無料ブログはココログ

« 『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その67) | トップページ | 『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その69) »

2009年3月 3日 (火)

『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その68)

§§第8稿第3章の段落ごとの解読(続き)§§


 

【110】

 〈他方,この転換によって, I の資本のうちただ追加貨幣資本を積み上げてきただけの部分は,すでにこの種の「蓄積」の部分を完了したのである。そこで上述の事例(このまえの2ぺ一ジ)は次のようになる。もし以前と同様に1/5(1)が貨幣(2)資本に転化され,4/5(3)が現実の蓄積に〔向けられる〕のであれば,したがって580(4)のうち1/5(5)が,つまり116(6)が貨幣蓄蔵に〔向けられ〕,464(7)が現実に蓄積されるのであれば,116(8)のうちすでに50(9)が貨幣化されているのであって,その残りは66(10)であり,これが貨幣化されなければならないのである。(11)

 (1)「1/5」--鉛筆によって「5」が「6」に訂正されている。このパラグラフでの同種の訂正はすべてエンゲルスによるものであろう。
 (2)「貨幣」--インクでつぶれているが,こう読んで誤りないであろう。
 (3)「4/5」--鉛筆によって「5/6」に訂正されている。
 (4)「580」--鉛筆によって「587」に訂正されている。
 (5)「1/5」--鉛筆によって「5」が「6」に訂正されている。
 (6)「116」--鉛筆によって「98」に訂正されている。
 (7)「464」--鉛筆によって「489」に訂正されている。
 (8)「116」--鉛筆によって「98」に訂正されている。
 (9)「50」--鉛筆によって「45」に訂正されている。
 (10)「66」--鉛筆によって「53」に訂正されている。
 (11)このパラグラフの左側にインクで縦線が引かれている。そして,鉛筆による修正のある「もし以前と同様に」以下の部分には,さらにその左側に鉛筆で縦線が引かれている。〉

 【このパラグラフは前パラグラフの三つのケースのうちの最後の3)のケースの説明に直接繋がっている。前パラグラフの3)の解読のところでも指摘したが、マルクスはこのケースが〈生じた〉のは、【105】パラグラフにおいてだと思っているのである。だからこのケースの説明の延長として【105】パラグラフに戻っているのである。
 マルクスが〈他方、この転換によって〉と述べているのは、前パラグラフの3)の説明にあるところの〈IIはこの転換によっては自分の不変資本をすっかりは再生産しないのであって、不足分のために I から買わなければならない〉と述べていた〈転換〉である。つまりIIcの転換は終わっていないが、 I の単純再生産の部分の転換はすでに終わっているわけである。マルクスはここで〈 I の資本のうちただ追加貨幣資本を積み上げるだけの部分〉と述べているが、しかし単純再生産の部分の可変資本そのものは決して「追加資本」ではない。ただ前年度の可変資本を補填するために(前年度に購入した労働力を再び購入するために)、それを貨幣形態で〈積み上げて〉保持しているというだけであろう。だから〈すでにこの種の「蓄積」の部分を完了したのである〉と述べているのは、いささか疑問である。ただマルクスは慎重に〈この種の「蓄積」〉というふうに、この種の〉と限定し、しかも「蓄積」に鍵括弧をつけている。つまりそれは本来の蓄積とは区別された〈この種の「蓄積」〉というニュアンスを含んだ表現になっており、これはあるいは、そうしたことを配慮した結果かも知れない。
 そこでマルクスは【105】パラグラフに帰って、(v+1/2m)I <cII のケースとして先にも紹介した次の表式に戻って検討している。われわもももう一度その表式を掲げておこう。

    I   5800c+1160v+1160m
     II )1800c+ 348v+ 348m

 マルクスが〈もし以前と同様に1/5が貨幣資本に転化され,4/5が現実の蓄積に〔向けられる〕のであれば,したがって580のうち1/5が,つまり116が貨幣蓄蔵に〔向けられ〕,464が現実に蓄積されるのであれば,116のうちすでに50が貨幣化されているのであって,その残りは66であり,これが貨幣化されなければならないのである〉と述べているのは、次のようなことである(ただしわれわれはエンゲルスが青色で訂正している数値は無視して、マルクスの間違った数値をもとに、マルクスが何を言いたいのかをだけ理解することにしよう)。上記の表式の I の蓄積分、つまり剰余価値1160mの1/2、580mが蓄積されるとマルクスは考えている。そのうち1/5すなわち116が追加可変資本に転換され、よって貨幣蓄蔵されるとマルクスは考えているのである。そして4/5の464が追加不変資本に、よって現実に蓄積されるとマルクスは考えている。もちろん、現実に蓄積されるのは単に追加不変資本だけではなく、追加可変資本もそうである。そうでないと現実の拡大された規模での再生産、すなわち蓄積は進まないからである。しかしマルクスは追加可変資本の場合は、貨幣形態を維持し、労働力を購入して、その労働が流動化し、価値を形成したあとに支払われるべきだと考えているのである。だから追加可変資本の場合は、とりあえずは貨幣形態のまま「蓄積」されると考えているのである。
 ところですでに紹介したが、前パラグラフで、マルクスは〈IIはこの転換によっては自分の不変資本をすっかりは再生産しないのであって、不足分のために I から買わなければならない〉と述べていた。つまりマルクスはIIcの転換のための不足分はすでに「買われている」と考えているのである。【105】パラグラフに戻ると、その不足分というのは60である。つまり I の追加可変資本116のうちすでに60は貨幣化されているというわけである。だから問題は残りの56の貨幣化であるというわけである。だからこのすでに貨幣化されている数値と残りの数値をマルクスは間違っているわけである。
 ついでに述べておくと、この残りの56の貨幣化は如何になされるかというと、それはIIの追加不変資本の蓄積によってなされるのである。だから【105】の表式に戻って考えると、それは348mIIから差し引かれるのであり、さらにIIは56の追加不変資本に対して、11[1/2]の追加可変資本が必要であり、それも残りの292mIIから差し引かれる必要があるわけである。
 結局、このパラグラフは、(v+1/2m)I <cII のケースとして【105】パラグラフを再検討し、IIcに60の余剰でたものがどのように処理されるかを再検討したものといえるだろう(それは I の蓄積による追加可変資本に対応したIIcとして処理され、 【105】のように、I の追加可変資本116がIIcの余剰分60より大きい場合は、その差額56はIIの追加不変資本の蓄積として処理されるわけである)。だからこのケースはわれわれが先のパラグラフで考察した可能な三つのケースのうち、二つ目のケースに当たるわけである。】

« 『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その67) | トップページ | 『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その69) »

『資本論』第2部第8稿第21章の解説」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/1480743/39177815

この記事へのトラックバック一覧です: 『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その68):

« 『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その67) | トップページ | 『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その69) »