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2009年4月10日 (金)

『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その76)

§§第8稿第3章の段落ごとの解読(続き)§§

 

 (以下は前回の【115】パラグラフの考察の続きである。)

 

 次は二つ目の問題、すなわち部門IIおいて、現実の蓄積に先立つ貨幣蓄蔵は如何にしてなされるのか、という問題についてである。この問題については、われわれは一旦、マルクスの草稿を離れて問題をそのものとして考えてみることにしよう。
 マルクスはここでは I の追加不変資本については何も言及していないが、それはいうまでもなく、すでに考察ずみだからである(またここで問題なのは部門IIにおける蓄積のための貨幣蓄蔵だからでもある)。すなわちこの草稿の最初の当たり、われわれのパラグラフの番号でいえば【3】以降においてそれは取り扱われていた。そこでは I には、不変資本の蓄積のために、それに必要な額になるまで次々と剰余価値を実現した貨幣を蓄蔵するA群の資本家たちと、すでにこれまで蓄蔵した貨幣額が必要な額に達したために、現実に蓄積を行おうとしているB群の資本家たちとを前提することによって問題は解決されたのであった。すなわち一方で、A群の資本家たちは彼らの剰余価値を実現して入手した貨幣を流通から引き上げて蓄蔵するが、他方でB群の資本家たちはそれまで蓄蔵してきた貨幣を現実に流通に投下するわけである。A群の資本家達は一方的な販売者として現われ、B群の資本家たちはそれに対して一方的な購買者として現われる。だからA群の資本家達が販売する剰余価値額とB群の資本家達が現実に投下する貨幣資本額が量的に一致する必要があったわけである。つまりA群の資本家たちが蓄蔵する貨幣は、B群の資本家たちが追加不変資本に転換するために投資する貨幣であったのであった(もちろん直接一致する必要はないが)。この場合は、いずれも部門 I 内部における資本家同士の転換であり、部門 I にAとBの二種類の資本家群を想定して考察するだけで良かった。
 同じことは--つまり同じ部門(II)内での転換であるという点でいえば--、部門IIの追加可変資本の蓄積についてもある程度まで言いうる。違いは、部門IIの追加可変資本の蓄積の場合は、やはり部門II内部だけの転換ではあるが、しかし資本家同士の直接的な売買ではないということである。部門 I の追加不変資本の蓄積の場合には、資本家Aが販売するのは直接資本家Bに対する場合であれ、それ以外の資本家を媒介してであれ、いずれにしても、売買するのは資本家同士であった。しかし部門IIの追加可変資本の場合は、追加的に雇用された労働者を媒介しなければならない。ここでも剰余価値を実現して入手した貨幣を蓄蔵する資本家群A(II)が存在し、それまで蓄積してきた貨幣を追加可変資本として投下する資本家群B(II)が存在する。しかしA(II)が直接に販売するのはB(II)ではなく、B(II)が雇用した追加労働者に対してである。またB(II)は追加可変貨幣資本を直接A(II)に支払うのではなく、部門IIで新たに雇用した追加労働者に対してである。A(II)に貨幣を支払うのは、直接にはB(II)に雇用された追加労働者なのである。この点が、部門 I の追加不変資本の蓄積の場合と異なるが、しかしその転換がそれぞれの部門内部で行われるという点では共通している。そして同じ部門内にA群の資本家とB群の資本家を想定することによって問題を解決するという点でも同じである。

 問題は部門 I と部門IIとの転換が行われるケースである。これはいうまでもなく、 I(v+m)とIIcとの関係である。この場合は【109】で明らかにされたように、三つのケースが存在した。われわれはそれぞれについて検討していくことにしよう。

 (1) I(v+m/x)=IIcの場合(m/xは I の資本家の消費ファンドの価値額)

 これは I の単純再生産部分の転換がIIでの蓄積を引き起こさないケースである。この場合は I の追加可変資本とIIの追加不変資本とが互いに補填し合うのであった。だからこの場合は次のようになる。 I の追加可変資本を蓄積する資本家B( I )は、それまで蓄蔵してきた追加的可変貨幣資本を追加的労働力に転換して、現実の蓄積を行う。それに対して、IIの追加的不変資本を蓄積するために、剰余価値の一部を実現してその貨幣を蓄蔵しようとしている資本家A(II)は、 I の追加労働者に追加不変資本に予定されている剰余価値(消費手段)を販売して、その貨幣を蓄蔵するのである。他方、 I の剰余価値(生産手段)の一部を実現して追加可変資本の蓄積のためにこれから貨幣蓄蔵を行おうしている資本家A( I )は、彼の剰余価値のうち追加可変資本に予定されている剰余生産物(生産手段)を、IIのそれまで追加不変資本を蓄積するために、貨幣蓄蔵を行い、必要な額に達したので現実に蓄積を行おうとしている資本家B(II)に販売する。そしてA( I )はその貨幣を蓄蔵し、B(II)は追加不変資本としての現物(生産手段)を入手し、現実に拡大された規模での再生産を開始する。
 以上が一連の I 、IIのあいだに生じる事態である。こうして資本家A( I )は追加可変資本のための貨幣蓄蔵を行い、資本家B( I )は現実に追加可変資本を投じて、それを追加労働力に転換した。他方で、資本家A(II)は I の追加労働者に追加不変資本に予定されている剰余価値の一部(必要生活手段)を販売して、その貨幣を蓄蔵する。資本家B(II)はそれまで蓄蔵してきた潜勢的貨幣資本を投じてA( I )から、追加不変資本(生産手段)を購入して、現実の蓄積を開始する、等々である。もんろん、資本家B(II)は現実の蓄積を行なうためには、追加不変資本の蓄積に対応した追加可変資本の蓄積も行なわなければならないが、しかしそれについてはすでに先に考察したので、ここでは省略しよう。

 (2) I(v+m/x)>IIcの場合

 この場合は、 I の単純再生産の転換のためにIIにおいて蓄積が必要になる場合である。
この場合にも、もちろん I の追加可変資本の転換のために、IIの追加不変資本の蓄積が対応しなければならないが、これについてはすでに(1)で考察したのと同じ事態が生じるだけである。だからここでわれわれが改めて考察しなければならないのは、 I の単純再生産の転換が、IIの蓄積を引き起こす部分についてだけである。いま、IIcの不足分の価値額をmyとしよう。すると I(v+m/x-mv)については、すでに単純再生産の過程として考察ずみである。だから問題は I(my)の転換である。資本家 I は自分の個人的消費分である剰余価値(my)を目当てに、貨幣myを投じて、資本家A(II)から生活手段を購入する。資本家A(II)は、彼の剰余価値のうち追加不変資本として蓄積するために、これから剰余価値を実現してその貨幣を蓄蔵する資本家たちである。彼らは剰余価値のうちmy(II)を I の資本家に販売して、その貨幣を蓄蔵する。他方、IIには同時にすでに貨幣蓄蔵を終えて必要な額(my)に達したので、これから現実に追加不変資本としてそれを投じようとしている資本家B(II)が存在する。彼らは I の資本家からその剰余価値の一部my( I )(生産手段)を購入して、現実の蓄積を開始するのである。こうして I の資本家が最初に流通に投じたmyの貨幣は彼のもとに還流することになる(それは彼にとっては単純再生産の過程の一部である)。すなわち I は単純再生産部分の転換をすべて終え、彼が最初に流通に投じた貨幣は彼自身のもとに戻り、IIでは追加不変資本を蓄積するために貨幣蓄蔵行う資本家A(II)はmyなる貨幣を蓄蔵し、他方で必要な額に達したので現実の蓄積を行おうとしている資本家B(II)は、現実に蓄積に必要な不変資本(生産手段)myを入手し、拡大された規模での再生産を開始することができるようになっている。

 (3) I(v+m/x)<IIcの場合

 この場合は、 われわれの考察では三つのケースに分けられた(【109】パラグラフ参照)。しかしそのうち I の単純再生産部分の補填の後のIIcの余剰分が、 I の蓄積による追加可変資本を補填してもなお余るケースの場合(三つ目のケース)は、結局、IIでは単純再生産もできず、IIcの一部は過剰になり、両部門の均衡が維持できないケースであった。よってこのケースについては、ここでの考察は不要と考える。ここでは残りの二つのケースについて考えてみよう。

 まず最初は I の単純再生産を補填してなお余るIIcが、 I の追加可変資本の蓄積を、ちょうど補填する場合である。この場合は、 I で蓄積が行なわれても、IIではただ単純再生産が行なわれるだけであった。よって今、 I の追加可変資本のうちIIcの単純再生産で補填されうる価値額をmzとしよう。そうすると I(v+m/x+mz)がIIcの単純再生産によって補填されることになる。しかしそのうちの I(v+m/x)については、すでに単純再生産の考察において終わっている。だから問題なのは、 I(mz)の追加可変資本の蓄積が、IIcの残りの部分(余剰分)の単純再生産によって貨幣蓄蔵の契機を入れて如何に補填されるかである。
 まずIIはIIcの最後の一部mzの単純再生産による補填のために、IIは自ら所持している貨幣mzを投じて、 A( I )の剰余価値の一部(生産手段)を購入する。A( I )というのは、 I において追加可変資本の蓄積のために剰余価値を実現した貨幣の一部を蓄蔵する資本家たちである。彼らは剰余価値の一部 I(mz)をIIに販売して入手した貨幣mzを将来の蓄積のために蓄蔵する。他方、 I にはそれまで蓄蔵してきた貨幣が丁度必要な額に達したので、追加可変資本として現実に蓄積しようとしている資本家B( I )が存在する。彼らは彼らが蓄蔵してきた貨幣mzを追加可変貨幣資本として投じてそれを追加労働力に転換する。そしてその資本家B( I )に追加的に雇用された労働者たちは彼らに支払われた貨幣mzによって、IIから必要生活手段(IIcの最後の部分であるmz)を購入する。こうして、IIが最初に流通に投じた貨幣mzはIIの手許に還流し、彼は彼の不変資本部分すべてを現物で補填したことになる(ここでは捨象されている I とIIとの単純再生産による相互補填も含めてである)。A( I )は彼の剰余価値の一部(mz)を貨幣化してそれを蓄蔵し、B( I )は彼らが蓄蔵してきた追加可変貨幣資本を投じて追加労働力に転換して現実に拡大された規模での再生産を開始する。 I で新たに雇用された労働者は、IIから必要生活手段を購入して彼らの労働力を再生産することになる。しかし部門IIはただ単純再生産を行なったに過ぎない。

 もう一つのケースは、 I の単純再生産を補填しだけでは余るIIcの余剰分が、I の追加可変資本に対応して必要な、IIの追加不変資本分には不足する場合である。この場合は、この不足分だけIIはその剰余価値から追加不変資本として蓄積する必要がある(もちろん、それに対応して追加可変資本の蓄積も行なう必要が生じるが、しかしこれについてはすでに考察済みである)。しかしこのIIにおいて、不足分を剰余価値から追加不変資本として蓄積するケースは、基本的には、(1)で考察した場合と同じことであろう(すなわちその蓄積分だけの剰余価値を貨幣化する資本家群A(II)とそれまで蓄積してきた蓄蔵額がそれと同額に達して現実に蓄積を行なおうとしている資本家群B(II)を想定することによって問題は解決する)。よってこのケースはこれ以上の考察は不要であろう。

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