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2009年6月

2009年6月30日 (火)

大谷禎之介著「『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡」の批判的検討(その17)

 

大谷禎之介著《『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡 ――メガ第II部門第11巻の刊行に寄せて――》 (『経済』09年3・4・5月号掲載)の検討


 (以下は、前回中断した●「あとに置くべきものの先取り」とは?の続きである。)

 これを見ると、後のための先取り。》とあるのは、現行版(全集版)でいうと、第2節 社会的生産の二つの部門」の488頁にある区切り線のすぐ後にそれが書かれていることが分かる。エンゲルスはこの節の前半部分を第2稿から採ってきたわけである。そして大谷氏が〈(おそらくはそれよりも二つ前からのパラグラフ(S. 727.28–728.30)を含めて)単純再生産の分析が始まっている〉(中128頁)とされているその二つのパラグラフを、エンゲルスは第1節の第2パラグラフと最後のパラグラフに持ってきているわけである(それ以外は第2稿から)。また《後のための先取り。》と書いたあとに続く文章のうち単純再生産の表式を示している3つのパラグラフは現行版の区切り線(全集版488頁)のあとに続く文章になっているが、エンゲルスによってかなり内容的にまとめられている。そして第8稿に該当するのは、現行版の488頁の終わりまでであり、489頁と490頁の最初の行、つまり第2節の終わりまではエンゲルスによって加筆されたものだと市原氏は推測している。だから上記の草稿の《生産手段の現物形態で商品生産者の手もとにあるv+m( I )は、……》以下の部分は、現行版の「第3節 両部門の転換  I (v+m)対IIc」の冒頭に来ている部分なわけである(しかしこの部分もエンゲルスによって少し書き換えられている)。

 さて、草稿の内容と現行版との関係は大体分かったとして、そもそもの問題は、この「あとに置くべきものの先取り」を如何に理解すべきかということであった。その問題にもどることにしよう。すでに大谷氏の解釈は紹介したが、私が大谷氏のような解釈に根本的な疑問を抱くのは、第8稿全体の次のような構成を考えるからである。市原氏によると、この第8稿の「断り書き」(以下、われわれは「あとに置くべきものの先取り」「断り書き」と略す)以降の内容は、次のようなものだという(《『資本論』第2部第3篇第19・20章と第2部第8稿(上・下)》の上の136-7頁)。

(1)「第3節 両大部門間の変換-- I (v+m)対IIc」
(2)「第4節 大部門IIの内部での変換。必要生活手段と奢侈品」
(3)「第5節 貨幣流通による諸変換の媒介」
(4)「第11節 固定資本の補填」
(5)「第12節 貨幣材料の再生産」
(6)「第10節 資本と収入--可変資本と労賃」

 もちろんここで書かれている表題はすべてエンゲルスによるものであるが、それはそこに書かれている内容を大まかにでも表している。つまりマルクスは第8稿の内容からみて単純再生産について書いていると思われるところで、断り書きを書いたあと、単純再生産の表式を示し、すぐに「両大部門間の変換」の考察に移り、そのあと上記のような順序で問題を考察しているということである(だからエンゲルスは編集の段階で一部順序を入れ替えているわけだ)。
 これを第二稿の単純再生産の部分の敍述と比較してみる必要があるのではないだろうか。今回刊行されたMEGAII/11にもとづいて第2稿を直接検討できないので、それを行なっている早坂啓造氏の前掲論文(『経済』09年2月号《『資本論』第II部第3篇のエンゲルス編集稿とマルクス第II稿、第VIII稿の構成とを比較すると》)を参照してみると、それは次のようになっているという。

 〈この第II稿では、消費手段の部門を第 I 部門、生産手段部門を第II部門と定め、それぞれの属性を確定することによつて、素材補填と価値補填についての議論の順序が結果として定まっています。つまり、(1) 消費手段部門内部の価値補填と素材補填、(2)両部門間の交換、(3)生産手段部門内部の補填という序列です。マルクスは、第II稿では、この序列に沿つた記述に続けて、はじめて両部門間の相互関係を把握する表式的な叙述を行なっています。〉(156頁)

 つまり第2稿では、消費手段部門の価値・素材補填⇒両部門間の交換⇒生産手段部門内部の補填、という順序だったという。第8稿では、今度は生産手段部門が第 I 部門とされ、消費手段部門が第II部門と第2稿とは逆にされたために、敍述がどういう順序でなされるべきかが改めて問題になる筈であるが、エンゲルスにはそうした問題意識はそもそも無かったと早坂氏は指摘している。だからエンゲルスは第8稿の敍述にしたがって、そのまま上記のように(1)~(3)と編集したわけである。しかしもし第2稿の敍述にアナロジーさせて、敍述しようとするなら、生産手段部門の価値・素材補填⇒両部門間の交換⇒消費手段部門内部の補填とすべきだったのではないかと思う。そして実際、拡大再生産では、マルクスは「部門 I での蓄積」から初めて部門 I の不変資本の蓄積、さらに同部門の可変資本の蓄積の考察を行い、そして「部門IIでの蓄積」に移っている。だから当然、本来は、単純再生産でもそうした順序で展開すべきだったと思われるのである。マルクス自身は、あるいはそうした展開を考えていた可能性は大いにあると思われるのである。
 もし、マルクス自身にそうした敍述上の展開が頭にあったとすれば、区切りの横線以降の敍述は、二重の意味での「先取り」だったといえるのではないだろうか。第一に、第8稿の敍述では最初から貨幣流通による媒介を入れた考察になっているが、マルクス自身の当初のプランでは、まず最初に貨幣流通による媒介を捨象した考察が先行しなければならなかったからである。そして第二に、上記の敍述の「順序」から考えるならば、マルクスとしては、まず最初に「生産手段部門の価値・素材補填」を書いてから、「両部門間の交換」に移る予定なのに、いきなり「両部門間の交換」から入っているからである。こうした意味でもそれは〈あとに置くべきものの先取り〉だったのではないだろうか。

 ところでついでに早坂氏のこの単純再生産部分の「先取り」の理解は私の理解と共通するところがあるのではあるが、若干、私の理解とも違っているので、それも検討しておくことにしたい。
 早坂氏の理解が私の理解と多少違うのは、そもそもこのマルクスの「断り書き」の翻訳が大谷氏のものと微妙に違っているからでもある。二つを比べてみよう。

 大谷訳=「あとに置くべきものの先取り〔Anticipirtes für das Spätere〕」
 早坂訳=「後段のために先取りしたもの(Anticipirtes für das Spätere)」

 この二つの訳は微妙に違っており、実際、二人のこの断り書きそのものの理解も違っているのである。大谷訳だと、“これから記述するものは、本来はあとに置かれるべきものを「先取り」したものだ”という断りと理解できる(私もこの大谷氏の訳にもとづいてこれまで考えてきた)。ところが早坂訳だと、“これから記述するものは後で記述するもののために、先取りしたのだ”と断っているように理解できるのである。そして実際、早坂氏はそのように理解している。
 早坂氏のように理解すると、まずここでマルクスが「後段のために」と述べている「後段」とは何かという問題が生じてくる。早坂氏はそれについて次のように述べている。

 〈第8稿で「後段」に取り上げられているのは、「固定資本の更新」とそれに結びついた貨幣の自立的運動、つまり一方的販売と一方的購買、および「拡大再生産」です。これらは、第2稿ではまったく論議されなかったか、ないしはその議論が留保されていたものでした。マルクスは、これら「後段」部分を優先させて書いておきたいと思い、そのことを念頭において、まず社会的再生産で貨幣の媒介を伴った価値補填と素材補填、貨幣の出発点への還流、さらに両部門間および第II部門(消費手段生産部門)内の貨幣のさまざまな運動を探求しています。つまり貨幣の運動の解説が、主題となっているのです。〉(152-153頁)

 つまり早坂氏の理解だと、「後段」で取り上げられているというのは、先に紹介した第8稿の単純再生産部分全体の構成のうち「(4)「第11節 固定資本の補填」」「拡大再生産」だというのである。そしてそのために「先取り」されていると考えているのがどうやら(1)~(3)の部分だと考えているようなのである。とすると奇妙なことに、早坂氏の視野には〈(5)「第12節 貨幣材料の再生産」(6)「第10節 資本と収入--可変資本と労賃」〉がないことになってしまう。いずれにせよ、こうした早坂氏の断り書きの解釈にはやはり納得行かないものがあり、やはり大谷訳の方が適切ではないかとの思いがある。

 いずれにせよ、早坂氏は、他方で〈(「先取りしたもの」)より前に本来は書かれるはずであったのに抜けているものとは何か〉という問題も取り上げ、〈当然のことながら、第8稿にはない「貨幣流通抜きの敍述」が浮かび上がってきます〉(153頁)とも述べている。だから早坂氏の主張が先取りされたものの論点が〈貨幣の運動の解説が、主題となっている〉という点にあり、それが「貨幣流通抜きの敍述」よりも「先取り」されているのだ、という主旨であるならば、その限りでは、私の理解とも一致するわけである。

2009年6月29日 (月)

大谷禎之介著「『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡」の批判的検討(その16)

 

大谷禎之介著《『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡 ――メガ第II部門第11巻の刊行に寄せて――》 (『経済』09年3・4・5月号掲載)の検討


●「あとに置くべきものの先取り」とは?

 さて、いよいよ「5 第2部第8稿について」である。大谷氏はまず、「(1)第8稿の第一層」について、紹介しながら、マルクスは〈すでにこの部分で、第2部草稿の一部を書きつつある、という意識をもっていた〉(中127頁)のではないかとの推測をたてている。そして次に「(2)第8稿の第二層」の説明に移り、この第二層は草稿の12頁にある前後を区切る横線があるところから始まると推測したあと、この第二層全体には大きな見出しといえるものが二つあるとし、次のように説明している。

 〈一つは16ページにある、「あとに置くべきものの先取り〔Anticipirtes für das Spätere〕」(S. 728.31)であり、もう一つは46ページにある、「先取り〔Anticipirt〕。II 蓄積または拡大された規模での生産」(S. 790.14–15)である。〉(中127頁)

 「II 蓄積または拡大された規模での生産」に対応しそれに先行する「 I  単純再生産」という見出しはみられないが、それはどこから始まっているかを第2稿の構成を例に推測し、〈「あとに置くべきものの先取り」のところから(おそらくはそれよりも二つ前からのパラグラフ(S. 727.28–728.30)を含めて)単純再生産の分析が始まっているということになる〉(中128頁)としている。

 つまり「 I  単純再生産」はほぼ「あとに置くべきものの先取り」と書かれているあたりから始まっているわけである。しかしではどうして単純再生産が始まるところにマルクスは「あとに置くべきものの先取り」などと書いているのであろうか。その理由について、大谷氏は次のような推測をしている。

 〈それでは、内容から見て明らかに単純再生産の分析にすでに取りかかっていると考えられる部分の冒頭に、なぜ、「あとに置くべきものの先取り」という見出しが書かれているのであろうか。考えられるのは、マルクスはスミスの見解の検討のあとに、さらにスミス以降の論者たちの見解の検討を書くべきだと考えていたが、それを飛ばして単純再生産の叙述にとりかかったが、結局、その諸学説批判に戻らないままに終わった、ということである。〉(中128頁)

 しかしこれについては、すでに以前にも指摘したが、そのままではなかなか受け入れがたい解釈である。だからこの問題については少し詳細に検討してみる必要があると考えている。

 幸い、この「あとに置くべきものの先取り」の前後の草稿については、市原健志氏のかなり詳しい研究がある(《『資本論』に関する若干の新事実について》『商學論纂』第28巻第5・6号)。市原氏が草稿のこの部分の前後をかなりの部分にわたって詳しく紹介しているのは、氏自身なりの解釈の論拠を示すためなのであるが、しがしわれわれは市原氏ご自身の解釈そのものには残念ながらあまり興味はない。しかし氏がこのあたりの草稿を詳しく研究されていることは大変ありがたいことなので、その成果を利用させて頂こうというわけである。その前後の草稿を復元すると、次のようになる(下線はマルクスによる強調。なお本文中に括弧つきである数字は市原氏によるもので、草稿のページ数と行を表している。なお市原氏は現行版に採用されている部分は省略しているので、その部分を現行版から補った)。

 《さらに,産品価値のうち収入として機能する部分の全体が,社会的消費財源に向けられた年間労働生産物と一致するということは,したがって年間の収入が,年間の商品価値のうちあらゆる階級の手に帰する分けまえが消費のために向けられる年間生産物で存在する分け前と等しいということは,スミスが彼の著書の諸論のなかで明言しているところである。(15.38-15.42)
 『大多数の国民の収入とはなんであったか,すなわち……彼らの年間の消費を充足してきたこれらの財源の性格はなんであったか,これを説明するのがこの最初の4つの篇の目的である。』(12ページ)それゆえ年問労働をとおして生産される商品価値は2つの部分に分けることができる。そのうちの一部分によって労働者は彼の労働力のための等価を作り出し,他の部分によって労働者は資本家のための剰余価値を生産する。第一番目のものは労働者の収入として,労賃として機能し,第二番目のものほ資本家の収入として機能する。だからこの2種類の収入は,収入であるがゆえに,〔そしてこの観点は単純再生産の説明では正しい〕年間の消費財源の相対的な分けまえを表わしており,またこの財源で実現されるので,こういうわけで,不変資本価値のための,すなわち生産手段の形で機能する資本の再生産のための,余地はどこにもない。(15.43-15.48,16.1-16.3)
 しかしA.スミスが年間の労働(あるいは商品)生産物の総価値と年間の労働をとおして新たに作り出される価値生産物--それは年間の労働生産物価値の一部を形成するにすぎないのだが--を同一視したことは,彼が,価値を形成するかぎりでの労働と労働の有用的性格とを区別しえないがゆえに,必然的であった。『各国民の年間の労働は国民が1年間に消費するすべての生活手段を各国民に本源的に供給する〔自然財源が与えられ労働の対象化された要素が移転することによって〕財源である。そして,この生活手段は,つねに,この労働の直接的生産物から成っているか,またはこの生産物で他の諸国民から買った諸対象かち成っている。』(緒論,11ページ。『諸国民の富』の最初の一文)(16・4-16・10)
 年間の生産物--つまり年間の商品生産物あるいは年間の商品資本--の運動,すなわち流通形態W'-G-W…P…W'(W'一G'一W…P…W'
              \g-w
の視点から社会的再生産過程を考察すれば,ここでは必ず消費が一役を演ずるのである。なぜならば,出発点のW'=W+wという商品資本は不変資本価値と可変資本価値と剰余価値とを含んでいるからである。だから商品資本の運動は、生産的消費とともに個人的消費をも含んでいるのである。G-W…P…W'-G'およびP…W'-G'-W…Pという循環では、資本の運動が出発点であり終点である。それには確かに消費も含まれている。というのは、この商品、この生産物は、売られなければならないからである。しかし、この販売が行なわれるものと前提すれば、それから先この商品がどうなろうと、個別資本の運動にとってはどうでもよいのである。これに反して、W'…W'という運動では、まさにこの総生産物W'の各価値部分がどうなるかが示されなければならないからこそ、それによって社会的再生産の諸条件が認識できるのである。総再生産過程は、ここでは、資本そのものの再生産過程を含んでいるのと同じように、流通に媒介される消費過程をも含んでいるのである。
(16.11-16.21)
 〔単純再生産または不変な規模での再生産は,1つの抽象として現われる。すなわち、一方では、蓄積または拡大された規模での再生産が全く行なわれないということは資本主義的基礎の上では奇妙な仮定であり、他方では、生産がそのもとで行なわれる諸関係がどの年にも絶対に変わらないというようなことはない(だがそれが変わらないことが前提されているのだ)という限りで、単純再生産は抽象なのである。前提は、商品の形態は再生産過程で変わることがあるにしても、与えられた価値の社会的資本は、今年も去年と同じに再び同じ量の商品価値を供給し同じ寮の必要を満たす、ということである。とはいえ、蓄積が行なわれる限りでは、単純再生産は常にその一部分をなしており、したがってそれ自体として考察されることができるのであり、蓄積の現実の要員なのである。年間生産物の価値は、使用価値の量が変わらなくても、減少することがありうる。この価値は、使用価値の量は減少しても、同じままでありうる。価値量と再生産される使用価値の量とが同時に減少することもありうる。全てこのようなことは、再生産が以前よりも有利な事情のもとで行なわれるか、それとも以前よりも困難な事情のもとに行なわれるかということに帰着するのであって、後の方の場合は、不完全な----不足な----再生産という結果に終わることもありうるのである。全てこのようなことは、ただ再生産の色々な要素の量的な面に影響することがありうるだけで、これらの要素が、再生産をする資本かまたは再生産される収入として、総過程で演ずる役割を動かすことはできないのである。〕(16・22-16・34)
----------------------(区切りの線)
後のための先取り。
 われわれはたとえば次のように見なそう。〔k=前貸された総資本:C=不変資本,V=可変〈資本〉
(〈 〉は市原氏の補足、以下同じ),m=剰余価値〕
  I )生産手段の生産4000c+1000v|:k=5000,価値増殖率=100パーセント;だからk=5000;=4000c+1000v。生産手段で存在する商品生産物=4000c+1000v+1000m 年間の商品生産物の総価値=6000
 II)消費手段の生産2000c+500v+500m(=商品生産物の価値=3000。k=2500〈)〉
 生産手段の現物形態で商品生産者の手もとにあるv+m( I )は,消費手段の現物形態にあるc(II)と交換される。II)の資本家階級は自分の不変資本を消費手段の形態から再び消費手段の生産手段の形態に転換している。すなわち,それがまた新たに労働過程の要因としても--価値増殖過程との関連で言えば--不変資本価値としても機能することのできる形態に転換している。他方では,( I )の労働力の価値v( I )と資本家( I )の剰余価値とが消費手段に実現されており,生産手段の現物形態から収入として消費される現物形態に転換されている。
(16.35-16.47)(619-622頁)

  (以下、この草稿の復元部分の考察など、このあとの部分は次回に続きます。)

2009年6月27日 (土)

大谷禎之介著「『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡」の批判的検討(その15)

 

大谷禎之介著《『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡 ――メガ第II部門第11巻の刊行に寄せて――》 (『経済』09年3・4・5月号掲載)の検討

 (以下は、前回再び中断した、項目●【資本循環論における理論的前進】も今一つ納得がいかないの最後の部分です。)


 だからまた大谷氏が続けて次のように述べているのもわれわれとしては納得が行かないのである。

 〈また、一般的商品流通の事象を資本循環における機能的に規定された一部分にする諸契機ないし諸関係が明確にとらえられたことによって、同時に他方では、資本循環の部分を成していない一般的流通の諸過程がそれとして明確にとらえられた。すなわち、生活手段の個人的消費によって労働力の再生産を媒介するW_G_Wも、資本家が貨幣形態にある剰余価値を個人的消費のために支出するg_wも、ともに一般的商品流通のうちの資本の循環の外部にある部分であることが明確にされた。これによって、社会的総資本の総再生産過程におけるそれらの過程と資本循環との絡み合いを厳密に分析する前提がつくりだされた。こうしてここでマルクスは、労働者の生活手段を可変資本と見たり、賃金の支払いを資本の収入への転化と見たりするという、古典派の残滓を完全に払拭するのである。〉(中123頁)

 ここで大谷氏は第6稿や第7稿の段階でマルクスは初めて〈資本循環の部分を成していない一般的流通の諸過程がそれとして明確にとらえられた。すなわち、生活手段の個人的消費によって労働力の再生産を媒介するW_G_Wも、資本家が貨幣形態にある剰余価値を個人的消費のために支出するg_wも、ともに一般的商品流通のうちの資本の循環の外部にある部分であることが明確にされた〉かに述べているのであるが、こうしたこともわれわれとしては信じがたいことなのである。というのはマルクスはすでに第1稿で次のように述べているからである。

 《再生産過程の全体を考察すれば、個人的消費は生産的消費として現われる--個人的消費は、過程の人的諸前提を、つまり資本家と労働者どを再生産するから--という先に示された仮象を別とすれば、個人的消費過程それ自体は、形態的には、資本の循環のなかに含まれていない。》(大谷他訳・大月書店刊47頁)

 ご覧の通り、マルクスはすでに第1稿の段階でも、労働者や資本家の個人的消費過程は資本の循環のなかに含まれていないことをはっきりと明言している。そしてこうしたことはある意味ではこれまでのわれわれのそれ以前のマルクスの論述から考えるなら、当然のことなのである。

 また大谷氏は〈こうしてここでマルクスは、労働者の生活手段を可変資本と見たり、賃金の支払いを資本の収入への転化と見たりするという、古典派の残滓を完全に払拭するのである〉とも述べている。
 しかしわれわれはこうした大谷氏らの主張には多分に問題の一面化があることをすでにみてきた。そして同じことはここでも指摘することができる。というのは、マルクス自身は第8稿の段階でも、なお次のように述べているからである。
 
 《 I がIIの《追加》不変資本を自分の剰余生産物のなかから供給しなければならないのと同様に,IIはこれと同じ意味で I のための追加可変資本を供給する。可変資本にかんするかぎりでは,IIは,自分の総生産の,したがってまたとくに自分の剰余生産物のより大きな部分を必要消費手段の形態で《再》生産することによって, I のために,また自分自身のために蓄積するのである。》(大谷前掲訳下55頁)

 このように、マルクスは第8稿の段階でも《IIは…… I のための追加可変資本を供給する》などと述べている。“IIが供給するのは、 I の追加労働者の生活手段であって、決して I の追加可変資本ではない”、と大谷氏なら直ちにその“間違い”を指摘されるかも知れない。しかしではなぜ、第8稿の段階では、大谷氏よれば、当然、〈労働者の生活手段を可変資本と見たり……するという、古典派の残滓を完全に払拭している〉はずのマルクスが、こうした書き方をしているのであろうか。その理由について、マルクスは次のように説明している。

 《資本家 I は,奴隷所有者でもあればしなければならないように,自分が使用する追加労働力のためにIIから必要生活手段を在庫として買ったりためこんでおいたりはしない。IIと取引するのは,労働者自身である。しかしこのことは,資本家の立場から見れば追加労働力の消費手段は彼が《必要な場合に》追加する労働力を生産し維持するための手段でしかなく,したがって彼の可変資本の現物形態でしかないということを,妨げるものではない。資本家自身がさしあたって行なった操作,ここでは I が行なったそれは,追加労働力を買うために必要な新たな貨幣資本を貯えたことだけである。彼がこの追加労働力を取り入れてしまえば,この貨幣はこの労働力にとっての商品IIの購買手段となるのであり,したがって,IIには労働力のための消費手段がみいだせるようになっていなければならないのである。》(同48-9頁)

 だからこういう理由から、先のような言い方もまた意義がある、とマルクス自身は第8稿の段階でも考えているのである。こうした事実を大谷氏たちは,果たして確認されているのであろうか。

●[b 商品資本の循環の独自性の明確化]についても疑問がある

 これは先に検討した[a 貨幣資本が果たす貨幣機能と資本機能との明確な区別]と同様に、大谷氏が第5―7稿において、マルクスが勝ち取った【資本循環論における理論的前進】の一つとして論じているものである。大谷氏は次のようにその内容を述べている。

 〈まえに触れたように、商品資本の循環は、第二稿ではすでに最初から資本の三つの循環形態の一つとされていたが、他の二つの循環形態にたいするこの形態の独自性はまだ完全にはとらえられていなかった。マルクスが、ケネーの経済表の基礎を成しているのは生産資本の循環と商品資本の循環だ、と述べていた(S. 33.20–23)のも、その一つの表現であった。〉(中123頁)

 このように大谷氏は主張されているのであるが、しかし根本的な疑問を禁じえない。というのは、第2稿の第3章では、すでに社会的な総資本の「流通過程および再生産過程の現実的諸条件」として、再生産表式を使った考察が行なわれているからである。再生産表式というのは、いうまでもなく、W’-G’-W…P…W’の商品資本の循環として社会の総資本の運動を考察することである。もし第2稿の段階でこうした商品資本の循環の独自性が十分にマルクスによって把握されていなかったのなら、どうしてその第3章で総資本の再生産過程を表式を使って考察することが出来たのであろうか。
 ここでは大谷氏は、第2稿でマルクスは〈ケネーの経済表の基礎を成しているのは生産資本の循環と商品資本の循環だ〉と考えていたから、商品資本の独自性を〈いまだ完全にはとらえられていなかった〉理由とされているのであるが、しかしそれは不完全な捉え方の理由としてはあまりも根拠薄弱と思えるのは、私の偏見であろうか。
 では、実際には、マルクスは第2稿の第1章で、商品資本の循環の独自性について、どのように述べているのであろうか。それを見てみることにしよう。第2稿の第1章については、すでに八柳良次郎氏による翻訳がある(『マルクス・エンゲルス・マルクス主義研究』No.4~10)。マルクスは、貨幣資本の循環(図式 I )と生産資本の循環(図式II)のそれぞれの特徴を上げたあと、それと比較して、商品資本の循環(図式III)について、次のように述べている。

 《これにたいして,図式III, W’一…一W’では,商品資本の運動,すなわち資本主義的に生産された総生産物の運動は,資本価値の自立的循環の前提としても現われ,またその運動がこの循環によって条件づけられるものとしても現われる。それゆえ,この図式がその独自性において理解され,考察されるならば,円運動を行なう資本価値の2つの流通局面W’-G’およびG-Wは,一方では資本変態の機能的に規定された諸断片をなし,他方では一般的商品流通の諸環をなすことに触れるだけでは,もはや十分ではない。個別資本の変態のもとでの価値の運動と他の個別諸資本の諸変態との[関連],および社会的総生産物のうち個人的消費にあてられる部分の流通との[関連】を解明することが必要になる。けれども,循環の形態だけを問題にしているここでは,このことはまだ解明されないであろう。われわれは,この問題を本書の第3章で考察することになる。と同時に,たとえば次章のように,個別諸資本の自立的循環が問題になるところではどこでも,なぜわれわれは図式 I ,IIに立脚するかが明らかである。個別資本ということで理解されなければならないのは,社会的総資本のうち個別資本家たちの資本として分離され機能している部分である。社会的資本はそのような個別諸資本からなるにすぎず,それゆえ社会的資本の運動は個別諸資本の諸運動の複合体からなるにすぎない。けれども,この複台体そのものを描くことと,この複合体を構成する孤立的諸運動を描くこととは,別問題である。》(No.7(1989.7)59-60頁)

 ここではマルクスは、商品資本の循環について、資本主義的に生産された総生産物の運動は,資本価値の自立的循環の前提としても現われ,またその運動がこの循環によって条件づけられるものとしても現われる。それゆえ,この図式がその独自性において理解され,考察されるならば,……個別資本の変態のもとでの価値の運動と他の個別諸資本の諸変態との[関連],および社会的総生産物のうち個人的消費にあてられる部分の流通との[関連】を解明することが必要になる。……われわれは,この問題を本書の第3章で考察することになる〉と明確に語っている。われわれはここにすでに十分に商品資本の循環の独自性をとらえた説明を見いだすことができるのではないだろうか。マルクスは商品資本の循環は社会の総資本の再生産過程を考察する第3章で考察されることになると明確に語っているのである。確かに第5稿から採用されている現行版ではこれよりもよりはるかに詳しい説明を見いだすことができるが、しかし第2稿でも十分に商品資本の循環の独自性がとらえられているのではないだろうか。だからこそマルクスは第2稿の第3章で社会的総資本の再生産過程を総商品資本の再生産表式として考察することができたといえるのではないだろうか。
 いずれにせよ、大谷氏はケネーの経済表の評価での進展を根拠に、商品資本の循環の独自性の把握についても、第2稿では〈いまだ完全にはとらえられていない〉とし、第5-7稿で初めてそれは〈明確化〉されたと言われるのであるが、果たして第2稿の第3章(篇)の敍述そのものから、そうした不明確であるところの論拠を、つまり社会的総資本の再生産過程を商品資本の循環として明確に捉え切れていないとする部分を、示すことができるのであろうか。それこそが問題ではないだろうか。

2009年6月26日 (金)

大谷禎之介著「『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡」の批判的検討(その14)

 

大谷禎之介著《『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡 ――メガ第II部門第11巻の刊行に寄せて――》 (『経済』09年3・4・5月号掲載)の検討

 (以下は、前回中断した、項目●【資本循環論における理論的前進】も今一つ納得がいかないの続きです。)

 つまり「資本の流通過程」も、その流通過程だけを取り出せば、つまり資本制的な生産関係を捨象して流通過程だけを見るなら、それは単純な一般的な商品流通の過程としてわれわれの前に現われる。だからそこでは貨幣資本や商品資本も、たんなる貨幣であり、たんなる商品として現われ、そのようなものとして振る舞う(機能する)のである。そもそも単純な商品流通というのは、資本の流通過程を資本関係を捨象して、そうした抽象的なレベルでみたものなのである。単純な商品流通は、資本制的生産関係の表面に現われているもっとも抽象的な関係なのであり、歴史的にも論理的にも資本主義的生産様式に先行するものなのである。だからこそ、『資本論』の第1部の冒頭(第1篇)は単純流通にある「商品と貨幣」の分析から始まっているのである。だからこんなことが第6稿や第7稿の執筆段階までマルクスにとって不分明であったなどということはおよそ考えることは出来ない。そればかりかマルクスが『経済学批判』を彼の経済学批判体系の「第一分冊」として構想した時点で、すでにそんなことはマルクスにとって明らかだったといえるだろう。

 だから大谷氏が〈マルクスは徹底して、個別資本の自立的な循環運動そのものに注目し、貨幣と商品との位置変換によってそれと絡み合う商品流通の側での形態運動を度外視している〉などというのは見当違いも甚だしいように思える。マルクスは単純流通としての貨幣の抽象的な諸機能が資本制的関係のなかでより具体的な内容規定を受け取る条件を考察しているのである。そしてそれが資本の運動、その循環なのである。そもそも商品流通という抽象的な契機を「度外視」するなどいうことは出来ないはずである。貨幣の抽象的な諸機能は、それがどんな具体的な内容規定を受けようとも変わることはなくそこに貫いているのである。問題は事態を抽象的な契機として考察するか、より具体的な資本関係のなかでさらに具体的な内容規定を受けたものとして考察するかの相違に過ぎない。後者を捨象して前者だけで、問題を抽象的に考察することは可能であるが、しかし前者を捨象して後者だけで問題を考察するというのは、現象主義者や経験主義者ならともかくマルクス主義者なら不可能なことである。

 マルクスは『経済学批判』のなかで、銀行学派のトゥックが《商品価格の歴史の良心的な分析》にもとづいて《貨幣は、現実の生産過程では、流通手段の形態規定性とはまったく別な諸形態規定性をなおまたうけとることを》を理解したが、貨幣と資本との区別で混乱していると次のように批判している(下線はマルクスによる強調)

 《すべてこれらの著述家(銀行学派のこと--引用者)たちは、貨幣を一面的にではなくそのさまざまな諸契機で把握してはいるが、しかしたんに素材的に把握しているだけで、それらの諸契機相互のあいだや、これらの諸契機と経済学的諸範疇の全体系とのあいだの生きた関連を把握してはいない。だから彼らは、流通手段と区別しての貨幣(つまり支払い手段を--引用者)、誤って資本と混同し、または商品とさえ混同する。もっとも他方では、ときおり、貨幣と両者との区別をまたもや主張せざるをえなくなっているが。……総じてこれらの著述家たちは、まずもって、単純な商品流通の内部で展開されるような、そして、過程をへる諸商品それ自体の関連から生じてくるような抽象的な姿で、貨幣を考察することをしない。だから彼らは、貨幣が商品との対立のなかでうけとる抽象的な諸形態規定性と、資本や収入〔revenue〕などのような、もっと具体的な諸関係をうちにかくしている貨幣の諸規定性とのあいだをたえずあちこちと動揺するのである。》(全集13巻161-162頁)

 この引用文の最後でマルクスが述べていることは特に重要である。要するに銀行学派は貨幣の抽象的な機能とより具体的な形態規定性とを区別できず、それらを混同しているということである。そして今われわれが「貨幣資本の循環」で、貨幣の諸機能と貨幣資本としての規定性とその運動諸形態で問われている問題もまさに同じ問題なのである。実際、この第7稿のなかにも銀行学派の混乱を意識したと思われる記述もみられる。例えば次のような一文。

 《ここでわれわれが関心をもつのは次のことである。すなわち、G-Aが貨幣資本の一機能として現われるとしても、すなわち、貨幣がここで資本の存在形態として現れるとしても、それは、決して、単に、貨幣がここではある有用効果をもつある人間活動すなわちある勤労に対する支払手段として登場するからではない--したがって、決して支払手段としての貨幣の機能によってではない--ということである。》(全集版43頁)

 ここではマルクスは、貨幣の一機能である支払い手段を理由に銀行学派がそれを資本と捉えたことを意識してこのように述べているのである。ほぼ同じ内容をマルクスは次のようにも述べている。

 《貨幣資本……の把握においては、通常、二つの誤りが並立または交錯している。第一には、資本価値が貨幣資本として果たす--そして資本価値が貨幣形態にあるからこそ果たしうる--諸機能が、誤って資本価値の資本性格から導き出される。それらの機能は、ただ資本価値の貨幣状態、資本価値の貨幣としての現象形態のせいにすぎないのにである。また、第二にはその逆に、貨幣機能を同時に一つの資本機能にする貨幣器のの独自な内実が貨幣の本性から導き出される(それ故貨幣が資本と混同される)。この資本機能は、ここでG-Aが遂行される場合にもそうであるが、単なる商品流通およびそれに照応する貨幣流通では決して与えられていない社会的諸条件を前提しているのにである。》(同44頁)

 われわれは第6稿や第7稿が執筆される以前、第1稿とほぼ同じ次期に執筆された、第3部の草稿の現行の第28章該当部分にも、冒頭、次のようなマルクスの明確な指摘を見ることができる(しかしこれは現行版ではエンゲルスの編集によって混乱した記述になっているので、大谷氏が翻訳された草稿から紹介する)。

 《トゥック、ウィルソン、等々がしている、Circulation〔通貨――引用者〕と資本との区別は、そしてこの区別をするにさいに、鋳貨としての流通手段と、貨幣と、貨幣資本と、利子生み資本(英語の意味での moneyed Capital)とのあいだの区別が、乱雑に混同される。》(『経済志林』61巻3号212頁)

 このようにマルクスは述べることによって、第1部第1篇で取り扱われている「鋳貨としての流通手段と、貨幣」と第2部の「資本の流通過程」で取り扱われている「貨幣資本(Geldcapital)」と、第3部第5篇で取り扱われている「利子生み資本(英語の意味での moneyed Capital)」との諸区別、すなわち《経済学的諸範疇の全体系とのあいだの生きた関連を把握》する重要性を指摘しているのである。
 だから最後にもう一度確認するが、こうした貨幣と貨幣資本との区別がマルクスにとって、第6稿や第7稿が執筆されるまであいまいであったかにいう大谷氏らの主張は、途方もないことだということである。

 (残念ながら、やはりまた字数オーバーになったので、適当なところで切らざるをえませんでした。だからこの項目はさらに次回にも続きます。) 

2009年6月25日 (木)

大谷禎之介著「『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡」の批判的検討(その13)

 

大谷禎之介著《『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡 ――メガ第II部門第11巻の刊行に寄せて――》 (『経済』09年3・4・5月号掲載)の検討

●第1篇第1章の「書き出し」にどうしてマルクスは拘ったのか?

 マルクスは「利用すべき諸箇所」にもとづいて、第5稿(これは現行の第1篇の第1章から第4章ぐらまで含んだものだったようである)の下半分を書きおえたあと、この第5稿から「印刷用の原稿をつくろうとする最初の試み(エンゲルス)として、1877年10月26日の日付の付いた断稿IIIを書き、そのあとすぐに同10月末から11月にかけて第6稿を、さらに1878年7月2日づけの第7稿を書いたが、これらはすべて第1篇第1章の「書き出し」「試みた」ものだったと説明されている。エンゲルスはこの第7稿と第6稿(一部は第2稿・第5稿)を使って、現行の第1篇第1章を編集している。しかしどうしてマルクスはこの第1篇第1章の「書き出し」を何度も書き直す必要があったのかが今一つよく分からないのである。その後で大谷氏は、【資本循環論における理論的前進】として、「第5稿-第7稿における資本循環論との格闘」があったとしているが、これは「書き出し」の何度もの推敲とどのように関連しているのかが今一つよく分からないのである。

●【資本循環論における理論的前進】も今一つ納得がいかない

 これは上記の疑問と密接に関連しているが、どうやら大谷氏は第6稿-第7稿でマルクスが第1篇第1章の「書き出し」を何度も推敲しなおした理由として、〈資本循環論との格闘〉のためだったと考えているようなのである。しかしここで大谷氏が【資本循環論における理論的前進】の一つとして上げている[a 貨幣資本が果たす貨幣機能と資本機能との明確な区別]なるものは今一つ納得が行かないのである。というのはこうした区別が果たして、この時点まで(つまり第6稿や第7稿が執筆されるまで)、マルクスにとって不明確な問題だったなどということはおよそ考えられない話だからである。そこで大谷氏がこの問題をどのように説明しているのかを詳細にわれわれとしては検討しなければならない。

 まず大谷氏は〈第七稿でマルクスは次のように書いた〉(中122頁)として次のような一文を紹介している。

 〈貨幣資本がもろもろの貨幣機能を果たすことができるという能力は、貨幣資本が貨幣であることから生じるが、G_WにおけるGの貨幣機能を資本機能にするものは、資本がその循環のなかで貨幣機能を果たす段階と他の諸段階、とりわけ資本が生産過程で価値増殖する段階との関連である。つまり、G_Wが労働力および生産手段への貨幣の転換であるかぎりで、貨幣機能は同時に資本機能となることができる。しかし、貨幣が労働力を購買できるのは、買い手が生産手段の所持者である資本家であり、売り手が生産手段から切り離された労働力しかもたない労働者であるという、「買い手と売り手とが相対するときの両者の経済的根本条件の相違」すなわち「彼らの階級関係」があるからである。「この関係の定在こそが、たんなる貨幣機能を資本機能に転化させることができる」(S. 693.12-26)。〉(中122頁)

 これと同じ文章は後半部分にかぎ括弧に入ってるもの以外は現行版のなかに捜すことは出来なかった。だからこれは恐らく大谷氏による第7稿の内容の要約ではないかと思う。だからまた次の第6稿についても、大谷氏がその内容を要約したものであろう。

 〈他方、W'_G' については、第六稿でマルクスは、資本価値プラス剰余価値という価値関係を表わしているW' の貨幣への転化は同時に商品資本の貨幣資本への転化であって、商品の貨幣への転化である商品流通の単純な過程W_Gに資本機能の刻印を押すものは、この価値関係なのだ、と述べた(S. 677.13–678.32.)。〉(中122-123頁)

 このように大谷氏は第7稿における貨幣資本と貨幣との区別、第6稿における商品資本と商品との区別についてマルクスの主張を要約したあと、その注目点として次のように述べている。

 〈以上の叙述で注目されるのは、ここではマルクスは徹底して、個別資本の自立的な循環運動そのものに注目し、貨幣と商品との位置変換によってそれと絡み合う商品流通の側での形態運動を度外視していることである。のちに触れるように、ここに、資本循環論における古典派の貨幣ベール観の最終的な脱却を見ることができる。〉(中123頁)

 しかし果たしてこのような主張は正しいのであろうか。〈個別資本の自立的な循環運動そのものに注目し、貨幣と商品との位置変換によってそれと絡み合う商品流通の側での形態運動を度外視している〉と大谷氏は主張されるのであるが、これで氏は一体何を言いたいのであろうか。〈商品流通の側での形態運動を度外視している〉と言われるのであるが、そんなことはマルクス自身は何も述べていないように思えるからである。だからわれわれは、マルクスが主張していることを、もう一度、現行版にもとづいて確認してみよう。

 マルクスは「第1章 貨幣資本の循環」「第1節 第一段階 G-W(ここから第7稿である)の冒頭、次のように書きはじめている。

 《G-Wは、ある貨幣額がある額の諸商品に転換されることを表わし、買い手にとっては彼の貨幣の商品への転化であり、売り手たちにとっては彼らの諸商品の貨幣への転化である。一般的商品流通のこの過程を、同時に一つの個別資本の自立的循環の中の機能的に規定された一部分にするものは、さしあたり、この過程の形態ではなく、それの素材的内実であり、貨幣と席を換える諸商品の独自な使用の性格である。これらの商品は、一方では生産諸手段、他方では労働力であり、商品生産の物的要因および人的要因であって、これらの要因の特殊な性質は、もちろん、生産されるべき物品の種類に照応しなければならない。》(全集版36-37頁)

 そして《Gが転換される商品総額のこの質的分割の他に、もう一つのきわめて特徴的な量的関係》(同37頁)があるとして、その量の考察に移り、その後、次のように述べている。

 《貨幣資本としては、資本は、貨幣諸機能、いまの場合には一般的購買手段と一般的支払手段との機能を果たしうる状態にある。……この能力は、貨幣資本が資本であることから生じるのではなく、貨幣資本が貨幣であることから生じる。
 他方では、貨幣状態にある資本価値もまた、貨幣諸機能を果たしうるだけで、他の機能は果たし得ない。この貨幣諸機能を資本諸機能にするものは、資本の運動の中での資本諸機能の一定の役割であり、それゆえまた、貨幣諸機能が現われる段階と資本の循環の他の諸段階との連関である。たとえば、さしあたりいまの場合には、貨幣が諸商品に転化されるのであって、それら諸商品の結合が生産資本の現物形態をなし、したがって、この形態は、潜在的に--可能性から見て--すでに資本主義的生産過程の結果を自己のうちに包蔵しているのである。
(同39頁)
 《貨幣がどんな種類の商品に転化されるかは、貨幣にとってはまったくどうでもよいことである。貨幣はすべての商品の一般的等価形態であり、すべての商品は、それらが観念的に一定額の貨幣を表わし、貨幣への転化を期待し、そして貨幣との場所変換によってのみ、商品所有者にとっての使用価値に転化されうる形態を受け取るということを、すでにそれらの価格において示している。それ故、労働力がひとたびその所有者の商品として市場に現われ、その販売が労働に対する支払いの形態で--労賃の姿態で--行なわれるやいなや、労働力の売買は、他のどの商品の売買と比べても、奇異な感を与えるような点はまったく見られない。商品である労働力が買いうるものであるということが特徴的なのではなく、労働力が商品として現われることが特徴的なのである。》(同41-42頁)
 《それ故、G-Aという行為では、貨幣所有者と労働力所有者とは、買い手および売り手として関係し合い、貨幣所有者および商品所有者として相対するにすぎず、したがってこの面から見れば互いに単なる貨幣関係にあるにすぎないとはいえ--それにもかかわらず、買い手は、最初から同時に生産諸手段の所有者として登場するのであって、この生産諸手段は、労働力の所有者が労働力を生産的に支出するための対象的諸条件をなしている。言い換えれば、この生産諸手段は、労働力の所有者に対して他人の所有物として相対する。他方では、労働の売り手は、その買い手に対して他人の労働力として相対するのであり、この労働力は、買い手の資本が現実に生産資本として自己を発現するために買い手の支配下に移り、彼の資本に合体されなければならない。したがって、資本家と賃労働者との階級関係は、両者がG-A(労働者の側から見ればA-G)という行為で相対する瞬間に、すでに現存し、すでに前提されている。それは、売買であり、貨幣関係であるが、しかし、買い手は資本家として、売り手は賃労働者として、前提される売買であり、この関係は、労働力の具現のための諸条件--生活諸手段および生産諸手段--が他人の所有物として労働力の所有者から分離されるとともに、与えられている。》(同42-43頁)
 《資本関係が生産過程中に出現してくるのは、ただ、この関係自体が流通行為のうちに、買い手と売り手とが相対し合う異なる経済的基本諸条件のうちに、彼らの階級関係のうちに、実存するからにすぎない。貨幣の本性とともにこの関係が与えられているのではない。むしろ、この関係の定在こそが、単なる貨幣機能を資本機能に転化させうるのである。》(同43頁)

 ながながと引用したが、要約ではなく、マルクス自身の言葉としてその内容を確認したかったからである。これがほぼ第1節でマルクスが貨幣資本と貨幣との区別について述べている主要な内容である。ここでマルクスが述べていることで重要なことは二つだけである。(1)G-Wは一般的な商品流通としては、たんなる貨幣の商品への転換(たんなる購買)である。(2)だからG-Wを貨幣資本の生産資本への転換にするのは、この一般的な商品流通そのものではなくて、それ以外の関係による。それは資本制的生産関係である。以上。貨幣と貨幣資本との区別としては、マルクスはこれ以外のことは述べていないのである。

 (残念ながら、字数がオーバーしたので、中波半端ながら中断せざるを得ません。続きは次回で。)

2009年6月23日 (火)

大谷禎之介著「『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡」の批判的検討(その12)

 

大谷禎之介著《『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡 ――メガ第II部門第11巻の刊行に寄せて――》 (『経済』09年3・4・5月号掲載)の検討


●「ノート」と「草稿」をことさら区別する意味

 大谷氏は1877年の春に、マルクスはそれ以前に書かれたものを一切見ずに書いた第5稿の上半分(これを「成立と来歴」は「原初稿」と呼んでいる)を中断して、それ以前に書いたもの(ノート I ~IV)で利用できる記述を確かめる必要を感じ、1877年3月末ごろから4月半ばにかけて「まず私の古い諸ノートへのたんなる指示」と冒頭に書きつけた〈以前の諸草稿のなかの利用すべき諸箇所への指示ないし摘要を作成した〉(中120頁)と紹介したあと、次のように書いている。

 〈マルクス自身は、「利用すべき諸箇所」でもそのあとでもこれらを「ノート I ―IVと呼んでいて、第2部草稿の I ―IV考えていたわけではなかったが、のちにエンゲルスがこれらを第1稿―第4稿と呼び、そのあとに続く草稿と見られるものを第5稿―第8稿と呼んだので、ふつう、第2部草稿としては第1稿から第8稿まである、と考えられてきている。〉(中121頁)

 大谷氏はこのように書いて、マルクスはあくまでも I ~IVと番号を打ったものを「ノート」と考えていたのであって、「草稿」とは考えていなかったのだと言いたいかである。しかし大谷氏自身も、その前では、〈マルクスは、冒頭に「まず私の古い諸ノートへのたんなる指示」と書き付けた、以前の諸草稿のなかの利用すべき諸箇所への指示ないし摘要を作成した〉(下線は引用者)と書いており、それは草稿として「利用すべき諸箇所」を示すものだと書いている。だから実際には、内容的に考えてもそうしたものと思えられるものなのであろう。だからやはり、それぞれのノートは、そのうちのマルクスが指示した諸箇所から第二部の草稿を仕上げるためのものと考えても決して間違いではないのではないだろうか。単に改めてもう一度草稿を書くときに、参照にすべき諸箇所をメモ書きしたというようなものではなく、最終的な完成した草稿に仕上げるために「利用すべき諸箇所」を示したものならば、それらもやはり「草稿」と考えてもよいように私には思えるのである。

 実際、大谷氏はこの「利用すべき諸箇所」を書きおえたあと、マルクスは第5稿の下半分を仕上げたと次のように書いている。

 〈彼は1877年の4月下旬から7月末にかけて、この「利用すべき諸箇所」を参照しながら、ブランクとなっていた第5稿の各ページの下半部に、以前の叙述から多くの箇所を、「原初稿」への「追補」または「注」のかたちで書き加えた。この作業は、多少の置き換えや書き換えがあるものの、きわめて多くの異文を含む「原初稿」とは異なり、ごくわずかの異文を含むだけの、書き写しを主体とするものであった。このように、第5稿は、「利用すべき諸箇所」よりもまえに書かれた「原初稿」と、それよりもあとに書かれた「追補」および「注」という、二つの層からなっているのである。〉(中121頁)

 つまりこの大谷氏の説明によると、第5稿の下半分には「利用すべき諸箇所」の指示にもとづいて、「追補」や「注」が書き加えられたが、それらは〈書き写しを主体とするものであった〉と書かれている。つまり第5稿の上半分を「成立と来歴」は「原初稿」と呼んだと大谷氏は紹介し、それについては大谷氏もなんの異論もだしていない。その限りでは大谷氏もそれは最初の「草稿」だったとの判断に立っているのであろう。とするなら、その下半分にほとんど〈書き写しを主体とする〉形で以前のノート I ~IVが利用されたということは,その以前のノートもやはり草稿として利用すべきとマルクス自身は考えていたことを示すものではないだろうか。だからこそマルクスはほとんど書き写すことによって草稿を仕上げて行こうとしたといえるからである。だから大谷氏のように草稿とノートをことさら区別する意味はないのである。

 実際、この第5稿について、エンゲルスは次のように書いている。

 《これははじめの4章を含んでいるが、まだほとんど仕上げられてはいない。本質的な諸論点が本文の下の注で取り扱われている。素材が集められているだけで選別されてはいないが、しかしこれが第1篇のこの最も重要な部分の最後の完全な叙述である。----これから印刷に付しうる原稿をつくろうとする最初の試みが、第6草稿(1877年10月以後、1878年7月以前)にある。これは、第1章の大部分を含んでいるが、四つ折り判で17ページにすぎない。第二の--最後の--試みは「1878年7月2日」〔付〕の第7草稿にあるが、これは二つ折り判で7ページにすぎない(全集版8頁)

 つまりエンゲルスは第1篇を主要にはこの第5稿をもとに編集しており、そのうち第1章の前半部分を第7稿や第6稿から、また第5・6章は第2稿から採用したが、残りは主要には第5稿から採ってきている。その編集の仕方について市原氏は次のように述べている(下線は市原氏の強調)。

 〈すなわち、第5稿が第1篇の最も重要な部分の最後の完全な敍述であることを重視したエンゲルスは、第5稿の、集められているだけでえり分けられているとはいえない、注(ノート)で取り扱われている重要な点を、えり分け、それらを本文に組み込んで仕上げたということであった。実際、現行版の第5稿を利用した部分は、本文と「本文の下の注(ノート)」とが激しく交差して仕上げられている。まさにこの部分は第2部全体の中で「はさみとのりでまとめられている」という表現がぴったりする部分であるということができる。〉(《『資本論』第2部の諸草稿とエンゲルスの編集について》『商學論纂』第27巻第2号54頁)

 ここで「本文」と書かれているのが、第5稿の上半分に書かれている「原初稿」のことであり、「注(ノート)」と書かれているのが、その下半分に書かれているものであろう。ご覧の通りエンゲルスは両方をまさに交差して「はさみとのりでまとめられている」ような形で切り貼りして編集しているということである。つまりノート I ~IVから採ってきた第5稿の下半分もその意味では草稿として立派に通用していることをこれは意味しているのではないだろうか。

●第2稿が基礎に置かれなければならないというマルクス自身による指示は重要

 さらに大谷氏は「利用すべき諸箇所」について次のように説明している。

 〈なかほどの「ノートII」というタイトルをつけたところに、マルクスは「この第二の叙述が基礎に置かれなければならない」と書き付けている(S. 539.2)。「この第二の叙述」というのは「ノートII」を指しているものと考えられるが、あるいは、第1稿と区別して、そのあとの諸草稿、とりわけ第4稿および第2稿の全部を指していると見ることもできるかもしれない。いずれにしても、この一文が書き付けられたのは、目の前に、第1稿―第4稿および、まだ「原初稿」だけが書かれている第5稿および後述の第8稿第一層の冒頭部分があるだけのときであって、第1稿―第8稿のすべてが書き終えられたあとではなかったことに注意が必要である。第8稿を含むすべての草稿を目の前に置いて、第2稿を基礎にすべきだとマルクスが書いたわけではないのである。〉(中121頁)

 このように大谷氏は書くことによって、だから第8稿の段階では、第2稿の段階でマルクスが考えていた敍述プラン(すなわちまずは貨幣流通による媒介を考慮せずに敍述し、そのあとそれを考慮して敍述するという、いわゆる「二段構えの構成」)は放棄されたという自己の主張(エンゲルスの理解でもある)を反証する根拠には、このマルクスの指示はならないのだと言いたいのである。しかしマルクスがこの時点でこのように書いたということこそ重要であろう。というのはその後の諸草稿の様相は、むしろここでこのようにマルクスが書いた指示にもとづいたものであることを端的に示しているとも考えることができるからである。つまりこれ以降の諸草稿は、すべて部分的、断片的であって、第二部全体にわたるような草稿はもはやまったく見られなくなるということ、これこそがマルクスのこの時点でのこうした指示が、後々まで一貫して変わらなかったことを示しているのではないだろうか。その意味では、第8稿も--後にわれわれはさらに詳細に検討することになるのだが--、まさしくそうした特徴と性格を歴然と示しているといえるのである。
 大谷氏はわざわざ、〈第1稿―第8稿のすべてが書き終えられたあとではなかったことに注意が必要である。第8稿を含むすべての草稿を目の前に置いて、第2稿を基礎にすべきだとマルクスが書いたわけではないのである〉と断っているが、しかしすべての草稿を書きおえてからこうした指示を書くのは、むしろおかしいのであって、マルクスがこうした時点でこうした指示を書いたのは、これから書く諸草稿への自身の方針として書いたと考えるべきであろう。何よりも第2部全体にわたるプランを明らかにしたものとしては、最後に書かれたのは第2稿(その表紙に書かれている目次)だけであるということ、だからこそマルクスは常にその第2稿(とその目次)を意識して、それ以降の諸草稿を書いて行ったと考えることができるのである。そしてすでに指摘したが、第8稿を書き出す段階においても、マルクスは第2稿の表紙にあるプランに基づいて「Ch.III)b.II.)(第2部第3章)」と書いたとわれわれとしては推測する(したい)のである。

2009年6月22日 (月)

大谷禎之介著「『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡」の批判的検討(その11)

 

大谷禎之介著《『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡 ――メガ第II部門第11巻の刊行に寄せて――》 (『経済』09年3・4・5月号掲載)の検討


●「Ch.III)b.II.)(第2部第3章)」はどう理解したらよいのか?

 いよいよ、ここから『経済』09年4月号掲載分(中)に入る。以下、大谷氏の論文からの引用文の頁数はすべて(中119頁)というように略して記すが、『経済』4月号の119頁ということである。

 ここからは「4 第2部第5-7稿における資本循環論仕上げのための苦闘」が最初に問題になっている。その最初のところで、大谷氏は次のように書いている。

 〈彼(=マルクス--引用者)は、1872年の『資本論』第1巻第2版で、初版での7章編成を7篇編成に組み換えたが、この先例に合わせて、これ以降は第2部も、3章編成から3篇編成に変更した。〉(中119頁)

 しかしこうした大谷氏の主張とは必ずしも整合しない事実がある。それは大谷氏も後に取り上げているが、マルクスは第8稿の最初の頁に「Ch.III)b.II.)」の書き込みをしているからである( 市原健志《『資本論』に関する若干の新事実について》〔『商學論纂』第28巻第5・6号〕615頁、および同《『資本論』第2部の諸草稿とエンゲルスの編集について》〔『商學論纂』第27巻第2号〕69頁他参照)。これはそのまま素直に読めば、「第2部第3章」である。つまりマルクスは第8稿の段階でも、ここで表題を書いた時には、依然として「章」を使っているのである。これは一体どうしてなのかについて、大谷氏としての説明が必要ではないだろうか。市原氏は、これはスミスの『国富論』の第2部第3章「資本の蓄積について、すなわち、生産的および不生産的労働について」を指しているのではないか、などという議論を展開しているが、こうした議論は私としてはなかなか受け入れ難いのだが、果たして大谷氏はどう説明するのであろうか。

 大谷氏はこの後、第8稿が〈時期を隔てた二つの時期に書かれた〉(中126頁)と指摘し、最初のものを「第一層」、後のものを「第二層」としている。そして「第一層」は1877年に着手されたとしている。しかしもし第8稿の最初のページの上記の記入が「第2部第3章」を意味するなら、「第一層」の着手はあるいはもっと早まる可能性はないのだろうか。もしそうでないとするなら、第2部が3章編成から3篇編成に変更されたのは、1872年ではなく、もっと後の1877年以降だった可能性もないことにはならないだろうか。いずれにせよ何故、マルクスは第8稿の最初の書き出しの段階で「第2部第3章」と書いているのかについて、何らかの説明が必要ではないかと私には思えるのである。

 大谷氏自身は、この書き出しを次のように説明している。

 〈なお、この第8稿の1ページの行頭には、「第2部第3章〔Ch. III, b. II〕」(S. 698.1)という見出しがあとから書き込まれているが、マルクスはおそらく、このノートに書きつつあるものが第2部第3篇にかかわるものであることがはっきりしたどこかの時点で、これを書き込んだのであろう(5)。〉(中128頁)

 このように大谷氏はいうのであるが、大谷氏は「Ch. III, b. II」「第2部第3章と訳しながら、なおかつ「マルクスはおそらく、このノートに書きつつあるものが第2部第3篇にかかわるものであることがはっきりしたどこかの時点で、これを書き込んだのであろう」(下線は引用者)と書いて、自身が矛盾したことを書いていることを自覚しているのかいないのか分からないが、それについてなんの説明もしていないのである。おまけに注(5)では、これをスミスの『国富論』の「第2部第3章」を指すのではないか、という市原氏の主張を意識しながら(市原氏の名前は書かずに)、そうではなくて、〈「第2部第3篇」を指すことは確実である〉(中135頁)とまで書いているのに、どうしてそう断定できるのかについても何も詳しいことは述べていない。
 市原氏がそもそもなぜスミスの『国富論』のものではないかというような推測をたてなければならなかったのかは、いうまでもなく、この第8稿執筆の時点ではマルクス自身は「部・篇」の編成にすでに変えている筈なのに、「部・章」で書いているのはおかしいと考えているからである。ところが大谷氏は〈さまざまの箇所でのそれ以前のマルクスの指示の仕方から見ても、この見出しが、スミスの『諸国民の富』の第2篇第3章(「第2部第3章」の間違い?--引用者)を指すものではなくて、『資本論』第2部第3篇を指すことは確実である〉(中135頁)と断定しているだけなのである。ではどうして、それが「第2部第3篇」とは書かれずに、「第2部第3章」と書かれているのだろうか。これではまったく謎は解けないのである。

 そこで、もし勝手な類推が許されるなら、私なら、次のように考えたいのである。つまり大谷氏は〈1872年の『資本論』第1巻第2版で、初版での7章編成を7篇編成に組み換えたが、この先例に合わせて、これ以降は第2部も、3章編成から3篇編成に変更した〉と断定しているのであるが、しかしマルクス自身は1872年の段階では第1巻のことしか頭になく第2巻(確かマルクスは現行の第2・3巻を一つに考えて、第2巻と考えていたと思うのだが)のことまでまだ具体的には考えていなかったということであろう。
 そして第8稿の大谷氏がいう「第一層」に着手した1877年には、マルクス自身はこれから書いてゆく予定の諸草稿(第5稿の下半分、第6-7稿、第8稿の残り)については、「ノートII」が「基礎に置かれなければならない」と考えていたから、だから第8稿の書き出しも、やはり「ノートII」の表紙に書かれているプランにもとづいて、「第2部第3章」と書いたということである。つまりこの第8稿を書き出す段階でも、依然として「第2部第3章」とマルクスが書いたいうことこそ、第8稿も第2稿の表紙に書かれているプラン(目次)をベースにして、第2稿に欠けている部分や第2稿ではいまだ不十分とマルクス自身が考えている部分を補足するものとして、マルクス自身は考えていたことを示すものではないのか、と私は推測するのである。
 少なくともマルクス自身は第2部の「3篇編成」にもとづいたプランのようなものは何も残しておらず、第2部全体の構成について、マルクス自身が一番最後に書き残したと考えられるのは、第2稿の表紙に書かれているものだけだからである。だからマルクスが「利用すべき諸個所」で「ノートII」とタイトルをつけたところに、「この第2の敍述が基礎に置かれなければならない」と書いたとき、「ノートII」の最初に書かれた目次が頭にあったので、だから第8稿の冒頭にもそのプラン(目次)にもとづいて「第2部第3章」と書いたのであろう、と。このように私は類推したいのだが、どうであろうか(もっとも、こうした類推は、直ちに次のような疑問を生じさせる。すなわち第5稿本文では「第1篇」と「篇」を使って書いているという事実である。だから大谷氏が指摘するように、第5稿の初原稿が1877年1月末以前に書かれ、第8稿の「第一層」が1877年2月に書きはじめられたことが確実なら、こうした類推は根拠を失うであろう)。

●第4稿は第2稿より先に書かれたのにどうして「形式が完全」なのであろうか?

 大谷氏は第5-7稿が1876年の10月ごろから書きはじめられ、1880年まで、特に第1篇の資本循環論を仕上げる作業が行なわれたことを指摘している。特に第5稿については、1876年秋に書きはじめられ、1877年の春に一旦中断したこと、そしてこれを付属資料の「成立と来歴」では「原初稿」と呼んでいることを紹介したあと、次のように述べている。

 〈この原初稿の特徴は、すでに第1稿、第4稿、第2稿と、繰り返し行なった以前の叙述をほとんど見返すことをしないままにその大部分が書かれたと思われることである。〉(中120頁)

 この敍述をみると、大谷氏は第1章(篇)に関しても、第4稿は第2稿より先に執筆されたと考えているようである。前の説明では第4稿について次のように説明されていた。

 〈この時期に書かれたものにもう一つ、この第3稿とは異なり、第2部のテキストとして書き始められた草稿がある。マルクスが表紙に「IV」と書き付け、のちにエンゲルスがこれによって第4稿と呼んだこの草稿は、第1章と第2章の二番目の項目までを含む58頁のものである。この草稿は、その一部がのちに見る第2稿の執筆と並行して、あるいは絡み合いながら執筆されたもので、その執筆時期を正確に確定することが困難であるため、いまのところ大まかに1868年に書かれたものと推定されているだけである。目下フォルグラーフのもとで進められている第II部門第4巻第3分冊の編集作業のなかで、もっと正確な推定がなされるかもしれない。この草稿は、手稿を見るかぎり、エンゲルスが彼の序文で書いているように、「第2稿よりも形式が完全」であって、「印刷できるまでに仕上げられている」という印象を与えるもので、エンゲルスはこれを彼の版の第1篇と第2篇とに利用した。〉(上150頁)

 見られるように、第4稿の執筆次期ははっきりとは断定できないとここでは書かれているが、しかし上記の敍述を見ると、やはり大谷氏もエンゲルスと同様に、第4稿は第2稿より先に書かれたものと判断されているようなのである。確かにエンゲルスは序文で次のように述べている。

 《第4草稿は、第2部の第1篇と第2篇の最初の諸章との印刷に付しうるばかりの論稿であり、それぞれ該当する個所で実際に利用された。これは、第2草稿よりも先に書かれたものと判明したが、形式においていっそう完全なので、第2部の当該部分のために有益に利用することができた。これは、第2草稿から若干の補足をするだけで十分であった(全集版7-8頁)

 このように、エンゲルスは第4稿は、形式においていっそう完全》なのに、第2草稿よりも先に書かれたものと判明した》と述べている。しかし私にはこの部分が以前から疑問だったのである。エンゲルスは自身の編集方針として《とにかくできる限り、私は、自分の仕事をさまざまな改稿からただ選択することだけに限定した。しかも、常に、現存する最後の改稿を以前のものと比較して基礎に据えるようにした(全集版9頁)と述べているのに、この《第1篇と第2篇の最初の諸章》については唯一の例外になっているわけである。だからどうして第4稿は、先に書かれたのに、形式においていっそう完全》《印刷に付しうるばかりの論稿》にまで仕上げれていたのか、という疑問がどうしても生じるのである。本来なら、そうした仕上げる作業というのは、やはり執筆順序としては、後になると考えるのが自然と思えるからである。残念ながら、今回の大谷氏の論文を読んでもその謎は解けなかった。

2009年6月18日 (木)

大谷禎之介著「『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡」の批判的検討(その10)

 

大谷禎之介著《『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡 ――メガ第II部門第11巻の刊行に寄せて――》 (『経済』09年3・4・5月号掲載)の検討


 (以下は、前回再び中断した項目{●【第2稿第3章における二段構えの敍述方法による制約】なるものへの根本的な疑問}の最後の部分から始まります。)


 マルクスは第2稿における貨幣流通による媒介を捨象した単純再生産の考察において、次のように述べている。

 《仮に生産が資本主義的でなく社会的であるとすれば、明らかに、部門 I のこれらの生産物はこの部門の色々な生産部門の間に、再生産のために、同様に絶えず再び生産手段として分配され、一部分は、直接に、自分が生産物として出てきた生産部面にとどまり、反対に他の一部分は他の生産場所に遠ざけられ、こうしてこの部門の色々な生産場所の間に絶えず行ったり来たりが行なわれることになるであろう。(現行全集版522-523頁)

 上記の一文は現行版の第6節の最後の部分であるが、現行版に取り入れられなかったが、「貨幣流通を考慮しない単純再生産の補足的な論述のように思われる」部分が草稿の154-158頁にあり、その部分が前掲の水谷・名和両氏によって要約・紹介しているが、そこには次のようなものがある。まずマルクスは次のような表式を書き、そしてそのあとで、次のようにその表式を説明をしているのだという(以下は、前掲の水谷・名和両氏の前掲論文から)。

 《  I 消費手段 400C+100V+100m C400+V100+M100
  II 生産手段 800C+200V+200m C800+V200+M200
(前掲論文164頁)

 《前掲の表式は、単純再生産を前提していると同時に、計画的な均衡した社会的生産をあらわすぺき表式でもある。》(同165頁)

 このようにマルクスは貨幣流通による媒介を捨象した考察では、それが《生産が資本主義的でなく社会的である》場合ならどうであるとか、《前掲の表式は、単純再生産を前提していると同時に、計画的な均衡した社会的生産をあらわすぺき表式でもある》というように対象の一般性、すなわちそれが階級社会に固有のものではないことを示唆しており、やはりこの点では、早坂氏のように〈特殊資本主義的な階級関係の再生産をも含んでいる〉ものとしてではなく、大谷氏が指摘するように、〈超歴史的な補填関係を把握する〉ものとしてマルクス自身も捉えていると解釈する方が正しいように思えるのである。

 また、早坂氏はエンゲルスが編集の段階でマルクスが「貨幣抜きの敍述の構想的(体系的)意義を確認していた多くの章句を削除した」とも指摘し、そうしたものの一つを次のように紹介している。

 《最後に、問題をもっとも単純な諸条件に還元するために、貨幣流通を、したがってまた資本の貨幣形態をまったく捨象しなければならない。流通する貨幣量は、明らかに、それを流通させる社会的総生産物の価値の構成要素をなすものではない。したがって、総生産物の価値がいかにして不変価値等々に配分されるのかということが問題であるならば、この問いそれ自体は、貨幣流通とは無関係である。問題が貨幣流通を顧慮することなく扱われた後に、はじめて貨幣流通に媒介されたものである現象がいかに現われるかを理解することが出来る(『経済』09年2月号155頁)。

 実はこの部分は、先に紹介した水谷・名和両氏の論文でも早くから紹介されていたのである。ただそれは要約としてであったが、次のように書かれている。

 〈エンゲルスは現行版を編集するさいに、貨幣流通をさしあたり捨象する理由を述べている段落を省略している。プレイアード版『資本論』第2部にその部分がリュベルによって解読されて仏訳されて収載されているのでその要旨を紹介しておこう。すなわち、再生産をもっとも単純な条件で考察するためには貨幣流通、資本の貨幣形態が捨象されねばならない。なぜなら、流通貨幣量は社会的生産物の価値要素をなさないし、社会的生産物がどのように不変資本価値等々へと分かれるかという問題は貨幣流通から独立した問題であるからである。〉(前掲153頁)

 なおついでに参考のために指摘しておくと、この早坂氏が引用している一文は新日本新書版の『資本論』(資本論翻訳委員会訳)第7分冊628頁にも、また上製版2巻632頁にも訳者注として紹介されている。

●〈第 I 部門の資本家と労働者とのあいだでの労働力の売買によって媒介される両部門間の相互補填〉は第II部門の〈第 I 部門からの生産手段の購買によって開始される〉というのは本当だろうか?

 これは先に検討した【第2稿第3章における二段構えの敍述方法による制約】と大谷氏が題して論じている部分のなかにある大谷氏の一つの主張の批判的検討である。だから本来なら先の項目で論じても良かったのであるが、しかし若干問題が異なると思い、別項目として論じることにした。

 ここで大谷氏は貨幣流通による媒介を捨象する方法の〈難点〉が、〈とりわけ第 I 部門と第II部門とのあいだでの諸変態の絡み合い、とりわけ、第 I 部門の資本家と労働者とのあいだでの労働力の売買によって媒介される両部門間の相互補填の把握において明らかとなる〉(上156頁)と述べて、次のように書いている(下線は大谷氏による傍点による強調)。

 〈この相互補填は、第II部門の商品資本の不変資本価値の一部の生産資本(生産手段)への転化、すなわちこの部門の資本家による第 I 部門からの生産手段の購買によって開始される(2)。これによって第 I 部門の商品資本の可変資本価値が貨幣形態に転化するすなわち、前年度に前貸されたこの部門の可変資本が貨幣形態で還流するのである。そこで第 I 部門の資本家は、生産過程の進行とともに次第に(たとえば週ごとに)労働者に労働力の対価である賃金を後払いしていく。これは、貨幣形態での生産過程への可変資本の前貸である。労働者は、後払いで次第に(たとえば週ごとに)受け取る賃金によって、第II部門の消費手段を購買し、これを消費することによって労働力を再生産する。つまり労働者のもとでは、労働力→貨幣→消費手段という変態を経て、労働力が再生産される。第II部門では、これによって、商品在庫として手持ちしている商品資本(消費手段)のうちの不変資本価値の一部分が次第に(たとえば週ごとに)貨幣形態に転化する。すなわち、第 I 部門からの生産手段の購買に前貸した貨幣額(流通手段)が、年度末までにすべてふたたび貨幣形態で還流するのである。〉(上156頁)

 つまりこの相互補填は、部門IIが追加貨幣をまず最初に流通に投じることから開始されるというのである。もちろん、こうした捉え方が間違いだと主張するわけではない(そればかりかそれはまったく正当な主張のように私にも思える)。しかしマルクスは、単純再生産における当該部分の相互補填については、実際には、次のように述べているのである(下線はマルクスによる強調個所)。

 《こうして、部門 I では、総資本家は、生産物 I すなわち労働者が生産した生産手段の価値のうちのv部分としてすでに存在する部分の代わりに、1000ポンド(私がポンドというのは、ただ、それが貨幣形態にある価値だということを表わすためでしかない)=1000v を労働者に支払った。労働者たちはこの1000ポンドで同じ価値の消費手段を資本家IIから買い、こうして不変資本IIの半分を貨幣に転化させる。資本家IIはまたこの1000ポンドで1000の価値ある生産手段を資本家 I から買う。こうして、資本家 I にとっては、彼らの生産物の一部分として生産手段の現物形態をとっていた可変資本価値=1000v が再び貨幣に転化していて、今では資本家 I の手でまた新たに可変資本として機能することができ、この可変資本が労働力に、つまり生産資本のもっとも重要な要素に、転換されることになる。こういう仕方で、資本家 I の可変資本は、彼らの商品資本の一部分が実現されることによって、彼らの手に貨幣形態で帰ってくるのである。》(全集版491頁)

 この部分はいうまでもなく、エンゲルスは第8稿から採ってきているのである。これを読めば、どう読んでも、マルクスは少なくとも単純再生産では、大谷氏がいうように、部門IIの不変資本の生産資本への転化から開始していないことは明らかではないだろうか。なぜ、大谷氏はこの単純再生産のマルクスの敍述を取り上げず、無視したのであろうか。

 もちろん、大谷氏は上記の引用個所につけられている注(2)で、次のようにも主張されている。

 〈(2)第 I 部門と第II部門とのあいだの転態がここから始まらなければならないのは、第一に、両部門とも各年度に、なによりもまず、商品資本の一部を生産手段に転化しなければならないからであり、第二に、可変資本の前貸は一挙にではなく、次第に(たとえば週ごとに)行なわれなければならないからである。〉(上157頁)

 しかし少なくとも単純再生産の上記のマルクスの敍述は、こうした大谷氏の二つの理由に基づいたものにはなっていない。もちろん「第一に」上げられている理由はマルクスの敍述でも前提されているのであろうが、「第二に」上げられているものは、必ずしもマルクスはそうした前提に立っているとは言えないのではないだろうか。《労働者たちはこの1000ポンドで同じ価値の消費手段を資本家IIから買い、こうして不変資本IIの半分を貨幣に転化させる》と書かれており、それが「一挙に」かそれとも「次第に」かというようなことは問題にもされていない。
 大谷氏は、同じ注(2)のなかで拡大再生産の場合は、マルクスは大谷氏のいうような計算方法を取っているのだと言われるのであるが、しかし拡大再生産の場合を例に上げて、単純再生産でもマルクスがそうしているという論拠にはならないのではないだろうか。これはまあ、ある意味では大したことではないが、疑問として提示しておきたい。

2009年6月17日 (水)

大谷禎之介著「『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡」の批判的検討(その9)

 

大谷禎之介著《『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡 ――メガ第II部門第11巻の刊行に寄せて――》 (『経済』09年3・4・5月号掲載)の検討


 (以下は、前回中断した項目{●【第2稿第3章における二段構えの敍述方法による制約】なるものへの根本的な疑問}の続きです。)


 そこでただ唯一、大谷氏が批判の根底に置けるのは、マルクスは第8稿ではそうした第2稿のプランを放棄し、最初から貨幣流通による媒介を考慮した考察を行なっているということだけである。つまりマルクスは第8稿では〈「媒介する貨幣流通を無視した」叙述 a〉の意義を否定したと、大谷氏らは事実上主張するわけだが、しかしそこには何の根拠も示されているわけではない。ただ第8稿では最初から貨幣流通の媒介を入れて考察しているという事実を指摘するのみである。例えばマルクスがさまざまなところで(第1稿でも第2稿でも)貨幣流通の媒介を捨象して考察する意義を論じているように、こうした「二段構えの構成」がよくないことを一言でもマルクスはどこかで直接問題にして論じているというのなら話は別ではあるが、そうした部分は第8稿のどこを捜しても見つからないのである。にも関わらず第8稿ではマルクスはそうしたプランを破棄したと大谷氏らは主張されるのだが、もし本当にそうであったなら、そうしたことを直接論じているか、あるいは少なくともほのめかしているような、マルクス自身の何らかの言及があって然るべきではないだろうか。そうした言及がまったくないということは、マルクスにはプランの変更の意図は無かったとわれわれとしては判断すべきではないだろうか。そしてその上で、第8稿が第2稿の当初のプランのうちの、貨幣流通による媒介を入れた考察のみを、とりあえずは〈先取りして〉考察しているとするなら、こうした大谷氏らの論拠はもろくも崩れ去るのである。実際、大谷氏自身が認める貨幣流通による媒介を度外視した敍述の意義を考えるだけでも、それを論じる十分な理由があることを示しているのではないだろうか。
 ついでに言うと、大谷氏は拡大再生産の場合は〈貨幣の運動を捨象して叙述できることはほとんどわずかなことにとどまらざるをえない〉(上157頁)などとも述べている。しかし、少なくともマルクスは、大谷氏が指摘する『1861-3年草稿』の当該個所や第1稿では拡大再生産を貨幣流通を捨象して論じているのであり、マルクスがそれを本格的に論じる場合にも、それが「わずか」でしかないとどうして断定できるのであろうか。第2稿の単純再生産の貨幣流通による媒介を捨象した敍述が、かなりの分量になっていることを考えるなら(それは先に紹介した水谷・名和両氏の前掲文献によれば、草稿の頁数で142-158頁にもなる〔前掲論文153頁参照〕)、なおさらそうした大谷氏の断定には疑問符がつくのである。それにそもそも問題は量の多少ではなく、そうした考察の意義を認めるのかどうかではないだろうか。

 早坂啓造氏は、貨幣流通による媒介を捨象して考察する意義について、マルクスは第2稿で次のように語っていると指摘している(ただし早坂氏は大谷氏とは違い、貨幣流通を捨象した敍述が、必ずしも「超歴史的な補填関係」のみを示すものではないとも述べているのではあるが)。

 〈マルクスは、「貨幣抜き」の再生産でも、決して単なる生産物交換ではなく、一般的・抽象的な再生産、つまりどの社会構成体にも属さない再生産でもないことを強調しています。反対に、それはまさしく、特殊資本主義的な階級関係の再生産をも含んでいるのです。同様に、マルクスは、「社会的資本の年間の機能を……その結果において考察するならば」と述べて、再生産の運動の各個別の行為は捨象されて、過程が「結果において」叙述されていることを、明確に示しています。さらに、ここでは、「それ[生産的消費と個人的消費]は商品世界の再生産と、資本家階級と労働者階級との再生産(すなわち維持)、したがって総生産過程の資本主義的性格の再生産も含んでいる」と述べてもいるのです。
 マルクスは、さらに方法上の枠組みについても触れています。すなわち、個々の資本にとっては、自己の運動の外部に商品世界、したがって商品市場が存在する。したがって、個々の資本の運動に限定すれば、社会総体において年々生産される商品の総体(社会的総生産物)の実現を問題とすることがそもそも不可能であろう。だが、社会的資本の観点からは、商品世界、したがって商品市場は、資本の、正確には社会的資本の運動の内部に設定されている。その限りで、実現の問題を外に追いやることなく、直接正面から立ち向かうことが出来よう、と。さらに、単純再生産を想定すれば、社会的総生産物がいかにして実現されるのかという問いに際して、買い手をもはや当該社会の外部に、つまり新たな企業に参加している者に、探し求めることは出来ない。なぜなら、ここでは蓄積は捨象されているのだから。むしろ、価値補填と素材補填との「逃げ道」なしの自己完結を確立せねばならない。この問題の解決こそ、再生産過程の叙述の核心点をなすのだ、と。〉(「『資本論』第II部第3篇のエンゲルス編集稿とマルクス第II稿、第III稿の構成とを較すると--メガ(MEGA)第II部門第13巻の編集作業から--」『経済』09年2月号154頁)

 私は貨幣流通による媒介を捨象した考察の意義を認めるという点で、早坂氏の立場を擁護するのであるが、しかし〈マルクスは、「貨幣抜き」の再生産でも、決して単なる生産物交換ではなく、一般的・抽象的な再生産、つまりどの社会構成体にも属さない再生産でもないことを強調しています〉という早坂氏の主張には首をかしげざるをえないのである。貨幣流通による媒介を捨象すれば、労働力商品の販売という資本主義的生産の基本的な契機(よってまた可変資本の貨幣資本から生産資本としての労働力への転化と労働力の価値の労賃への変態)が捨象されるからである。だからここで早坂氏が主張していることには納得が行かないといわざるをえない。
 例えば早坂氏は第2稿の「貨幣流通なしの敍述」の冒頭(これは現行版第20章第1節の冒頭部分に採用されている)でマルクスが《社会的資本--つまり個別的諸資本がその断片をなすに過ぎない総資本であって、これらの断片の運動はそれらの個別的運動であると同時に総資本の運動を構成する環でもある--、この社会的資本の一年間の機能をその結果において考察するならば、すなわち、社会が一年間に供給する商品生産物を考察するならば、社会的資本の再生産過程はどのように行なわれるのか、どんな性格がこの再生産過程を個別資本の再生産過程から区別するのか、そしてどんな性格がこれらの両方に共通なのか、が明らかになるに違いない。年間生産物は、社会的生産物のうちの資本を補填する諸部分すなわち社会的再生産を含むとともに、消費財源に入って労働者や資本家によって消費される諸部分を含んでおり、したがって生産的消費とともに個人的消費を含んでいる。それはまた資本家階級と労働者階級との再生産(すなわち維持)を含んでおり、したがってまた総生産過程の資本主義的性格の再生産を含んでいる》(現行全集版482頁)と述べている部分の後半の一部分を引用して、あたかもマルクスが貨幣流通による媒介を捨象して考察する場合も、《資本家階級と労働者階級との再生産(すなわち維持)を含んでおり、したがってまた総生産過程の資本主義的性格の再生産を含ん》だものとして考察しているかに論じているが、しかし早坂氏はこの部分でマルクスが何をいわんとしているのかを十分理解されているとは言い難いのである。この部分で、マルクスが言いたいことは、貨幣流通による媒介を捨象して考察する、年間生産物の使用価値が示すリアルな関係(素材的な関係)というものは、それが生産的消費に入っていくものか、それとも個人的消費に入っていくものかを示すものである。だからそれらの価値・素材の両面からの補填関係は、そうした補填関係を現実に媒介している商品世界の再生産と資本・賃労働の階級関係の再生産(あるいはその維持)、あるいは総生産過程の資本主義的性格の再生産を含んでいる(前提している)のだ、ということである。つまりマルクスが言いたいのは、こうした価値・素材の補填関係を考察することは、商品世界や資本主義的世界を考察するための前提であり、そうしたものへと発展する内容を含んでいるのだ、ということなのである。それを早坂氏はあたかも、貨幣流通抜きの敍述でも、直接、資本主義的生産の関係そのものが問題になるかに早とちりして理解したように思えるのである。
 あるいはまた、そのあとで早坂氏は〈マルクスは、さらに方法上の枠組みについても触れています〉として、マルクスが述べていることを要約して説明しているのであるが、この部分は、知人からの知見によれば、エンゲルスが編集段階で取り入れなかった次のような第2稿の敍述の要約なのだという。

 《諸困難が見出されると、人は、ポンティウスからピラトスにたらい回す一連の処置によって、最終的にはどっちみち計算は割り切れなければならないのだという表象に満足している。この言い逃れは、社会的資本とそれゆえ社会的生産物価値とかかわり合わねばならなくなるとなくなる。各個の個別資本にとっては、商品世界は外部に存在する。しかし社会的資本とその生産物は全商品世界をそれ自身のうちに包含している。さらに、単純再生産の考察は、たとえばその中で生産された生産手段は新たに蓄積された資本の一形態であるという言い逃れをはばむのである。単純再生産の限界の内部で、単に消費された不変資本のための補填が可能なのである。》(MEGA.II/11S.390.24・34)

 これがもし本当なら、早坂氏は問題をかなり自分風にアレンジして拡大解釈しているような気がする。いずれにせよ、ここでマルクスは何を問題にしているのであろうか。マルクスが《各個の個別資本にとっては、商品世界は外部に存在する。しかし社会的資本とその生産物は全商品世界をそれ自身のうちに包含している》と述べている部分で問題にしているのは、やはり《社会的総資本とその生産物》、つまりその使用価値は、《全商品世界をそれ自身のうちに包含している》。つまり《社会的総資本とその生産物》の諸使用価値は、その社会における社会的分業を表しており、それらがどのように交換されて補填しあわなければならないかを表すものであり、だからその限りではそれは《全商品世界をそれ自身のうちに包含している》のだということなのである。つまりこれも早坂氏が最初に取り上げている第2稿の冒頭の部分と同じように、貨幣流通による媒介を捨象した考察は、貨幣流通を媒介にしている資本主義的生産の流通過程を《包含している》、つまりその基底にあるものであり、それを前提にしており、それへと発展する内容を含んでいるということ以上ではないのである(もちろん〈方法上の枠組み〉といったことでもない)。

 (残念ながら、この項目はここで再び中断せざるをえません。残りは次回になります。)

2009年6月16日 (火)

大谷禎之介著「『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡」の批判的検討(その8)

 

大谷禎之介著《『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡 ――メガ第II部門第11巻の刊行に寄せて――》 (『経済』09年3・4・5月号掲載)の検討

 (以下は前回中断した項目【●[a 第3章の課題についての新たな視点]なるものの説明も納得がいかない】の、最後の残りの部分から始まります。このブログには半角10000字という字数制限があるために、どうしてもこうした無様な掲載にならざるをえません。ご容赦願います。)


 大谷氏は〈第2稿の第3章では、第1稿の第3章ではまだ十分に意識されていなかった見地を基本に据えることになった〉として次のようにその内容を説明されている。

 〈すなわち、第一に、商品資本→貨幣資本→生産資本→商品資本、と形態を変化させていく資本の循環過程。第二に、商品資本のうちの剰余価値を表わす部分→貨幣→資本家の個人的消費手段、と形態を変化させていく資本家の収入(剰余価値)の変態。そして第三に、労働力→貨幣→必要生活手段、と形態を変化させていく労働者の労働力の変態、この三つの循環ないし変態が互いにどのように絡み合って社会的総再生産過程を形成しているのか、ということを、商品資本の循環を基礎に据えて全面的に考察する、という見地である。第2稿の第3章の各所でマルクスは、社会的総再生産過程をこの視点から考察しようと努めた。〉(上154-155頁)

 しかしこれらも、やはり貨幣流通と貨幣資本を考慮した場合の問題である。それらを捨象して考察している第1稿でそうした「見地」が「十分に意識されていなかった」どころが、マルクスは「十分に意識して」それらを捨象しているのである。そして第2稿では、今度は問題は「二段構えの構成」で考察されており、よって単純再生産もまずは「a 貨幣流通による媒介なしの敍述」がなされたあと、「b 貨幣流通による媒介を入れた敍述」がなされているわけである。だからその意味では貨幣流通や貨幣資本の契機も考察の対象に入ってくるわけで、大谷氏が指摘するような「見地」が入ってくることは確かであろう。しかしそのことは何かそうした「見地を基本に据えることになった」ことを意味しないであろう。そうした見地も考察の対象として入ってくることになったということだけではないかと思うのである。

 ついでいうと、大谷氏は「実体的」という概念を第2稿では拡張しているとして次のように指摘されている。

 〈第2稿の第1章では、価値増殖過程での価値量の変化(増大)をも「実体的変化」と呼ぶことによって、この「実体的」という概念は価値の量的変化をも含むものに拡張された〉(11頁下段)
 
 しかし具体的には第2稿の当該部分が引用されているわけでもなく、指示されてもいなので何とも確認しようがない(第2稿の第1章については、すでに八柳良次郎氏による翻訳があるのではあるが)。このあたりも少し配慮が必要なように思えた。
 因みに、この問題については、早坂啓造氏の詳細な考察がある(《『資本論』第II部の成立と新メガ》東北大学出版会、250-264頁)。ただし同氏も第1稿だけにもとづいて考察しているだけである。同氏は概念の拡張といった観点ではなく、マルクスはこの用語を「2様に使い分けて」いると指摘されている。これはただ参考のために紹介するだけであるが。

●【第2稿第3章における二段構えの敍述方法による制約】なるものへの根本的な疑問

 この部分で、大谷氏は先に指摘した「新しい視点」を、第2稿では十分に生かせなかったという。というのは第2稿では、いわゆる「二段構えの構成」にとらわれていたからだというのである。しかしここでの大谷氏の主張は、氏が最後に書いている〈後述するように、こうした二重の叙述方法という枠組みは、のちの第8稿で完全に取り払われることになる〉(上157頁)との判断のもとに書かれており、氏のそうした判断が正しくなければ、ここで書かれていることも正しいとはいえないものなのである。しかしその問題はとりあえずは置いておいたとしても、ここでの大谷氏の論述は、論理的に考えてもおかしなものである。というのは、大谷氏は第2稿について、次のように説明している。

 〈彼は第2稿の表紙に書き付けた項目編成のなかで,この章の「1 社会的に考察された,可変資本,不変資本,剰余価値」を「A 単純な規模での再生産」と「B 拡大された規模での再生産。蓄積」とに分け,これらをまたそれぞれ「媒介する貨幣流通を無視した」叙述 a と「媒介する貨幣流通を伴う」叙述b とに分けた(S. 4.17–24)。マルクスは第3章で、「A 単純な規模での再生産。(貨幣流通を無視して叙述)」を書いたのちに、「b 媒介する貨幣流通の叙述」に転じたが、ここでさまざまな記述を試みたのちに叙述を中断した。〉(上155頁)

 そして次のように批判している。

 〈いま見たように、社会的総資本の再生産は、両生産部門における商品資本の循環(W'_G_W...P...W')、資本家の剰余価値の変態(w_g_w)、労働者の労働力の変態(W(A)_G_W)の三者の絡み合いによって進行する過程である。この過程に即してみると、貨幣は、流通手段として機能することによってこの絡み合いを成り立たせる媒介環であり、この三つの変態運動のなかの不可欠の形態である。貨幣流通を捨象するというのは、これらの変態運動のなかの貨幣形態を度外視し、流通手段としての貨幣による絡み合いの媒介を度外視するということである。その結果として、すべての変態W_G_Wは、商品が直接に他商品に転化する過程W_Wとして観察されることになり、それら相互の絡み合いを成立させるものは商品と商品との交換だということになる。
 このような方法の難点は、とりわけ第 I 部門と第II部門とのあいだでの諸変態の絡み合い、とりわけ、第 I 部門の資本家と労働者とのあいだでの労働力の売買によって媒介される両部門間の相互補填の把握において明らかとなる。〉
(上155-156頁)

 ご覧のように、ここでも大谷氏が指摘する〈難点〉なるものは、貨幣流通による媒介を前提にしたものである。つまり本来は貨幣流通によって媒介されている事象をその貨幣流通による媒介を捨象すると、貨幣流通によって媒介されている事象が正しく把握できないということでしかない。しかしこんなことは大谷氏にいわれるまでもなく、当たり前のことではないだろうか。貨幣流通によって媒介されている事象を、その媒介の契機を捨象して考察するということは、貨幣流通によって媒介されている事情の根底にあるものを、とりあえずは純粋に取り出して考察するということであって、だから貨幣流通によって媒介されることによるさまざまな事象がとりあえずは視野の外に置かれることは論理的に考えても、当然のことではないだろうか。現象的に媒介されているということは、その媒介されるものの間に内的な関連があるから、そうなっているのであって、だからとりあえずは、その媒介の契機を捨象して内的関連だけを純粋に取り出して考察することは、その媒介されている現象諸形態を科学的に解明するためにも不可欠の手続きなのである。
 確かにもしマルクスが第2稿で〈「媒介する貨幣流通を無視した」叙述 a〉だけをやっていて、それですべての問題が解明できたとしているのなら、大谷氏の批判も意味がある。しかしマルクス自身は〈「媒介する貨幣流通を伴う」叙述b〉もやっているのだから、大谷氏の批判はある意味では無意味であり、無駄骨おりでしかない。
 だからもし大谷氏がその批判をやりたいのなら、マルクスが第2稿でやっているという〈「媒介する貨幣流通を伴う」叙述b〉そのものが、そうした〈難点〉を持っていると指摘することではないだろうか。そうした批判ならそれはそれで無意味ではないだろう。

 だからそもそも第2稿におけるマルクスの敍述方法の批判としては、大谷氏のやり方は間違っているのである。「二段構えの構成」を批判するのなら、大谷氏がやるべきことは、その第一段階の〈「媒介する貨幣流通を無視した」叙述 a〉は不必要なものだ、そんなものを論じることは間違いなのだということを論証することなのである。そうではなく、〈「媒介する貨幣流通を伴う」叙述〉の必要をいくら対置してみても、マルクス自身もそれをやっているのなら、それは批判にはならないのである。あとはそのマルクスの〈「媒介する貨幣流通を伴う」叙述〉の内容そのものを批判的に論じるしか大谷氏には残された道はない筈なのである。

 では大谷氏は、「二段構えの構成」の最初の部分である、〈「媒介する貨幣流通を無視した」叙述 a〉の意義をまったく認めないのかというと、どうもそうではないらしいのである。例えば次のような文言もみられるからである。

 〈ところが、このような仕方で行なわれるもろもろの転態を媒介する貨幣流通を度外視してしまえば、第 I 部門の生産手段と第II部門の消費手段とが交換されることによって、前者の生産手段が消費手段に、後者の消費手段が生産手段に転換されるという、両部門間の超歴史的な補填関係を把握することはできても、第 I 部門の資本家による可変資本の貨幣形態での前貸、すなわち労働者からの労働力の購買と、第 I 部門の労働者による第II部門の消費手段の購買という、第 I 部門の労働者と第II部門の資本家とのあいだでの相互転態とが、すなわち資本主義的生産のもとでの両部門間での転換の二つの決定的な媒介契機が後景に退かざるをえない。〉(上156頁)
 〈たしかに、貨幣流通を度外視することは、社会的再生産過程を構成するさまざまの部分運動を把握するさい、過程の理解にとって役立つことがある。〉(上157頁)

 このように大谷氏は貨幣流通を度外視して、価値・素材における補填関係を考察する意義は〈両部門間の超歴史的な補填関係を把握する〉ものとして、〈社会的再生産過程を構成するさまざまの部分運動を把握する〉ために、役立つことを認めているのである。とするなら、大谷氏は第2稿の敍述プランを批判する意味がないことになる。

 (以下、この項目はまだまだ続きますが、やはりここで中断せざるをえません。残りは次回に回します。)

2009年6月15日 (月)

大谷禎之介著「『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡」の批判的検討(その7)

 

大谷禎之介著《『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡 ――メガ第II部門第11巻の刊行に寄せて――》 (『経済』09年3・4・5月号掲載)の検討


●[a 第3章の課題についての新たな視点]なるものの説明も納得がいかない

 次に大谷氏が第2稿の理論的進展として説明されているもので引っ掛かったのは、〈第3章の課題についての新たな視点〉というものである。というのは、その論旨が今一つジグザグしているような気がしたからである。
 大谷氏は、マルクスが第3章の表題を第1稿では「流通と再生産」としていたのを、第2稿では「流通過程および再生産過程の実体的諸条件」という表題に変えたことを指摘しながら、実は「実体的諸条件」を解明しようとしたのは、第1稿であって、第2稿では「新たな視点」がそれに代わって据えられることになったかに論じているのである。
 しかしもし、大谷氏が言うように、マルクスが第1稿では「実体的諸条件」を解明することに重点をおいていたが、第2稿では第1稿では十分に意識されていなかった「絡み合い」の解明という「見地」を「基本に据えることになった」と言うのであれば、むしろ第3章の表題のつけ方は、逆でなければならなかったのではないだろうか。つまり第1稿では「流通過程と再生産過程の実体的諸条件」とされ、第2稿になって「流通と再生産」というもっと包括的な表題に変えられるというふうにである。ところが実際はその逆だったのである。だから大谷氏のここでの説明はいささかぎくしゃくしているのである。マルクスの表題の変更そのものは、大谷氏がいう第1稿から第2稿による第3章の基本的な視点の変更を少しも説明していないのである。説明してないどころかそれを反証さえしている。
 第2稿の表紙にある目次は、マルクスが第2稿の本文を書き終えたあとに、もう一度、全体の見通しとして書いたものと推測されている(これは第2稿の本文のなかに書かれている表題と表紙にある表題とが必ずしも一致しせず、後者の方が整然と構成されているように見えるからである。先に紹介した水谷・名和両氏の論文を参照)。つまりそれはマルクスが第2稿をとりあえず第3章の途中まで書き終えて、それまでの全体の考察を踏まえて、もう一度、第2部全体を見通して全体の構成のプランを再考して書いた、その意味では最後のものなのである。だからマルクスが、第2稿の第3章の本文を、大谷氏に言わせれば、〈第1稿の第3章ではまだ十分に意識されていなかった見地を(つまり「新たな視点」を--引用者)基本に据え〉て書きながら、なおかつそのあとで第3章の表題を「流通過程および再生産過程の実体的諸条件」と書いたことを考えるならば、大谷氏の主張ではどうしても説明がつかないのである。
 どうしてマルクスは第2稿では第3章の基本に据える視点を変えたのに、なおかつもう一度全体のプランを再考する段階になっても、相変わらず第3章の表題を、第1稿で展開したものと同じ見地のものをつけたのか、大谷氏はこれを説明しなければならないのではないだろうか。

 また大谷氏は「実体的諸条件」ということでマルクスが何を考えていたかについて、次のように説明されている。

 〈第1稿で頻出するこの「実体的〔realまたはreell〕」という形容詞でマルクスが考えていたのは、資本の循環に即して言えば、W_Gが、商品形態から貨幣形態への資本のたんなる「形態的〔formalまたはformell〕」な変態であるのにたいして、生産過程での変態は、生産手段および労働力という特定の使用価値をもつ生産諸要素が特定の使用価値をもつ生産物に形態変化するという変態であり、したがってまたG_Wも、貨幣がそのような特定の使用価値をもつ生産諸要素に転化するという変態だということであって、こうした意味でG_Wおよび _P_ は、ともに実体的な変態なのである。このように、「実体的」とは、使用価値にかかわる、という意味であった。だから、第3章が明らかにすべき「再生産の実体的諸条件」とは、社会的再生産の進行のために、使用価値の観点から区別される生産諸部門のあいだで、使用価値を異にする生産物が相互に転換されるのに必要な諸条件、ということであった。マルクスは、社会の生産諸部門を生産手段生産部門と消費手段生産部門との二つの部門に分割し、両部門の内部補填と両部門間での相互補填とによって再生産が進行するために必要な諸条件、諸法則がどのようなものであるか、ということを明らかにしなければならないと考え、これを「再生産の実体的諸条件」と呼んだのである。〉(上154頁)

 もちろん、こうした説明が間違っているというのではない。しかしここでも大谷氏は〈資本の循環に即して言えば、……〉として資本の循環から説明されているのであるが、これは果たして問題の説明としては正しいやり方であろうか。これはすでに紹介した一文であるが、マルクスは《実体的な再生産過程の考察のためには、貨幣をひとまず捨象することができる》理由を次のように説明していた。

 《そのかぎりでは資本の貨幣形態は、商品の変態W-G-Wにおける貨幣一般と同様に、再生産の、媒介的ですぐに消えてしまう形態として〔機能する〕にすぎないし、また、現実的再生産過程そのものとはなんのかかわりももたない。……したがってどちらの場合にも、実体的(レアール)再生産過程の考察のためには、貨幣をひとまず捨象することができるのである(つまり、資本が貨幣に形態的に転化すること、資本が貨幣形態を周期的にとることが、摩擦なしに行なわれるものと前提する場合には〔そうすることができるのであり〕、またじっさいわれわれはさしあたりこのように前提するのである)。それゆえわれわれは、この考察においては貨幣流通(および貨幣資本としての形態にある資本)を捨象する。》(200-201頁)

 だから問題は資本の形態転換が問題になる「資本の循環に即し」た説明ではなく、ここでマルクスが述べているようにW-G-Wの過程における貨幣と同様に、それを捨象して問題を捉えなければならないということである。つまりW-Wの過程として問題を考えるべきだということである。これは資本の再生産過程としては社会的な総商品資本の相互の補填関係を意味している。社会の総商品資本を素材と価値との両面からの相互の補填関係を論じる場合には、貨幣はただ媒介的な契機として現われるだけだから、捨象して考えることができるし、しなければならないというのが、マルクスの考え方なのである。
 またマルクスは第1稿の「第1節 資本の諸変態」の最初のあたりで、それぞれの章の課題を明らかにしているが、そこでは「第3章」について、次のような説明がある。

 《{第3章で行なうように、流通過程を現実の再生産過程および蓄積過程として考察するさいには、たんに形態を考察するだけではなくて、次のような実体的(レア-ル)な諸契機がつけ加わる。
 (1) 実体的(レアール)な再生産(これは蓄積--ここではただ、拡大された規模での再生産のことである--を含む)に必要な諸使用価値が再生産され、かつ相互に条件づけあう、そのしかた。
 (2) 再生産は、再生産を構成するその諸契機の、前提された価値=価格諸関係によって条件づけられているのであるが、この諸関係は、諸商品かその価値で売られる場合は、労働の生産力変化よって生じるその真実価値の変動によって変化しうるものである。
 (3) 流通過程によって媒介されたものとして表現される、不変資本可変資本、剰余価値関係
。》(9頁)

 つまりマルクスが第3章でやろうとしていることは、社会の総商品資本を素材(使用価値)と価値(これは与えられた諸使用価値の生産諸力において、社会の総労働を諸使用価値の生産諸部門に如何に配分すべきかの指標を意味している)の両面から、それらがどのように交換されて補填し合わなければならないかを考察しようということである。だからこそ、ここでは諸使用価値が重要な考察の対象になってくるのである。そしてそれをマルクスは《実体的(レアール)な再生産過程》と述べているのである。
 マルクスは諸商品の諸使用価値においては、社会的な分業が示されていることを次のように説明していた。

 《さまざまな種類の使用価値または商品体の総体のうちには、同じように多様な、属、種、科、亜種、変種を異にする有用労働の総体--社会的分業--が現れている。……どの商品の使用価値にも一定の合目的的な生産的活動または有用労働が含まれている。諸使用価値は、質的に異なる有用労働がそれらに含まれていなければ、商品として相対することはできない。その生産物が一般的に商品という形態をとっている社会においては、すなわち商品生産者たちの社会においては、独立生産者たちの私事としてたがいに従属せずに営まれる有用労働のこうした質的相違が、一つの多岐的な体制に、すなわち社会的分業に、発展する。》(全集版第1巻57頁)

 社会的総再生産過程を考察する第3章では、社会の総生産物が過不足なく、社会的分業にもとづいて、それぞれが必要な部門や諸個人に配分される過程を(商品資本の流通過程として)考察することである。そうした社会的分業を体現しているのが、諸商品の使用価値なのである。だからこそ第3章では諸使用価値が問題にならなければならないのである。生産手段部門と生活手段部門とに社会的生産が大きく分けられるのは、それが一つの多岐的な体制となっている社会的分業のもっとも基本的な構成部分だからである。実際には、社会的な総生産物は、素材的にも価値的にも、社会的分業にもとづいて、あらゆる生産部門間において、また個人的消費に対しても、相互に補填し合わなければならないのである。それらは部門 I 内部での、あるいは部門 I と部門IIの間での、さらには部門II内部での相互の補填関係として捉えることができる。使用価値が問題になる理由はそうしたところにあるのであって、そうした観点が大谷氏には欠けているように思えるのである。

 (以下、この項目も字数制限の関係で、中断せざるをえませんでした。続きはあとわずかなのですが、次回にまわすことにします。)

2009年6月14日 (日)

大谷禎之介著「『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡」の批判的検討(その6)

 

大谷禎之介著《『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡 ――メガ第II部門第11巻の刊行に寄せて――》 (『経済』09年3・4・5月号掲載)の検討


(以下は、前回途中で中断した、項目【●「c 資本と資本との、資本と収入との、収入と収入との交換、という考え方の放棄」は果たして本当か?】の続きである。)


 この一文を厳密に吟味すれば、マルクスには何の混乱もないことが分かる。確かにマルクスは《全可変資本が実際には(レアリーテル)収入として支出される》と述べているが、しかしここで重要なのは《実際には(レアリーテル)》という限定がついていることである。つまりマルクスは問題を《貨幣形態によって行なわれる媒介を度外視》して、素材的に見ているのである。そしてそうすれば社会のすべての《可変資本は実際には(レアリーテル)、生活手段の形態で存在し、この生活手段が労働者階級の収入をなすのである》。なるほど生産手段生産部門(現行版では部門 I )の可変資本を表す商品資本( I v)は、素材的には直接には生活手段の形態で存在しているのではない。しかしそれは部門IIの不変資本が直接には生産手段の形態で存在していないのに対応しており、だから両者は補填関係にあるわけである。そしてこうした補填関係を考慮してみるなら、すべての可変資本は(だから部門 I の可変資本も)生活手段の形態で存在しているのである。こうしたことはマルクスにとっては自明のことであったと言える。
 この場合も、マルクスは《全可変資本は……資本家にとってはそれは労働に転化する》とも明確に述べている。しかし《資本家にとっての労働、つまり労働=必要労働+剰余労働に転化するかぎりでの可変資本は、さしあたりわれわれの考察の外に置かれるのである》ともしているのである。なぜ、これが《考察の外に置かれる》のであろうか。それはすでに見たように、《これまでの考察では、……ただ形態的に考察してきただけであった》のに対して、《今度は……実体的な諸条件を研究し》ているからなのである。
 つまり可変資本は資本の循環としてみるなら、貨幣資本から生産資本の形態に、すなわち労働力に転換し、さらに商品資本へ転換する。そしてその限りでは可変資本はただその形態を変えるだけで、資本家は彼らの可変資本を決して手放すわけではない。大谷氏らがあたかもマルクスが見落としているかに主張するこのような考察は、しかしマルクス自身は《形態的な考察》だとして、ここでは《考察の外に置》いているのである。ここでは《経過が進行しうるための実体的な諸条件を研究》するために《貨幣流通(および貨幣資本としての形態にある資本)を捨象》しているのだ。だから、可変資本が貨幣資本の形態から、生産資本(労働力)の形態や商品資本の形態に転換して、資本家の手元に止まり続けるなどいうようなこと、つまり大谷氏が〈難点〉の〈第一〉に挙げるようなことは、マルクスにとっては分かりきったことではあるが、しかし今はそういうことを考察する場合ではないから、捨象しているのである。それを大谷氏らは、あたかもマルクスはそうした問題を見落としているかに論じているのだから、これは言い掛かりの類ではないだろうか。

 だからまた次のようなマルクスの説明にもなんの問題もない。

 《さらに、資本主義的生産様式が、支配的に行なわれている生産形態であるばかりでなく、一般的かつ排他的な生産形態であると前提されているのだから、資本家にとってであれ労働者にとってであれ収入をなす諸商品も、不変資本の構成要素をなす諸商品も、まずは資本の生産物として、それゆえまた商品資本として存在するのでなければならない。それゆえ、収入にはいる商品資本と収入にはいる他の商品資本との交換、ならびに、収入にはいる商品資本と不変資本を形成する商品資本との交換、ならびに不変資本を形成する商品資本の相互のあいだの交換が行なわれなければならない。こうした交換の実体的(レアール)諸条件を研究することがわれわれの今度の仕事なのである。》(202頁)

 これが大谷氏が〈放棄した〉という、〈資本と資本との、資本と収入との、収入と収入との交換〉ということでマルクスが考えていることなのである。ここには何ら〈放棄〉すべき間違った〈考え方〉などはない。現行版の表式で表すなら、〈資本と資本との交換〉というのは、部門 I のcの商品資本の間の補填関係を意味し、〈資本と収入との交換〉というのは、 I (v+m)とIIcとの商品資本の間の補填関係を意味している。また〈収入と収入との交換〉というのも、II(v+m)の商品資本の間の補填関係を示しているのである。社会の総生産物、すなわち総商品資本が価値と素材の両面から如何なる補填関係にあるかを見るなら、これ以外にはありえない。 I cは、いうまでもなく価値としては不変資本を表し、素材的には生産手段(生産手段の生産のための生産手段)である。これらは素材的には、あるいは鉄鉱石であったり、あるいは鋼材であるかも知れない。それらは互いに交換されて、それぞれの生産部門で再び生産手段として役立つわけである。あるいはまた I (v+m)の一部は、あるいはリンネルであったり、IIcは上着であるかも知れない。リンネルは部門IIの資本家(裁縫業者)に生産手段として売られ、その代わりに部門 I の労働者は部門IIの資本家から上着を購入するであろう。ここには労働力の販売という契機が 介在するが、すでに確認したように、マルクスは貨幣流通を捨象して考察しているのであるから、そうした契機も捨象され、ただ価値と素材の補填関係としのみ考察しているのである。そしてそうした考察においては、ただ資本と収入との交換があるのみなのである。
 大谷氏は〈生産手段生産部門の労働者たちは、この部門の資本家から貨幣形態で労働力の対価である賃金を受け取り、この賃金で消費手段生産部門の資本家から商品資本の一部をなす商品を買い入れるのであって、彼らが、生産手段生産部門の資本家から受け取った、生産手段の形態にある商品を、消費手段生産部門の資本家のもつ消費手段の形態にある商品と交換するのではない〉などと彼が考える〈難点〉なるものを説明している。しかしそんなことをマルクスが知らなかったなどと本気で大谷氏は考えているのであろうか。あるいはまた〈消費手段生産部門の労働者たちは、この部門の資本家から貨幣形態で労働力の対価である賃金を受け取り、この賃金でこの部門の資本家から商品資本の一部をなす商品を買い入れるのであって、彼らが、資本家から受け取ったそれぞれの生産物(消費手段)を互いに交換するのではない〉ともいう。そんな分かりきったことを述べて、それが〈難点〉だなどいうのは、私にはどう考えても、マルクスを冒涜するに等しいと思えるのである。そして大谷氏が〈第三に〉として上げている理由なるものは、マルクスがそもそも意図的に貨幣資本や貨幣流通を捨象して論じていることを考えるなら、それが〈すっぽり抜け落ちてしまう〉などという批判は噴飯ものではないだろうか。

 大谷氏は、結局、貨幣流通による媒介を捨象した考察の意義を認めないから、そうしたおかしなマルクス批判をすることになってしまっているのである。しかし大谷氏の著書『図解・社会経済学』(桜井書店2001.3.30)では、まったく正当にも、まずは貨幣流通による媒介を捨象して〈要するに、再生産表式のポイントは、単純再生産の前提のもとで、前年度の生産の結果としての両部門の商品資本が、どのようにして、本年度の生産の前提となる両部門の不変資本と可変資本とを素材的にも価値的にも補填すると同時に、本年度の労働者および資本家の収入を素材的にも価値的にも補填するかを明らかにしている、ということである〉(272頁)と説明している。そしてその上で、「貨幣流通による媒介」の説明に移っている。つまり正しくも「二段構えの構成」になっているのである。

2009年6月13日 (土)

大谷禎之介著「『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡」の批判的検討(その5)

 

大谷禎之介著《『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡 ――メガ第II部門第11巻の刊行に寄せて――》 (『経済』09年3・4・5月号掲載)の検討

●「c 資本と資本との、資本と収入との、収入と収入との交換、という考え方の放棄」は果たして本当か?

 次も第1稿に対する第2稿の理論的進展の一つとして大谷氏が指摘していることである。まず、大谷氏は〈第二稿の第三章での社会的総再生産過程の分析は、一方では、……貨幣流通を捨象した流通を論じたのちに、それを伴う流通を分析する、という二段構えの構成を第一稿から引き継いでいたことによる制約を残していたが、第一稿の第三章での分析に含まれていた大きな難点を乗り越えるものであった〉(上152頁)という。それがこうした「考え方の放棄」だというのである。というのは〈マルクスはここでは、社会的総再生産過程の運動の核心を、商品形態を取った資本および収入が持ち手を変える三つの「交換」に見ていた〉が、〈こうした把握には、少なくとも、三つの難点がある〉(上153頁)のだというのである。その〈三つの難点〉を、大谷氏は次のように説明している。

 〈第一に、資本家も労働者もこれらの取引で、自分の資本または収入を、そのような規定性において相手に引き渡すのではなく、相手に引き渡すものはたんなる商品または貨幣でしかない。どちらの側も、これらの取引によって自分の資本または収入の形態を商品から貨幣へ、あるいは貨幣から商品へと変換するだけであり、彼らはけっして自分の資本や収入を手放すわけではない。
 第二に、消費手段生産部門の労働者たちは、この部門の資本家から貨幣形態で労働力の対価である賃金を受け取り、この賃金でこの部門の資本家から商品資本の一部をなす商品を買い入れるのであって、彼らが、資本家から受け取ったそれぞれの生産物(消費手段)を互いに交換するのではない。同じく、生産手段生産部門の労働者たちは、この部門の資本家から貨幣形態で労働力の対価である賃金を受け取り、この賃金で消費手段生産部門の資本家から商品資本の一部をなす商品を買い入れるのであって、彼らが、生産手段生産部門の資本家から受け取った、生産手段の形態にある商品を、消費手段生産部門の資本家のもつ消費手段の形態にある商品と交換するのではない。
 第三に、このような表現においては、資本家のもとでの可変資本の貨幣形態での前貸による貨幣資本の労働力への転化と、その可変資本の貨幣形態での還流という、社会的総再生産過程における決定的な契機がすっぽり抜け落ちてしまう。〉
(上153頁)

 しかしここで挙げられている〈難点〉なるのものは、すべて貨幣流通による媒介を考慮した場合に考えられうるものでしかない。大谷氏は先に第2稿はいわゆる「二段構えの構成を第1稿から引き継いでいたという制約を残していた〉と述べていたが、こうした大谷氏が指摘する〈難点〉は、いわゆる「二段構えの構成」を「制約」と受けとめる大谷氏の立場と不可分の関係にあることが分かる(ついでにいうと、大谷氏は第1稿でも、そうした「二段構えの構成」になっていたかに述べているが、しかし正確には、第1稿では、そうした構成の必要には言及しているものの、構成そのものはそうしたものにはなっていない)。つまり大谷氏は、貨幣流通による媒介抜きの敍述の意義を認めず、最初から社会的総資本の再生産の分析は、貨幣流通による媒介を入れてなされなければならないという立場に立った上で、こうした〈難点〉なるものを上げているのである。だからこうした大谷氏の立場が正しくないとするなら、すなわち貨幣流通による媒介を考慮せずに、社会的総商品資本を価値と素材の両面からそれらの補填関係を考察する意義を認めるなら、こうしたマルクスの〈考え方〉は決して無意味なものではなく、〈放棄〉する必要はないこと、だから大谷氏がいう〈難点〉なるものも単なる不当な言い掛かり以上ではないとも言えるのである。
 実際、マルクス自身は第8稿の段階でも「資本と収入」という観点そのものを放棄したわけではない。資本家の剰余価値や労働者の労賃が「収入」として支出されるという記述が第8稿で姿を消したわけではないのである。もちろん、「資本と資本との交換」や「資本と収入との交換」「収入と収入との交換」というような表題が姿を消したことは確かである。しかしそのことは「資本と収入」という形態規定性そのものが〈放棄〉されたことを意味するわけでは決してないし、そうした諸項目で検討されている社会的な総商品資本の価値・素材における補填関係が問題にされていないわけでは決してないのである(ただ第8稿では。貨幣流通による媒介を捨象した考察は、とりあえずは置いておいて、貨幣流通による媒介を入れた考察を「先取り」して考察しているだけなのである)。

 実際の第1稿の敍述を辿って、大谷氏が主張する〈難点〉なるものを検討すると、それらはほとんど言い掛かりに近いものであることが分かる。それを少し検証してみよう。

 まずマルクスは、これから考察する課題について、次のように論じている(引用は大月書店刊『資本の流通過程』から、下線はマルクスによる強調個所)。

 《資本の総流通過程=再生産過程のこれまでの考察では(つまり第1章の「資本の流通(循環)」や第2章の「資本の回転」の考察では--引用者)、われわれはこの過程が経過する諸契機あるいは諸局面を、ただ形態的に考察してきただけであった。これにたいして、今度は(つまり第3章の「流通と再生産」の考察では--引用者)われわれは、この経過が進行しうるための実体的な諸条件を研究しなければならない(200頁)

 そしてマルクスは《経過が進行しうるための実体的な諸条件を研究》する場合には、《資本の貨幣形態は、商品の変態W-G-Wにおける貨幣一般と同様に、再生産の、媒介的ですぐに消えてしまう形態として〔機能する〕にすぎないし、また、現実的再生産過程そのものとはなんのかかわりももたない》(200-201頁)ので、《それゆえわれわれは、この考察においては貨幣流通(および貨幣資本としての形態にある資本)を捨象する》(201頁)と断っている。つまりマルクスは貨幣流通による媒介の契機を捨象すると断っているのである。そしてその上で、マルクスは「収入」について、次のように説明している。

 《すでに述べたように、われわれは剰余価値を、それが蓄積されるのでないかぎりで、つまりそれが資本家の個人的消費に役立つかぎりでのみ考慮にいれる。剰余価値のこうした支出を、われわれは剰余価値の収入としての支出と呼ぶ。他方、可変資本について言えば、それは貨幣の形態で労働者に前貸しされるのであって、労働者は、これと引き換えに彼の労働を引渡すが、その受け取った貨幣で彼は自分の生活手段を買う。労賃は労働の価値に、いなもっと正確に言えば労働能力の価値に等しい、と前提されているのだから、労働者は彼の全賃銀を彼の労働能力の再生産のために、それゆえ必需品の購入に支出する、ということが同時に前提されている。それゆえ、全可変資本が実際には(レアリーテル)収入として支出されるのであって、資本家にとってはそれは労働に転化するが、労働者にとってはそれは収入に転化する。つまり、貨幣形態によって行なわれる媒介を度外視すれば、可変資本は実際には(レアリーテル)、生活手段の形態で存在し、この生活手段が労働者階級の収入をなすのである。それゆえ、現実的生産過程の考察では、剰余価値として資本家によって消費される生産物部分と、労賃として労働者によって消費される生産物部分とはともに収入という共通の範疇に属するのである。したがってここでは、可変資本そのものは、すなわち、労賃・それゆえまた労働者にとっての収入・に転化するのではなく、資本家にとっての労働、つまり労働=必要労働+剰余労働に転化するかぎりでの可変資本は、さしあたりわれわれの考察の外に置かれるのである。(202頁)

 (以下、この引用文の考察は、字数制限のために中断せざるをえず、続きは次回に回します。)

2009年6月11日 (木)

大谷禎之介著「『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡」の批判的検討(その4)

 

大谷禎之介著《『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡 ――メガ第II部門第11巻の刊行に寄せて――》 (『経済』09年3・4・5月号掲載)の検討

●第2稿における理論的前進のやや過大ともいえる評価  さて、大谷氏は第2稿の【第1稿にたいする理論的な前進】として、まず[a 資本循環論と資本回転論における前進]を取り上げ、次のような指摘をしている。

 〈マルクスは第1稿では、『1861―1863年草稿』での記述を引き継いで、可変資本は収入として支出される、つまり可変資本は労働者の手に移って収入となる、と書いていた(II/4.1, S. 305.33-35 und S. 319.36-39)。それにたいして第2稿でマルクスは、可変資本はあくまでも資本が循環のなかで取る形態にとどまるのであって、それの貨幣形態から生産要素すなわち労働力の形態に転化するとき、それに対応して労働者の側では労働力が貨幣形態に転化するけれども、可変資本そのものが労働者の手に移るわけではない、ということを明確にした。つまり、資本の循環的運動と労働力の変態運動との二つを区別したうえで、それらが貨幣および商品の位置変換によって媒介されるのだ、ということをはっきりと把握したのである。〉(上151-152頁、引用部分の下線はマルクスによる強調、それ以外の部分の下線は大谷氏による強調)

 しかし、ここでの大谷氏の第2稿におけるマルクスの理論的前進の評価は、やや過大に過ぎるような気がする。大谷氏は〈第2稿でマルクスは、可変資本はあくまでも資本が循環のなかで取る形態にとどまるのであって、それの貨幣形態から生産要素すなわち労働力の形態に転化するとき、それに対応して労働者の側では労働力が貨幣形態に転化するけれども、可変資本そのものが労働者の手に移るわけではない、ということを明確にした。つまり、資本の循環的運動と労働力の変態運動との二つを区別したうえで、それらが貨幣および商品の位置変換によって媒介されるのだ、ということをはっきりと把握した〉としている。しかし後の大谷氏自身の敍述を見ても(例えば5月号の下187頁以下の【第8稿におけるマルクスの厳しい自己批判】の項目を参照)、ここでのこうした指摘はやや行き過ぎの感じがするのである。というのはもし第2稿のなかでこうした問題が〈はっきりと把握されている〉のであるなら、どうして同じような問題を第8稿で〈自己批判〉する必要があったのか、ということになるからである(もちろん、ここで大谷氏らがマルクス自身の〈自己批判〉とする評価が正しいのかどうかは検討の余地があり、それはその段階で問題にする予定であるが、しかし少なくともここでは大谷氏自身の敍述上の齟齬としてここでは問題にしておきたい)。
 そして実際、事実問題として、可変資本が収入に転化するというような敍述は第2稿の段階でも、アチコチで見られるのである。その一つの例を紹介してみよう。以前、この「マルクス研究会通信」に2009.01.20に掲載した〈いわゆる「注釈32問題」について--市原健志氏の第2部第2稿の当該部分の翻訳を読んで気付いたこと--〉という3回の連載のなかで、このエンゲルスによって注釈32にされた部分を含む鍵括弧部分の直前の文章から市原氏は翻訳されているのであるが、そのなかにつぎのような一文がでて来る。

 《第二に--これも I )とII)との第一の区別と関連しているのであるが、労働者はII)の場合にも I )の場合にも、自分の買う生活手段の代価を、彼の手のなかで流通手段に転化した可変資本で支払う。》(市原健志氏《『資本論』に関する若干の新事実について--草稿を調査して--》〔『商学論纂』28-5・6/1987/3〕607頁)

 このように、ここではマルクスは労働者は《彼の手のなかで流通手段に転化した可変資本で支払う》などと述べている。しかしいうまでもなく、労働者の手のなかで流通手段に転化するのは、彼自身の労働力の価値であり、その貨幣形態であって、決して可変資本ではない。つまりここではマルクスは、資本家の手のなかで可変資本として存在している貨幣に注目して、それが労働者に支払われて、労働者の手のなかで労賃になり、流通手段として機能して、労働者が生活手段を購入するために支払われると考えている。このように、第二稿でも必ずしも資本の循環形態と労働力の変態運動とが明確に区別されているとは言い難い部分も多々あるのである。だからそうした区別が第2稿では〈はっきりと把握されている〉という大谷氏の評価は、やはりやや行き過ぎではないかとの疑問が生じるのである。

●流動資本と固定資本との区別は「価値増殖過程」だけの問題ではない

 これも先の一文に続く文章であり、第2稿の第1稿に対する理論的前進の一つとして、「資本循環論と資本回転論における前進」を論じている部分からである。

 〈第2稿および第4稿の第2章でマルクスは、固定資本と流動資本との区別を最終的に明確にした。その前提の一つは、第1部の執筆のなかで達成された、労働は一方で、抽象的労働として対象化して新価値となるが、他方では具体的労働として、労働対象を生産物に形態変化させるとともに、生産手段の価値を生産物に移転し維持する、という価値増殖過程における労働の二重性の作用の明確化である。これによって、不変資本の価値の全部的移転と部分的漸次的移転との区別にもとづいて、不変資本のうちの固定資本の運動の独自性が最終的に確定され、それにたいして、同じ価値還流形態をもつ流動不変資本と可変資本とが流動資本として区別されることになった。〉(上152頁)

 ここでは問題が厳密に論じられている。労働の二重性が固定資本と流動資本との区別のための前提の一つであることを明確にしたというだけでなく、この労働の二重性が使用価値の生産(労働過程)と価値増殖過程とで、どのような役割を果たしているかについて、極めて厳密且つ正確に論じられている。
 ここでは大谷氏は〈労働は一方で、抽象的労働として対象化して新価値となるが、他方では具体的労働として、労働対象を生産物に形態変化させるとともに、生産手段の価値を生産物に移転し維持する、という価値増殖過程における労働の二重性の作用の明確化〉について述べている。ここで具体的労働が一つは〈労働対象を生産物に形態変化させる〉こと、同時に〈生産手段の価値を生産物に移転し維持する〉と述べられている。ここで「労働対象〉と〈生産手段〉が明確に区別されて論じられていることにに注意が必要である。生産手段にはいうまでもなく、労働対象も含まれるが、労働手段も含まれる。しかし新しい生産物として生産過程で消費されるのは労働対象であり、その形態変化によって新生産物が生産されること、だから労働手段は、その過程で作用し続けるが、しかしそれ自体が新生産物に物的に移転するわけではなく、だからそれが形態変化して生産物になるのではないこと、しかし価値の移転としては、労働対象も(そのすべてが)労働手段も(その一部が)移転させられるということが、こうしたカテゴリーの使い分けによって厳密に論じられているわけである。
 ただ一つだけ難点を上げるとするなら、大谷氏は最後に〈価値増殖過程における労働の二重性の作用の明確化〉と述べているが、しかし労働の二重性について語るなら、問題は単に〈価値増殖過程〉だけの問題ではないこと、それは同時に〈使用価値の生産〉(フランス語版、現行版だと「労働過程」)の問題でもあるということか注意されなければならない。不変資本の価値の生産物への移転は、生産物としての使用価値の生産、つまり労働過程と不可分であって(それによって媒介されているのであって)、決して価値増殖過程だけの問題として論じることはできないからである。そして大谷氏の厳密な説明そのものがそうしたことを論じているのであり、にも拘らず問題が「価値増殖過程」だけの問題であるかに論じるのは、やはり軽率であり、疑問としなければならない。
 だからまた不変資本における固定資本と流動資本との区別においても、常に使用価値が問題になるのであり(それが使用価値として労働対象になるか、すなわち形態変化を受けて物的にも生産物に移転するか、それとも労働手段として作用するだけで形態変化を受けずに、物的にもそのまま生産過程に留まるか等々が問題になる)、こうした使用価値の定在に規定されて、価値の移転の仕方、その還流形態の相違が生じてくるのだからである。だから使用価値を抜きにそれは論じることはできないことからも、使用価値の生産は重要な契機として入ってくるのである。

 ついでにこの問題について、マルクス自身は第二稿でどのように述べているのかを紹介しておこう。

 《(一) 固定資本と流動資本という形態規定は、ただ、生産過程で機能する資本価値、すなわち生産資本の回転の相違から生ずるだけである。この回転の相違はそれ自身また、生産資本の色々な成分が自分の価値を生産物に移す仕方の相違から生ずるのであって、それらの成分が生産物価値の生産に関与する仕方の相違または価値増殖過程でのそれらの特徴的な働き方から生ずるのではない。最後に、生産物に価値を引き渡す仕方の相違は----したがってまたこの価値が生産物によって流通させられ、生産物の諸変態によって自分の元来の現物形態で更新される仕方の相違も----生産資本がとっている色々な素材的な姿の相違、すなわちそれらの素材的な姿の一部分は個々の生産物の形成中に全部消費されるが他の部分はだんだん消費されて行くだけだという相違から生ずる。》(全集版203-4頁)

 ここではマルクスは固定資本と流動資本との区別は生産資本のさまざまな成分が自分の価値をどのように生産物に移転するかによって規定されており、その相違によって区別されること、だから《価値増殖過程でのそれらの働き方から生じるのではない》と明確に述べている。さらにそうした価値の移転の相違は、生産資本のさまざまな素材的な相違(つまり使用価値の相違)から生じるとも明確に述べているのである。

2009年6月10日 (水)

大谷禎之介著「『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡」の批判的検討(その3)

 

大谷禎之介著《『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡 ――メガ第II部門第11巻の刊行に寄せて――》 (『経済』09年3・4・5月号掲載)の検討

 

●編集者の一人であるのに、どうして自身のことについて、編集の段階で訂正できなかったのであろうか?  大谷氏は「付属資料(アパラート)の部」についての説明のなかで、「解題」の最後に「編集作業に当たった担当者が示され」という部分に注5)をつけ、その部分を紹介したあと、次のようなコメントを加えている。

 〈ここでの記述について、二つのことを述べておきたい。
 第一に、「1980年代に……大谷禎之介(1876―1881年の諸草稿)によって点検」された、と記されているが、筆者は1980―1981年に第8稿の拡大再生産にかんする部分を解読して、それを1981年に拙稿にまとめて発表したのであって、第8稿の解読文に接したのは1990年にメガに収録するテキストの作成を引き受けたのちである。また、それ以外の「1876―1881年の諸草稿」の解読文を受け取って「点検」したのは、この部分の編集を引き受けた1995年以降であった。〉
(上148頁)

 これは「二つのこと」のうちの最初のものであるが、ここで、大谷氏はMEGAII部11巻の「付属資料の部」の一部の不正確な記述を指摘して、それを訂正されているのだが、しかしこれは大谷氏が同巻の編集者であることを考えれば、やや首をかしげざるをえない。もちろん、実際の編集作業というものがどういうものなのかはわれわれ部外者には分からないが、率直に考えて、なぜ、そうした不正確な記述があったのなら、編集の段階で訂正されなかったのかと誰しも思うであろう。「いや、それは自分が担当した部分ではないから」、とでも言われるのかも知れないが、しかし最終段階では、編集者であれば、すべての部分に一応のチェックの目を入れるべきであろうし、とりわけ自分自身について言及している部分ならばなおさらそうであろうと思われる。にも関わらす、すでに発刊されてから、こうした形で訂正するのはいかがなものであろうか。少なくとも編集者の一人として自省の弁が一言あってしかるべきかと思うのであるが、どうであろうか。
 また大谷氏は〈第二に〉として、たしかに大谷氏が「解題」の「草案」を執筆したが、ヴァーシナとフォルグラーフの修正意見を入れてあちこち書き直し、最終的には大谷氏の意に沿わない内容になっているとのことを記している。そして今回の論文は、だからその解題にとらわれないで書いたとされている。とするなら、それはどういう点で意に沿わないものなのか、また今回の論文のどの部分が解題と違った内容をなしているのか、そこらあたりも誰しも興味のあるところではないだろうか。もちろん解題を直接検討できるものなら、比較検討すれば分かるだろうと言われればそれまでであるが、しかしすべての『経済』の読者がそれができるわけではない。やはりそうした点も明らかにして頂いて、また出来たら関連して、ヴァーシナやフォルグラーフの意見も紹介して欲しいものである。しかし、残念ながらそうした説明はこの論文では見ることはできない。

●第1稿や第3稿にも「利用すべき諸個所」があった?

 これは別に大谷氏の諸説の批判的検討ということではなく、興味深い事実の指摘ということで、記しておきたいと思うのだが、大谷氏は、本巻(メガ第II部第11巻)所収の諸草稿の内容に立ち入る前に、第1稿(メガ第II部第4巻第1分冊で既刊、邦訳あり)と第3・4稿(メガ第II部第4巻第3分冊に収録予定)について、その概要を説明している。そこで興味深いのは、第1稿や第3稿について、マルクスが後に書いた〈「利用すべき諸箇所」ではこれを「ノート I 」と呼び〉とか〈マルクスは「第二部に属するもの」の表紙に「III」と書き付け、のちに「利用すべき諸箇所」で「ノートIII」と呼んだ〉と書いていることである。ということは、マルクスは「利用すべき諸箇所」では「ノート I 」や「ノートIII」について言及しているということになる。つまりマルクス自身は「ノート I 」(第1草稿)や「ノートIII」(第3草稿)にも「利用すべき諸箇所」があると自分では考えていたということにならないだろうか。
 周知のように、エンゲルスは編集の段階では、第1稿や第3稿をまったく利用しなかったのだが、マルクス自身は利用すべきと考えていた箇所がそれらにはあったということにならないであろうか。もちろん、マルクスが「利用すべき」と考えていたからと言って、それはそのまま草稿として「利用すべき」と考えていたとは断定できないが、しかしエンゲルスが編集段階でまったく採用しなかった諸草稿にも「利用すべき諸個所」があるとマルクス自身が考えていたことは重要なことではないだろうか。一体、マルクスはそうしたノートのどの部分をどのように「利用すべき」と考えていたのかは興味深いことである。誰か研究者のなかで、この問題を究明して頂けないものかと期待するものである。

●「ノート I ~IVの執筆次期の推定」と若干の思いつき

 マルクスが第2部のために書いた諸草稿は執筆時期も興味深いことであるが、こうした問題についても、今回の論文ではより一層詳しい事実が指摘されている。そこでここでは、大谷氏が推定している執筆時期を簡単にまとめておこう。

・「ノート I 」--1865年前半に、第3部の執筆(これは1964年の夏にとりかかる)を中断して書かれた。(エンゲルスは編集段階でまったく利用せず)
・「ノートIII」--1867年8月末ののち、とりわけ1868年に入ってから、第2部と第3部のための材料を書き付け、それを「利用すべき諸箇所」をまとめるときに、このノートを「第二部に属するもの」と「第三部に属するもの」と書いた紙表紙でくるんで二つに仕分けしたが、その「第二部に属するもの」を「ノートIII」とした。(これもエンゲルスは編集段階で利用せず)
・「ノートIV」--IIIと同じ時期に、第2部のテキストとして書きはじめたもので、第1章と第2章の二番目の項目まで書いてある。全体で58頁分。この一部は「ノートII」と平行して書かれている部分もあり、執筆時期を特定するのは困難。(エンゲルスは編集段階で第1篇と第2篇に利用した)。
・「ノートII」--第1稿の全面的な書き直しになっている。執筆時期については、あまり正確には書かれておらず、1868年の春から1870年の中頃までに書かれたとされている。

 これをみると、第3稿、第4稿、第2稿はほぼ同じ時期に書かれたと言えるのかも知れない。ただ第3稿は資料的な性格が強く、第2稿は第1稿を書き直す意図のもとに書きはじめられ、少なくとも第3章の途中まで書き続けられたが、しかし同時にその過程でマルクス自身は第1章と第2章について不十分さを覚えて、より練った形で書き直し始めたのが、あるいは第4稿だった可能性もある。エンゲルスも大谷氏も手稿をみる限り第4稿は第2稿よりも形式が完全であって、印刷できるまでに仕上げられているという印象を与えるものだと書いているからである。
 とするなら、マルクスがこれらにII~IVの番号を打ったということは、そこにマルクス自身の何らかの意図が反映されているはずではないだろうか。まず第2稿にIIと番号を打ったのは、やはり第1稿に I と番号を打って、それを書き直すという意図があったから、IIと打ったと考えられるのではないだろうか。それに対して、ほぼ同じ時期に第2稿を書く準備資料として「1861-1863年草稿」執筆当時のサブノートから材料をとってまとめたもの(そのうち第二部関連のもの)にIIIと番号を打ち(第3稿)、さらに第2稿で不十分と思った第1章と第2章の一部を書き直したものにIVと番号を打った(第4稿)ということになるのではないだろうか。つまりそうしたマルクスの作業の手順がそうした番号のつけ方に反映されていると考えられないだろうか。

●邦訳のある参考文献には、邦訳の頁数も併記すべきではないだろうか?

 次にいよいよ今回刊行されたメガ第II部第11巻のテキストの内容の説明に入る。まず最初は「第2部第2稿について」である。ここからは第2稿の第1稿に対する理論的な前進が論じられ、そのなかでも〈資本循環理論と資本回転論における前進〉が対象になっている。しかしその内容を検討する前に、少し苦言を呈しておきたい。
 特にこの部分では大谷氏は、第1稿ではマルクスは資本循環論を四つにわけていたが、それを第2稿では三つの形態として論じるようになったとしている。ただ第1稿で第二の形態とされた部分については、すでに第1稿でもそれが第三の生産資本の循環に吸収されるべきものであることを示唆しているところがあるとして、MEGAII/4、1分冊の頁数のみを記しているのであるが、しかしこの第1稿については、すでに大谷氏他による邦訳が出されているのであるから、邦訳の頁数も併記すべきではないかと思うのである(同じことは、他にも例えば上155頁上段後1~2行にある『1861-1863年草稿』や第1稿の参照個所もやはりすでに邦訳が出ているのだから邦訳頁数も併記すべきではないかと思う)。とくにこの論考が学術雑誌ならともかく、『経済』誌に掲載されたことを考えるなら、なおさらそうした読者に対する配慮が必要ではないかという気がするのである。『経済』の読者のなかで、一体、どれだけの人がMEGAの原典を参照できる状況におかれているだろうか。こうした配慮の無さは、この論文は一体どういう読者層を想定して書かれたのかを疑わせるものである。もちろん、こうした配慮のなさは『経済』誌の編集部にも言いうるであろう。

2009年6月 6日 (土)

大谷禎之介著「『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡」の批判的検討(その2)

 

大谷禎之介著《『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡 ――メガ第II部門第11巻の刊行に寄せて――》 (『経済』09年3・4・5月号掲載)の検討

 

再生産表式の「眼目」についての「誤解」もエンゲルスの編集のせいだろうか?

 次の一文は、先に(その1で)紹介した文章に直接続く文章なのであるが、やはり大谷氏はエンゲルスの編集を批判する一環として次のように述べている。

 〈ところがエンゲルスは、そのマルクスの作業を、彼の作成した、過程の順調な進行を示す表式――第4節の「第1例」と「第2例」――と入れ替えることによって、マルクスの問題解決の過程をまったく見えないものにしてしまったのである。それによって、マルクスの「経済表」にとってかわった「再生産表式」の眼目が、貨幣的な契機を排除して商品資本の諸要素を表示する点にあるかのような、さらに、それが分析の手段であるよりも、あたかも分析の対象ででもあるかのような誤解が広まることになった。〉(上143-4頁)

 この部分で大谷氏は、エンゲルスがマルクスが表式を展開している部分を「第1例」「第2例」という形で編集したので、〈「再生産表式」の眼目が、貨幣的な契機を排除して商品資本の諸要素を表示する点にあるかのような〉誤解が広まったと主張されているのであるが、果たしてそれはエンゲルスの編集に対する批判として妥当なものであろうか。というのは、周知のように、エンゲルスは、その序文で次のように述べているからである。

 《第1篇の最も困難な部分は第5草稿で新たに書き改められた。第1篇の残りの部分と第2篇全体(第17章を除く)には、大した理論的困難はなかった。これに反して、第3篇、社会的資本の再生産と流通は、彼にはどうしても書き直しが必要だと思われた。というのは、第2草稿では再生産が、まずもって、それを媒介する貨幣流通を顧慮することなしに取り扱われ、次にもう一度、これを顧慮して取り扱われていたからである。このようなことは取り除かれ、またこの篇全体が一般に著者の拡大された視野に照応するように書き直されるべきであった。こうしてできあがったのが第8草稿で、これは四つ折り判でわずか70ページの一冊である。しかし、これだけのページにマルクスがどれだけ〔多く〕のものを凝縮することができたかは、印刷された第3篇から、第2草稿からの挿入部分を差し引いたものと右の草稿とを比較してみればわかる。》(全集版8-9頁)

 つまりエンゲルスは、《常に、現存する最後の改稿を以前のものと比較して基礎に据えるようにした》(同9頁)と述べているように、第3篇を、第8稿を《基礎に据え》て、欠けている部分を第2稿によって埋めるという形で編集しているのである。そして第8稿では最初から媒介する貨幣流通を顧慮して問題が取り扱われていたのである。だからエンゲルスは、この第8稿の敍述こそ、マルクスの《拡大された視野》にもとづくものだと判断したのである。つまり社会的総資本の再生産の敍述においては、第2稿で考えられていたような《まずもって、それを媒介する貨幣流通を顧慮することなしに取り扱われ、次にもう一度、これを顧慮して取り扱われ》るというような二段構えのプランは放棄されたと考えたのである。
 もちろん、エンゲルス自身は《拡大された視野》とは何かについては何も述べていない。しかしそれが第2稿のいわゆる「二段構えの敍述」プランを否定する内容であったと判断していることは確かである。エンゲルスは、同じ序文の少し前のところでは次のようにも述べている。

 《マルクスが第2部のために残した自筆の材料を数え上げるだけでも、彼がその偉大な経済学的諸発見を公表するまえに、いかに比類のない誠実さをもって、いかに厳格な自己批判をもって、それらの発見を最大限に完璧なものに仕上げようと努力したかが証明される。まさにこの自己批判のために、彼は、ただまれにしか、新たな研究によって絶えず拡大する彼の視野に内容的にも形式的にも叙述を適合させるにいたらなかったのである。ところで、この材料は次のものからなっている。》(同6頁)

 つまりマルクスが第2部に関する諸草稿を何度も書き直したのは、それ以前のものが不十分だとマルクス自身が判断したからであり、だからいわば後のものはそれ以前ものの《厳格な自己批判をもって、それらの発見を最大限に完璧なものに仕上げようと努力した》結果であること、だから後のものは当然《新たな研究によって絶えず拡大する彼の視野》にもとづくものだと判断しているのである。だから同じ観点から第2稿に対しても第8稿が存在しているのだと考えたことが容易に推測できる。つまり最初から貨幣流通による媒介を顧慮して敍述するということが、マルクスが《新たな研究によって》獲得した《拡大された視野》によるものだと考えたのである。

 こうしたエンゲルスの第8稿の評価の是非については、また別途検討する機会があると思うので、ここでは取り上げないが、しかし私が問題にしているのは、エンゲルス自身は、第3篇を彼が考える《拡大された視野》にもとづいて、最初から媒介する貨幣流通を顧慮して取り扱っているという事実である。だからそうした意図のもとに行なわれた編集が、どうして〈貨幣的な契機を排除して商品資本の諸要素を表示する点にあるかのような〉誤解を広めることに繋がったのかが理解できないのである。ここでは大谷氏自身はそれについて、具体的には何の説明もしていないのであるが、しかしエンゲルスのそうした編集方針を考えるなら、例え形式的に考えたとしても、こうした非難は当たらないのではないかと思わざるをえないのである。
 もちろん、他方で大谷氏はエンゲルスの編集によって、〈「再生産表式」の眼目が、……それが分析の手段であるよりも、あたかも分析の対象ででもあるかのような誤解が広まることになった〉とも述べており、この点では私も大きな異論はないのではあるが。

●大谷氏に、エンゲルスを〈「著者の拡大された視野」のかなめ〉の無理解で非難する資格があるだろうか?

 これも先の一文に直接続くものであるが、続けて大谷氏は次のように述べている。

 〈このような結果になったのは、エンゲルス自身が序文で書いた「著者の拡大された視野」(II/13, S. 8.15–16; MEW, Bd. 24, S. 12)のかなめがどういう点にあったのか、そして第8稿の「II 蓄積または拡大された規模の生産」でマルクスがなにを明らかにしようとして苦闘したのか、ということを、エンゲルスが十分に理解できなかったためであろう。〉(上144頁)

  大谷氏はここで、「著者の拡大された視野」とエンゲルスが書いた問題そのものは否定せずに、その内容の捉え方が違うと考えているようである。先に見たように、エンゲルス自身は「著者の拡大された視野」というのはどういうことなのかについては、何も具体的には論じていない。ただエンゲルスが言っているのは、マルクスが第8稿の時点で到達した「著者の拡大された視野」にもとづいて、第2稿の段階で考えていたいわゆる「二段構えのプラン」を放棄したのだということだけである。ところが、大谷氏は、そうしたエンゲルスの主張、つまり第8稿の段階では第2稿の段階での二段構えのプランを破棄したという判断そのものは肯定しながら、しかしエンゲルスのいう「著者の拡大された視野」の理解は不十分だというのである。しかしエンゲルス自身は「著者の拡大された視野」については何も具体的には述べていないのだから、どうしてそれが不十分と判断できるのであろうか。しかもエンゲルスがいう「著者の拡大された視野」にもとづいてマルクスは第8稿の段階では「二段構えのプラン」を放棄したのだ、という主張そのものは正しいとしながらでである。ここには明らかに論理的に整合しないものが存在している。
 もちろん、エンゲルスがいう「著者の拡大された視野」について、エンゲルス自身が何か具体的に論じているのなら、大谷氏の主張も成り立つのである。つまりエンゲルスはマルクスが第8稿の段階で獲得した「拡大された視野」にもとづいて、第二稿の段階で考えていた「二段構えのプラン」を放棄したのだというのだが、確かにそうしたエンゲルスの指摘は正しいが、しかしその根拠としてエンゲルスが上げている「著者の拡大された視野」の理解そのものは不十分なものである、とその具体的内容に即して論じることができるわけである。しかしエンゲルスは自身は「著者の拡大された視野」については、何一つ具体的には論じていないのだから、もしエンゲルスの「二段構えのプラン」放棄説が正しいとするなら、少なくともエンゲルスがその根拠として上げている「著者の拡大された視野」についても正しいとしなければならないはずではないだろうか。これは形式的に考える限りそうとしか考えられない。そしてここでは問題は形式的にしか成り立たないのである。というのは、エンゲルス自身は「著者の拡大された視野」の内容について何も述べていなのだから、もし「二段構えのプラン」放棄説が正しいとするなら、その根拠としてエンゲルスが上げている「著者の拡大された視野」も形式的には正しいとしなければ不合理だからである。だから「二段構えのプラン」放棄説の立場に立っている大谷氏には〈エンゲルス自身が序文で書いた「著者の拡大された視野」のかなめがどういう点にあったのか、……ということを、エンゲルスが十分に理解できなかった〉などと批判する資格はないのである。それもやはりこの限りでは、まったく根拠のないエンゲルス批判としかいいようがないのである。

2009年6月 4日 (木)

大谷禎之介著「『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡」の批判的検討(その1)

 

大谷禎之介著《『資本論』第2部仕上げのための苦闘の軌跡 ――メガ第II部門第11巻の刊行に寄せて――》 (『経済』09年3・4・5月号掲載)の検討

 

【はじめに】

 この論文は、大谷禎之介氏自身が編集作業に携わったメガ第II部門第11巻が昨年(2008年)3月に刊行されたことを踏まえて、書かれたものである。大谷氏は同巻の「アパラート(付属資料)の部」に「解題」の草案を執筆されたのであるが、どうやらそれは共同編集者の修正を受け、同氏の本意とするものとはやや異なるものになってしまったようである。そこでこの論文では、「解題」の内容にとらわれず、同氏の見解をそのまま展開されているもののようである。

 その意味では、本論文は、マルクスの第2部の諸草稿をその現物にも当たって、丹念に研究された成果であり、その集大成ともいえるものであって、マルクスの第2部の諸草稿に関心をもつ人たちにとっては、大きな関心を呼ぶものであろう。

 いうまでもなく、私もその一人であるが、この論文によって多くの新しい知見を得られたことを、まず、指摘し、謝意を示しておきたい。

 しかし私は、この連載では、大胆にも、この大谷氏の論文を批判的に検討するという試みをやろうとしている。もちろん、私自身は、第2部の諸草稿については、大谷氏自身によって邦訳されたものや、他の研究者(例えば市原健志氏や八柳良次郎氏、あるいは水谷・名和両氏等々)の諸研究以外には、目を通しておらず、メガ第II部第11巻もいまだ手に取っていない(それは高価すぎて手が出ない)。それでも私は大谷氏のこの論文を一読してさまざまな疑問を禁じえなかったのである。これまでにも、第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解読では、大谷氏の業績に依拠しながら、氏の諸説を批判してきたのであるが、この論文においても、やはり次々と疑問が生じるばかりであった。

 そこでここでは、主に、私がこの論文を読んでゆく過程で、引っ掛かった部分について、率直に、その疑問を提起するという形で、続けることにしたい。つまり大谷氏のこの論文の展開に沿って、その都度、湧いてくる疑問を披露し、それに対する自身の批判的見解を展開することにしたい。だから、あるいは読者の皆さんにとっては読みにくいかも知れないが、その点、ご容赦い願いたい。なお、読者の便宜を考慮して、それぞれの引っ掛かった部分については、適当な表題をつけておいた。

●第8稿第21章該当部分の全体の構成について

 大谷氏は『経済』3月号143頁下段で、エンゲルスの編集が実際のマルクス自身の展開をみえなくしていると批判して、次のように述べている。

 〈のちに見るように、マルクスが表式を利用しながら思考を重ねた「5 第II部門での蓄積」の部分を、エンゲルスは、「第2節 第II部門での蓄積」と「第3節 蓄積の表式的叙述」と「第4節 補遺」との三つの節に分けたが、これによって、マルクスがここで行なった研究の筋道がほとんど見えなくなっている。マルクスはこの「5」のなかで、エンゲルス版でそう見えるのとは違って、両部門間の過不足のない相互補填のもとで順調に進行する拡大再生産の過程を示すような表式を描こうと苦心惨憺したのではまったくなかった。マルクスは、浮上した困難を打開する道を探るために表式を利用しただけだった。〉(『経済』3月号143頁、以下、「上143頁」と略して記す)

 ここでは大谷氏は、マルクスが拡大再生産の表式を展開している部分(先に連載した段落ごとの解読で利用させてもらった『経済志林』の頁数によれば、下の21頁から始まる拡大再生産の表式の年次を重ねた展開部分)をも、〈「5 第II部門での蓄積」の部分〉と捉えていることが分かる。こうした捉え方は、伊藤武氏のものでもあるが、果たしてこうした捉え方は正しいのであろうか。つまりマルクスは「蓄積および拡大再生産」という草稿全体を「1)~5)」の番号をふって、全体を5つの部分にわけて展開していると考える捉え方である。しかも最後の「5)」の部分(ということはこの「5)」と番号が打たれたところから最後までの部分)は、マルクスが表題をつけたとおりに「第II部門での蓄積」が論じられているという捉え方である(この「1)」~「5)」のうちで表題がつけられているのはこの「5)」だけである)。しかしこれだと「5)」の部分の占める分量は、極めて大きなものになる。大谷氏が翻訳された頁数(しかしこれはドイツ語原文も含めた頁数になる)で計算してみると、次のようになる。

 1)=32~34[約3頁分]
 2)=35~40[約6頁分]
 3)=40~72[約33頁分]
 4)=72~77[約6頁分]
 5)「部門IIでの蓄積」=1~78[約78頁分]。
  a)=1~12[約12頁分]
  b)=12~78[約67頁分]

 つまり全体の頁数は125頁になるが、「5)」の部分は62%以上、つまり半分以上になるのである。おまけに「5)」の部分は、「a)」と「b)」に分けられているが、「b)」だけでも半分以上(約54%)になることになる。そして奇妙なことに、大谷氏らの捉え方では、そこでは「部門IIでの蓄積」、さらにそのうちの「b)」と項目が打たれた部分で提起されている問題、すなわち「貨幣源泉がIIのどこで湧き出るのか」という問題が論じられていると捉えるわけである。

 しかしこうした捉え方は、単に全体のアンバランスだけではなく、内容的にも納得のゆくものではない。確かにマルクスは「3)」と番号を打っているパラグラフの直前で次のように述べている。

 《われわれは、この外観上の困難をさらに詳しく解決するために、まず部門 I (生産手段の生産)での蓄積と部門II(消費手段の生産)での蓄積とを区別しなければならない。部門 I から始めよう。》(『経済志林』上40頁、以下「上40頁」と略す)

 そしてその次のパラグラフの冒頭に「3)」と番号が打たれているのである。だからエンゲルスもこのパラグラフの前に「第1節 部門 I における蓄積 1、蓄蔵貨幣」と表題をつけたわけである。

 しかし「5)」と番号が打たれている部分以降の内容を検討すると、「部門IIでの蓄積」が考察の対象になっていると考えられるのは、大谷訳の下の21頁の拡大再再生産の表式(いわゆるB式)が提示される前までの部分においてである。すでに述べたように、マルクスは「5)」を「a)」と「b)」にわけて論じているが、この「b)」の部分で論じているのが、いわゆる「新しい問題」であり、「貨幣源泉がIIのどこで湧き出るのか」という問題なのだが、しかしB式が提示された以降(下21頁以降)は、そうした問題が論じられているわけではない。伊藤武氏などは草稿の最後の「補論」(とエンゲルスが表題をつけた部分)においても、この同じ問題が、すなわちIIおける「貨幣源泉」の問題をマルクスは論じているのだから、だからマルクスは最後まで、この同じ問題を追究しているのだと捉えているのであるが、大谷氏が次のように書いているのは、恐らくこの伊藤武氏の見解を踏まえたものと考えることができる。

 〈マルクスはこの「5」のなかで、エンゲルス版でそう見えるのとは違って、両部門間の過不足のない相互補填のもとで順調に進行する拡大再生産の過程を示すような表式を描こうと苦心惨憺したのではまったくなかった。マルクスは、浮上した困難を打開する道を探るために表式を利用しただけだった。〉

 つまりここで〈浮上した困難を打開する道〉というのは、いわゆる「新しい問題」のことであり、「貨幣源泉がIIのどこで湧き出るのか」という問題のことであろう。つまり表式の年次を重ねて展開している部分でも、マルクスは部門IIにおける貨幣源泉を捜し続けているのだという立場に大谷氏も立っているわけである。しかしこれはとんでもない理解だと私には思える。私自身の捉え方をここでは詳述しないが(それはすでに第8稿の段落ごとの解読のなかで論じている)、こうした捉え方はマルクスの考察を極めて狭いものにしてしまうのではないかと思うのである。

 この問題を考える場合、次のような水谷謙治・名和隆央両氏の指摘が重要な気がする。両氏は《『資本論』第2部第2草稿(「第3章」)の未公開部分について--その概要と解説--》(『立教経済学研究』33巻1号s.54.7)のなかで、次のように指摘している。

 〈再生産表式の説明に続いて両部門の総体を対象とした考察がある。部門 I および部門IIに続いて両部門の総体を考察する方法は、第2稿の特徴といってよいだろう。(1863年、学説史ノート第22冊におけるマルクスの経済表では、これと同様の取り扱いであったことが想起できる。)また、貨幣流通による媒介を考慮した単純再生産の考察においても、部門 I 、部門II、および両部門の総体という順序で考察が進められている。〉(154頁)

 つまりマルクスが第8稿の拡大再生産のところで先に指摘したように、《われわれは、この外観上の困難をさらに詳しく解決するために、まず部門 I (生産手段の生産)での蓄積と部門II(消費手段の生産)での蓄積とを区別しなければならない。部門 I から始めよう》と述べているのは、だから明らかに、これまでのマルクスの考察の方法が踏襲されていると考えることができるのである(ただ注意が必要なのは、第2稿と第8稿では部門 I と部門IIが入れ代わっている。つまり第2稿では、消費手段の生産部門が部門 I となっている)。とするなら、マルクスはどこかで「両部門の総体」の考察に移っていると推測することも成り立つわけである。そして私はそれはすでに指摘したように、マルクスが拡大再生産の表式を単純再生産の表式と並べて提示して、拡大再生産の表式を年次を重ねて計算しているところから(下21頁以降)であると推測しているのである。ただマルクス自身は、そこには何の表題もつけていない。ただ横線を引いて、そこには区切りがあることを示しているだけである。しかし、明らかにそこからは問題が変わっていることは明らかなのである。

 (なお、この第8稿全体の構成の問題については、今後も問題になることが予測できるので、今回はこの程度の問題提起で終えることにしたい)。

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