことによって、手形という信用の形態を銀行券という別の信用の形態に転換したのである。それはAにとっては銀行から受けた信用だが、しかし同時にそれはAが与えた信用の転化したものであり、その意味ではAの与えた信用の別の形態なのである。だからAはAの別の満期が迫ったA自身が振り出した手形(この場合の手形はAが受けた信用である)への支払を行う。つまり銀行券という彼の与えた信用の転化形態で、彼の受けた信用を相殺するのである。その銀行券を受け取ったもの(仮にBとする)は、Bの持っている手形(Bが与えた信用)の支払を銀行券で受けたのだが、銀行券も依然として一つの信用の形態であるから、だからBは彼が与えた信用を手形の形態から銀行券の形態にただ置き換えただけである。彼はその銀行券を銀行に預金することによって、彼が手形の振出人であるAに与えた信用を、今度は銀行に与えるのである。こうして銀行にとっては銀行券は還流してくるが、銀行券という形の「受けた信用」が、今度は預金という「受けた信用」に変化しているわけである。
 つまり銀行券は、このように手形を割り引いたAも、その銀行券で支払を受けたBなど、彼らのすべての取り引きを、ただ信用によって、すなわち一切の貨幣の介在なしに、終了させたわけである。だからマルクスはこの場合、銀行券は〈ただ信用の移転の手段として役立つだけなのである〉と述べているのだと思う。
 以上で原注は終りである。
(以下、続く)

2015年6月29日 (月)

林理論批判(4)

〈社会主義における「分配」はいかになされるか〉批判ノートNo.4

《『海つばめ』1236・1237合併号(2014.10.19)【4~6面】社会主義における「分配」はいかになされるか――消費手段の「価値規定」問題――「価値移転」ドグマとの訣別が“解決”の鍵》の批判的検討(の続き)

§§論文本分の検討(続き)


◆3、発達した資本主義の場合――マルクス再生産表式(ここでは、“共同体”として抽象するという修正を行っている。図表参照)

 前もってお断りしておくが、林氏は「マルクスの再生産表式」の代わりに〈“共同体”として抽象するという修正〉を行ったとする図表を持ち出しているが、われわれはとりあえず、最初に掲げた〔林理論批判(1)を参照〕マルクスの再生産表式をもとに考察することにする。林氏自身、次に見るように〈マルクスの再生産表式(単純再生産)によって考察しても基本的に同じである〉とも述べている。

●〈マルクスの再生産表式(単純再生産)によって考察しても基本的に同じである。
 総生産は9000であり、6000が生産手段、3000が消費手段として生産されている。しかしこれまでは、一見して、3000が「生きた労働」の価値であり、残りが「過去の労働」の価値、その移転してきた価値であるかに言われ、またそう見なされてきた(スターリン主義者はそんな風に言いはやしてきた)。
 しかし6000の労働が生産手段を生産したのであって、残りの3000の労働は消費手段を生産したのであり、決まり文句として言われている「生きた労働」とは、消費手段の生産に配分された労働ということでしかないのであり、また「死んだ労働」とは、生産手段の生産に充用された労働ということでしかない。とするなら、ここでは「生きた労働」とか、「死んだ労働」といった観念が意味を失うのは明らかである。消費手段を生産する労働が「生きた労働」であり、生産手段を生産する労働が「死んだ労働」、過去の労働である、などと言えるはずもないからである。〉

 林氏は〈スターリン主義者はそんな風に言いはやしてきた〉というが、一体、誰がそんな間違ったことを言っているのか、林氏だけがそのように論じてきただけではないのか。
 林氏はとにかくもう一度、謙虚に、『資本論』の第2巻を勉強すべきである。再生産表式の何たるかも分からずに、〈マルクスの再生産表式(単純再生産)によって考察〉しようなどというのはおこがましいのである。すでにその間違いについては指摘したが、しかし何度も言うことにしよう。
 まず6000の生産手段が過去の労働の産物だというのは、それは部門 I と部門IIで今年度に生産的に消費される生産手段が前年度に部門 I で生産されたものだからである(もちろん、生産手段だけが過去の労働の産物なのではなく、今年度に、労働者と資本家が消費する消費手段も、すべて前年度に部門IIの労働者によって生産されたものであり、その限りでは過去の労働の産物なのである)。だから今年度に生産された部門 I の生産手段6000については、決してそれがすべて過去の労働からなっているのではない。そのうち4000は前年度に生産された生産手段のための生産手段の価値の移転分であり、過去の労働の対象化された旧価値が移転・保存されたものである。しかし2000は今年度の部門 I の労働者が新たに対象化させた労働の産物であり、新価値である。だからそれは生きた労働によるものである。部門IIについても同じことが言える。3000の価値が生きた労働によるというのは、部門 I の労働者が今年度に対象化させた労働2000(必要労働1000と剰余労働1000)と部門IIの労働者が新たな消費手段の価値として対象化させた労働1000(必要労働500と剰余労働500)とを合わせたものが3000だからである。それが今年度の消費手段の総価値3000と量的に一致するからといって、決して今年度に生産された消費手段の価値がすべて生きた労働(今年度に支出された労働)だけからなっているわけではない。今年度に生産された消費手段の価値3000のうち2000は前年度に部門 I の労働者によって生産された消費手段生産のための生産手段の旧価値が移転したものである。今年度の部門IIの労働者の生きた労働が対象化させたのはただ1000だけである。だから過去の労働(前年度に対象化された労働6000)と生きた労働(今年度に新たに対象化された労働3000)との区別は決してどうでもよいことではない。こんなことは再生産表式の基本中の基本である。こうした単純再生産の表式が表すもっとも基本的なことさえ林氏には分かっていないのである。

●〈ただ個々のブルジョアの目には、生産手段のための労働は「過去の労働」として、つまり資本価値(搾取の前提としての費用価格)として現象するのだが、俗流経済学はそんなブルジョアたちの意識を反映し、“理論化”するだけである。〉

 今年度に生産的に消費される生産手段だけが「過去の労働」の産物ではない。すでに指摘したように、今年度に部門 I と部門IIの労働者と資本家がそれぞれ消費する消費手段も、すべて前年度に生産された「過去の労働」の産物である。つまりマルクスの再生産表式ではそのように前提されているのである。ブルジョアにとっては、過去の労働か生きた労働かなどという問題意識そのものが、そもそも生じる筈はないのである。なぜなら、費用価格は決して生産手段に投じた資本だけではなく、労働力に投じた資本も、資本家にとってはかかった「費用」だかである。確かに労働力の価値は過去の労働の産物であり、現実に流動化しつつある労働力の使用価値そのものは生きた労働であるが、そんなことを資本家が意識できるはずがない。もしそんなことを意識するなら剰余価値の源泉を彼らは意識することになるだろう(これについては後に紹介する『資本論』からの抜粋集を参照)。また俗流経済学にそんなことが分かろう筈がないではないか。

●〈生産手段として再生産された6000の(労働量の含まれる)生産物は、使用価値としては生産手段であるが、「価値」としては、4000の生産手段と2000の消費手段が再生産されたものである。〉

 何度もいうが、林氏には再生産表式について論じる資格が元々ない。今年度に生産された6000の価値ある生産手段が使用価値としては生産手段である(これは同義反復ではないのか)、しかし「価値」としては「生産手段」と「消費手段」が再生産されたものだって!? 一体、これはなんだ! 確かに価値としては、6000は4000cと2000(v+m)に分けられる。そして4000cは不変資本部分であり、残りの2000(v+m)は部門 I の労働者と資本家の消費ファンドに入ることを表している。しかしそれは決して消費手段が再生産されたものではない。また〈価値」としては、4000の生産手段〉は決して〈再生産されたもの〉でもない。それはただ新しい使用価値(生産手段)の価値に、旧価値(生産手段のための生産手段の価値)が「再現した」だけのものである。
 そもそも価値としては、それらはすべて同じ質(抽象的人間労働の凝固)であって何の区別もない、ただ量的にそれらが分けられるだけである。ではどうして質的に同じである6000の価値が、不変資本部分4000とか、可変資本部分1000、剰余価値部分1000とかに分類され分けることができるのか。それは資本の再生産の観点から問題を考え、価値増殖過程の諸契機を考察しているからである。不変資本部分とか可変資本部分というのは、そもそも生産過程の二つの要素である生産手段と労働力に投ぜられた資本価値を、価値増殖の観点から見てつけられた名称である。そして剰余価値というのは、労働者が可変資本価値(それは労働力の価値の対価を表し、よって必要労働部分を表している)以上に生産物につけ加える価値部分(それは必要労働を越える部分ということで剰余価値と名付けられている)ということである。だから可変資本部分vや剰余価値部分mというものも、価値としては労働者や資本家の消費に入るべき価値部分ということができるが、しかしそれ自体が消費手段の再生産されたものを決して意味しない。それらが消費手段として実現されるためには、まずその生産手段の価値部分が販売され、実現されて貨幣になり、その上で消費手段を購買することによって転換されなければならない(もちろん労働者の消費部分は、実現されて貨幣になったものが、労働者に賃金として支払われるという媒介が必要だが)。

●〈同様に、3000の消費手段もまた、使用価値としては全て消費手段であるが、「価値」としては消費手段は1000のみであり、残りの2000は生産手段である。〉

 正確に言えば、価値としては1000は部門IIの労働者と資本家の消費に当てられる部分であり、残り2000は部門 I の生産物である生産手段に転換しなければならない部分である。

●〈従ってブルジョア社会では生産手段のために支出された2000の価値(労働量)と消費手段に支出された2000の価値が「交換」されなくてはならないのだが、社会主義ではただ3000の消費手段が3000の労働(者)に分配される、つまり「労働に応じて分配」されるだけである。〉

 再生産の基本的な構造や補填関係というものは資本主義と社会主義とに本質的な違いは無い。社会主義でも生産手段の生産部門と消費手段の生産部門との区別が必要である。だからその年度に生産された生産物のうち、生産手段の生きた労働が対象化された部分と消費手段の過去の労働が移転した部分とが一致しなければ均衡ある再生産は不可能ということは基本的には同じであろう。こうした生産手段と消費手段という物質的な区別や関係と支出された人間労働の量的均衡関係は、如何なる社会であろうと基本的には同じでなければならないものである。
 もちろん現実には歴史的にはさまざまな攪乱があり、経済的疲弊や膨大な餓死をもたらしたり、時には文明の衰退や消滅にさえ至ったものもあるが、しかしその歴史的事実こそ、そうした原則の貫徹をわれわれに教えるものではないだろうか。
 例えばロビンソン・クルーソーの生活を考えても同じことが言えるのである。ロビンソンにおいても、やはり彼は毎日の生活のために消費手段を入手する手だてを考えなければならないが、同時に平行して、生産手段の生産にどれだけの労働を費やすことが可能かを常に計算しなければならない。一日の労働うち、あるいは一年間の労働のうち、そのほとんどを生産手段に費やしたら、一体、どうなるであろうか。忽ち彼は蓄えを消尽し、食べ物に困ることになるだろう。ではそうではなく、ただ消費手段を生産するだけに彼の労働を費やしたらどうであろうか。消費手段の生産過程で消耗した生産手段(道具類や土地)が再生産されず、彼は消費手段さえも生産することができなくなるであろう。だから彼は、限られた彼の総労働のうち消費手段の生産のために支出する労働と同時に平行して、常に生産手段をも再生産する必要があることを知るのである。しかしどれだけの労働を生産手段に支出し、どれだけの労働でもって消費手段を生産すればよいのか、それは経験が彼に教えるであろう。彼はそのために几帳面に常に支出した労働時間を記帳し、生産手段の生産にはどれだけの労働を費やすべきか、そして消費手段の生産にはどれだけが相応しいのか、その均衡条件を彼は経験のなかで見いだすのである。だからロビンソンの生活にもその原則は貫かれているのである。
 ただ林氏が〈社会主義ではただ3000の消費手段が3000の労働(者)に分配される、つまり「労働に応じて分配」されるだけである〉という限りでは、それは正しい。ただそれはこれまでみてきたように間違った想定のもとに言われており、そのかぎりでは決して正しいとはいえないのである。それではどうしてそれは正しいのか、どうして社会主義ではそうしたことか言えるのかについては後に展開することにしたい。

●〈従って、社会の全体においては問題は簡単であり、生産手段を作ることに従事した6000を生産する労働者は3000の労働者の生産した消費手段の3分の2を、つまり2000労働分の分配を受ける資格を持つのであり、3000の消費手段を生産した労働者はその全部ではなく3分の1を、つまり1000労働分の消費手段を受け取る資格を有するだけである。〉

 このように先に見た一見正しい主張はこうした間違った前提のもとに言われているわけである。〈生産手段を作ることに従事した6000を生産する労働者〉という表現はやや曖昧であるが、林氏は生産手段を生産する労働は6000の労働を対象化すると考えているが、しかし本当は2000の労働を対象化するのみで、4000は生産手段のための生産手段にもともと対象化されていた過去の労働分である。だから生産手段を生産した労働は2000の生きた労働を対象化したので、彼らは自分の労働に応じて2000の消費手段を取得する権利を有するというべきであろう。また消費手段の場合も同じであり、消費手段を生産した労働者がその生きた労働を対象化させたのは1000だから、だから彼らも彼らの支出した労働時間に応じて1000の消費手段を得る権利を持っているといえるのである。もちろん、資本主義的生産を前提にした再生産表式では、実際に労働を対象化させた労働者は、その半分の労働部分の消費手段しか得ることができないのだが。残りの半分は資本家が取得する。
 いずれにせよ、林氏の言っていることは、同義反復の類のように思える。つまり論証しなければならいことが前提されているだけである。

●〈人はおうおう、一定の期間(年々)、支出された(“対象化”された)労働が9000ではなくて3000であると誤解するが、それは例の「生きた労働」の観念――スターリン主義者たちが言いはやす間違った観念――にとらわれているからである。しかし3000とは総労働の内の消費手段の生産のために支出された労働にすぎず、生産手段のための労働も加えれば総労働は、3000でなくて9000である。「生きた労働」の観念はそれを年々に支出される、現実の総労働と理解するなら、この言葉も意味を持ち得るが、消費手段に支出されたものと解する限り、不合理な観念にすぎない。〉

 〈誤解〉も何もあったものではない。マルクスの単純再生産の表式を前提するのであれば、今年度に支出される労働は部門 I で2000(1000v+1000m)であり、部門IIでは1000(500v+500m)、合計3000のみである。林氏こそが勝手なことを言い囃しているだけではないか。〈「生きた労働」の観念〉を〈スターリン主義者たちが言いはやす間違った観念〉などと断定しているが、これはマルクス自身を〈スターリン主義者〉とすることに等しい。これは最後に付ける『資本論』からの抜粋集を見れば歴然とする。マルクスをも「スターリン主義者」にするとは、林氏の混乱もここに極まれり、というしかない。
 とにかく、これではもう無茶苦茶である。何度もいうが、どうして年々支出される労働が9000になるのであろうか。可変資本部分(資本家が労働者に賃金として支払う部分)は部門 I では1000で部門IIでは500、合計1500である。もし可変資本100が100人の労働力の価値に等しいとするなら、全体で雇用される労働者は1500人である。彼らは彼らの賃金に等しいだけの労働1500を対象化し、さらにそれに等しいだけの剰余労働1500を対象化する(剰余価値率100%)。だから合計3000である。では残りの6000は何なのか。それは前年度に生産された生産手段の価値である。それが今年度の労働の過程で生産物に移転し・保存された部分である。部門 I ではそれが4000であり、だから新たに追加された価値2000とともに、6000の価値ある生産手段として生産される。部門IIでは、2000の生産手段の価値(不変資本価値)が、移転・保存され、追加された新価値1000と合わせて、計3000の価値ある消費手段が生産される。これが正しい関係である。
 林氏は〈3000とは総労働の内の消費手段の生産のために支出された労働〉だというが、しかし消費手段の生産のために支出された労働は1000である。残りの2000は生産手段(不変資本)の価値が移転・保存された部分に過ぎない。だから生産手段の生産のために支出された労働も、決して6000ではなく、2000である。残りの4000は生産手段のための生産手段(不変資本)の価値が移転・保存されたものである。こうしたもっとも基本的なことが全く分からずに、どうして再生産表式について論じる資格があるだろうか。
 〈「生きた労働」の観念は、それを年々に支出される、現実の総労働と理解するなら、この言葉も意味を持ち得るが、消費手段に支出されたものと解する限り、不合理な観念にすぎない〉などとも述べているが、そもそも「生きた労働」を「年々に支出される労働」以外のものとして誰が理解し、主張したのであろうか。生きた労働を〈消費手段に支出されたものと解する限り、不合理な観念にすぎない〉などとも述べているが、しかし林氏だけが、ただ生きた労働が3000であり、消費手段の価値が3000であることから、だから消費手段を生産したのはすべて生きた労働だなどと勝手に断定しているだけで、だれもそんなことを主張したことも考えたこともないのである。

●〈ここでついでに付け加えておけば、マルクスは『資本論』第2巻の再生産表式の理論においては、基本的に、生産手段(資本)の「有用労働による価値移転」などと言ったことは、当然ではあるが全く問題にしていない(客観的に、問題になるはずもない)。〉

 〈ついで〉か何か知らないが、下らないことを〈付け加えた〉ばかりに、馬脚を表すということもある。〈マルクスは『資本論』第2巻の再生産表式の理論においては、基本的に、生産手段(資本)の「有用労働による価値移転」などと言ったことは、当然ではあるが全く問題にしていない(客観的に、問題になるはずもない)〉だって?! 『資本論』をまともに研究したこともない人がよく言うよ。われわれは何度も『資本論』から引用して紹介してきたが、この恥知らずな御仁のために、もう一度、紹介しておこう。

 〈ところで、アダム・スミスの第一の誤りは、彼が年間生産物価値を年間価値生産物と同一視している点にある。価値生産物のほうは、ただその年の労働の生産物だけである。生産物価値のほうは、そのほかに、年間生産物の生産に消費されたとはいえそれ以前の年および一部分はもっと以前の諸年に生産されたすべての価値要素を含んでいる。すなわちその価値がただ再現するだけの生産手段--その価値から見ればその年に支出された労働によって生産されたのでも再生産されたのでもない生産手段--の価値を含んでいる。この混同によって、スミスは年聞生産物の不変価値部分を追い出してしまうのである。この混同そのものは、彼の基本的見解のなかにあるもう一つの誤りにもとついている。すなわち、彼は、労働そのものの二重の性格、すなわち、労働力の支出として価値をつくる限りでの労働と、具体的な有用労働としての使用対象(使用価値)をつくるかぎりでの労働という二重の性格を、区別していないのである。一年間に生産される商品の総額、つまり、年間総生産物は、その一年間に働く有用労働の生産物である。ただ、社会的に充用される労働がいろいろな有用労働の多くの枝に分かれた体系のなかで支出されたということによってのみ、すべてこれらの商品は存在するのであり、ただこのことによってのみ、それらの商品の総価値のうちに、それらの商品の生産に消費された生産手段の価値が新たな現物形態で再現して保存されているのである。だから、年間生産物の総体は、その一年間に支出された有用労働の結果である。しかし、年間の生産物価値のほうは、ただその一部分だけがその一年間につくりだされたものである。この部分こそは、その一年間だけに流動させられた労働の総量を表わす年間価値生産物なのである。〉(全集版24巻463-464頁、下線はマルクスによる強調、太字は引用者による)

 ごらんのように、マルクスは「有用労働」によって、「それらの商品の生産に消費された生産手段の価値が新たな現物形態で再現して保存されている」と明確にのべている。もちろん、この部分そのものは再生産表式に直接関連して述べられているところではない。しかし、再生産表式にもとづいて年間の総再生産を価値と使用価値との補填関係として考察する前提として、考察されているものである(「第3篇 社会的総資本の再生産と流通」の「第19章 対象についての従来の叙述」の「3 不変資本部分」というところにある)。だから再生産表式ではこうしたマルクスの考察が当然前提となっていることは明らかである。
 そもそも部門 I の総商品資本の価値6000は、部門 I の可変資本によって雇用された労働者がその労働の抽象的契機によって、可変資本部分に相当する労働(1000)を対象化させ、さらに剰余価値に相当する労働(1000)を対象化させる過程で、その有用労働の契機によって、生産手段の価値(不変資本価値)4000を移転し・保存した結果である。だから先の引用に則して言うなら、部門 I の6000は〈年間生産物価値〉である。それに対して部門 I の労働者が新たに生み出した価値2000が〈年間価値生産物〉なのである。こうした区別をスミスと同じように混乱しているのは、すでに見てきたように、林氏本人ではないのか。だからもう一度確認すると、こうした〈再生産表式の理論において〉、〈「有用労働による価値移転」〉について、〈全く問題にしていない〉どころか、それについて述べていることは全く明らかなのである。

●〈消費手段を生産する労働は3000であり、またそれを消費する労働(者)も3000であって、かくして「価値論」にうまく適合しているといった観念は、一見してまともであり、至極もっともに思われるので俗人の耳に入りやすいが、しかし社会はまた6000の生産手段の生産にも労働を支出している――せざるを得ない――のであって、実際には社会はこれらの生産手段も年々消費しているのであって(個人的消費ではなく、生産的消費であるが)、前記の間違った観念は、ただ生産手段の生産のための労働を無視し、忘却したところに存在し得るにすぎない(どこかで「スミスのドグマ」に通じる妄想であろう)。〉

 もう何度も言うが、消費手段を生産する労働は3000ではない。消費手段の価値は3000だが、それを生産する労働は1000だけである。あとの2000は生産手段の価値が移転されたものである。それを消費する労働者も3000というのは、要するに労働者がその年度に支出した労働が3000だということである。しかしそれがどうして〈かくして「価値論」にうまく適合している〉といった〈観念〉が生じるのか。どうしてこんなところに「価値論」などが出てくるのか。わけが分からないのである。これもまた間違っているが、〈社会はまた6000の生産手段の生産にも労働を支出している〉というのも間違っている。生産手段に支出された労働は2000である。あとの4000は生産手段の生産手段の価値が移転したものである。林氏は〈マルクスは『資本論』第2巻の再生産表式の理論においては、基本的に生産手段(資本)の「有用労働による価値移転」などと言ったことは、当然ではあるが全く問題にしていない(客観的に、問題になるはずもない)〉などいうが、要するに自分の間違った観念ではそうなるということでしかない。なぜなら、すでに見たように、林氏は生産手段の価値の移転分をまったくみようとしていないからである。少なくともそんな馬鹿げた「価値論」などを論じている人は誰も知らないし、林氏の一人相撲ではないのか。

●〈現実には、社会は6000の生産手段を生産する労働と、3000の消費手段を生産する労働に、総労働を分割しているのであって、こうした“分業”の中で、消費手段の配分もまた“合法則的に”貫徹しているのである。すなわち個々人について言うなら、各人はロビンソンと同様に、個人的労働を生産手段のために3分の2を、消費手段の生産のために3分の1を支出している、つまりそんな風に自らの労働を分割しているということである。だからこそ、生産手段を生産する労働と、消費手段を生産する労働が“分業”の中で支出されるとき、生産手段及び消費手段の交換もしくは配分が行われるし、行われなくてはならないのである(もちろん社会主義では「交換」というより、消費手段の「配分」もしくは「分配」が行われると言うべきであろうが)。〉

 少なくとも生産手段の生産に支出された労働は2000のみであり6000ではない。また消費手段の生産に支出された労働も1000であって、3000ではない。もし“分業”をいうなら、部門 I の労働者1000人と部門IIの労働者500人(但し可変資本価値100が100人の労働力の価値に等しいとすればの話だが)の間の分業をいうべきであろう。支出された価値全体が分業に分割されている筈がないのである。林氏の主張では、一人の労働者が100時間働いたら、100の分業をやったことになるではないか。そもそも分業というのは労働の具体的な内容、有用労働の関連の問題であって、抽象的な人間労働やそれによって形成された価値が問題なのではない。そんなことも分からずに分業などを持ち出すべきではないのだ。
 林氏は〈個々人について言うなら、各人はロビンソンと同様に、個人的労働を生産手段のために3分の2を、消費手段の生産のために3分の1を支出している、つまりそんな風に自らの労働を分割している〉などというが、資本主義における労働をロビンソンと同じように、各人がそれぞれ生産手段の生産もやり、消費手段の生産もやるなどというのは狂気の沙汰ではないか。一体何を言いたいのか。これではそもそも分業はどうなってしまったのか、といわざるを得ない。あっちで言っていることと、こっちで言っていることとの辻褄さえも合わないような混乱した主張に付き合わされる我々も哀れである。それともこれは林氏特有の「事実上」そういえるということなのか。ここで書かれていることは正常な頭ではおよそ理解不能な話であることだけは確かである。

●〈生産手段を生産する労働者について言えば、その労働を「価値」から見れば、生産手段のために3分の2であり、消費手段のために3分の1であるし、また消費手段を生産する場合も同じである、だからこそ、生産手段を生産する労働の3分の1に相応する消費手段に権利を有するのであり、他方、消費手段を生産する労働者は自ら生産する消費手段に対して3分の1しか権利を有しないのである。つまり9000の労働に対して、全ての生産者はその労働の3分の1だけ、消費手段に対して権利を有するのであるが、ここではすべてが“価値法則”に適合しているのであって、それ以外は何もないと言っても決して言いすぎではない。〉

 とにかくここには混乱と林氏にしか分からない勝手な想定があるように思える。とてもまともな頭には理解不可能である。まず生産手段を生産する労働者は、われわれの想定では1000人である。彼らはその年度に6000の価値ある生産手段を生産するのだが、しかしそのために彼らは、4000の価値をもつ生産手段を使って労働する。彼らはその労働過程で、彼らの労働力の価値に等しい1000の労働を対象化させるとともに、さらに1000の剰余価値を生み出す(剰余価値率100%)。つまり彼らが支出する労働は全部で2000である。ところで〈その労働を「価値」から見〉るとは一体どういうことであろうか。その労働を価値形成の契機で、すなわち抽象的人間労働から見るということであろうか。とするなら、それは2000であり、確かにそれは部門 I の(v+m)、つまり消費ファンドに支出されるべく予定された部分と等しい。しかし〈生産手段のために3分の2であり、消費手段のために3分の1である〉などということはできない。なぜなら、確かに生産手段の価値移転分は部門 I の総商品資本の価値6000の3分の2、すなわち4000であるが、しかしそれは部門 I の〈労働を「価値」から見れば〉そうなるというようなものではない。部門 I の総生産物を価値の機能規定からみれば確かに総生産物価値の3分の2は生産手段の価値が移転したものである。しかしそれは決して〈労働を「価値」から見れば、生産手段のために3分の2〉だというわけではない。なぜなら、生産手段の価値を移転するのは、2000の労働を対象化させる一方で、同時にその労働の有用的契機によって行われるのだからである。だから〈労働を「価値」から見〉るのではなく、その具体的・有用的契機で見る必要があるからである。そしてここにはどんな分業もない。部門 I の労働は、その有用労働によって6000の価値ある生産手段を生産するが、その労働が形成するのは2000の価値のみであり、あとはその労働の有用的契機が、生産的に消費する生産手段の旧価値を新しい生産物の価値の一部として再現したものに過ぎない。だから6000の価値ある生産手段が生産されたから6000の分業があるなどというのは、馬鹿げた話なのである。

●〈これが社会主義社会における「価値規定(消費手段を生産するのに要した労働量)による」、消費手段の分配の基本的な内容であり、法則であるにすぎない。〉

 これではまったく何が何やらさっぱり分からないのである。こんな混乱した文章に付き合っていると、こっちの頭もおかしくなりそうである。(以下、続く)

2015年6月25日 (木)

現代貨幣論研究(6)

           『資本論』の冒頭の商品論・貨幣論をどのように位置づけるのか

 以前、インフレーションを特集した『プロメテウス』(以下、『プロメ』と略)No.48をめぐって林紘義--田口騏一郎両氏の間で論争があった時に(この論争は「現代貨幣論」を研究するうえでなかなか興味深いものであり、われわれも今後も恐らく何度も取り上げる機会があるかも知れない)、平岡正行氏はその論争を取り上げて『海つばめ』1008号に「インフレとは何か」という論文を発表した。その論文は林氏の主張を概ね肯定しながら、田口氏の主張を批判するものであった(その論文そのものの批判はここでは取り上げない)。そこで彼は「田口氏の見解の誤り」という小項目の冒頭、次のように書き出している。

 〈京都で、インフレについての田口・林論争を検討したときに、田口氏の見解は正しくないが、林氏の批判(「海つばめ」1001号)も「貨幣が実際上存在しない社会において、貨幣の価値尺度機能や『価格の度量標準』機能を問題とすること自体、奇妙に見える」と言うのは言い過ぎだ、貨幣の価値尺度機能や価格の度量標準機能は現代ではないと言えるのか、といった意見が出され、議論となった。他の会員からも同様の質問も出ているようなので、これについての私の考えを述べながら、さらに田口氏の見解を検討していこう。〉

 ここで林氏の主張を「言い過ぎだ」としたのは恐らく平岡氏であろう。だから彼は『資本論』の冒頭の分析を踏まえて、次のようにいうのである。

 〈今日においては、金貨幣はおろか兌換銀行券すら実際には問題にならないような(つまり機能していない)時代である。しかし私は、「貨幣の価値尺度機能」や「価格の度量標準」機能そのものがなくなったとは考えてはいない。〉

 このように平岡氏は一見すると、林氏を批判して『資本論』の冒頭の分析を肯定しているように言いながら、しかし続けて次のようにも言うのである。

 〈しかしながら、「貨幣の価値尺度機能」や「価格の度量標準」機能そのものはなくなっていないとはいっても、金貨幣が現実に流通しているわけではなく、紙幣化した不換銀行券だけが流通している時代であり、「貨幣の価値尺度機能」や「価格の度量標準」機能も現実の経済過程の問題というよりも、その機能を前提として成り立っている社会における概念の問題といえるのではないだろうか。
 したがってこの抽象的な概念をもとに、インフレといった現代社会における現実的な問題を解明しようとしても問題の所在が明らかにならず、余計に混乱することになっているのではないだろうか。〉

 つまり平岡氏は、『資本論』の冒頭で明らかにされている貨幣の諸法則は否定しようもないが、しかしそれは〈インフレといった現代社会における現実的な問題を解明〉するためには役に立たず、そういう問題から現代的な問題を解明しようとすると〈余計に混乱することにな〉るというのである。つまり平岡氏は一見すると林氏とは違って『資本論』の冒頭で分析されている貨幣の諸法則の正しさを認めているように見える。しかし金貨幣が流通していないのだから(よってそれは機能していないと彼は即断するのだが)そんなものは役には立たないというのであり、これでは、結局、林氏と何も変わっていない。林氏は1001号の『プロメ』No.48を紹介する記事で田口会員の主張を批判して次のように書いていたのである。

 〈そもそもインフレとは、貨幣が流通手段の機能において自立化し、ついには紙券化し、その結果として流通において減価する現象である。金本位制の廃絶を必ずしも前提はしないが――というのは、金本位制が一時的に停止されていた時代にもあり得たから――、しかし現代のように金本位制が廃絶されている時代に特有なものであり、現代の「管理通貨制度」のもとにおいて一般的に発展するのである。つまり、貨幣が廃絶され、一般的に紙券に取って代わられている時代を前提とするのである。
 そんな貨幣が実際上存在しない社会において、貨幣の価値尺度機能や「価格の度量標準」機能を問題にすること自体、奇妙な試みに見える。〉

 同じような主張は『プロメ』No.48の猪俣の為替インフレ論を批判した論文の中にもみられる。

 〈金本位制を前提にするなら、為替相場が一定の限界--「金現送点」の狭い範囲内--を超えて変動することは決してない。他方、金本位制が崩壊するなら、それはすでに金が貨幣として現実に存在せず、ほとんど機能していないということだから--その役割は潜在的に貫かれるかもしれないが--,そもそも貨幣の価値尺度の機能とか、計算貨幣としての役割とかを“まともに”論じること自体がナンセンスに思われる。価値と価格との関係が混沌としたものとなり、不明となり、常に変動するものになるからこそ、つまり貨幣の価値尺度の機能とか計算貨幣の機能などが働かないからこそ、通貨の兌換停止、金本位制の崩壊は資本主義的生産を根底からゆさぶる動揺であり、その解体の始まりを意味するのである。商品の価格もまた形式的なもの、"無概念”となる。〉(75頁)

 ここでは林氏は、不換制下では商品の価格そのものが無概念になるとまで述べている。しかし林氏がどう言おうと、戦後の不換制下のいわゆる「管理通貨制度」が開始されて(「管理通貨制」への移行そのものはすでに戦前から始まっているのだが)、すでに半世紀以上にもなる。戦後の日本の“高度経済成長”は、まぎれもなくこうした通貨体制のもとでなし遂げられたのではないのか。林氏がいくら〈通貨の兌換停止、金本位制の崩壊は資本主義的生産を根底からゆさぶる動揺であり、その解体の始まりを意味する〉などと述べてみても、そうした指摘はまさに戦後の歴史そのものによって否定されている。つまり林氏の主張の理論的破綻は歴史的な事実によって実証されてしまっているのである。

 要するに、二人とも『資本論』の冒頭で分析されている貨幣論については、それは抽象的には正しいが、しかし現実の経済過程を説明するのには訳に立たないという点では一致するわけである。だから表題に掲げた《『資本論』の冒頭の商品論・貨幣論をどのように位置づけるのか》という問題は極めて重要な論点なのである。
 私は平岡論文を検討したときに、この部分について次のように批判した。(以下は私自身のノートから。このノートそのものを発表する機会はまたあるかも知れないが)

 〈現代において《「貨幣の価値尺度機能」や「価格の度量標準」機能》が《その機能を前提として成り立っている社会における概念の問題》であって、《現実の経済過程の問題》ではないというのは、問題の混乱以外の何ものでもない。もしそれらが概念であるなら、その概念から現実の過程を説明してこそそれは概念たりうるのであり、現実の過程と結びつかない概念などは概念とは言えないのである。本質は現象するしせざるを得ない。現象しない本質などは本質とは言えない。実際問題として現代の通貨が諸商品の価値を価格として表現していることは歴然たる事実である(われわれは商品が「○○円」という値札をつけて店頭にならんでいることを日常の事実として知っている)、また度量標準によって比較可能になっていることも現実の過程ではないのか(100万円の自動車は100円の歯ブラシの1万倍の値段である)、そしてそれを説明するのに、《「貨幣の価値尺度機能」や「価格の度量標準」機能》を前提せずして、どのように説明可能なのか、考えなくても明らかであろう。それらは現実の経済過程と結びついているからこそそれらは概念(本質的関係)なのだ。それを説明することが今日のわれわれの理論的課題なのである。「概念」だといって棚上げすることによっては何も説明できない。平岡氏のように《したがってこの抽象的な概念をもとに、インフレといった現代社会における現実的な問題を解明しようとしても問題の所在が明らかにならず、余計に混乱することになっているのではないだろうか》というのなら、それは科学を放棄するに等しいであろう。
 もし平岡氏がそうした《抽象的な概念》を抜きに《現代社会における現実的な問題》であるインフレを《解明》できるというならやって貰いたい。それができるなら話は簡単である。しかしそもそも「インフレとは何か」というこの平岡氏の論文の表題に掲げた問題一つとっても、この論文では何一つ説明されていないではないか。平岡氏はインフレについてどんな規定も与えていない。マルクスによる《インフレの概念の説明》は認めているようである。しかし平岡氏の独自の《現代社会における現実的な問題》としてのインフレについては何の説明もないし、どんな規定も与えていないのである。〉

 このようにこの問題は『資本論』の冒頭の商品をどう考えるかという問題と密接に関連している。以前、セミナーでこの問題を私が取り上げた時(エンゲルスの経済理論を批判した時)、林氏は私に対して「宇野学派的だ」などというレッテルを張って批判したが(なぜレッテル張りだというかというと、私の見解がどういう点で宇野派的なのかの論証が何一つ無かったから)、林氏自身は恐らく冒頭の商品を、エンゲルスと同じように、歴史的な商品、つまり資本主義以前の、まだ資本主義へと発展する以前の商品と同じと考えているのであろう。あるいは少なくとも金貨幣が実際に流通している一時代前の資本主義社会における商品や貨幣を分析・解明したものだというようなあいまいな理解なのであろう。だから金貨幣がすでに流通から姿を消した〈現代社会における現実的な問題〉の解明には役立にたたない(平岡)とか、〈貨幣が実際上存在しない社会において〉は、それが存在していた時代の、つまり『資本論』の冒頭で問題にされているような〈貨幣の価値尺度機能や「価格の度量標準」機能を問題にすること自体、奇妙な試みに見える〉〈貨幣の価値尺度の機能とか、計算貨幣としての役割とかを“まともに”論じること自体がナンセンス〉(林)というわけである。

 私は先のエンゲルスの経済理論を批判的に取り上げたセミナーで(そのときのレジュメと報告はここここを参照)、冒頭の商品を、現実の資本主義社会における商品から資本関係を捨象して取り出した、その意味では抽象的なものであるが、しかし現実の資本主義社会においてはこうした単純な商品や貨幣は、社会の表面に現象しており、われわれが直接目にすることのできる具体物としても存在しているのだ、と指摘した。例えば私たちが日常的にスーパーで目にする商品が、すわなちそれである。またそれをお金を出して購入する行為もそうしたものである。これらは単純な商品と貨幣との関係であり、その限りでは単純流通の問題なのである。実際、われわれは店頭に並んでいる諸商品がどういう経路を辿って、だからまたその身にどれだけ複雑な関係を纏ってそこに並んでいるのかということは、直接には分からない。つまりそれらはそうした複雑な諸関係、資本家的な諸関係をその背後に隠した形で現象しているわけである。だからわれわれが店頭の商品をそのあるがままに表象するなら、それはすでに本来は資本家的商品であるのに、そこから資本関係を捨象した形で、すなわちその意味では抽象物としてそれらを捉えていることになるのである。そしてこうした関係は、金貨幣が実際に流通から姿を消した今日の資本主義的生産様式においてもまったく同じなのである。つまり『資本論』の冒頭で分析されている商品論や貨幣論は、今日の、あるいは現代の「管理通貨制」と言われている不換制下の資本主義の現実においても、そのなかに法則として貫いているものを考察したものなのである。

 宇野弘蔵の批判をするのがここでの課題ではないが(それをやるならまた別の連載としてとりあげたい)、林氏が私の主張を「宇野学派的だ」などというレッテルを貼って批判したので、敢えて、この問題と関連させて少し論じておこう。宇野の「原理論」というのは、彼の説明によれば「純粋の資本主義」を想定して、その分析から得られるものであり、それはカテゴリーが自己を展開するようなものとして論じられるべきものらしい。この「純粋の資本主義」というのは、歴史的には18世紀から19世紀の半ばのいわゆる「自由主義の時代」において、資本主義が傾向的にそのような純粋な形で現われてきたものを、さらに純化して得られるものらしい。しかしこうした理解は、マルクスの方法を真似ているようでまったく違ったものなのである。
 確かにマルクスも当時のイギリスの資本主義社会を資本主義的生産様式が典型的に発展したものとして分析の対象にしていることは誰もが知っている。しかしマルクスの場合は、決して「純粋の資本主義」といったものを想定して、それを分析しているのではない。マルクスの場合は、分析の対象はあくまでも当時の具体的なイギリス資本主義の現実なのである(それが常に主体として前提されていなければならない、とマルクスは述べている)。ただマルクスはそのイギリス資本主義の現実の中に貫く法則を一般的な形で取り出しているのである。だからそれが法則としては純粋な形で捉えられるのもある意味では当然なのである。だからまたその法則は資本主義がどのように表面的には変容しようともそれが資本主義であるかぎりでは、その中に一般的に貫いているような性格のものでもあるのである。これは自然法則とその意味ではまったく同じである。例えば重力の法則を実験や観察で明らかにしたのは、一昔前のガリレオが生きていた時代の現実においてであったであろうが、しかしその法則が今の世の中にも貫いていることを誰も疑わないであろう。資本主義的生産様式の諸法則も、法則という限りではまったく同じなのである。

 マルクスは、われわれがいま丁度のこのブログ上で解説している『資本論』の第3部第5篇第28章該当部分の草稿(28-10を参照)の中で次のように述べている。

 〈貨幣が流通しているかぎりでは,購買手段としてであろうと支払手段としてであろうと--また,2つの部面のどちらでであろうと,またその機能が収入の,それとも資本の金化ないし銀化であるのかにまったくかかわりなく--,貨幣の流通する総量の量については,以前に単純な商品流通を考察したときに展開した諸法則があてはまる。流通速度,つまりある一定の期間に同じ貨幣片が購買手段および支払手段として行なう同じ諸機能的の反復《の回数》,同時に行なわれる売買,支払の総量,流通する商品の価格総額,最後に同じ時に決済されるべき支払差額,これらのものが,どちらの場合にも,流通する貨幣の総量,通貨(currency)の総量を規定している。このような機能をする貨幣がそれの支払者 または受領者にとって資本を表わしているか収入を表わしているかは,ここでは事柄をまったく変えない。流通する貨幣の総量は購買手段および支払手段としての貨幣の機能によって規定されて〔いる〕のである。

 つまり『資本論』の冒頭で分析されている抽象的な商品や貨幣の諸法則というのは、それにどんなに複雑な規定性が加わろうとまったく変わらずその中に貫いているということである。マルクスはここでは貨幣の流通の総量について論じているが、しかしそれは貨幣のさまざまな抽象的な諸機能(例えば価値尺度の機能や度量標準の機能等々)についてもまったく同じことが言えるのである。だから現代資本主義のようないわゆる「管理通貨制度」のもとにおいてもそれらはまったく同じように貫いているのである。それらは資本主義的生産様式の諸法則を一般的な形で取り出し叙述したものなのだから、資本主義が資本主義である限りはその中に貫いているのはある意味では当然なのである。
 しかし、こうしたことが林氏や平岡氏には分からないのである。彼らは目の前の現代資本主義の変容した現象に囚われて、『資本論』の冒頭の商品論や貨幣論では、現実を説明することはできない、それは金が実際に流通していた一昔前の現実を説明することはできても、すでに「変容」してしまった現代資本主義の現実を説明するには古くさく用をなさないと考えるのである。
 このように、現代資本主義を解明していくためにも、『資本論』の冒頭の商品論や貨幣論をどのように位置づけるかということは極めて重要なことがわかるであろう。そこで間違うと林氏や平岡氏のようなとんでもない混迷に陥ってしまうことになるのである。

 林氏が私の冒頭の商品のとらえ方を「宇野学派的だ」と批判したことと関連して、もう少し論じておこう。私は先に紹介したように、冒頭の商品は、『資本論』の冒頭でマルクス自身によって説明されているように、「資本主義的生産様式が支配的に行なわれている社会の富」の「基本形態」としての商品であり、第1章では、とりあえず、その商品が現実のブルジョア社会の表面に現われているものをそのまま観察・分析するのであり、それは資本家的商品から資本家的な関係をとりあえずは捨象して得られる、その限りでは抽象的なものだとしたのである。しかしこうしたとらえ方を、どうやら林氏は「宇野学派的だ」と考えたようなのである。
 確かに宇野も冒頭の商品をマルクスの『資本論』の冒頭の一句を引用して、資本家的商品から抽象したものだと捉えている。しかし、宇野が「経済原論」の中で語っている内容は決してそうしたものではないのである。彼は冒頭の商品は資本関係を捨象した抽象的なものだということから、それが労働生産物であることや、資本主義的生産様式を前提することまでも捨象してしまうのである。そこから、彼が最初に考察の対象にする商品というのは、資本主義以前の古代社会における商品としてマルクスが語っているような、さまざまな自然的な社会構成体の隙間に棲息するような商品関係を想定したものなのである。それが彼が商品や貨幣、さらには資本までをも、まずは「流通形態」として論じなければならないとする理由なのである。なぜなら、それらはまだ商品形態が生産を捉える以前のものであり、ただ流通のなかで形態規定を与えられるものに過ぎないからである。その流通形態としての商品や貨幣が発展して、労働力までをも商品化することによって、初めて商品形態は生産過程を自らかのものに取り込むことになり、そうして初めて商品形態は社会的な物質代謝(宇野のいう原理)を司るものとなり、商品の価値もその実体を持つことになるのだというのが、宇野の主張なのである。だから宇野が冒頭の商品として論じているものには価値の実体規定はないし、ただ流通形態の規定性があるだけなのである。こうした考えから、宇野は『資本論』第1章の第1節・第2節を不要なものとするのであり、第3節の価値形態も不十分なものとするのである。
 まあ、宇野の主張の批判はまた別途やる機会があればそこでやるとして、とにかく宇野が『資本論』の冒頭の商品を資本家的な商品であり、それがブルジョア社会の表面に現われているものを、ただそれ自体として観察・分析しているものだと捉えているなどということは決してできないのであり、むしろ宇野のやっていることは、エンゲルスと同じように資本主義以前の商品、いまだ生産を捉えることができず流通から形態規定を与えられているだけの商品であるということである。たがら林氏が私の主張を「宇野学派的だ」などとレッテルを貼って批判したのは、ただマルクスの方法に対する無理解だけではなく、宇野の主張そのものをも十分には理解せずに,一知半解な認識のもとにただレッテルを貼っているだけに過ぎないということである。

2015年6月24日 (水)

『資本論』第3部草稿(現行版第5篇)の研究(28-12)

 (2) 各パラグラフごとの解読(続き) 

【9】 (これは【8】に直接つながっている)

 繁栄期--すなわち再生産過程が非常に膨張し速度を増し活気にあふれている時期--には, 労働者は完全に就業している。(たいていは賃銀の上昇も現われて,商業循環上の他の諸時期に賃銀が水準以下に下がるのを埋あ合わせる)。そのほか収入は大きくなり,消費は増加する。この局面はまた,さまざまな部門での価格の上昇をも伴う,等々(それに加えて,輸入関税の[509]支払のための現金支出が増大する,等々)。通貨〔currency〕の分量は,ある限界のなかでは,増大する。ある限界のなかでと言うのは,流通速度の増大が通貨〔currency〕の総量の増大を制限するからである。収入のうちの労賃から成っている部分がつねに,最初は可変資本の形態で,しかもこれはもちろん貨幣形態で,前貸しされるかぎり,資本のうちのこの部分は,繁栄期には,それのCirculation のためにより多くの貨幣を必要とする。しかし第1に,われわれはこの貨幣を,||330上|一度は可変資本のCirculationに必要な貨幣として,第2に労働者の収入のCirculationに必要な貨幣として,というように2度計算してはならない。後者の貨幣は,小売取引で支出され,1週間ごとに(おおよそのところ)小売商人の預金として銀行業者に帰ってくるが,しかしそれはそれの比較的小さいもろもろの循環を描きながらさらにあらゆる種類の中間取引を媒介したのちのことである。繁栄期には生産的資本家にとって貨幣での還流は順調であり,したがって貨幣融通にたいする彼らの要求は,彼らがより多くの労賃を支払わなければならず,彼らの可変資本の流通のためにより多くの貨幣を必要とするということによっては, 増大しない。〉

 【8】では、「同じ事情」が「二つの流通部面」で違って作用する、あるいは反対にさえ作用することが述べられた。このパラグラフからは、その具体的な検討が始まるのだが、まず「繁栄期」という「同じ事情」が、「二つの流通部面」においてどのように違った作用をするかが、分析されている(なお繁栄期の分析は【12】まで続き、【13】からは逆に反転期になる)。
 以下、まずわれわれは、このマルクスの文章をそのまま平易に書き直そう。

 〈先に同じ事情が二つの流通部面の通貨総量に違った作用をすると述べたが、具体的に見ていこう。まず繁栄期が二つの流通部面の通貨総量にそれぞれどのように作用するかである。繁栄期と言うのは、再生産過程が非常に膨張して商品の流通速度も増大し、活気に溢れている時期のことである。そういう時は、労働者の就業もほぼ完全であり、だから賃金も上昇する。この時期にこそ、労働者は産業循環の他の諸時期に賃金が水準以下に下がっているのを何とか取り戻し埋め合わせをするのである。またこの時期は、それ以外の人々の収入も全体として大きくなり、だから消費は増加する。そのうえ、この局面では、さまざまな部門で商品の価格が上昇する。さらには輸出入も活発になり、輸入関税の支払のための現金支出も当然増大する。こうしたいろいろなことがあって、通貨の分量は、ある限界のなかでは増大するのである。
 ここで「ある限界のなかで」と言ったが、それはこうした好況局面では、通貨の流通速度も増大するからである。通貨の流通速度が増大するということは、それだけ同じ貨幣片が一定期間に何回も商品流通を媒介するわけで、それだけ通貨の流通必要量を減らすように作用するからである。
 ところで収入のうち労賃からなっている部分であるが、これは当然、まず最初は労働者を雇用する(労働力を購入する)資本家の可変資本の形態にある。資本家はそれを貨幣形態で前貸し(投資)する。つまり労働力を購入して、労働者にそれを支払うのだが、その場合はだいたい「現金」でなされる。だから繁栄期には、雇用量も増え賃金も上がっている分、資本のこの部分(可変資本部分)は、それを流通させるためにより多くの貨幣を必要とするわけだ。
 しかし間違ってはならないのは、第一に、われわれはこの貨幣を、一度は可変資本の流通に必要な貨幣として、第二に、労働者の収入の流通に必要な貨幣として、というように二度計算してはならないということである。なぜなら、可変資本として支出される貨幣も、労賃として労働者の収入の流通に必要な貨幣も、まったく同じ貨幣だからである。一つの貨幣がこの場合、労働力と生活手段という二つの商品を流通させるのだから、貨幣は一つでよいからである。
 後者の貨幣、つまり労賃は小売取引きで支出され、おおよそ1週間ごとに(週賃金の場合)小売商人の預金として銀行業者に帰ってくるが、それはその比較的小さいもろもろの循環を描きながらさらにあらゆる種類の中間取引きを媒介した後のことである。繁栄期には生産的資本家にとって貨幣での還流は順調であり、だから貨幣融通に対する彼らの要求は、彼らがより多くの労賃を支払わなければならず、彼らの可変資本の流通のためにより多くの貨幣を必要とするということによっては、増大しない。なぜなら貨幣での還流が順調ということは、彼らの可変資本そのものも順調に還流するということであり、彼らは貨幣融通を受けなくても、前貸しする可変資本、つまり労働者に支払う賃金を容易に入手しうることを意味するからである。〉

 この部分も平易に書き下せばとくに理解に困難があるわけではないが、若干、説明が必要なのは、マルクスが次のように述べているところである。

 しかし第1に,われわれはこの貨幣を,一度は可変資本のCirculationに必要な貨幣として,第2に労働者の収入のCirculationに必要な貨幣として,というように2度計算してはならない

 この部分を理解するためには、【7】パラグラフでマルクスが次のように述べていたことを思い出す必要がある。

 〈貨幣が流通しているかぎりでは,購買手段としてであろうと支払手段としてであろうと--また,2つの部面のどちらでであろうと,またその機能が収入の,それとも資本の金化ないし銀化であるのかにまったくかかわりなく--,貨幣の流通する総量の量については,以前に単純な商品流通を考察したときに展開した諸法則があてはまる

 だから単純な商品流通として、この場合の流通を考えると、それはW(労働力)-G(貨幣)-W(生活手段)ということになるのである。つまり〈可変資本のCirculationに必要な貨幣〉というのは、労働力の販売のことであり、W(労働力)-G(貨幣)である。また〈労働者の収入のCirculationに必要な貨幣〉というのは、労働者が労賃で生活手段を購入するということであり、G(貨幣)-W(生活手段)である。つまり全体を単純な商品流通としてみるなら、W(労働力)-G(貨幣)-W(生活手段)であり、貨幣(G)は一つでよいことになる。だから二度計算してはならないというわけである。

【10】 (これは【9】の続きである)

 〈ところで,同じ繁栄期において,諸資本の移転のために必要な,したがって純粋に資本家たち自身のあいだで行なわれるCirculationについて《言えば》,これは,同時に信用が最も弾力的で最も容易な時期でもある。このCirculationの速度は直接に信用によって調節され,したがって,諸支払の決済のために必要なCirculationの総量は(あるいは現金売買のために必要なそれさえも),相対的には減少する。それは絶対的には膨張するかもしれないが,しかし,いずれにせよ相対的には,つまり再生産過程の膨張に比べれば,減少する。一方ではより大量の支払が貨幣のいっさいの介入なしに清算される。他方では,過程の盛んな活気のために,同じ貨幣分量が,購買手段としての機能においても支払手段としての機能においても,より速く運動するようになる。より多くの異なった諸資本の同還流〔returns〕 が,同じ貨幣額によって媒介される。〉

 【9】では繁栄期における、収入の実現という機能を果たす(収入の流通部面の)通貨の増加が検討されたが、ここでは同じ繁栄期における資本の移転という機能を果たす(資本の流通部面の)通貨の増減が検討される。この部分も平易に書き下しておこう。

 〈ところで、同じ繁栄期において、諸資本の移転に必要な、したがって純粋に資本家たち自身のあいだで行われる流通について言うと、これは同時に信用がもっとも弾力的でもっとも容易な時期でもある。だからこの流通の速度は直接に信用によって調節され(早められ)、よって諸支払の決済のために必要な通貨の総量は、あるいは現金売買のために必要な通貨さえも、相対的には、つまり移転される資本量に比べればむしろ減少する。それは絶対的には膨張するかも知れないが、しかしいずれにせよ相対的には、つまり再生産過程の膨張に比べれば、減少するのである。一方ではより大量の支払が預金の振り替えや手形等の交換によって、貨幣のいっさいの介入なしに清算される。他方では、過程の盛んな活気のために、同じ貨幣分量が、購買手段としての機能においても、支払手段としての機能においても、より速く運動するようになり、よってより多くの諸資本の還流が同じ貨幣額によって媒介される。だから全体として通貨は相対的に減少するのである。〉

 このようにこの一文もそれほど理解困難ということはない。だからわれわれはどんどん先に進もう。

【11】 (このパラグラフは繁栄期の分析のまとめと考えられる)

 〈全体として,このような時期には通貨〔currency〕は「潤沢に」現われる。といっても,第2の部分は収縮し,他方,第1の部分は膨張するのであるが。〉

 このパラグラフは平易に書き下す必要はないかも知れないが、一応、書いておく。

 〈全体として、繁栄期には通貨は「潤沢に」現れる。といっても、第2の部分、つまり諸資本の移転を媒介する部面では、むしろ通貨は(相対的に)収縮し、他方、第1の部分、すなわち収入の実現を媒介する部面では、膨張するのではあるが。〉

 これが二つの部面を流通する通貨に繁栄期という「同じ事情」が違った作用するという結論である。全体として繁栄期には通貨は「潤沢」だが、しかし二つの部面で同じようにそうかというと、必ずしもそうではなく、資本の流通の部面では信用がもっとも弾力的でもあるため、むしろ流通する通貨は相対的に収縮するのに対して、収入の流通する部面では、膨張するというのがその内容であった。つまり同じ繁栄期でも流通する通貨の増大と言う点では、二つの部面ではむしろ反対に作用することが指摘された。

【12】 (この部分は括弧に括られており、いわば挿入文である)

 〈{ 還流〔returns〕が商品資本の貨幣への再転化, G -W -G ’を表現しているということは, すでに流通過程を考察したときに見たとおりである。信用は還流〔returns〕を,生産的資本家にとってであろうと商人にとってであろうと, 現実の還流〔returns〕にはかかわりのないものにする。彼は信用で売る。だから,彼の商品は,それが彼にとって貨幣に再転化するまえに,つまり彼自身のもとに貨幣形態で還流してくる〔retourniren〕まえに譲渡されているのである。他方では彼は信用で買う。したがって彼の商品の価値は,この価値が現実に貨幣に転化されるまえに,生産資本なり商品資本なりに再転化しているのである。しかし繁栄期には,手形が満期になり支払期限がくれば,還流〔returns〕が現に行なわれる。[510]小売商人〔Epicier〕は卸売商人に,卸売商人は生産者に,生産者は輸入業者に,等々というようにそれぞれ確実に還流させる。急速で確実な還流〔returns〕という外観は,いつでも,それの現実性が過ぎ去ってからもかなり長いあいだ,ひとたび動きだした信用によって維持される。というのも,信用還流〔Creditreturns〕が現実の還流の代わりをするからである。銀行は,それらの顧客が貨幣よりも手形を還流させる〔retourniren〕ほうが多くなると,危険を感じはじめる。リヴァプールの銀行理事の証言を見よ。 }
 ①〔注解〕カール・マルクス『資本論』〈経済学草稿,1863-1865年〉。第2部〈第1草稿〉。所収:MEGA ,II/4.1,s.140-161 〔『資本の流通過程--『資本論』第2部第1稿--』,中峯・大谷他訳,大月書店,1982年,9-35ページ〕。
 ②〔注解〕〔MEGA,II/4.2〕617ページ14行-618ページ10行を見よ。この原典からの諸抜粋をマルクスが仕上げたのは,彼がここでのテキストの箇所を書くのよりも前であった(923ページ〔MEGA付属資料「成立と来歴」〕を見よ)。〔この注で指示されている箇所での証言は,現行版では第25章の末尾近くに収められている(MEW,Bd.25,S.427-428)。〕

 この部分は内容から見て【10】で述べられている〈繁栄期においては、……信用が最も弾力的で最も容易な時期でもある〉という部分に関連させて、挿入されたものと考えられる。とりあえず、書き下すと次のようになる。

 〈還流というのは、商品資本の貨幣[資本]への再転化を、すなわちG-W-G’を表現しているということは、すでに流通過程(第2巻)を考察した時に見た通りである。信用はこの還流を、生産的資本家にとってであろうと商人にとってであろうと、現実の還流、つまり実際に商品が売れて、その価値が最終的に実現するかどうかということとは直接にはかかわりのないものにしてしまう。
 彼は信用で売る。だから彼の商品は、それが彼にとって貨幣に再転化する前に、つまり彼自身のもとに貨幣形態で還流してくる前に譲渡されているのである。もちろん、彼はその代わりに手形を手にしている。だから彼は他方で信用で買う。つまり彼は他の資本家や輸入業者から自分の生産に必要な生産手段等を購入して、その代金としてその手形に裏書きして支払うのである。したがって彼の商品の価値は、現実に貨幣に転化する前に、つまり最終的に実現する前に、彼が信用で購入した商品資本なり生産資本に再転化しているのである。
 しかし繁栄期には、実際の商品の販売は順調であり、手形が満期になり支払期限がくれば、貨幣は現実に還流してきて、手形は決済される。小売商人は、卸売商人に、卸売商人は生産者に、生産者は輸入業者に、等々というようにそれぞれ確実に還流させる。
 しかし急速で確実な還流という外観は、いつでも、それの現実性が過ぎ去ってからも、つまりもはやその現実性が失われているのに、しかしかなり長い間、ひとたび動きだした信用によって維持される。というのも、信用による還流が、現実の還流の代わりをするからである。銀行は、それらの顧客が貨幣よりも手形を還流させるほうが多くなると、危険を感じはじめる。すでに現実の還流、商品の最終的な貨幣への転化が滞りはじめていることを、それは示唆しているからである。リヴァプールの銀行理事の証言を見よ。〉

 この最後に〈リヴァプールの銀行理事の証言〉についてだが、大谷氏の注では「現行版では第25章末尾近くに収められている」とある。興味のある人は見ていただきたい。ここではこの問題はこれ以上論じないことにする。

 このようにこの部分は、信用による売買が過度の信用膨張を、つまりいわゆるバブルを生じさせることを述べているのだが、このことは必ずしも通貨の増減そのものとは、つまりいま論じていることとは直接には関連しないので、マルクスは括弧で括り挿入文としたのであろう。

 以上で、繁栄期の分析は終わりである。つまり【9】~【11】で繁栄期の分析は基本的に終わっているが、【12】はそれに関連する補足といえる。

 もう一度、結論を確認しておくと、繁栄期には全体としては通貨は潤沢に現れるが、しかしそれは両部面で違った作用をする。すなわち収入の流通する部面(第1の部面)では通貨は総じて増大するが、資本の流通部面(第2の部面)では信用が膨張し、通貨はむしろ相対的には縮小するということであった。(続く)

2015年6月23日 (火)

林理論批判(3)

          〈社会主義における「分配」はいかになされるか〉批判ノートNo.3

《『海つばめ』1236・1237合併号(2014.10.19)【4~6面】社会主義における「分配」はいかになされるか――消費手段の「価値規定」問題――「価値移転」ドグマとの訣別が“解決”の鍵》の批判的検討(の続き)

§§論文本分の検討(続き)

2、ロビンソン個人の場合と発達した分業社会の場合

●〈人々は資本主義的生産とは極度に発達した分業社会であることを忘れるのであり、あれこれの生産手段といい、消費手段といい、徹底した社会的な分業によってのみ生産され、また「分配」されていることを忘れるのである。そもそもマルクスの再生産表式(単純再生産)の6000の労働(者)が生産手段を生産し、3000の労働(者)が消費手段の生産に従事すること自体、最も根源的で決定的な社会的分業である。〉

 ここで林氏は〈人々は……忘れる〉ということを二度繰り返しているが、果たしてそんなことを忘れる人があるのだろうかと疑問に思わざるを得ない。それはまあ良いとして、林氏は、すでにここで馬脚を表している。一体、〈マルクスの再生産表式〉の何を知っているのであろうか。単純再生産の表式では、部門 I の労働(生きた労働)は2000、部門 II の労働(同)は1000である。これは剰余労働時間も含めた労働だから可変資本価値として見れば、部門 I は1000、部門IIは500である。もし可変資本価値100が労働者100人(100人分の労働力の価値)に相当するとするなら、部門 I の労働者は1000人、部門IIの労働者は500人なのである。だからもし分業をいうなら、ある年の一年間、部門 I では1000人の労働者がそれぞれの具体的な有用労働に従事し、部門IIでは500人の労働者がやはりさまざまな具体的有用労働を担うのであって、それらの具体的な有用的属性によって、それらの労働は社会的な分業のそれぞれの環をなし、社会的分業の体制を構築しているわけである。だから生産手段を生産するのは〈6000の労働(者)〉ではない。6000というのは、部門 I で一年間に生産された生産手段の総価値であるが、そのうち4000は旧価値の移転分である。4000の旧価値を生産したのは、同じ部門 I の1000の労働者なのである。ただそれは前年度以前に生産された点で違うのである。
 だから〈6000の労働(者)が生産手段を生産し3000の労働(者)が消費手段の生産に従事する〉というのは全く間違っており、林氏が依然として再生産表式を全く理解していないことを暴露している。もう少し『資本論』にもとづいて謙虚にキッチリ勉強したらどうなんだろうか。正しくは部門 I の1000の労働者が、前年以前に彼らが生産した4000の価値ある生産手段を使い、今年度に新たな生産手段を生産するのだが、しかし彼らはその労働の過程で、2000の新たな価値を生産物に追加するのである。だから生産された今年度の新しい生産手段の価値は合計6000になるのである(4000の旧価値は移転された)。部門IIで生産する労働(者)は500(人)である。彼らは2000の価値ある生産手段(これは前年度以前に部門 I の労働者によって生産されたものである)を使って、今年度の消費手段を生産するのであるが、彼らもその労働の過程で1000の新たな価値を追加するのである。だから彼らが生産する消費手段の価値は合計3000になるのである(2000の生産手段の旧価値は新たな生産物=消費手段の価値の一部として移転された)。こんな単純再生産の表式のもっとも基礎の基礎ともいえる認識さえ欠けていながら、何か理論的に立派なことを論じる資格があるなどと考えることは、およそ傲慢としか言いようがないのである。自分はマルクスよりエライ--だからマルクスの間違いを正してやるのだ--などというような宇野派的な妄想にしがみつかず、もっと謙虚に--せめて久留間鮫造ぐらいには--、一から『資本論』を学び直すべきではないだろうか。

●〈そして分業とは社会的な分業であって、例えば個人的な分業――というより、自らの労働の分割――といったことと本質的に別な側面があるということを忘れている、あるいは見ないでいる。〉

 ここでも、一体、誰が〈忘れている〉のか、誰が〈見ないでいる〉のか、疑問に思わざるを得ないが、それもまた問わないとしよう。
 ここで〈個人的な分業〉などと言っているが、これは何であろうか。〈自らの労働の分割〉と言っているところを見ると、〈ロビンソン個人の場合と発達した分業社会の場合〉という小見出しから考えるに、ロビンソンの個人的労働の分割を「分業」と捉えているのであろうか。それを「分業」と言いうるのかどうかはよく分からないが、まあそれは問わないとしよう。因みに、マルクスは次のように述べている。

 〈ただ労働そのものだけを眼中におくならば、農業や工業などという大きな諸部門への社会的生産の分割を一般的分業、これらの生産部門の種や亜種への区分を特殊的分業、そして一つの作業場のなかでの分業を個別的分業と呼ぶことができる。〉(全集23a460-461頁)

 さて〈本質的に別な側面がある〉というのであるが、何を考えているのかよく分からない。マルクス自身は社会の中での分業と一つの作業場内での分業(マニュファクチュア的分業)との本質的な違いについて論じているが、しかしそれをここで論じてもしょうが無さそうので、まあ触れないでおこう。ただ前もって指摘しておくと、林氏がここで〈本質的に別な側面〉ということで何を言わんとしているかは――それは分業を口にしながら、その実、社会的分業では分業の物質的条件を無視することができると思い込むことなのだが――おいおい分かることである。

●〈ロビンソンと資本主義的社会(一般に、発達した共同体社会)の違いは、ロビンソンの場合、彼個人の必要労働の分割として現れることが、発達した社会では多くの労働者の社会的な分業として現れ、そうした形で社会全体の生産物の生産に必要な労働の分割が、配分がなされる――そしてそれに対応して、消費手段の「分配」も可能となる、といってもここでは、資本主義と社会主義の場合、一つの根本的な区別が生じるのだが――ということだけである。〉

 林氏はここで〈資本主義的社会(一般に、発達した共同体社会)〉と書いているが、果たして〈資本主義的社会〉を〈発達した共同体社会〉と同じと見ているのか、これは概念の混乱ではないだろうか。資本主義社会は決して共同体社会ではない。資本主義社会はそれ以前の共同体的組織の残滓を徹底的に分解して登場するのであり、だからむしろその対局に位置するものである。もちろん、資本主義社会も国家によって総括されており、国家には抑圧的側面と共同的側面があるというなら、そのとおりである。また〈ロビンソンの場合、彼個人の必要労働の分割として現れる〉とあるが、どうしてこんなところに「必要労働」などいう概念が出てくるのか皆目わからない。林氏は最後に〈ということだけである〉というが、要するにここで言われていることは、分業だけを問題にするなら、という限定がつく。そこに林氏はゴチャゴチャと余計なものを差し込んでいる。要するに、ロビンソンでは個人のさまざまな諸機能として現われるものが、社会的分業では、それがさまざまな個人によって担われ、よってそれらの労働の社会的な関連が問題になるということであろう。資本主義社会では、労働生産物の、すなわち商品の交換を通じて労働の社会的関係は事後的に実現され、貫かれるのに対して、社会主義では自覚的・意識的に労働は前もって直接社会的に互いに結び合って、自分たちの労働を支出するということである。林氏の説明ではそこらあたりがゴチャゴチャになって区別がハッキリしないようになっている。林氏は〈資本主義と社会主義の場合、一つの根本的な区別が生じる〉というのだが、上記のような違いが本当に分かっているのかは疑問である。

●〈ロビンソンの場合で言うと、例えば彼は生きて行くために、毎日、6時間は魚を捕るための道具を作り(一般的に言うなら、生産手段の生産である)、またさらに3時間は川や海に出て漁猟に従事し、かくして生活し、生きていくために10匹の魚を捕った(消費手段の生産である)としよう。彼の一日の労働量は9時間である。
 他方、同じ環境と条件のもとに、9人の共同体社会があり、毎日――つまり9時間――6人が魚を捕るための道具を作ることに専念し、他方、残りの3人も9時間、魚を捕ることに専念し、こうした社会的な分業のもとに90匹の魚を捕ったとしよう。〉

 ロビンソンが道具の生産に費やす労働時間はやや多すぎないかと思うのであるが、まあそこらあたりはあくまでも一つの想定だからよいとしよう。
 しかし林氏が〈9人の共同体社会〉について述べていることには問題がある。なぜならこれでは社会的分業の物質的条件が無視されているからである。社会的分業というのは、それぞれの労働の具体的内容が問われ、その社会的関連が問われるのである。魚を捕るためには、道具が必要である。だから魚を捕るためには、その前にまず道具を作る必要があり、だから両者は同時には開始できない。こんなことは子供でも分かる道理である。少なくとも例え一つの道具を作るためだけでも、それには時間が必要である。その道具を作るまでの間、獵をする人たちはどうするのか、ただボーと待っているだけなのか。それとも道具なしで漁をするのか。こうした子供でも分かる道理が林氏には分かっていない。林氏の想定では、社会的分業とは何かが全く分かっていない人の勝手な空想があるだけである。しかし物質的条件は、“分業”という呪文と空想力によっては飛び越えることは出来ないのだ。

●〈結果として、二つの場合とも、1人当たりの魚は10匹であり、人々が生活し、生きていくために支出した労働量も同じである。違いは総労働量が1人によって担われたか、9人によって分割され、分業によって担われたかということだけである。9人の共同体の場合は、6人は道具しか作らず、魚を捕ることには直接には何ら関係がなかったにもかかわらず、それぞれ10匹ずつの魚に対する分配を受けることができるが、それは彼の道具を作る労働が魚を捕る労働と「質的に」同一であり、従って総労働の中での比重に従って魚の分配を受けることができるからである。彼の道具を作る労働の3分の1は、労働時間で評価するなら、事実上魚を捕る労働であるが、他方、魚を捕る3人の労働の3分の2は事実上道具を作るための労働である。「価値規定による分配」とは、基本的にこうした内容によって理解されなくてはならないのである。〉

 林氏は〈6人は道具しか作らず、魚を捕ることには直接には何ら関係がなかったにもかかわらず、それぞれ10匹ずつの魚に対する分配を受けることができるが、それは彼の道具を作る労働が魚を捕る労働と「質的に」同一であり、従って総労働の中での比重に従って魚の分配を受けることができるからである〉というが、決してそうではない。それは道具を作る労働も魚を捕るための労働の一環であると言えるからそうなるのである。共同体内のすべての労働は前もって社会的に結びついており、道具を作る労働も魚を捕るための労働の一環であることが全体で前もって分かっているから、同じ量の人間労働か支出されている限りで、同じだけの分配を受ける権利が認められるのである。質的に同じというのは、ただそれらが人間労働の支出として労働時間に還元される限りで言えることであって、商品経済のように、彼らの労働が私的なために、質的同一性に還元されることによって初めて社会性を獲得する必要があるというような関係にあるわけではない。林氏は共同体社会ではすべての労働が直接社会的に結びついているという肝心なことを見逃しているのである。彼らは共同体社会に生活しており、だから彼らの労働は前もって直接社会的に結びあっている。だからその彼らの労働を評価するのに「価値」などを持ち出す必要は全くないのである。
 共同体社会では、次のように考えるだろう。まず9人の構成員が生活するためには一日に90匹の魚が必要である。そして90匹の魚を捕るためには、まず道具が必要であり、だからまず道具を作らなければならない。そしてその次には、その道具を使って90匹の魚を捕るのである(もちろん、道具は一日の漁ですべてダメになって毎日また作らなければならないという想定はおかしいではないか、と思うかも知れないが、確かにおかしいが、それは林氏がそう想定しているのだから、私の責任ではない)。だから9人の構成員が各自毎日9時間働くとしてその総労働時間81時間を如何に分割するかということが問題となる。何度も確認するが(というのはこの子供でも分かるようなことが分からない人がいるから敢えていうのだが)、漁をするためにはまず道具が必要である。だからまず道具の生産を行う必要があると考えるのが正常な人の考えである(林氏だけがその奇妙な頭でそうした物質的な条件を無視できると考えている)。道具を作るためには9人で5時間かかる。すなわち延べ45時間である。そして道具が出来たら、それを使って漁を行うのだが、それにはやはり9人全員で4時間かける。延べ36時間。合計81時間。そして90匹の魚を得る。彼らは最初の道具を作る労働も、実際に漁をする労働もすべて90匹の魚を捕るための労働だと考えるであろう。だから90匹の魚を捕るために共同体社会は全体で81時間の労働を要したのである。
 そもそも林氏は社会的分業などというが社会的分業の何たるかを知らない。社会的分業のためには、労働の具体的内容がどのように社会的に結びついているかが問われるということを知らないのである。だから林氏の想定ではそもそも社会的分業になっていないのである。林氏は「事実上」という言葉で、結局、社会的分業そのものを「事実上」無視している。結局、各人が一人一人道具も作れば、漁もするというようになってしまっている。つまり私の想定と同じである。社会的分業などといいながら、その物質的基礎を無視するなら、幾らでも勝手なことが考えられるのである。
 これは林氏が再生産表式をただ流通過程の問題だと考えるのと軌を一にしている。「再生産」という言葉で表されるように、それは単なる流通過程だけの問題ではなく、社会的な「生産」が繰り返し(「再び」)行われるための物質的条件(マルクスは草稿では「実在的諸条件」と述べている)も考察の範囲に入ってくるのである。部門 I と部門IIに分けられることがすでに社会的分業の二大部門を表しているが、それは両方の生産の物質的な条件(だからそこで生産される生産物の使用価値)によって区別され分類されるのである。そしてそれらが社会的に如何に関連し補填し合うかを考察するということは、それらの物質的な関連(つまり「実在的諸条件」)が問われるということなのである。そうしたことが林氏にはまったく分かっていないのである。

●〈つまり我々が、社会主義社会における(搾取が廃絶され、労働の解放が勝ち取られた後の)、消費手段(=消費財)の分配のもととなる生産物(ここでは消費手段)の「価値規定」の概念とは、簡単に言えば、次のようなことであるにすぎない。
 共同体の9人の構成員が、9労働日の総労働によって獲得された90匹の魚を、みなそれぞれ――生産手段である道具を作った人たちも、消費手段である魚取りに従事した人たちも――平等に1人10匹ずつ分けると言うことは誰の目にも単純で、当然のこととして現れる。それはロビンソンが1人で道具をまず作り、それから魚取りに取りかかって10匹の魚を手にしたのと同じことにすぎないのだが、「過去の労働」とか、その「移転」とかいったドグマに取り付かれた人々(つまりブルジョア諸君たち)には、この簡単な真実に目が行かないのである。〉

 注目! ここで林氏は〈道具をまず作り、それから魚取りに取りかかって〉(下線部分に注意)と延べている。つまりロビンソンの場合にはこうした関係がどうしようもないことが林氏にも分かるのである(子供でも分かる道理であるが)。道具をまず作らないと魚取りはできないというありふれた事実、頑固な客観的な物質的条件を林氏も認めざるを得ない。ところが分業になると途端にそのことを忘れることができると林氏は考えている。何という浅はかさであろうか。
 林氏は〈共同体の9人の構成員〉の場合もロビンソンの場合も、同じであり、〈「過去の労働」とか、その「移転」とかいったドグマに取り付かれた人々(つまりブルジョア諸君たち)には、この簡単な真実に目が行かないのである〉というが、果たしてそうか。ロビンソンの場合を考えてみよう。彼は〈道具をまず作り〉、〈それから〉その道具を使って魚捕りをした。この場合、道具を作った労働は魚捕りをする段階では「過去の労働」ではないのか。少なくとも魚捕りをする生きた労働からみれば、それは過去の労働である。もちろんロビンソンは道具を作る労働も、魚捕りの労働もすべて魚を捕るための労働だと考えているので、道具の作った過去の労働が移転するなどとは考えない。なぜなら、道具を作る労働も、初めから魚をとるためであることはロビンソンの目的意識のなかでハッキリと位置づけられているからである。だから彼は、道具を作った労働時間と魚を捕った労働時間のすべてを、魚を捕るためにかかった労働時間と考えるからである。しかし、いうまでもないことだが、ロビンソンにとって、道具は〈まず〉作られる必要があることぐらいは分かっている。それは自然の摂理とでもいえるものである。ところが林氏は分業になると途端に魚をまず取り、それから道具を作るというようにその順序などはどうでもよいと考えることができるのである。

●〈この共同体では、3人が90匹の魚を捕ったのだが、1人当たり30匹ではなく10匹しか家庭に持ち帰ることしかしないのだが、それは90匹の中には、道具を作った人々の労働も含まれているからであり、従って残りの6人もまた10匹ずつ受け取る当然の資格があるからである、というのは6人もまた、3人と同じ質の抽象的な人間労働を、社会的な分業によって担ったからである。3人の労働の3分の2は、実質的に(「価値規定」としては)道具を作る労働であり、またその3分の1だけが魚を取る労働であったのは、6人の労働の3分の2が道具を作る労働であり、3分の1が実質的に(「価値規定」としては)魚を捕る労働であったのと同様である。〉

 9人の共同体員は、全員で彼らが生きていく上で必要な90匹の魚を捕るために、互いに共同し目的意識的に労働する。もし林氏がどうしても分業に拘るなら、分業でそれをやったとしよう。この場合、彼らが90匹の魚を平等に分け合うのは、決して彼らの労働が〈同じ質の抽象的な人間労働を、社会的な分業によって担ったから〉ではない。彼らの労働が魚90匹を捕るという目的意識において共同して行われ、最初から直接社会的に結びつけられて支出されたからであり、また各人が同じ9時間の労働を担ったからに他ならない。重要なのは彼らの労働が90匹の魚を捕るという共通の目的のもとに直接社会的に結びついているということである。
 もちろん、ここでも林氏は、分業の何たるかが分かっていないといわざるを得ない。なぜなら、分業でまず問われるのは、抽象的な人間労働ではなく、むしろ具体的な有用労働だということである。抽象的な労働としては、ただ労働時間を問題にする限りで問われるに過ぎない。
 そもそも分業とは何か、さまざまな労働が社会的にか、あるいは一つの作業場内においてか、互いに関連づけられて支出されるということである。そこで問題になっているのは、その関連付けられる人間労働の具体的な形態である。誰がどういう労働をするのか、それに対して誰がそれと関連する別のどういう労働をするのか、すべてこれらは具体的な有用労働の問題なのである。社会的な分業を問題にしながら、具体的な有用労働が何の問題にもならないと考えているところに林氏の無理解が横たわっている。
 林氏の想定は、道具を作る労働と魚を捕る労働との社会的な関連をまったく無視した話である。ロビンソンも知っているように、つまり林氏もロビンソンの例を持ち出す時はそう前提せざるを得なかったように、魚捕るためには道具が必要である。だからまず道具を作り、その後で魚を捕ることができる。この客観的な物質的な関係は誰も無視することは出来ないということ。だから例え社会的に道具を作る労働と魚を捕る労働とを分割して、分業として取り組むにしても、そうした物質的条件を無視した分業はまったく成り立ちようがないということ、それを林氏はまったく理解していないのである。(続く)

2015年6月18日 (木)

現代貨幣論研究(5)

                             金廃貨論者(林紘義)にとって不都合な事実

 林紘義氏は、以前、インフレーションを特集した『プロメテウス』第48号を紹介した記事(『海つばめ』1001号4面)の中で、田口騏一郎氏が、「インフレとは何か――マルクスの理論に学ぶ」という巻頭論文で、「インフレとは価格の度量標準の事実上の切り下げによる物価上昇」であると規定したことを批判して、次のように書いた。

 〈そもそもインフレとは、貨幣が流通手段の機能において自立化し、ついには紙券化し、その結果として流通において減価する現象である。金本位制の廃絶を必ずしも前提はしないが――というのは、金本位制が一時的に停止されていた時代にもあり得たから――、しかし現代のように金本位制が廃絶されている時代に特有なものであり、現代の「管理通貨制度」のもとにおいて一般的に発展するのである。つまり、貨幣が廃絶され、一般的に紙券に取って代わられている時代を前提とするのである。
 そんな貨幣が実際上存在しない社会において、貨幣の価値尺度機能や「価格の度量標準」機能を問題にすること自体、奇妙な試みに見える。〉
 〈20世紀も後半、資本主義の矛盾が異常に深化してきた結果として、貨幣はすでに流通から姿を消したのであり、そのかぎり“正常に”機能する条件を失っているのである。だからこそ、インフレといった“非正常な”事態がしばしば――あるいはほとんど恒常的に――生まれ、発展するのである。
 現代資本主義とは、この限り、“非正常”が正常とも常態ともなった資本主義、まさに崩壊し、死滅しつつある資本主義であり、そのことはいわゆる世界中に腐敗をまき散らす“ドル支配”にも、諸国家の通貨の絶えざる減価の中にも、あるいは国家の無政府的な財政・信用政策も――したがって、財政や国家信用の解体状況にも――余りにはっきり現われているのである。
 そんな時に、商品の価格表現に関するいわば“技術的な”理屈を持ち出すのは、いずれにせよ、ひどく矮小で、ピントはずれにしか見えないのである(もちろん、「価格」の科学的な意味を説明し、しかも現代資本主義にあっては、商品価値の貨幣による価格表現も正常的には行われない、ということを言う意味でなら、貨幣に価値尺度機能や度量標準機能について語るなら、それなりの意義もないことはない。しかしそれは、積極的にインフレを規定し、説明することとは別の課題としてなされるべきであろう)。
 それに、いま一体、円が金の何グラムを表し、それが何グラムになったからインフレが何%進んだ、などと言えるのか、いかにしてそれを確定できるのか。
 もちろん、金市場から逆算すれば、円は金のいくばくに値すると言うことはできるかもしれない、しかしそんなことをして、どんな意味があるというのであろうか。そんなことをしてインフレを説くなら、“金価格”ではなく、他の任意の商品の価格を持ち出しても全く同じことであろう。〉(『海つばめ』1001号)

 林氏の理解では、金本位制が崩壊するということは、金がもはや貨幣ではなくなることであり、〈貨幣が廃絶〉されたことを意味するらしい。これを読めば、私だけではなく、誰が読んでも、林氏は金廃貨論者だと断じるだろう。
 もっとも私は先には林氏は「おどおどとした臆病で姑息な金廃貨論者」だとも指摘した(現代貨幣論研究(4)参照)。それは今回も確認することができる。例えば『資本論』で明らかにされている商品の価格表現を、現代資本主義にあっては単なる〈“技術的な”理屈〉でしかないとする一方で、それでは少し言い過ぎだと考えてか、括弧に入れて〈もちろん、「価格」の科学的な意味を説明し、しかも現代資本主義にあっては、商品価値の貨幣による価格表現も正常的には行われない、ということを言う意味でなら、……それなりの意義もないことはない〉などとも付け加えている。つまり一方で否定しながら、他方ではそれを肯定して、あいまい模糊としたものにして誤魔化す、これが姑息な林氏の常套手段なのである。
 もっとも今回の括弧入りの説明文は、一見すると『資本論』の貨幣論を肯定しているかに見えるが、しかしよくよく読むと必ずしもそうではないことにも気付く。確かに今回も一見すると『資本論』の価格理論は〈「価格」の科学的な意味を説明〉するものであるかに述べているように思わせてはいる。しかしよく読むと、それはあくまでも〈現代資本主義にあっては、商品価値の貨幣による価格表現も正常的には行われない、ということを言う意味で〉なら、と限定付きであり、それに限るなら〈それなりの意義もないことはない〉という婉曲な言い回しなのである。つまり『資本論』の価格理論が「科学的」だと認めているわけ決してないのである。なぜなら、もしそれが本当に科学的だというなら、それが資本主義的生産様式のなかに深く貫く法則を解明したものだというなら、どうしてそれでもって現代資本主義の商品の価格表現を説明できないであろうか。〈現代資本主義にあっては、商品価値の貨幣による価格表現も正常的には行われない〉というなら(林氏は別のところでは現代資本主義では商品の価格は無害念になるとまで述べているのだが)、それはそもそも『資本論』の価格理論では現代資本主義における商品の価格の説明は不可能だということであり、だから『資本論』の価格理論などは科学にも値しないということでしかない。そしてこれこそ林氏の本音なのである。しかしそれをアケスケに林氏は語ることはしない(出来ない)のである。何とも姑息で卑怯な金廃貨論者ではある。

 ところで林氏が現代の資本主義においてはもはや金は貨幣ではなく、〈貨幣は廃絶〉された、と主張する根拠として述べているのは、〈貨幣はすでに流通から姿を消した〉からだという。つまり林氏にとっては貨幣イコール流通手段なのである。だから流通手段として商品流通から姿を消した金は、もはや貨幣ではないというのである。だからまた貨幣の価値尺度機能や度量標準機能も怪しげなわけのわからないものにならざるをえないわけである。だから商品の価格というものも無概念になる。
 しかしこれは何度もいうが、貨幣を古典派経済学のレベルで捉えることでしかない。『資本論』の第1章を何度も繰り返し研究せよと人に説教を垂れる御仁の『資本論』理解というのはこの程度のものなのである。何とも人をバカにした話ではないか。
 
 林氏は次のようにも述べている。

 〈もちろん、金市場から逆算すれば、円は金のいくばくに値すると言うことはできるかもしれない、しかしそんなことをして、どんな意味があるというのであろうか。そんなことをしてインフレを説くなら、“金価格”ではなく、他の任意の商品の価格を持ち出しても全く同じことであろう。〉

 林氏には金の円価格やドル価格こそが、商品流通の現実に規定されて、円札やドル札がどれだけの金を代理しているのかを示しているものであることが分かっていない。林氏には金の購入も、他の商品、例えばリンゴやパソコンの購入とおなじに見えるのである。しかしこれもすでに述べたが、こうした理解はただ目におえる現象に囚われ、直接的な表象として捉えられる仮象に騙されているのである。考えてもみたまえ、金の購入者はそれを何らかの工業材料として購入する人はともかく、多くの人はそれを消費するために購入するのではない。それを確かな貨幣財産として彼らは購入するのである。だから金の購入というのは一つの仮象なのである。それは決して商品の売買ではない。それは流通貨幣を本源的な蓄蔵貨幣に転換しているのである。しかしまた、まさにこうした金の売買という仮象こそ、金が依然として貨幣であることをわれわれに示しているのである。

 ところで林氏の主張を直接批判をするのが今問題なのではない。林氏が金廃貨論者であることをとにかく確認するために上記の説明が必要だったのである。問題は、《金廃貨論者(林紘義)にとって不都合な事実》とした表題の内容である。

 実は最近興味深い記事を目にした。それは欧州各国の中央銀行が大がかりな金の移送を進めているという記事である。その全文を次に示しておこう。

 〈欧州各国の中央銀行が大がかりな金の移送を進めている。安全資産といわれる金を自国外の機関に任せて保管する現状を見直す。5月にはオーストリア中銀が英国から持ち帰る意向を表明した。ユーロへの不信感やテロに対する警戒心に世界情勢の変調が重なるなか、金塊が飛行機に乗って相次ぎ“帰国”する。
 ニューヨーク連銀の地下には各国中銀から預かった金塊が積まれる。丈夫な保管庫には2012年時点で53万本の金塊があった。重さは約6700トン。世界の年間個人総消費量の2倍超に当たる。映画「ダイ・ハード3」ではテロリストがここから金塊を強奪するエピソードが描かれている。
 昨年10月末、米連邦準備理事会(FRB)の元議長、グリーンスパン氏がニューヨークで講演した。同じ頃に終了したFRBの量的緩和について「有効需要を喚起できなかった」と評したうえで「金は政策的に保有する価値がある」と語った。
 翌11月、ニューヨーク連銀の保管庫から50トン近くの金塊が引き出されていた。09年以降、ほとんど動きがなかった保管庫の金塊は14年から減りだした。これまでにドイツが85トン、オランダが122トンを回収したことが明らかになっている。
 ドイツは20年末までにニューヨークから計300トンを運ぶ。保安上、移送の詳細は非公表だが、ニューヨークからだと空路になる。飛行機で運べる金は多くても1度で3トンが限界だ。100回以上にわたって大西洋上を金塊が飛ぶことになる。
 280トンの金を保有するオーストリア。このうち英国で管理する110トンを持ち帰る。各国は移送の事実こそ明かすが、明確な真意は語らない。
 スイスでは昨年11月に金の保有を巡り国民投票が実施された。(1)中銀保有の金を売却しない(2)国外保管の金をスイスへ移す――などが問われた。結局、否決されたが、発端はユーロへの不信感だった。同国はユーロを導入していないが、外貨準備に組み込む。
 金移送ブームについて金融・貴金属アナリストの亀井幸一郎氏は「ユーロの先行きが不透明な状況のなか各国は金を自ら管理しようとしている」と話す。
 日本ユニコムの菊川弘之主席アナリストは「貿易が増えている中国との関係も影響している」と政治的な思惑についても言及する。亀井氏も「(世界が)多極化するなか、米国への依存を解消しようとしているのでは」とつけ加える。
 他国に預ける潜在的なリスクはもう一つある。過激派組織「イスラム国」(IS)を巡る緊張だ。01年の米同時テロでは崩落した世界貿易センタービルの地下に8トンの金塊が保管されていた。当時のニューヨーク商品取引所が準備する金だった。
 全量が無事に回収された今では「有事の金」を語る出来事だが、預ける側からすれば国外のテロで、映画のように金を失うわけにはいかない。
 日本はどうか。日銀は765トンの金を保有する。現在の価値で約3兆6千億円。保安上、保管場所を明らかにしていないが、国内で管理されているといわれる。〉(2015/6/10 23:45日本経済新聞 電子版)

 各国の中央銀行が他国に預けてある金の現物を自国に移そうというのは、それこそが彼らの最後の拠り所であり、自国の信用制度の軸点だと考えるからであろう。こうしたことは信用制度が世界的に発展している現代資本主義においてもまったく変わっていないのである。そしてこれこそ、金が依然として価値の唯一の絶対的な定在であることを何よりも示している。現代資本主義においては「貨幣(金)は廃絶された」と主張する林氏はこの現実を如何に説明するのであろうか。

 マルクスはそれを次のように説明している。

 〈だが,金銀はなにによって富の他の諸姿態から区別されるのか? その価値の大きさによってではない。というのも,これは金銀に物質化されている労働の分量によって規定されているのだからである。そうではなくて,富の社会的な性格の自立した化身,表現として区別される。この社会的な定在は,社会的な富の現実の諸要素と並んで,その外部に,彼岸(Jeneseits) として,物として,物象として,商品として,現われるのである。生産が円滑に進んでいるあいだは,このことは忘れられている。いまや,富の社会的な形態としての信用が,貨幣の地位を押しのけて奪ってしまう。生産の社会的な性格にたいする信頼こそが,生産物の貨幣形態を,ただ瞬過的でしかないもの(たんなる心像),ただ観念的でしかないものとして現われさせるのである。ところが,信用がゆらげば--そしてそういう局面は近代産業の循環のうちにつねに必然的に出現する--,今度は,いっさいの実物の富が現実に貨幣に,金銀に転化されなければならなくなる。だが,この気遣いじみた要求はシステムそのものから必然的に生え出てくるのであり, しかも、この巨額の要求と比べられる金銀のすべては, [イングランド〕銀行の地下室にある数百万でしかない。3) つまり,地金流出の諸結果のうちには,生産が現実には社会的な過程として社会的な統制に服していないという事情が、富の社会的な形態が富の外にある一つのとして存在するという事情が,きわめてどぎつく現われてくるのである。これはじっさい,ブルジョア的システムがそれ以前の諸システムと, これらのシステムが商品取引と私的交換とにもとづいているかぎりでは,共通にもっていることである。しかしそれは,ブルジョア的システムのなかで最も明確に,そしてばかげた矛盾と背理との最もグロテスクな形態で現われる。なぜならば,1)ブルジョア的システムでは,直接的使用価値のための生産は最も完全に止揚されており, したがって富は,ただ,生産と流通との絡み合いとして表現される社会的な過程として存在するだけだからであり, 2)信用システムが発展するにつれてブルジョア的システムは,富とそれの運動とのこの金属的制限を,物的かつ幻想的な制限を,たえず止揚しようと努めながら,またたえず繰り返してこの制限に頭をぶつけるのだからである。〉(《「貴金属と為替相場Jcr資本論』第3部第35章)の草稿について》大谷訳118-119頁、下線はマルクスによる強調)
 
 〈生産が現実には社会的な過程として社会的な統制に服していないという事情、富の社会的な形態が富の外にある一つのとして存在するという事情〉そのものは現代資本主義においても何一つ変わっていないことは誰もが認めることであろう。だから現代資本主義も金属的な制限を決して止揚しているわけではないのである。この現実を見ることができず、ただ現象だけに囚われている金廃貨論者だけが馬鹿げた幻想に浸ることができるだけである。世界の中央銀行が自国の金にしがみつかねばならないほど世界的な信用システムは動揺の時代を迎えつつあるということでもある。これこそ金廃貨論者にとって不都合が現実があるだろうか。今回は引用ばかりで申し訳ないが、こうした紹介も意味のないことではないと信じる。

2015年6月11日 (木)

『資本論』第3部草稿(現行版第5篇)の研究(28-11)

 (2)各パラグラフごとの解読(続き) 


【8】 (ここからは c の検討が始まる)

 〈 c について。2つの流通部面には内的な関連がある(というのは,一方では支出されうる収入の総量が消費の総量を表現しており,商業および生産で流通する資本総量の規模が事業一般の景況,再生産過程の規模と速度とを表現しているからである)にもかかわらず,同じ事情が,2つの機能で,または2つの部面で流通する貨幣総量の量に,またはイギリス人が通貨〔currency〕を銀行用語化して言うところによれば,Circulationの量に,違った作用をするのであり, また反対の方向にさえも作用する。そしてこのことが,トゥックによるCirculationと資本とのばかげた区別に新たなきっかけを与えているのである。(通貨説〔currency theory〕の奴らが2つのまったく別の事柄を混同しているという事情は, これらの事柄を概念の区別として示すのに足りるだけの十分な理由ではけっしてない。)

① 〔注解〕「通貨説」(「通貨原理」) は,1825年の恐慌で始まった,必然的に周期的に反復される恐慌循環にたいするブルジョア経済学の一つの反応であった。「通貨説」の代表者たちは,リカードウの貨幣数量説を直接に引き継ぎ,これを一種の貨幣的景気理論に仕立てあげた。彼らは,ある大きさの基本額を除いて銀行券の発行を,イングランド銀行の貨幣金属準備の額に,したがって本位金属の国際的流出入に結合することを要求したのであって,この要求は,1844年のイギリスの銀行立法で実際に押し通された。このようにすることでそれぞれの銀行券がその額面の言い表しているのと同量の貨幣金属をつねに代表しているということが達成されるのだ,と主張されただけではなかった。実際に銀行券流通は,リカードウが採用した純粋金属流通の諸法則に従わせられたのである。リカードウは,本位金属の輸出入を,貨幣価値と物価とをつねに繰り返して急速にそれらの正常な水準に引き戻す経済的過程だとみなしていた。循環的発展と結びついた物価の騰落は,通貨理論の代表者たちにとっては,恐慌を引き起こす決定的原因そのものであって, 彼らは自分たちの貨幣・金融政策を恐慌回避のたあの有効な手段として採用するよう勧めたのである。「通貨説」の代表者たちは,銀行券の信用貨幣としての性格を否定し,そのことによって,銀行券の発行によって条件づけられた還流を--それが過剰な銀行券発行を妨げ,高い程度で銀行券の価値の安定性を保証するものであるのに--否定した。「通貨説」の実践的適用は,銀行券流通の人為的な制限をもたらし,恐慌を激化させるように作用した。
「通貨説」は,貨幣を窮屈にして金利を高くするという政策によって産業資本家の負担で高い利潤を達成しようとした保守的な貨幣資本家の利益に相応しいものであった。

 ここからは先の三種類の混乱の三つ目、すなわち〈c)二つの機能で流通する、したがってまた再生産過程の二つの部面で流通する通貨(Circulation)の分量の相互間の相対的な割合に関する問題〉の検討が始まる。
 b)では二つの機能--収入の流通と資本の流通という二つの機能--で流通する貨幣の量全体、つまり社会全体の貨幣の流通量が問題であった(だからそれは単純な商品流通上の貨幣総量の諸法則によって規定されるとするだけだった)が、ここでは二つの部面、つまり収入の実現の部面(小売商人と消費者とのあいだの流通部面)と資本の移転の部面(商人と商人とのあいだの流通部面)で流通する通貨の分量の相互間の相対的な割合が問題だとしている。この二つの部面の通貨の分量は、景気循環の局面の変化によって、とくに繁栄局面と反転局面(恐慌時)において、それぞれの部面での通貨の流通量の相対的な割合が変化するのだが、そうした現象の表面的な認識から銀行学派の混乱がまた始まるのだとマルクスの批判が展開するのである。その具体的な分析が以下行われる。

 ただその前に、この c については、最初の二つに比較して、不釣り合いとも思えるほどに長い検討が加えられている。( c の分析は結局、28章の最後まで続いていると考えることもできないことではない)。これはどうしてであろうか?
 それはこの第28章が「貨幣資本(moneyed capital)論」の本論の冒頭に置かれていると最初に指摘したが、それと関連があると推測できる。というのはこれまでの銀行学派の混乱は確かに収入や資本というより進んだ具体的な規定と貨幣の抽象的な規定や機能との混同によって生じるものであったが、今度は本論で問題にする「利子生み資本」という意味での「貨幣資本(moneyed capital)」の具体的な諸形態や運動に直接関わる銀行学派の混乱だといえるからである。だからマルクスはこの c の分析に不釣り合いと思えるほど多くの分析を費やしているのではないだろうか。
 しかしいずれにしても、前置きはこれぐらいにして、とりあえずわれわれはここでも、一つ一つのパラグラフごとに平易に解説していくことを心がけよう。以下はその平易な書き下しである。

 〈次は最後の c である。アダム・スミスが指摘し、銀行学派がそれを受け継いでこだわっている二つの流通部面、すなわち商人と消費者との間の流通と、商人と商人との間の流通、あるいは彼らの言う「収入の実現」と「資本の移転」という二つの流通部面のことだが、この二つの間には内的な関連があるのは当然である。一方では支出されうる収入の総量が消費の総量を表しており、他方の商業や生産部面で流通する資本総量の規模が事業一般の景況、再生産過程の規模と速度とを表現しているからである。消費が活発になるのはやはり景気のよい時で、それが落ち込むのは不景気の時だというのは誰でもわかる道理である。
 しかし両部門で流通する貨幣の総量が同じような動き方をするかというと必ずしもそうではない。同じ事情(例えば好景気や不況という事情)が、二つの部面で、あるいは二つの機能で流通する貨幣総量に、違った作用をするのである。それはイギリス人が通貨(カレンシー)を銀行用語化して言うところの、いわゆる「通貨」(サーキュレイション)の量に、違った作用をするのであり、むしろ反対の方向にさえも作用する。
 そしてこのことが、トゥックによる「通貨」と「資本」とのばかげた区別に新たなきっかけを与えているのである。
 (通貨説の奴ら--通貨学派--は、金貨幣と銀行券というある意味では二つのまったく別の事柄--なぜなら一方は単純な商品流通における貨幣なのに対して、他方は発達した資本主義を前提とする信用制度のもとで流通する本来の信用貨幣であり、それは手形流通に立脚しているのだから--を混同しているのだが、しかしそれを批判する彼ら--銀行学派--が、これらの事柄を正しく概念的に区別しうるかというと、まったくそうではないのだ。間違いを批判したからといって、それだけで正しい回答を引き出せるとは限らないのだ。)〉

 マルクスはここで〈通貨〔currency〕〉とそれを〈イギリス人が……銀行用語化して言う〉ところの〈Circulation〉と言って、この両者を区別しているかである。しかし、日本語に訳せばどちらも「通貨」であり、ここらあたりの違いはなかなかわれわれには判りにくい。しかしこれは恐らく、通貨学派(カレンシー・スクール)に対抗して銀行学派(バンキング・スクール)が通貨を通貨学派を意味する「カレンシー」ではなく「サーキュレイション」と言い換えたことを幾分皮肉を込めてこのよう述べているのだろうと思う。しかしまあこんなところは、分からなくても大したことではないだろう。
 この最後の部分は、全体に括弧を付けて、いわば補足的に述べている。ここは「通貨説の奴ら」、つまり通貨学派の連中が、二つのまったく別の事柄を混同しているが、それを銀行学派が批判したからと言って、彼らが概念的な区別をしていることを示すのに足りるだけの十分な理由では決してない、という幾分回りくどく判りにくい表現になっている。要するに通貨学派を批判する銀行学派も諸概念を明確に区別して、正しい回答を引き出せているわけではないのだ、ということであろう。
 ここで通貨学派は「2つのまったく別の事柄を混同している」とあるが、それについては長い[注解]が参考になるので、それを検討しておこう。

 《長い[注解]の検討》

 この[注解]はMEGA編集部によるものだが、必ずしもわかりやすいものではない。ここではこの[注解]を理解するために若干の補足をしておこう。
 まず通貨説(通貨原理)、あるいは通貨学派とは、1825年の恐慌をきっかけに、周期的に起こる恐慌を如何に防ぐか、防げなくてもその影響を如何にやわらげるかというブルジョア経済学としての一つの対応であった。彼らは〈リカードウの貨幣数量説を直接に引き継ぎ、これを一種の貨幣的景気理論に仕立て上げた〉とあるが、これはどういうことであろうか? 少し説明が長くなるが、ご勘弁を。
 リカードは貨幣数量説的立場に立って国際的な貨幣自動調整論を主張した。彼は一国にある金をすべて流通手段と考え、そして金貨幣をあたかも紙幣と同じように、その流通量によって価値が決まると考えたのである。一国の金が増加してその流通必要量を超えれば、金の価値は減り(だから物価は上昇し)、金の量が減少して必要量を下回れば、価値は増える(物価は下落する)というのである。そしてリカードはもしイギリスの金が流出するということは他の国の金が増えることだが、イギリスから金が流出してその量が減少すると金の価値は高くなり(物価は低くなる)、外国では逆に安くなる(物価は高くなる)、だから金は安い外国から高いイギリスに輸入されてくる(商品は逆に安いイギリスから盛んに輸出され、高い外国商品は輸入しにくくなる)。反対にイギリスの金がその流通必要量よりも多くなると金の価値は安くなり(だから諸物価は上る)、今度は金は流出する(外国商品の輸入が増える)。こうして金は、その量が流通必要量よりもより多いか少ないかによって価値を増減させ、国際的な金の流出入によって国内での流通に必要な適当な量に調節される作用をもっていると考えたのである。(リカードの貨幣数量説については『経済学批判』も参照〔全集13巻147頁以下))。
 通貨学派はこのリカードの貨幣理論を信奉し、これを金鋳貨と紙券(彼らは不換紙幣も兌換銀行券も区別せずに、この言葉で呼ぶと銀行学派は批判している)とが混合して流通する場合にも通用するようにしなければならないと信念する。つまり金の調節機能を働かせるために、紙券の量を制限すべきだというのが通貨学派の主張なのである。だから彼らは金の輸出入に応じて銀行券の発行も調節する必要があると主張した。そうでないと銀行券だけが増えて、通貨総量とその一部を占めるに過ぎなくなった金の量との関連がなくなれば、金のそうした国際的な調節機能が働かなくなると考えたのである。そして過剰に増発された銀行券が通貨の極端な減価をもたらし、金の流出と、恐慌を誘発したり激化させることになると考えたのである。だから銀行券の発行をイングランド銀行にある準備金の量に応じて調節せよというのが彼らの主張であり、それが具体的な政策となったのがピール銀行条例なのである(ピール条例やそれ以後のイングランド銀行についてまた説明する機会があるだろう)。
 [注解]で以下説明していることはほぼ上記の内容である。彼らは銀行券が信用貨幣であり、国家紙幣とは異なることが分からず、兌換銀行券も不換紙幣もいっしょくたに「紙券」と呼んで、銀行券が過剰発行されることが問題だと主張し、それが通貨の極端な減価をもたらし恐慌を激発させると主張したのである。
 だからマルクスが言っている「2つのまったく別の事柄」というのは、本来の信用貨幣としての銀行券の流通と金属貨幣の流通という「まったく別の二つの事柄」を同じものとして見たということであろう。なお同じようなマルクスの言及が【31】のパラグラフ--大谷テキスト246頁の下から5行目以下--にもある。

 《追加補足》

 【マルクスは1851年2月3日付けエンゲルスへの手紙で、このリカードの学説とロイドなどの通貨学派の通貨理論について次のように説明している。(マルクスの強調箇所の傍点は太字に変えてある)

 〈リカードをはじめロイド氏やその他もろもろの連中の理論とは次のようなものだ。
 この国に純粋金属流通が行なわれていると仮定しよう。もしそれがこの国で過剰になれば、物価は上昇し、したがって商品輸出は減少するだろう。外国からこの国への商品輸入は増加するだろう。こうして輸入は輸出を超過するだろう。つまり貿易収麦は逆になる。為替相場も逆。正貨は輸出され、通貨は収縮し、商品価格は下落し、輸入は減少し、輸出は増加し、貨幣は再び流入し、要するに事態はもとどおりの均衡に復するだろう。
 必要な変更を加えれば、逆の場合も同様だろう。
 このことからの教訓。紙幣は金属通貨の運動に倣わなければならないのだから、つまり、他の場合には自然的な法則であるものに代わって紙幣の場合には人為的な調節が行なわれなければならないのだから、イソグランド銀行は、地金が流入するとぎには発券高をふやさなけれぽならない℃(たとえば国債や大蔵省証券などの買い入れによって)、地金が減少するときには手形割引の縮小や政府証券の売却によって発券高を減らさなければならない。そこで、僕が言いたいのは、イングランド銀行はこれとは反対に行動しなければならないということ、すなわち、地金が減少するときには手形割引をふやし、地金が増加するときには手形割引を普通の調子でやっていかなければならないということだ。そうしないと、近づきつつある商業恐慌を不必要に激しくすることになる。だが、これについてはまた別の機会に。
 ここで僕が論じたいのは、問題の根本に関することだ。つまり、僕は次のように言いたいのだ。純粋な金属流通の場合にも、その数量やその膨張収縮は、貴金属の流出入や貿易収皮の順逆や為替相場の順逆とはなんの関係もない。といっても、実際にはけっして現われないが理論的には規定でぎる極端な場合は別としてのことであるが。トゥックも同じことを主張しているが、彼の一八四三-一八四七年についての『物価史』のなかには証明は見つからなかった。
 ごらんのとおり問題は重要だ。第一には、全通貨理論がその根底において否定される。第二には、信用制度が恐慌の一条件だとはいえ、恐慌の経過が通貨と関係をもつのは、ただ、一八四七年のように通貨調節への国家権力の気違いじみた干渉が当面の恐慌を激化させることがありうるというかぎりでのことだ。〉(国民文庫『資本論書簡』①83-85頁、全集154頁)】

2015年6月10日 (水)

現代貨幣論研究(4)

                 友人への手紙(メール)

  (以下の文書は、2008年にアメリカ発の世界的な金融恐慌が発生するという状況を受けて、急遽開かれたマルクス主義同志会の関西セミナーの直後に、亀仙人が同じく参加した友人に宛てて書いたメールという形式で、このブログの「現代貨幣論研究」のテーマに合わせて書いて、アップしようとしたものの、当時は、まだ同志会の会員だった手前、公然と、同志会の代表を批判する文書を公表することがためらわれ、掲載を見送ったものです。しかし同志会を離れた今は,公表をためらう理由もなくなったので、それをそのまま復活・掲載しておくことにしました。執筆は2008.12.3。)

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 先日、私はあるセミナーに参加する機会があった。それは今日の世界的な金融危機をテーマに取り上げたものであったが、そこでの議論について、同じく参加した友人とメールで少し話し合う機会があった。その内容の一部が、丁度、この「現代貨幣論研究」のテーマに合致するので、その部分を紹介しておこうと思う。以下は、私が友人に送ったメールである。

 Kさん

 Kさんは報告者の林(紘義)氏にインフレをどのように捉えているのかよく分からないと質問されていました。(注:林氏がそのとき報告したレジュメのタイトルは「ドル帝国主義と世界インフレへの道--再び三度激動の時代へと進む世界資本主義」というものでした。) しかし林氏はまともに答えませんでした(「答えられない」というのが本当なのですが)。Kさんの疑問は当然のことだと思いました。というのは林氏にはインフレの概念がないからです。というよりインフレの科学的な概念を投げ捨ててしまっているからです。

 林氏がインフレの概念を投げ捨てたのは、『資本論』の貨幣論を事実上投げ捨てているからです。林氏は隠れた金廃貨論者なのです(というよりおどおどとした臆病で姑息な廃貨論者なのです)。しかし林氏が“臆病な”金廃貨論者であるのは、ある意味では当然なのです。金廃貨論を唱えることは、労働価値説を放棄し、マルクス主義を投げ捨てることに通じるからです。そんなことを大胆に“マルクス主義”同志会の代表を名乘る林氏が主張できるはずはないでしょう。

 社会主義労働者党を解党してマルクス主義同志会というグループに強引に移行を押し進めた時に、林氏は、労働価値説の重要性を強調し、『資本論』の第一章を繰り返し学習するよう説教したことをご記憶でしょう。ところが、その張本人が、コッソリと自分では労働価値説を投げ捨て、『資本論』の貨幣論を“抽象物”として棚上げしてしまっているのですから、これは全国の同志に対する裏切り行為以外の何ものでもないのです。だから林氏は、それを“公然”と語ることができないのです。

 もっとも林氏もセミナーでは、「金は“潜勢的”には貨幣だ」などとも言っていました(「“潜勢的”というのは、私(亀仙人)との違いを示すためにいうのだが」という補足説明もわざわざ付け加えていましたね)。これはどういうことかというと、国家が破滅し、円やドルの銀行券が信用を失えば、あるいはドル圏や円圏という形で世界市場がブロック化すれば、金が流通しはじめる可能性や国際的な決済に金が輸出入される可能性まで否定できないと考えているからです。だから「“潜勢的”には貨幣だ」などという折衷的な立場をとって誤魔化そうとしているのです。しかしそんな折衷的な立場では誤魔化しは効きません。なぜなら、そういうことは国家が破綻しないかぎりは、金は貨幣ではないということでもあるからです。つまり林氏は、そうした折衷的立場で、実際は、現代の資本主義においては、自分は金廃貨論の立場に立つのだ、それが正しいと考えているのだ、ということを表明していることになるからです。

 林氏がこうした金廃貨論の立場にたつのは、『資本論』の貨幣論を不十分にしか理解していないからです。『資本論』の第一編(第一章ではなく)を何度も繰り返し学習しなければならないのは、実は林氏本人なのです。

 林氏は「金は流通していないから貨幣ではない」などと言いました。しかしこれは貨幣を古典派経済学のレベルで捉えることです。リカードは貨幣を流通手段としてのみ理解していたから、金の輸出入と流通貨幣の増減とを直接結びつけ、貨幣数量説の立場をとりました。林氏の理解はこれ以上ではありません。

 確かに金は通貨(つまり広い意味での流通手段)としては流通していません。しかし、蓄蔵貨幣としては“立派に”通用しているのです。セミナーでも言いましたが、金を購入する人は決して金を消費するために購入するわけではありません(もちろん金を工業材料として購入する場合は話は別ですが)。だからそれは単なる商品の購入とは違うのです。それは実際は、流通貨幣を蓄蔵形態(本源的な)に転換しているのです。だから金は蓄蔵貨幣としては今日でも立派に通用していることは明らかなのです。そしてそのことは金は依然として貨幣であることを示しているのです。

 実際、金貨が流通していた古い時代においても、鋳造価格(これは国王が決めた)と一緒に金には市場価格がありました。金本位制の時代でも、銀行券の度量基準(これは国家が決めた)とともに金の市場価格があったのです。そして常に金の市場価格こそが実際の金の価格標準を示していたのです。だから鋳造価格は、時代の変遷とともに変化し、最初はポンドは銀の重量単位と一致していたのが、やがてそれは重量単位とは分離して行ったのです。また、戦争などで、銀行券を増発し、金の市場価格が高くなりすぎると、あるいは金の海外への一方的流出が生じると、時の政府は金本位制を停止せざるをえなかったのです。

 だから今日でも金の円価格、あるいは金のドル価格(それらの逆数)こそが円やドルの度量基準を表しているのです。例えば、今、金1グラムは2500円ほどしています。ということは、1万円札は4グラムの金量を代理しているのです。だから1万円の腕時計の価値は、金4グラムに相当するのです。だからわれわれが『資本論』で学んだ貨幣論は決して“抽象物”でもなんでもなくて、われわれの目の前の現実そのものなのです。

 もちろん、金価格は、今日の不換制のもとでは常に変動していますが、しかし金本位制のもとでも変動という点では同じなのです。ただ本位制下では兌換制によってその変動が法定の度量基準に常に戻される力が作用するのに対して、不換制下ではそれが働かないということにすぎません。しかしそのことは度量基準がないことを決して意味しないし(変動するということは、無いということと同じではありません)、ましてや流通必要金量の概念も意味がなくなったなどということではないのです。こうしたことが林氏には理解できていないのです。だからインフレも概念的に捉えることができない(というよりそれを放棄した)のです。

 林氏はセミナーで、「『資本論』の貨幣論は抽象的には正しいが現実を説明するには役に立たない」などと言いました(以前、機関紙『海つばめ』の記事で平岡正行氏も同じようなことを言っていましたが、あれは林氏の意見をどうやら受け売りしたようですね)。あるいはまた、「『資本論』の貨幣論は現代の通貨を無概念化しないためには必要だが(私は『資本論』の貨幣論はそんな便宜的なものか、とも批判しました)、現実の通貨を論じるために持ち出すべきものではない」などとも言いました。

 しかし考えてもみて下さい。現代の通貨を『資本論』の貨幣論から説明できず、『資本論』の貨幣論を“抽象物”に棚上げして、どうして今日の通貨を概念的に捉えることができるでしょうか。『資本論』の貨幣論から今日の通貨を(円やドルを)論理的に展開して説明してこそ、それらを概念として捉えたといえるのであって、一方を“抽象物”に祭り上げ、現実を説明するのには役に立たない、むしろ混乱させるだけだ、などという人が、今日の通貨を概念的に捉えることなどできるはずは無いのです。

 だから林氏の最近の「現代通貨論」や「インフレ論」もすべて無概念なのです。ただ現象を現象のままに敍述する、いわゆる俗流的立場に立つしかないのです。最近の林氏の論文やレジュメはその点では酷い代物にますますなっています。

 まあ、書きだせば切りがないので、これぐらいでやめますが、こうした調子ですから、もし私が『海つばめ』に投稿するとなると、大論争が持ち上がらざるをえません。だから当面は“音無しの構え”でいるつもりなのです。

 もう一つ、セミナーでも指摘しましたが、林氏のレジュメは、「通貨」と「貨幣資本〔moneyed Capita〕」との混同も依然として酷いものだったのですが、これについてはまた別の機会があれば論じたいと思います。

 それでは、これぐらいで失礼します。

2015年6月 9日 (火)

林紘義著『変容し解体する資本主義』批判ノート(2)

 林 紘義 著 『変容し解体する資本主義』 批判ノートNo.2

《序にかえて》 (続き)

 〔二〕

 ここでは「国際通貨体制」の問題についての著者の基本的な観点、立場が述べられている。だから当然、それを問題にする限りにおいて、それらの誤りを基本的に明らかにして行かなければならない。著者は次のようにはじめている。

 〈現在では、すでに戦後構築されたままのIMF体制(International Monetary Fund “国際通貨基金"の体制)は過去のものである。ドルと金との結びつきは断たれたままであり、また「固定平価」の制度は「変動相場制」--それが実際にどんなに"管理"されていようとも--に移ってしまっている。〉(2頁)

 このように著者はIMF体制は過去のものだ、なぜなら〈ドルと金との結びつきは断たれたまま〉だからとどうやら考えているらしい。〈ドルと金との結びつき〉というのはいわゆるIMF体制のドルと金との交換を前提にした固定相場制のことを考えているらしい、それが1971年の金・ドル交換停止によって、〈結びつきは断たれた〉というのである。確かにこれはブルジョア経済学者だけでなくマルクス経済学者などにも一般に普及している認識ではある。しかしわれわれは、こうした理解そのものを疑って行くべきなのである。こうした理解は、そもそも金本位制というものが、どういうものかをほとんど理解していないことを意味している。だからまたIMF体制の「固定相場制」というものの意味もまったく理解できていないのである。
 金本位制というのは、例えば「ドル」や「円」という国民服をまとった通貨が、それぞれの国家によって法貨と定められ、度量標準が、例えば1ドルは何グラムの金を代理すると決められていることを意味している。だから1ドル札を中央銀行に持っていくと、それに相当する金貨と交換されるわけである。これをもってどうやら林氏は(もちろん、林氏に限らず多くのブルジョア及びマルクス経済学者も同じなのであるが)、ドルは金と結びついていると捉えているらしいのである。だからその法的な度量標準がなくなると〈結びつきは断たれた〉と考えるわけである。しかしこれこそ根本的に間違っているのである。ドル札がどれだけの金量を代理し代表しているのかは、決して、時の政府が決めることでも決められることでもないのである。こうした根本的なことが分かっていないから、さまざまな間違いが生じているのである。
 では1ドル札がどれだけの金量を代理しているのかを時の政府が決められないとするなら、一体、誰がそれを決めるのであろうか。それは誰も決めることはできないのである。なぜなら、それはその時々の商品流通の現実が決めるのだからである。商品の流通があって初めて貨幣の流通もあるという原理原則にこの場合もわれわれはしっかり立っていなければならないのである。この場合にもやはり問われるのは『資本論』冒頭の商品論・貨幣論のしっかりした理解である。しかし、詳しい理論的な説明はまたそれをする機会があるだろうから、後に譲ろうと思う。ただ、時の政府が決めた度量標準が、時代の進展とともに商品流通の現実に強制されて常に変遷し変化してきた歴史的事実、そうした各国の貨幣史・通貨史を思い浮かべれば、直感的にもそうしたことが理解できるであろう。 

 次のような認識もやはり一面的であり、間違っているとしか言いようがない。

 〈我々は“金本位制"を否定して「管理通貨制度」に移行していくこと("通貨"がますます金から切断されていくこと)、そしてまた「固定平価制」から「変動相場制」に移っていくことは、資本主義の(あるいは資本主義において不可避である"貨幣"の)進化等々では全くなく、資本主義世界全体の矛盾と混沌の深化であり、資本主義が全体として頽廃し、解体に向かっていく一契機、一過程である、と評価する。〉(3頁)

 金本位制から「管理通貨制」すなわち、兌換制から不換制に移っていくことは決して、〈"通貨"がますます金から切断されていくこと〉を意味しない。そもそも通貨が金を代理せずして、どうして通貨として通用することができるであろうか。こんな基本的な認識すら無いのは本当に驚きでしかない。それぞれの国民服をまとった通貨が、法的・制度的に金との関連、つまり度量基準が決められているということと、通貨が実際に金を代理するということとはまったく別の話であるということが分かっていないのである。法的・制度的に通貨がどれほどの金と関連づけられていようが、実際の通貨がその商品流通の現実のなかで流通必要金量のどれだけを代理するかということとはまったく別の問題なのである。後者こそが通貨の代表する金量を決定づけることであって、前者はただそれを追認することでしかない。だから法的・制度的に通貨と金との関連づけがなくなったとしても、現実の商品流通のなかで通貨が何らかの流通必要金量を代理している客観的事実そのものは何一つ変わらないのである。なぜなら、通貨が何らかの金量を代理するということは貨幣の流通法則なのであって、こうした法則を法的・制度的に無くすことは、商品経済そのものを克服する以外には、絶対にできないことだからである。
 だから金との関連が制度的にきめられたものが歴史的にどのように変遷したとしても、それをもって〈資本主義世界全体の矛盾と混沌の深化であり、資本主義が全体として頽廃し、解体に向かっていく一契機、一過程である〉などと評価することもまったく間違っている。金本位制から「管理通貨制」へ、つまり兌換制から不換制への移行は、生産の社会的な結びつきがより深まる中で、信用制度がますます発展してきた一結果であり、その限りでは〈資本主義の(あるいは資本主義において不可避である"貨幣"の)進化〉といえるものである。これはマルクスが生きていた当時においても、イングランドより信用制度が発展していたスコットランドでは、すでに流通から金は姿を消していたことを見ても明らかなのである。マルクスはこうした金が流通から姿を消している現状について、次のようにその資本主義的発展の条件を分析している。

 〈いまや,富の社会的な形態としての信用が,貨幣の地位を押しのけて奪ってしまう。生産の社会的な性格にたいする信頼こそが,生産物の貨幣形態を,ただ瞬過的でしかないもの(たんなる心像),ただ観念的でしかないものとして現われさせるのである。〉(「貴金属と為替相場」(『資本論』第3部第35章)の草稿について」大谷禎之介訳118頁)

 つまり金属貨幣に代わって何らかの代理物が通用し、しかも法的・制度的にも両者の関連が明瞭ではなくなるということは、それだけ生産の社会的な性格が発展して、それに対する信頼がますます深まり、信用がますます貨幣の地位を押し退けて奪ってしまった一結果に過ぎないのである。しかしそのことは、いうまでもないことであるが、決して貨幣そのものを無くすことでは全くない。金が貨幣として存在しているということは、資本主義的生産においては、〈生産が現実には社会的な過程として社会的な統制に服していないという事情〉、〈富の社会的な形態が富の外にある一つの物として存在するという事情〉(同上119頁)にもとづいているからであり、それは資本主義が資本主義であるかぎり、「現代の」資本主義であろうと同じだからである。

 次のようなとらえ方も間違っている。

 〈実際、結果的に見て、アメリカはより寄生的で帝国主義的な政策、より利己的な政策を拡大するためにこそ、ドルと金の交換を停止し、また変動相場制に移っていった、と言えなくもないのだ。世界のリーダーのアメリカがこんなにも無責任で利己的であったとするなら、1971年以降、現代の資本主義、世界の資本主義が全く放恣の体制、「後は野となれ山となれ」式の無責任と利己主義の体制に変質して行ったとしても、何の不思議があろうか。そしてまさにこうした徹底的に"無責任"と放恣の体制、したがってまたバブルと"カジノ"の体制こそ、世界資本主義の解体を根底的に、深く準備してきたのである。〉(3-4頁)

 そもそも〈「後は野となれ山となれ」式の無責任と利己主義の体制〉というのは、資本主義的生産様式に一般的なものではないのか。何か世界資本主義がアメリカの金・ドル交換停止以降、それまでの秩序だった“道徳的な”体制から、まったく放恣で無責任な体制へ移行したという理解こそ、まったく資本主義批判、歴史的批判を単なる道徳的批判にすり替えることであり、それこそまったく恣意的な歴史理解ではないだろうか。ドルが金との交換を停止した後もいわゆる「基軸通貨」として通用している現実を如何に理解するのかが問題であろう。それが理論的に解明できるなら、こうした評価は全くの的外れなものであることが分かるであろう。これについても多くの混乱した主張が見られるのであるが、それはそもそもIMF体制そのものの理論的な理解そのものに問題があったからでもある。しかしそれについてもここで展開してしまうのは早計に過ぎるので、それはまた別の機会において論じることにしよう。

 次のような説明も一体、その内実をどれだけ理解した上で述べているのか不可解である。

 〈今(一九九六年の春)、世界中に実に七千億(約八十兆円)ものドル債務が累積している。このうちの半分はアメリカ以外のブルジョア国家が保有しており、アメリカの"国際協調"の呼びかけに応じ、自制的に振る舞うかもしれないが、しかし残りの半分は、投機的利益を求めて世界中の"資本市場"を駆けめぐっている"不安定な"カネであり、いわゆる“投機家"--広い意味での--の手中にある。そして、いったんドル危機が発展するなら、彼らがドルの投げ売りでも何でもしてくるであろうこと、そうなればドル体制がたちまち崩壊の危機に直面するだろうことは明らかである。ドル体制は「累卵の危うき」にあるのだ。実際この事実は、資本主義世界の崩壊と解体を示唆し、予告していないであろうか!〉(4頁)

 ここで〈ドル債務〉と言われているが、これは一体何であろうか。林氏はどういうものを想像してこのように述べているのであろうか。アメリカ財務省が発行した公債(国債)を考えているのであろうか。〈ドルの投げ売り〉というが、〈ドル為替〉の投げ売りと米国債の投げ売りと同じと考えているのか。いずれにせよ林氏は漠然とした認識をもとに直感的に情緒的に問題を論じており、極めて無責任でいい加減なものとしか言いようがない。しかしこれらの詳しい批判的検討も、本文の当該箇所の批判的検討のなかで行うことにしよう。(続く)

林理論批判(2)

〈社会主義における「分配」はいかになされるか〉批判ノート

《『海つばめ』1236・1237合併号(2014.10.19)【4~6面】社会主義における「分配」はいかになされるか――消費手段の「価値規定」問題――「価値移転」ドグマとの訣別が“解決”の鍵》の批判的検討(の続き)

§§論文本分の検討

  項目は、そのまま掲載していく。林氏の本文はほとんど各パラグラフごとに問題があり、だからほとんど各パラグラフごとにコメントを入れざるをえない状態である。だから読むものにとっては林氏の論文が寸断され、その関連が分からず、読みにくいかも知れないが、しかし想定する読者としては、林論文を一通りは目を通されていることを期待している(論文全文はここで見ることができる)。よって、その点はご容赦ねがいたい。

◆1、我々の前に提起された理論課題

  ここには細かいことで気付いたことは色々とあるが、特に引用してコメントするほどのことでもない。ただ林氏はスターリ主義者を批判したつもりになっているのだが、何度もいうが“ミイラとりがミイラになってしまっている”ことに気付いていない。林氏はスターリン主義者は市場社会主義だけを唱えているかに書いているが、以前のセミナーのレジュメでは、共産党系の雑誌『文化評論』に掲載された座談会を紹介していたが、そこでは「価値規定による分配問題」が論じられていたのである。『プロメテウス』(以下、『プロメ』)No.55・56を批判した時にも書いたが(この文書もいずれ公開する予定である)、彼らもまた将来の社会主義における「価値規定による分配」について論じ、それがあたかも社会主義の中心問題であるかに論じていたのである。だからこそ林氏も「社会主義の概念の根底」に個人的消費手段の分配問題を置き、それに拘っているのではないか。つまり林氏自身が、自分が批判するスターリニスト達と同じ土俵の上に立ってしまっているのである。しかしこれもすでに以前にも指摘したが、社会主義を分配問題から接近するのは俗流社会義者のやることである。社会主義の概念をいうならまずその生産様式を問わなければならず、だから少なくとも社会の生産を担う労働が直接社会化されるということについて言及すべきなのに、林氏の視野にはこうしたことが全くと言ってよいほど入っていないのである。これで果たして『資本論』の冒頭の商品論・貨幣論を真剣に研究したのかと思わざるを得ないほどである。私は以前、『資本論』を読む会のブログで、『資本論』の一文を解読するなかでこの問題について触れたので、それを少し紹介しておこう。それは「第3章 貨幣または商品流通」の「第1節 価値の尺度」の第3パラグラフにつけられている注50に関連して書かれたものである。(このブログについてはここを参照)。 

 【ところで、以前、将来の社会主義において「価値規定にもとづく分配」は如何にして可能かということが議論になりました。それを説明するために、マルクスの再生産表式を参考にして、いろいろな図案を使って説明したりしたものもありました。
 しかし今回のマルクスのこの注50の主張と関連させて考えてみると、将来の社会で個人的消費手段の分配が「価値規定(労働時間)」にもとづいて可能かどうかという以前の問題として、そもそも将来の社会ではすべての労働を直接社会化することが、果たして可能なのかどうかがまず問われなければならないのではないかという疑問が生じます。
 もしそれが可能なら、労働生産物はもはや商品にはならないし、貨幣も不要になり、〈労働証券は、ただ、共同労働に対する生産者の個人的分担と、共同生産物のうち消費に向けられる部分に対する彼の個人的請求権とを確認するだけ〉になるでしょう。つまり個人的消費手段の分配は直接労働時間を基準に行われるということになるはずではないでしょうか。
 ところが以前の議論では、こうした視点はほとんど無かったように思えます。そればかりか、今日のような高度に分業が発展し、国民的あるいは国際的に広範な社会的規模で、生産が高度で複雑な社会的な関係にあるような社会では、もはや労働者(生産者)は、それぞれの労働時間を交換することは不可能であるとか、物々交換によって、社会全体の生産や分配の問題が解決するなどということはありえないという主張がなされたのでした。
 確かにマルクスも将来の社会では労働者は生産物を交換することはないと述べています。しかし、その理由は「高度な分業の社会」だからとか、「生産が高度で複雑な社会的関係のもとで行われている社会」だからということではありません。マルクスは次のように述べているのです。  〈生産手段の共有を土台とする協同組合的社会の内部では、生産者はその生産物を交換しない。同様にここでは、生産物に支出された労働がこの生産物の価値として、すなわちその生産物にそなわった物的特性として現われることもない。なぜなら、いまでは資本主義社会とは違って、個々の労働は、もはや間接にではなく直接に総労働の構成部分として存在しているからである。〉(『ゴータ綱領批判』全集19巻19頁)

 つまりマルクスの場合、将来の社会で〈生産者がその生産物を交換しない〉としているのは、生産者の労働が直接社会化されているからだということです。労働が直接社会的なものとして最初から支出されるから、だからそれらの生産物の交換によって労働の社会的な関係を事後的に実証・確認する必要がないのです。だからやはりもっとも問われなければならないのは、労働を直接社会化し、個々の労働を直接に総労働の構成部分として位置づけることが果たして可能かどうかということではないかと思います。
 また労働者が互いの労働を交換するということについても、マルクスは次のように述べています。

 〈ここでは明らかに、商品交換が等価物の交換であるかぎりでこの交換を規制するのと同じ原則が支配している。内容も形式も変化している。なぜなら、変化した事情のもとではだれも自分の労働のほかにはなにもあたえることができないし、また他方、個人的消費手段のほかにはなにも個人の所有に移りえないからである。しかし、個人的消費手段が個々の生産者のあいだに分配されるさいには、商品等価物の交換の場合と同じ原則が支配し一つのかたちの労働が別のかたちの等しい量の労働と交換されるのである。〉(『ゴータ綱領批判』同上20頁)

 だから社会主義における個人的消費手段の分配では、等価物交換の場合と同じ原則が支配し、一つの形の労働が別の形の等しい量の労働と交換されるというのです。
 いずれにせよ、もし「高度な分業の社会」だからとか、「生産が高度で複雑な社会的関係のもとで行われている社会において」だから、などという理由を持ち出すなら、それは将来の社会主義の社会では、労働者(生産者)は互いの労働を直接社会的に計画的に配分し、関連させて支出することは不可能だと述べていることに、よって社会主義など不可能だということになりかねません。
 以前の議論では、「社会主義の概念の根底」とは何かが問われ、「社会主義における『分配』の問題」を解決することこそ、「"科学的社会主義"の概念の重要な契機」であり「その神髄」だと強調されたのでした。
 確かにマルクスも『ゴータ綱領批判』では、資本主義から生まれた直後の共産主義の最初の段階、つまり社会主義における個人的消費手段の分配問題を論じています。しかし、実は、マルクスの場合は、それが社会主義の概念の重要な契機をなすと考えるからそうしているのではないのです。そればかりかマルクスは社会主義を個人的消費手段の分配問題から論じることそのものを批判するために、『ゴータ綱領批判』で敢えてその問題を論じているのです。多くの論者はそうしたマルクスの意図を読み違えています。というのは、マルクスは多くの論者がよく引用する部分を論じた後で、次のように補足的に断っているからです。

 〈私が、一方では「労働の全収益」に、他方では「平等な権利」と「公正な分配」とにやや詳しく立ちいったのは、一方では、ある時期には多少の意味をもっていたがいまではもう時代おくれの駄弁になっている観念を、わが党にふたたび教条として押しつけようとすることが、また他方では、非常な努力でわが党にうえつけられ、いまでは党内に根をおろしている現実主義的見解を、民主主義者やフランス社会主義者のお得意の、権利やなにやらにかんする観念的なおしゃべりでふたたび歪曲することが、どんなにひどい罪悪をおかすことであるかを示すためである。
 以上に述べたことは別としても、いわゆる分配のことで大さわぎをしてそれに主要な力点をおいたのは、全体として誤りであった。
 いつの時代にも消費手段の分配は、生産諸条件そのものの分配の結果にすぎない。しかし、生産諸条件の分配は、生産様式そのものの一特徴である。たとえば資本主義的生産様式は、物的生産諸条件が資本所有と土地所有というかたちで働かない者のあいだに分配されていて、これにたいして大衆はたんに人的生産条件すなわち労働力の所有者にすぎないということを土台にしている。生産の諸要素がこのように分配されておれば、今日のような消費手段の分配がおのずから生じる。物的生産諸条件が労働者自身の協同的所有であるなら、同じように、今日とは違った消費手段の分配が生じる。俗流社会主義はブルジョア経済学者から(そして民主主義者の一部がついで俗流社会主義から)、分配を生産様式から独立したものとして考察し、また扱い、したがって社会主義を主として分配を中心とするものであるように説明するやり方を、受けついでいる。真実の関係がとっくの昔に明らかにされているのに、なぜ逆もどりするのか?〉(同上21-2頁、下線は引用者)

 ここではマルクスは、もっとも原則的な観点を私たちに教えてくれています。すなわち〈いつの時代にも消費手段の分配は、生産諸条件そのものの分配の結果にすぎない。しかし、生産諸条件の分配は、生産様式そのものの一特徴である〉と。だから将来の社会主義の社会についても、その分配を論じる前に、まずその生産の様式そのものを論じるべきであり、それこそが社会主義の概念をわれわれに与えてくれるものだということです。
 今回の注50でのマルクスの主張を参考に、「社会主義の概念の根底」なるものを考えてみると、それは次のように考えるべきではないかと思います。

 社会主義の概念の根底を問うなら、やはり社会的生産における人間の社会的な関係が直接的なものになるということではないでしょうか。生産における人間の互いの関係が、各人の自覚と自主的・意識的な参加によるものになるということです。それはすなわち社会的な物質代謝を人間が意識的に管理・統制する、出来るということでもあります。これがまた労働が直接社会化されるということの内容でもあるのです。だからこそ、人間は自分たちの社会的関係を自分たち自身から疎外された形態で持つことはなくなり、だからまた人間による人間の支配や隷属の関係もなくなり、人間は自分たちの社会的行為そのものを何か外的な第三者や物的関係によって代表させ、それによって逆に支配され統制されるようなこともまた無くなるということでもあるのです(だから社会は彼ら自身のもの、彼らが自覚的に取り結ぶものになるわけですから、彼らの社会的関係は、私的なものと公的なものにも分裂せず、物象的関係としての生産諸関係と政治的諸関係としても分裂せず、だからまた当然、国家も無くなります)。こうして人間は初めて彼らが生産において手にする社会の共有物である生産諸手段を、同時に社会的人間である各人自身に属するものとして、すなわち個人的な所有物としても対処し、だからまたそれらを単なる諸道具としてそれらの主人公になり、生産諸手段に隷属させられるということもなくなるのです。そして労働は依然として必然の領域にあるとはいえ、それ自体が人間の本質力を発現するものとなり、それによって人間は自身の個性を豊かにし全面的な発達を促すものとなり、自己実現の過程になるのです。かくして人間は、その前史を終え、自分たちの歴史を意識的に歩む、その本史を開始するようになるのです。社会主義とはその偉大な歴史の端初をなすものではないでしょうか。
 そもそも社会的な生産や分配が、直接労働時間をもとに組織され得るということは、このように、人間の労働が直接社会化されたものとして支出されるからに他ならないのです。人間は前もって自分たちの労働を社会の総労働の一部分として自覚的且つ意識的に支出し、社会の総労働の一部分を担うのであり、だからこそ、彼らの労働はその支出される前にすでに彼ら自身の一定の計画のもとに直接社会的に結びつけられており、彼がどの時間になにをするかということは前もってハッキリしているのです。まさに社会的な生産がこうしたものになるからこそ、社会的な分配も意識的に労働時間にもとづいて行うことが出来るようになるのです。こうしたことを確認することこそもっとも重要なことではないでしょうか。】

 しかし何度もいうが林氏にはこうした基本的な認識がまったくと言ってよほど無いとしか思われないのである。社会主義運動を担う革命家としては根本的な欠陥といえる。(続く)

 

林理論批判(1)

     〈社会主義における「分配」はいかになされるか〉批判ノートNo.1

【ご挨拶】

 私はこの春(2015年)、その前身組織も含めると40数年間所属してきたマルクス主義同志会(以下、同志会と略)を離れる決意をした。(同志会のホームページはここ

 というのは同志会の理論的支柱であり、実際上、同志会をその前身組織も含めて指導してきた林紘義氏の理論的主張が、あまりにもマルクスの理論とかけ離れたものになってきたからである。

 私自身のマルクスの理論に対する確信には些かの動揺もないが、またそれ故にこそ、こうしたマルクスの理論からの背反は私には許しがたいものだった。

 私は組織内で、『海つばめ』等に掲載された、林氏の混乱した論文を徹底的に批判する文章を、その都度、所属する支部の会員たちに配布し検討してもらってきた。また何度かその文章をそのまま機関紙『海つばめ』にも投稿したが、すべてボツになった。

 かくして今や自分自身がどんな確信も持てない組織になってしまった同志会に、依然として所属していることの矛盾はますます耐えがたいものになり、ようやく、きっぱりと組織を離れる決意をした次第である。

 「革命的理論のないところに革命的な実践はない」とレーニンは言ったが、革命的なマルクスの理論から逸脱しそれに背反しては、もはや革命的な労働者党とはいえないと思うようになってからは、労働者や若者に、自信をもって「同志会に結集しよう!」などと呼びかけることはできなかった。それれはもはや一つの罪悪でしかなかったからである。だから支部の会議には参加しても、それ以外の同志会の組織的な実践活動にも参加できなかった。私が同志会を離れざるを得ないのは、不可避だったといえる。

 私自身は、すでに離れた組織の理論的動向にはそれほど関心もなく、ある意味ではどうでもよかったのであるが、しかしその後しばらくして、私が組織内で林氏の論文を批判的に取り上げて支部の仲間に検討して貰ってきた文章を、このブログで公開し、紹介しておくこともそれほど無駄ではないとも考えるようになった。いやそればかりか、林氏の主張が、どれほどマルクスの理論から,、逸脱したものであり、混乱した代物であるかを明らかにすることは、それまで私自身がその一員として、同志会への結集を呼びかける活動をやってきた責任上からも必要であり、一つの罪滅ぼしでもあるだろうと思ううようになった。いまだに同志会に一定の幻想を持っている人たちに対しても、その内容をしっかり検討して頂いて、御自身の立場を明確にする一助にもしてもらえるのではないかとも考えるようになった。

 林氏の理論的混乱はすでに久しい以前から生じていたのであるが(これはかなりの部分は恐らく加齢によるものではないかと推測する)、だから私の作成した、この問題に関連する文章は数多くあるのであるが(それは機関紙・誌だけではなく、セミナーのレジュメ類、また組織内文書である「通信」で展開された理論的な主張に関連するものなど多義に渡る)、ごく最近の問題から、とりあえずは紹介していくことにしたい(なお引き続き公表していくものでは、組織の実情を暴露することになるような部分は極力削除する。公表はあくまでも理論的な問題に限定する。また、必ずしも時期的に順序だったものではないことも、あらかじめお断りしておく)。

 まず最初は『海つばめ』12361237合併号(2014.10.19)【46面】に掲載された長文の記事《社会主義における「分配」はいかになされるか――消費手段の「価値規定」問題――「価値移転」ドグマとの訣別が“解決”の鍵》である。(この記事の全文はここで公開されている)。

 林氏の論文は長文であるが、この私の批判文も、結局、それよりも長いものにならざるを得なかった。それを何回かに分けて紹介する。全体の表題を「〈社会主義における「分配」はいかになされるか〉批判ノート」としたのは、林氏の論文の表題をサブタイトルも含めてすべて掲げると長くなりすぎるので、その一部をそのまま拝借しただけで、他意はない。今回はその第一回分(No.1)である。

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《『海つばめ』1236・1237合併号(2014.10.19)【4~6面】社会主義における「分配」はいかになされるか――消費手段の「価値規定」問題――「価値移転」ドグマとの訣別が“解決”の鍵》の批判的検討

 (以下の文章は2014.10.27に書き上げたものだが、その後、推敲を加えて、何度か加筆・修正している。紹介するのは、その最終稿である。)

§§【はじめに】

 今回の論文も殘念ながら、さまざまな無理解や強引で勝手な解釈が一杯で、とてもまともなものとはいえない代物である。ところがどうしてか、二つの正しい命題がそれに含まれているのである。それは次のようなものである。

 〈社会主義ではただ3000の消費手段が3000の労働(者)に分配される、つまり「労働に応じて分配」されるだけである。〉(4頁下2段3の4行)

 〈しかし社会主義で生産手段の価値規定といったものは仮に可能だとしても、何の意味も持たないのである。というのは、生産手段は直接に使用価値として、その量として労働(労働者)と関係するからであり、また生産手段の個々人への分配といったことは全く問題にならないからである。〉(6頁下4段7の1行)

 しかしこの正しい二つの命題が、この論文の主題をなしているようには思えない。最初のものは間違った前提のもとに言われているように思えるし、後の方はその前後との関連がいま一つ不明なままに言われているだけなのである。しかし「正しいことは誰が言っても正しい」とはレーニンの言葉だが、この二つの命題は、社会主義社会における分配を考える場合に重要であるように思える。それがどうして社会主義の分配問題において重要かについては、このレジュメの後半で私自身の考えを展開してみることにしたい。

 さて、この論文で、林氏は社会主義における分配問題に決着をつけたと豪語するのであるが、この論文を一通り読んで、「なるほどそうか!」と納得する人は一体どれだけいるだろうか。ハッキリ言って一体何を言いたいのかよく分からないというのが本当のところではないだろうか。林氏が〈これが社会主義社会における「価値規定(消費手段を生産するのに要した労働量)による」、消費手段の分配の基本的な内容であり、法則であるにすぎない〉と述べている内容を今少し概略的に考えてみよう。それはいくつかの強引な前提にもとづいたもののように思える。

 (1)まず林氏はマルクスの単純再生産の表式を想定する。だからわれわれもその表式をまず書いておこう(林氏は奇妙な図でそれを表したつもりらしいが、われわれはマルクスの表式そのものを書くことにする)。

  I  4000c+1000v+1000m =6000
 II  2000c+ 500v+ 500m    =3000

 ここで林氏は次のようにいうのである。

 〈労働者にとって資本主義の現実の認識――従ってまた社会主義の理論の理解――は単純で明快である。9000の価値と使用価値(9000の価値を持つ使用価値)が年々再生産されるとするなら、それは年々9000の労働が支出されたのであって、それ以外ではない。消費手段を生産するために3000の労働が支出されたから、年々の「生きた労働」は、つまり総労働は3000でしかないといった観念は、社会的な分業の社会について、何も理解していないことを暴露しているだけである。もし3000の消費手段を得るために、3000の消費手段の生産に必要な労働だけでなく、6000の生産手段を生産する労働も必要だというなら、それは社会的な総生産のために、年々9000の労働が「分配」されるし、されなくてはならないということであって、それは余りに単純な現実であり、真実であるにすぎない。

 つまり部門 I 、部門 II でそれぞれ6000の生産手段と3000の消費手段の合計9000の価値ある使用価値が生産されたのだから、9000の労働が支出されたのだ、というのである。

 (2)というのは、9000の価値と使用価値が年々再生産されるのだから、年々9000の労働が支出されたのは当然だから。

 (3)また6000cも1500vも1500mも、すべて価値としては抽象的人間労働として同質であり、だからそれらが一方は「過去の労働」で他方は「生きた労働」などと区別するのはそれこそ途方もないことなのだ、というわけである。

 (4)そして、そこから林氏は次のように結論する。

 〈現実には、社会は6000の生産手段を生産する労働と、3000の消費手段を生産する労働に、総労働を分割しているのであって、こうした“分業”の中で、消費手段の配分もまた“合法則的に”貫徹しているのである。……生産手段を生産する労働者について言えば、その労働を「価値」から見れば、生産手段のために3分の2であり、消費手段のために3分の1であるし、また消費手段を生産する場合も同じである、だからこそ、生産手段を生産する労働の3分の1に相応する消費手段に権利を有するのであり、他方、消費手段を生産する労働者は自ら生産する消費手段に対して3分の1しか権利を有しないのである。つまり9000の労働に対して、全ての生産者はその労働の3分の1だけ、消費手段に対して権利を有するのであるが、ここではすべてが“価値法則”に適合しているのであって、それ以外は何もないと言っても決して言いすぎではない。

 つまり生産手段を生産する労働も、「価値」からみれば、その3分の1は「事実上」消費手段を生産していることになり、消費手段を生産している労働も、「価値」からみれば、その3分の2は「事実上」生産手段を生産していることになるというのである。だから、生産手段を生産する労働者も、当然、自分の生産にもとづいてその3分の1として消費手段の分配をうける権利があり、消費手段を直接生産する労働者も、その3分の2については権利がない等々。〈これが社会主義社会における「価値規定(消費手段を生産するのに要した労働量)による」、消費手段の分配の基本的な内容であり、法則である〉というわけである。

 ここには色々な無理な勝手な解釈がある。われわれの理解では部門 I で支出される労働は2000でしかないが、林氏はそれを6000だと強引に主張する。その理由として生産するということは使用価値とともに価値をも一緒に生産することだとか、抽象的人間労働としてはすべて同じであって、そこに過去の労働とか生きた労働(現在の労働)などという区別は不要だからだとか、社会的な分業が高度に行われているのだから等々の理屈が並べられるが、しかし、幾らそんな理屈を並べても、マルクスの再生産表式を前にして、こうした解釈の強引さと正当性の無さは明らかなのである。しかしそれらの林氏のさまざまな牽強付会については、その本文の検討のなかで一つ一つ指摘していくことにしたい。

 というわけで、今回のレジュメも(この文章の最初の表題は「●●支部学習会レジュメ(2014.10.28)」というもので、支部で林氏の記事を検討するための資料として提出されたものだった)、これまでと同じように、林氏の論文の順序にもとづいて、問題と考えたところを引用紹介して、その問題点や疑問点をコメントしていくというような形で進めることにしたい。なお、最後に私が考える社会主義における分配問題について展開する。さらに本文批判との関連で別紙として『資本論』からの抜粋集もつけておく。それでは林氏の論文をそのまま項目を紹介しながら、検討して行こう。(以下、続く)

2015年6月 4日 (木)

林紘義著『変容し解体する資本主義』批判ノート(1)

                林 紘義 著 『変容し解体する資本主義』 批判ノートNo.1

  ここでは、最初から本の項目ごとに検討して行く。(この本の紹介はここと、ここを参照)

《序にかえて》

〔一〕

 この本は社会主義労働者党(以下、社労党)の機関誌『労働と解放』に連載したものを一冊にしたものだが、この連載の狙いについて、著者は次のように書いている。

 〈この連載の課題は、現代資本主義の貨幣制度ともいえる“管理通貨制度"をいかに理解し、評価するかであった〉(1頁)

 そしてこの〈“管理通貨制度"をいかに理解し、評価するか〉がどれほど重要かについて、次のようにも述べている。

 〈現代の資本主義の特徴も、様々な面からとらえることができる。例えば、独占資本主義あるいは国家独占資本主義と規定することもできれば、帝国主義段階の資本主義と言うこともできよう。しかしいかように規定するにしても、現代資本主義の根本的な特徴--唯一とまでは言えなくても、その最も顕著なものの一つ--として、貨幣面における変化すなわち通貨が金属貨幣ではなくて紙幣もしくは事実上紙幣化した中央銀行券になっているということ、つまり“管理通貨制度"をあげることができるだろう。この著書が取り扱うのも、まさにこのことである。
 現代資本主義の顕著な現象であるインフレにしても、バブルにしても、企業の頽廃にしても、あるいは財政崩壊にしても、ドル支配の解体や変転きわまりない為替相場の問題にしても、さらには「恐慌が止揚された」かに見えることも、"福祉国家"の幻想さえも、すべて貨幣が金属貨幣とのつながりを断った"通貨"に進化してきているという"貨幣的"事実を抜きにしては、いくらかでもまともに評価することも、考察することもできないのだ。この意味において、"管理通貨制度"を論じることは、現代資本主義にとって本質的なものを論じることでもある。〉(1頁)

 確かに著者の指摘することはその限りでは正しいかである。しかし、著者はその「変化」にあまりにも幻惑されすぎているような気もする。この本のタイトルが「変容し」となっているが、現代の資本主義は「変容し」てしまったというのが、著者の大きな問題意識なのである。しかし、現代資本主義も資本主義としてはその本質は何も変わっていないという認識こそ重要なのである。著者は〈貨幣面における変化〉の表面的な部分に目を奪われてしまっている。しかし、例えば『資本論』の冒頭で解明されている商品や貨幣の諸法則などは現代資本主義においてもまったく同じように貫いているという認識が如何に重要かについて著者は恐らく誤ったとらえ方をしているのであろう。これは『資本論』を徹底的に理解することなくして得られないものであり、その限りでは著者の『資本論』理解が浅かったとしか言いようがない。にもかかわらず著者は自分の『資本論』理解が十分だなどと自己過信に陥ってしまっている。しかし、それはおいおい分かってくることである。

 ところで著者はこの「変容」を過大評価しながら、次のようにも述べている。

 〈もちろん、これが単純な“進化"でないことは明らかであろう。ケインズは、この資本主義の変容とその意義を確認した最初のブルジョアの一人であり、彼はこの変容こそ資本主義の前進であり、その安定と繁栄を保障すると信じた、しかし我々は、この変容こそ、まさに資本主義の頽廃と解体の深化を教えるものであって、資本主義が資本主義以外の他の制度に移行していくこと--行かなければならないこと--を告げ知らせているのだ、と主張するのである。〉(1-2頁)

 ケインズは、ブルジョア経済学者であるから資本主義が変わったことを肯定的に捉えるのはしようがない。しかし、林氏が単に〈この変容こそ、まさに資本主義の頽廃と解体の深化を教えるものであって、資本主義が資本主義以外の他の制度に移行していくこと--行かなければならないこと--を告げ知らせているのだ、と主張する〉というのではやはり一面的といわざるを得ない。「変容」を過大視するという点では両者は同じ立場に立っている。
 まず林氏に言わねばならないのは、〈資本主義の頽廃と解体の深化〉というが、資本主義的生産というのは常に矛盾を持って運動するものであり、その痙攣(=恐慌)の度毎に〈資本主義が資本主義以外の他の制度に移行していくこと--行かなければならないこと--を告げ知らせ〉るものでもあるという認識がまず必要だということである。レーニンが帝国主義を最高に発達した最後の資本主義であるかに述べたことから、こうした大げさな表現がマルクス主義者で一般化したが、しかし、それはスターリニズム的な形式張った大仰な言い回しというものである。資本主義的生産様式は、さまざまな矛盾を暴露するごとに確かに新しい社会への移行を自ら示唆するものであるが、しかし、それはすでにマルクスの時代においてもそうなのであって、何も現代資本主義だけの問題ではないのである。そうしたことはマルクスによってすでに『資本論』のなかで十二分に明らかにされている。マルクスは資本主義的生産様式をより深く解明することは、その生成と発展と消滅とをトータルに明らかにすることであり、よって常にそれは次の新しい生産様式の萌芽を示すものでもあると指摘している。『経済学批判要綱』には次のような一文がある。

 〈他方--これはわれわれにとってはるかに重要なことであるが--、われわれの方法は、歴史的考察が入って来なければならない諸地点を、言い換えれば、生産過程のたんに歴史的な姿態にすぎないブルジョア経済が自己を超えてそれ以前の歴史的な生産諸様式を指し示すにいたる諸地点を、示している。だから、ブルジョア経済の諸法則を展開するためには、生産諸関係の現実の歴史を記述する必要はない。とはいえ、この生産諸関係を、それ自体歴史的に生成した諸関係として正しく観察し演繹するならば、それはつねに、この体制の背後にある過去を指し示すような、最初の諸方程式--例えてみれば自然科学における経験的諸数値のようなもの--に到達するのである。とすれば、これらの示唆は、現在あるものを正しく把握することとあいまって、過去の理解--これは一つの独立した仕事であって、これにもいずれは取り組みたいものだが--への鍵をも提供してくれる。同様にしてこの正しい考察は、他方で、生産諸関係の現在の姿態の止揚--それゆえ未来の予示、生成していく運動--が示唆されるにいたる諸地点に到達する。一方では前ブルジョア的諸段階が、たんに歴史的な、すなわちすでに止揚された諸前提として現われ、他方では今日の生産諸条件が、自己自身を止揚する諸条件として、それゆえまた、新たな社会状態のための歴史的な諸前提を措定する諸条件として現われるのである。〉(『経済学批判要綱』草稿集②100-1頁、下線はマルクスによる強調)

 しかしだからこそ、それは資本主義的生産様式の歴史的発展や意義を確認することと決して矛盾することではない。林氏はケインズが〈この変容こそ資本主義の前進であり、その安定と繁栄を保障すると信じた〉ことに対比して、〈この変容こそ、まさに資本主義の頽廃と解体の深化を教えるもの〉との自身の認識を示しているが、しかし、やはりどちらも一面的なのである。戦前にはじまるいわゆる“管理通貨制度”もやはり資本主義的生産様式の一層の発展の一段階を示しているのであって、決して「頽廃や解体」だけを示しているわけではない。例えば、戦後のいわゆるIMF体制というものは世界的な信用システムが確立したことを示しているのであるが、それは資本主義的生産が世界的にもより一層緊密になり、生産の社会化を世界的にも一層深めた一結果でもあるのである。だからそれが「頽廃や解体」だけを示すものだというのは一面的であるばかりか、現代資本主義に対する誤った認識に導くものでしかないであろう。世界的に資本主義がより一層の社会化を深めたということは、同時にそれは世界社会主義の諸条件をより一層押し進めたということと同義なのであり、その限りでは〈資本主義が資本主義以外の他の制度に移行していくこと--行かなければならないこと--を告げ知らせている〉といってもあながち間違いとは言えないわけである。資本主義的生産様式はこのように発展のうちにその崩壊や移行の契機を示すのであって、一方は発展と進歩だけを、他方は頽廃と解体だけを見るのではやはりどちらも一面的の誹りを免れないのである。

 「序」というのは、著者の基本的な立場が示されている場合が多い。この林氏の著書でも、やはりそのようである。林氏は〈現代の特徴が貨幣が腐っていくことにある〉と述べている。〈腐っていく〉というのは何とも情緒的な特徴付けであるが、要するに金という確かな裏付けを失った貨幣のことをこのように述べているのであろう。しかし、こうした認識は決して正しいものではないのである。しかし、それもまたおいおい彼の主張を批判的に検討するなかで明らかになっていくことでもあるだろう。
 次のような一文にも著者の基本的立場が、よってまた根本的な誤りが明瞭に現れている。

 〈現代の資本主義が国家による経済の"管理"もしくは経済への"介入"を重要な契機としていることは誰でも知っていることであるが、しかしその最も中心的な環をなすものこそ、貨幣の"管理"であろう。貨幣を管理することによって初めて現代ブルジョアジーは、経済全体をいくらかでも規制し、統制する手段を手に入れることかできたのだ。この意味で、管理通貨制度を検討することは、とりもなおさず、現代資本主義にとって本質的なものを検討するということでもあり、その矛盾を深く、根底的に理解するということでもあろう。〉(2頁)

 こうした理解が何故根本的に間違っているのかは、それは『資本論』の冒頭の商品論・貨幣論をしっかり勉強した人なら直ちにわかるはずである。林氏は現代の資本主義においては、貨幣が管理されていると理解している。〈貨幣を管理することによって初めて現代ブルジョアジーは、経済全体をいくらかでも規制し、統制する手段を手に入れることかできた〉のだという。だから〈この意味で、管理通貨制度を検討することは、とりもなおさず、現代資本主義にとって本質的なものを検討するということでもあり、その矛盾を深く、根底的に理解するということでもあろう〉というのである。ここで注意が必要なのは、この場合の「管理通貨制度」には“ ”が付いていないことである。その前までは“ ”が付いていた。つまり通貨を管理するということに一定の疑問を持っていることをその“ ”は示していたと私は理解していたのであるが、しかしここでは“ ”は外され、それは文字通り「管理通貨制度」であり、通貨は管理されていると林氏自身は理解していることを、この“ ”がない管理通貨制度の言葉は示しているのである。
 もちろん、ここで「通貨」概念が混乱して使用されていることを前もって指摘しなければならないのであるが--そして通貨概念の混乱はブルジョア経済学者だけではなく多くのマルクス経済学者についても言いうることなのだが--、その問題はここでは詳述は避けることにする。とりあえず厳密な規定を与えておくと、通貨というのは貨幣の流通手段と支払手段とを併せた機能のことをいうのである(広義の流通手段ともいう)。〔通貨概念の混乱については、とりあえず、以前書いた「第30回『資本論』を読む会の報告」を参照。〕そして通貨をこうした意味に限定して理解するなら、そうした通貨を管理できるなどというのは途方もない理解なのである。これは『資本論』の貨幣論に対する無理解を暴露するもの以外の何ものでもない。マルクスは次のように述べている。

 〈貨幣の流通は、同じ過程の不断の単調な繰り返しを示している。商品はいつでも売り手の側に立ち、貨幣はいつでも購買手段として買い手の側に立っている。貨幣は商品の価格を実現することによって、購買手段として機能する。貨幣は、商品の価格を実現しながら、商品を売り手から買い手に移し、同時に自分は買い手から売り手へと遠ざかって、また別の商品と同じ過程を繰り返す。このような貨幣運動の一面的な形態が商品の二面的な形態運動から生ずるということは、おおい隠されている。商品流通そのものの性質が反対の外観を生みだすのである。商品の第一の変態は、ただ貨幣の運動としてだけではなく、商品自身の運動としても目に見えるが、その第二の変態はただ貨幣の運動としてしか見えないのである。商品はその流通の前半で貨幣と場所を取り替える。それと同時に、商品の使用姿態は流通から脱落して消費にはいる。その場所を商品の価値姿態または貨幣仮面が占める。流通の後半を、商品はもはやそれ自身の自然の皮をつけてではなく金の皮をつけて通り抜ける。それとともに、運動の連続性はまったく貨幣の側にかかってくる。そして、商品にとっては二つの反対の過程を含む同じ運動が、貨幣の固有の運動としては、つねに同じ過程を、貨幣とそのつど別な商品との場所変換を、含んでいるのである。それゆえ、商品流通の結果、すなわち別の商品による商品の取り替えは、商品自身の形態変換によってではなく、流通手段としての貨幣の機能によって媒介されるように見え、この貨幣が、それ自体としては運動しない商品を流通させ、商品を、それが非使用価値であるところの手から、それが使用価値であるところの手へと、つねに貨幣自身の進行とは反対の方向に移して行くというように見えるのである。貨幣は、絶えず商品に代わって流通場所を占め、それにつれて自分自身の出発点から遠ざかって行きながら、商品を絶えず流通部面から遠ざけて行く。それゆえ、貨幣運動はただ商品流通の表現でしかないのに、逆に商品流通がただ貨幣運動の結果としてのみ現われるのである〉(『資本論』第1部全集23a152頁)

 林氏がここでマルクスが指摘しているような転倒した観念にとりつかれていることは明白である。林氏には貨幣が諸商品を流通させているように見える。だから貨幣を管理することが経済全体を統制・管理することに繋がると考えているわけである。しかしこれは一つの錯覚であり、誤った貨幣論に立つものである。マルクスもいうように、貨幣の運動は商品の運動(流通)の結果であって、決してその原因ではない。だから貨幣の管理などということは不可事なのである。それが何を意味するのかも分からずに、多くの経済学者は(ブルジョア経済学者だけでなくマルクス経済学者も含めて)、通貨の管理についておしゃべりしているのである。しかし通貨の流通は商品流通の現実に規定されているのであって、決して逆ではないのである。だからもし通貨を管理しようとするなら、商品流通そのものを管理しなければならない。そしてそれが何を意味するかは明らかである。すなわち今日の社会は商品の生産と流通によって社会の物質代謝が行われている。だから商品流通を管理するということは社会的な物質代謝そのものを管理することなるである。しかし、もしそんなことができるのなら、そもそも生産物は商品にはならず、価値といったわけのわからないものも存在せず、よって当然、貨幣そのものも不要になるのであって、「貨幣の管理」など問題にもならないことは明らかではないか。
 このように林氏の誤りは根本的であり、決定的である。そしてそれは『資本論』に対する無理解を暴露している。しかし本人は『資本論』をしっかり理解していると自惚れている。だから彼はこれまで『資本論』に対する徹底した研究を怠ってきたのであり、その研究を踏まえて自分を批判するものに対しては、「マルクス絶対主義者」なる恐ろしげなレッテルを貼って威嚇し批判を封じてきたのである。だから「林紘義批判」というのは、結局は、林紘義という人物がとれほど『資本論』を理解していないかを暴露する作業になるし、ならざるを得ないのである。

『資本論』第3部草稿(現行版第5篇)の研究(28-10)

『資本論』第3部草稿(現行版第5篇)の研究(28-10)

 

 (2)各パラグラフごとの解読(続き) 

【6】 (このパラグラフも【5】とはまた別の問題が論じられており、むしろa)の締めくくりのように思える)

 〈規定性の相違--収入の貨幣形態として機能するのか,それとも資本の貨幣形態として機能するのか,という相違一ーは,さしあたり,流通手段としての貨幣の性格を少しも変えるものではない,一一貨幣がどちらの機能を果たそうと。たしかにこの相違は,貨幣は一方の規定ではより多く本来の流通手段(鋳貨,購買手段)として機能する,という違いをもたらすと言える。なぜなら,この売買は分散して行なわれるからであり,また収入を支出する人々の多数を占める労働者は相対的にわずかしか信用で買うことがで[508]きないからである。他方,商業界では,一部は集中によって,一部は優勢な信用制度こよって,貨幣はおもに支払手段として機能する。しかし,支払手段としての貨幣と購買手段(流通手段)としての貨幣との区別は,貨幣 に属する区別であって,貨幣資本との区別ではない。小売商業では(im kleinen Retail)より多く銅や銀が流通し,卸売商業では(im grossen) より多く金が流通しているからといって,一方での金と他方での銀や銅との区別は, Circulationと資本との区別ではないのである。〉

 この部分はそれほど難しくはないので、平易に書き下ろすだけにしておこう。以下、書き下ろし文である。

 〈収入の貨幣形態として機能するか、それとも資本の貨幣形態として機能するか、という規定性の(機能上の)相違は、さしあたり、(広い意味での)流通手段としての貨幣の性格を少しも変えない。ただ貨幣がどちらの機能を果たすかによって、一方は、本来の流通手段(鋳貨、購買手段)として機能するが、他方は、支払手段として機能するといえる。なぜなら、収入の貨幣形態として機能する場合は、売買は分散して行われ、収入を支出する人々の多数を占める労働者は相対的にわずかしか信用では買うことが出来ないからである。しかし他方の商業界では、一部は集中によって、一部は発展した信用制度によって、取り引きは信用を介して行われ、だから貨幣はおもに差額の決済として、支払手段として機能するのである。
 しかし支払手段としての貨幣と購買手段(流通手段)としての貨幣という、貨幣の二つの機能上の区別は、貨幣に属する区別であって、つまり単純な商品流通上の貨幣の区別にすぎず、貨幣と資本との区別ではないのである。
 小売業ではより多く銅や銀が流通し、卸売商業では、より多く金が流通しているからといって、一方での金と他方での銅や銀との区別が、通貨と資本との区別にならないのはあたりまえであろう。種類は違っても、どちらも単純な商品流通の観点から見れば、広い味での流通手段、すなわち通貨なのだから。〉


 以上で、a)の考察は終わる。



【7】 (こではb)が検討される)

 〈b について。貨幣が流通しているかぎりでは,購買手段としてであろうと支払手段としてであろうとーーまた,2つの部面のどちらでであろうと,またその機能が収入の,それとも資本の金化ないし銀化であるのかにまったくかかわりなく一一,貨幣の流通する総量の量については,以前に単純な商品流通を考察したときに展開した諸法則があてはまる。流通速度,つまりある一定の期間に同じ貨幣片が購買手段および支払手段として行なう同じ諸機能的の反復《の回数》,同時に行なわれる売買,支払の総量,流通する商品の価格総額,最後に同じ時に決済されるべき支払差額,これらのものが,どちらの場合にも,流通する貨幣の総量通貨currency)の総量を規定している。このような機能をする貨幣がそれの支払者 または受領者にとって資本を表わしているか収入を表わしているかは,ここでは事柄をまったく変えない。流通する貨幣の総量は購買段および支払手段としての貨幣の機能によって規定されて〔いる〕のである。

① 〔注解〕カール・マルクス『経済学批判。第1分冊』,ベルリン, 1859年,81-85ページ, 124-125ページ, 127-128ページ (MEGA,II/2,8 .170-174,206/207 und 209)。

 ここでは【2】で示された3つのことの2つ目、すなわち《b)この2つの異なった機能における流通する貨幣の量に関する問題によって》生じる「混乱」の検討に当てられている。ここで二つの異なった機能とは、収入の実現という機能と資本の移転という機能である。この二つの異なった機能で流通する貨幣の量に関する問題での銀行学派の混乱した主張が検討されると思われる。ところが、マルクスは上記のように、平易に書き下ろすと、ただ次のように書いているだけである。

 
〈次はb)についてである。貨幣が流通している限りでは、購買手段としてであろうと支払手段としてであろうと、あるいは二つの部面、すなわち商人と消費者との間であろうと、商人と商人との間であろうと、さらにはその機能が収入の支出を担うか、あるいは資本の補填、つまり商品資本を貨幣資本に転換すること、要するに商品を売って金や銀の金属貨幣に変えることであろうと、そうしたより進んだ貨幣のさまざまな諸機能や諸規定が加わろうとも、もし貨幣の流通する総量を問題にするのなら、それは以前に単純な商品流通を考察した時に展開した諸法則が当てはまるのである。
 それは次のようなものであった。流通速度(つまりそれはある一定の期間に同じ貨幣片が購買手段および支払手段として行う同じ諸機能の反復の回数のことだ)、同時に行われる売買、支払の総量、流通する商品の価格総額、そして最後に同じ時に決済されるべき支払の差額、これらのものが、単純な商品流通の場合はもちろん、資本の流通においても、どちらの場合にも、流通する貨幣の総量、つまり通貨の総量を規定しているのである。
 だから、このような機能をする貨幣がそれの支払者または受領者にとって資本を表しているか収入を表しているかは、ここでは事柄をまったく変えないのだ。流通する貨幣の総量は購買手段および支払手段という単純な商品流通における貨幣の機能によって規定されているのである。〉


 このようにここでは、マルクスは銀行学派の「混乱」した主張がどういうものかについては、ほとんど紹介していない。ただこの一文から想像できるのは、銀行学派は貨幣の総量をそれが収入を実現するか、資本の移転を担うかというより進んだ規定にとらわれて、それを間違って計算しているということだけである。それがどのように間違っているかについては何も述べていない。それにこのb)はa)やc)比べて不釣り合いに思えるほど簡単である。
 これはどうしてなのであろうか? もちろん、それはこれがノートだからではあるのだが、実は、この銀行学派の貨幣の流通量の混乱した主張の批判は、マルクスはすでに第2巻でやっているのである。マルクスがこの第3部の第1草稿のこの部分を書いている時には、すでに第2部の第1草稿が書かれていたと想像される(マルクスは第1草稿を書いたとき、第2部より第3部を先に書きはじめており、途中から第2部に移り、再び第3部を書くという複雑な書き方をしているのであるが、大谷氏は第3部の第4章[篇]の手前で第2部の執筆に移ったと推理している)。
 またこの問題を、マルクスは1861~3年の草稿でも取り上げており、マルクスにとってはすでに解決済みの問題であったことはいうまでもない。だから恐らくマルクスにとってはすでに何度も取り上げた問題でもあり、ノートということもあって、それを再び詳しく繰り返す愚を避けたのであろう。
 では、それはどういう誤りだったのか、簡単に紹介しておこう。

 マルクスは第2巻の第17章「剰余価値の流通」のところ(われわれは第2部の第1草稿ではなく、現行版を参考にする)で、トゥックら銀行学派が、彼らの論敵(通貨学派)から問いかけられながら答えていない問題、すなわち「如何にして資本家は、流通に投げ入れるよりも多くの貨幣をたえず流通から引き上げうるのか」という問題を取り上げている。結局、その回答は例え剰余価値分が含まれその分だけ価値が増大した商品資本を流通に投げ入れたとしても、貨幣流通の分量については単純な商品流通の法則が支配するのであって、その商品が資本制的に生産されたかどうかは、流通に必要な貨幣額の分量を絶対に変化させないのだ。だから問題そのものが最初から存在しない、と答えている。もしどうしても商品流通に必要な貨幣量を問うなら、それは一国の商品流通に必要な貨幣はどこから来るかという一般問題になるのだ、とも。

 またマルクスは第2巻の第20章「単純再生産」においても、次のように述べている。

 《すでに見たごとくA・スミスにあっては、社会的総生産物価値の全体が収入すなわちv+mに分解され、したがって不変資本価値はゼロだとされる。だから必然的に、年収入の流通に必要な貨幣は年生産物全体の流通のためにも十分だということになり、したがってわれわれの場合では、9000の価値ある消費手段の流通に必要な貨幣は9000の価値ある年生産物全体の流通のためにも十分だということになる。これが事実上A・スミスの見解であって、それがT・トゥックによって繰り返される。/収入の貨幣化に必要な貨幣分量が社会的生産物全体の流通に必要な貨幣分量に対する関係についてのこの誤った表象は、年生産物全体の種々の質料的および価値的要素がいかに再生産され、年々補填されるかについての、無理解で無思想な表象の必然的な一結果である。》

 そしてマルクスはスミスとトゥックの著書から彼らの誤った主張を引用しているが、その紹介は割愛する(もし興味があれば、各自、第2巻全集版586-7頁を見てもらいたい)。ようするに、それはどういうことかというと、スミスは例のマルクスが名付けた「v+mのドグマ」から、不変資本の流通を見ずに、社会の総生産物の流通を、収入の流通に解消する、つまり社会の総生産物の流通に必要な貨幣量を収入の流通に必要な貨幣量とするのだが、それをトゥックは資本の流通では信用が媒介されて、実際上は貨幣は流通しない、だから結局は商人と商人との取引の総額(実際に貨幣が譲渡される額)は、商人と消費者間の取引総額によって決定され限定されると主張して、スミスの主張を引き継ぐのである。つまりこの場合も、彼らはこういう現実の流通の素材的な面だけに注目して、スミスの誤りを繰り返すのだ。(なお大月書店刊『資本の流通過程』[『資本論』第2部第1草稿]222-3頁、同書店刊『資本論草稿集』8)「経済学批判(1961-1863年草稿)V」313-318頁も参照)
 とりあえず、b)の説明はこれぐらいにしておこう

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