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2008年12月

2008年12月31日 (水)

『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その53)

§§第8稿第3章の段落ごとの解読(続き)§§

 

【86】

 その理由がどうであれ剰余価値率が変化するが,そのほかのすべての比率は1)でも2)でも(1)同じままである(2),という例として,次のものを取ってみよう。(3)

  I )4135c+827v+1238m
 II )1800c+360v+640m

 (1)この「1)」および「2)」は,それぞれ I 部門およびII部門をさすのであろう。
 (2)この新たな表式では, I 部門でもII部門でもc:vは5:1となっており,け[40]っして「同じままである」とは言えないであろう。さらに,後注で指摘するように,表式の展開のしかたもこれまでとは異なっており.また混乱を含んでいる。
 (3)このあとに,次の表式を書いたのち,消している。
 「 I )4000c+800v+1200m
  II )2000c+400v+600m
                                                〉

 【今回は剰余価値率が変化するケースのようである。これまではいずれも100%とされていた。今回の表式もやはり総資本は9000になっており、有機的構成は I 、IIとも5:1になっている。だから確かに大谷氏が注記2)で指摘するように、そのほかのすべての比率は……同じままである〉とは言い難い。しかし何に対して〈同じまま〉なのかがここでは不明でもある。しかし今回の式はやはりかなり色々と考え抜いた上で出されていることは明らかである。例えば大谷氏が注記3)で紹介している抹消された表式と比べてみると、抹消された表式の方が表式としてはスッキリしている。こちらも資本総額は9000であり、有機的構成は I 、IIとも5:1であり、おまけに剰余価値率も両部門とも150%で同じになっているからである。こちらの方がはるかにスッキリしているように思えるが、しかしマルクスはそれを抹消し、最初の表式の方を選択しているのである。その理由として考えられるのは、抹消された方は、 I (v+m)=IIcとなっており、このままでは単純再生産を表すものになっているからであろう。だから蓄積のための配列にするために、色々と工夫を加えたのが、最初に提示されている表式というわけである。この表式の場合、剰余価値率は I が約150%、IIが約178%である。つまり部門IIの方が剰余価値率(=搾取率)がやや高いことを想定している。マルクスは敢えてそうしたものにしたのかどうか、それは今の時点では分からない。】

【87】

 〈まず,827v+973m( I )=1800c(II)が行なわれる。(1)そこで,次のようになる。

  I )4135c+827v(貨幣で)+365m(2)+(1800〔v+m〕消費ファンドで)
 II )1800c(不変資本の現物形態で)+360v+640m

 (IIでの剰余価値率は,9(v):16(m)である。) I での剰余価値率は1:1[1/2]よりもやや低い。

 (1)ここでは I の蓄積率をまず与えるという従来の方法とは異なり,まず第一にIIcの大きさによって I m中の資本家の消費ファンドの犬きさを決定しているのである。
 (2)「365m」--「265m」の誤記である。以後の計算では「265m」が用いられている。〉

 【上記の表式をもとに蓄積のための配列が計算されている。ここで大谷氏が注記1)で〈ここでは I の蓄積率をまず与えるという従来の方法とは異なり,まず第一にIIcの大きさによって I m中の資本家の消費ファンドの大きさを決定しているのである〉と述べていることについて、少し言及しておこう。大谷氏の指摘は確かにその通りなのであるが、しかしマルクスがやっていることは従来と何か違ったことをやっているわけではないのである。例えば、B式をもう一度書いて考えてみよう。

  I ) 4000c+1000v+1000m=6000                 
                               合計=9000
(B式)
 II ) 1500c+ 750v+ 750m=300

 ここで従来は1000m( I )の50%が蓄積されるとして計算が始まったと大谷氏は指摘するが、しかしそもそもB式そのものは、 I (v+1/2m)=IIcの関係が成り立つようにIIcの値が決められているのである。ここからマルクスは、これまで見てきたように、まず I とIIの単純再生産の構成部分として1000v+500m=1500cの間の転換を取り上げていたように、今回もただそうしているに過ぎないのである。だから決して手順が違っているというものではない。
 だからマルクスが〈まず,827v+973m( I )=1800c(II)が行なわれる〉としているのは、まず単純再生産の部分の転換が行われることを指摘しその計算をしているのである。そして次の表式は次のようなことを意味している。

 1)827v(貨幣で)〉というのは、単純再生産の部分の転換をして部門 I は827vの可変資本部分をIIに販売して実現したが、それを貨幣形態のまま保持していることを意味している。
 2)265m(数字の間違いを訂正)というのは、資本家 I の蓄積分であるが、これはまだ商品資本のまま維持されていると考えるべきであろう。
 3)〈(1800〔v+m〕消費ファンドで)〉というのは、やや意味が不明である。というのは、 I は可変資本を貨幣形態で保持しているなら、当然、それを I の労働者に賃金として支払っておらず、だから I の労働者はIIから生活手段を購入していないことになる。だから827vはまだ827c(II)と転換していないことになる。つまり現物形態として消費手段になっていないわけである。だからこの〈(1800〔v+m〕消費ファンドで)〉というのは、潜勢的に転換したものと考えるべきかも知れない。だから丸カッコに入っているとも考えられる。
 4)次は部門IIの〈1800c(不変資本の現物形態で)〉というのは、すでに部門IIは1800cの消費手段を宛に貨幣で必要な単純再生産の部分の更新に必要な生産手段を購入したことを意味している。しかし彼はその貨幣を1800c(II)の消費手段を販売して回収したわけではない。あるいはそのうちの973c(II)(=資本家 I の消費手段)の部分についてはすでに実現して貨幣を回収したかも知れないかも知れないが、部門 I の労働者にはまだ彼らの消費手段を販売していないからである。
 5)360v+640m〉についてはまだ商品資本のままと考えるべきであろう。

  I 、II両部門の剰余価値率についてはすでに論じたのでここでは省略しよう。】

2008年12月26日 (金)

『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その52)

§§第8稿第3章の段落ごとの解読(続き)§§

 

 (以下は、【85】パラグラフの解読の続きである。)

 さて、この表式Aと比較するとa式は、部門 I は単純再生産の表式とまったく同じであることが分かる。単純再生産のA式も部門 I も部門IIも有機的構成はやはり4:1で同じである。a式は単純再生産の部門IIの全体の数値を少なくしながら、機能配列を変化させている。すなわちIIcを500減らし(これは両部門の蓄積率を50%に仮定し、特に部門 I の蓄積に対応させていると考えられる)、それに応じて、v、mをほぼ4:1になるように減らしたように思える(この時どうしてかマルクスは計算間違いをしたのか、v、mを375ではなく、376にしてしまっているのだが)。つまりa式も単純再生産のA式をもとに、配列に手を加えていることが分かるのである。また【62】パラグラフのB式の前に、その後に関連する言及がほとんどないのに、わざわざA式が掲げられているのを見ても、マルクスにあっては常に単純再生産(の表式)がベースになっていることが分かるのである。a式は、単純再生産の表式を基に、それよりも総額が少し小さくなるように、なおかつすでに拡大再生産の配列になっているような表式を提示するために部門IIに少し手を加えたものになっているわけである。だから部門 I と部門IIの有機的構成は単純再生産とほぼ同じになっているわけである。
 そしてその次に提示した拡大再生産のB式では、資本総額は9000と単純再生産と同じにしている。また部門 I も依然として、単純再生産とまったく同じであり、やはり部門IIに手を入れて、機能配列を拡大再生産のものにするために、2000cIIから500引き(これはすでに指摘したが、部門 I の蓄積率が50%にしたのに対応している)、有機的構成を2:1になるようにv、mの値を決めたものである。マルクスとしては、a式とは違いB式の場合は、部門IIの有機的構成を部門 I より低くしたのだが、それの方が、資本主義的生産にはより相応しいと思ったのではないかと思う。ところがその蓄積を繰り返して計算した結果が、IIの蓄積の方が進展するという資本主義的生産の進行と矛盾したものになってしまった。それはマルクスの計算間違いや途中で条件を変更してしまっていることに気付かないまま、さらに間違った数値のまま計算を進めた結果に過ぎないのだが、しかしマルクスとしては、資本主義的生産の進行に矛盾する結果を得たわけである。あるいはマルクスとしては、a式よりも資本主義的生産により相応しいと思ったがB式における蓄積が資本主義的生産の進行に矛盾する結果になったことに戸惑ったのかも知れない。だからとにかく〈もう一度だけ〉条件を変えてやって見ようと、その条件についてアレコレ模索しているのが、この一連の草稿の状況ではないかと思えるのである。
 だからB1式では、今度は部門IIの方が、部門 I より有機的構成としては高く、しかも全体的にもB式より有機的構成が高いケースを選んでみたということのように思える。しかしそれはついてはまったく計算はせずに、ただvのcに対する割合や総資本に対する割合を確認するだけに終わっている。あるいはマルクスにとってもB1式は、あまりにも極端に過ぎるように思えたのかも知れない。そこで、もう少し アレコレ手を入れて、I もIIも有機的構成を少し低めたものに修正したのが、最初に提起されている表式(われわれはそれをB2式としよう)ではないかとも思える。もう一度B2式も書いておこう。

  I )4400c+1000v+1000m=6400
                               合計8900   
(B2式)
 II )1800c+ 350v+ 350m=2500

 B1式と比べると、B2式は、まず総資本額9000の枠から外れている。 I cから600をとり、その分IIcに300とIIv、IImに100ずつ加えている。その結果、まず有機的構成が II で(1:2⇒)1:7⇒1:5[1/7]に、 I で(1:4⇒)1:5⇒1:4[2/5]に変化して、それぞれ有機的構成かやや低下した。またB2では I (v+1/2m)=IIcの関係が成立せず、もし部門 I の蓄積率を50%とした場合、例えII部門で蓄積がないとしても、IIcが過剰になってしまう。つまりB2式は拡大再生産の機能配列にはなっていないのである。だからこの表式について何の考察もなされていないのは当然かも知れない。だから考えられることは、最初の〈もう一度だけ〉云々、以下、今回のパラグラフの最後までの一文は、B1式にもとづいて書かれたものであるということである。そしてその後で、B1式の数値だけに何度も手を入れて変更してB2式を作ったが、納得いくものにならなかったので中断し、前後の文章もそのままにしたということではないかと推測できる。だからB1式についてはもちろん、B2式についてもまったく表式についての計算はせずに終わっているのであろう。

 次に大谷氏が注記4)で紹介している抹消された表式とその考察部分についても検討を試みておこう。その部分をもう一度書いておこう。

 〈「そうでなければ,次のものを取ってみよう。

  I )4500c+900v+900m=6300
                               合計=9000 
(B3式)
 II )2000c+350v+350m=2700

2000cIIが,1800しかないv+m( I )よりも大きくなる,というこのような転化を生みだすことができる先行の過程は, I の比較的後期の(生産的)蓄積にIIが I 自身よりも多く関与したような過程である。われわれはまえにはいつでも, I はIIよりも高い比率で剰余価値を蓄積する,と仮定していたのだが。」〉
 
 まずこの抹消は大谷氏が特に誰の手によるものかを書いていないところをみるとマルクス本人のものと考えてよいであろう。つまりマルクス本人はこの表式もそれにもとづく考察も不要なものとして抹消したわけである。だからそれにわれわれとして考察を加えることは無意味と思えるかも知れないが、しかしそれは考察してみて分かることでもある。
 この一連の文章は、恐らくその前のB2式を書いた後に書かれていると思える。しかも興味深いことにB2式そのものについてはマルクスは抹消していないことである。すでに見たようにB2式そのものは拡大再生産の配列になっていないと思えるのに、それを抹消せずに、このその次の抹消された部分の記述に移っていると考えることができる。
 B2式とB3式とを比較すると、マルクス自身が書いているように、 IIcがI (v+m)よりも大きくなることである。B2式では、まだIIcは I (v+m)より小さかったが、しかしそれでも、もし I の蓄積率を50%にするなら、IIで蓄積がないと仮定してもIIcが過剰になったのである(つまりIIcは完全には補填できず、再生産できない)。それなのにB3式ではそれよりもIIcの値をさらに大きくとっているのだから、当然、拡大再生産の配列の条件を満たすはずはないと思える。それなのに、マルクスは一定の考察を加えている。しかしマルクスの考察は理解しがたい内容である。マルクスはIIcが I (v+m)より大きくなるような〈転化を生み出すことができる先行の過程〉と述べているが、果たしてそのような転化が可能かどうかがまず問題ではないだろうか。IIcが I (v+m)より大きくなるということは、例えII部門でcへの蓄積を拡大しようとしたとしても、IIは市場にそのための生産手段(c)を見いだすことができないということであり、またそのための貨幣も彼ら自身の不変資本部分の商品を販売できないのだから回収もできないということである。だからこうした〈転化〉そのものが不可能ではないのか、と思うのである。ところがマルクス自身は、こうした表式に表される再生産の〈先行の過程〉の転化は、 I に対してIIの蓄積率が高いことの結果であると考えているようなところがあるように見受けられる。つまりこの表式では蓄積率そのものがかなり任意に考えられているようなのである。そこで少し考えてみると、B3式の前年度のものとして、部門 I は単純再生産とし、部門IIだけ不変資本に200c、可変資本に50vの蓄積をすると考えると、前年度の表式は次のようになる。

  I )4500c+900v+900m=6300
                               計8700
   (B4式)
 II ) 1800c+300v+300m=2400

 この表式はこのままでは単純再生産の表式である。今ここで、部門 I はそのまま単純再生産を行い、部門IIだけ300mの剰余価値のうち250mを蓄積するとする(蓄積率は83.3%)。するとIIcは2000になり、IIvも350にはなるが、しかしIIcについては、それを補填するに十分な現物(生産手段)が市場に見いだせないことになる(なぜなら、 I は単純再生産のままだから)。つまり剰余価値300mのうち250mは確かにIIの追加労働力のための50の必要生活手段と、 I のv+mを補填する消費手段として追加的に200が生産されたのだが(それまでは300mの剰余価値はすべて部門IIの資本家の消費手段として生産されていた)、それを販売することも、だからまた2000c全体を生産手段として補填することも出来ないことをB3式は示しているわけである。このように考えるなら、マルクスがこの〈ような転化を生みだすことができる先行の過程は, I の比較的後期の(生産的)蓄積にIIが I 自身よりも多く関与したような過程である。われわれはまえにはいつでも, I はIIよりも高い比率で剰余価値を蓄積する,と仮定していたのだが〉と述べている意味は少しは意味が分かるような気もする(ただしマルクス自身は部門 I もIIほどではないが蓄積はすると考えている)。しかしまあ、マルクス自身は抹消しているのだから、この部分はこれ以上の考察は止めることにしよう。】

 

2008年12月23日 (火)

『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その51)

§§第8稿第3章の段落ごとの解読(続き)§§

 

【85】

 〈もう一度だけ,商品資本9000の最初の区分けとして次のものを取ってみよう(1)。

  I )4400c+1000v+1000m  II )1800c+ 350v+ 350m(2)

[38] I では,vはcに対して1/5であり,総資本6000に対して1/6である。IIでは,vはcに対して,250:1500,すなわち1/6であり,総資本1750に対して1;7である。総可変資本(1000v I +250v(II)〔)〕は総不変資本(=6500)に対して,1250:6500=125;650=25:130=5:26=1:5[1/5]である(3)(4)。

 (1)この文のまえにある横線のところから,草稿65ページの上のほう(のちに注記する)まで,青鉛筆で1本の抹消線が引かれている。これはエンゲルスによるものであろう。この部分はエンゲルス版にはまったく取り入れられていない。  (2)この2行の表式のうち, I c,IIc,IIv,IImの数値は重ね書きで修正され,ここに示した数値になっている。しかしこの修正された数値に照応する叙述は以下の本文には見当らない。これはおそらく,以下の本文を書いたあとで数字の修正をしたためであろう。修正前の数値は読み取ることができないが,次のようになっていたものと推定して誤りないものと考える。

  I )5000c+1000v+1000m  II )1500c+ 250v+  250m

 以下の部分はこれらの数値に対応している。  (3)この直後に次の文章がある。「そして,総可変資本1250は総資本7750に対して,125:7755:271:5[2/5]である。」この数値は,修正された数字にも,前注に示したもとの数字にも,照応していない。それはむしろ,次注に示すこのあとに続く抹消部分に照応している。  (4)前注に示した文章の下に次の記述があるが,これは4本の線で抹消されている。  「そうでなけれぽ,次のものを取ってみよう。

  I )4500c+900v+900m  II )2000c+350v+350m

2000cIIが,1800しかないv+m( I )よりも大きくなる,というこのような転化を生みだすことができる先行の過程は, I の比較的後期の(生産的)蓄積にIIが I 自身よりも多く関与したような過程である。われわれはまえにはいつでも, I はIIよりも高い比率で剰余価値を蓄積する,と仮定していたのだが。」〉

 【ここからしばらく、マルクスの草稿は分かりにくくなっている。大谷氏によると、どうやらエンゲルスはこの部分(われわれの番号では【90】パラグラフの最後まで)を青の抹消線を引き、すべて編集段階で採用しなかったようである。このエンゲルスの編集の是非についてはあとで検討するとして、果たしてここらあたりでマルクスは何をやろうと試みているのか、われわれとしては、それを考えなければならない。しかしそのためには、結局は、マルクスの草稿そのものに深く沈潜して、マルクスが何を論じているのかをつぶさに検証して考えてみるしかない。

 まずマルクスは〈もう一度だけ,商品資本9000の最初の区分けとして次のものを取ってみよう〉と言いながら、そのあとに提示されているものは、商品資本総額が8900の表式になっており、だからこの書き出した文章とそのあとに続く表式とは明らかに食い違っており、関連していないことが分かる。こういうチグハグになっている理由は、大谷氏によると、マルクスは一旦、表式を書きながら、その数値を何度も書き直して修正したあげく、提示されているような表式になっているらしく、だから提示されている表式に対する考察は以下の本文には見当たらないのだという。そして大谷氏は修正前のものとして次のような表式を推定している。

  I )5000c+1000v+1000m=7000                               合計=9000 (B1式)    II )1500c+ 250v+  250m=2000

 なるほどこれだと商品資本総額は9000になっており、そのあとの考察とも整合性がある。だからわれわれもとりあえず、この大谷氏が推定している表式をもとに、以下のマルクスの考察を検討してみることにしよう。  さて、マルクスの考察といっても、ここでは何程ほどのこともしていない。ただこの表式の場合は、I では、vはcに対して1/5あり、総資本6000に対して1/6である〉とか〈IIでは、vはcに対して……1/6であり、総資本1750に対して1:7である〉といった事実を指摘するだけである。しかし問題はなぜ、マルクスはこうした表式を提起する必要があったのか、ということである。それを考えてみよう。

 ただしその前に、確認しておくべきことがある。総可変資本(1000vI +250vII)は総不変資本(=6500)に対して、……1:5[1/5]である〉と書いている部分に対して、大谷氏は注記の3)で〈この数値は、修正された数字にも、前注に示したもとの数字にも、照応していない。それはむしろ、次注に示すこのあとに続く抹消部分に照応している〉と述べているが、これが不明である。なぜなら、この数値は明らかに上記の修正前のものの数値と合致しているからである。大谷氏の指摘は、この点で不可解である。  確かに注記4)で抹消された表式の数値をとってみると、総可変資本(900vI +350vII)は総不変資本(4500cI +2000cII)に対して、1:[1/5]と比例数としては同じになるが、しかし総可変資本数や総不変資本数などは一致していないからである。

 さて、われわれはマルクスの意図を読み取るために、まず最初に大谷氏が推定している修正前の表式と最初に【62】パラグラフで提起されたB式とを比較・検討してみよう。今仮に、大谷氏が推定している表式をB1式とし、そしてこの両者を比較して何がどう変わっているのか、マルクスは何を意図してこうした別の表式を考えているのか、またそれをどのように修正しようとしたのかを考えてみるわけである。まず下にB式をもう一度書いておく。

  I ) 4000c+1000v+1000m=6000                                                   合計=9000  (B式)  II ) 1500c+ 750v+  750m=3000

 まずB1式は、B式と総額9000は同じにすることを前提に、ただ IIから1000をとって、それを I に加えたに過ぎないことが分かる。そして I (1000v+1000m)対1500cIIの関係はそのまま維持し(これは一般的には I (v+1/2m)=IIcと表すことができ、 I の蓄積率を50%とした場合に I の単純再生産部分の転換がIIの蓄積を必要としない関係である)、IIから引いた1000については、vとmから500ずつ引き、 I にはcにだけ1000を加えたものである。そうすると、有機的構成はIIで1:2⇒1:7、 I で1:4⇒1:5に変化した。  マルクスが見ているのは、特に可変資本が不変資本や総資本に対してどういう割合になるかである。可変資本は価値の源泉である労働力の数を表す指標であり、それがどれだけの比重を占めるかは資本主義的生産にとっては本質的なことだからである。

 【44】パラグラフで始めて提起された拡大再生産の表式(a式)の場合、 I 、II両部門とも有機的構成はほぼ4:1であった( I 4000:1000、II1500:376)。

  I ) 4000c+1000v+1000m=6000                                                    合計=8252 (a式)   II ) 1500c+ 376v+ 376m=2252

 この表式について、マルクスは次のように述べていた。

 〈まず第1に気がつくのは,年間の社会的再生産の総額が8252で,表式 I )で9000だったのに比べて小さくなっているということである。……〔しかしながらa)で〕表式 I での額よりも小さい額を選んだのは,次のことが目につくようにするためにほかならない。すなわち,拡大された規模での再生産(これはここでは,より大きな資本投下で営まれる生産のことである)は生産物の絶対的大きさとは少しも関係がないということ,この再生産は,与えられた商品量について,ただ,与えられた生産物のさまざまな要素の違った配列あるいは違った機能規定を前提するだけであり,《したがって》価値の大きさから見れば単純再生産にすぎない,ということである。単純再生産の与えられた諸要素の量ではなくてそれらの質的規定が変化するのであって,この変化が,そのあとに続いて行なわれる拡大された規椹での再生産の物質的前提なのである。〉

 つまりこの表式て資本総額が9000より少し小さくなっているのは、意図的であり、上記のようなマルクスの問題意識があったためである。ここでマルクスが〈表式 I )〉といっているのは、単純再生産の表式であり、それは【62】パラグラフで表式B(拡大再生産)の前に掲載されていた表式Aと同じものである。それと比較するために、もう一度表式Aも書いておこう。

   I ) 4000c+1000v+1000m=6000                                                          合計=9000 (A式)   II ) 2000c+ 500v+  500m=3000

(以下、このパラグラフの考察は次回に続く。)

2008年12月19日 (金)

『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その50)

§§第8稿第3章の段落ごとの解読(続き)§§

 

 

【84】

 〈剰余価値は最初は I で500,IIで600,合計1100消費された。私はいま, I )では784(1),II)では1232,合計2016が消費されるものとしている。ほとんど2倍になっている。(2)というのは,もし2倍だったら2200の筈だから。

 (1)「784」--マルクスの計算では「882」のはずである。この「784」という数字は前年度(つまり第5年度)の数字であった。「882」とすれば,次の合計も「2114」となるところであった。
 (2)前注に記したような正しい計算を続けていたならば,約59%の増加となるところであった。〉

 【今度は、資本家の消費ファンドがどのように変化したかを見ている。第六年目の機能配置の結果、資本家の消費ファンドは I は805.255m、IIは819.896m、合計1625.151mである。つまりマルクスがいうような「ほとんど2倍」とはいえない数値である(1.477倍)。大谷氏は「正しい計算を続けていたなら、約59%の増加となるところであった」としているが、われわれの計算では、増大した消費ファンドは1625.151-1100=525.151だから、これは1100の約48%の増加の計算になる。 I 、II両部門を比較してみると、部門 I の消費ファンドの方が増え方が大きい( I =1.61倍、II=1.37倍)。これもマルクスが上げている数値とは逆である(マルクスの数値だと、 I =1.76倍、II=2.05倍)。これは両部門の蓄積率を比較すれば当然であろう。部門 I の蓄積率は毎年50%だったのに対して、部門IIの蓄積率は次のように推移した。第一年目150/750=20%、第二年目240/800=30%、第三年目264/880=30%、第四年目290.4/968=30%、第五年目319.44/1064.8=30%、第六年目351.384/1171.28=30%である。つまり部門IIの蓄積率は第一年目だけは20%であるが、第二年目からは30%に上がり、以後、同じ蓄積率で推移している。だから当然、部門 I の方が蓄積率としては毎年高いのだから、部門 I の消費ファンドの増え方の方が部門IIよりも大きくなったわけである。

 以上で、マルクスは拡大再生産の表式Bの計算をひとまず終えている。マルクスはB式を第六年目まで同じ条件で蓄積を繰り返すとして計算している(厳密に言うと第六年目については、蓄積のための機能配置の転換が終わるまでで終わっており、現実に拡大された規模での再生産が行われる直前で終わっている)。マルクスの意図は果たしてどこにあったのであろうか。もしエンゲルスが考えたように、単に「蓄積の表式的敍述」(第21章第3節の表題)だけが目的なら第六年目まで計算する必要があったであろうか。マルクスの意図はそうではなく、蓄積を繰り返すことによって、どういう傾向が資本主義的蓄積の中に現われてくるのか、どういう傾向が資本主義的蓄積に潜んでいるのかを見ようとしたのだろうか。それがこの計算の最後に見ていることではないか。ただマルクスは途中で前提を変えてしまったり(例えば部門 I の蓄積の有機的構成を4:1ではなく、3:1に)、あるいは誤記を繰り返し、その誤った数値をもとにさらに誤った計算をしたりと、高度な数学のノートを一方で残しながら、他方では算術には滅法弱いという欠陥をさらけ出しているために、その結果の考察も不十分なものに終わってしまっている。われわれはもう一度、マルクスは計算結果についてどういう考察を加えているのかを検討するとともに、われわれとして正しい数値にもとづいた結果から何が考えられるかについても一定の考察を加えておくことにしよう。まずマルクスは次のような問題を考察している。

 1)まずマルクスは第六年目の蓄積のための機能配置に転換されて、これから拡大された規模での再生産を開始する総資本額について、その不変資本と可変資本との割合を見ている。つまり有機的構成を見ているわけである。そして〈この場合には、可変資本は不変資本に対する比率で、ゆうに1/3以上となっている〉と指摘する。そして比較の対象は間違っているが、出発式との比較でそれぞれがどのように増大したかを見て、可変資本の方が不変資本より増大の比率としては高いことを確認して、これは、資本主義的生産の進行とは矛盾している〉と結論づけている。つまりマルクスとしては、蓄積が進行すれば、資本主義的生産の進行〉としては、不変資本の方が可変資本よりより急速に増大し、有機的構成が高度化するものと考えているわけである。だから計算の結果がそれと〈矛盾している〉と結論したのである。
 しかしこの結論は、間違った計算結果と比較の対象の間違いにもとづいており、もし正しい計算にもとづけば、資本の有機的構成はほとんど変わらないのである。そしてそれは当然であった。というのは、確かにわれわれは蓄積が何年も繰り返す過程を辿ってきたのであるが、しかしその蓄積は毎年まったく同じ条件で繰り返すだけだったのである。すなわち部門 I の蓄積率は50%と一定であり、しかも蓄積される追加資本部分の有機的構成は既存の有機的構成にもとづいてまったく変化がないとの仮定であった。だから全体の資本の有的的構成も高度化しないのは当然といえたからである。つまりマルクスが仮定した蓄積の条件そのものの中に、有機的構成が高度しかないという条件がもともと入っていたのである。だからいくら蓄積を繰り返しても、全体の規模は大きくなっても、有機的構成は高度化しないわけである。有機的構成が高度化するためには、やはり蓄積分の資本構成が変化する必要があるわけである。
 2)次にマルクスは資本家の消費ファンドの変化を見ている。マルクスは I 、II両部門の資本家の消費ファンドは、ほとんど二倍になっている〉と結論するが、しかしこれも間違った数値と計算の結果であって、正しい数値と計算によれば、約1.5倍程度である。この場合もマルクスの計算結果だと、部門IIの方が、消費ファンドの絶対数も増大率も大きい結果になっているが、実際はその逆であること、これは部門 I の蓄積率が常に50%であるのに対して、部門IIの蓄積率が最初は20%が第二年目から以降は30%と一定し、部門 I に対して常に低い蓄積率で推移しているのだから、当然の結果でもあったのである。
 3)これはマルクスは考察していないが、部門 I の蓄積率を50%で一定にすると、部門IIの蓄積率が最初は20%、それが第二年目には30%になってから、それ以降は一定になるということについて、少し考えてみよう。部門 I の蓄積率が一定なら、それに対応して、部門IIの蓄積率も一定になるというのは、両部門が均衡を保ったまま蓄積を重ねることを考えれば、当然の結果のように思える。しかしなぜ、部門IIの最初の蓄積率が20%となり、そのあと30%に上がってから一定になるのかが、当初はよく分からなかったのである。しかしそのカラクリは次のようなところにあった。今、出発式B式と、二年目の出発式とを並べてみよう。

 《B式(一年目の出発式)》
  I ) 4000c+1000v+1000m
 II ) 1500c+ 750v+ 750m

 《二年目の出発式》
  I ) 4400c+1100v+1100m
 II ) 1600c+ 800v+ 800m

 もしわれわれが、拡大再生産の出発式をB式ではなく、この第二年目のものから開始したなら、当然、部門IIの蓄積率も最初から常に30%で推移したであろう。
 ではなぜ、B式では、それが20%になったのであろうか。それは両式を比べてみれば分かる。B式の場合、部門 I の単純再生産の構成部分 I(1000v+500m)が部門IIの不変資本1500IIcとそのまま転換できるようになっている。つまり部門 I の単純再生産の部分の転換のために、IIの蓄積を必要としない配置になっているのである。
 それに対して二年目の出発式の場合、部門 I の単純再生産の構成部分 I(1100v+550m)を転換するためには、部門IIの1600cでは不足し、部門IIの蓄積が必要になる配置になっていることが分かる。つまり二年目の出発式の場合は、部門 I の単純再生産の構成部分の転換をするためだけでも、部門IIの蓄積が必要であり、それに加えて、部門 I の追加可変資本を転換するためにもやはりさらに部門IIの蓄積が必要になるのであり、だからそれだけ蓄積率が高くなることが分かるのである。そしてこうした条件、機能配置は第三年目以降も同じであり、変わらないのである。つまり第一年目だけが、 I の単純再生産部分の転換のために、IIの蓄積を必要としない配置になっていたのである。だから第一年目だけがIIの蓄積率は20%と低く、第三年目以降は30%に上がったのである。つまりこの30%のうち増加分10%は、 I の単純再生産部分の転換のために、IIが蓄積しなければならない部分なのである。だからこうした部門IIの蓄積率の推移の変化は、第一年目の出発式の機能配置の条件にもとづくものと考えることができるであろう。】

 ------------------------------

 【この横線は、最初に提示した拡大再生産の表式(B)の計算がひとまず終わったことを示すものであろう。次からは別の表式にもとづいて計算が行われている。】

2008年12月15日 (月)

『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その49)

§§第8稿第3章の段落ごとの解読(続き)§§

 


【80】

 〈同じしかたで再生産を続ければ,われわれは次のものを受け取る。(1762の半分を概数計算のために880とする。〔)〕

  I )6385c+1762v+1762m
 II )2546c+1708v+1708m

[35](したがって,880のうち220が可変資本として,660が不変資本として資本化されなければならない(1)。〔)〕(2)(この場合われわれは I )のために,6385c+660c+7045c1762v+220v=1982とを受け取ることになる。)|

 (1)ここでも, I 部門のv:cは1:3にされてしまっている。
 (2)この1文は,上の表式の右に書かれている。〉

 【これは第五年目の蓄積が拡大された規模で行われ、その年の末に、一年間に生産された社会の商品資本総額を表式として示したもので、これが次の第六年目の出発式になるわけである。そしてマルクスはその第六年目の蓄積のための機能配置についてもすでに計算しているが、しかしいずれにしてもこれまでの間違った数値をもとにしており、おまけに蓄積のための機能配置の計算まで間違えている。だからわれわれも同じように、正しい数値によって表式を書き直し、正しい計算値を出しておこう。なお上記で〈6385c+660c+7045c〉となっているのは、大谷氏の誤記で〈6385c+660c=7045c〉が正しい。というのは原文の方は正しく書かれているからである。

 〈同じしかたで再生産を続ければ,われわれは次のものを受け取る。

  I )6442.04c+1610.51v+1610.51m
 II )2342.56c+1171.28v+1171.28m

 したがって,1610.51の半分805.255のうち161.051が可変資本として,644.204が不変資本として資本化されなければならない。(この場合われわれは I )のために,6442.04c+644.204c=7086.244cと1610.51v+161.051v=1771.561とを受け取ることになる。)〉

 ここで興味深いことは、マルクスはこれまでのように、まず単純再生産の部分を計算し、それから I の蓄積分の内容にもとづいた計算をする、というような面倒な手続きは省いて、いきなりすぐに I の蓄積分の内容に入って、そこから計算していることである。】

【81】

 〈|64|そこでこうなる。

  I )7045c1982v(+消費ファンド2644,〔2643でないのは〕なぜなら,《さきに》超過分〔overlap〕を97(1)ではなくて28(2)としたからである。
 II )2684c(3)1818v(4)(+消費ファンドで,での(vIIは度外視されている)1232(5)m)

 総資本はいまや,9729c+3800v=13,529(6)という額になる。

 (1)「97」--「87」の誤記であろう。
 (2)「28」--「88」の誤記であろう。
 (3)「2664c」--「2864c」の誤記であろう。
 (4)「1818v」--これにはII部門での追加可変資本49v( I のv+[1/2]mとIIcとの差額98によって規定されるIIの追加不変資本98cに対応するもの)がはいっていない。これを含めれば,1867となるべきところである。
 (5)「1232m」--前注に記した49vを含めて計算すると,正確には「1231m」となる。
 (6)この式は前注(4)(5)で記した誤った数字にもとづいている。〉

 【これは第六年目の蓄積のための機能配置に変換したものを表式として提示したものである。ここで〈消費ファンドで2644〉としているのをみると、やはりマルクスは以前と同じ手順どおりに、まずは単純再生産の部分を計算してから、 I の蓄積の内容へと計算を移して考えていることが分かる。この「2644」という数値は、恐らく単純再生産の部分の消費分であろう。つまり I の既存の労働者階級の消費分1762と I の資本家の個人的消費分882を加えたものである。つまりこのマルクスの表式だと、 I は単純再生産の部分だけ消費ファンドとして消費手段に転換して保持していることになっているが、しかし他方で1982vは可変貨幣資本として保持していることになっており、そこが不合理である。本来なら既存の労働者階級の可変貨幣資本を I の資本家が保持しているなら、彼らの消費手段はまだIIに商品在庫として存在していなければならず、まだ転換していないと考えるべきだからである。同じことはIIの消費ファンドについても言いうるであろう。IIの場合、「1232」という数値は、IIの資本家の消費分であるが、これは「2684」の誤記を訂正して「2864」にし、「1818」の間違いを正して「1867」として計算すれば出てくる。
 しかしいずれにしても、マルクスの計算は間違った数値にもとづいているので、正しい数値にして書き直しておく。

 〈そこでこうなる。

  I )7086.244c1771.561v(+消費ファンドで805.255
 II )2576.816c1288.408v(+消費ファンドで819.896m

 総資本はいまや,9663.06c+3059.969v=12723.029という額になる。〉

 これが第六年目の蓄積のための機能配置である。マルクスはここでこれ以上の計算はやめている。その上で、これまでの計算結果を振り返って、以下の考察が続くことになる。しかしマルクスは間違った数値によって間違った計算も行っている。だからその結果からの考察もそれに影響されざるをえないのはやむを得ないことである。われわれはマルクスのそうした間違った結果にもとづく、間違った考察とその結論にも一定の配慮を示しながら、しかし正しい数値と計算にもとづけばどういう考察が可能で、またどういう結論が出てくるのかについても独自に考えて見ることにしよう。】

【82】

 〈この場合には,可変資本は不変資本に対する比率で,《ゆうに(1)》1/3以上となっている。(かりに1/3だとすれば3243となる。)

 (1)「ゆうに〔well〕」--あとから書き加えられている。きわめて小さい字で,しかも上の行の下線と重なってしまっているので,末尾に11があるように見えるほかは,ほとんど線をたどることができない。推定でwe11と読んでおく。〉

 【これは【81】パラグラフの最後に導いた総資本の構成にもとづいて述べている。つまり9729c対3800vである。9729÷3=3243である。しかしわれわれの正しい数値にもとづくなら、可変資本の不変資本に対する比率は1/3以上にはなっていない。9663.06÷3=3221.02であり、これは可変資本3059.969より大きい。】

【83】

 〈最初は1500であった可変資本2倍以上に増大し,最初は6000であった不変資本は半分以上増大した。可変資本は1500から3800に2倍以上に増大した。なお,はじめ可変資本対不変資本1500:6000,つまり3:12=1:4であったが,今では3800:9729,つまり1:2[2129/3800]となっている。これは,資本主義的生産の進行とは矛盾している(1)。
  
 (1)v:cが1500:6000(=1:4)であったのは「A)単純再生産の表式」であり,「B)拡大された規模での再生産のための出発表式」ではII 部門のv:cを1:4から1:2に変更したのであるから,総資本のv:cもすでにその時点で1750:5500(=1:3[1/7])に低下していた。しかもその後の計算では,第2年度以降 I 部門での蓄積はつねに1:3の資本構成で行なわれてきたのであるから,総資本の有機的構成が低下するのは当然なのである。もし, I のv:cを1;4,II のv:cを1;2とし,1の蓄積率を50%として,--しかもミスを犯さず[37]--計算を続けたならば,「出発表式」ではv;cは1:3[1/7]であるが翌年度1:3[3/19]とごくわずか(2/133)上昇したのち,それ以後この比率は変化しなかったはずである。〉

 【大谷氏も注記で書いているが、マルクスが比較の対象にしているのは「A)単純再生産の表式」である。最初は1500であった可変資本〉というのもAのものであって、Bの拡大再生産の表式では1750でなければならない。それが今では3059.969となっているのだから、正しい数値から計算すれば2倍以上には増大していない(約1.749倍)。またB式の不変資本も最初の値は6000ではなく5500だから、それが9663.06となったのだから、半分以上は確かに増大したとはいえる(約1.757倍)。しかし反対に、両者の倍率はほぼ同じ程度といってもよいが、厳密に言えば、わずかに不変資本の増加率の方が大きいのである。
 最初の可変資本対不変資本の比も、マルクスが上げているのは、A式のものであって、B式では、1750:5500、つまり7:22(1:3[1/7])である。大谷氏も注記で指摘しているように、マルクスは部門 I のその後の蓄積を1:3で計算しているのだから、有機的構成が低下するのは当然であった。大谷氏がいうような正しい数値を前提に計算すると、以下のようになる。第一年目1900:6000(1:3.1579)、第二年目2090:6600(1:3.1579)、第三年目2299:7260(1:3.1579)、第四年目2528.9:7986(1:3.1579)、第五年目2781.79:8784.6(1:3.1579)、第六年目3059.969:9663.06(1:3.1579)。ご覧の通り大谷氏がいうように第二年目の比率がその後も変化なく続いている。
 つまりマルクスは最初の有機的構成比から考えて、第六年目の構成比が低下しているのを見て、これは、資本主義的生産の進行とは矛盾している〉と判断したのであるが、計算を正しく行えば、必ずしもそうとは言えないこと、同じ条件のまま蓄積を繰り返すなら、有機的構成比はほとんど変わらずに進行することを示している。もちろん、現実の資本主義的生産は本来なら有機的構成は高度化するのであるが、しかしその場合はやはり蓄積のために資本化される部分そのものの有機的構成比が高度化しないと、同じ条件のままいくら蓄積を繰り返しても、それほど有機的構成比は高度化しないということである。しかしこれは考えてみれば、ある意味では当然といえる。有的的構成は技術的構成を反映した価値構成であるが、それが高度化するということは生産力が高度化することに他ならない。ところが同じ条件でただ蓄積を繰り返すということは、その限りでは生産力に変化がないということである。だから規模は拡大されても、有機的構成に変化がないのは当然といえるからである。】

2008年12月12日 (金)

『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その48)

§§第8稿第3章の段落ごとの解読(続き)§§

 

【77】

 〈 I では696[3/32]が資本化されなければならない。この場合,可変資本には174[3/128],不変資本には522[15/128]である。(1)したがって,mIIからさらに I vのための174[3/128]を引き去さらねばならない。したがって878[26/96]《mII》マイナス174[3/128]の不変資本であり,この不変資本のための可変資本は87である。これを同じくm(II)から引き去らなければならない。残りは617mである。(2)  そして,すべての分数部分を切り捨てれば,われわれは次のものを受け取ることになる。(3)

 (1)ここでも,第1部門のv:cを1:3にしてしまっている。  (2)草稿ではここで改行されているが,次の文は小文字で始まっているので,同じパラグラフとみなしておく。  (3)このあとに,次のように書いたのち,消している。  「 I )5797c+1566v    総資本=11,718   II)2262c+1093v      9059 +2559  [33]さらに同じしかたで再生産が行われれば、次のようになる。--」〉

 【次は第 I 部門の蓄積分の構成比とそれにもとづく第II部門の蓄積が考察されている。この部分もまず最初に正しい数値にもとづいて書き直しておこう。

 〈 I では665[1/2]が資本化されなければならない。この場合,可変資本には133[1/10],不変資本には532[2/5]である。したがって,mIIからさらに I vのための133[1/10]を引き去さらねばならない。したがって877[1/4]《mII》マイナス133[1/10]の不変資本であり,この不変資本のための可変資本は66[11/20]である。これを同じくm(II)から引き去らなければならない。残りは677[3/5]mである。  そして,すべての分数部分を切り捨てれば,われわれは次のものを受け取ることになる。〉

 では上記の計算過程を少し詳しく見ておくことにしよう。まず I の剰余価値1331mの半分665[1/2]mが資本化される。この場合、既存の有機的構成比4:1にもとづいて、可変資本には133[1/10]が、不変資本には532[2/5]が資本化される。したがって、この追加の可変資本部分に該当するものが、IIにおいて追加的に不変資本として蓄積されなければならない。だからそれはIIの残りの剰余価値877[1/4]から差し引かねばならならず、また133[1/10]に対応して可変資本が蓄積されねばならず、それはIIの有機的構成比2:1から66[11/20]である。それをやはりm(II)から差し引くと、877[1/4]-133[1/10]-66[11/20]=677[3/5]となる。これが残りのIIの剰余価値になる。  次に、マルクスがこのパラグラフの最後に書いたあと消してあるという表式は、やはりこれまての計算結果にもとづいて、第四年目の蓄積のための機能配置にもとづいた、現実の拡大された規模での再生産を開始する時点の資本総額を示すものであるが、それもやはり正しい数値で示しておくことにしよう(但しマルクスは概数に直してあるが、われわれはそのままの数値を上げておく)。

 「 I )5856[2/5]c+1464[1/10]v   総資本=10,514[9/10]   II )2129[3/5]c+1064[4/5]v     7986 +2528[9/10]  さらに同じしかたで再生産が行われれば、次のようになる。--」

 この数値をみると、第三年目の同じ総資本額9559より、955[9/10]だけ増大している。つまりそれだけ拡大された規模での再生産が第四年目からは始まるということである。

 {なお、市原健志氏によると、この部分の大谷氏の示す原文には欠落箇所があるとのことである(《『資本論』に関する若干の新事実について--草稿を調査して--》[『商學論纂』第28巻第5.6号1987年]602頁注14参照)。市原氏は〈大谷論文の「下」の34頁の原文の3行目「174[3/128]=」と「cons.Cap.」との間には次の一連の文章が入れられねばならない〉として、草稿の原文を示し、〈つまり、草稿63頁の11行目の全体が見落とされてしまっている〉というのである。市原氏が示している欠落部分の原文とは次の通り。

 〈lassen nur d. Büche,da es darauf nicht ankommt ×××=704;ferner braucht aber II) für d. 174 mehr (×××は判読できない)〉

 しかし残念ながら、ドイツ語の素養があまりないものにとってはこれはお手上げである。よって残念ながら、この市原氏の指摘はとりあえずは紹介するだけにする。}

  -----------------------------

 【ここにも横線が引かれているが、この横線の意味もあとで考えることにしよう。】

【78】

 〈   I )5797c+1566v+1566m  II )2262c+1093v+1093m

まえと同様の手続きを取れば,次のようになる。(m( I )の半分である783については,概数計算をするために784とする。)そこでこうなる。

  I.(5797+588)c+(1566+196)v= I )6385c+1762v(+消費ファンドで2349)

 II )2262c+88c+196c1566v(1)+44v+98v+(消費ファンドで863m)(つまり,87cのかわりに〔概数計算のために〕88c(2)としてある。)

 (1)「1566v」--「1093v」とあるべぎところであるが, I 部門の原可変資本の額「1566」を誤って書いてしまったものと思われる。  (2)「88c」--なんども重ね書きをしているので正確にはわからないが,たぶん「88c」であろう。〉

 【これは数値からすると、前のパラグラフ(【77】)の最後に書いて消してあるという数値と一致しているから、マルクスはその消してしまった第四年目の蓄積のための機能配置にもとづいて、現実に拡大された規模での再生産を行い、第四年目の末に、その一年間に生産された商品資本総額を表式として表していると考えることができる。そしてさらに第五年目の蓄積に向けた機能配置を計算し、それを求めて表式として表そうとしている、その途中の段階を示している。しかしいうまでもなく、これまでと同様に、間違った数値にもとづいた計算になっているので、われわれはやはり正しい数値にもとづいたものに全体を書き直すことにする。但し、マルクスは途中で概数に直しているが、われわれは概数は避け、その代わりに分数表示は煩わしいので小数点を使って表示することにする。

 〈   I )5856.4c+1464.1v+1464.1m  II )2129.6c+1064.8v+1064.8m

まえと同様の手続きを取れば,次のようになる。

  I )(5856.4+585.64)c+(1464.1+146.41)v= I )6442.04c+1610.51v(+消費ファンドで2342.56)  II )2129.6c+66.55c+146.41c1064.8v+33.275v+73.205v+(消費ファンドで745.36m)〉

 これを求める計算過程の詳しい説明はもう不要であろうと思うので、省略する。】

【79】

 それゆえ資本IIでは,2546c+1708vとなる。したがって,次のようになる。

  I ) 6385c +1762v                                         合計=12,401(一方、最初の総資本は6000で  II ) 2546v(1)+1708v (2)   あった。〔)〕      8931      +3470

 (1)「2546v」--もちろん「2546c」の誤記である。  (2)「1708v」--前出の「1566v」の誤記を前提にしている数字であることに注意したい。〉

 【先のパラグラフ(【78】)では、第五年目の蓄積に向けた機能配置を表示する途中のものが示されていたが、今回は、その機能配置にもとづいて第五年目の拡大された規模での再生産を開始する時点の資本総額を示している。今回も、正しい数値をもとに書き直しておこう。

 それゆえ,資本IIでは,2342.56c+1171.28vとなる。したがって,次のようになる。

  I )6442.04c+1610.51v                                       合計=11566.39(一方、最初の総資本は6000で  II )2342.56c+1171.28v           あった。〔)〕     8784.6  +2781.79

 これを求める詳しい計算過程の説明ももはや不要であろう。問題はマルクスがこの第五年目の蓄積を開始する総資本額11566.39に対して、〈一方、最初の総資本は6000であった〉と述べていることである。ここには大谷氏は何の注記もしていないが、マルクスは【66】パラグラフで、第一年目の蓄積ための機能配置に置かれた総資本額7900に対して、〈他方、Bの生産(つまり拡大再生産の出発式ことである--引用者)は次の配列で始まったのであった〉としてその前年度の蓄積のための機能配置を示しているが、その総資本額が7250である。つまりマルクスが〈最初の総資本〉でどちらを指しているのか(つまり第一年目か、それともその前の年のか)分からないが、いずれにしても数値が違っている。6000というのは、拡大再生産の出発式(B式)における第 I 部門の商品資本総額であり、それとマルクスは勘違いしたのではないかと思える。】

2008年12月10日 (水)

『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その47)

§§第8稿第3章の段落ごとの解読(続き)§§

 

【73】

 〈これを868[3/4]mから引き去らなければならないが,そうすると799[3/4](1)が残る。これは,69の追加不変(2)資本のためにm(II )からさらに34[1/2](3)を引き去ることを前提しており,そこで834[1/2](m)(II )(4)が残る

 (1)「799[3/4]」--鉛筆で「800」と訂正されている。これは概数にしようとしたものであろう。
 (2)「不変」--鉛筆で「可変」と訂正されている。この訂正は誤りであって,「不変」でなければならない。この訂正と関連して,直前の「69の」の前後には鉛筆で丸括孤がつけられている。
 (3)「34[1/2]」--鉛筆で「35」と訂正されている。
 (4)「834[1/2](m)(II )」--「834[1/2]」は前出の数字からすれば「765[1/4]」のはずで[30]ある。これは、34[1/2]を799[3/4]から引かなければならないのに,868[3/4]から引いてしまった結果生じた数字であろう。鉛筆で「765」と訂正されている。〉

 【次は、上記の考察にもとづいて、 I の単純再生産の過程にもとづいた、IIの蓄積を考察している。しかしこれも間違った数値にもとづいており、大谷氏の注記もまったく無意味なものになっている。だからこのパラグラフを正しい数値をもとに全体を書き直しておこう。

 〈これを880mから引き去らなければならないが,そうすると825が残る。これは,55の追加不変資本のためにm(II)からさらに27[1/2]を引き去ることを前提しており,そこで797[1/2](m)(II)が残る。〉

 880mというのはいうまでもなくIIの剰余価値である。それからIIcの不足分55を引き去るというのだが、いうまでもなく、それは蓄積に回すという含意である。そして55の追加不変資本に対しては、既存の有機的構成比2:1にもとづいて、追加可変資本27[1/2]が必要となり、それがまた825m(II)から引き去られ、残るのは797[1/2]m(II)だということである。】

【74】

 〈さらに I で618[3/4](m)(1)が資本化されなければならない。そのうち不変資本463[5/16](2)可変資本は154[11/16](3)である。(4)この後者がm(II)から引き去られて,679[13/16](m.II)が残る。しかし,154[11/16]の追加された不変資本にたいして,IIはさらに77[14/16]の可変資本を必要とするのであり,そこで601[5/16]mが残る。(5)

 (1)「618[3/4](m)」--鉛筆で[3/4]を消し,8の数字をその上から「7」と訂正しているように見える(重なっているため,はっきりとはわからない)。
 (2)「463[5/16]」--鉛筆で[5/16]が消されている。
 (3)「154[11/16]-- 筆で「155」と訂正されている。
 (4)ここでも4:1であるはずのc:vを3:1にしてしまっている。
 (5)「77[14/16]」は正確には「77[11/32]」であり,そうであれば「601[5/16]」は「601[15/32]」でなければならない。「77[14/16]」の数字を前提するとしても,その場合には,「601[15/16]」が残るはずである。〉

 【次は、 I の蓄積分の内容が対象になる。つまり I の蓄積分の追加不変資本と追加可変資本との割合とそれにもとづくIIの蓄積が対象になるわけである。しかしここでも誤った数値をもとにマルクスは計算しているので、われわれは、大谷氏の注記はすべて無視して、正しい数値にもとづいて全体を書き直さなければならない。

 〈さらに I で605(m)が資本化されなければならない。そのうち不変資本484可変資本は121である。この後者がm(II)から引き去られて,676[1/2](m.II)が残る。しかし,121の追加された不変資本にたいして,II はさらに60[1/2]の可変資本を必要とするのであり,そこで616mが残る。〉

 つまり I の剰余価値1210mの半分605mが蓄積に回るが、それは既存の有機的構成比4:1にもとづいて、追加不変資本に484、追加可変資本に121となる。だからこの追加可変資本に見合ったものがIIcになければならないから、IIで同じ121だけの追加不変資本への蓄積がなされなければならない。だから先の計算にもとづいて最後に残っているIIの剰余価値797[1/2]からそれを差し引くと、676[1/2]が残る。さらにIIで121の追加不変資本の蓄積がなされるためには、IIの既存の有機的構成比2:1にもとづいて、やはりIIで追加可変資本60[1/2]が蓄積される必要がある。だからその部分もIIの残りの剰余価値から引き去られるので、最後に残るIIの剰余価値は616mである、というわけである。】

【75】

 〈|63|そこで資本は次のようになる。

  I ) 5273[31/48]1392[3/16]v(1)
                                =9659[1/3]
 II ) 2011[3/16]c981[1/8]v

そして,割合が変わらないままで I とIIとで再生産が行なわれると,次のようになる。

  I ) 5273[31/48]c+1392[3/16]v+1392[3/16]m
                           =12032[31/48](2)
 II ) 2011[3/16]c+981[1/8]v+981[1/8]m

 (1)これは正確には「5275[13/16]c+1396[3/10]v」とあるべきところである。そしてそれを前提すれば,両部門の資本の合計も「9659[1/3]」ではなくて「9664[17/40]」のはずである。この合計は,マルクスの数字を前提しても「9660[7/48]」となるはずである。しかし,以下もこの誤った数字にもとづいて表式が展開されていく。
 (2)左の式の数字を前提しても,合計は「12032[31/48]」ではなくて,「12033[11/24]」となるはずである。〉

 【これまでの計算にもとづいて、第三年目の蓄積のために機能配置された出発時における総資本の表式を示し、さらに、それにもとづいて現実に拡大された規模での再生産が行われ、三年目の末に、その一年間に生産された商品資本総額を表式として示している。しかしここでも間違った数値にもとづいているので、すべて正しい数値によって書き直しておこう。

 〈|63|そこで資本は次のようになる。

  I ) 5324c1331v
                    =9559
 II ) 1936c968v

そして,割合が変わらないままで I とIIとで再生産が行なわれると,次のようになる。

  I ) 5324c+1331v+1331m
                          =11858
 II ) 1936c+ 968v+ 968m

 この表式を求める計算は次の通りである。まず最初の出発時の総資本について、 I の不変資本は出発式の4840cに蓄積分484mcを加えて、5324cとなる。次に可変資本は出発式の1210vに蓄積分121mvを加えて、1331vとなる。次にIIにおいては、不変資本は出発式の1760cに蓄積分176mcを加えて、1936cとなり、可変資本は出発式の880vに蓄積分88mvを加えて、968vとなる。この時点で、第二年目のもの8690(【77】パラグラフ参照)に比べて869だけ規模が拡大されている。そしてこの拡大された規模にもとづいて現実の再生産が行われ(剰余価値率100%)、その一年間で生産された商品資本総額が次の表式で示されたものである。だからこれは次に第四年目の出発式になるわけである。】

【76】

 〈m( I )の半分は696[3/32]である。これをv( I )といっしょにすると2088[9/32]となる。これはc(II)よりも77[3/32]だけ多い。これをm(II)から引き去らね[32]ばならない。すると904[1/32]mが残る。さらにm(II)から,77[3/32]の追加不変資本のために25[73/96](1)〔の追加可変資本〕を引き去らなければならない。そこで878[26/96]m(II)が残る

 (1)「25[73/96]」--この数字はII部門のc:vを3:1とした結果生じたものである。II部門のc:vは当初2:1であった。〉

 【そこでマルクスはさらに第四年目の蓄積のための機能配置を求めている。この場合もまず最初に部門 I の単純再生産の構成部分から始め、それにもとづいた部門IIの蓄積を考察している。ここでもマルクスはこれまでの間違った数値をもとに計算しており、おまけに部門IIの有機的構成比も間違っているが、われわれはこれまでの正しい数値をもとに、やはり全体を正しく書き直しておこう。

 〈m( I )の半分は665[1/2]である。これをv( I )といっしょにすると1996[1/2]となる。これはc(II)よりも60[1/2]だけ多い。これをm(II)から引き去らねばならない。すると907[1/2]mが残る。さらにm(II)から,60[1/2]の追加不変資本のために30[1/4]〔の追加可変資本〕を引き去らなければならない。そこで877[1/4]m(II)が残る。〉

 少し詳しくマルクスの計算過程を辿ろう、まず1331m( I )の半分665[1/2]mは I の資本家の個人的消費分である。これを I の労働者の消費分1331v( I )といっしょにすると1996[1/2]となる。これはIIの不変資本1936cよりも60[1/2]だけ多い。だからIIにおいてそれだけ追加的に不変資本の蓄積が必要になる。だからそれをIIの剰余価値958mから引き去ると、907[1/2]m(II)が残る。さらに追加不変資本60[1/2]を蓄積するためには、IIの有機的構成比2:1にもとづいて追加可変資本30[1/4]が必要である。だからそれを残ったIIの剰余価値907[1/2]mから差し引くと、877[1/4]m(II)が残ることになる。】

2008年12月 6日 (土)

『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その46)

§§第8稿第3章の段落ごとの解読(続き)§§

 (以下は、【70】パラグラフの解読の続きである。)

 

 ここでは、まずマルクスが現実の転換と潜勢的な転換とがすんだあとで,われわれは次のものを受け取ることになる〉として提示している表式を考えてみることにしよう。
 ここでマルクスは現実の転換と潜勢的な転換とがすんだあとで〉と述べているが、これはどういうことであろうか? 今、表式の各部分について、現実の転換が済んでいる部分と、潜勢的な転換か済んでいる部分をそれぞれ考察してみよう。

 1)4840c( I )--これはすでに追加分も含めてすべて現実に転換されて、生産手段になっている。
 2)1210v--これは追加分も含めた可変貨幣資本である。だからその分の商品資本はすでに実現しているが、 I はそれをまだ貨幣形態で保持している。しかし他方で、追加分も含めた労働力の購入はすでに終わっている。しかし、労働者にはまだ賃金は支払われていないのである。それはこれから現実に拡大された規模での再生産が始まるとともに順次支払われ、1210は I の労働者階級を通じてIIに還流することになる。だからこの1210vも潜勢的な転換が済んだだけと考えるべきであろう。
 3)1760の消費ファンド--これは資本家 I の消費ファンド550と、追加分も含めた I の労働者階級の消費ファンドを含んでいるが、しかし本来なら、労働者階級の消費ファンドは労働者が I の資本家から賃金を受け取るごとに、それを使ってIIの商品在庫から購入するのだから、この時点では、まだ存在しないと考えるべきであろう。だから本来なら「1760消費ファンド」は資本家 I の消費ファンドだけ、つまり「550消費ファンド」とすべきと思える。だから残りの労働者階級の1210の消費ファンドはまだ潜勢的にしか転換されていないのである。
 4)1760c(II)--は、IIの蓄積分も含んだ不変資本であるが、すでにすべて現実に生産手段に転換されている。しかしそれはIIが手持ちの貨幣で購入したに過ぎず、その貨幣は、 I の資本家に販売した消費手段の分550だけは還流しているが、他の1210はまだこれから現実に I において拡大再生産が開始されるとともに、 I の労働者階級に徐々に商品在庫として彼が持っている生活手段を販売して回収しなければならない。だからまだ半ば転換したに過ぎない、だからこれも潜勢的な転換に留まっていると考えるべきであろう。
 5)880v--はIIの追加分も含めて可変貨幣資本であり、IIの資本家はそれを貨幣形態で持っている。しかしすでに労働力は追加分も含めて購入されており、その限りでは可変資本は現実化している。しかし可変貨幣資本そのものは、これから現実の拡大再生産が開始されるとともに、徐々にそれを賃金として労働者階級に支払うのである。だからそれもやはり半ば潜勢的に転換したに過ぎないと考えるべきであろう。他方、資本家IIは880の必要生活手段をやはり商品在庫として保持しており、現実に拡大再生産が行われるに応じて、IIの労働者階級に販売し、彼らが彼らの労働者に賃金として支払った貨幣を回収することになるのである。
 6)560m(II)--は、IIの資本家たちの消費ファンドであり、すでに現実に転換されたものと考えるべきであろう。

 ではマルクスが最後に結論的に述べている部分については、どうであろうか。それを次に考えてみよう。マルクスは次のように述べている。

 〈事態が正常に進行すべきであれば,IIでの蓄積が加速されなければならない。なぜならば,(v+m) I がIIに転換されなければならないかぎり,この(v+m) I がc(II)よりも大きくなってしまうからである。〉

 確かに、初年度のIIの蓄積分は750m(II)のうち150m(II)である(追加不変資本に100、追加可変資本に50)、だから蓄積率は20%である。
 それに対して第二年目のIIの蓄積分は800m(II)のうち240m(II)である(追加不変資本に160、追加可変資本に80)、だから蓄積率は30%になっている。
 つまり蓄積率は上昇しているのである。だからマルクスは〈IIでの蓄積は加速されなければならない〉と述べているのであろう。しかし後に分かるのだが、もし同じ条件で第三年目以降も蓄積が行われるとするなら、IIの蓄積率は30%のまま一定になる。だから必ずしもマルクスのこうした結論は正しいとはいえないであろう。しかしとりあえずは、今の時点で判断を急がず、このマルクスの結論に対する最終的な判断は保留して先に進むことにしよう。】

   --------------------------

 【ここに草稿では横線が引かれているが、この意味はもう少しあとで考えることにしよう。】

【71】

 〈もう一度同じ道筋で先に進めば,拡大された規模での現実の再生産が行なわれると,次のようになる。

  I )4812[1/2]c+1237[1/2]v+1237[1/2]m7287[1/3](1)
                               合計=10812(4)
 II )1787[1/2]c+868[3/4]2(2)+868[3/4]m=3525(3)

 (1)「7287[1/3]」--左の数字の合計は「7287[1/2]」である。鉛筆でそのように訂正されている。
 (2)「2」--明らかに「v」の誤記である。
 (3)このII 部門のv,したがってまたmの数字は,前出の誤った数字に基づいていることに注意したい。
 (4)「10812--正確には「10812[1/2]」。〉

 【この表式は何を表しているのか。先に(【70】で)求めた第二年目の蓄積のための機能配置をもとに、現実に拡大された規模における再生産が行われ、その年末の時点で、その一年間に生産された商品資本総額を表しているのである。そしていうまでもなく、これが第三年目の出発式になる。
 ただマルクスは間違った数値をそのまま前提して計算している。大谷氏の注記はそうした間違った数値を訂正するものではなく、間違った数値を前提に、さらに明らかに誤記と思える部分やさらなる計算間違いを指摘するのみに留まっている。だからわれわれは先に提示した正しい数値をもとに、正しい表式を示すことにしよう。それは次のようになる。

  I )4840c+1210v+1210m7260                   
                             合計=10780
 II )1760c+ 880v+ 880m3520

【72】

 〈まず《 I )によって》収入として支出されるべきものは(同じ比率が前提されるならば),1237vプラスmの半分つまり618[1/4],合計1856[1/2](1)である。これはまたもやc(II)よりも69だけ大きい。(つまり,まえに比べると超過〔Overlapping〕が増大している。)

 (1)「1856[1/2]」--鉛筆で[1/2]を消している,正確には「1856[1/4]」となるべきところ。〉

 【次に、マルクスは上記の表式の間違った数値をもとに、第三年目の蓄積のための機能配置を計算しようとするのであるが、しかしそのために、まず【69】パラグラフでもやったように、まず拡大再生産の構成部分としてある単純再生産の契機から考察を開始している。それがこのパラグラフの課題である。大谷氏の注記はやはり間違った数値を前提にしたものに過ぎず、実際には訂正にはなっていない。だからわれわれはこれまでと同様に、正しい数値をもとに、このパラグラフ全体を書き直しておこう。

 〈まず《 I )によって》収入として支出されるべきものは(同じ比率が前提されるならば),1210vプラスmの半分つまり605,合計1815である。これはまたもやc(II)よりも55だけ大きい。(つまり,まえに比べると超過〔Overlapping〕が増大している。)〉

 ここでマルクスは I における単純再生産の過程が、やはりIIにおける蓄積を促している事実に注目している。しかもIIの蓄積の程度が増大しているとも述べている。確かに【69】(第二年目)と比較してみると、50が55になっており、絶対的には増大している。しかしこの限りでの蓄積率をみると、50/800=6.25%と55/880=6.25%で同一であり、まったく変わっていないのである。】

 

2008年12月 2日 (火)

『資本論』第2部第8稿の第21章該当部分の段落ごとの解説(その45)

§§第8稿第3章の段落ごとの解読(続き)§§


【69】

 I )では同じ比率で蓄積が続けられ,したがって550mが収入として支出され,550mが蓄積されるものとしよう。まず1100v( I )が1100c(II)によって補填され,同様にしてIIでも(1),550(m) I )と550(II)との交換によって実現が行なわれなければならず,したがって合計は,1650(v+m) I である。しかし補填されるべき〔IIの〕不変資本は1600だけであり,したがって,50の不足額が800m(II)から補われなければならない。これが行なわれれば(貨幣はここではさしあたりわざと度外視する),この取引の結果として次のものが残ることになる。(2)

  I )4400c+550m(しかし消費ファンドとして1650II)
 II )1650c(つまり上述の取引によって50が追加されている)+800v(貨幣で,というのは商品は労働者の消費ファンドになったのだから)+750m

しかし,c:v(IIの)の割合がもとのままならば,50の追加された不変資本にたいして同じくさらに25vが必要であり,750mから取られなければならない。したがって,次のようになる。

 II )1650c+800v(貨幣で)25v(商品で)+700m(3)

 (1)「II でも〔inII ]」--これは不要であろう。[26]
 (2)このパラグラフは,先行の表式の右側の空白に書かれた(この部分の左側には縦線が引かれている)のち,左端から書かれている。
 (3)「700m」--「725m」とあるべぎところ。これ以下では,この誤った数字を前提にして計算が行なわれている。〉

 【マルクスは次のような順序で考察を進めている。

 1)まず部門 I の蓄積率は同じ50%と仮定すると、剰余価値1100mの半分550mが蓄積される。
 2)まず1100v( I )が1100c(II)によって補填される(単純再生産)。
 3)同様に、550m( I )(=資本家 I の消費分)と550c(II)との交換が行われてそれぞれか実現される。
 4)したがって、IIcと交換されるものは合計1650(v+m) I である。
 5)しかし、補填されるべきIIの不変資本は1600cであり、50不足している。
 6)だからIIで不変資本に50追加される必要があり、それが800m(II)から補われる(つまりIIにおいて追加不変資本の蓄積が行われる)。残りは750m(II)。
 7)その取引の結果は、
   I )4400c+550m(+消費ファンドとして1650の消費手段)
  II )1650c+800v(貨幣で、商品は労働者の消費ファンドになっている)+750m
 8)しかし、IIは不変資本に50を追加するならば、有機的構成がそのままなら、それに応じて可変資本にも25追加する必要があり、やはり750m(II)から補われる(IIにおける追加可変資本の蓄積)
 9)したがって、次のようになる。
  II )1650c+800v(貨幣で)+25v(商品で)+725m

 以上の考察で気付くのは、部門 I の蓄積の有機的構成についてはまったく触れずに、ただ550mが蓄積されるとのみ前提し、そうするなら、残りの資本家の個人的消費分は550となり、従来の労働者の消費分1100を加えた1650がIIcと交換されるはずだ、という形で計算を進めていることである。しかし本来なら、蓄積分550の中には追加不変資本とともに追加可変資本分が含まれているはずであり、その部分がやはりIIcと交換されなければならないではないか、と思うであろう。そのとおりである。果たしてマルクスはそれを忘れているのであろうか。いや決してそうではない。なぜなら、それは次のパラグラフで考察されているからである。ではどうして、それを一緒にマルクスは考察していないのか。
 それはマルクスが拡大再生産のなかにある単純再生産の契機をまず最初にそれだけを取り出して考察しようとしているからである。われわれは【48】パラグラフで、拡大再生産の表式a)を分析して、拡大再生産には単純再生産がその構成部分として含まれていることを確認したが、マルクスはそうした分析を踏まえて、ここでもやはりまずは単純再生産の部分を取り上げて最初の考察を進めているのである。
 そしてここで重要なのは、 I にとって単純再生産の過程に過ぎないのに、IIに対して蓄積を促すということである。つまり I がただ単純な再生産を繰り返すだけでも、IIはそれに必要な生活諸手段を供給するために、拡大再生産を行わなければならなくなるということである。それが確認されていることが、このパラグラフでは重要なことであろう。】

【70】

 〈 I )では550mが資本化されなければならない。以前の比率がそのままであれば,そのうち412[1/2]が不変資本になり,137[1/2]が可変資本になる。(1)この137[1/2]は結局は700m(II)(2)から汲み出されるべきものであり,700m(II)のうち562m[1/2](II)(3)があとに残される。しかしIIは,新たな137[1/2](4)の不変資本にたいして追加可変資本68[3/4](5)を必要とするのであって,これを562[1/2]m(II)(6)から取り出すと,493[3/4](7)が残される。こうして,現実の転[27]換と潜勢的な転換とがすんだあとで,われわれは次のものを受け取ることになる。

  I )4812[1/2]c+1237[1/2]v(8)および(1650消費ファンドとして
  II )1787[1/2]c+868[3/4]v(9)+(493[3/4]m(10)IIの消費ファンドとして

事態が正常に進行すべきであれば,IIでの蓄積が加速されなければならない。なぜならば,(v+m) I がIIに転換されなければならないかぎり,この(v+m) I がc(II)よりも大きくなってしまうからである。(11)

 (1) I 部門のc:vは4;1だったのだから,440が不変資本、110が可変資本,とあるべきところであるが,1/4を可変資本とし残りを不変資本として計算したためか,c:vを3:1にしてしまっている。以後の計算はこの数字を前提にして進められる。なお,この2個所は鉛筆でそれぞれ「440」および「110」と訂正されており,次の文の「137[1/2」も「110」と訂正されている。エンゲルスによるものであろう。
 (2)「700m(II)」--「725m(II)」とあるべきところであるが,前出の誤記を引き継いでいる。エンゲルスもこの数字は訂正していない。
 (3)「562[1/2]m(II)」--「562[1/2]」は鉛筆で「590」と訂正されている。つまり「700m(II)」を前提にしているわけである。
 (4)「137[1/2]」--鉛筆で「110」と訂正されている。
 (5)「68[3/4]」--鉛筆で「55」と訂正されている。
 (6)「562[1/2]m(II)」--「562[1/2]」は鉛筆で「590」と訂正されている。
 (7)「493[3/4]」--鉛筆で「535」と訂正されている。
 (8)「4812[1/]」は「4840」に,「1237[1/]」は「1210」に,鉛筆で訂正されている。
 (9)「1787[1/]」は「1710」に,「868[3/4]」は「855」に,鉛筆でそれぞれ訂正されている。このうち「868[3/4]」は,マルクスのそれまでの数字を前提にしても「893[3/4]」となるべきところである。つまり追加可変資本の25vを落としてしまっているのである。しかし.以後の計算はまたもやこの誤った数字を前提にして続けられることになる。
 (10)「493[3/4]」は鉛筆で「735」と訂正されている。しかし,この「735」は「535」の誤記である。
 (11))以上3行の文は,上の表式の右の空白に書かれている。その左側には縦線が引かれている。〉

 【ここでは部門 I の蓄積分550mの内容が検討されている。この部分も計算間違いや誤植が多い。大谷氏は沢山の注記をつけているが、エンゲルスの訂正を指摘するだけにとどめているものもあり、必ずしもすべての間違いを訂正しているわけではない。よってもう一度、すべての間違いを指摘して、訂正してみよう(*印は大谷氏の注記にもあるものである)。

 1)まず550mの蓄積が以前の有機的構成比で行われるとするなら、440が不変資本に、110が可変資本になる(*)
 2)110の追加可変資本は、結局、725m(II)から汲み出されるべきもの(*)
 3)725m(II)うち、615m(II)があとに残される。
 4)しかしIIは、新たな110の不変資本にたいして追加可変資本55を必要とするのであって、これを615m(II)から取り出すと、560が残される。
 
 上記の訂正を加えて、全体を正しく書き直すと次のようになる(但し、一部必ずしも正しいとはいえないが、そのまま記しておく部分もあるので、その場合は青字のままにする)。

 〈 I )では550mが資本化されなければならない。以前の比率がそのままであれば,そのうち440が不変資本になり,110が可変資本になる。この110は結局は725m(II)から汲み出されるべきものであり,725m(II)のうち615m(II)があとに残される。しかしIIは,新たな110の不変資本にたいして追加可変資本55を必要とするのであって,これを615m(II)から取り出すと,560が残される。こうして,現実の転換と潜勢的な転換とがすんだあとで,われわれは次のものを受け取ることになる。

  I )4840c+1210vおよび(1760 消費ファンドとして
  II )1760c+880v+(560m IIの消費ファンドとして

事態が正常に進行すべきであれば,IIでの蓄積が加速されなければならない。なぜならば,(v+m) I がIIに転換されなければならないかぎり,この(v+m) I がc(II)よりも大きくなってしまうからである

 (以下、この部分の読解は次回に続く)

 

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