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2009年2月

2009年2月27日 (金)

『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その67)

§§第8稿第3章の段落ごとの解読(続き)§§


 (以下は、前回の【109】パラグラフでマルクスが蓄積の三つのパターンを論じている部分の3)のパターン部分の考察の続きである。)

 

 ところで、マルクスはこうしたケースも〈生じた〉と考えている。というのは、【105】パラグラフにおいて、それまでの計算の結果、次のような表式が求められたからである。

    I   5800c+1160v+1160m
     II )1800c+348v+348m

 確かにこの表式だと  I(v+1/2m)は1740となり、IIcの1800より60少ないことになる。つまりこの表式では(v+1/2m)I <cII のケースになっているのである。しかし実際のわれわれが行った正しい数値と計算によれば、この表式は次のようなものであった。

   I ) 5868[1/18]c+1173[11/18]v+1173[11/18]m
  II ) 1715[5/18]c+342[1/18]v+342[1/18]m

 つまりこの場合は I(v+1/2m)は1760.4であり、IIcは1715.3となり、よって実数値によれば、 2)のケースと同じ I(v+1/2m)>IIcとなっている。だから正しい前提と計算にもとづけば、これまでの表式の展開では(v+1/2m)I <cII のケースは生じなかったことになるのである。

 しかしでは、マルクスが指摘するような表式は不可能かというとそうではない。どういう場合にそれが可能であるのかを、少しB式をもとに考えてみよう。まずB式を書いてみる。

  I ) 4000c+1000v+1000m=6000
 II ) 1500c+ 750v+ 750m=3000

 B式をもとに配列に少し手を入れてみると、次のような式が成り立つ。

  I ) 4000c+1000v+1000m=6000
 II )  1600c+ 800v+ 800m=3200

 この場合は明らかに I(1000v+500m)<1600cIIが成り立つ。この場合の拡大再生産が可能かどうかを考えてみよう。まず I の単純再生産の部分 I (1000v+500m)は、1500cIIと転換される。しかしIIcはまだ100cIIの余分がある。次に I の500mは400を不変資本に100を可変資本に転換するとすると、 I の100の追加可変資本は、IIcの残りの100cIIで補填される。だから I の500mの蓄積に対して、IIはまったく蓄積は不要ということになる。だから機能配置は次のようになる。

  I )4400c+1100v(+500の消費ファンド)
 II )1600c+800v(+800の消費ファンド)

 これか第一年度の500だけ拡大された規模での(しかし I だけの拡大だが)再生産を開始する総資本の配列である。だからこれで一年間の生産が行われた結果の総商品資本は次のようになる。

  I )4400c+1100v+1100m=6600
 II )1600c+ 800v+ 800m=3200

 つまり部門 I では600の商品資本の拡大がみられた。しかしその結果、 I (1100v+550m)>1600cIIの関係が成立している。つまり最初の前提が逆転していることが分かる。
だからこの表式をもとに拡大再生産を考えるとすると、次のような展開になる。
 まず I の単純再生産の部分 I (1100v+550m)の転換のためには、1600cIIは50不足する。だからそれは800mから差し引かれなければならないが、それは550m I (資本家 I の生活手段)を補填すると考えれば、まだ可能である。しかし I の蓄積分550mのうち440が不変資本に110が可変資本に転換すると考えると、IIは110mを追加不変資本として蓄積する必要があるが、そのためにはこの110mIIは、すでに前年度において必要生活手段として生産されていなければならないことになる。しかしこれまでIIは単純再生産を繰り返してきたのだから、これは不可能である。だから最初の年の拡大された規模での再生産の時点で、すでにIIにおいても量的な拡大はないものの、機能配列としては蓄積の配列で再生産されていなければならなかったことを示している。IIの配列がそうしたものとして再生産されたと仮定すると、次のような第二年目の機能配列がえられる。

  I )4840c+1210v(+550消費ファンド)
 II ) 1760c+ 880v(+560消費ファンド) 

 ここで始めてIIの蓄積率は240/800=30%になる。これ以降の展開は止めるが、恐らくIIの蓄積率は同じ30%で推移するであろう。

 それ以外に考えられる二つのケースについては、具体例を上げるのはやめておくが、考察そのものは可能であることは指摘しておく。

 以上の計算の結果分かったことは次のようなことである。
 (1)まず(v+1/2m)I <cII のケースはありうることである。大谷氏の注記によると、マルクスはこの部分にインクで縦線を入れてあるが、この部分をもう少し詳しく分析する必要を感じていたのかも知れない。もちろんより詳しい条件を示すと(v+1/2m)I <cII< I(v+m)である。
 (2)次に、この場合の蓄積はまず I で始まり、IIでは最初は単純再生産だけに終わるか、あるいはわずかの蓄積でよいか、それともIIcが過剰に終わるかのケースがあること。
 (3)ただIIが単純再生産でよい場合も、 I だけが蓄積することによって、次の年度(あるいはその次の年度)にはすぐに(v+1/2m)I ≧cIIの条件を満たすようになる場合もあり、そうなると1)あるいは2)と同じケースになるということ。
  (4)しかしそのためには、IIにおいてすでに量的には拡大されないにしても、機能配列としては、最初の年度から蓄積の配列として再生産されている必要があるということである。】

2009年2月24日 (火)

『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その66)

§§第8稿第3章の段落ごとの解読(続き)§§


【109】

 〈そのさい,次の3つのケースが生じた。
 1)(v+1/2m)( I )=c(II),このc(II)は(v+m) I よりも小さい。(これはつねにそうでなければならないのであって,そうでなければ I は蓄積しないことになる。〔))
 2)(v+1/2m)>cII . この場合には,IIが(c・プラス・mの一部[68]分)IIによって(v+1/2)m I (1)を補填することによって,補填が行なわれる。したがってこの額は(c(2)+1/2m) I である。この場合,この転換はII)にとってはその不変資本の単純再生産ではなくて,すでに,IIの剰余生産物のうちIIが生産手段 I と交換する部分だけの大きさの不変資本の蓄積であり,同時にまた,IIがそれに応じて自分の可変資本を自分自身の剰余生産物から補充することを含んでいる。
 3)(v+1/2m)〔 I 〕<cII. この場合には,IIはこの転換によっては自分の不変資本をすっかりは再生産していないのであって,不足分のために I から買わなければならない。しかし一方では,そのために〔IIでの〕可変資本のそれ以上の蓄積が必要になるわけではない。というのは,IIの不変資本は,その大きさから見れば,この操作によっていまはじめて,すっかり再生産されるのだからである。(3)

 (1)「(v+1/2)m I 」--明らかに「(v+1/2m) I 」の誤記である。
 (2)「c」--「v」の誤記である。鉛筆でvと訂正されている。
 (3)このパラグラフの左側にはインクで縦線が引かれている。〉

 【ここでは部門 I の蓄積率が50%の場合、三つのケースが考えられたとして分析がまとめられている。われわれもそれぞれについて検討していくことにしよう。

 1)まず(v+1/2m)( I )=c(II)の場合である。

 このケースについてマルクスは〈このc(II)は(v+m) I よりも小さい〉というのみである。確かに(v+1/2m)( I )=c(II)の等式が成り立つなら、IIcが I (v+m)より小さいのは明らかである。しかしこれはマルクス自身が〈これはつねにそうでなければならないのであって,そうでなければ I は蓄積しないことになる〉と述べているように、蓄積の一般的な条件というべきものであろう。だから(v+1/2m)( I )=c(II)のケースの説明してとはいささが的が外れている感もなきにしもあらずである。
 このケースはいうまでもなく、B式のこれまでの展開等で考えるなら、I の単純再生産部分の転換のためにIIにおける蓄積が不要な場合だということができる。
 もちろん、勘違いしてはいけないのは、マルクスはこの三つのパターンでは I の蓄積そのものは捨象していることである。 I が剰余価値の半分を蓄積する場合の三つのケースを考察しているのに、肝心の I の蓄積そのものを捨象しているのである。だからこの部分だけを読んで解説している人のなかには、とんでもない間違いをしている人もいるわけである。この場合は当然、 I は1/2mをその既存の有機的構成に基づくか、あるいはそれ以外の何らかの割合で、一部は追加不変資本として、他の一部分は追加可変資本として蓄積し、そして I の追加可変資本に対応して、IIではそれと同額の追加不変資本を蓄積すること、だからまたそのIIの追加不変資本を生産的に消費するに必要な追加可変資本もIIの剰余価値から蓄積されることが前提されているのである。ただマルクスはこうした I 、II両部門における蓄積については、三つのケースに共通するので、それをこの考察から省いているのである。それを見落とすと、この部分の解読としては、とんでもない結論を引き出すことになりかねないのである(事実そうした解説をしている人もいる)。

 ところでマルクスがここで蓄積の場合は常にそうでなければならない条件として述べている I (v+m)>IIcについても少し補足しておこう。こうした条件そのものは、すでに【95】パラグラフで言及されていた。この部分は【91】パラグラフから始まるa)式(エンゲルスが「第二例」としている表式)の展開の途中で、その展開を中断して蓄積の一般的な条件の考察が行われていたところである。マルクスはその前のエンゲルスが編集段階で削除した部分では、【85】パラグラフの大谷氏の注記4)で紹介されている抹消された表式のように I (v+m)<IIcのケースの表式についても考察しており、こうした表式では蓄積は不可能であることも確認していたのである。だからマルクスがこうした蓄積の一般的な条件を導き出すことができた前提としては、もちろん、これまでのB式やa)式(エンゲルスがいう「第二例」)の展開や計算過程やその結果の考察に基づくものではあるが、同時にエンゲルスが抹消した部分も踏まえて考察した結果でもあると考えることもできるわけである。

 2)次は(v+1/2m)>cIIのケースである。

 この部分を説明する文章は若干分かりにくいが、次のようなことである。このケースでは、部門 I の単純再生産部分(v+1/2m)の転換のためには、部門IIにおけるIIcだけでは不足するので、IIの剰余価値から不変資本が追加的に蓄積され、(IIc+IImの一部分)によって I (v+1/2m)を補填するケースである。だから I にとっては単純再生産の部分の転換であるが、IIにとっては不変資本の単純再生産ではなくて、すでにIIの剰余生産物のうちIIが I の生産手段 I m と交換する部分だけの不変資本の蓄積であり、同時にまたそれは、IIがそれに応じて自分の追加可変資本を自分自身の剰余生産物から補充する(蓄積する)ことを含んでいる。
 もちろん、この不等式が成立すれば、すべて拡大再生産のための配列の条件を満たすというわけではない。なぜなら、IIの剰余価値は、 I の単純再生産部分の転換に不足するIIcを補填する部分と、 I の蓄積のさいの追加可変資本の転換に対応したIIcの追加不変資本の蓄積を可能とする(もちろん、それぞれの追加不変資本に対応した追加可変資本をも含めた蓄積を可能とする)に十分なだけの大きさでなければならないからである。つまりIImの大きさによってもこのケースの蓄積に必要な機能配列は条件づけられているのである。

 3)v+1/2m)I <cII のケース。

 この場合は I の単純再生産の転換によっては、IIは不変資本をすっかり再生産していないのであって、IIは転換せずに残っているIIcを I に販売し、さらにそれでもってIIcの不足分を I から買う必要がある場合である。
 この場合は三つのケースが考えられうるであろう。一つはIIcが再生産し得ない分、つまり I の単純再生産部分を転換しただけでは余るIIc部分が、ちょうど I において、1/2mの蓄積が行われたときに、その I の追加可変資本に対応して、IIにおいて追加的に不変資本分が蓄積されなければならないが、それがちょうどこの余剰分と額において一致するケースである。この場合は、IIは蓄積が不要となり、ただ単純再生産をするだけで、 I は蓄積を行なうことができることになる。
 二つ目のケースは、 I の単純再生産を補填しだけでは余るIIcの余剰分が、 I における1/2mの蓄積による I の追加可変資本に対応して必要な、IIの追加不変資本分に不足する場合である。この場合は、この不足分だけIIはその剰余価値から追加不変資本を蓄積する必要があり、またその追加不変資本の蓄積に対応して追加可変資本の蓄積も行なう必要が生じるであろう。
 三つ目のケースは、 I の単純再生産部分を補填して余るIIcの余剰分が、 I の蓄積による追加可変資本を補填してもなお余るケースである。この場合は、結局、IIでは単純再生産もできず、IIcは過剰になり、次年度からは過剰分の縮小再生産を余儀なくされるであろう。

 (以下、このケース3)の考察の続きは、字数制限により次回に回します。)

2009年2月20日 (金)

『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その65)

§§第8稿第3章の段落ごとの解読(続き)§§

 

【3、拡大再生産の総括(および残された課題】


【106】

 〈|70|したがって,次のようないくつかのケースがあるわけである。〉

 【ここからは明らかにマルクスの問題意識が転換している。マルクスは拡大再生産の表式をその配列の数値をあれこれ取り替えて、さまざまな表式を設定しながら、拡大再生産のなかに潜む法則性を探ってきた。そして前のパラグラフまでで、ひとまずそうした試みは終えたわけである。だからこのパラグラフからはこれまで試みたさまざまな検証結果について、全体的な総括を加えようとしているのである。
 われわれの当初の全体の見通しからすると、まさにこのパラグラフから第3番目の大項目である「3、拡大再生産の総括(および残された課題)」が始まると考えられるのだが、しかしマルクスの草稿そのものにはそれを示すものは直接には何もない。ただ、一つ考えられることは、このパラグラフが草稿の70頁の冒頭から始まっていることである。だからあるいは、マルクス自身は新たな問題意識からこの頁を書きはじめたと考えられないこともない、という程度でしかない。
 またわれわれがもう一つの大項目とした【2、拡大再生産の法則】が始まった【62】パラグラフでも、やはり最初に《A) 単純再生産の表式》を提示し、そして改めて《B 拡大された規模での再生産のための出発表式》が提示されていたことがもう一つのヒントとして上げることができる。つまりこうした大項目を立てるときには、常にマルクスは単純再生産と並べて拡大再生産を考察するという原点に帰っているということができるのである。だからこのパラグラフから始まる一連の考察も、やはり次の【107】パラグラフがそうであるように、まず「単純再生産の場合」から考察を開始していると考えることができるわけである。
 だからわれわれとしては、マルクスの草稿には明確な指示はないのではあるが、やはり当初の見通しどおりに、ここに大項目「3、拡大再生産の総括(および残された課題)」を設定しておくことにしよう(因みにエンゲルスはこのパラグラフの前に「3、蓄積が行われる場合のIIcの転態」という表題をつけている)。】

【107】

 単純再生産の場合(v+m) I =c(II)(両者は互いに補填しあう。)〉

 【これは単純再生産の部門 I と部門IIとの関係を示す等式である。第20章第3節「両部門間の転換 I (v+m)対IIc」の一文を紹介しておこう。

 〈単純再生産では、商品資本 I のうちの価値額v+mは(したがって総商品生産物 I のうちでこれに相当する比例配分部分も)、同様に部門IIの総商品生産物中の比例配分部分として区分された不変資本IIcに等しくなければならないということ、すなわち、 I (v+m)=IIc でなければならない。〉(全集版s.401)

 だからこれから行なわれる総括も、マルクスはこの単純再生産の条件を基準に問題を考えて行こうとしていることにわれわれは注意しておく必要があるだろう。】

【108】

 蓄積の場合。この場合には,なによりもまず蓄積率が問題になる。これまでの事例では, I での蓄積率がつねに不変であって,[m/2]( I )が蓄積されるものと仮定した(1)。しかし,[(m×3)/4]だけが拡大された生産で蓄積され[m/4]は貨幣で蓄積されるものとした。

 (1)「仮定した」--エンゲルス版によってnahmen…anの意に取っておくが,草稿ではnahmenとはどうしても読めない。sagenかもしれない。〉

 【ここでは、まず蓄積の場合は蓄積率が問題であること、そしてこれまでの拡大再生産の表式例においては I の蓄積率を常に不変で50%に仮定してきたことが言われている。しかし、その蓄積部分の割合が、3/4が拡大された生産で蓄積され、1/4は貨幣で蓄積されるものとしたというのだが、確かに蓄積率を50%に仮定したのはその通りだが、その蓄積分の分割について、果たしてマルクスはどの表式例を想定してこのように述べているのであろうか? I の蓄積が3:1の有機的構成比で行ったという例はない。考えられうるのは、B式の展開において、【64】パラグラフで〈500m( I )のうち400は不変資本に転化し100は可変資本に転化すると仮定しよう〉としていたことである。つまりマルクスが3/4と1/4と分けたと考えているのは、有機的構成の4:1に合わせて分割し、だから4/5と1/5にするつもりが間違ってこのように書いてしまったことにもとづいていると考えられる。
 とりあえず、われわれはこの部分ではマルクスはB式を想定して、このように述べているものとして話を進めよう。すると蓄積率50%はよいとして、その次に書いていることは正しくは次のように書かれる必要がある。

 しかし,[(m×4)/5]だけが拡大された生産で蓄積され[m/5]は貨幣で蓄積されるものとした。〉

 さて、このように読み替えたとして、この一文をどのように理解したらよいのであろうか。マルクスは明らかにB式で、500mの4/5である400を追加不変資本に、1/5の100を追加可変資本に転化したことを述べていると思えるのだが、それをこのように述べている意図はどこにあるのであろうか? これは可変資本の場合は、これまでのマルクスの敍述でも常にそうであったが、まずは貨幣形態のまま保持されるとしていたことを指していると考えることができる。〈貨幣で蓄積される〉というのは、〈貨幣形態のまま保持される〉あるいは〈貨幣として蓄蔵される〉と考えてよいであろう。とりあえず、そのように理解して次に進むことにする。

 その前に、大谷氏の注記についても若干のコメントをしておこう。大谷氏は草稿原文では読み取れない部分を「xxxx」で表し、訳文では「仮定した」として、それに注記をつけている。この部分について市原健志氏は次のような解釈を示している(《『資本論』に関する若干の新事実について--草稿を調査して--》(『商學論纂』第28巻第5・6号1987.3の602頁の注14参照)。

 〈筆者の調査によれば「xxxx wir an」とされているその部分は「angenommen」とされるべきである。ここは草稿の70ページの3行目の末尾が「ange-」とされ、4行目は「nommen,dass~」と続いている。したがってここは「仮定した」ではなく「仮定された」とされなければならない。〉

 「仮定した」か、それとも「仮定された」かは、まあ大した違いはないように思えるが、そうした指摘もあることだけは紹介しておこう。】

2009年2月17日 (火)

『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その64)

§§第8稿第3章の段落ごとの解読(続き)§§

 

【105】

 〈そして再生産が行なわれれば,次のようになる。
    I   5800c1160v1160m
      II )1800c+348v+348m
この場合には, I が1/2の剰余価値だけを蓄積するのだとすると,cIIと〔転換されるの)は1740(v+m) I (つまり1160v+580m)だけである。したがってc(II)には60の余剰が残る。これは I によって買われなければならない。そのさい,まえよりも大きい可変資本は必要でないのであって,われわれは次のものを受け取ることになる。(1)
      I )5800c+500m(2)
     II  1800c+348v+348m
 I はc( I )に合体される400m( I )のために60vを必要とする。それが348m(II)から差し引かれて,288m(II)が残る。IIは追加の100vのために20vを必要とする。これが288mから差し引かれて,268m(II)が残る。そこで, I とIIとはそれぞれ次のようになる。(3)(4)
      I ) 6200c+1200v(5)=
                     総資本(c+v) I +II=9688(8)
     II ) 1900v+268v(6)(II)+208m(7) 

 (1)次の表式は,上の部分の左側に書かれている。しかし内容からみてあとから書かれたものと考えられるので,ここにもってきた。
 (2)「500m」--これは580-60で「520m』とあるべきところであろう。
 (3)ここでもマルクスは, I で400c+60v,そしてそれとは独立にII で100c+20vを蓄積するとしている。これは前年度で行なわれたのとほぼ同様の手続き[66]であるが,まったく混乱しているというほかはない。
 (4)次の表式は,上の部分の左側に書かれている。しかし内容からみてあとから書かれたものと考えられるので,ここにもってきた。
 (5)「6200c」と「1220v」とは,今年度の資本5800c+1160vに,前出の注(3)でみた追加資本400c+60vを加えたものである。
 (6)「1900v」(これはもちろん「1900c」の誤記である)と「368v」とは,今年度の資本1800c+348vに,前出の注(3)でみた追加資本100c+20vを加えたものである。
 (7)「208m」--これは上の文中の「268m(II )」のうちの6という数字(これは0とも見えるような格好をしている)を読み誤ったものと思われる。
 (8)以上の2つのパラグラブでは,表式の右側に書かれている部分に,表式との区切りと思われる縦線があるほか,全体の左側にインクによる縦線が引かれている。〉

 【ここでもわれわれとしては、とにかく、前パラグラフで導き出した正しい数値と計算による表式をもとに、再びこのパラグラフ全体を書き直すことにしよう。

 〈そして再生産が行なわれれば,次のようになる。

   I ) 5868[1/18]c1173[11/18]v1173[11/18]m
  II ) 1715[5/18]c+342[1/18]v+342[1/18]m

 この場合には, I が1/2の剰余価値だけを蓄積するのだとすると,cIIと〔転換されるの)は1764[11/12](v+m) I (つまり1173[11/18]v+588[11/36]m)だけである。したがってc(II)には49[23/36]の不足が生じる。これはIImから追加不変資本として追加されねばならないから、それに応じて9[167/180]の追加可変資本がやはりIImから差し引かれる。だから342[1/18]-49[23/36]-9[167/180]=283[23/45]m(II)が残る。よってわれわれは次のものを受け取ることになる。

   I )5868[1/18]c+588[11/36]m(1764[11/12]消費ファンド)
  II )1764[11/12]c+351[177/180]v+283[23/45]m

  I はc( I )に合体される追加不変資本490[55/216]mのために追加可変資本98[11/216]vを必要とする。それに対応してIIでは98[11/216]cの不変資本が追加されるから、それを283[23/45]m(II)から差し引かれて,185[497/1080]m(II)が残る。IIは追加の98[11/216]cのために19[659/1080]vを必要とする。これが185[497/1080]mから差し引かれて,165[51/60]m(II)が残る。そこで, I とIIとはそれぞれ次のようになる。

 I ) 6358[67/216]c+1271[143/216]v= 7627[95/96]
                            総資本=9862[793/1440] 
II ) 1862[209/216]c+371[641/1080]v= 2234[101/180]

 上記の計算過程の詳細な説明は不要であろう。計算そのものは分数のまま計算したために大変面倒ではあるが、しかしその過程そのものはその前の【104】とまったく同じである。本来は出発表式a式(【91】参照)で、マルクスは部門IIの有機的構成を5:1にするためには厳密には(II 1428[4/7]c+285[5/7]v+285[5/7]m)にすべきところを、(II 1430c+ 285v+ 285m)の概数の値にして分数計算を避けたのだから(【92】パラグラフ参照)、それ以後も本来は分数計算を避けて概数で計算すべきだったのかも知れない。つまり分数計算をして厳密に計算したつもりでも、最初が概数値で始まっているのだから無意味なわけである。ただわれわれは、マルクス自身が計算間違いや有機的構成の設定の間違い等を犯して計算しているのを、正しい数値と計算結果を対置して求めるために、あえて分数のまま計算してみただけのことである。
 ところで、マルクスの拡大再生産表式の計算過程で注意すべきことは、常にまず部門 I の単純再生産部分の計算を行なった上で、拡大再生産の計算に移っていることである。こうした計算過程は一見すると回りくどく面倒であり、最初から拡大再生産の計算から始める方が簡単で手っとり早いように思える。あるいはマルクスは算術が苦手だからこうした回りくどい計算方法をとったのだろうなどと思って、多くの人たちは、こうしたマルクスの回りくどい計算方法を省いているのがほとんどである。例えばわれわれが第8稿の翻訳文を利用させて頂いている大谷禎之介氏も、その『図解・社会経済学』(桜井書店2001.3.30)の285頁に掲載している「図194 拡大再生産の進行過程の一例」をみると、やはり単純再生産をまず最初に計算して、それから拡大再生産部分の計算にうつるという、マルクスの計算過程の順序を踏んだものにはなっておらず、最初から拡大再生産の計算を直接行なうものとなっている。これは表式計算をしているほとんどの学者がそうした方法を取っているといっても過言でないほど、マルクスが実際にやっている計算過程は無視され、見落とされているのが現実なのである。彼らもマルクスが実際にやっている方法は知ってはいるが、なぜマルクスはそうした計算手順を踏んでいるのかについて深く考えもせずに、だからまたその意義についてもまったく気付かずに、こうした簡略化した方法でやっているわけである。
 しかし後に見るように、こうしたマルクスの計算過程は決して無意味に、ただ算術が苦手だからそうした回りくどいやり方をしているのではないこと、そこには重大な意味があることを知るのである。われわれは拡大再生産の出発表式として最初に年次を重ねて計算を行なうために提示されたB式(【62】参照)では、部門 I の単純再生産部分が、部門IIのcとそのまま転換できるが、今回計算したa)式(【91】参照)では、部門 I の単純再生産部分の転換のためにも、部門IIで蓄積が必要となるケースだったことを知っている。マルクスはa)式を提示したときに、そのa)式の特徴を指摘し、それが改めてa)式について計算する目的であることを表明していたのである。
 つまりこのように、こうした計算過程において、マルクスは常に部門 I の単純再生産部分の転換を基準に問題を考えていることが分かるのである。マルクスが拡大再生産の基礎に、あるいはその一部に単純再生産があり、それを基準に常に問題を考えるという観点は、この《蓄積または拡大された規模での生産》と題された草稿全体を貫いている。その意味では極めて重大な観点であって、それを見落とすと大きな過ちに陥る恐れのある問題でもあるのである。それはおいおい分かってくると思うが、とにかく、われわれはいよいよマルクスが全体の纏めに入る段階に来たわけである。次回からは、それを見ていくことにしよう。】

2009年2月13日 (金)

『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その63)

§§第8稿第3章の段落ごとの解読(続き)§§

【104】

 〈したがって,同じ規模での再生産が行なわれるとすれば,その結果は次のようになる。
   I ) 5400c+1100v+1100m=7200
                                合計=9836(2)
  II ) 1600c+318v+318m=     (1) 
 1100v+550m( I )と1600c+50m(II)〔との 転換が行なわれれば〕,その結果は次のようになる。
   I )5400c+550m{+1650(II〔)〕消費ファンド}
  II )1650c318v268m(すなわち318-50)
400m I (c I に合体される)には60の可変資本が必要であるとしよう。(3) それが268m(II)から差し引かれる。268m(II)-69=200。(4)c(II)に付加される100m( I )は20vを必要とするとしよう。(5) それが260m( I )(6)から差し引かれて240m( I )が残る。そのほか,cIIに合体される50m( I )のためには10vが必要であるとしよう。これがm(II)から差し引かれて,残りは250になる。こうしてわれわれは次のものを受け取る。
   I )5800c+1160v(8)(+1500消費ファンド)=8400
                                  10,800(10)
  II ) 1800c348v(9)(〔+〕250m)    =2400
 資本= I 7960(c+v)(11)
                            合計=10,108
  同上= II  2148(c+v)

 (1)誤りを直すつもりだったのか,ここに「2386」と書いたのち,横線で消している。
 (2)「9836」--何回か重ね書きで修正しているので正確には読み取れないので,表式の合計値を書いておく。
 (3) I での蓄積ファンドは550であり,5:1に分割されるとすれば458[1/3]cと91[2/3]vとになるはずである。かりに400cとすれば,5:1では--「60」ではなくて--80が追加可変資本となるはずであり,しかもその場合にはさらに70mが I 部門に残ってしまう。いずれにしても,ここでの「400」と「60」という数字は理解しがたい。このうちの「400」は,前年度の I の追加不変資本の数字を誤って取ったのではないかと推定する。
 (4)「200」--「208」の誤記であろう。
 (5)ここでは100cにたいして20vと,c:vの比率は正しく取っているが,しかしそもそも100m( I )の100という数字がどこからでてくるのか理解に苦しむ。マルクスのこれまでのしかたからすれば,すぐまえの I での追加可変資本[64]と同額の60でなけれぱならない。これも,前年度の I の追加可変資本の数字を誤って取ったのではないかと推定する。
 (6)「260m( I )」--この数字の出所もわからない。前出の注(4)を付した「200」をこのように読み誤ったとでも考えるほかはない。
 (7)次の表式は,このパラグラフの左側に書かれている。内容からみてあとから書かれたものと考えられるので,ここにもってきた。
 (8)「5800c+1160v」--この数字は次のようにして生じたものと推定する。(今年度の原資本5400c+1100v)+(前出の注(3)でみた400c+60v)=5800c+1160v。
 (9)「1800c+348v」--この数字も次のようにして生じたものと推定する。「1100v+550m( I )と1600c+50m(II )」の転換が行なわれたのちのI の資本,すなわち前出本文中の「II )1650c+318v……」を基礎にし,これに前出の注(4)でみた追加資本100c+20vと,さらにそのあとに記されている50c+10vとを加える。かくして1800c+348vとなる。いうまでもなく,この操作も混乱している。最後の50cはすでに最初の転換ののちの1650cに含まれていたはずなのである。
 (10)この合計「10,800」の基礎となっている「8400」および「2400」は,正確にはそれぞれ「8460」および「2398」であり,合計「10,858」となる。しかし,ここではいずれも,意識的に丸い数字にしているのであろう。
 (11)この数値は,前出の注(8)に付した「5800c+1160v」の合計6960を書き誤ったものと推定する。〉

 【この部分も正しい数値と計算のもとに全体を書き直しておこう。

 〈したがって,同じ規模での再生産が行なわれるとすれば,その結果は次のようになる

  I ) 5416[2/3]c+1083[1/3]v+1083[1/3]m=7583[1/3]
                                         合計=9798
  II ) 1583[1/3]c+315[2/3]v+315[2/3]m=2214[2/3]
 1083[1/3]v+541[2/3]m( I )と1583[1/3]c+41[2/3]m(II)〔との 転換が行なわれれば〕,その結果は次のようになる。

   I )5416[2/3]c+541[2/3]m{+1625(II)消費ファンド}
  II )1625c315[2/3]v+8[1/3]v+265[2/3]m(すなわち315[2/3]-41[2/3]-8[1/3])

451[7/18]m I (c I に合体される)には90[5/18]の可変資本が必要であるとしよう。 それが265[2/3]m(II)から差し引かれる。265[2/3]m(II)一90[5/18]=175[7/18]。c(II)に付加される90[5/18]m(II)は18[1/18]vを必要とするとしよう。それが175[7/18]m(II)から差し引かれて157[1/3]m(II)が残る。こうしてわれわれは次のものを受け取る

 I )5868[1/18]c+1173[11/18]v(+541[2/3]消費ファンド)=7583[1/3]
                                         9798
II ) 1715[5/18]c342[1/18]v(+157[1/3]m)=2214[2/3]    
                                                                     
 資本=  I  7041[2/3](c+v) 
                           合計=9099
  同上= II  2057[1/3](c+v) 

 上記の計算過程を少し説明しておこう。
(1)まず〈同じ規模での再生産が行なわれるとすれば〉というのは、前パラグラフで導いた拡大された規模での再生産を開始する機能配置の表式をもとに、剰余価値率100%で蓄積が行なわれるとすれば、1083[1/3]v( I )の可変資本は、1083[1/3]m( I )の剰余価値を産み、315[2/3]v(II)の可変資本は315[2/3]m(II)の剰余価値を産み出し、上記の総生産物(総商品資本)が生産され、それが第二年目の出発表式となっているわけである。
(2)そしてこの表式をもとに、第二年目の蓄積のための機能配置が計算されている。だから〈 1083[1/3]v+541[2/3]m( I )と1583[1/3]c+41[2/3]m(II)〔との 転換が行なわれれば〕〉というのは、上記表式の部門 I の単純再生産部分(v+1/2m)の転換が取り上げられている。可変資本1083[1/3]vと資本家の消費分として剰余価値の半分(蓄積率50%)541[2/3]mを加えたものが、部門IIの不変資本1583[1/3]とその不足分を部門IIで追加不変資本として蓄積された剰余価値部分41[2/3]mとが転換されるとすれば、ということである。だから41[2/3]=1083[1/3]+541[2/3]-1583[1/3]である。
(3)その結果として示されている表式のうち
 〈541[2/3]m〉は、 I の剰余価値の半分だが、今度は I の蓄積に回される部分を表している。
  〈{+1625(II)消費ファンド}〉は、II(1583[1/3]c+41[2/3]m)の合計であり、 I の労働者と資本家の消費ファンド。{ }に入っているのは、すでに生活手段に転換したものと考えられている。
  〈1625c〉は I (1083[1/3]v+541[2/3]m)がIIの不変資本に転換したもので、すでに生産手段の現物形態になっている。
 〈8[1/3]v〉は I の単純再生産部分の転換のためにIIcの不足分をIIの剰余価値から追加不変資本として41[2/3]mを蓄積に回したが、それに対応して蓄積される追加可変資本である。これはIIの有機的構成比5:1から計算して41[2/3]×1/5=8[1/3]となる。
 〈265[2/3]m(すなわち315[2/3]-41[2/3]-8[1/3])〉は、 I の単純再生産部分の転換のために、IIで蓄積に回された分だけ剰余価値が減額された値を求めている。括弧のなかはその数値を導き出す計算式である。
(3)451[7/18]m I (c I に合体される)には90[5/18]の可変資本が必要であるとしよう。 それが265[2/3]m(II)から差し引かれる。265[2/3]m(II)一90[5/18]=175[7/18]〉というのは、今度は部門 I の蓄積分〈541[2/3]m〉の計算である。541[2/3]mは、 I の有機的構成5:1にもとづき、541[2/3]m×5/6=451[7/18]が追加不変資本として、541[2/3]m×1/6=90[5/18]が追加可変資本として蓄積される。そして I の追加可変資本に対応して、部門IIでも同額の追加不変資本が蓄積され、それがIIの残りの剰余価値265[2/3]m(II)から差し引かれる。265[2/3]m(II)一90[5/18]=175[7/18]がIIの残りの剰余価値である。
(4)c(II)に付加される90[5/18]m(II)は18[1/18]vを必要とするとしよう。それが175[7/18]m(II)から差し引かれて157[1/3]m(II)が残る〉というのは、 I の蓄積に対応したIIの追加不変資本に対応するIIの追加可変資本を求め、それをIIの残りの剰余価値から引き、最後に残る剰余価値を求めている。18[1/18]v=90[5/18]×1/5。
(5)そして得られた表式は、第二年目の拡大された規模での再生産を開始する機能配置に転換された表式である。この表式では I もIIもそれぞれの蓄積分では、すべて本来の不変資本や可変資本に合体されて表示されれている。それらはすべて転換されて、必要な現物形態に転換されている(ただし可変資本は従来のマルクスの敍述方法では貨幣形態を保持するとされていたが、ここではそうした表記はない)。だからそれぞれの消費ファンドは I 、II両部門の資本家の消費ファンドだけである。
(5)最後の〈資本= I……〉という表式は、両部門における拡大された規模での再生産が、どの程度の拡大さた規模で開始されるかを見るために、不変資本額と可変資本額の合計額と両部門の資本額を総計した値を表している。

 以上、とりあえず、われわれとしては、上記の正しい数値と計算結果をもとに、以下、続けていくことにしよう。】

2009年2月10日 (火)

『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その62)

§§第8稿第3章の段落ごとの解読(続き)§§

 

【103】

 〈/69/(1)c)9000という生産物は,500m( I )が資本化されることになれば,再生産のために次のような配置を取らなければならない。そこで(ただ商品だけを考察するかぎり)次のようになる。
 b) I )5000c+500m{(+1500の商品在庫)(+1000v(貨幣)く)〉}{+100 I のための追加可変資本のための貨幣}=7000の商品
   2)1500c+299v+201m 合計,商品での2000
   I およびIIの総計=商品での9000
転換が行なわれたあとでは次のようになる。
 c) I )5000c+400m( I )+(1000+100(mII))v(+商品在庫1500)(商品だけを計算すれば,5500+1500=7000)(2)
   II 1500c+100m(II)+299v+19m(II)(3)+(182m(4))(=2000
それゆえ,c)はこうなる。
   I )5400c+1100v
  II )1600c318v(+82)=2000
資本 I )は最初,5000c+1000v6000であったが,いまでは,5400c+1100v6500であり,500だけ増加している。すなわち1/8(5)だけ増加している。資本II)は最初,1430c+285v1715であったが,いまでは1600c+318v=1918であり,203だけ,すなわち1/8以上(6)増加している。やはり,蓄積はIIでは I でよりも急速に進んだが,その理由は I では剰余価値の1/2が資本化されたのに,IIでは2/3以上が資本化されたためである。(7)

 (1)69ページのこのまえの部分には次のように書かれているが,6本の縦線で抹消されている。
 「|69|b)はこうであった。
   I )5000c500m
  II )1500c299v201[m〕
 I )の500mは416c+83[1/5]vに分けられるが,われわれはこれを417c+83v=500としよう。したがって I )は5417c+1083vとなる。いままだ現物形態で83m( I )が残っているが,これが83m(II)によって補填される。この83m(II)201m(II)から引き去られなければならないので,残りは118m(II)である。さらに,c(II)に83m( I )が合体されなければならないが,そうすると1583cになる。83という追加のc)II)のために必要〔な追加可変資本が118m(II)から〕引き去られなければならないが,これは[83/5]v=16[3/5]であり,ここでは16としよう。最後に102mが残る。その結果,われわれは次のものを受け取る。
 c) I ,5417c+1083v+(消費」
 (2)前注に記した抹消部分では, I の蓄積ファンド500m( I )が,原資本の構成と同じく正しく5:1に,つまり416c+83[1/5]vに分けられているが,本文中のこの個所ではそれが400c+100vに,つまり4:1に分けられることになっている。
 (3)「19m(II)」--100cのためのvは,c:vが5:1なのだから,20でなければならない。なぜ19としたのかはわからない。
 (4)「182m」--「80m」とあるべきところである。すぐあとの表式では82としている。
 (5)「1/8」--「1/12」とあるべきところである。
 (6)「1/3以上」--じっさいには1/8にわずかに足りない。1715の1/8は約214である。
 (7)草稿の65ページで始められ,いったん中断したのちにこの69ページでふたたび続けられているこの表式展開には,関連する記述のある一枚の紙片が残されており,社会史国際研究所の新目録には,A69(「資本論』第2部第四稿)の一部として,「65ぺ一ジおよび69ページのためのメモが書かれている1ぺ一ジのばらの紙片〔1S.Iose Zettel mit Notizen fur S.65 und S,69.〕」と記載されている。その内容は次のとおりである。
 「II 」については次の計算〔が必要だ〕。最初はこうだ。
    II )1430c+285v+285m2000
II は1430c+70m=1500を1に売り,そのかわりに1500 I を受け取る。しかしmについては'II がもっているのはいまでは285-70=215だ。だから,IIがいまもっているのは1500c+285v+215m=2000だ。しかし,70cには追加の可変資本が,つまり[70/5]=14が必要だ。したがって,この14がm(II)から差し引かれて,v(II)に加えられる。その結果,II は
      1500c+299v+201m2000
となる。 I は100の貨幣でII から買う(100v)。これが201から差し引かれて,201のうちから101が残る。II はこれにたいして100m I を買い,201のうちから残るのは101だ。II は100のために約18の可変資本を必要とし,この18が101から差し引かれて83が残る。つまり,
      1600299101
となったあと,
      1600c+317v+83m=2000
となるわけだ。」
 ここでは,前出の注(3)に記した「17」は「約18」とされている。なぜ20でなかったのかはここでも不明である。
 
なおこの紙片には,余白に次の計算が書かれている。
   285    285       7       142             5
[×]  2  [-] 70   4) 285   2) 285   20) 100
   570      215     280        2
[+]1430             5
   2000


 【このパラグラフは直接には【93】パラグラフの表式展開の続きである。ただここでも計算間違い等があるようである。だかられわれわれはまずすべて正しい数値に訂正して全体を書き直し、その上で正しい数値と計算のもとに考察することにしよう。この部分には、大谷氏の注記によれば、冒頭部分に抹消された部分があり、また関連するバラの紙片が残されているのだという。この冒頭の抹消部分とバラ紙片については、別途、検討することにして、まずは本文の書き直しから始めることにしよう。

 〈c)9000という生産物は,500m( I )が資本化されることになれば,再生産のために次のような配置を取らなければならない。そこで(ただ商品だけを考察するかぎり)次のようになる。
 b) I )5000c+500m{(+1500の商品在庫)(+1000v(貨幣))}{+83[1/3] I のための追加可変資本のための貨幣}=7000の商品
   2)1500c+299v+201m 合計,商品での2000
   I およびII の総計=商品での9000
転換が行なわれたあとでは次のようになる。
 c) I )5000c+416[2/3]m( I )(1000+83[1/3](mI))v(+商品在庫1500)(商品だけを計算すれば,5500+1500=7000
   II  1500c+83[1/3]m(II)+299v+16[2/3](II)+(101m)(=2000
それゆえ,c)はこうなる。
   I )5416[2/3]c1083[1/3]v
  II )1583[1/3]c+315[2/3]v(+101)=2000
資本 I )は最初,5000c+1000v6000であったが,いまでは,5416[2/3]c+1083[1/3]v6500であり,500だけ増加している。すなわち1/12(約8.3%)だけ増加している。資本II)は最初,1430c+285v1715であったが,いまでは1583[1/3]c+315[2/3]v1899であり,184だけ,すなわち約10.7%増加している。やはり,蓄積はII では I でよりも急速に進んだが,その理由は I では剰余価値の1/2(50%)が資本化されたのに,IIでは約64.56%が資本化されたためである。〉

 まずマルクスは I の蓄積ファンド500mを I の有機的構成5:1ではなく、4:1にして計算しているが、これをもとの通りに計算すると、416[2/3]が追加不変資本に、83[1/3]が追加可変資本になる(マルクスは「mII」としているが、これは「m I 」の誤植であろう)。なお大谷氏は注記2)で500を5:1に分けると416c+83[1/5]vになるとしているが(そしてそうしている冒頭の抹消部分の計算は正しいとしているのだが)、しかしこれはおかしい。この二つを加えても500にならない。さらに I の蓄積による追加可変資本83[1/3]vに対応するIIの追加不変資本83[1/3]m(II)に対応するIIの追加可変資本を有機的構成5:1で計算すると16[2/3]となる。以下、訂正した箇所を詳しく書かないが、蓄積率を比較しているところでは、分数だと複雑になる場合は百分比で表した。
 さて、ここでマルクスが計算によって最終的に得られた表式c)とは、拡大された規模による再生産を開始するための機能配列に転換された表式を示している。

 次に、マルクスがこのパラグラフの冒頭に書きながら抹消した部分について、検討しておこう。この部分では、確かに I の蓄積分の分割を5:1の有機的構成で行うとしている。しかしその値を416c+83[1/5]vとしているのは間違いであろう(大谷氏はそれを正しいとしているのだが)。ただマルクスは概数として417c+83v=500とするとしており、これはこの限りではハッキリしている。したがって I は5417c+1083vとなるとしており、これもこの限りでは問題はない。そして83v( I )は83m(II)の追加不変資本によって補填されるとして、その83m(II)を201m(II)から引いて、118m(II)が残る。さらにIIの追加不変資本83c(II)が加わるので、IIcは1583cとなる。また83の追加不変資本に対して追加可変資本は83/5=16[3/5]となるが、これをマルクスは16としようとして、最後に102m(II)が残るとしている。その結果、次のような表式が得られる。

 c)  I)  5417c+1083v+(消費ファンド500)(=7000)
   II)  1583c+315v+(消費ファンド102)  (=2000)

 確かにこうした計算だとスッキリするのだが、どうしてかマルクスはこれを抹消している。そして間違った計算の方を選択しているのである。

 次に関連する紙片についても、検討しておこう。
 この紙片では、まずIIについて計算しているが、これはすでに【93】パラグラフで行ったものと同じである。紙片では、それからさらに I の蓄積に対応したIIの蓄積(その前は I の単純再生産部分の転換に対応したIIの蓄積であった)についても計算しているが、やはりここでも I の蓄積分の有機的構成を5:1ではなく、4:1で計算している。このようにこの紙片もこれ以上の考察は不要であろう。】

2009年2月 6日 (金)

『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その61)

§§第8稿第3章の段落ごとの解読(続き)§§

 

【101】

 〈ところで,b)で考察した事例に返れば,この事例の特徴は,cIIが I(v+1/2m) I よりも,すなわちcI (1)のうち消費手段に置き換えられるべき部分--収入として支出される部分--よりも小さいということ,したがって,1500(v+m)( I )をそのように転換するために,剰余生産物(II)の一部分(=70)(2)がそれによってただちに市場を受け取る(実現される)ということである。cII=1430について言えば,それは,IIでの単純再生産が行なわれうるために,同じ価値額の(v+m) I によって補填されなければならない(他のすべての事情が変わらなければ)のであり,そのかぎりではここではもうこれ以上考察する必要はない。それを補う70m(II)のほうはそうでない。 I にとっては単なる,消費手段による1500( I )の補填であり,単に消費を目的とする商品交換であることが,IIにとっては--単純再生産の内部でとは異なり--,単にその不変資本が商品資本の形態からその現物形態に再転化することではなくて,直接的蓄積過程なのであり,IIの剰余生産物の一部分が消費手段の形態から追加不変資本の形態に転化することなのである。 I が70の貨幣(剰余価値の転換のための貨幣準備)で70mIIを買ったときに,もしもIIがそれにたいして70m( I )を買わずに70を貨幣資本として蓄積するとすれば,この貨幣資本は--ふたたび生産にはいる生産物の表現ではないにせよ--たしかにつねに追加生産物の(ほかならぬ,それを可除部分とする剰余生産物IIの)表現ではあるが,しかしIIの側でのこの貨幣蓄積は,同時に,生産手段の形態にある売れない70m( I )の表現でもある。つまり,IIの側で再生産が同時には拡大されないことに対応して, I での相対的過剰生産がじることになる。しかしこのことは度外視しよう。 I からきた70の貨幣がIIの側からの70m( I )の購入によって I に帰ることがまだ行なわれないか,またはまだ部分的にしか行なわれない期間を通じて,貨幣での70は,その全部または一部分が,IIの手にある追加貨幣資本としての役を演じる。(そしてこのことは, I とIIとの商品が互いに補填されあうことによって貨幣がその出発点に還流する以前の,両者のあいだのどの転換についてもあてはまる。)しかし貨幣は,ここではただ一時的にこの役を演じるだけである--事態が正常に経過するかぎりでは。ところで,信用制度では一時的に遊離させられた追加貨幣がすべてただちに能動的に追加貨幣資本として機能することになっているのであって,そこでは,このようなただ一時的に自由になっている貨幣資本が轡(くつわ)をはめられることがありうる。たとえばそれは, I での新たな諸企業のために役だつことができるのであって,そうでなけれぽそれはこの I そのもののなかで,他の諸企業のまだ固着している剰余生産物を流動させなければならなかったところだ,ということがありうるのである。

 (1)「c I 」--「 I 」とあるべきところである。
 (2)原文中の「(II=70)」を,「(II)(=70)」と読んでおく。〉

 【ここからマルクスは、これまでの蓄積の条件の一般的な考察から、【94】パラグラフまで行ってきた、b)式の考察に移っている。しかしまだb)式の表式としての展開の続きではなく、これまで蓄積の条件の一般的な分析を踏まえて、b)式にもどって何がいえるかという形での考察と考えることができる。実際のb)式の展開の続きは【103】パラグラフから始まる。
 ところでマルクスはb)の考察に返っているから、われわれももう一度b)式を再録しておこう。

 b) I )5000c+500m(消費ファンド1500)
   II )1430c+70+285v+215m

 この式の意味を再確認しておくと、500m( I )というのは、 I の蓄積ファンドである。消費ファンド1500)というのは、 I(1000v+500m)の潜勢的な転換を意味しており、 I の単純再生産の構成部分、すなわち I の既存の労働者と資本家の消費手段となる部分である。但し、ここではいまだその転換は潜勢的なものとして捉えられている(それが括弧に入っている理由と考えられる)。次に70(II)というのは、IIの追加不変資本である。それは I の単純再生産の構成部分(1500)の転換に1430c(II)では不足するために、IIにおいて追加的に不変資本として蓄積されるものであり、よってそれは285m(II)から差し引かれ、残りは215m(II)となる。

 さて、マルクスはb)式の(以前のB式と異なる)特徴として、 I の単純再生産の部分の転換のためにもIIの蓄積が促されるという事態を指摘する。以下、マルクスの敍述を、分かりやすく書き直してみよう。

 すなわち、この事例の特徴は、IIcが I(v+1/2m)より小さいこと、つまり I において消費手段に置き換えられる部分--収入として支出される部分--よりも小さいということ、だから 1500(v+m) I を転換するために、IIの剰余生産物の一部(70)が I によって需要されるということである。
 1430c(II)は、IIにおいて単純再生産が行われるだけであり、同じ価値額の I(v+m)によって補填されるが、しかしその部分については、すでに単純再生産の過程で考察済みだから、これ以上考察する必要はない。しかしそれを補う70m(II)についてはそうではなく、それが考察の対象となる。これは I にとっては単純再生産部分の転換であり、単なる1500( I )の、つまり単なる消費を目的とする商品交換でしかないものが、IIにとっては、単純再生産の過程ではなく、つまり不変資本がその商品形態から現実形態に転換するいうことではなく、直接的な蓄積過程なのである。つまりIIの剰余生産物の一部分が消費手段の形態から追加不変資本の形態に転化することなのである。
  I の単純再生産の部分の転換にとって、IIcの不足分70は I の500m対する不足か、1000vに対する不足かは定かではないが、今かりに500m( I )(資本家の消費ファンド)に対する不足と仮定すると、 I は転換できずに残っている70m( I )の剰余価値(現物形態としては生産手段)を目当てに自分の所持する貨幣70で持って、IIから70m(II)の追加不変資本(現物形態としては生活手段)を購入したとしよう。この70m(II)は285m(II)から差し引かれたものだから、現物形態としては、もともと資本家の消費手段でもあったわけである。それに対してもしもIIが70m( I )を買わずに70を貨幣蓄蔵するとしよう。この潜勢的可変資本は--再び生産にはいる生産物の表現ではないにせよ--確かに追加生産物の、剰余生産物IIの表現ではあるが、しかしIIの側での貨幣蓄蔵は、同時に、生産手段の形態にある売れない70m( I )の表現でもある。つまりIIの側で再生産が同時に拡大されないことに対応して、 I での相対的過剰生産が生じることになる。しかしこれは今は度外視資する。
  I から受け取った貨幣70がIIの側からの70m( I )の購入よって、 I に帰ることがまだ行われていないか、またはまだ部分的にしか行われていない期間を通じて、貨幣での70は、その全部または一部分が、IIの手にある追加貨幣資本としての役割を演じる(それは追加不変貨幣資本である)。これは I とIIとの商品が互いに補填されあうことによって貨幣がその出発点に還流する以前の、両者のあいだのどの転換についてもあてはまる。しかし貨幣は事態が正常に経過するかぎりは、ただ一時的にこの役を演じるだけである。
 ところで信用制度のもとでは、この一時的に遊離させられた追加貨幣がすべて直ちに能動的に追加貨幣資本として機能することになるのであって、そこではただ一時的に自由になっている貨幣はすべて動員させられることがありうる。それは例えば、 I での新たな諸企業のために役立つことができるのであって、それとも I のなかで別の諸企業の剰余生産物を流動化させる役割を果たすということもありうる。

 この部分の平易な書き直しといっても、ほとんどそのままになってしまったが、それだけその理解はそれほど困難な箇所ではなかったということであろう。】

【102】

 〈b)についてさらに言っておかなければならないのは,70m( I )を不変資本(II)につけ加えるためには同時に可変資本を14だけ拡大することが必要だということである。このことは,-- I で剰余生産物 I が直接に資本 I に再合併される場合とまったく同様に--II での再生産が《引き続き》資本化を進める傾向をもって行なわれているということ,したがって剰余生産物のうち必要生活手段から成っている部分が拡大されるということを前提している。|〉

 【この部分も、それほど難しくはないが。とりあえず、われわれとしては平易に書き直しておこう。

 b)についてさらに言っておくことは、70m( I )(現物形態は生産手段)を不変資本(II)に追加的に加えるためには、同時にそれに対応して、IIの有機的構成比5:1にもとづいて、14だけ可変資本を新たに追加する必要がある。このことは、 I で追加不変資本部分が不変資本に合併される場合(この場合は I の剰余生産物は生産手段の生産のための生産手段の部分が拡大されていなければならない)と同様に、IIにおいてその追加される部分だけ、剰余価値の一部が必要生活手段として拡大されて生産されていることを前提するのである。

 

2009年2月 3日 (火)

『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その60)

§§第8稿第3章の段落ごとの解読(続き)§§

【100】

  拡大する資本基礎の上で生産が行なわれる過程では,v+m I ,イコール,cII ・プラス・剰余生産物のうち資本としてふたたび合体される部分・プラス・IIでの生産拡大のために必要な追加不変資本部分,でなければならない。そしてこの拡大の最小限は,それなしには I 自身での蓄積実体的(reell〕蓄積)が実行できないという大きさの拡大である。〉

 【ここでマルクスは〈拡大する資本基礎の上で生産が行なわれる過程では〉と述べているが、これはすでに過程として拡大再生産が年々行われているということであろう。そういう場合に成り立つ方程式として、マルクスは次のようなものを上げている。

 〈v+m I〉=〈cII〉+〈剰余生産物のうち資本としてふたたび合体される部分〉+〈IIでの生産拡大のために必要な追加不変資本部分〉

 この方程式はこのままでは理解できない。マルクスはやや説明を部分的に欠いた記述をしているので、われわれはそれを補足して書き直してみよう。すうすると次のようになる(補足部分は緑色文字)。

 〈v+m I〉=〈cII〉+〈剰余生産物のうち I で追加不変資本としてふたたび不変資本に合体される部分〉+〈IIでの生産拡大のために必要な追加不変資本部分〉

 そしてこれを理解するために、われわれは面倒なので、つぎのような記号を使うことにしよう。

  I mc=〈剰余生産物のうち I で追加不変資本としてふたたび不変資本に合体される部分〉

 IImc=〈IIでの生産拡大のために必要な追加不変資本部分〉

  すると上記の方程式は、次のように表すことができる。

  I(v+m)=IIc+ I mc+IImc

 今 I mcを右辺から左辺に移動させると


   I(v+m)- I mc=IIc+IImc

 このうち左辺 I(v+m)- I mc= I(v+m-mc)= I(v+mv+mk)となる。ただしここで I mvは I の追加可変資本I mkは I の資本家の消費ファンドである。だから上記の方程式は次のようになる。

  I(v+mv+mk)=IIc+IImc            (1)

 ここで I(v+mk)=IIcが成立するとしよう。これは I における単純再生産の部分の転換が、IIにおいて蓄積を必要としない場合である。この場合は、だから次の方程式が成り立つことになる。

  I mv=IImc

 これは要するに、 I の単純再生産の部分の転換がIIにおいて蓄積を必要としない場合は、 I の追加可変資本はIIの追加不変資本と価値量としては一致する必要があるということを示している。あるいは I の追加可変資本をIIの追加不変資本が補填する必要があることを示しているのである。
 つまりこの場合は、マルクスが示している方程式というのは、拡大再生産のなかにある単純再生産の部分の部門 I と部門IIの関係式に、部門 I における追加可変資本は、部門IIの追加不変資本に一致しなければならないという条件を加えたものになるわけである。

 しかし他方で、 I(v+mk)>IIcの場合も可能性としては考えられる。この場合は、 I の単純再生産の部分の転換のためにはIIcが不足し、IIにおける蓄積が必要とされる場合である。今、IIcの不足分をΔ I mkとしよう。すると次の式が成り立つ。
 
  I (v+mk)=IIc+Δ I mk

 よって、この等式を(1)式に入れると次の等式が成り立つ。

  I mv+Δ I mk=IImc

 これは I における単純再生産部分の転換がIIにおける蓄積を引き起こす場合、 I の追加可変資本にIIcの不足分を加えたものが、IIの追加不変資本と一致しなければならないということを示している。

 さて、次にマルクスは〈そしてこの拡大の最小限は,それなしには I 自身での蓄積(実体的(reell〕蓄積)が実行できないという大きさの拡大である〉と述べている、これはどういうことであろうか。これもこのままでは文章的にもおかしいものになっている。この文章は一つ前のパラグラフ(【99】)と密接に関連しているように思える。そこでは〈IIは,自分の総生産の,したがってまたとくに自分の剰余生産物のより大きな部分を必要消費手段の形態で《再》生産することによって, I のために,また自分自身のために蓄積するのである〉と述べられていた。つまりIIの剰余価値は単純再生産では、IIの資本家の消費手段として再生産されたのであるが、蓄積のためには、その一部を必要消費手段として再生産される必要がある、ということである。こうした指摘を参考に上記の一文に少し手を入れてみると次のようになる(補足部分は緑色文字)。

 〈そしてこの拡大の最低限の条件は,それなしには I 自身での蓄積(実体的(reell〕蓄積)が実行できないという剰余価値の蓄積分の大きさの拡大である〉

 これはどういうことかというと、拡大再生産の最低限の条件というのは、前年度に生産された剰余価値の一部分がすでに今年度の蓄積に必要な現物形態として再生産されていなければならないということである。つまり今年度の蓄積は前年度において剰余価値の一部がそれに必要な現物形態で拡大されて生産されている限りにおいて可能だということなのである。これは具体的にいうと、 I の剰余価値は単純再生産だとすべてIIの生産手段として再生産されている。しかし蓄積のためには、その一部は I 自身の、つまり生産手段の生産のための生産手段として再生産されている必要があるのである。そして同じことは、IIの剰余価値についても言いうる。単純再生産の場合はそれはすべてIIの資本家の個人的消費手段として再生産されるが、しかし蓄積のためには、その一部は I およびIIの追加労働者のための必要生活手段として再生産されなければならないのである。この両者は、 I およびIIの商品資本総額が変わらなくても、そのなかの I の場合は生産手段の生産のための生産手段の占める割合が拡大されているし、IIの場合は必要生活手段の占める割合が拡大されているわけである。これが蓄積の最低限の条件だとマルクスは指摘しているように思える。

 {この一文の解釈として、別の考察も可能であった。それは、最終的には採用しなかったのだが、それも参考のために紹介しておこう。

 マルクスが拡大する資本の基礎で成り立つとする方程式(1)をもう一度書いてみよう。

  I(v+mv+mk)=IIc+IImc

 今、ここから左辺を I mvだけにすると、つぎようになる。

  I mv=(IIc+IImc)- I(v+mk)>0

  すなわち

  IIc+IImc> I (v+mk)

 これは何を意味するかというと、 I の拡大を I の追加可変資本で代表させた場合、その値がゼロより大きくなるためには、IIの不変資本にIIの追加不変資本を加えた値が、 I の単純再生産の部分より価値の値として大きくなければならないということである。つまりIIの剰余価値のうち追加不変資本に回される部分がこうした条件を満たすに十分なほど大きくなければならないということである。これが I における拡大の最小限なのである。}】

 

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